もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

ええと、

「夕餉はどうなさいます?」

努めて平静を装いながら訊ねる。
でないとつっけんどんになりそう。

じろりと睨まれた。

「別に、ご飯作りたくないわけじゃないですけど。またどこか行くんでしたら用意しても無駄になるんじゃないかと思って」

返事を待つ。
が、相手は私を凝視したまま、

「似合わなねぇな」

・・・ってコイツ!

そうかい、私の話を聞くよりそれが言いたいのかい。
別にいいけどさー、こんなヤツにかわいいとか言われるより。

「めしの心配は要らん。後で持って来させる手筈さ」

立ち上がり、着替える気配。
羽織を脱いだ。
私はと言えば意外な答えに素になっちゃって、

「えー?ここで夕飯食べるの?」

と言ってしまってから、失敗したなと思う。
迷惑がっているのがそのまま口に出た。

ま、いいか。
相手も同じ気持ちだろうし、他に誰もいないんだから憎まれ口を利いたところで、誰に迷惑が及ぶことも無い。

「お互い、気詰まりなことだな」

「うん」

初めて意見が合う。

何気なしに頷いて、それからなんだか可笑しくなった。

向こうも可笑しかったとみえて、脱いだ羽織を自分で衣桁に掛けながら、口の端をゆがめるようにしてちょっとだけ笑ってる・・・かも。

「今日はどこへも行かないんですか?」

「ああ。今日ばっかりはな。そこら辺で見張られてちゃたまらん」

「見張られるって、誰に?」

それには答えず、袴を脱ぎながら、

「おめぃ、ゆんべ俺がここに居なかったのを誰かに言ったかぇ?」

私はまたコイツは何を言い出すんだろうと思いながら、空になった来客用の湯呑みを台所に片付ける。

「別に。そんなこと忘れてましたけど。誰かに言っちゃマズかったですか?」

すると着替え中の相手は納得が行かない様子で、ふんと鼻を鳴らした。
狭い家だ、台所と奥の座敷との会話も普通に聞こえるんである。

「私、あなたのことなんか興味ないもん」

「それは確かか?」

・・・。

こんな疑り深いヤツに付き合ってられるほど、私は気が長くない。

「あなたに嘘ついて何か得することでもあるって言うんですかねー」

見えないように舌を出す。
またふん、と聞こえた。

「黙っていたのは賢明だな。俺がここに泊まらなかったのが外に知れたら、笑いものになるのはお前だからな」

そうか、妾の家から外泊ってことは・・・妾の意味無いってことだもんね。
それって笑いもんなわけか。

「私は別に笑い者になっても平気ですけどー」

また憎まれ口を利いてしまう。

「でも、それであなたが困るんだったら黙っていてあげても良いですよー?」

ふふーんだ。
困るに違いない。
外に知れたら笑い者になるなんて脅して、その実私に口止めしてるんだもの。
それが判らぬとでも思ってるんだろうか。
見くびるなよーだ。

“かわいくないヤツ”とお互い辟易している。
こんなヤツと明日の朝まで同じ家に二人きりなんてうんざりだ。

・・・たぶんコイツもそう思ってるんだろうけど。



「今からあなたのこと黙殺します」

「なに?」

「あなたのこと、無視します。あなたも私のこと無視すれば?そうすれば気詰まりじゃなくなるでしょ?」

着流しになって、床の間の花入れに差してあった瓢柄の団扇を手にしながら、相手は動きが止まったままだ。

「ただ、ここでは勝手が判らないでしょうから、何か用事がある時は言って下さい」

「無視などできるのか?俺はお前をここへ連れてきた張本人なのだぜ」

「だって、いくら私が拗ねたってどうなるものでもないもん。一応自分で納得して来たんだしさ」

朝の一件、自分の非は認めないとね。
悔しいけど。

「もっとも、こんな危なそうな仕事だとは思っちゃいなかったけど。まあ、今から心配したってしょうがないわ。やってみないことにはね」

それより私にとって当面の目標は如何に快適に暮らすかってことだし。




冷やしていた麦茶の徳利を井戸から引き上げ、湯飲みに二つ、注いで姿を探す。

納戸の戸が開いている。
中は熱気が籠もっていた。

部屋のずっと上のほうにある空気抜きの窓は開けていたのだが、そこだけでは風が抜けないのだ。

団扇で扇ぎながら、タンスの一つ一つを点検していた主人に、

「飲む?」

麦茶を差し出すと、いつもの機嫌の悪そうな憮然とした顔をこちらに向けた。
額に汗が浮いている。


この人は、これが普通の顔なんだと思うことにした。
そう思えばぜんぜん気にならないではないか。

にっと笑って見せたら、眉間にシワを寄せてますます怪訝そうな顔になった。
こめかみから汗が流れた。

「飲まないの?」

無視すると言っておきながらお茶を入れてあげたもんだから、そういう彼の反応は予測通りだ。

でも、自分だけ飲み食いするのって性に合わない。
自分の分をゴックンと飲んで見せたら、もうひとつを取り上げてゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。

「そこの戸は俺が居る間は開けておいていい。風を通せ。ひとりの時は開けんでいい」

ぽん、と空いた湯呑みを返してよこす。

「はーい」

「風を入れるときは引き出し全部開けとけ。梅雨時はやるなよ」

「りょーかい。乾燥してる時だけね」

バタバタと団扇に追い立てられながら納戸を出る。



枕はどこにあるかと聞かれたので、昼寝でもするらしい。

「床の間」

と答えて、私はお風呂の準備。

床の間の花入れを持ち上げ、きっと相手は呆れ顔。
夏物の陶器の枕、痛くて苦手だし、白磁に藍の蛍の柄がかわいいので花入れにしてたのだ。
もっとも、花も入れずに団扇を差していたのだが。



お風呂に入ったついでに髪も洗ってしまった。
結ったばかりで崩すのはもったいなかったけど、どうせ主人の気に入らない髪形だったのだし、明日も結いに来ると言ってたし、髪結ったまま寝るのも億劫だしね。

髪を拭き拭き風呂場を出ると、落ち縁に長々と寝そべっていたヤツが、この人独特の一見冷たそうな、実は単に何気ないだけの視線を向けて来た。

私はだんだん、彼のそういう癖が飲み込めて来てもいたので、井戸水でゆっくり喉の渇きを癒し、それからその視線と対峙する。

「おめぃ、また頭洗ったのか?」

気だるそうに団扇を使っている。

「いけませんか?」

縁側に寝転がって風に吹かれているのが気持ち良さそうだったので、座敷の鏡台の引き出しから櫛と元結を取り出して、彼とはちょっと間を開けて腰を掛け、髪を梳く。

「いや・・。」

「主人の気に入らない髪形にしている意味なんて無いもの。自分の好きにします」

髪を編むのを目で追っている。
珍しかったのかもしれない。



「御免下され」

木戸の方で声がした。見ると生垣の上に丸見えの頭ふたつ。
シャギー頭の幸と、月代の狭い講武所風というヤツ。

「あれー?沖田さん?」

「晩飯持たされて来ました」

「沖田さんがわざわざ壬生から?ゴハン運んでくれたんだ。ご苦労様」

「しばらくでしたが元気そうで何より・・」

と言ってから、彼は目を見張った。

「唐人さんのようですな」

お下げ髪が珍しいのだ。

「髷、崩しちゃったんだもったいない」

と、幸。

「だって、あの人が気に食わないって言うんで・・・」

家のほうを見やると、今までゴロゴロしていたのがいつの間にか座敷に正座して文机に向かっている。書き物のフリなのか?

なんだアイツ、と思いながらも、

「中入ってよ。ゴハンまだでしょ?一緒に食べていけば?」

すると沖田さんはブンブン音がするくらい手を振って、

「とんでもない。私はあの人とめしを食うなんざ遠慮しときます。幸いせんだっての新選組の働きに対し奉り、松平容保候よりお褒めがあって私も少しばかり褒美に預かったので、これから幸を連れて旨いもんでも喰いに行こうかと思ってたんで」

・・・幸だって。

「沖田さんてあんたのこと呼び捨てなの?」

と耳打ちしたら、

「そりゃ弟子だからさ」

得意そうにウインクして見せた。

「いいなー。私も旨いもん喰いに行きたいよー」

「何言ってるんですか。お二人で水入らずでいいじゃないですか」

誰がだよ!・・・と思っても言えない(泣)。

沖田さんたら目がキラキラ。
それって茶化してるのか本気なのか・・。
コワイから聞かない(--)。



引越し祝いがまだだったからと、彼は熨斗のかかった角樽を差し出して、

「あの人はいける口ではありませんから、当分これで間に合いますよ」

いける口ではない人にお酒を持ってくるなんて、どうして意地が悪い。
可笑しそうに笑っている。
薄暗くなった中に白い歯ばかりが目立つ。

それにしても門前払いもあんまりだと思い、ちょっとでも上がっていくように勧めたのに、沖田さんてば、

「あの人にガミガミ言われるのは屯所の中だけで沢山ですよ」

木戸の中にも入らずに帰って行ってしまった。
二人が居ればちょっとは座持ちがしたのになー。




「私、あなたのこと、なんと呼べばいいんでしょう?」

いける口ではない主人は燗鍋ひとつを持て余し気味だ。
もっとも、風呂を使ったばかりで暖かい酒など飲めないのかもしれない。
私にはお酒の飲み方なんて判らないからどうしようもない。

はっきり言ってくれればいいのだけど、何も言わないので燗をつける時拒否反応を示さなかったことから推測して、お酒を飲みたくない訳じゃないんだと判断した。
なんとも面倒。

「自分で考えな」

どこまでも推測させる気だ。

「そりゃTPO・・・時と場合によって使い分けはしますけどぉ」

私は料理を持て余し気味だった。
気を使ったか料理屋から運ばせたらしく、豪勢な料理ばかりではあったが嫌いなものが多かった。

貝類嫌いなんだけど、でもこれきっとアワビご飯よね?

それでさっきから、箸でツンツンと空いたお皿にアワビの細切れを飛ばしております。

「何て呼びましょうか・・・?」

答えが無いので見ると、相手は私の、箸でツンツンが気に入らなかったらしく、鼻にシワを寄せてしかめ面になっている。

やばー。
へへへと愛想笑いをして、ご飯オンリーをぱくつく。

「表向きは土方先生でいいと思うけどぉ・・」

「喰いながらしゃべるな」

うー。
怒られちゃった。

彼はムスッと機嫌悪そうに私の箸の上げ下げを見ている。
沖田さんが同席するのを嫌がる訳が判ったような気がする。

「そんな風に見てたら食べ辛い!」

何もそんなに仇の様にあら探ししなくてもいいのに、と、私も腹が立ってきた。

う~~!っと睨み合う。

「情の強ぇガキだ」

ちっと舌打ちして杯を開けた。

何と思われたって平気だけど、

「私、舌打ちする人キライ」

憮然。

「そうかぇ?」

相手は平然。

コイツー!と思い、

「お互い、いい根性してるよね」

と言ったら

「ああ。そうだな」

あっさり同意した。その一点に限っては意見が合っている。


そんな苦虫噛み潰したような顔でお酒飲んでて美味しいのかしら?

「どうしていつもそんな顔してるんですか?そんな顔してお酒飲んでて美味しいですか?」

私、思ったことを口に出さずにはいられない性格なんだなきっと。
普通だったら言わないだろうなと思いつつ聞いてしまうもの。

呆れたのか鼻白んだのか、相手は私を睨み返しつつ薄く笑った。

「笑っていようがいまいが、酒の味に変わりがあるかよ。笑って酒が旨ぇなら、酒飲みは皆ゲラゲラ笑っているさ」

・・・馬鹿にしてるんだなきっと。

今度は私のほうが鼻白む。拗ねているのが楽しいとは思えない。
ガキ臭い。

「でも、私はそんな顔して飲む酒はきっとまずいと思う」

「そうかぇ?大層なこったな。世の中何でも手前ぇの言う通りなんだろうよ。だが俺には関係の無ぇこった」

「そうね、関係無いわよね。だから私にもあなたのむくれっ面なんてカンケイ無~い」

今度は向こうが憮然とする番。


私はことさら笑顔を作る。

「今夜はホントは機嫌が良いのよ。ご飯も美味しいし、相手があなたでなけりゃ、もっとサイコー」

その相手はそっぽ向いて横目で睨んでいる。

「も少しニコニコなさいよ。二枚目がもったいないじゃない?」

からかったのに、

「面白くもねぇのに笑えるか!」

あら、怒っちゃった。なんとまぁ、

「子供みたい」

と言ったら、俄かに向き直り、立ち上がりそうな勢いで、

「なんだと!」

額に青筋が立った。


私はホントに機嫌が良かったので、この状況を楽しんでしまう。

「ほら、仏頂面作ってるより怒ってた方が可愛げがあるじゃん」

「こっのガキ!」

立ち上がった勢いでお膳の上の杯がひっくり返った。びっくり!

「なによ!本気で怒ってんの?」

私も負けずに素早く飛び退いている。

「ガキ相手にマジでケンカする気なんて、あんただって相当ガキじゃん!」

「まだ言うかっ!」

両手が握りこぶしになって、頭から湯気でも出そう。
アルコールが入って目の周りが赤くなっているし。
もしかして酒乱だったりして!?
きゃーこわい!

と思いながらも楽しんでいる証拠に、頬が緩みっ放しなんである。
悪いことに、それが相手の気に障っているらしい。
さすがに刀掛けに手を伸ばしはしなかったが、お膳を乗り越えて彼は一歩踏み出した。

「なによ、何する気よ。追い出そうって言うんなら喜んで出てくよ私」

すると彼は一瞬歩みを止め、

「そうか、それが望みか」

それから急に余裕たっぷりになって、ニヤリと笑った。

「お前の望み通りになど行くものかえ」

追いかけて来る!

「ぎゃー!ちょっと、なによ!やだ!」

家の中などすぐに逃げ場が無くなる。
庭下駄をつっかけて井戸の周りをぐるぐる逃げ回りながら私はゲラゲラ笑い出してしまった。

だって、考えてもみてよ!
何を思ったか知らないけど、さっきまで仏頂面して憎々しげなことを言っていたオジサンが、マジで私と追いかけっこしてるんだもの。
これが笑わずにいらりょーか。

「やめてよ、もう!可笑しー!ちょっと待ってよ。待ってったら!」

マジなオッサンと、切迫した自分の境遇を棚に上げて笑い転げている私とでは端から勝負は見えている。

帯を掴まれて引きずられながら、息が切れたのと、疲れたのと、可笑しいので、私はひひひひひひと笑い続けていた。

「信じらんない。あんたヘンだわ。アブナイオジサンだわ」

「ワケの判らんことは言うな」

「いい加減離してよぅ」

抵抗しようにもこのオジサン、馬鹿力もいいとこで、片手で帯山を掴んだまま私をまるで荷物か何かみたいに引きずって行くのでどうしようもない。

「ガキを懲らしめるのは蔵に閉じ込めるのが一番だが、生憎とここにァ蔵なんぞ有りゃせん」

え?なに言ってんの?このオヤジ。

「が、幸い納戸が有らぁ」

日が暮れて真っ暗になった納戸に放り込もうとする。

「ぎぇぇぇ!」

本気かよぉ!!

必死に戸口に取り付いた。
頭の上から勝ち誇ったような笑い声。

「夜となりゃさぞかしネズミが多かろうなァ」

「ぎゃー!やだー!絶対やだっ!」

ネズミに齧られるなんて考えただけでも失神しちゃいそ。

死に物狂いでしがみついているのに、相手はじわじわ戸口から私の手足を(足も戸口に引っ掛けているのよ。なので体は宙に浮いている!爆)外しにかかる。

「うそーっ!やだーっ!」

ほとんど半泣き。
相手はホントに意地悪で、私の抵抗を阻もうとする力に容赦が無い。
思いあぐねて最後の手段。
戸口から引き剥がそうとするそいつの腕に、ガリリと音がするほど思い切り噛み付いてやった。

思ったとおり敵は私を解放。
腕を押さえて痛みを堪えている。

その隙に縁側にすっ飛んで行って六畳と八畳の間の柱に抱きついた。
三寸角の柱をしっかり抱え込んで次期戦線に備えたのだ。

しかめ面をして痛みに唸りながらも、戦々恐々とした私の様子を見て、

「馬鹿野郎が!これが右腕ならただじゃおかねぇところだぞ」

幸い、私が齧ったのは左腕だったようだ。

「なによそれぐらい!私のことネズミに齧らせようとしたくせに!」

泣き声になってしまう。

怒るかと思われた相手は意外にも苦笑し、呆れたように溜息をついた。

「普請したてのこんな新しい部屋にネズミが出るかよ。そんなヤワな普請なんぞさせるかよ」

うー。
本当なのか~?
信用できないー。

柱を抱える腕に力を籠めて睨んでいたら、ついに敵は笑い出した。

「怖気づきやがって。ほんとにネズミに齧られると思ったのか」

「だってぇそこ暗いしぃ、出るって言うからそうかもしれないって思ってぇ・・・」

口をとんがらせて文句を言ったら、

「ばか!喰らい付かれたのァ俺の方じゃねぇか。歯型なんざつけやがって!」

チッと舌打ちをして、行灯に腕をかざして見ている。

「私、舌打ちする人キライだー。ネズミで脅すヤツも大嫌い!」

ベソをかいていたら洟が出た。

「俺ァ洟をすするガキは好かねぇよ」

投げてよこした手拭でブーっと洟をかんで、

“こんな頭のオカシイくそオヤジなんか大嫌いだぁぁぁ!もおっ!”

空に浮かんだ月に吠えたい。

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