もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
ご笑覧下されば幸いです。
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・但し最新作は先頭に。
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「ばーか。余計なこと言うなって言ったのに」
暇乞いをして、空いた湯呑みを片付ける幸と一緒に落ち縁に出る、と同時に軽く体当たりをくらう。
「だってそんな話してたんじゃないんだから・・」
もちろん、縁側に寝転がっている沖田さんにも聞こえないぐらいの小声での会話だ。
湯呑みの乗ったお盆を手にした幸が、顎で室内を指し、
「油断禁物。ああは見えても木偶じゃない」
それから普段の声音になって、
「片付けて来るからそこで待ってて。送って行くから」
「あ、でも玄関から上がったから・・・」
「履物は持って来ましたよ」
足元から返事が返ってくる。
見れば、腕枕をして長々と寝そべっている沖田さんの脇、庭へ下りる敷石の上に赤い鼻緒の下駄が置いてあるではないか。
クスっと笑いながら幸は台所へ。
「玄関口には皆さん待ち構えてましたからね。もみくちゃにされかねない。帰りは裏を回って出たほうがいいです」
あくびをしながら沖田さんが起き上がった。
日に焼けたおでこと頬骨の辺りが、日差しを受けてテカテカして見える。
ありがとうと礼を言いながら下駄に足を入れると、
「そんなデカイ女物の履物って初めて見ました」
笑う。
失礼ねぇ、と言いかけたら、
「うちの姉も足がデカかったが、履物の大きいのは格好が悪いと言って嫌がったから」
「お姉さんて大きいの?」
そのまま縁側に腰をかけて、一緒に日向ぼっこ。
植え込みの紅葉が半ば赤いまま、昨夜の雨に打たれて散り敷いている。
乾きかけた落ち葉の匂いが深呼吸を誘った。
「私がこんなですからね。特に上の姉は私と同じで丈も高くて。母はそれ程でもなかったので着るものには難儀したようです」
「私とおんなじね」
すると彼は子供みたいな笑顔になって、
「そうなんですよ。いや、小夜さん程では有りませんが、つんつるてんの着物姿がなんだか懐かしくて。姉を思い出したもんです」
そうか。
それで初めて会ったときあんなノリだったんだ。納得。
「丈が短いと夏場はいいけど冬場は寒いでしょ?寒くなる前に丈の合った着物作ってもらって、ほっとしたわー」
「見違えましたもんね。そうしていると舞妓さんみたいだ」
なんですと?
「じゃあこれでは?」
立ち上がる。
爆笑。
こんなデカイ舞妓が居てたまるか!だ。
「ねぇねぇ、私今日は遊んで来ていいって言われてんの。沖田さんも一緒に行かない?」
「ダメですよ。私はここで昼寝することに決めたんですから。ザンネンだけど」
そうか、留守宅の番犬役だったっけ。
肩をすくめたところへ、
「まーったくアンタときたら、昨日は斎藤先生に声かけといて、今日は沖田先生?」
庭を回って幸が迎えに来た。
「なんだ、私は斎藤さんの次か」
沖田さんがウケている。
「違いますよー。斎藤さんとなんてデート・・・遊びに行ってませんてば」
誘ったのは確かだけどな。
弁解している側から幸ってば、
「そうなんですよ。この人誰でもいいんです。遊びに連れてってくれる人なら」
そりゃそうなんだけど、
「だってさー家で独りで居るの、飽きるんだもの。たまに誰か来たって仕事がらみ・・・」
慌てて口を抑えるのと、幸に小突かれるのが同時だった。
沖田さんが声を殺しながら笑い転げている。
髷を下ろした髪の先が、乱れてうなじの上に散っている。
「危ねぇ危ねぇ。ホレ、早いとこ帰ろ。アンタを此処に置いとくとろくなことにならない」
またまた幸に連行される。
「じゃあまた。たまには遊びに来てね。バイバイ」
沖田さんに手を振ったらきょとんと首を傾げた。
「小夜、bye-byeって英語だから・・・」by幸(--;
あれ?そうだっけ?
思うか思わないかのうちに腕を引かれて退場。
「紅葉狩りといえば東福寺だけど、もう終わっちゃったかなー。こっからだったら距離的には祇園方面の方が近いかも。あそこらへんは近頃安全だし、清水寺とか、行ってみる?」
「どっちでもいいけど、美味しいもの食べれる方がいい」
「・・・あそ」(--;
てなわけで、大火から3ヶ月、復興浅い街中を突っ切って清水寺。
音羽の滝の近くの茶店でようやく昼飯にありついた。
結構歩いてお腹が空いていた。
茶蕎麦の他にアンコの入った抹茶色のデカいお団子をぱくつく。
きっとお腹の中は緑色だな。
食後のお茶をいっぷく、
「紅葉、結構残ってたねぇ。キレイだね」
と言ったら幸は笑い出して、
「満腹になってようやく景色に目が行ったのね?」
かなり葉の落ちた木も多かったが、紅く、落ち葉の散り敷いた道を歩くのも豪勢だ。
帰りの坂道を下りながら土産物屋を冷やかしつつ、
「山南先生と土方さんの仲ってどうよ?」
仲が悪いという噂は、八木さんちで下女をしていた頃から聞いている。
気に留めたことは無かったが、あの温厚な山南先生を見れば、屯所を空けたくないという土方さんの頑なな態度が尚更腑に落ちずにいたのだ。
単に意地っ張りなだけなのか。それとも他に何かあるのか。
山南先生だとてさりげなく探りを入れてきたり・・・。
「どうって、別にどうもしてないけど・・」
高下駄で石段を下りるとなかなか賑やかな音がする。
最初は音で、次に容姿で、幸ってば結構人目を引いてます。
「しょっちゅう口論にはなってるみたいだけど、江戸からの仲間はいつものことと気に留めてないみたいだし。」
綿服に高下駄、腰には刀を差して、ちょっと見は男の子そのものだけど、良く見れば体つきや髪質が違うし、何より彼女は色白美人なのだ。
伸ばしかけで半端な長さの髪をひっ詰めてはいるのだが、ほとんどほつれて前髪と襟足は垂らしたまま。
もう少し伸びて襟足を出したら、首の細さがあらわになって逆に男には見えないかも。
「私もあの二人、仲が悪いというのとは違うと思う。あれほどキツイ言い争いは気心知れてないとできないよ。刃傷沙汰になっちゃう。しかも部屋だって襖一枚隔てて隣同士だもの。ほんとに仲が悪いなら居られないはずだ」
んで、階段に差し掛かるといつの間にかジャンケンしてる私達って何者?(爆)
最初は幸がチョキで勝って、
「ち・よ・こ・れ・い・と・・っと。口論と言ったってケンカでストレス解消してるようなものでしょ。じゃんけんぽい」
「勝った。ぱ・い・な・つ・ぷ・る・・・。でも山南先生、チラっと探り入れてたじゃん」
「じゃんけんぽい。そりゃ何か地下活動(笑)やってるって気付いたんじゃないの?」
「ぐ・り・こ。気付いて・・・どうなのかねー?険悪な関係になりそう?じゃんけんしょっ」
「うへ。また負けた。・・・気にはなってるだろうけど、険悪にはならないでしょ。山南先生、大人だからさー」
「ぐ・り・こ。じゃんけんぽい。また勝っちった。ぱ・い・な・つ・ぷ・る。じゃんけん・・・あー!なによ。もう終わり?自分が負けてるからってずるい」
幸が駆け下りてくる。
「違うったら。話が遠いんだよ」
笑った前髪が風に煽られて白いおでこがあらわになる。
形の良い眉。
くっきり二重の目元が美麗。
「仲は悪くはないけど、目指すものが違うんだろうね。相手が暴走するのを憂えてるんでしょ、山南先生は。てか、心配してるっていうの?」
弾む息を深呼吸で静めて、幸は続けた。
「副長はさぁ、山南先生が好きだから、自分の考えに賛同して欲しいんだよね。それで一生懸命日夜口説いてるってわけ。端から見ると口論にしか見えないんだけどさ」
「じゃあどうして山南先生に屯所を任せるのを嫌がるの?」
「嫌がってるんじゃないんだよ。あれはあれで心配してる」
「自分の睨みが効かないから・・?」
「じゃなくて、山南先生って優しいからさ。何かあったとき責任を独りでかぶるようなことにしたくないんじゃないの?副長的には」
ふーん、と判ったような判らないような・・・。
「もっともこれは私の見た限りだけどね。真相の程は判りません」
「でも、良く見てんじゃん」
「良く見れば自ずと良く見えてくるんだって。これは師匠の教え」
「師匠って、斎藤さん?」
「そお」
「幸の師匠って斎藤さんなの?沖田さんじゃなくて?」
坂道をガツガツ調子よく下りていた幸が、立ち止まって腕を組み、思案の表情。
「師匠が斎藤先生でー、沖田さんは目標かな。沖田さんは良く見なくとも良く見えてる人なんだ。我々凡人と違って」
ふーん、そんなもんか。
寝ぼけ顔とバカ笑いしか思い出せないな。
「私にゃすっげー凡人に見えるけどなぁ」
「だろうね。あんたにゃそうでしょうとも」
ゲラゲラ笑いながら駆け出した。
「なによそれー!コラぁ、ばかにすんなー!」
日が傾きかけた道を追いかけっこ。
私ら二人がバタバタ走り抜けると、道行く人々が驚いて振り返る。
それが可笑しくて笑い出し、その笑い声がまた人目を引いている。
前を行く幸に大声を張り上げる。
「幸ってばずるーい!」
「なんでさ」
「袴履いてて身軽!」
とても追いつけない。距離がどんどん開いていく。
「そんなこと無いよ。刀差してんだぜー。それよりアンタ目立ち過ぎ!」
「なんでよ」
「着物着てそこまで足上げるの反則だぞー」
へ?
気付けば直角に足上がってるし(^^;。
派手に裾が割れているのを慌てて抑えつつ、スピードダウン&ウォーキング。
そんな風に遊びながら帰ってきたらもう薄暗い時間になってしまった。
「あー、刀重くて腰痛いわ。坂道駆け下りたのが効いたかな」
お風呂たてるから寄って行けと言ったのに幸は遠慮して、というより主の居る休息所は苦手だと言ってウチを素通りして屯所に戻った。
木戸を潜ると家の中はシーンと静まり返っている。
六畳間は閉めっきりのままだから、まだ病人は寝込んでいるらしい。
「ただいまー・・・」
2、3秒様子を伺うがコトリともしない。
誰も居ないのか知らん?
忍び足で勝手口を入る。
居間の障子戸を開けてみるが、やはり誰も居ない。
まさか病室までもぬけの空ではと思い、そうっと襖を開けて見ると、端正な寝顔をこちらに向けてすやすや寝入っている。
額の上に手拭が乗っているが、いつから乗せっぱなしなのか、もうぬるくなっているように思われた。
遊んで来ても良いと言うからには、誰か代わりに留守番してくれてんだろうと思ってたんだけど。誰も居ないってどういうことだろう。
襖の間から半身を滑り込ませて、枕もとの手桶に手を伸ばす。
物音を立てぬよう、そおっと・・・。
桶をつかんだ瞬間、ぐっすり寝入っていたはずの土方さんがぱっちりと目を開けた。
目が合う。
びっくり。
心臓バクバク。
「・・・鉄砲玉め。何処をほっつき歩いてやがったのだ」
さては狸寝入りをしていたかと思ったが、やはり寝入ってはいたのだろう。意識を覚醒させるまでに僅かの時間を要して、それでも憎まれ口だけは忘れずにいた。
「だって今日は私、お休みの約束だったんだもん。誰か代わりに留守番してくれてると思ったし」
「留守居など要らんと、俺が言ったのだ」
やっぱりな。食えないヤツぅ。
井戸に桶の水を替えに行く。
が、戻るのを待って小言。
「仮にも新選組の監察方を留守居、しかもただの病人の扱いに使うなど、そんな無駄な人の使い方があるか」
手拭を絞って額にあてがってやったら、“ただの病人”さんは三角にしていた目を気持ち良さそうに・・・一度は閉じた。
「でも約束したんだもん。今日一日は遊んで来てもいいからって。山崎さんが言ったのよ」
「アイツが何と言ったか知らんが、お前のわがままで使いまわせる男じゃねぇのだ」
また怒り出す。
「ちっとはモノを考えろ。山崎は使いっぱしりの小者じゃねぇのだ。腰は低いがあれでも新選組の幹部なのだぜ?副長の手掛け風情が何を思いあがってアゴで使う・・・」
「そんなことしてませんー!思い上がってなんかぁ・・・」
いたわけじゃないけど・・・。うーん、結果的にはそうなるのかなぁ。
私ってそうなの?
「おめいが思っていなくとも辺りがそう見るのさ。気をつけな。山崎はああいう男だが、他のヤツじゃあこうはいかねぇ。覚えておくんだな」
やっぱりそういうことだよね。
「・・・ごめんなさい」
凹み。
私は外に遊びに出たかっただけなんだけど。
でもそれで誰かに迷惑がかかるってことは、私の休暇はどうなるのだ。
私は永遠に籠の鳥なのか?
うー。
考えたくない。
なんだか疲れがどっと来たな。
溜息をついたら、
「腹でも減っているのか?」
「へ?」
「やけに大人しいな」
そういえばいつもよりパワーが足りない気がする。
買い食いし続けでお腹は空いてないものの、
「街の中歩き回って・・ってか走り回って疲れたのかも」
口に出して言ったら、いよいよ疲れが・・・。
まずい。
もう一仕事せねば。
「夕飯の支度しなくっちゃ」
立ち上がったら、
「晩飯ならそこに用意して有るはずだが。山崎が置いていった」
台所の暗がりに塗りの岡持ちが置いてあった。
「さぁすが山崎さん、気が効くぅ」
開けてみると二人分。
「土方さん、熱は?お腹悪くしてない?起き上がって食べれます?あのご飯、おじやにしよっか?」
あ、そういえば、
「じゃこ山椒買って来たんだ。お茶漬けにしたら美味しいかなーと思って。食べる?」
六畳間にとって返すと、
「ドタバタうるせぇガキだな。俺は腹は空いてねぇ。お前の好きにするがいいさ」
・・・なんだかやっぱ病人だけに元気が無いよね。
えーと、
「今日の私の格好、どお?似合います?」
きっと、こき下ろしが返ってきて、そこでまたぎゃあぎゃあ話が出来るかなと思ったら、
「ああ、そうだな」
・・・ハレ?なんだよ。
思い切り肩透かし。
「だが良く見りゃワケの判らん拵えだな」
そうかしら?
「着物は八木さんの奥さんの見立てで、帯合わせと着付けは髪結いのお夏さんが江戸風ってことでやってくれたんだけど・・・。髪もそうです」
それを聞いた土方さんは、喉の奥で笑いかけて、それから傷に響いたらしく少しだけ顔をしかめた。
「そうかぇ。そういやそういう風だな。お前らしくて良いかもしれんが」
・・・お前らしい・・ってナニ? 絶対褒め言葉じゃない気はするんだけど(--;
「それで首尾は?」
あ、仕事の報告するの、忘れてた。
「山崎さんに言われた通りにはやってきましたけど。何も問題は無かったです。てか、大した事してないし、なんとかなりましたよ。それに皆さん協力的でしたしね」
「皆さん?」
あ、やべ。余計なこと言っちゃったかな?
「ええと、沖田さんとか・・・山南先生・・・とかぁ・・」
逃げよっ。
「スイマセン、私お風呂入るんで・・・」
「俺の負けだな」
風呂の準備をしようと立ち上がった背中に、独り言のように呟く声。
「え?」
空耳かと振り返ると、
「なんとかなどならぬと思っていたさ」
・・・褒めてるのかしら?
「判りませんよ、ダメ元だもの。もうバレてるかもしれないし」
「だめもと?」
「ダメで元々。バレたらバレたで仕方ないじゃん。なるようになるでしょ。そんなこと考えずに明日の朝までグータラしてれば?」
うふふと笑ったら、向こうも手拭の下で微笑んだように見えた。
まったく、この人の気の済むようにするためだけに、大の大人が何人心を砕いていると思ってるんだろう。
そりゃあ私が言い出したことではあるけど、ほんとにここまでやるとは思わなかった。
こんな・・・こう言っちゃなんだけど、バカみたいな小細工。
みんな乗るんだもんなぁ。そこがすごいよな。(もしかして、ゲーム感覚?まさかね)
山崎さん始め、沖田さんにせよ山南先生にせよ、みんなこの人の好きにさせてて。
口裏合わせて。
幸だってこの人には好意的だし。
なんでなの?
何にしろ幸せな人。
そんなことを考えながら風呂を焚き付ける。
山崎さんは(もしかしてお夏さんか?)どこまでも気が効いていて、一度焚いた跡がある。
なので、ぬるくなった分、追い炊きすればいいのだった。
お風呂を使ったらもういけなかった。
思えば夕べからろくに寝てない。
湯船の中で3度は溺れかけ、ほとんど這うようにして座敷に辿り着き、横合いから何か言われたような気がしたが、
「もうダメ。もう寝る。ごめん、おやすみ」
押入れから布団を引きづり出すのももどかしく、バタンキュー。
布団も昼間干して置いてくれたんだわー、山崎さんてばありがとー。
気が効くー。
お婿にしたいー。
・・・既に脳みそ半分寝てるし。
「・・・と風邪をひくぞ・・」
遠くの方で途切れ途切れに聞こえている。
「いいの。もういい。気にしない。寝る」
と答えた語尾があくびに変わり、あくびの終わりがクシャミに変わった。
風邪ひくかもー、と薄っすら思った時にはもう、ぐーっと眠り込んでしまっていた。
暇乞いをして、空いた湯呑みを片付ける幸と一緒に落ち縁に出る、と同時に軽く体当たりをくらう。
「だってそんな話してたんじゃないんだから・・」
もちろん、縁側に寝転がっている沖田さんにも聞こえないぐらいの小声での会話だ。
湯呑みの乗ったお盆を手にした幸が、顎で室内を指し、
「油断禁物。ああは見えても木偶じゃない」
それから普段の声音になって、
「片付けて来るからそこで待ってて。送って行くから」
「あ、でも玄関から上がったから・・・」
「履物は持って来ましたよ」
足元から返事が返ってくる。
見れば、腕枕をして長々と寝そべっている沖田さんの脇、庭へ下りる敷石の上に赤い鼻緒の下駄が置いてあるではないか。
クスっと笑いながら幸は台所へ。
「玄関口には皆さん待ち構えてましたからね。もみくちゃにされかねない。帰りは裏を回って出たほうがいいです」
あくびをしながら沖田さんが起き上がった。
日に焼けたおでこと頬骨の辺りが、日差しを受けてテカテカして見える。
ありがとうと礼を言いながら下駄に足を入れると、
「そんなデカイ女物の履物って初めて見ました」
笑う。
失礼ねぇ、と言いかけたら、
「うちの姉も足がデカかったが、履物の大きいのは格好が悪いと言って嫌がったから」
「お姉さんて大きいの?」
そのまま縁側に腰をかけて、一緒に日向ぼっこ。
植え込みの紅葉が半ば赤いまま、昨夜の雨に打たれて散り敷いている。
乾きかけた落ち葉の匂いが深呼吸を誘った。
「私がこんなですからね。特に上の姉は私と同じで丈も高くて。母はそれ程でもなかったので着るものには難儀したようです」
「私とおんなじね」
すると彼は子供みたいな笑顔になって、
「そうなんですよ。いや、小夜さん程では有りませんが、つんつるてんの着物姿がなんだか懐かしくて。姉を思い出したもんです」
そうか。
それで初めて会ったときあんなノリだったんだ。納得。
「丈が短いと夏場はいいけど冬場は寒いでしょ?寒くなる前に丈の合った着物作ってもらって、ほっとしたわー」
「見違えましたもんね。そうしていると舞妓さんみたいだ」
なんですと?
「じゃあこれでは?」
立ち上がる。
爆笑。
こんなデカイ舞妓が居てたまるか!だ。
「ねぇねぇ、私今日は遊んで来ていいって言われてんの。沖田さんも一緒に行かない?」
「ダメですよ。私はここで昼寝することに決めたんですから。ザンネンだけど」
そうか、留守宅の番犬役だったっけ。
肩をすくめたところへ、
「まーったくアンタときたら、昨日は斎藤先生に声かけといて、今日は沖田先生?」
庭を回って幸が迎えに来た。
「なんだ、私は斎藤さんの次か」
沖田さんがウケている。
「違いますよー。斎藤さんとなんてデート・・・遊びに行ってませんてば」
誘ったのは確かだけどな。
弁解している側から幸ってば、
「そうなんですよ。この人誰でもいいんです。遊びに連れてってくれる人なら」
そりゃそうなんだけど、
「だってさー家で独りで居るの、飽きるんだもの。たまに誰か来たって仕事がらみ・・・」
慌てて口を抑えるのと、幸に小突かれるのが同時だった。
沖田さんが声を殺しながら笑い転げている。
髷を下ろした髪の先が、乱れてうなじの上に散っている。
「危ねぇ危ねぇ。ホレ、早いとこ帰ろ。アンタを此処に置いとくとろくなことにならない」
またまた幸に連行される。
「じゃあまた。たまには遊びに来てね。バイバイ」
沖田さんに手を振ったらきょとんと首を傾げた。
「小夜、bye-byeって英語だから・・・」by幸(--;
あれ?そうだっけ?
思うか思わないかのうちに腕を引かれて退場。
「紅葉狩りといえば東福寺だけど、もう終わっちゃったかなー。こっからだったら距離的には祇園方面の方が近いかも。あそこらへんは近頃安全だし、清水寺とか、行ってみる?」
「どっちでもいいけど、美味しいもの食べれる方がいい」
「・・・あそ」(--;
てなわけで、大火から3ヶ月、復興浅い街中を突っ切って清水寺。
音羽の滝の近くの茶店でようやく昼飯にありついた。
結構歩いてお腹が空いていた。
茶蕎麦の他にアンコの入った抹茶色のデカいお団子をぱくつく。
きっとお腹の中は緑色だな。
食後のお茶をいっぷく、
「紅葉、結構残ってたねぇ。キレイだね」
と言ったら幸は笑い出して、
「満腹になってようやく景色に目が行ったのね?」
かなり葉の落ちた木も多かったが、紅く、落ち葉の散り敷いた道を歩くのも豪勢だ。
帰りの坂道を下りながら土産物屋を冷やかしつつ、
「山南先生と土方さんの仲ってどうよ?」
仲が悪いという噂は、八木さんちで下女をしていた頃から聞いている。
気に留めたことは無かったが、あの温厚な山南先生を見れば、屯所を空けたくないという土方さんの頑なな態度が尚更腑に落ちずにいたのだ。
単に意地っ張りなだけなのか。それとも他に何かあるのか。
山南先生だとてさりげなく探りを入れてきたり・・・。
「どうって、別にどうもしてないけど・・」
高下駄で石段を下りるとなかなか賑やかな音がする。
最初は音で、次に容姿で、幸ってば結構人目を引いてます。
「しょっちゅう口論にはなってるみたいだけど、江戸からの仲間はいつものことと気に留めてないみたいだし。」
綿服に高下駄、腰には刀を差して、ちょっと見は男の子そのものだけど、良く見れば体つきや髪質が違うし、何より彼女は色白美人なのだ。
伸ばしかけで半端な長さの髪をひっ詰めてはいるのだが、ほとんどほつれて前髪と襟足は垂らしたまま。
もう少し伸びて襟足を出したら、首の細さがあらわになって逆に男には見えないかも。
「私もあの二人、仲が悪いというのとは違うと思う。あれほどキツイ言い争いは気心知れてないとできないよ。刃傷沙汰になっちゃう。しかも部屋だって襖一枚隔てて隣同士だもの。ほんとに仲が悪いなら居られないはずだ」
んで、階段に差し掛かるといつの間にかジャンケンしてる私達って何者?(爆)
最初は幸がチョキで勝って、
「ち・よ・こ・れ・い・と・・っと。口論と言ったってケンカでストレス解消してるようなものでしょ。じゃんけんぽい」
「勝った。ぱ・い・な・つ・ぷ・る・・・。でも山南先生、チラっと探り入れてたじゃん」
「じゃんけんぽい。そりゃ何か地下活動(笑)やってるって気付いたんじゃないの?」
「ぐ・り・こ。気付いて・・・どうなのかねー?険悪な関係になりそう?じゃんけんしょっ」
「うへ。また負けた。・・・気にはなってるだろうけど、険悪にはならないでしょ。山南先生、大人だからさー」
「ぐ・り・こ。じゃんけんぽい。また勝っちった。ぱ・い・な・つ・ぷ・る。じゃんけん・・・あー!なによ。もう終わり?自分が負けてるからってずるい」
幸が駆け下りてくる。
「違うったら。話が遠いんだよ」
笑った前髪が風に煽られて白いおでこがあらわになる。
形の良い眉。
くっきり二重の目元が美麗。
「仲は悪くはないけど、目指すものが違うんだろうね。相手が暴走するのを憂えてるんでしょ、山南先生は。てか、心配してるっていうの?」
弾む息を深呼吸で静めて、幸は続けた。
「副長はさぁ、山南先生が好きだから、自分の考えに賛同して欲しいんだよね。それで一生懸命日夜口説いてるってわけ。端から見ると口論にしか見えないんだけどさ」
「じゃあどうして山南先生に屯所を任せるのを嫌がるの?」
「嫌がってるんじゃないんだよ。あれはあれで心配してる」
「自分の睨みが効かないから・・?」
「じゃなくて、山南先生って優しいからさ。何かあったとき責任を独りでかぶるようなことにしたくないんじゃないの?副長的には」
ふーん、と判ったような判らないような・・・。
「もっともこれは私の見た限りだけどね。真相の程は判りません」
「でも、良く見てんじゃん」
「良く見れば自ずと良く見えてくるんだって。これは師匠の教え」
「師匠って、斎藤さん?」
「そお」
「幸の師匠って斎藤さんなの?沖田さんじゃなくて?」
坂道をガツガツ調子よく下りていた幸が、立ち止まって腕を組み、思案の表情。
「師匠が斎藤先生でー、沖田さんは目標かな。沖田さんは良く見なくとも良く見えてる人なんだ。我々凡人と違って」
ふーん、そんなもんか。
寝ぼけ顔とバカ笑いしか思い出せないな。
「私にゃすっげー凡人に見えるけどなぁ」
「だろうね。あんたにゃそうでしょうとも」
ゲラゲラ笑いながら駆け出した。
「なによそれー!コラぁ、ばかにすんなー!」
日が傾きかけた道を追いかけっこ。
私ら二人がバタバタ走り抜けると、道行く人々が驚いて振り返る。
それが可笑しくて笑い出し、その笑い声がまた人目を引いている。
前を行く幸に大声を張り上げる。
「幸ってばずるーい!」
「なんでさ」
「袴履いてて身軽!」
とても追いつけない。距離がどんどん開いていく。
「そんなこと無いよ。刀差してんだぜー。それよりアンタ目立ち過ぎ!」
「なんでよ」
「着物着てそこまで足上げるの反則だぞー」
へ?
気付けば直角に足上がってるし(^^;。
派手に裾が割れているのを慌てて抑えつつ、スピードダウン&ウォーキング。
そんな風に遊びながら帰ってきたらもう薄暗い時間になってしまった。
「あー、刀重くて腰痛いわ。坂道駆け下りたのが効いたかな」
お風呂たてるから寄って行けと言ったのに幸は遠慮して、というより主の居る休息所は苦手だと言ってウチを素通りして屯所に戻った。
木戸を潜ると家の中はシーンと静まり返っている。
六畳間は閉めっきりのままだから、まだ病人は寝込んでいるらしい。
「ただいまー・・・」
2、3秒様子を伺うがコトリともしない。
誰も居ないのか知らん?
忍び足で勝手口を入る。
居間の障子戸を開けてみるが、やはり誰も居ない。
まさか病室までもぬけの空ではと思い、そうっと襖を開けて見ると、端正な寝顔をこちらに向けてすやすや寝入っている。
額の上に手拭が乗っているが、いつから乗せっぱなしなのか、もうぬるくなっているように思われた。
遊んで来ても良いと言うからには、誰か代わりに留守番してくれてんだろうと思ってたんだけど。誰も居ないってどういうことだろう。
襖の間から半身を滑り込ませて、枕もとの手桶に手を伸ばす。
物音を立てぬよう、そおっと・・・。
桶をつかんだ瞬間、ぐっすり寝入っていたはずの土方さんがぱっちりと目を開けた。
目が合う。
びっくり。
心臓バクバク。
「・・・鉄砲玉め。何処をほっつき歩いてやがったのだ」
さては狸寝入りをしていたかと思ったが、やはり寝入ってはいたのだろう。意識を覚醒させるまでに僅かの時間を要して、それでも憎まれ口だけは忘れずにいた。
「だって今日は私、お休みの約束だったんだもん。誰か代わりに留守番してくれてると思ったし」
「留守居など要らんと、俺が言ったのだ」
やっぱりな。食えないヤツぅ。
井戸に桶の水を替えに行く。
が、戻るのを待って小言。
「仮にも新選組の監察方を留守居、しかもただの病人の扱いに使うなど、そんな無駄な人の使い方があるか」
手拭を絞って額にあてがってやったら、“ただの病人”さんは三角にしていた目を気持ち良さそうに・・・一度は閉じた。
「でも約束したんだもん。今日一日は遊んで来てもいいからって。山崎さんが言ったのよ」
「アイツが何と言ったか知らんが、お前のわがままで使いまわせる男じゃねぇのだ」
また怒り出す。
「ちっとはモノを考えろ。山崎は使いっぱしりの小者じゃねぇのだ。腰は低いがあれでも新選組の幹部なのだぜ?副長の手掛け風情が何を思いあがってアゴで使う・・・」
「そんなことしてませんー!思い上がってなんかぁ・・・」
いたわけじゃないけど・・・。うーん、結果的にはそうなるのかなぁ。
私ってそうなの?
「おめいが思っていなくとも辺りがそう見るのさ。気をつけな。山崎はああいう男だが、他のヤツじゃあこうはいかねぇ。覚えておくんだな」
やっぱりそういうことだよね。
「・・・ごめんなさい」
凹み。
私は外に遊びに出たかっただけなんだけど。
でもそれで誰かに迷惑がかかるってことは、私の休暇はどうなるのだ。
私は永遠に籠の鳥なのか?
うー。
考えたくない。
なんだか疲れがどっと来たな。
溜息をついたら、
「腹でも減っているのか?」
「へ?」
「やけに大人しいな」
そういえばいつもよりパワーが足りない気がする。
買い食いし続けでお腹は空いてないものの、
「街の中歩き回って・・ってか走り回って疲れたのかも」
口に出して言ったら、いよいよ疲れが・・・。
まずい。
もう一仕事せねば。
「夕飯の支度しなくっちゃ」
立ち上がったら、
「晩飯ならそこに用意して有るはずだが。山崎が置いていった」
台所の暗がりに塗りの岡持ちが置いてあった。
「さぁすが山崎さん、気が効くぅ」
開けてみると二人分。
「土方さん、熱は?お腹悪くしてない?起き上がって食べれます?あのご飯、おじやにしよっか?」
あ、そういえば、
「じゃこ山椒買って来たんだ。お茶漬けにしたら美味しいかなーと思って。食べる?」
六畳間にとって返すと、
「ドタバタうるせぇガキだな。俺は腹は空いてねぇ。お前の好きにするがいいさ」
・・・なんだかやっぱ病人だけに元気が無いよね。
えーと、
「今日の私の格好、どお?似合います?」
きっと、こき下ろしが返ってきて、そこでまたぎゃあぎゃあ話が出来るかなと思ったら、
「ああ、そうだな」
・・・ハレ?なんだよ。
思い切り肩透かし。
「だが良く見りゃワケの判らん拵えだな」
そうかしら?
「着物は八木さんの奥さんの見立てで、帯合わせと着付けは髪結いのお夏さんが江戸風ってことでやってくれたんだけど・・・。髪もそうです」
それを聞いた土方さんは、喉の奥で笑いかけて、それから傷に響いたらしく少しだけ顔をしかめた。
「そうかぇ。そういやそういう風だな。お前らしくて良いかもしれんが」
・・・お前らしい・・ってナニ? 絶対褒め言葉じゃない気はするんだけど(--;
「それで首尾は?」
あ、仕事の報告するの、忘れてた。
「山崎さんに言われた通りにはやってきましたけど。何も問題は無かったです。てか、大した事してないし、なんとかなりましたよ。それに皆さん協力的でしたしね」
「皆さん?」
あ、やべ。余計なこと言っちゃったかな?
「ええと、沖田さんとか・・・山南先生・・・とかぁ・・」
逃げよっ。
「スイマセン、私お風呂入るんで・・・」
「俺の負けだな」
風呂の準備をしようと立ち上がった背中に、独り言のように呟く声。
「え?」
空耳かと振り返ると、
「なんとかなどならぬと思っていたさ」
・・・褒めてるのかしら?
「判りませんよ、ダメ元だもの。もうバレてるかもしれないし」
「だめもと?」
「ダメで元々。バレたらバレたで仕方ないじゃん。なるようになるでしょ。そんなこと考えずに明日の朝までグータラしてれば?」
うふふと笑ったら、向こうも手拭の下で微笑んだように見えた。
まったく、この人の気の済むようにするためだけに、大の大人が何人心を砕いていると思ってるんだろう。
そりゃあ私が言い出したことではあるけど、ほんとにここまでやるとは思わなかった。
こんな・・・こう言っちゃなんだけど、バカみたいな小細工。
みんな乗るんだもんなぁ。そこがすごいよな。(もしかして、ゲーム感覚?まさかね)
山崎さん始め、沖田さんにせよ山南先生にせよ、みんなこの人の好きにさせてて。
口裏合わせて。
幸だってこの人には好意的だし。
なんでなの?
何にしろ幸せな人。
そんなことを考えながら風呂を焚き付ける。
山崎さんは(もしかしてお夏さんか?)どこまでも気が効いていて、一度焚いた跡がある。
なので、ぬるくなった分、追い炊きすればいいのだった。
お風呂を使ったらもういけなかった。
思えば夕べからろくに寝てない。
湯船の中で3度は溺れかけ、ほとんど這うようにして座敷に辿り着き、横合いから何か言われたような気がしたが、
「もうダメ。もう寝る。ごめん、おやすみ」
押入れから布団を引きづり出すのももどかしく、バタンキュー。
布団も昼間干して置いてくれたんだわー、山崎さんてばありがとー。
気が効くー。
お婿にしたいー。
・・・既に脳みそ半分寝てるし。
「・・・と風邪をひくぞ・・」
遠くの方で途切れ途切れに聞こえている。
「いいの。もういい。気にしない。寝る」
と答えた語尾があくびに変わり、あくびの終わりがクシャミに変わった。
風邪ひくかもー、と薄っすら思った時にはもう、ぐーっと眠り込んでしまっていた。
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