もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

幸が台所でごそごそやっていた訳は、山崎さんの持ってきた岡持ちから料理を器に取り分けていたのだった。

「お皿、ちょっと足りないかもー。後で買出し行こう」

食器が足りないのは、私と幸、それから山崎さんもここで食事していくことになったからだ。
とりあえず何でも二人分しか用意されていない家なのだからしょうがない。

今後のオリエンテーションに時間がかかると踏んで始めからそのつもりだったらしいが、上司の妾宅で上司の居ぬ間にちゃっかり食事して行こうというのだから考えようによっちゃあ彼はなかなか大胆。

これからは買い物にも自由に出かけられるという開放感にウキウキして、

「行こう行こう!」

と答えたら、

「足りないものが有ればこちらで用意させて頂きます。なんなりと仰って下さい」

連れない関東弁のお返事。
でもまぁこれは待遇が良いということなのかも。

すると幸がさも可笑しげにニタニタしながら、

「小夜ぉ、山崎さんてば、あんたをここから出さないつもりだよ」

げ。そうなのか?

「幸殿はまたそのような・・・」

苦笑い。
へー、幸殿だって!と私はそっちの方に興味有ったり・・。

「だってここを留守にしちゃまずいんでしょ?」


お膳はふたつ。
自分のはお盆の上に並べて、幸は土間から上がってきた。

岡持ちの中には、壬生菜のお浸しと白身のお刺身となんだか判らない小魚の佃煮とお赤飯、白瓜の漬物。
味噌汁はこちらで作ったのだが、浮き身(豆腐と茄子と茗荷)まですぐ使えるように切ってあった!すげー!

「これってもしかして、引越しのお祝いとか・・」

お刺身とお赤飯と味噌汁を口に詰め込んだまま言ったら、ご飯粒が山崎さんの所まで飛んで行って、使っていたお膳の蓋(箱膳なの)にくっついた。

“コラコラ”とばかりに彼は眉をひそめながら、

「形ばかりは整えました」


「燗、つけなくて良かったですか?」

夕飯と一緒に持ってきていたお酒を、幸がお酌している。


せっかくお風呂で汗を流した後なので、もう一枚あった私のまっさらな浴衣を貸していた。

紺地に桔梗柄(笑)。
帯は自分の男帯を、貝の口に結んでいる。

伸びかけの髪は濡れたままだし、普段見慣れた男姿とは一味違うので、

「いえ、冷やで結構」

答える山崎さんが微妙に照れて、にこにこと彼女に見とれている。

「お二人とも不思議なお子やな」

語尾が大阪弁になった。

「斎藤先生が年相応に見えたことなど・・、あないに笑ろうてはるんを見たんは初めてです」

なんだか嬉しそう。
でもそれって、

「私があんまりバカだからでしょー、きっと」

みんなでぎゃははと笑った後、幸が袖を肩までたくし上げながら、

「でも、確かにそうかな。いつもクールだよ、斎藤先生は。基本的にまじめだし隙が無いっていうか・・」

ねぇ、と山崎さんに同意を求めたが、彼は首を振り振り、

「いやまぁ・・・酔うてる時以外は、と付け加えておいたんがええかもしれまへんな。もっとも、めったに酔う人でもないけどナ・・・」

・・・いろいろ含みは有るようだな。



陽が傾いて、行灯に火を灯し蚊帳を吊る。
裾濃に青く染められ、朝顔と露芝の柄入り。

「きれーい。うれしーい!」

パチパチ手を叩いている私をよそに、幸は蚊帳の吊り金具を長押に引っ掛けながら(彼女も脚立要らずだ)、

「逃げられないようにご機嫌取るのも物入りですね」

山崎さんにはおそらく厭味に聞こえた模様。
苦笑した。

そういえばさっきも似た様な事言ってたな。

「だって、あんな部屋があるんだったら、用途が逆になっちゃあまずいじゃん」

「逆って?」

「家を空けてる間に誰かに入り込まれたらどうするよ。昼間隠れてて夜襲われたら?」

「ぎゃー!」

それは怖い!

「それに、あそこに収められるお宝のことを考えれば、ここは無人にはできないし」

でしょ?と幸が山崎さんを横目で見た。
彼はため息をつきながら頷いている。

「まあそういうことにはなりますナ」

それは、この家に入ることは彼の上司の妾になるということではないのか、と詰め寄った時に言った言葉と同じだった。
いったいどっちが本分なんだろう。
すると、

「だから、あんたの仕事はそういうことだよ」

幸が言い切った。

「ここの留守番してりゃいいんだ」

彼女は“妾”という私の肩書が、うわべだけのものであるということの確認をしたかったものらしい。
それで先程からチクチクと、彼女にしてはキツイ言葉をぶつけていたのだと納得した。

らしくないもんね。
幸って、目上の人にキツイこととか失礼なこととか言うヤツじゃないもん。私と違って。
私には何も言わなかったけど、心配してくれてたんだな。

「お宝ねぇ。タンスがあんなにあるけど、お宝って何?あそこにいっぱいになるまで着物買ってくれるとか・・?」

立場上、責められる形となった山崎さんがちょっとかわいそうだったので、おどけて見せると、

「モノはおいおい運びます。幸殿の仰るとおり小夜はんにはここに居って、モノの受渡しを確認して頂きたい。時には世話も」

???

「モノって何?」

「まあ、いろいろ。衣装ももちろん・・」

「衣装?」

「今私はこんな格好しとりますが、たとえば仕事で街中に潜伏せんならんような時には、このままでは潜伏先には戻られん。どっかで着替える必要があります」

「なるほど」

と幸。

「刀も置かなくちゃね」

と続けたら、

「手入れの仕方は教えます」

と山崎さんが即答した。これは幸に言ったのだ。
そこで初めて、彼女は自分が蚊帳の内に入っているのに気がついたようだった。

「もしかして、私も勘定に入ってます?」

「もちろん。アンタさんもきれいな風呂に入りたいやろ?このまま八木家の一室を借り受け続けれるとも限らんしな。こちらで寝起きすることについては一向に構いまへん」

屯所の前川邸は汗臭い野郎どもがザコ寝しているので、幸は私と一緒に八木さんちに寝泊りしていたのだ。

ここで共同生活していいというなら超ラッキー!
二人で顔を見合わせてガッツポーズ。

が、すぐ連れない特記事項。

「もちろん、毎晩とは言い切れんけどナ」

おおっと!それはこの家の主人が来る時は遠慮しろということなのか!
でも、内容が内容なので言いかねて(あたしだって女の子だしー)口ごもっていたら、

「小夜はんはあくまでも土方先生の愛妾ということで通して頂きますので。お覚悟の程を」

!!!愛妾!!!
・・・ひっくり返る。

「やだー!」

じたばたじたばた。もう半べそ。

「通すってどこに?」

と突っ込んだのは幸。

そうだ。
愛妾が表向きというなら、表とは何処で、裏とは何処なのか?

「この家の本来の目的は監察の中継ぎでっさかい、ここで落ち合うて話し合いがもたれることも多いやろう思います。その性格上、土方先生が足を運ぶことも多くなるはずや。しかも我々はこのことを他の者には極秘にしたい」

「で、愛妾か」

幸は納得したらしい。

「仕方ないよ、そう呼ばれるのは。その方があんたも都合いいだろし」

「なんでよー」

私はまだ納得いかない。

「守られてることになる。新選組の鬼副長の愛妾だぞー?無敵じゃん!!サイコー!!!」

笑い転げてる・・。
コイツ・・!!

「まあまあ、まだありますねん」

と山崎さんが言うには、ここに来るのは「彼の配下の者」、つまり「新選組に所属していない」、つまりは武士ではなく「町人の」、情報収集の下請けみたいな人達もいると言う。

携帯電話もFAXも無い時代のこと、情報を伝達したい同志が上手く接触できるとは限らない。
だからとて屯所に出入りする訳にはいかない。
彼等の身が危険にさらされることになる。

そのため屯所の外で情報のやり取りをする必要があるし、私がここで情報の受渡しをすれば落ち合う約束も、それにかかる労力や時間も考えずに済むということなのだ。

「でも、単独で来たんじゃ誰が仲間か一般人か判らないよ。面通しはしてくれるんでしょ?」

「そりゃまぁ、そこはここ(京都)のやり方で、“一見さんお断りィ”言うたらええがな」

なるほど、その手があったか。

「じゃあ新選組の人はどこまでオッケー・・じゃなくてどこまでいいの?」

「そんなん簡単や。こんな鬼副長の休息所へのこのこ顔を出さはるような物好きなお人はみーんなお仲間に決まっとる。そうでなかったらよう来られんわ」

なーるほど。そりゃそうだ。

「そやさかい、くれぐれも“お手掛けなんかじゃない”とは言わんように」

正体を明かさないようにと言う。
飽くまでも愛妾を通せと。

「それは小夜に部外者のフリをしろ、ということですね?」

部外者とは、監察方の部外者ということだろう。

幸の鋭い突っ込みに山崎さん苦笑。

「左様でんな。引き込んでおいてこないなこと言うのもオカシなもんやけど、何も知らんのが一等危なげ無いですさかい」

ふーん、知り過ぎると危ないってことか。

「つーか、どうせあんまり興味ないし。要するに私はここで留守番して、会議があったらお茶入れて、誰か来たら言伝聞いて、着替え手伝って、ヒマな時は衣装や小道具を整理したりメンテナンス・・・手入れしてりゃいいってことよね?」

山崎さんはニコニコと頷いて、

「そうや。小夜はんは飲み込みが早うてええお子やなぁ」

完全に子ども扱いしているのを聞いて幸が失笑。

「それって、あんたのやる気の無いのを買われたってことじゃん?」

・・・あら?そうなのかしら?



「さて・・」

と山崎さんが大小を手にして立ち上がった時、もう外は真っ暗で、庭の草むらでスイッチョンが鳴いていた。
西の空にきれいな三日月が浮いている。

「それじゃあ私も一緒に帰ろうかな」

幸も立ち上がる。

・・と彼はそれを制し、

「ああ、今夜は土方先生もみえませんですさかい、あんたは泊まって行かはったらよろし」

邪魔者は来ないと聞いて思わず、

「ラッキー!」

合唱(笑)。
二人で山崎さんを送り出す。

提灯は要らないのかと訊ねたら、

「そんなん持ってた方が何やら物騒で適わんわ」

暗闇の奥から、くすくすと忍び笑いが聞こえた。





問題の、この家の主人が姿を見せたのはそれから一週間も過ぎた頃だったろうか。

日暮れ近くに、庭の植え込みに手桶で水を撒いていたら、木戸が開く音がした。

あの日以来、幸はヘンに遠慮していくら勧めても泊まることはしなかったのだが、毎日お風呂だけは使いに通って来ていた。
なので、この日もそうだと思い、

「いらっしゃーい。お疲れさーん。今日も暑かったねぇ。もうお風呂入れるよん。つーか私もう先入っちゃったし」

咲きかけた金木犀の根元に水をやりながらそう言ったのに返事が無い。

そのまま濡れ縁から家に上がる気配に、ようやく人違いをしたことに気づく(遅)。

「誰?」

と振り向くと、落ち縁に立ってにこりともせずにこちらを見ている、土方歳三その人が居た。

白っぽい絽の着物にピンストライプの袴、黒の紗の紋付羽織を着ている。
背は高い方で、京風の造りの低い鴨居に髻の根元が擦りそうだ。

“ふーん、こうして見ると結構男前じゃん”

と思ってから、相手が私を凝視しているワケに気づいた。

引越しの時、八木さんの奥さんがはしゃぎまくって京風に結ってくれた髪を、主人の居ないことを良いことに、毎日朝シャンしていたのだった。
で、お下げ2本を凝視している。

実際に私達が見合っていたのは一瞬のことで、すぐに相手は家の中に入って行った。

あちこち見て回っているので、おそらく自分の意向通りに造作ができているかどうか確かめに来たのだろう。

「あのう・・」

私ははっきり言って対処に困っている。

第一迎え方が判らない。“お帰りなさいませ”と言えばいいのか“いらっしゃいませ”なのか?
コイツはここで夕飯を食べていくのか?お茶でも出した方がいいのか?とすれば、お湯沸かさないと。
それともこの時間ならもう酒を出した方がいいのか?

それにしたってなんて呼べばいいんだ!
ああもうイラつく!

「あの・・・!」

納戸へ入った背を追って、風呂を使うかどうか訊ねようと思ったら急に出て来るので、危うくぶつかりそうになって飛びのく。

向こうも一瞬驚いた様子だった。

何せ背丈があまり違わないのだ。
そいつの鼻と、私のおでこがぶつかりそうになったんである。

「着替える」

驚いている私に向かって無愛想に言い捨てて、腰の刀を外し、床の間の刀掛けに掛けた。

「・・はい」

私は曖昧に返事をしながら、彼の所有のタンスから着替えを出そうとした。

そうしなきゃいけないもんだと思ったからそうしたまでだ。
なのにこのクソオヤジったら、引き手に手を伸ばそうとした私を押しのけ、

「要らんことはするな」

さっさと自分で着替え始めた。

なんだよ、気乗りのしない私が、せっかく身の回りの世話をしてあげようと思ったんじゃないか。
それを余計なお節介みたいに言うな!ばか。

と、そこまで思った時、羽織を脱ぎかけたクソオヤジがこちらを睨んだ。

心の中を読まれたかと、一瞬ドキリとしたが、すぐに睨まれた訳は判った。
彼はあれよという間に羽織を脱ぎ、袴を脱ぎ、帯に手を掛けたのだ。
私はあわてて落ち縁に逃れ、障子の陰に隠れた。

・・・オヤジの着替えなんて見たくはねぇからな。

「あとは畳んでおけ」

彼は木綿の着流しで、どこかに出かけるつもりなのか刀を腰に差し直す様子。

どこへ行くんだろう?と、その様子を目で追いながら、脱いだ着物を畳もうと伸ばした手の先に、何か湿って生暖かいモノが触れたではないか。
ギョっとして、視線を自分の手元に移すと、視界に入ったのは汗に濡れてホカホカの越中褌!!!!!

「ぎゃー!!!」

汚ねー!と思っているのに手が強張ってそのままつかみ上げてしまった!
あまりの出来事になかなか言葉が出て来ない。

「そいつは洗っておけ」

平然と言う憎たらしい言葉に、ようやく二の句を次ぐタイミングを得る。

「だだだだ誰が!」

下帯を振り捨てる。

「誰がこんなもん!あんたの褌なんか誰が洗うもんですか!」

つかんでいた手から湯気が上がっているような気がする。思わずクンクン臭いをかいでしまった!!オエっ!

「汚ーい!」

涙が出てくる。
触ったときの生暖かい感触が、

「気持ち悪ーい!」

腹立たしいより気持ち悪さが先に立って、びえーん!とべそをかきながら井戸端に走る。

ヒステリックにごしごしと手を洗っていると、下帯まで取り替えてさっぱりとしたクソオヤジが悠々と庭を突っ切って木戸を出ようとしているではないか。

「ちょちょっと待ってよ!アレ持って行きなさいよ!私あんたの褌、もとい下帯なんか絶対洗わないんだから!そんなの聞いてない。下帯洗いますなんて言ってない。そんなの絶対嫌!」

「こんなもんは洗えてもかぇ?」

にっと笑って見せながら、彼は庭の物干しをアゴで示した。そこには私の真っ赤な湯文字。

「キャー!」

っと走り出して急いで竿から引きおろす。
私のうろたえ様が面白かったとみえて、クソオヤジは歯を見せて笑いながら木戸を出て行く。

「待ちなさいよ!どこ行くのよ!あんなもん置いていかないでよ!ちょっとーっ!」

あわてて追いかけたが、木戸を出るとそこにはもう誰の姿もなく、相手の足の速さに舌を巻くだけだった。


それから、我に返って座敷に脱ぎっ放しの越中褌を思い、うんざりして頭を抱えた。


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