もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
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夜、台所に面した八畳間に自分の布団を延べてから、ふと考えて隣の六畳間にもうひとつ布団を敷いた。
夜中に主人が帰って来るかもしれないと思ったからだ。
どこへ行ったのか知らないけれど、着流しで出て行ったからには屯所ではない気がする。
とすれば、戻って来るかもしれない。
それともうひとつ、悪いことをしてしまったと思ったからだ。
昼間はうろたえてギャアギャア騒ぎ立ててしまったけれど、良く考えてみたら彼氏、この家に来て愛想は良くなかったにせよ、イヤミを言ったわけじゃなし着替えだって自分でやったし何を無理強いした訳ではなかったのだ。
主人の衣服を畳んだり洗濯したりするのも、・・・たぶん私の仕事?なのだし、下帯が汗じみていたのだって昼間の暑さで汗をかかない方がおかしいのだからね。
罪の償いに布団ぐらい敷いといてやろう。
しかし下帯まで替えて行くってのはー、女の人の所かな?
だとすれば布団は余計な心配だったか?
翌朝起きてみると隣の布団は敷いた時のままだった。
やっぱり余計な心配だったと思いながら布団を畳み、カマドに火を熾す。
ご飯が炊ける間に井戸端で朝シャン。
・・・といっても頭から水を被るだけのこと。
ここ二、三日、水が冷たく感じられるようになって来た。秋だなぁ。
髪の水気を絞っていたらふいにクシャミが、
「へくしっ!・・くしっ!」
と二連発。
もう雨戸を立てて寝ないとダメかな。
肩にかけた手拭で、髪の水気を抑えつつ、たらいから頭を上げると目の前に人!
「わあぁぁぁ!」
立ち上がって後退る。
「おめぃ、毎日頭洗うのか?」
この家の主人が昨日出て行った時の格好で、懐手をして覗き込んでいたのだった。
「・・そ、そうですけど」
「ふうん」
と言いながら座敷に上がっていく。
「あの、朝ごはんまだ・・」
できていないと言おうとしたら、
「要らん」
相変わらず愛想無く答え、庭先の物干し竿を見やり、
「洗ったのか」
視線の先に真っ白い越中がヒラついている。
洗っていて判ったのだけど、この越中、下ろしたての新しいものだった。
洗ったと言っても、たらいの水に褌を突っ込んで、箒の柄でぐるぐる掻き回しただけなんだけど。
ま、それは言わずにおく。
「うっちゃっておくわけにもいきませんから。まだ乾いてませんよ。ゆうべ干したのだもの」
とにかく触るのが嫌だったので、絞りもせずに竿に掛けておいただけなのだ。
そんな、私にしては最大級の好意に対して、彼は何の反応も示さず、腰の下げ緒を解きながら、
「めしが噴いてるぜ」
慌てて台所に走る。
カマドの焚口から火掻き棒を突っ込み、薪を均して火を弱めた。
座敷では主人が着替えの最中。衣桁に掛けておいた昨日の着物に着替える様子だ。
「夕べはどこ行ったんですか?」
よせばいいのに、私はこの無愛想な中年男をからかってやろうと思いついた。
何せ火加減を見るのにかまどの前から離れられないし。
なので髪を拭き拭き訊いてみた。
たまに監察の人が来て納戸は徐々に埋まってはいたのだが、私の仕事はまだ何もなかった。
日に一度、幸が来てはいたが、それも一日中ではないし。
日が暮れると、行灯の灯りでは何もできない。
というより、テレビも雑誌も何も無いので夜は寝るしかないんである。
始めのうちは朝寝坊を楽しんでいたのだったが、日に日に朝寝ができなくなっていた。
その上外出のままならない身であるので、朝早くからヒマを持て余し・・・。
ついには空気も読まずに朝帰りのオジサン相手に会話を試みるという暴挙?に出たというわけだ。
「当ててみせましょうか?女の人のところでしょ?」
焚口から薪の燃え具合を見ていて(炎って見飽きないよね)相手の様子は見えていない。
ただ、無言の返しを図星を突かれた反応なのだと思って可笑しくて、
「だって、下着まで替えて行くんだもん」
危うく“可愛い”と言いかけて、それではあんまり失礼かと思い、途中で止めたのはいいが、あとは噴き出してしまう。
「ごめんなさい」
と言いながらも、薪をちょい足しながらクスクス笑いが止まらない。
すると意外な言葉が返って来た。
「それは焼きもちかぇ?」
へ?と思って振り返ると、相手は座敷で袴を着け始めている。
私はまだ言われている意味が判っていない。
彼はこちらを見ずに続けた。
「俺がここへ帰らなかったもんだから凹ましてやろうと言うのであろ」
は?
「とんだ悋気持ちだな。言っておくが、」
と今度は羽織に手を通し、
「俺はおめぃみてぇなしょんべん臭ぇガキに手を出すほど物好きじゃねぇのさ。残念だったな」
なにそれ?
何言ってんだこのクソオヤジがー!と思った時、ご丁寧に鼻でせせら笑うのが聞こえたんだな。
なのでスイッチが入っちゃった。
「お言葉ですが」
手にした火掻き棒を土間に放って、
「なんで私があんたみたいなオジサンに焼きもち焼かなくちゃいけないんですか?私は自分がなぜここに呼ばれたのか、ここで何をするべきなのか判っているつもりですけど?あなたに好意を持っているなんて有り得ないですから。それとも」
今度はこちらが嫌がらせする番だろう。
「私に焼きもちを焼かせたくて外泊したって訳なら、そっちこそザンネンでしたー」
ふふーん、とこちらも鼻で笑う。
「なんだと?」
怒った。
視線に凄みが籠もる。が、それも一瞬のことだった。
「なによ!」
と、受けて立とうとすると急に鼻白んだように視線を逸らし、床の間の刀掛けから刀を取って腰に差した。
その背中の紋印に詰め寄る。
「逃げる気?」
「止しな。子供相手に喧嘩をするほどヒマじゃあ無ぇのだ」
目を合わせない。
子供だガキだと馬鹿にしやがって。
だったら、あんたら大人はなんなのだ。
ずるさに腹が立った。
「私、知ってるのよ」
これまでずっと思ってきて、でも口に出したら自分が惨めになりそうで言わないでおこうと思っていたのだが・・・。
「どうして私が選ばれたか、ここに来ることになったのか、判ってる。私の命が二束三文だからでしょ?身寄りが無くて都合がいいんでしょ?ここで命を落とすようなことがあっても誰にも文句も言われずに済むからなんでしょ?」
山崎さんは私を信じてここに連れてきたのだろうと思っていたい。
そんな山崎さんを信じていたい。
だが、この家はいったいなんなのだ。
いくら私が呑気で脳天気であったにしても、いくら万が一の備えであったにしても、明らかに、否、確実に危険に晒されるはずと判るこんな家に私が選ばれて連れてこられたのにはそれなりのわけがあろう。
私を抜擢したのは山崎さんの思惑が大きかったらしいことは、この間の話し合いでこの人が乗り気でないことで判った。
私を信用していないとも再三言っていたし。
だが結局、最終的に決断を下したのはこの人であるはずなのだ。
それともナアナアで部下任せにしただけなのだろうか?
私はただ適当に連れてこられただけなのか?
「ガキだな」
ふんと鼻を鳴らして、彼はさっさと濡れ縁から出て行こうとする。
「なにそれ!」
食い付いたら、
「お前は言ったではねぇか、誰かに信用して欲しいと考えて暮らしてるわけじゃあ無ぇってな。信用したくなきゃしないでいいのであろ?それとも今更信用してくれろと言うのではあるまい?」
雪駄をつっかけながら横目で薄笑いを返し、
「気に入らん主人で気の毒だが、俺もひねたガキは好かねぇよ」
それから紋付羽織を翻し、木戸を潜って路地の向こうに消える寸前、
「めしが焦げてるぞ」
焦げ臭い臭いに飛び跳ねてカマドの火を掻き出しながら、悔しいのと恥ずかしいのと情けないのとで涙が出た。
まったくヤツの言う通りなのだった。
誰にも信用されなくていいとタンカを切ったのは私の方だったのだもの。
使い捨てのこんな役回りだからといって今更文句を言う方がおかしい。
これでは反発しながら甘えてるのと同じこと。
それこそまるでガキじゃないか。
「くっそー!」
と怒鳴ってみる。
家の中はしんとしている。
こんな時、ひとりは長い。
だが、その日は来客があった。
自分に罰を科すように、お焦げの握り飯の朝食を済ませ、部屋の掃除も済ませた頃に木戸の前に人が立った。
「おはようさんどす」
なにやら道具箱を手にした妙齢の(?)女性。
「どなたですか?」
「髪結いどすねん。山崎センセに言われて伺うたんどすけど」
「山崎さんに?」
木戸を開け、中に入れながら訊ねると、
「へえ。これから毎日伺わせてもらいますよって。よろしゅうお頼申しますゥ」
毎日というのでピンと来た。
髪結いを頼んだのは山崎さんではなく、主人の土方歳三だ。
でも、毎日じゃなくていいのにー。
髪結いのお姉さんはお夏さんといい、眉を剃って鉄漿もつけていたが、私と五つ六つくらいしか違わないみたいだった。
鏡台の前に私を座らせ、傍らに道具を広げてさっそく髪を結いにかかる。
半分乾きかけの髪に鬢付け油を塗り込めるだけでも結構な重労働らしかった。
が、結ってもらう方もかなりキツイ。
30分もかかって結いあがる頃には肩がゴリゴリ。
髪型は京風の、でも普通の島田だった。
「さぁて、お次はお召し物どすなぁ」
私の肩にかけていた手拭を取ってパンと音をたててチリを払い、お夏さんが言う。
「お召し物って?」
手鏡の中の彼女に訊ねる。
彼女は今まで使っていた櫛を無造作に自分の髪に差して、
「あんなぁへぇ。こちらのお姫さんはお髪の結い方も着物の見方も着付けも帯結びも・・」
・・・なんだかだんだん読めて来たぞ(--;)。
「紅白粉の塗り方もお膳の上げ下ろしも、なーんも知らんさかい、とっくり教えてくれろと山崎センセに頼まれましてなぁ」
これはえらいことになった。
私の知っていることといったら、普段着の着方と、帯結びなら半幅の蝶々結びか貝の口。
白粉なんて塗ったこともないし、この上お歯黒までさせられたらどうしよう!
眉も剃らされたりして!
うひゃー!
しかしその日の講習は一番簡単なひとつ結びの結び方で終わってしまった。
基本的な着物の着方でさえあちこち手直しを受けて時間をくったのだ。
いちごみるく色の地にすみれ色の絣柄のある紬の単に蘇芳色の無地の夏帯を角出しに結んでもらっても、結った前髪の下から、額にじっとりと汗が流れてきていた。
「これって、毎日やるんですか?」
「へぇ、お疲れさんどすなぁ。お次は・・・」
「ええっ!まだあるんですかぁ?」
「せっかくきれぇにしたはるんえ?眉刷いて、紅引いたらもっときれぇに・・・」
眉を書いて汗で流れたら化け物じゃないか!
と主張したら、相手はようやく折れてくれて、毛抜きで眉を整えることで譲歩。
痛くてぎゃいのぎゃいの言いながら身支度が全て終わったのは、もうお昼近く。
「こら、エライことやわ。山崎はんに叱られるぅ」
一緒に冷麦でも、と勧めたのに、彼女はあわてて帰り支度だ。
「家は近くなんでしょ?」
彼女はこの近辺で髪結い床を営んでいる父親と一緒に暮らしているのだという。
兄弟も多い様子だった。
「ここでお昼食べてったらいいのに」
「ウチのおさんどん待ってる口がぎょうさんありますよって。ほなまた明日。おやかまっさんどした」
仕方ない、今朝の残りご飯と漬物で、お茶漬けでも掻き込もうかな・・・。
一人暮らしだと食事も手抜きしまくる。
自分ひとりの食事に手をかけても労力の無駄としか思えないもんな。
あ、屯所から岡持ちで食事を持ってきてくれるの、特別な時とか来客の時だけだったのよね。
まあ、毎回やってたら人手がいくらあっても足りないだろから。
休息所ってウチだけじゃなし。
「やっほー」
とスキップしながら(高下駄でスキップして転ばないとは達人である)幸がやって来たのはそんな時。
「あれ?今日は随分とおしゃれしてんじゃん?」
「そーなの。でもこれって疲れんの」
後頭が重いんだよな。
頭頂部がかなり引っ張られてるしさ。
「ねぇ、お腹すいてない?お昼食べた?」
と彼女は真新しい白い鼻緒の高下駄を脱ぎ捨てて座敷に上がって来る。
「まだー。お茶漬けでも掻き込もうと思ってたとこ」
「うわー、悲しー。ねえねえ、これなんだと思う?」
彼女は笹の葉できれいに包装されたヨーカンのような形のものを持っている。
「どれどれ」
と手に取ると寿司飯の匂いがする。
「押し寿司だとは思うけど・・」
「何を隠そう、これこそ京都名物鯖寿司である!」
ちょっと小鼻が膨れた幸ちゃんカワイイ。
「ええ?ほんと?でもどうしてそんなもん手に入ったの?」
「さーねー。誰かのお土産みたい。八木さんちの台所に沢山あったので一本失敬してきた」
なかなか豪の者です。
でも、ま、そんなことは気にもしないで、主人所有の文机をテーブル代わりに寿司を切り分ける。
「あの火事からまだ日が浅いのに、もうお店あけてるんだ?」
「鴨川の向こうは焼けなかったからね、きっとあの辺りのお店でしょ」
お茶とお寿司のみでランチ。
鯖寿司一本を二人で半分ことはいえ、押し寿司はお腹にたまる。
最後の一切れを残してギブアップ。
寿司を巻いてあった昆布とお茶で余韻を楽しむ。
「それはそうと、あんたも今日は随分さっぱりした格好してるじゃない」
下駄も真新しかったけど、着ているものも木綿の普段着であるにせよ、仕立て下ろしだ。
第一、袴が今までのようにツンツルテンじゃない。
「満腹になったのでようやく気付いてくれたのね?」
と彼女は笑い、
「現金収入のメドが立ったんで、虎の子使って揃えたんだ。これは夏ものだけど、あと袷を一式」
「へー。自分で見立てたの?」
「まさか。沖田さんに付き合ってもらっちゃった。彼氏センス良いんで。屯所のみんなみたいにネズミ色とか紺色一辺倒じゃないもん」
そういう彼女の着ているのは白地に細かい十文字模様の入った単に、白地に黒のペンシルストライプの小倉袴。
「似合ってるよ」
「アリガト。でもこれ斎藤先生には不評なんだ」
「どうして?似合わないって?」
「そうは言わないけど、お前は女なんだから女の格好しろってさ」
文机に頬杖突いて口を尖らす。
「これが結構しつこい。だから言ってやったの。こんな頭で女に見えますかねぇ?って」
二ケ月でだいぶ伸びたが、まだポニーテールも無理。
無理矢理まとめれば、頭頂部分だけなら結わえられるかも。
でもぜんぜん結髪には程遠い。
「そしたら?」
「そしたらぁ?・・・無言!」
ゲラゲラ笑っちゃう。
本人も笑い出してる。
「男の格好だからまだなんとか見られるのに、女もんの着物なんて似合うわけないよ」
「でもさー、剣道の先生としてはどうなんだろ?女のカッコしてた方がいいのかね?」
私にはその辺の事情も、心情もわからない。
「まさかー。やりにくいでしょ。でも、何て言うんだろ、彼は・・ってかこの時代の人はみんなそうなのかもしれないけど、固定観念てものが強いからね。女は女らしく、みたいな」
「じゃああんたが剣道やるのも面白くないんじゃないの?」
「それはないなぁ。斎藤先生は丁寧に教えてくれるよ。それに判りやすい!沖田さんと違って」
思い出し笑い。
「沖田さんはねえ、自分ができるから他人ができないのが判らない。自分のレベル下げない・・・っていうか下げれない人なの。天才。天才だから凡才の目線になれない。なので、教えるのヘタ」
可笑しそうに、でも嬉しげに笑う。
「斎藤先生はすっごい基本ができてて、型もばっちり入ってて、でもそれがどうすればできるかちゃんと教えてくれるの。ちゃんと教える相手を観察してて、相手のレベルに降りて来てくれる。ほんとに先生。あれは天職」
聞いてて面白いことに気付いてしまった。
「ねぇ、じゃあさ、沖田さんが“沖田さん”で斎藤さんが“斎藤先生”なのもそういう理由なわけ?」
幸って笑い方まで男の子みたい。腹を抱えて笑う。
「そうそう。だって沖田さんは先生って感じがしない。ビシバシ叩きのめして楽しんでるだけみたい。そこへいくと土方副長の方がまだいいよ」
「そうなの?」
あの人も稽古つけたりするんだ。
へー、意外。
「割と熱心。体動かすの好きみたい」
なーんだ、そういうレベルかよ!
爆笑。
「楽しそうで何よりだな」
噂をすればナントカで、本人が部下を従えて登場。
言葉とは裏腹にニコリともせず木戸を潜ってスタスタと歩いてくる。
「うあ!」
不意を付かれて、とっさに事態の収拾。
私が二人の湯呑み茶碗と鯖寿司の残骸を持って台所に走るのと、幸が文机を元通りに片付けたのがほぼ同時。
落ち縁に立って主従は呆れ顔。
幸は焦りまくって今まで私達が使っていた座布団を裏返して二人に勧めている。
私は必死で笑いを堪えつつ、何事も無かったようにお茶の支度。
「失礼します」
という幸の声に目を上げると、庭から手を振っている。
こちらもそっと手を振りBye-Bye。
奥の六畳間、床の間を背にして上司土方歳三。
向き合う形で部下山崎蒸。
高く足のついた茶托と共にお茶を出す。
「今日、髪結いが来てくれました。お礼を言います」
私達の行儀の悪いことを山崎さんが責任者として咎められたらかわいそうなので、ここはかしこまっておかねばと思い、床の間側に頭を下げたら、
「俺は知らん」
こちらを見もしない。
“なんだよコイツー!”と山崎さんの方に顔をしかめて見せたら、“まあまあ、ガマンガマン”とでも言いたげに愛想笑い。
「ごゆっくり」
わざとにーっこり笑ってその場を下がるが、隣の部屋にも居づらいので、台所で洗い物。
「ほな、私はこれで」
洗い終えた湯呑み茶碗を茶箪笥に仕舞っていたら、背後から山崎さんの声がかかった。
「えー?もう帰っちゃうの?」
雪駄をつっかけているところにまとわりつくと、彼は困ったように小声で、
「そないに甘ったれた声出したらあかんて。あんたはんの主人はあちらにおわす土方センセやないか」
「だってぇ・・・」
「情けない顔せんと。な、せっかくの御髪が泣きまっせ。ほな」
行っちゃった。
・・・連れない。
微妙に冷たい。
ふん。
上司の前でその妾と仲良くしろってのが無理なのか。
でも、ああ~っ!
これから私はどうしたらいいんだ!
アイツと二人っきりじゃん!!
夜中に主人が帰って来るかもしれないと思ったからだ。
どこへ行ったのか知らないけれど、着流しで出て行ったからには屯所ではない気がする。
とすれば、戻って来るかもしれない。
それともうひとつ、悪いことをしてしまったと思ったからだ。
昼間はうろたえてギャアギャア騒ぎ立ててしまったけれど、良く考えてみたら彼氏、この家に来て愛想は良くなかったにせよ、イヤミを言ったわけじゃなし着替えだって自分でやったし何を無理強いした訳ではなかったのだ。
主人の衣服を畳んだり洗濯したりするのも、・・・たぶん私の仕事?なのだし、下帯が汗じみていたのだって昼間の暑さで汗をかかない方がおかしいのだからね。
罪の償いに布団ぐらい敷いといてやろう。
しかし下帯まで替えて行くってのはー、女の人の所かな?
だとすれば布団は余計な心配だったか?
翌朝起きてみると隣の布団は敷いた時のままだった。
やっぱり余計な心配だったと思いながら布団を畳み、カマドに火を熾す。
ご飯が炊ける間に井戸端で朝シャン。
・・・といっても頭から水を被るだけのこと。
ここ二、三日、水が冷たく感じられるようになって来た。秋だなぁ。
髪の水気を絞っていたらふいにクシャミが、
「へくしっ!・・くしっ!」
と二連発。
もう雨戸を立てて寝ないとダメかな。
肩にかけた手拭で、髪の水気を抑えつつ、たらいから頭を上げると目の前に人!
「わあぁぁぁ!」
立ち上がって後退る。
「おめぃ、毎日頭洗うのか?」
この家の主人が昨日出て行った時の格好で、懐手をして覗き込んでいたのだった。
「・・そ、そうですけど」
「ふうん」
と言いながら座敷に上がっていく。
「あの、朝ごはんまだ・・」
できていないと言おうとしたら、
「要らん」
相変わらず愛想無く答え、庭先の物干し竿を見やり、
「洗ったのか」
視線の先に真っ白い越中がヒラついている。
洗っていて判ったのだけど、この越中、下ろしたての新しいものだった。
洗ったと言っても、たらいの水に褌を突っ込んで、箒の柄でぐるぐる掻き回しただけなんだけど。
ま、それは言わずにおく。
「うっちゃっておくわけにもいきませんから。まだ乾いてませんよ。ゆうべ干したのだもの」
とにかく触るのが嫌だったので、絞りもせずに竿に掛けておいただけなのだ。
そんな、私にしては最大級の好意に対して、彼は何の反応も示さず、腰の下げ緒を解きながら、
「めしが噴いてるぜ」
慌てて台所に走る。
カマドの焚口から火掻き棒を突っ込み、薪を均して火を弱めた。
座敷では主人が着替えの最中。衣桁に掛けておいた昨日の着物に着替える様子だ。
「夕べはどこ行ったんですか?」
よせばいいのに、私はこの無愛想な中年男をからかってやろうと思いついた。
何せ火加減を見るのにかまどの前から離れられないし。
なので髪を拭き拭き訊いてみた。
たまに監察の人が来て納戸は徐々に埋まってはいたのだが、私の仕事はまだ何もなかった。
日に一度、幸が来てはいたが、それも一日中ではないし。
日が暮れると、行灯の灯りでは何もできない。
というより、テレビも雑誌も何も無いので夜は寝るしかないんである。
始めのうちは朝寝坊を楽しんでいたのだったが、日に日に朝寝ができなくなっていた。
その上外出のままならない身であるので、朝早くからヒマを持て余し・・・。
ついには空気も読まずに朝帰りのオジサン相手に会話を試みるという暴挙?に出たというわけだ。
「当ててみせましょうか?女の人のところでしょ?」
焚口から薪の燃え具合を見ていて(炎って見飽きないよね)相手の様子は見えていない。
ただ、無言の返しを図星を突かれた反応なのだと思って可笑しくて、
「だって、下着まで替えて行くんだもん」
危うく“可愛い”と言いかけて、それではあんまり失礼かと思い、途中で止めたのはいいが、あとは噴き出してしまう。
「ごめんなさい」
と言いながらも、薪をちょい足しながらクスクス笑いが止まらない。
すると意外な言葉が返って来た。
「それは焼きもちかぇ?」
へ?と思って振り返ると、相手は座敷で袴を着け始めている。
私はまだ言われている意味が判っていない。
彼はこちらを見ずに続けた。
「俺がここへ帰らなかったもんだから凹ましてやろうと言うのであろ」
は?
「とんだ悋気持ちだな。言っておくが、」
と今度は羽織に手を通し、
「俺はおめぃみてぇなしょんべん臭ぇガキに手を出すほど物好きじゃねぇのさ。残念だったな」
なにそれ?
何言ってんだこのクソオヤジがー!と思った時、ご丁寧に鼻でせせら笑うのが聞こえたんだな。
なのでスイッチが入っちゃった。
「お言葉ですが」
手にした火掻き棒を土間に放って、
「なんで私があんたみたいなオジサンに焼きもち焼かなくちゃいけないんですか?私は自分がなぜここに呼ばれたのか、ここで何をするべきなのか判っているつもりですけど?あなたに好意を持っているなんて有り得ないですから。それとも」
今度はこちらが嫌がらせする番だろう。
「私に焼きもちを焼かせたくて外泊したって訳なら、そっちこそザンネンでしたー」
ふふーん、とこちらも鼻で笑う。
「なんだと?」
怒った。
視線に凄みが籠もる。が、それも一瞬のことだった。
「なによ!」
と、受けて立とうとすると急に鼻白んだように視線を逸らし、床の間の刀掛けから刀を取って腰に差した。
その背中の紋印に詰め寄る。
「逃げる気?」
「止しな。子供相手に喧嘩をするほどヒマじゃあ無ぇのだ」
目を合わせない。
子供だガキだと馬鹿にしやがって。
だったら、あんたら大人はなんなのだ。
ずるさに腹が立った。
「私、知ってるのよ」
これまでずっと思ってきて、でも口に出したら自分が惨めになりそうで言わないでおこうと思っていたのだが・・・。
「どうして私が選ばれたか、ここに来ることになったのか、判ってる。私の命が二束三文だからでしょ?身寄りが無くて都合がいいんでしょ?ここで命を落とすようなことがあっても誰にも文句も言われずに済むからなんでしょ?」
山崎さんは私を信じてここに連れてきたのだろうと思っていたい。
そんな山崎さんを信じていたい。
だが、この家はいったいなんなのだ。
いくら私が呑気で脳天気であったにしても、いくら万が一の備えであったにしても、明らかに、否、確実に危険に晒されるはずと判るこんな家に私が選ばれて連れてこられたのにはそれなりのわけがあろう。
私を抜擢したのは山崎さんの思惑が大きかったらしいことは、この間の話し合いでこの人が乗り気でないことで判った。
私を信用していないとも再三言っていたし。
だが結局、最終的に決断を下したのはこの人であるはずなのだ。
それともナアナアで部下任せにしただけなのだろうか?
私はただ適当に連れてこられただけなのか?
「ガキだな」
ふんと鼻を鳴らして、彼はさっさと濡れ縁から出て行こうとする。
「なにそれ!」
食い付いたら、
「お前は言ったではねぇか、誰かに信用して欲しいと考えて暮らしてるわけじゃあ無ぇってな。信用したくなきゃしないでいいのであろ?それとも今更信用してくれろと言うのではあるまい?」
雪駄をつっかけながら横目で薄笑いを返し、
「気に入らん主人で気の毒だが、俺もひねたガキは好かねぇよ」
それから紋付羽織を翻し、木戸を潜って路地の向こうに消える寸前、
「めしが焦げてるぞ」
焦げ臭い臭いに飛び跳ねてカマドの火を掻き出しながら、悔しいのと恥ずかしいのと情けないのとで涙が出た。
まったくヤツの言う通りなのだった。
誰にも信用されなくていいとタンカを切ったのは私の方だったのだもの。
使い捨てのこんな役回りだからといって今更文句を言う方がおかしい。
これでは反発しながら甘えてるのと同じこと。
それこそまるでガキじゃないか。
「くっそー!」
と怒鳴ってみる。
家の中はしんとしている。
こんな時、ひとりは長い。
だが、その日は来客があった。
自分に罰を科すように、お焦げの握り飯の朝食を済ませ、部屋の掃除も済ませた頃に木戸の前に人が立った。
「おはようさんどす」
なにやら道具箱を手にした妙齢の(?)女性。
「どなたですか?」
「髪結いどすねん。山崎センセに言われて伺うたんどすけど」
「山崎さんに?」
木戸を開け、中に入れながら訊ねると、
「へえ。これから毎日伺わせてもらいますよって。よろしゅうお頼申しますゥ」
毎日というのでピンと来た。
髪結いを頼んだのは山崎さんではなく、主人の土方歳三だ。
でも、毎日じゃなくていいのにー。
髪結いのお姉さんはお夏さんといい、眉を剃って鉄漿もつけていたが、私と五つ六つくらいしか違わないみたいだった。
鏡台の前に私を座らせ、傍らに道具を広げてさっそく髪を結いにかかる。
半分乾きかけの髪に鬢付け油を塗り込めるだけでも結構な重労働らしかった。
が、結ってもらう方もかなりキツイ。
30分もかかって結いあがる頃には肩がゴリゴリ。
髪型は京風の、でも普通の島田だった。
「さぁて、お次はお召し物どすなぁ」
私の肩にかけていた手拭を取ってパンと音をたててチリを払い、お夏さんが言う。
「お召し物って?」
手鏡の中の彼女に訊ねる。
彼女は今まで使っていた櫛を無造作に自分の髪に差して、
「あんなぁへぇ。こちらのお姫さんはお髪の結い方も着物の見方も着付けも帯結びも・・」
・・・なんだかだんだん読めて来たぞ(--;)。
「紅白粉の塗り方もお膳の上げ下ろしも、なーんも知らんさかい、とっくり教えてくれろと山崎センセに頼まれましてなぁ」
これはえらいことになった。
私の知っていることといったら、普段着の着方と、帯結びなら半幅の蝶々結びか貝の口。
白粉なんて塗ったこともないし、この上お歯黒までさせられたらどうしよう!
眉も剃らされたりして!
うひゃー!
しかしその日の講習は一番簡単なひとつ結びの結び方で終わってしまった。
基本的な着物の着方でさえあちこち手直しを受けて時間をくったのだ。
いちごみるく色の地にすみれ色の絣柄のある紬の単に蘇芳色の無地の夏帯を角出しに結んでもらっても、結った前髪の下から、額にじっとりと汗が流れてきていた。
「これって、毎日やるんですか?」
「へぇ、お疲れさんどすなぁ。お次は・・・」
「ええっ!まだあるんですかぁ?」
「せっかくきれぇにしたはるんえ?眉刷いて、紅引いたらもっときれぇに・・・」
眉を書いて汗で流れたら化け物じゃないか!
と主張したら、相手はようやく折れてくれて、毛抜きで眉を整えることで譲歩。
痛くてぎゃいのぎゃいの言いながら身支度が全て終わったのは、もうお昼近く。
「こら、エライことやわ。山崎はんに叱られるぅ」
一緒に冷麦でも、と勧めたのに、彼女はあわてて帰り支度だ。
「家は近くなんでしょ?」
彼女はこの近辺で髪結い床を営んでいる父親と一緒に暮らしているのだという。
兄弟も多い様子だった。
「ここでお昼食べてったらいいのに」
「ウチのおさんどん待ってる口がぎょうさんありますよって。ほなまた明日。おやかまっさんどした」
仕方ない、今朝の残りご飯と漬物で、お茶漬けでも掻き込もうかな・・・。
一人暮らしだと食事も手抜きしまくる。
自分ひとりの食事に手をかけても労力の無駄としか思えないもんな。
あ、屯所から岡持ちで食事を持ってきてくれるの、特別な時とか来客の時だけだったのよね。
まあ、毎回やってたら人手がいくらあっても足りないだろから。
休息所ってウチだけじゃなし。
「やっほー」
とスキップしながら(高下駄でスキップして転ばないとは達人である)幸がやって来たのはそんな時。
「あれ?今日は随分とおしゃれしてんじゃん?」
「そーなの。でもこれって疲れんの」
後頭が重いんだよな。
頭頂部がかなり引っ張られてるしさ。
「ねぇ、お腹すいてない?お昼食べた?」
と彼女は真新しい白い鼻緒の高下駄を脱ぎ捨てて座敷に上がって来る。
「まだー。お茶漬けでも掻き込もうと思ってたとこ」
「うわー、悲しー。ねえねえ、これなんだと思う?」
彼女は笹の葉できれいに包装されたヨーカンのような形のものを持っている。
「どれどれ」
と手に取ると寿司飯の匂いがする。
「押し寿司だとは思うけど・・」
「何を隠そう、これこそ京都名物鯖寿司である!」
ちょっと小鼻が膨れた幸ちゃんカワイイ。
「ええ?ほんと?でもどうしてそんなもん手に入ったの?」
「さーねー。誰かのお土産みたい。八木さんちの台所に沢山あったので一本失敬してきた」
なかなか豪の者です。
でも、ま、そんなことは気にもしないで、主人所有の文机をテーブル代わりに寿司を切り分ける。
「あの火事からまだ日が浅いのに、もうお店あけてるんだ?」
「鴨川の向こうは焼けなかったからね、きっとあの辺りのお店でしょ」
お茶とお寿司のみでランチ。
鯖寿司一本を二人で半分ことはいえ、押し寿司はお腹にたまる。
最後の一切れを残してギブアップ。
寿司を巻いてあった昆布とお茶で余韻を楽しむ。
「それはそうと、あんたも今日は随分さっぱりした格好してるじゃない」
下駄も真新しかったけど、着ているものも木綿の普段着であるにせよ、仕立て下ろしだ。
第一、袴が今までのようにツンツルテンじゃない。
「満腹になったのでようやく気付いてくれたのね?」
と彼女は笑い、
「現金収入のメドが立ったんで、虎の子使って揃えたんだ。これは夏ものだけど、あと袷を一式」
「へー。自分で見立てたの?」
「まさか。沖田さんに付き合ってもらっちゃった。彼氏センス良いんで。屯所のみんなみたいにネズミ色とか紺色一辺倒じゃないもん」
そういう彼女の着ているのは白地に細かい十文字模様の入った単に、白地に黒のペンシルストライプの小倉袴。
「似合ってるよ」
「アリガト。でもこれ斎藤先生には不評なんだ」
「どうして?似合わないって?」
「そうは言わないけど、お前は女なんだから女の格好しろってさ」
文机に頬杖突いて口を尖らす。
「これが結構しつこい。だから言ってやったの。こんな頭で女に見えますかねぇ?って」
二ケ月でだいぶ伸びたが、まだポニーテールも無理。
無理矢理まとめれば、頭頂部分だけなら結わえられるかも。
でもぜんぜん結髪には程遠い。
「そしたら?」
「そしたらぁ?・・・無言!」
ゲラゲラ笑っちゃう。
本人も笑い出してる。
「男の格好だからまだなんとか見られるのに、女もんの着物なんて似合うわけないよ」
「でもさー、剣道の先生としてはどうなんだろ?女のカッコしてた方がいいのかね?」
私にはその辺の事情も、心情もわからない。
「まさかー。やりにくいでしょ。でも、何て言うんだろ、彼は・・ってかこの時代の人はみんなそうなのかもしれないけど、固定観念てものが強いからね。女は女らしく、みたいな」
「じゃああんたが剣道やるのも面白くないんじゃないの?」
「それはないなぁ。斎藤先生は丁寧に教えてくれるよ。それに判りやすい!沖田さんと違って」
思い出し笑い。
「沖田さんはねえ、自分ができるから他人ができないのが判らない。自分のレベル下げない・・・っていうか下げれない人なの。天才。天才だから凡才の目線になれない。なので、教えるのヘタ」
可笑しそうに、でも嬉しげに笑う。
「斎藤先生はすっごい基本ができてて、型もばっちり入ってて、でもそれがどうすればできるかちゃんと教えてくれるの。ちゃんと教える相手を観察してて、相手のレベルに降りて来てくれる。ほんとに先生。あれは天職」
聞いてて面白いことに気付いてしまった。
「ねぇ、じゃあさ、沖田さんが“沖田さん”で斎藤さんが“斎藤先生”なのもそういう理由なわけ?」
幸って笑い方まで男の子みたい。腹を抱えて笑う。
「そうそう。だって沖田さんは先生って感じがしない。ビシバシ叩きのめして楽しんでるだけみたい。そこへいくと土方副長の方がまだいいよ」
「そうなの?」
あの人も稽古つけたりするんだ。
へー、意外。
「割と熱心。体動かすの好きみたい」
なーんだ、そういうレベルかよ!
爆笑。
「楽しそうで何よりだな」
噂をすればナントカで、本人が部下を従えて登場。
言葉とは裏腹にニコリともせず木戸を潜ってスタスタと歩いてくる。
「うあ!」
不意を付かれて、とっさに事態の収拾。
私が二人の湯呑み茶碗と鯖寿司の残骸を持って台所に走るのと、幸が文机を元通りに片付けたのがほぼ同時。
落ち縁に立って主従は呆れ顔。
幸は焦りまくって今まで私達が使っていた座布団を裏返して二人に勧めている。
私は必死で笑いを堪えつつ、何事も無かったようにお茶の支度。
「失礼します」
という幸の声に目を上げると、庭から手を振っている。
こちらもそっと手を振りBye-Bye。
奥の六畳間、床の間を背にして上司土方歳三。
向き合う形で部下山崎蒸。
高く足のついた茶托と共にお茶を出す。
「今日、髪結いが来てくれました。お礼を言います」
私達の行儀の悪いことを山崎さんが責任者として咎められたらかわいそうなので、ここはかしこまっておかねばと思い、床の間側に頭を下げたら、
「俺は知らん」
こちらを見もしない。
“なんだよコイツー!”と山崎さんの方に顔をしかめて見せたら、“まあまあ、ガマンガマン”とでも言いたげに愛想笑い。
「ごゆっくり」
わざとにーっこり笑ってその場を下がるが、隣の部屋にも居づらいので、台所で洗い物。
「ほな、私はこれで」
洗い終えた湯呑み茶碗を茶箪笥に仕舞っていたら、背後から山崎さんの声がかかった。
「えー?もう帰っちゃうの?」
雪駄をつっかけているところにまとわりつくと、彼は困ったように小声で、
「そないに甘ったれた声出したらあかんて。あんたはんの主人はあちらにおわす土方センセやないか」
「だってぇ・・・」
「情けない顔せんと。な、せっかくの御髪が泣きまっせ。ほな」
行っちゃった。
・・・連れない。
微妙に冷たい。
ふん。
上司の前でその妾と仲良くしろってのが無理なのか。
でも、ああ~っ!
これから私はどうしたらいいんだ!
アイツと二人っきりじゃん!!
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