もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
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和助さんが帰って来たのはそれからすぐ。
それでアイロン掛けの終わった服を二階に広げっ放しだったのを思い出したんだ。
ていうか副長の存在をすっかり忘れてた!うわー!ヤバイ!
自分の刀も居間の上がり端に置きっ放しだったし。
慌てながらも、食事の準備を手伝うと言う小夜に、
「ごめん。私先に二階片付けて来るわ。アンタ副長のお膳だけでもセッティングしてて。お酒飲むかどうか一応聞いて来る」
お膳をいじったのが和助さんにバレたら失礼だと思い、そう言うと、
「え?あの人居るの?」
急に真顔になった。
「あれ?言ってなかったっけ?」
良く考えたら、副長の履物は帳場の奥の正式な上がり口の方に置いてあるんだった。
ブーツは二階だし、夕べから蔵の方へ出たり土間を行き来するのにはこの家の内履きの下駄しか使ってなくて。
つまり、小夜は履物が無いから副長がまだ出かけたままだと思っていたらしい。
さっきまでご機嫌だったのが嘘みたいに表情が険しくなってしまっている。
「昼頃帰って来て二階で休んでるけど?」
「屯所から誰か来なかった?」
何だろう?
「誰も。馬丁の忠助さんが馬で送って来て屯所へ戻った後は誰も来てないけど。どうかした?」
それには答えず。
眉を寄せて何かイライラと考えている風で。
私が返事を待っているのに気が付くと、
「ううん。なんでもない」
台所へ消えて行った。
足元でリュウが鼻を鳴らしてる。
つぶらな黒い瞳がこちらを見上げて。
「お前はここに居るんだよ?後でご飯貰って来るからね」
家の中に入れて良いかどうかは萬屋さんが帰って来ないと判断できない。
この時代、個人で犬を飼うとか飼い犬を繋ぐとかいう概念はあまり無いらしいので(お金持ちが狆を家の中で飼ったりマタギが猟犬を飼ったりするのはまた別)餌を貰えなければどこかへ行ってしまう。
リュウは元々猟犬らしいので言うことを聞いてくれると信じたい。
放ったらかしにされた腹いせか二階に上がってみたらアイロン掛けの済んだ3ピース&シャツはキレイに畳まれて衣桁の側に片付けられて。
昼寝の布団も片付けられて、自分でお茶淹れて飲んでたー!
「申し訳ありません!副長にこんなことさせてしまって・・・」
自分の刀を部屋の隅に置き、
「もう少しで夕餉の支度が出来ますので。萬屋のご主人は今夜は薬師山の仮小屋に泊まるそうですが、お膳は下で私等と一緒で構わないですか?それともこちらにお持ちします?お酒は召し上がり・・・」
「酒は要らん。しかしエラくご機嫌のようだな」
やっぱり聞かれてた。
湯呑に落としていた視線をこちらに向けて来る。
睫毛のせいで目を動かすたび音でもしそうなのが無駄に凄みを醸して怖い(本人はきっと無自覚)。
「下宿に置いてきた犬が病院の近くをうろついてたとかで連れて来ちゃって。はしゃいじゃって煩かったですね。すみません」
笑い声は隠しようもなかったが、まさか会話の内容までは聞こえてないよね?(冷汗)。
突っ込まれないうちに知らんふりしてその場を去ろうとも思ったけど、先程の小夜の様子が気になっていて、
「でも、何か心配事があるようで。楽しいばかりじゃないみたいですけど」
予防線張っとかないと。
ちょっとした感情の行き違いで直ぐにケンカになるからこの人達は。
白地にちょっと大きめの菱繋ぎ縞の入った浴衣に、前髪が下りた散切り頭の副長はだいぶ若く見える。
湯呑を傍らに置き、もう一方の手に持っていた懐中時計を弄りながらニンマリ笑い、
「まあ、あそこで働いてるなら何事かは有るだろ。それとも何か企て事でも有るとか・・・」
げ。
やばっ!
階段を下りようとしていた足が止まりそうになるのを必死で動かして、聞こえぬふりで退場(汗)。
っていうか私、結局小夜を庇っちゃってるな(苦笑)。
階段を下りながらぼんやり気付いて、台所から聞こえてくる笑い声をくすぐったく聞いた。
凌雲先生が傷病兵を逃がす方向で考えているという話を聞いたせいかもしれない。
もちろんこれ以上死傷者が出るのを防ぎたいという気持ちは私にだって有るし。
ただ一つ引っかかって居るのは、この期に及んで小夜と副長を仲違いさせたくないということだけ。
小夜の考えていることを実行に移せばそれは箱館政権にとっては普通に刑罰対象だし、今副長に知られたら奉行所にしょっ引かれるのは免れたとしてもどこかに軟禁されるぐらいは有り得る。
いや、副長なら目零しなどせず普通に量刑されるのかも。
そんな終わり方は嫌だ。
彼女と副長の関係がそんな終わり方をするのは。
「ねー!見た?和助さんって指毛凄いの!剛毛!」
って何笑ってんだ人の気も知らないでコイツは(笑)!
台所から通り土間に顔を出して来てニコニコ楽しそう。
「腕毛もモジャモジャ!でも器用」
失礼なこと言ってんじゃねぇ!(笑)。
ていうか毛深いのと器用かどうかは関係ない(爆)。
奥で和助さんの笑い声も聞こえているから、きっともう仲良くなったんだろう。
さっきの一瞬の真顔は何だったんだと思わせる明るい笑い声だった。
それから程無くご飯が炊けて、一緒に食べるのは窮屈だからと小夜がさっさと二階へ副長のお膳を運んで行った。
私は後ろからお櫃を持ってついて行く。
二人きりにするのはなんだか心配だったから。
副長が何か探りを入れて来るんじゃないかと思ったし、小夜は隠し事が出来ない(というか面倒になると自らぶちまける)性質だし。
なのでまた爆弾発言してしまうんじゃないかと思って。
日は傾いてそろそろ灯りの要る時分だったので、行灯2台へ附木で火鉢から火を移し、それから廊下の窓の雨戸を閉めた。
普段なら雨戸なんてまだまだ閉める時間じゃないけど、一応戦時下、外に灯りが漏れぬよう。
ご飯を給仕していたはずの小夜も副長も無言なのがふと気になって障子を閉めながら奥の間に入ると、すぐ気がついた。
副長が目の前のお膳を見つめて固まっている(!)。
忘れてた!煮魚がっ!(滝汗)。
「これは何だ」
副長が腕を組んで憮然としているその正面に座って、小夜はお櫃からよそったご飯をお膳の上に置きながら、
「お魚」
コラ!何て返事してんだよ!
と思って小夜の顔見たら、首を傾げ加減に、妙に半笑いで副長の顔を見つめてて・・・。
あ、髪切ったのに気付いたのか。
見つめてるのは顔じゃなくて頭だった(笑)。
だから返事が上の空なのね?
「そんなことは言われなくとも判っとる」
照れ屋の副長が必要以上に眉間に皺寄せてるのも目の前の含み笑いに引きずられないように?
「じゃあー、煮魚。魚の種類までは判んない」
相手の髪型の変化を観察し終えて気が済んだのか、そう言いながら小夜は手に付いた飯粒を口に入れた。
そんな彼女の無礼な振舞にも慣れ切っているらしい副長は険しい顔を作りながらも大きな声を出すでもなく、
「どうしてこうなったかと訊いている。作った者がこうしたわけじゃなかろう」
仰る通り。
お皿に魚の白身と煮汁だけって見たこと無いもんな。
「良いじゃない。頭取って骨を取って皮まで取って。食べやすいようにしてあげただけじゃん」
突っ込まれた小夜は唇を尖らして逆切れ気味。
「赤子に食わせるもんでもあるめぇし」
副長もさすがに呆れ気味。
すると、
「煮魚がついてるの貴方のお膳だけなんだからそんなことで文句言わないでよ。私等のには無いんだから。有難いと思いなさいよ」
まるで自分がご馳走してるみたいに言ってるし。
ていうか論点ずらしに逃げただけ。
「それもこれも漁に出れないからなのに。誰のせいだと思ってんの?」
ヤバイ!論点ずらし過ぎ!
慌てて小夜の隣に正座した。
「あのー!連れて来た犬が魚が好物で、お腹空かせてたんで・・・すみません」
副長は目を細め胡散臭げに私等二人を交互に見、
「判った。いつまでも見てないであっち行ってろ」
もう話にならないと諦めたんだろう。
こちらも相手の機嫌を損ねないうちに下がろうと思ったのに、小夜が立ち上がる気配は無く。
「今朝、新選組の負傷者が高龍寺の分院に運ばれたの、知ってた?夕べ七重浜での夜襲で負傷したとか」
急に何を言い出すのかと思った。
「今朝屯所で聞いたが」
副長は動じない。
すると小夜も憮然とした表情で、
「昼前に1人亡くなったそうよ。もう1人も危ないって。それも聞いた?」
「いや」
始めて聴く情報・・・部下の訃報にも関わらず頗る冷静な返事が返る。
聞きようによっては冷淡な程。
おそらく今朝の時点で既に予測出来る状況までも報告を受けていたと思われ。
それをどう受け取ったか小夜は一つ溜息を吐き、
「高龍寺さんは重傷者でいっぱいだし、そんなところでお経上げるのも憚られるし、お坊さん達も治療の手伝いで手いっぱいだから亡くなった遺体は実行寺さんに運ばれてるんだけど。隣は称名寺、新選組の屯所でしょ?話はすぐ伝わると思うんだけど・・・」
いつ怒鳴り出してケンカになるかとハラハラしながら聞いていたのだが、小夜の声音はいつになく落ち着いていて。
「それでも知らせに来ないってことは、新しい隊長さんも居るわけだしそこで事足りるから特に知らせなくて良いってことなのかもしれないけど。一番の理由は貴方を煩わせたくないって事だと思うの。休養を取っているのを邪魔するのは避けたいんでしょ。その気持ちは私も判るし・・・」
チラと私の顔を見た。
私を休ませるなら無理やり仮病で休ませても大勢に影響はないけどね、と心の中でツッコミを入れる。
「だから最初は黙っておこうと思ったんだけど。亡くなった人にお線香をあげて欲しいとは思う。新選組の人なんだし」
なるほどそれであの表情ってわけか。
夕べの夜襲の犠牲者・・・。
夜襲を命じたのが副長だとは彼女は知らない。
知ったらこれほど冷静で居られるのかは・・・判らない。
「それに私が貴方の宿舎に出入りしてることは病院内では知ってる人も多いし、やっぱり知らせずに居るのはおかしいんじゃないかと思って。でもそれで貴方が実行寺さんに足を運ぶことになって、屯所の人達の気持ちが無下になってしまうのは申し訳ないし、報告を怠ったと貴方に咎められることになるんだったら余計に申し訳ないけど」
言いながら、口元に力が入ってちょっと後悔しているような表情を見せたが、
「立場とか責任とかケジメとか、私良く判らないからどうするかは自分で判断して下さい。聞かなかったことにしてくれても良いし。でもどう判断するにしろ屯所の人達のことは叱らないであげて」
最後まで冷静な話しぶりだったのが意外だった。
行灯のオレンジ色を映した横顔がいつもよりちょっとだけ凛々しく見える。
副長は無駄に凄みのある目線を小夜に向けたまま、
「聞いたからには行かにゃなるまい。行けば屯所に詰めてる奴らを叱らにゃなるまい。お前の思った通りにはならんぞ?」
こちらも落ち着いた物言いだった。
すると小夜はいつものケロッとした顔に戻って、
「それは仕方ないです。そういう・・・道理?っていう物を私は良く判ってないので。なので判断は任せると言ったので。私が余計なことを言ったことで自分が恨まれる分には別に異議は無いし平気だし」
サバサバとした話しっぷり。
「なるほど。判った」
副長の返事を聞いて納得して今度こそ下がるのかと思ったら、
「でもご飯は食べて行ってね。食べずに行ったら私等が有難く頂くだけだし」
私等って。
自分とリュウとで、でしょ。
こっちまで巻き込むな。
「早く食べないと冷めるわよ」
って余計な一言を付け足したおかげで、副長も普段通りに、
「テメェの話が長ぇからだろ。お前等も早く自分の飯食っちまえ。ワンコロが腹空かして残飯待ってんだろーが」
はーい、とようやく立ち上がって階下へ降りるかと思いきや再び、
「そういえば私思ったんだけどー」
階段を下りかけたまま座敷の方へ首だけ出して、
「五稜郭から戦いに出て負傷して病院に収容されるってことはさー、そっちの食い扶持が減ってこっちの食い扶持が増えるってことじゃん?そしたら食料が足りなくなるのも当たり前でしょ?その分の食料は病院に回すべきじゃないの?」
床板に腕を乗せ身を乗り出し、
「毎日のように20人も30人もこっちに移って来てるんだからさー。あの人達怪我してても胃袋は丈夫だから痛いの治療した後は普通に食うし!若い男ばっかりだから食べる量半端無いし!でも食料足りないからみんな腹ペコだし!なんとかしてよ!」
副長は右手に箸を取り、左手で味噌汁椀を持ったまま、
「それは問題だな。だが生憎俺にその権限は無い。言うなら五稜・・・」
「何言ってんのよ陸軍奉行並のくせにー!病院に居るのはほとんど陸軍なんですけど~?」
副長の発言を途中で遮るって普通に失礼だし陸軍奉行並本人に対して「くせに」って!コラ!
「小夜ってば失礼過ぎ!もう良いから早く下りて」
視界の前に立ちはだかって急かすと、ブツクサ文句を言いながら下りて行った。
後に続く私の耳に微かな笑い声が聞こえて思わず振り返る。
ゆっくり階段を下りながら、行灯の灯りが映る黒漆塗りの天井を見上げ、何かほっこりした。
食事を終える頃、紋付姿の副長が下りて来て清めの水と塩を用意しておいてくれと言い残し出かけて行った。
「忠助さん呼んできますか?」
馬の方が良いかと思ってそう言ったら、
「お前は心配し過ぎなんだ。そこの坂を登ればすぐじゃねぇか。俺を病人扱いするな」
と返され、
「では送って行きます」
「要らん。灯りだけ貸してくれ」
今夜もまた月の見えない闇夜。
霧は出ていなかったが曇り空で真っ暗。
普段なら獣みたいに夜目が利く副長もさすがに灯りが必要らしい。
「じゃあ提灯持ちってことで。お供します」
貴人に夜道をひとりで歩かせるなんてダメじゃね?っと思って言ったんだけど。
「お供に幸を連れて行くよりピストル持った方が実用的じゃなーい?」
小夜が横からけしからんことを言う。
副長がフンと鼻で笑って、
「提灯持ちは煩くてかなわんからな。心配するなピストルは持っている」
ブッて小夜が噴いた。
え?煩いって私のこと?
低い戸口を潜って外に出、手にした大刀を腰に差し、和助さんが差し出した屋号入りの提灯を受け取って歩き出す副長の後姿にちょっと見惚れてしまった。
姿と言うか、一連の所作に。
提灯の灯りが朱石目塗の鞘に鈍く反射してたりするのが堪らんゾーv
やっぱ刀は袴に差すのが良いよねー。
黒羽織の後ろ姿に刀の鐺が突っ張らかって、提灯の灯りに浮かぶシルエットが、もーカッコイイv
雪駄の足音も気持ちイイ。
ってひとり外に残って遠ざかる提灯の灯りを見ていたら、
「幸、何してんの。早くそこ閉めて」
奥から無粋な声がして現実に戻される。
家の中に戻ると今度は裏の戸を開けて、
「リュウおいで」
通り土間でリュウのご飯。
二階のお膳を下げてみたらナント!煮魚に手が付けられてなかった!(ありがたや)。
お櫃にもご飯が残って居り、だし巻き玉子も半分残って、デザートのドーナツにも手を付けず・・・って副長、優しい~v
でもご飯足りたのかしらん?
それも全部投入してドンブリでご飯をガッつくリュウを見ていた和助さんが、
「この犬、良く雑魚場に来てた犬だね?この額の傷。私はクロって呼んでたが」
そうそう。
クロとかクマとかコロとかムクとか、その辺の人達みんなそれぞれ好きなように呼んでたっけ(笑)。
「親父さんが亡くなってどこへ行ったかと思ってたが、そうか。アンタ方が世話してくれてたのか」
冷え込んだ冬の朝、元の飼い主のホームレスのお爺さんが港の隅で冷たくなってた。
ホントに半分凍り付いてて、傍に寄りそうリュウの黒い毛も霜で真っ白になってたそうだ。
私はそんなこととは知らず、いつも一緒に居るお爺さんが見当たらなくて犬だけウロウロしているのを見かける日が続いて。
訳を知って保護した。
というか可哀想で連れて帰っちゃった。
小夜も喜んだし。
世話すると言っても下宿屋の前に小屋(というか吹雪除けの木箱)を置いて時々食べ物をあげただけだけど。
足りない時は勝手にどこかで食べて来るんで(苦笑)半野良な感じ。
でも賢い犬で、私と小夜のことはすぐに覚えたし、昼間どこかへ居なくなっても夜には帰って来るようになって。
小夜のバイト先に付いて行って一緒に帰って来るようになって。
小夜が京都の家に置いてきた猫のことを口にすることが無くなったのはリュウのおかげ。
「羆撃ちの犬だったって言うのは本当なんですかね?」
実は眉間の向こう傷からイメージして作られた噂話じゃないかと思ってた。
「アイヌ犬だろう?本当じゃないかな。あの爺さん東蝦夷地の奥の方から流れて来たらしいから」
そう言われればあのお爺さん、髭がモジャモジャで良く判らなかったけど堀りが深くて日本人離れした顔つきだったような。
「アイヌの人だったんですか?」
「んー、和人ではあるのかな。箱館で暮らしていたってことは」
ん?
妙な言い回しに小夜と顔を見合わせたら、
「親が和人とアイヌだったんだろ。私みたいに」
え!
「私は母親がアイヌでね。静内場所のコタンで生まれた。子供の頃に母親は亡くなって、ここで奉公しろと旦那様に連れて来られた。この街ではそんなのが珍しくない。似たような境遇のヤツが結構居るよ」
なんと言って良いか判らず固まってたら小夜が真顔でポンと手を打ち、
「だから指毛が剛毛!」
「こらー!何てこと言ってんのアンタは!」
と焦ったのは私だけ、本人達は顔を見合わせてゲラゲラ笑ってる。
「毛足が長いのは珍しいね。真っ黒だし」
リュウの背中を撫でながら和助さんが言うのへ、
「夏向けに短く切っちゃったけどね」
ニコニコと小夜が答えた。
暴言で場を和ます彼女の高等テクニックにはいつも呆れるやら関心するやら。
素でやってるなら恐ろしい。
食事の後片付けの後、風呂を使う。
「アイツの入った後のお風呂に入るのヤダー」
立て返しの風呂に文句を言う小夜のセリフ、久しぶりに聞いたな(笑)。
結って貰ったばかりの髪、勿体ないから洗うなよーと宥めすかすのも久しぶりだった。
その後もまだ副長が帰らなかったので和助さんには先に休んで貰った。
客人の帰りを迎えずに寝てしまったら主人に叱られると言うのを、明日も早いだろうとかなんとか説得して。
戸締りをして最小限の灯りを残し、囲炉裏端にゴロゴロしながら待つ。
「もしかして今夜は戻って来ないんじゃない?」
「それにしたって屯所から誰かが知らせに来るはずだよ」
「そうか、どっちにしろ誰か来るからここで待ってなきゃいけないってことね」
寝そべって頬杖突いた小夜の両手に晒が巻かれてるのは、和助さんに羆の油(!)を塗って貰ったから。
手荒れに効くらしい。
熱湯消毒した晒や包帯、湯気が収まったからってまだ熱いだろうに素手で絞ったら(しかも大量)荒れるに決まってる。
羆の油なんてリュウに噛まれたらどうしよう、と言うので、
「リュウは頭が良いからアンタの手なんか噛まないよ。そりゃ嘗め回されるかもしれないけど」
と言ったら、
「嘗めまわされるんだったら顔にも塗っとこうかな」
だって(笑)。
魚好きの変な犬だもの(羆撃ちの犬だったくせに)、
「そうだね。ご飯食べた後だったら顔中魚臭くなるかもね」
イヤー!と悲鳴を上げかけて小夜は自分の口を塞いだ。
そのままクスクスと声を潜めて笑い、続けて暇そうに溜息を吐き、最後に大きなあくびをしたと思ったら、畳の上に組んだ両手に突っ伏して程なく寝息を立て始めた。
だから先に寝ろって言ったのに。
疲れてるはずなのに。
コイツ意外とバリバリ働くからなー。
ん?バリバリ?もくもくと?夢中で?無心で?
そう、何か無心で働いていると感じる事が有る。
何か気掛かりなことを忘れるためにそうしているようにも見える。
もちろん、怪我人の世話をしている時は相手に合わせて(いろんな人が居るからね)普段通り丁々発止のやり取りをして。
手伝いに来てくれる女の人達とは和やかに(結構気を遣ってるような気がする)。
庇睫毛の寝顔は瞼がピッタリ閉じてる感じが可愛いと思う。
小夜がコンプレックスに感じてるのはたぶん、自分で自分の寝顔を見たこと無いからなんだよね。当たり前だけど。
伏し目にした時とか結構睫毛長いもの。
でも開けると判らない。つまり自分じゃ見れないってことだ。
片目ずつ開けて鏡で見てみれば?と言ったことも有るんだけど、ウインクみたいにすると寝てる時とは違うんだよね。
ちょっと瞼が浮いちゃうというか。
直毛だとあまり睫毛の長さが判らない。
と、暇潰しに小夜さんの睫毛観察をしていたら、表の戸口を叩く音がしたので用意してあった塩と水を乗せたお盆を持って出た。
一応、
「どちらさま?」
と尋ねると、
「遅くなった」
副長の声だったので戸を開けると、大刀を手にした副長と後ろに部下と思しき戎服の兵士が丁サ印の提灯を持って立っていた。
副長が塩と水で身を清める間も提灯を受け取る間も、その小柄な新選組隊士?にずっと睨まれてて困惑。
ご苦労だったと部下に言い、戸口を潜って副長が中に入ったのに続き、提灯の火を吹き消して自分も中に戻ろうとした時、まだ見られているのに気が付いてそちらを向くと、向こうもこちらの視線に気が付いたのかサッと踵を返して戻って行った。
ズボンの腰に差した小田原提灯の灯りがぼんやり煙って見えて、また霧が出て来たのだと判った。
湿気っぽい風に海の匂いが混じって、雨になりそうな気配がした。
「お疲れさまでした。風呂を立てるので少しお待・・・」
閂(かんぬき)を閉めて振り返ると、副長が土間に突っ立ったまま。
視線は居間の方を向いていて、たぶん小夜を見てる。
首を巡らしてこちらを向いた眉間に皺が寄っていて、私に何か訴えている模様(汗)。
なので手に持っていたお盆と提灯を帳場の上がり框に置いて行って見れば。
寝ている間に動いたのか顔の向きがすっかり下を向いていて両手におでこを乗っける形に。
副長の立っている場所から見ると絶妙な角度で小夜が土下座しているように見えるではないか(笑)。
「すいません。先に寝ろと言ったんですが」
「あの手はどうした」
と訊かれ、そっちか!と正直ちょっと感動した。
説明したら興味が無くなった(笑)のか、
「風呂はいい。お前等も寝ろ」
帳場の奥の上り口に雪駄を脱いで階段を上って行く。
「んー・・・おかえりぃ・・」
寝ぼけたような声が聞こえて、副長が立ち止まった。
小夜は腕を前に伸ばして猫みたいな伸びをしている。
「アンタ、もう寝な」
目を瞑ったまま正座してゆらゆらしている小夜にそう促し、囲炉裏の炭火に灰を被せ、灯りも手燭だけ残して全部消さなくては、と土間に降りた時、階段の途中に立ち止まったままこちらを向いている副長に気付いた(もう二階に行ったと思っていたのでビビった)。
「実行寺から称名寺に二人の遺体を移して弔って来た。今後、高龍寺で亡くなった新選組の者は出来得る限りそうしろと隊長に言い置いて来たが」
驚いたのはここからで、
「それで良いな?」
と、小夜に向けて訊いたんだ。
ええー!とびっくりして小夜と副長の顔を交互に見たけど、二階の階段脇に掛けられた燭台の灯りが微妙に逆光になって副長の表情が良く見えない。
小夜のヤツは何て答えるのかとドキドキして見てたら、座ったままおもむろに両腕を突き上げ伸びをし、
「うーーん、良いんじゃなぁい?」
だと!
おまけにアゴが外れそうなくらい大口を開けてアクビをした!
まだ寝ぼけてんのかコイツ!と思って嗜めようとしたタイミングで、階段から鼻で笑うのが聞こえ、袴を揺らめかせて二階へ消えていくのが見えた。
なんだコレ?
私はいったい何を見せられてるんだろう。
副長が小夜のアドバイス?を容れたってこと?
言うこと聞いたってこと?
・・・。
改めてビビる。
まあ、小夜にしてはまともな物言いだったから、と居間の行灯と土間に面した柱に取り付けられているタンコロ(灯火具)の灯りを落としながら自分を無理やり納得させていると、
「いつまでこんなこと続けるのかしらね。歩兵って消耗品扱い?」
ボソッと小夜の声が聞こえてそちらを見る。
眠そうな足取りで二階に移動を始めてる。
慌てて手燭を持って追いかけた。
「もっとも、死んだ人も好きで戦争やってる、ってか死ぬ覚悟でやってるらしいし文句も無いかー」
ゆっくり階段を上りながら独り言のように、でもおそらく副長に聞こえるように喋り続ける。
「小夜、やめて」
嗜めたが聞こえないふりをされたと思う。
階段を上り切った所でひと際ハッキリとした声になり、
「でもさー、死ぬ覚悟って何だろうね?自分ひとりで死ぬって決めて後のことはどうでも良いんだもんね。無責任も良いとこじゃん?びっくりするわ」
やめさせようと腕を掴んだ私の手を振り切り、閉じた襖に向かって、
「後に残す家族とか自分が死んだ後この国がどうなるかとかさー、心配じゃないのかしらね?」
「小夜!」
「ああごめん。ちょっと寝たら目が冴えちゃって」
と投げやりに言いながら、挑戦的な目で襖を睨むのを止めない。
襖の向こうは静かだ。
絶対聞こえているはずだが、コトリともしない。
聞いているのだ。
小夜もそれは判ってる。
しばらく反応を待っているようだったが、何も無いと判ると険しい表情は徐々に消え、
「この世の明日を・・・知りたくないの?」
静かに呟いた。
まるで目の前に副長が居るかのように。
見ていられなくなって、
「そんな訳無いでしょ?それを捨てても良いぐらい目の前の仕事に命を懸けるってことで・・・」
諭したつもりが、使い古された言い訳のようになってしまって。
小夜はまた不機嫌な顔になり、
「ふーん。でも捨てられる者の言い分は無視な訳でしょ?捨てられたくない人も居ると思うけどそこは見ないふり?全部自分の希望優先?それって、独りよがりの無責任宣言とどこが違うの?」
私に反論しているようでもあり、独りごとのようにも聞こえた。
彼女の言いたいことは判る。
今夜も有川や七重浜で夜襲は行われているはずで、反論できる何も無い。
でもこのまま聞いて居たら、きっと・・・。
「小夜、人が亡くなってるんだから。その言い方は・・・」
すると、ハッと夢から覚めたように表情が変わり、
「ごめん。戦で死んだ人達ってみんな望んだ通りに死ねたのかしらと思って・・・」
皮肉じゃなく、亡くなった人のことを思って言っているのは声の調子で判った。
怒ってるだけだ。
数で把握されるだけの犠牲者の扱いと、終わらない戦争に対して。
それは誰しも同じ、と思いたい。
でも、少しでも有利に戦争を終わらせるべく、少しでも長く戦争を続けようとしている人が居るのも確か。
すぐ隣、襖の向こうに。
「ごめん。寝る」
何かに囚われた様に呆然とした様子のまま、小夜は寝床を整えて横になり、結った髪をこちらに向けた。手燭の灯りを反射して元結が光ってる。
掛け布団から覗いた浴衣の肩が細く尖って見える。
「おやすみ」
火を消すと、今度は欄間から奥の間の有明行灯の灯りが塗りの天井に映って見えた。
欄間の透かし彫りは宝船だけど、天井に映る影は軍艦サイズだ。
ふと大きな影が動いて天井の反射光が和らぐ。
有明行灯の光量を調節するのに何か掛けたんだろう。
おやすみなさい、副長。
目を閉じると、瞼の裏に軍艦の残像がゆっくり回りながらぼやけて行った。
それでアイロン掛けの終わった服を二階に広げっ放しだったのを思い出したんだ。
ていうか副長の存在をすっかり忘れてた!うわー!ヤバイ!
自分の刀も居間の上がり端に置きっ放しだったし。
慌てながらも、食事の準備を手伝うと言う小夜に、
「ごめん。私先に二階片付けて来るわ。アンタ副長のお膳だけでもセッティングしてて。お酒飲むかどうか一応聞いて来る」
お膳をいじったのが和助さんにバレたら失礼だと思い、そう言うと、
「え?あの人居るの?」
急に真顔になった。
「あれ?言ってなかったっけ?」
良く考えたら、副長の履物は帳場の奥の正式な上がり口の方に置いてあるんだった。
ブーツは二階だし、夕べから蔵の方へ出たり土間を行き来するのにはこの家の内履きの下駄しか使ってなくて。
つまり、小夜は履物が無いから副長がまだ出かけたままだと思っていたらしい。
さっきまでご機嫌だったのが嘘みたいに表情が険しくなってしまっている。
「昼頃帰って来て二階で休んでるけど?」
「屯所から誰か来なかった?」
何だろう?
「誰も。馬丁の忠助さんが馬で送って来て屯所へ戻った後は誰も来てないけど。どうかした?」
それには答えず。
眉を寄せて何かイライラと考えている風で。
私が返事を待っているのに気が付くと、
「ううん。なんでもない」
台所へ消えて行った。
足元でリュウが鼻を鳴らしてる。
つぶらな黒い瞳がこちらを見上げて。
「お前はここに居るんだよ?後でご飯貰って来るからね」
家の中に入れて良いかどうかは萬屋さんが帰って来ないと判断できない。
この時代、個人で犬を飼うとか飼い犬を繋ぐとかいう概念はあまり無いらしいので(お金持ちが狆を家の中で飼ったりマタギが猟犬を飼ったりするのはまた別)餌を貰えなければどこかへ行ってしまう。
リュウは元々猟犬らしいので言うことを聞いてくれると信じたい。
放ったらかしにされた腹いせか二階に上がってみたらアイロン掛けの済んだ3ピース&シャツはキレイに畳まれて衣桁の側に片付けられて。
昼寝の布団も片付けられて、自分でお茶淹れて飲んでたー!
「申し訳ありません!副長にこんなことさせてしまって・・・」
自分の刀を部屋の隅に置き、
「もう少しで夕餉の支度が出来ますので。萬屋のご主人は今夜は薬師山の仮小屋に泊まるそうですが、お膳は下で私等と一緒で構わないですか?それともこちらにお持ちします?お酒は召し上がり・・・」
「酒は要らん。しかしエラくご機嫌のようだな」
やっぱり聞かれてた。
湯呑に落としていた視線をこちらに向けて来る。
睫毛のせいで目を動かすたび音でもしそうなのが無駄に凄みを醸して怖い(本人はきっと無自覚)。
「下宿に置いてきた犬が病院の近くをうろついてたとかで連れて来ちゃって。はしゃいじゃって煩かったですね。すみません」
笑い声は隠しようもなかったが、まさか会話の内容までは聞こえてないよね?(冷汗)。
突っ込まれないうちに知らんふりしてその場を去ろうとも思ったけど、先程の小夜の様子が気になっていて、
「でも、何か心配事があるようで。楽しいばかりじゃないみたいですけど」
予防線張っとかないと。
ちょっとした感情の行き違いで直ぐにケンカになるからこの人達は。
白地にちょっと大きめの菱繋ぎ縞の入った浴衣に、前髪が下りた散切り頭の副長はだいぶ若く見える。
湯呑を傍らに置き、もう一方の手に持っていた懐中時計を弄りながらニンマリ笑い、
「まあ、あそこで働いてるなら何事かは有るだろ。それとも何か企て事でも有るとか・・・」
げ。
やばっ!
階段を下りようとしていた足が止まりそうになるのを必死で動かして、聞こえぬふりで退場(汗)。
っていうか私、結局小夜を庇っちゃってるな(苦笑)。
階段を下りながらぼんやり気付いて、台所から聞こえてくる笑い声をくすぐったく聞いた。
凌雲先生が傷病兵を逃がす方向で考えているという話を聞いたせいかもしれない。
もちろんこれ以上死傷者が出るのを防ぎたいという気持ちは私にだって有るし。
ただ一つ引っかかって居るのは、この期に及んで小夜と副長を仲違いさせたくないということだけ。
小夜の考えていることを実行に移せばそれは箱館政権にとっては普通に刑罰対象だし、今副長に知られたら奉行所にしょっ引かれるのは免れたとしてもどこかに軟禁されるぐらいは有り得る。
いや、副長なら目零しなどせず普通に量刑されるのかも。
そんな終わり方は嫌だ。
彼女と副長の関係がそんな終わり方をするのは。
「ねー!見た?和助さんって指毛凄いの!剛毛!」
って何笑ってんだ人の気も知らないでコイツは(笑)!
台所から通り土間に顔を出して来てニコニコ楽しそう。
「腕毛もモジャモジャ!でも器用」
失礼なこと言ってんじゃねぇ!(笑)。
ていうか毛深いのと器用かどうかは関係ない(爆)。
奥で和助さんの笑い声も聞こえているから、きっともう仲良くなったんだろう。
さっきの一瞬の真顔は何だったんだと思わせる明るい笑い声だった。
それから程無くご飯が炊けて、一緒に食べるのは窮屈だからと小夜がさっさと二階へ副長のお膳を運んで行った。
私は後ろからお櫃を持ってついて行く。
二人きりにするのはなんだか心配だったから。
副長が何か探りを入れて来るんじゃないかと思ったし、小夜は隠し事が出来ない(というか面倒になると自らぶちまける)性質だし。
なのでまた爆弾発言してしまうんじゃないかと思って。
日は傾いてそろそろ灯りの要る時分だったので、行灯2台へ附木で火鉢から火を移し、それから廊下の窓の雨戸を閉めた。
普段なら雨戸なんてまだまだ閉める時間じゃないけど、一応戦時下、外に灯りが漏れぬよう。
ご飯を給仕していたはずの小夜も副長も無言なのがふと気になって障子を閉めながら奥の間に入ると、すぐ気がついた。
副長が目の前のお膳を見つめて固まっている(!)。
忘れてた!煮魚がっ!(滝汗)。
「これは何だ」
副長が腕を組んで憮然としているその正面に座って、小夜はお櫃からよそったご飯をお膳の上に置きながら、
「お魚」
コラ!何て返事してんだよ!
と思って小夜の顔見たら、首を傾げ加減に、妙に半笑いで副長の顔を見つめてて・・・。
あ、髪切ったのに気付いたのか。
見つめてるのは顔じゃなくて頭だった(笑)。
だから返事が上の空なのね?
「そんなことは言われなくとも判っとる」
照れ屋の副長が必要以上に眉間に皺寄せてるのも目の前の含み笑いに引きずられないように?
「じゃあー、煮魚。魚の種類までは判んない」
相手の髪型の変化を観察し終えて気が済んだのか、そう言いながら小夜は手に付いた飯粒を口に入れた。
そんな彼女の無礼な振舞にも慣れ切っているらしい副長は険しい顔を作りながらも大きな声を出すでもなく、
「どうしてこうなったかと訊いている。作った者がこうしたわけじゃなかろう」
仰る通り。
お皿に魚の白身と煮汁だけって見たこと無いもんな。
「良いじゃない。頭取って骨を取って皮まで取って。食べやすいようにしてあげただけじゃん」
突っ込まれた小夜は唇を尖らして逆切れ気味。
「赤子に食わせるもんでもあるめぇし」
副長もさすがに呆れ気味。
すると、
「煮魚がついてるの貴方のお膳だけなんだからそんなことで文句言わないでよ。私等のには無いんだから。有難いと思いなさいよ」
まるで自分がご馳走してるみたいに言ってるし。
ていうか論点ずらしに逃げただけ。
「それもこれも漁に出れないからなのに。誰のせいだと思ってんの?」
ヤバイ!論点ずらし過ぎ!
慌てて小夜の隣に正座した。
「あのー!連れて来た犬が魚が好物で、お腹空かせてたんで・・・すみません」
副長は目を細め胡散臭げに私等二人を交互に見、
「判った。いつまでも見てないであっち行ってろ」
もう話にならないと諦めたんだろう。
こちらも相手の機嫌を損ねないうちに下がろうと思ったのに、小夜が立ち上がる気配は無く。
「今朝、新選組の負傷者が高龍寺の分院に運ばれたの、知ってた?夕べ七重浜での夜襲で負傷したとか」
急に何を言い出すのかと思った。
「今朝屯所で聞いたが」
副長は動じない。
すると小夜も憮然とした表情で、
「昼前に1人亡くなったそうよ。もう1人も危ないって。それも聞いた?」
「いや」
始めて聴く情報・・・部下の訃報にも関わらず頗る冷静な返事が返る。
聞きようによっては冷淡な程。
おそらく今朝の時点で既に予測出来る状況までも報告を受けていたと思われ。
それをどう受け取ったか小夜は一つ溜息を吐き、
「高龍寺さんは重傷者でいっぱいだし、そんなところでお経上げるのも憚られるし、お坊さん達も治療の手伝いで手いっぱいだから亡くなった遺体は実行寺さんに運ばれてるんだけど。隣は称名寺、新選組の屯所でしょ?話はすぐ伝わると思うんだけど・・・」
いつ怒鳴り出してケンカになるかとハラハラしながら聞いていたのだが、小夜の声音はいつになく落ち着いていて。
「それでも知らせに来ないってことは、新しい隊長さんも居るわけだしそこで事足りるから特に知らせなくて良いってことなのかもしれないけど。一番の理由は貴方を煩わせたくないって事だと思うの。休養を取っているのを邪魔するのは避けたいんでしょ。その気持ちは私も判るし・・・」
チラと私の顔を見た。
私を休ませるなら無理やり仮病で休ませても大勢に影響はないけどね、と心の中でツッコミを入れる。
「だから最初は黙っておこうと思ったんだけど。亡くなった人にお線香をあげて欲しいとは思う。新選組の人なんだし」
なるほどそれであの表情ってわけか。
夕べの夜襲の犠牲者・・・。
夜襲を命じたのが副長だとは彼女は知らない。
知ったらこれほど冷静で居られるのかは・・・判らない。
「それに私が貴方の宿舎に出入りしてることは病院内では知ってる人も多いし、やっぱり知らせずに居るのはおかしいんじゃないかと思って。でもそれで貴方が実行寺さんに足を運ぶことになって、屯所の人達の気持ちが無下になってしまうのは申し訳ないし、報告を怠ったと貴方に咎められることになるんだったら余計に申し訳ないけど」
言いながら、口元に力が入ってちょっと後悔しているような表情を見せたが、
「立場とか責任とかケジメとか、私良く判らないからどうするかは自分で判断して下さい。聞かなかったことにしてくれても良いし。でもどう判断するにしろ屯所の人達のことは叱らないであげて」
最後まで冷静な話しぶりだったのが意外だった。
行灯のオレンジ色を映した横顔がいつもよりちょっとだけ凛々しく見える。
副長は無駄に凄みのある目線を小夜に向けたまま、
「聞いたからには行かにゃなるまい。行けば屯所に詰めてる奴らを叱らにゃなるまい。お前の思った通りにはならんぞ?」
こちらも落ち着いた物言いだった。
すると小夜はいつものケロッとした顔に戻って、
「それは仕方ないです。そういう・・・道理?っていう物を私は良く判ってないので。なので判断は任せると言ったので。私が余計なことを言ったことで自分が恨まれる分には別に異議は無いし平気だし」
サバサバとした話しっぷり。
「なるほど。判った」
副長の返事を聞いて納得して今度こそ下がるのかと思ったら、
「でもご飯は食べて行ってね。食べずに行ったら私等が有難く頂くだけだし」
私等って。
自分とリュウとで、でしょ。
こっちまで巻き込むな。
「早く食べないと冷めるわよ」
って余計な一言を付け足したおかげで、副長も普段通りに、
「テメェの話が長ぇからだろ。お前等も早く自分の飯食っちまえ。ワンコロが腹空かして残飯待ってんだろーが」
はーい、とようやく立ち上がって階下へ降りるかと思いきや再び、
「そういえば私思ったんだけどー」
階段を下りかけたまま座敷の方へ首だけ出して、
「五稜郭から戦いに出て負傷して病院に収容されるってことはさー、そっちの食い扶持が減ってこっちの食い扶持が増えるってことじゃん?そしたら食料が足りなくなるのも当たり前でしょ?その分の食料は病院に回すべきじゃないの?」
床板に腕を乗せ身を乗り出し、
「毎日のように20人も30人もこっちに移って来てるんだからさー。あの人達怪我してても胃袋は丈夫だから痛いの治療した後は普通に食うし!若い男ばっかりだから食べる量半端無いし!でも食料足りないからみんな腹ペコだし!なんとかしてよ!」
副長は右手に箸を取り、左手で味噌汁椀を持ったまま、
「それは問題だな。だが生憎俺にその権限は無い。言うなら五稜・・・」
「何言ってんのよ陸軍奉行並のくせにー!病院に居るのはほとんど陸軍なんですけど~?」
副長の発言を途中で遮るって普通に失礼だし陸軍奉行並本人に対して「くせに」って!コラ!
「小夜ってば失礼過ぎ!もう良いから早く下りて」
視界の前に立ちはだかって急かすと、ブツクサ文句を言いながら下りて行った。
後に続く私の耳に微かな笑い声が聞こえて思わず振り返る。
ゆっくり階段を下りながら、行灯の灯りが映る黒漆塗りの天井を見上げ、何かほっこりした。
食事を終える頃、紋付姿の副長が下りて来て清めの水と塩を用意しておいてくれと言い残し出かけて行った。
「忠助さん呼んできますか?」
馬の方が良いかと思ってそう言ったら、
「お前は心配し過ぎなんだ。そこの坂を登ればすぐじゃねぇか。俺を病人扱いするな」
と返され、
「では送って行きます」
「要らん。灯りだけ貸してくれ」
今夜もまた月の見えない闇夜。
霧は出ていなかったが曇り空で真っ暗。
普段なら獣みたいに夜目が利く副長もさすがに灯りが必要らしい。
「じゃあ提灯持ちってことで。お供します」
貴人に夜道をひとりで歩かせるなんてダメじゃね?っと思って言ったんだけど。
「お供に幸を連れて行くよりピストル持った方が実用的じゃなーい?」
小夜が横からけしからんことを言う。
副長がフンと鼻で笑って、
「提灯持ちは煩くてかなわんからな。心配するなピストルは持っている」
ブッて小夜が噴いた。
え?煩いって私のこと?
低い戸口を潜って外に出、手にした大刀を腰に差し、和助さんが差し出した屋号入りの提灯を受け取って歩き出す副長の後姿にちょっと見惚れてしまった。
姿と言うか、一連の所作に。
提灯の灯りが朱石目塗の鞘に鈍く反射してたりするのが堪らんゾーv
やっぱ刀は袴に差すのが良いよねー。
黒羽織の後ろ姿に刀の鐺が突っ張らかって、提灯の灯りに浮かぶシルエットが、もーカッコイイv
雪駄の足音も気持ちイイ。
ってひとり外に残って遠ざかる提灯の灯りを見ていたら、
「幸、何してんの。早くそこ閉めて」
奥から無粋な声がして現実に戻される。
家の中に戻ると今度は裏の戸を開けて、
「リュウおいで」
通り土間でリュウのご飯。
二階のお膳を下げてみたらナント!煮魚に手が付けられてなかった!(ありがたや)。
お櫃にもご飯が残って居り、だし巻き玉子も半分残って、デザートのドーナツにも手を付けず・・・って副長、優しい~v
でもご飯足りたのかしらん?
それも全部投入してドンブリでご飯をガッつくリュウを見ていた和助さんが、
「この犬、良く雑魚場に来てた犬だね?この額の傷。私はクロって呼んでたが」
そうそう。
クロとかクマとかコロとかムクとか、その辺の人達みんなそれぞれ好きなように呼んでたっけ(笑)。
「親父さんが亡くなってどこへ行ったかと思ってたが、そうか。アンタ方が世話してくれてたのか」
冷え込んだ冬の朝、元の飼い主のホームレスのお爺さんが港の隅で冷たくなってた。
ホントに半分凍り付いてて、傍に寄りそうリュウの黒い毛も霜で真っ白になってたそうだ。
私はそんなこととは知らず、いつも一緒に居るお爺さんが見当たらなくて犬だけウロウロしているのを見かける日が続いて。
訳を知って保護した。
というか可哀想で連れて帰っちゃった。
小夜も喜んだし。
世話すると言っても下宿屋の前に小屋(というか吹雪除けの木箱)を置いて時々食べ物をあげただけだけど。
足りない時は勝手にどこかで食べて来るんで(苦笑)半野良な感じ。
でも賢い犬で、私と小夜のことはすぐに覚えたし、昼間どこかへ居なくなっても夜には帰って来るようになって。
小夜のバイト先に付いて行って一緒に帰って来るようになって。
小夜が京都の家に置いてきた猫のことを口にすることが無くなったのはリュウのおかげ。
「羆撃ちの犬だったって言うのは本当なんですかね?」
実は眉間の向こう傷からイメージして作られた噂話じゃないかと思ってた。
「アイヌ犬だろう?本当じゃないかな。あの爺さん東蝦夷地の奥の方から流れて来たらしいから」
そう言われればあのお爺さん、髭がモジャモジャで良く判らなかったけど堀りが深くて日本人離れした顔つきだったような。
「アイヌの人だったんですか?」
「んー、和人ではあるのかな。箱館で暮らしていたってことは」
ん?
妙な言い回しに小夜と顔を見合わせたら、
「親が和人とアイヌだったんだろ。私みたいに」
え!
「私は母親がアイヌでね。静内場所のコタンで生まれた。子供の頃に母親は亡くなって、ここで奉公しろと旦那様に連れて来られた。この街ではそんなのが珍しくない。似たような境遇のヤツが結構居るよ」
なんと言って良いか判らず固まってたら小夜が真顔でポンと手を打ち、
「だから指毛が剛毛!」
「こらー!何てこと言ってんのアンタは!」
と焦ったのは私だけ、本人達は顔を見合わせてゲラゲラ笑ってる。
「毛足が長いのは珍しいね。真っ黒だし」
リュウの背中を撫でながら和助さんが言うのへ、
「夏向けに短く切っちゃったけどね」
ニコニコと小夜が答えた。
暴言で場を和ます彼女の高等テクニックにはいつも呆れるやら関心するやら。
素でやってるなら恐ろしい。
食事の後片付けの後、風呂を使う。
「アイツの入った後のお風呂に入るのヤダー」
立て返しの風呂に文句を言う小夜のセリフ、久しぶりに聞いたな(笑)。
結って貰ったばかりの髪、勿体ないから洗うなよーと宥めすかすのも久しぶりだった。
その後もまだ副長が帰らなかったので和助さんには先に休んで貰った。
客人の帰りを迎えずに寝てしまったら主人に叱られると言うのを、明日も早いだろうとかなんとか説得して。
戸締りをして最小限の灯りを残し、囲炉裏端にゴロゴロしながら待つ。
「もしかして今夜は戻って来ないんじゃない?」
「それにしたって屯所から誰かが知らせに来るはずだよ」
「そうか、どっちにしろ誰か来るからここで待ってなきゃいけないってことね」
寝そべって頬杖突いた小夜の両手に晒が巻かれてるのは、和助さんに羆の油(!)を塗って貰ったから。
手荒れに効くらしい。
熱湯消毒した晒や包帯、湯気が収まったからってまだ熱いだろうに素手で絞ったら(しかも大量)荒れるに決まってる。
羆の油なんてリュウに噛まれたらどうしよう、と言うので、
「リュウは頭が良いからアンタの手なんか噛まないよ。そりゃ嘗め回されるかもしれないけど」
と言ったら、
「嘗めまわされるんだったら顔にも塗っとこうかな」
だって(笑)。
魚好きの変な犬だもの(羆撃ちの犬だったくせに)、
「そうだね。ご飯食べた後だったら顔中魚臭くなるかもね」
イヤー!と悲鳴を上げかけて小夜は自分の口を塞いだ。
そのままクスクスと声を潜めて笑い、続けて暇そうに溜息を吐き、最後に大きなあくびをしたと思ったら、畳の上に組んだ両手に突っ伏して程なく寝息を立て始めた。
だから先に寝ろって言ったのに。
疲れてるはずなのに。
コイツ意外とバリバリ働くからなー。
ん?バリバリ?もくもくと?夢中で?無心で?
そう、何か無心で働いていると感じる事が有る。
何か気掛かりなことを忘れるためにそうしているようにも見える。
もちろん、怪我人の世話をしている時は相手に合わせて(いろんな人が居るからね)普段通り丁々発止のやり取りをして。
手伝いに来てくれる女の人達とは和やかに(結構気を遣ってるような気がする)。
庇睫毛の寝顔は瞼がピッタリ閉じてる感じが可愛いと思う。
小夜がコンプレックスに感じてるのはたぶん、自分で自分の寝顔を見たこと無いからなんだよね。当たり前だけど。
伏し目にした時とか結構睫毛長いもの。
でも開けると判らない。つまり自分じゃ見れないってことだ。
片目ずつ開けて鏡で見てみれば?と言ったことも有るんだけど、ウインクみたいにすると寝てる時とは違うんだよね。
ちょっと瞼が浮いちゃうというか。
直毛だとあまり睫毛の長さが判らない。
と、暇潰しに小夜さんの睫毛観察をしていたら、表の戸口を叩く音がしたので用意してあった塩と水を乗せたお盆を持って出た。
一応、
「どちらさま?」
と尋ねると、
「遅くなった」
副長の声だったので戸を開けると、大刀を手にした副長と後ろに部下と思しき戎服の兵士が丁サ印の提灯を持って立っていた。
副長が塩と水で身を清める間も提灯を受け取る間も、その小柄な新選組隊士?にずっと睨まれてて困惑。
ご苦労だったと部下に言い、戸口を潜って副長が中に入ったのに続き、提灯の火を吹き消して自分も中に戻ろうとした時、まだ見られているのに気が付いてそちらを向くと、向こうもこちらの視線に気が付いたのかサッと踵を返して戻って行った。
ズボンの腰に差した小田原提灯の灯りがぼんやり煙って見えて、また霧が出て来たのだと判った。
湿気っぽい風に海の匂いが混じって、雨になりそうな気配がした。
「お疲れさまでした。風呂を立てるので少しお待・・・」
閂(かんぬき)を閉めて振り返ると、副長が土間に突っ立ったまま。
視線は居間の方を向いていて、たぶん小夜を見てる。
首を巡らしてこちらを向いた眉間に皺が寄っていて、私に何か訴えている模様(汗)。
なので手に持っていたお盆と提灯を帳場の上がり框に置いて行って見れば。
寝ている間に動いたのか顔の向きがすっかり下を向いていて両手におでこを乗っける形に。
副長の立っている場所から見ると絶妙な角度で小夜が土下座しているように見えるではないか(笑)。
「すいません。先に寝ろと言ったんですが」
「あの手はどうした」
と訊かれ、そっちか!と正直ちょっと感動した。
説明したら興味が無くなった(笑)のか、
「風呂はいい。お前等も寝ろ」
帳場の奥の上り口に雪駄を脱いで階段を上って行く。
「んー・・・おかえりぃ・・」
寝ぼけたような声が聞こえて、副長が立ち止まった。
小夜は腕を前に伸ばして猫みたいな伸びをしている。
「アンタ、もう寝な」
目を瞑ったまま正座してゆらゆらしている小夜にそう促し、囲炉裏の炭火に灰を被せ、灯りも手燭だけ残して全部消さなくては、と土間に降りた時、階段の途中に立ち止まったままこちらを向いている副長に気付いた(もう二階に行ったと思っていたのでビビった)。
「実行寺から称名寺に二人の遺体を移して弔って来た。今後、高龍寺で亡くなった新選組の者は出来得る限りそうしろと隊長に言い置いて来たが」
驚いたのはここからで、
「それで良いな?」
と、小夜に向けて訊いたんだ。
ええー!とびっくりして小夜と副長の顔を交互に見たけど、二階の階段脇に掛けられた燭台の灯りが微妙に逆光になって副長の表情が良く見えない。
小夜のヤツは何て答えるのかとドキドキして見てたら、座ったままおもむろに両腕を突き上げ伸びをし、
「うーーん、良いんじゃなぁい?」
だと!
おまけにアゴが外れそうなくらい大口を開けてアクビをした!
まだ寝ぼけてんのかコイツ!と思って嗜めようとしたタイミングで、階段から鼻で笑うのが聞こえ、袴を揺らめかせて二階へ消えていくのが見えた。
なんだコレ?
私はいったい何を見せられてるんだろう。
副長が小夜のアドバイス?を容れたってこと?
言うこと聞いたってこと?
・・・。
改めてビビる。
まあ、小夜にしてはまともな物言いだったから、と居間の行灯と土間に面した柱に取り付けられているタンコロ(灯火具)の灯りを落としながら自分を無理やり納得させていると、
「いつまでこんなこと続けるのかしらね。歩兵って消耗品扱い?」
ボソッと小夜の声が聞こえてそちらを見る。
眠そうな足取りで二階に移動を始めてる。
慌てて手燭を持って追いかけた。
「もっとも、死んだ人も好きで戦争やってる、ってか死ぬ覚悟でやってるらしいし文句も無いかー」
ゆっくり階段を上りながら独り言のように、でもおそらく副長に聞こえるように喋り続ける。
「小夜、やめて」
嗜めたが聞こえないふりをされたと思う。
階段を上り切った所でひと際ハッキリとした声になり、
「でもさー、死ぬ覚悟って何だろうね?自分ひとりで死ぬって決めて後のことはどうでも良いんだもんね。無責任も良いとこじゃん?びっくりするわ」
やめさせようと腕を掴んだ私の手を振り切り、閉じた襖に向かって、
「後に残す家族とか自分が死んだ後この国がどうなるかとかさー、心配じゃないのかしらね?」
「小夜!」
「ああごめん。ちょっと寝たら目が冴えちゃって」
と投げやりに言いながら、挑戦的な目で襖を睨むのを止めない。
襖の向こうは静かだ。
絶対聞こえているはずだが、コトリともしない。
聞いているのだ。
小夜もそれは判ってる。
しばらく反応を待っているようだったが、何も無いと判ると険しい表情は徐々に消え、
「この世の明日を・・・知りたくないの?」
静かに呟いた。
まるで目の前に副長が居るかのように。
見ていられなくなって、
「そんな訳無いでしょ?それを捨てても良いぐらい目の前の仕事に命を懸けるってことで・・・」
諭したつもりが、使い古された言い訳のようになってしまって。
小夜はまた不機嫌な顔になり、
「ふーん。でも捨てられる者の言い分は無視な訳でしょ?捨てられたくない人も居ると思うけどそこは見ないふり?全部自分の希望優先?それって、独りよがりの無責任宣言とどこが違うの?」
私に反論しているようでもあり、独りごとのようにも聞こえた。
彼女の言いたいことは判る。
今夜も有川や七重浜で夜襲は行われているはずで、反論できる何も無い。
でもこのまま聞いて居たら、きっと・・・。
「小夜、人が亡くなってるんだから。その言い方は・・・」
すると、ハッと夢から覚めたように表情が変わり、
「ごめん。戦で死んだ人達ってみんな望んだ通りに死ねたのかしらと思って・・・」
皮肉じゃなく、亡くなった人のことを思って言っているのは声の調子で判った。
怒ってるだけだ。
数で把握されるだけの犠牲者の扱いと、終わらない戦争に対して。
それは誰しも同じ、と思いたい。
でも、少しでも有利に戦争を終わらせるべく、少しでも長く戦争を続けようとしている人が居るのも確か。
すぐ隣、襖の向こうに。
「ごめん。寝る」
何かに囚われた様に呆然とした様子のまま、小夜は寝床を整えて横になり、結った髪をこちらに向けた。手燭の灯りを反射して元結が光ってる。
掛け布団から覗いた浴衣の肩が細く尖って見える。
「おやすみ」
火を消すと、今度は欄間から奥の間の有明行灯の灯りが塗りの天井に映って見えた。
欄間の透かし彫りは宝船だけど、天井に映る影は軍艦サイズだ。
ふと大きな影が動いて天井の反射光が和らぐ。
有明行灯の光量を調節するのに何か掛けたんだろう。
おやすみなさい、副長。
目を閉じると、瞼の裏に軍艦の残像がゆっくり回りながらぼやけて行った。
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