もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

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山崎さんが上司を説得する間、私は家の外に出されてしまった(当たり前だ)。

金木犀の枯れた小花が散り敷いた庭で、庭石に腰掛けたまま散々待たされ、

「小夜はん」

と声がかかった時には、なんで幸だけ入室許可が下りてるんだ!という不条理(笑)を怒るのも忘れて、いい加減居眠りこいていたし。

南側の六畳間は閉め切られ、どうやら土方さんは大人しく眠ったようだった。
お粥は結局食べたらしいが、起き上がって自分で食べたそう。
・・・意地っ張りなの。

でもそれを聞いて急にお腹が空いてきて、先程幸が首に背負ってきた大福餅を朝ごはん替わりにパクつきながら、山崎さんの話を聞く。

彼の頗る面白そうな作戦はこうだ。

「屯所に居てはる土方センセェに届けもんしとくなはれ」

それってやっぱり土方さんが屯所に居るふり・・・居ないのを誤魔化すってことじゃん?
自分の考え通りになりそうな展開に小躍りして、それに答えようと口いっぱいに頬張った大福を飲み込もうとしたら・・・むせた。・・・げほげほ。

「あーあー、もう。」

と、幸が湯呑み茶碗を手渡してくれ、

「じゃあ私、先に行ってるから」

立ち上がり、刀を腰に差す。下げ緒を帯に結んでいるのへ、

「先にって?」

見上げたら、

「露払い」

伸びた前髪の間から意味深にウインクして見せ、出て行った。


屯所に届ける“忘れ物”、幸が居たんじゃ彼女の仕事になってしまう。
幸い彼女は夜が明けるか明けないかというぐらい早くに屯所を出てきていたので昨夜此処に泊まったということで、口裏を合わせるように言われた。

ということはつまり、副長は昨夜此処には居なかったということで。
幸が屯所に出勤した後、主人の忘れ物に気付いた私が追いかける、という筋書きだそう。

で、肝心の

「忘れ物ってナニ?」

町人体で着流しの山崎さんは自分も大福をひとつ、頬張りながら、

「何にしまひょ?」

・・・なんだよ、それ(--;。

「風呂敷包みに・・・そうやなぁ、腹巻でも持ってったらよろし」

お茶を吹きそうになる。

「そんなんでいいの?」

「かましまへんわ。目的はあんたはんの着飾ったとこを屯所の皆さんに見せたいだけですねんから」

山崎さん、良く見たら本日月代当たりたて。
ついでに結髪もとってもキレイ。

が、上司を説得するのにだいぶエネルギーを費やしたらしく、溜息をつきつき半分放心状態で大福を食んでいるのが可笑しい。

それにしても、

「私の着飾ったとこを見せたいってどういうこと?」

すると彼は初めていつもの彼らしく、イタズラっぽい目をこちらに向け、ことさら内緒話のように声を潜めて、

「土方センセがしょっちゅう屯所を空けたくなるワケ、見せとかなあかんやろ?」

にんまりと微笑う。
頬骨の辺りにくしゃっとシワが寄る。

「あんたなぁ、一度気合入れて着飾ってみなはれ。べっぴんにならはるでぇ。あての見立ては絶対や。いっとう最初に会うた時からそう思うてましたんや。べっぴん見分ける鼻は効く性質ですねん」

ようやく調子が出てきたようだな、と思った時、

「へぇー、なんや、うっとこでも聞いたような台詞やなぁ」

勝手口の柱の陰から髪結いのお夏さん登場。

「うげ」

山崎さんは腰をかけていた台所の上がり框から転げ落ちそうになり、それでも辛うじて大声は出さずに、

「あほか!声ぐらいかけて入って来よったらええやないか!」

「土方センセェがお休みやから、お静かにお願いしますーて、幸はんに言われてんのどすぅ。あんさんみたいに大福喰らいながらべちゃくちゃ女口説いてるよりなんぼかマシや」

それから、おはようさんどす、と私に向かってにっこり愛想笑い。

「これ、女口説くて人聞きの悪い。こちらにおわすはその土方センセのお手掛け殿やないか」

「せやかて、今言うてはったんはあんたが女口説く時の台詞やねんから。危なー。小夜はんもこないなろくでもないのにひっかかったらあきまへんえ。」

痴話喧嘩だ。
山崎さんとしゃべっている時のお夏さんって結構ひょうきんで若く見える。

「そりゃまあ、山崎さんのお世辞は挨拶みたいなもんだし」

誰も本気にゃしてないが。
でも、この二人ってそういうことだったのね?

「山崎さんのその頭、今朝当たったのね?」

二人の喋りが止まった。目配せしてる。

「お前が余計な事喋るからや」

「お前呼ばわりされる筋合いはちぃーっともおへんーっ」

眉の無い顔のあっかんべーはなんとも凄まじい。


上がり框に腰掛けたまま髪を結ってもらう。

油っ気の無い髪を最初から結うのは大変なのだとぼやきながら、しかも三つ編みの癖のついたのを叱られながら、それでも何とか小振りの銀杏返し。

小振りというのは髪の長さが足りないからで、普通よりビンとタボをつめたカンジ。
勢い、小娘っぽい(苦笑)。
大人には見えません。

横でタバコを吸いつけながら、手持ち無沙汰に見ていた山崎さんもそう思うのか、なんだかニタニタしている。

「小夜はん、可愛らしなー。まんま、ええとこのお嬢はんや」

この人の口の軽いのは承知だが、容姿を褒められれば照れはしても悪い気はしない。
ところが、

「ええとこのお嬢はんはなァ、こないへんちくりんな御髪になんぞしやはりまへんのどっせ。オカシな髪型結わさして。ウチはこないな江戸前のおつむ、好きになんぞなれしまへん」

この髪型って江戸風なのね?
慣れない髪形結わされて、お夏さんご機嫌斜め。
さっきの痴話喧嘩を引きずってる模様。
やばいです。

「んなこと言うたかて、旦那はんの好みや。仕方ないやろ。うっさいヤツやわほんま。」

・・・つーかふたりとも引きずってるんだよな。

でも、これ以上お夏さんを刺激しないで欲しい。

無言で居るのは怒っている証拠じゃないか!判んないのかよ。
彼女がイラついてとばっちり食うのは私なんだぞ。

頭を動かさず正面を向いたまま、そ知らぬふりで、タタキに伸ばしていた山崎さんの足を蹴飛ばす。

「そういう割にはお夏さんてば上手!江戸前の髪型結えるなんて、京都では他に居ないんじゃないの?」

これくらいヨイショしろよ!

怨念が伝わったのか、蹴りを入れられてびびったのか、彼は多少言葉の出だしを噛みながら、

「そそうですねん。コイツの腕はピカイチですねん。その御髪も小夜はんによう似合うてはりますわ」

ははははーと二人で笑顔が引きつってしまったり。

「ふん」

鼻で流された。怖えー。


髪の次は化粧。
汗で流れるから嫌だ、とは言えない気象状況ではある。

でも、白塗りは嫌だー!絶対嫌だー!屯所へ行くなら尚のこと嫌だー!!!
と、ゴネていたら、奥の座敷から声。
はじかれたように山崎さんが飛んでいった。

私らとしゃべっている時とは顔つきからして違うのがスゴイというか呆れるというか。

うるさいと言われてきたのかと思ったら、そうではなかったらしい。
が、化粧は無しで、とお夏さんに言ったので、病床からの作業指示がそれだと判った。

まぁ、私的には助かりだけど、そんなとこまで口を出されちゃあ、部下としちゃ迷惑だよね。

しかし結局お夏さんがどうしても譲らず、肌を塗らないまでも眉を整え、ちょっとだけ目張りを入れ、紅を塗った。
それだけでも鏡の中の自分の顔が別人のようになるのが面白い。

仕上げは着物。
衣装箪笥の並ぶ納戸で着替える。
師匠に逆らうと怖いので、全てお任せ。
着物の着方も、上方風と江戸風じゃ違うみたい。

ぶうぶう文句を言いながらも、すみれ色とクリーム色の大きな市松の上に饅頭菊を散らした小紋に、黒の無地の帯を締めてくれて、髪には銀の平簪、塗りの櫛、赤い鹿の子絞りの端切れを飾ってくれる頃には、なんだか楽しげな表情。

お勝手の上がり框で居眠りしていた山崎さんに、出来上がった自分の作品を披露する時にはもう、

「どうやの?」

ふふん、てなもんです。
私も調子に乗ってVサイン。なのに、

「惜しいことどすなァ。もうちぃーっとちんまりしてはったら、なんぼかええ女やのに。・・・言うてもせん無いけどナ」

・・・そうやって後から突き落とすのを忘れないお夏さんて、ス・テ・キ(--;

真っ赤なしごき帯で裾をたくし上げて、細身の下駄に素足を突っ込んで、縮緬の上等な風呂敷包みを抱えて、木戸を出る時後を振り返ったら、勝手口のところに立って仲睦まじく見送る二人がなんだか昔話のおじいさんとおばあさんみたいで笑えた。

「いってきまーす!ちゃんと仲直りしてね」

手を振ったら、お夏さんが無い眉を寄せて駆け寄って来て、

「んもう嫌やわー。お痛せんといとくれやす。ええとこのお嬢が二の腕出さはってどないしはりますのん!」

叱られた・・・(--;。


多少風は残っていたが、空はすっかり晴れ上がり、最高に気分のいい道々。

昨夜、雨の中を無我夢中で通った本願寺西側の大宮通りは、寺の敷地内にある大きな銀杏の木からごっそりと落葉が散り敷いて、道の端から端まで真っ黄っ黄。

紅葉狩りは昨夜の雨でもうダメっぽいけど、今日は夕方まで遊んで来ていいって、山崎さんが言ってくれたんだ。
帰りは何処に寄ろうかなー?

もう少し進むと、今度は真っ赤な紅葉が道を赤く染めている。
本国寺だ。
なんとなく後ろめたくて見ない振りして早足に通り過ぎる。

そういえば、ゆうべ脱ぎ捨ててきた衣装はどうしたろう。誰かが回収してくれたんだろうか?
そのまんまだったりして。竹光なんて見つかったらやばいんじゃん?

勝手にあんなことしたりして、アタシったらやっぱり危なかったよね。
叱られてもしょうがないか。

まあでも、土方さんが助けに来てくれて何とかなったし、最終的には無事だったんだからオールオッケーよね?

のしのし歩くと、風に煽られ深紅の蹴出しとしごき帯がひらひらしてキレイかも。
そういえば袂も帯のたれ具合も微妙に長くてヒラついてるのが華やかなカンジ。
動く度、袂の脇から襦袢の黄色い鹿の子模様がチラチラ覗いて見えるのもカワイイ~♪
浮かれて調子良く歩いてたら、壬生村までは割りと早く着いた。


子供等の遊ぶ姿がのどかだなぁ、などと八木さんちの前を通り過ぎようとしたら、

「見てみ、大女や!」

・・・なんだと?(--;
思わず立ち止まったら今度は、

「あ!小夜やんか」

うぉ?と見たら、八木さんちの為三郎くん!
久しぶりー、と声をかける間もなく、

「そないな格好して誰や思うたわ。ええとこに来よった。お前ちょっとここ飛んでみ」

私のちっちゃい元主人は今でもエラそう(笑)。
お前呼ばわり健在。
なんだか嬉しかったりする。

見れば雨上がりの湿った地面に線が引いてある。
1メートルほど向こうには無数の足跡。
子供等の足は泥だらけ。
幅跳び大会か?

「コイツ大女やさかい、足が長い分きっと遠くまで飛べるねんで」

大注目されてるし。
そこまで期待されたら飛ばないわけにゃイカンでしょう(鼻息)。

手にした風呂敷包みを首にくくり付け(中身が中身だけに誰かに頼むワケにはイカンしな)、おもむろに着物の裾を両手で掴み、

「小夜、行きまーす!」

助走距離が短かったけど、子供が相手なんだから負けられぬ。

気合入れて踏み切って飛んだら、右の下駄の鼻緒が抜けたような、妙なカンジ。
着地と同時に右足が、滑る~!!
ぎゃー!と叫びつつ勢い余って顔面から地面へ突っ込もうとした時、すんでのところで、

「おおっと、大丈夫ですかい?」

突っ伏したのは男物の縞木綿の着物。
というか、相手の腕で鼻が思いっきり潰れてるんですけど(--;。
(潰れるくらいあるのか?という突っ込みは無し・笑)

でも、助かったー。どうなることかと思った。
顔を上げたら、沖田さん。

「驚いたなぁ。いやぁ、文字通り飛んだお転婆だ」

既に爆笑モード。

助け起こされる時、相手の袖口辺りに紅を付けたのに気がついた。

「ごめんなさい。着物汚しちゃった」

彼は笑うと目が無くなる。

「いや、これならかえって艶っぽくていい。」

それから足元にしゃがみこんだ。
下駄の鼻緒の切れたのを(先程の妙な感じはこれだった)すげなおしてくれる様子。

「すいませーん、そんなことまで・・・」

と謝ったら、沖田さんってば吹き出して、

「いやー、いいもの見せてもらいましたからねー」

クスクスとのどの奥で笑ってる
なに?と覗き込もうとしたら、片足で立ってたもんだからぐらついちゃう。
と、横から、

「ホレ」

目の前に肩。
見れば腕を組んで呆れ顔の幸。仁王立ち。
お言葉に甘えて捕まると、案の定お小言。

「表に出てみて良かったわ。どこに引っかかってるかと思えばあんたときたら・・・子供相手に御開帳もないもんだよ」

へ?ゴカイチョウって?

「着物の裾持って幅跳びするバカ居ないよ、まったく」

「・・・もしかして見えてた?」

やばー!!!

「もしかしなくとも見えてますっ!そんなの飛ぶ前に気がつけよ!!!」

ぎえー!!!
ももももしかして・・・。

「沖田さんも見た?」

「そりゃあ見えましたとも。緋色の蹴出しに長い足・・・しか見えませんでしたなぁ」

うーん、惜しい、とか言ってる。ひゃー。

「何がひゃーだよ、ったく。腿まで見えてたんだぞ!もう少しでケツまで見えてましたよ!あんたってばもう信じらんない!」

うー(--;

「一番迷惑してんのは子供達だよ。角度的に丸見えだったもん」

なっ?と彼女が同意を求めて子供等を振り返ったら、全員真顔でうんうんと首を縦に振った。

ああ・・・(^^;。

しかも沖田先生に鼻緒まで直させて~!と怒る幸を愛想笑いで誤魔化し、直しが終わった下駄をつっかけ、将来ある子供達に教育的指導。

「みんな、詳細は今夜お母ちゃんとお風呂に入って確かめてねー!」

「なにバカなこと言ってんの!」

痛てて。はたかれちゃったい。


身仕舞いを正し、いざ、屯所へ・・・半ば連行されて行く。

「山南先生に話は通してあるから。あんたは何にもしゃべんなくていいからね」

幸の先導で中まで入っていけるのだと思ってたら、玄関で待たされた。



アコースティック系のライブくらいは楽勝な広さの前川邸の表玄関で手持ち無沙汰にしていると、背後でザワザワと人の気配がする。
こ、これって殺気ってヤツ?(違う・爆)と思った時、

「あれ?小夜さんじゃありませんか」

振り返ってびっくり。
玄関口に人だかりが出来ている。
しかも全員、私を見ている!

「どうなさったんです?土方副長にご面会ですか?」

声をかけていたのは沖田さんだ。
ニタニタ笑いながら、今会ったばかりの様なフリ。

「ええ、ちょっと忘れ物を届けに・・・」

黙っていろとは言われたが、このシチュエーションじゃあどうにもならない。
沖田さんたら事情が判っているくせに話しかけるんだもの。

「そうですか。ゆうべ遅くに戻られたようだから、まだ休まれているかもしれませんよ」

・・・なるほど。
それをみんなの前で言いたかったわけだ。
その人懐こい笑顔が案外曲者ってわけね。
そうよね。笑っていりゃあ腹の中は読めないからな。

「これを届けていただければ、私はここでおいとま致します。何しに来たって叱られても嫌ですから」

と風呂敷包みを彼に手渡そうとした時、奥から幸が戻って来た。

「副長は体調が優れないらしい。見舞ってあげて」

上がり框に立って見下ろしながら、絶対絶対、“てめーら、台本に無いことはするな!”って思ってるよな(--;。



庭伝いに落ち縁を廻る。

天気が良いので全ての部屋の戸障子は開け放してあり、幹部を含め、隊士達の生活の様子が(キレイかどうかは別として)見て取れる中、副長室は閉めっきり。

部屋の前の縁側に沖田さんが寝そべっている。
庭を先回りしたらしい。

「さっきはどうも。何してるの?」

と声をかけると、起き上がって伸びをした。

「夜番明けなんで昼寝でもしようかと。ここは日当たりがいいんで、ぽかぽか気持ちが良くって・・」

ふーん、番犬代わりってワケか。
この人って全く曲者。

だが幸のヤツはそうは思わないらしい。

「沖田先生なら不思議に思われないですもんね。そうして下されば助かります」

至極真面目に言っている。
言われた沖田さんはくすぐったそうに照れて頭を掻いた。

「縁側で昼寝をして礼を言われることは無いさ」



室内を覗くと、体調不良で寝ているはずの副長の布団も敷いていない。

「バレてもともとだからね。そこまでしなくていいって事で、山崎さんと合意に達したの」

幸が補足。
とりあえず中に入って、風呂敷包みの中身を、置いてあった行李の中に収める。
部屋に箪笥は無かった。

文机、行灯、寝具一式、衝立、簡単な刀掛けと行李がひとつ。割と質素。
持ち物が少なければ散らかりようも無いのだろうが、行李の中もきっちり衣類が詰まっていた。

「あの人、結構几帳面だよ。てか神経質?その辺いじくらないほうが方が身のためだ」

そうなのか。でも、

「戻ってくるまでに火鉢は用意しといた方がいいかも。風邪っぴきには朝晩辛いでしょ」

「だよね。了解。調達しときましょう」

と幸が言うので、

「それってあんたの役目なの?」

と聞いたら、

「私はホラ、何でも屋だからさ。本来なら小姓役とかの小者がやるんでしょうけど、副長にはそういうの、居ないから。副長付きってのは今んとこ居ない」

局長付きは居るらしい。
彼女は笑いながら、

「あの人の場合、いろいろ難しくてなり手が無いってのもあるかな?でもまぁおいおい男の人にはしないとね。私がこんなところでいつまでものさばってちゃまずい気はする」

「こんなところって、新選組ってこと?」

「つーか、雑用係とはいえ新選組でも奥向きでしょ?部外者が入り込んでいるのはまずいよ。人目があるし」


こんな話をしていて誰も聞き耳立てていないのかしらんと思っていたら、襖の向こうは山南先生の部屋だった。

「そうかね?あの人には部外者のあんたの方が使い勝手がいいんだろうと思うが、どうかな」

高そうな唐紙を張った襖が開いて、ご本人の登場。
ご無沙汰してます、と一応挨拶しなきゃね。

「この度はご迷惑をお掛けして・・・」

とその場に正座して頭を下げようとしたら、

「小夜ちゃんは見違えたなぁ」

温厚そうなつぶらな瞳(笑)を見開いた。
額にくっきり三本皺が寄った。
土方さんと年は同じくらいだと聞いたがかなり年上に見える。
てか比べる相手が若いのかも。

まじまじと眺められて照れる。
下女時代はひどい格好をしていたがそれ程自覚は無かった。
が、今考えれば相応に恥ずかしい。
今日の格好が少し仰々しくて現実離れしているのも非常に恥ずかしい。

「挨拶なんかいいさ。こちらへおいで。今、お茶を淹れさせよう」

「私が淹れてきます」

幸が立った。
縁側の障子に沖田さんのシルエットが伸びをするのが見えている。

キィキィと百舌鳥の声。里の秋も深い。

山崎さんの手紙で、どこまでバレているのかと思っていたら、

「本国寺には巡回と偽って、昨夜の小道具は回収させたから安心していいよ」

げ。そんなことまで知ってるのか。
やばー。はずかしー。

「小夜ちゃんも無理するなぁ。相変わらず相当なお転婆だ。しかし今回のような危ないことはいけないな」

はーい、と小さくなる。
弁解の余地は無い。

「怪我でもしたら、土方さんもいたたまれなかろう。いや、怪我で済めばいいが、命でも落とすようなことがあったらそれこそ大事」

そうかしら?

あの人はねぇ、私ならいつどんな目に遭っても良心の呵責を感じずに済むから、あそこに置いてるってだけなんだよ。

とは言いたかったが、ここは大人しくお説教を頂いて良い子にしていよう。
相手は山南先生だし。

「時に、土方さんはどうだね?怪我で難儀したらしいが」

「風邪引いて熱出して寝てました。でも元気ですよ。明日には熱も下がるだろうし」

派手にケンカしたとは言えない。

「風邪の熱かい?傷からではなく?」

へ?傷から?なにそれ?

「ウチに来た時はお酒呑んでたみたいで・・。それで熱っぽいのかとも思ったんですけど。雨に当たったし風邪だと思ったんだけど・・。違うんですか?」

「夕べから熱が出たのなら傷をこじらしての熱ではないと思うが、これからどうなるかだな。二、三日体を休めればいいのだが・・・」

ちょっとの間言い淀み、それから自嘲気味に笑って、

「大人しく寝ている男でもないか。余計なお世話と言われるのが落ちだ」

その通りだな(--;。

「こちらのやり繰りは特に滞り無いが、それも言わずに置いた方がいいかもしれない。何しろ何でも自分でやらなくちゃ気の済まぬ男なのだ」

微笑んで溜息をつく様は、無鉄砲な弟分を気遣う兄貴分のよう。
腐心の種も至極納得行くものだし。

「あれって、性格なんですかねぇ」

手を焼いているのが私だけじゃないと判って、つい言ってしまう。
口を尖がらしたのが可笑しかったと見えて、山南先生の笑い声は結構明るい。

「だろうな。全くもって“いらち”ってヤツだ。あんたもそう思うかね?」

「思いますともー。人の言う事なんて聞きゃしない。なんでも自分が知ってなきゃ気が済まないしー」

「それで皆あんたのところへ集うわけか」



まるで短刀を喉元に突きつけられた思いがして、息が止まる。

この人は私の居る休息所の本当の機能を知らないはずなのだ。
いや、うすうすは知っているのかもしれない。
その確認をしようとしているのか。
これは誘導尋問なのか。

喉がひりついて言葉が出てこない。
まずい。
動揺すれば怪しまれる。

障子戸がすーっと開いて、

「お茶が入りました」

幸に助けられた。

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