もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
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引越しは8月になった。


大火から日も浅く、焼け出された人々が大勢いるこんな時に家を与えられる自分がなんだか申しわけなく気が進まない。
しかも、私ひとりに一軒家だ。

2ヶ月間お世話になった八木家の人々にお礼を言って、幸に付き添ってもらって壬生を後にした。
先発している引越しお助け隊の昼飯のお握りと、近所から頂いた瓜を5つ6つ、分担して持つ。

新暦だったらとっくに9月のはずだがまだまだ暑い。
髪を上げているので、太陽光線が直撃してるし。

「首、陽に灼けるー!!」

汗だくでわめき散らしながら細い路地を入って目的地。

うっかりすると見逃してしまいそうな、さもない路地の奥、四方を周りの家の板壁に囲まれた中にぽっかりと開いた箱庭のような空間。
それが私のこれからの住まいとなる家の印象だ。

西側、路地に面して庭があって閉塞感はあまり感じない。
その庭にしたって、見たところ前の住人(あるいは家主)がカネ目の植木を全部引っこ抜いて持って行ってしまってスカスカだし。

目隠しの生垣は残っていて、申しわけのような木戸がついてる。
現代人には(この時代の体格の良い人も)半端な高さで、潜るのがうざい。
気をつけないとまたこの間みたいなことになっちゃう。

木戸を潜って庭。
ほぼ正面に勝手口。
勝手口のすぐ手前に井戸。
庭の北隅に独立して風呂場。

そこまではいい。

縁側が庭に面しているので玄関はあさっての方、北東の奥についてる。

ヘンな造りだと最初から思った。
だって玄関の前、敷地の北側は板塀がめぐらしてあるんだよ?
つまり、玄関から入るには庭木戸から入って勝手口の前を回って行かなくちゃいけない。
わざわざ。
面倒臭くね?
変なのっ。

そして何より、この家の敷地への入口は庭木戸だけっていう・・・。


「お疲れ様でーす」

家には、先に荷物を運び入れていた新選組の人達(おそらく監察方)が何人かいた。
抱えていた瓜を釣瓶に入れて井戸に下ろしていると、

「斎藤先生?」

幸がお握りの包みを縁側に下ろしながら、隊士のひとりに話しかけている。知り合いらしい。

「斎藤先生が引越しのお手伝いですか?」

「非番でな。山崎さんが来るまでの間、差配を頼まれた」

へー、とか言ってる。

その間、喉が渇いていたので上げた方の釣瓶から直に水を飲んでいたら、くすくすと笑い声がした。
見れば幸の話し相手が縁側に立ってこちらを見ていた。

「あんた柄杓ぐらい使ったら?」

それに気がついた幸が見咎めたが、それより笑った相手が気になった。

背が高い。
鴨居に両腕をあてて、そこに月代を乗っけてる。

「あんたが副長のお手掛けに納まるとはな」

親しげ。私を知ってる風。

・・・誰だっけ?(←コラコラ)

「覚えておらんか」

顔に出ちゃったらしい。
が、さして気落ちもしてなさそうにそう聞き返して、縁側から下駄をつっかけ降りてきた。

細かい絣模様の白っぽい薄物に、日差しが反射して眩しい。
懐から手拭を出して首や顔の汗を拭いながら、

「よしずでも立てたほうがいいな。まだ照り返しがきつい」

井戸端にしゃがみこんでこちらを見上げる。
手拭を前に差し出す。

ああそうかと合点して、手にした釣瓶から水をかけてやると、手拭を漱いで絞り、差し出した。

「使うといい」

「ありがと」

冷たい手拭を喉元にあてがうと、

「うう気持ちいい!」

のぼせかかった体温が、すうっと冷めるようだ。
釣瓶に残った水を庭に撒きながら、目を細めるようにして彼は微笑った。

「また、井戸端だな」



思い出した。

幕末初日、八木さんちで初めて井戸を使った時、側で見ていた人だ!
生まれて初めて釣瓶というものを扱って四苦八苦しているのを、そうだ、その時も笑って見ていた。

稽古着で、手拭で今みたいに首周りを拭き拭きやって来て、私が釣瓶でぐるぐる井戸の中を掻き回しているのを、最初不思議そうに、それからだんだん笑いを堪えながら見ているので、

「これ、どうやるんですか?」

見てないで教えろよ!と思ったのを覚えている。
今みたいにくすくす笑いながら、釣瓶の扱い方をやってみせてくれた。



若いのでペーペー(平隊士)だと思っていたが、今、幸のヤツ“先生”って呼んでたよね?

「斎藤先生っていうんですか?」

「思い出したか?」

「斎藤先生だとは今知りました」

「斎藤一という名だが・・」

「そりゃあ“先生”という名前じゃないとは思いますけど」

「あんたは面白いな」

普通に会話しているはずなのに、そこにいたみんなが笑っている。
あれ?

両方でボケてどうする!と突っ込みたかったと後から幸が言っていた。


茶の間の火鉢に火を熾して、鉄瓶のお湯が沸くまで家の中を点検。
気になっていた玄関を見に行く。

おかしいわけだ。新しく増築したのだ。

玄関だけではない。家の東側部分を全部増築している。
玄関から続く控えの四畳半と、その後ろの・・・この小さな家には不釣合いなくらい広い納戸。
そういえば台所も新しい。土間もカマド周りも。

納戸の戸は板戸になっており、中に入ってみたら壁が白く漆喰に塗られていた。
既にタンスが(低いのも含めたら)五竿も並んでいるし。

なんだここは!

いつの間にか斎藤さん(やっぱ先生ってカンジじゃないのでそう呼ぶ)が後ろに立っていて、

「説明するのは山崎さんの役目だからな、俺は遠慮しとこう。それより腹ペコなんだが」


お茶を煎れ、座敷の日陰に避難しておむすびを広げてぱくつく。
デザートに冷やしていた瓜を回収しようと井戸を覗いたら、

「ああっ!やだー、瓜が脱走してるっ!」

釣瓶に詰めたと思っていたのが、いつの間にか外にこぼれてプカプカ浮いてる(当たり前だ・失笑)。

「ええ?ウソ!なにやってんのあんたは」

幸が指についたご飯粒を舐めながら駆け寄ってきた。
それから二人できゃあきゃあ言いながら瓜すくい。

「悠長なことだ。まったく何処の姫様方やら・・」

また笑われた。



家財道具は必要最低限揃っていて、まな板も包丁も真新しくて気持ち良い。
瓜の皮を剥き、切り分けながらつまみ食い。

「うえっ!えぐー!」

生まれて初めて食べた瓜は見た目は美味しそうだったがメロンと違って甘くないし、えぐ味が強い。

吐き出したいが・・・何処に出そう。なまじ真新しい流し台なので一瞬躊躇。
口に含んだままきょろきょろ・・。

木戸の外まで見通せる勝手口が目に入る。

外に吐き出そうか?と立ち上がった。
あ、でも見られたらまた笑われるかな?

振り向くと、奥の座敷にいるみんなが見える。
まっすぐ見える。
一段下がった土間に立っている私の目線と、座敷に座っているみんなの目線がぴったり同じレベルなのだ。
やっぱし流し台に・・・と思って向き直ると、目の前の窓の桟の間から細く伸びる道が見えた。

なんで、台所の向こうに道があるのだろう?

しかもこの窓、桟が二重になっていて内側のをスライドさせて桟の開き具合を調節できるようになっている(無双窓)。
桟を限りなく細く開け、暗いところから明るいところは見えやすく、その逆は見えにくいという法則に則って考えれば、これは外を監視する覗き窓。
しかも視力が良ければ座敷に座ったまま、まっすぐ外が見通せる。

これが意図するものは・・・何?


「まーたむつかしこと考えたはる」

聞きなれた声だったが、勝手口に立った人影は逆光に黒く浮かび上がって見えた。
ゴックン!と瓜を飲み下してしまった舌の奥に、えぐい味が残った。

「この家・・!」

・・・ごほごほ。

「まあまあ、後でゆっくり説明しまっさかい」

問い詰めようとして、押しとどめられた。

勝手口から入ってきた山崎さんは武家髷で帯刀しており新選組バージョン。

「後でゆっくりですって?私今日からここで寝泊りするのよ?今日中に説明して下さい」

ごまかしきれないと悟ったのか、それとも最初からそのつもりだったのか、彼は余裕でうなづき、

「判りました」

それからいつもの笑顔になり、

「せやから、ナァ、瓜はひゃっこいうちに食べナ」

「瓜、まだー?」

って、幸も呼んでるし。



「あんた食べないの?」

「うん・・メロンとは似て非なるものだったしー」

縁側に腰掛けていた幸が吹き出して、瓜の種が庭に飛んだ。

「瓜ってメロンのご先祖じゃないのかなぁ?」

と、団扇でみんなを扇いであげながら言うと、

「スイカのご先祖でもあるよ」

と幸。

「?」

「西の瓜って書くじゃん」

「あそうか。じゃあカボチャもそう?」

庭に下りて、小石で地面に“南爪”と書く。
書いた傍から、

「あんたそれ、“みなみづめ”だよ」

幸の指摘で大爆笑!はずかしー!!

「『瓜にツメ有り、爪にツメ無し』でしょーが」

そうか・・。
気を取り直して書き直す。
西瓜、南瓜と来たら、

「・・・トウガンって東の瓜だっけ?」

「ちがーう!冬の瓜」

“東瓜”を“冬瓜”と書き直しながら、

「夏に食べるのに、なんで冬瓜?」

うーん、と彼女は一瞬詰まってから、

「誰かが字、間違えて書いちゃってぇ、それがそのまま伝わっちゃった・・とか」

そうなのか?

「じゃあさ、北の瓜ってあるの?」

「ねーよ!」

一同失笑。
・・私そんなヘンなこと言ってるかなぁ?

「じゃあキュウリってどう書くっけ?北の瓜じゃないっけ?キ(タ)ウリなんちって」

幸が笑い転げた。

「ばか。胡。『湖』のさんずい無し!」

「え?なに?湖?湖のぉ・・さんずいを消してぇ・・と。こうか」

“湖瓜”のさんずいを消して“胡瓜”にしたらたらまた笑われた。
なんでぇ?

何が可笑しいのか判らないけど、幸も一緒に笑われてら。
不本意そうに口を尖らせた。


引越しの最後の仕上げの掃除は幸と二人で充分だったので、男の人達は撤収。
山崎さんも忘れ物が有ったとかでいったん姿を消した。

自分の荷物の整理をし(行李からタンスに着物を入れ替えただけだ)、真新しい浴衣を見つけたので、一汗流すことに決定。
庭でゴミ焼きをしながら、代わりばんこに水風呂に入る。

日も傾き、アブラゼミがヒグラシに代わる頃、岡持ちを持って山崎さんが戻って来た。
夕飯のおかずを持ってきてくれたんだって!
妾商売ってこんなに至れり尽くせりなのかい!ってびっくりしちゃったよ。

荷物はそれともうひとつ、

「わーい!蚊帳だぁ!」

新しくてパリパリ糊の効いた麻の蚊帳!
これで蚊に悩まされずに安眠できるぞー!

「吊ろう吊ろう!」

と浮かれてたら、

「まだこんな明るいのに?」

・・・そうでした。


では先に本題。

「小夜はんが気がつかはったんはお勝手の窓のことですな?」

うんと頷くと彼は目じりの下にシワをつくって苦笑し、

「あれは迂闊でした。女子はんの背ェの高さやったら気ぃはつかんと思いましたが」

私や幸はこの時代の男の人の平均身長を上回る。

「ってことは、あれは男の人のためのものなのね?」

この家の男と言ったらここの主人、土方歳三・・・か。


「どうしてあんなところに道があるの?」

玄関前の板塀の向こうには、裏の二軒の家の板塀が丁字路状に立っていた。
人一人すり抜けられる位の間隔を空けて。
それも、この時代の普通の女性の背の高さならきっと見えないし気づかなかったはずなんだけどね。

もともと変則的だったこの家の建て方が、増築したことでますますおかしくなったためだと山崎さんは答えた。
当時は道の正面に玄関があったそうな。
それを今回東側に移したためにこんなみょうちくりんな造りになったらしい。

ふーん、と納得しそうになった時、台所でごそごそやっていた幸が物言いをつけた。

「理由はそれだけですかねぇ?」

座敷からまっすぐ、幸の挑戦的な表情と、その後ろに窓の向こうの夕間暮れが見える。
そうか。

「最初からこれを狙ってたかもしれないってこと?」

「そう。向こうからまっすぐ人が入って来れないように」

どうよ、とばかりに答えを待つ。
山崎さんは首をすくめ、

「・・まあ、そんなとこですな」

結構嬉しそうに笑っている。

「じゃあここも、侵入者に対する備えってこと?」

納戸を指差す。
さすがに苦笑いになった。

奥の座敷から繋がる板戸を開けて、

「どうしてそう思います?」

漆喰と木の匂いが入り混じって流れ出て来た。
天井近くにおそらく通風用の窓があったが、この時は閉めっ切りだったのでそろそろ明かりがないときびしい。

「だってさー、なんでこんな風に壁塗ってあんの?戸だってほらこんな板戸だよ?」

分厚くて重いのだった。
きっと床が板敷きなのもそういうことなんだろう。


「パニックルームだな」

風呂上りの着流しで、幸が納戸の中を見回した。

「なにそれ?」

「避難部屋。蔵にしちゃ耐火建築ってわけでもないからね。もう大きな荷物は入れた後だから、ホラ」

玄関から続く控えの四畳半に面した敷居を指差した。
戸板が片方、釘で打ち付けてあり、もう片方も固定できるように、専用のつっかえ棒と思われるものが立てかけてあった。
振返れば、我々が今入ってきた側の戸板も同様。

「内側から閉めちゃえば打ち壊さない限り侵入は無理」

どうも・・・とんでもないところに越して来たらしい(汗)。

「避難部屋が設けてあるような家ってことは・・・」

と言いかけたらば、

「まだ、有るんですわ」

山崎さんはこの家最大の秘密を自ら明かし始めた。

整然と並んだタンスの中に、洋服ダンスみたいに観音開きになっているのがある。
開けると普通に衣装盆状の引き出しが入ってるのだが、その真ん中あたりの三枚ほどを抜き出し、

「ここをこう・・」

奥に見えている背板の桟をつまんで横にずらすと、どうだ!

「ああっ!!」

外開きのドアになってるっ?!!ひゃー!!

「何ですかこれ!隠し扉??」

「外からは開きません。あくまでも逃げるためのものです」

・・・ぶっ飛び・・・。


ここまで危機対策済みの家に住まわされる私っていったい・・・。

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