もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

髪を切ったあと副長には風呂を使って貰いその間にアイロンがけしなきゃと思ってたけど、釣りから戻って来ていた和助さんが台所で忙しくしていたので手伝うことに。

夕飯まではまだだいぶ時間が有ったし、大量にご飯を炊いていたのでどうしたのかと訊くと、

「へぇ。旦那様が今夜は山に泊まるからとおっしゃいまして。今朝の船からの大砲ですっかり・・・」

言葉を濁したけど。
怯えてしまったってことか。
家に戻っても怖くて寝れないと判断したんだね。
それでお弁当を作ろうっていうことらしい。
明るいうちに届けて、自分はまた留守居に戻って来なきゃいけないので急いでるみたいだった。

「判りました。おにぎり握るの得意ですから任せて下さい」

避難している仮小屋にはご近所の人達も一緒に居るらしく、食事は多めに用意しないといけないみたい。
まるでピクニックだと可笑しく思いながら、とろろ昆布で巻いたおにぎりと塩むすびを握って重箱に詰めて行く。

夕べも思ったけど、こんなにふんだんにお米を炊けるって羨ましい。
小夜は病院でまたお粥炊いてんのかな、とチラっと思う。
そうこうしているうちに旨そうな匂いがして来たので見ると、土鍋で結構な大きさの魚を煮始めていた。

「こんな大きいの釣れたんですか?」

落し蓋の端から頭と尾っぽが出てる。
25センチ位あるかな。

「いえ、これはとある所から手に入れたもので・・・」

どこ?とは聞けない。
雑魚場がやってないのに鮮魚が手に入る所なんて秘密に決まってるからね。
自分が釣ったのはこっち、と促されて手元見ると、大量の小魚を器用に包丁で捌いているところ。
ワカサギみたいだったので、

「唐揚げにしたら美味しそうですね」

と言ったら、

「カラアゲ?刺身だよ」

良く見たらワカサギよりも大きめだった。
というか海で釣ったんだからワカサギじゃないな(^^;

「お刺身かぁ。でも昆布締めも良いかも」

と言ったら和助さん、目を見開いておどけて見せる。
眉毛と睫毛が濃くて二重瞼もくっきり、なかなか男前。

昆布なら沢山有るってことで昆布締め採用(笑)。
昆布に挟んだままお重の仕切りにしちゃって、仮小屋につく頃には味も浸みるし。
おにぎりの後はだし巻き玉子を焼く手伝いをして。
でも玉子があるなら、

「小麦粉・・・うどん粉ってあります?」

小麦粉と玉子と砂糖でドーナツ揚げてみた(笑)。
ベーキングパウダー無しで膨らまず硬めに仕上がるから食べやすくまん丸で小さめに。
砂糖をまぶして。

その後、山で採ったという細い筍を皮付きのまま焼いたり(つまみ食いさせて貰ったら旨かったv)。
なんか久々に楽しかったな。

今夜の夕飯の分まで用意してから、和助さんはお弁当(とドーナツ)を持って薬師山の仮小屋に出かけて行き、私は二階でようやく副長の洋服にアイロンがけ。
借りた火熨斗を火鉢で温め、水で絞った手拭で当て布をして。
ウールのテカりを取るためと、焦げ跡を付けないように。

副長は同じ二階の奥の間で昼寝中。
廊下の窓を全開にして、風が通って寝心地良さそう。
たぶん。
襖を閉めてるから見えないけど(私は下でアイロン掛けするからと言ったんだけど、閉めりゃ良いだろと副長が言うのでこうなった)。

それにしてもウールのスリーピースはこの季節暑くないかなぁ?
と、アイロンをかけながら思う(火熨斗です)。
まあ、真夏でも薄物とはいえ長袖重ね着する人達だからな(紋付羽織とか)。
ベストの脱ぎ着で調節するぐらいで思う程気にならないのかも。
朝晩はまだ冷え込むことも有るしね。
霧になると肌寒いし。

外に干してあった木綿類も取り込んで来て、まだ半乾きのシャツにもアイロンかけちゃう。
シャツの襟とか肌着とか下帯まで。
完全に乾かす意味でも。

・・・てなことをやってるからいつまでも病院に戻れない(汗)。
急がなくちゃ日が暮れちゃう。
ていうか、小夜も和助さんも戻らないなら副長に夕餉を出してから行かなくちゃいけないんだし、これは完全に夜勤コースか。

「今夜も徹夜かぁー」

夕べ布団の上でぐっすり寝れたから良いけどね。
こっそり独り言ちてソロソロと道具を片付け始めた時、

「行くなよ?またアイツにぎゃーぎゃー言われるのは御免だぞ」

「!」

副長、起きてた。
行くなよって・・・あー!もしかして私を引き留めようと時間稼ぎに髪切らせた!?

襖を開けると一気に紫煙が流れ出して来て。
寝床に腹ばいになって煙管を使いながらこちらを見た。
切った前髪が丁度良い塩梅に額に落ちて、髪の隙間から覗く視線が・・・うーん、副長ってば相変わらず無駄にイケメン(笑)。
っていうか、

「副長、寝癖が!」

我慢するのが一瞬遅れてぶっ!っと吹き出してしまって、ギロッと音が出そうなくらいの眼力で睨まれた(怖)。
だって後ろ頭の髪が思い切り立ってるし!
寝癖の付いた副長なんて初めて見た~v
断髪は油っ気が無いと濡れたまま寝た時に寝癖が付く、ってことを多分知らないんだと思う。
確かにさっき、切った髪が頭にくっついたままだから風呂で流して下さいとは言ったけどさ。
そして髪が硬いから乾くとそのまま形状キープ!
見事に立ち上がってるぅ~!(爆)。

「すっ・・みません!今誰も居なくて髪油勝手に借りれないので水で・・・」

必死で笑いを堪えつつ、でも抑えきれずに声がひっくり返りつつ、急いでアイロンがけに使った手拭を手桶で絞り直し、寝床に胡坐を掻いた副長の髪の立った所へあてがい髪を濡らしながら梳ると、なんとか癖が取れた。

「やっぱり後でちゃんと髪油付けないとダメですね」

水だけでもカッコイイけど乾くとバサつくし特に副長の場合ボリューム出過ぎるし。

「初めてで自信が無いので、後で誰かに見て貰って切り直して下さいね」

「その必要は無かろ。皆自分で切るか、素人同士で切ったり切られたりしてるんだからな。断髪は髪結い要らずな所は良いが、面倒ではある」

副長は二服目を吸い付けていた煙管を灰吹きに叩き付けて灰を落としてから、カランと音をさせて煙草盆に投げ入れ、

「ほれ、うるせぇのが帰って来たぞ」

と、西日の差して来た窓を見やるので耳を澄ますと、

「こっちよ。大丈夫大丈夫」

笑いながら誰かと喋っているのが聞こえて来た。
間もなく表で呼ばわる声。

「ただいまぁ。遅くなってごめーん。もうちょっと早く帰ろうと思ったんだけど・・・」

「おかえりぃ」

と返事をし、アイロン道具を持って階下に下りて戸口を開けると、待ちかねたように小夜が何かを抱え持って通用口をくぐって来る。

「アンタの刀、持って来たよー。病院に置きっぱなしだったでしょ?」

ホラっと長物を雑に渡して来て取り落としそうになる。
それからもう一度外に出て行き、

「ちょっとおいでってば・・・ねぇ、見て見て!」

小夜に押し込まれて顔を出したのは、

「リュウ!」

「山ノ上町のお茶屋の辺りをウロウロしてるの見つけて連れて来ちゃった。あそこに行けば食べ物にありつくと思ったんじゃない?お腹空かしてるみたい。何か食べさして良いかな?」

言い終わる前に黒い塊がこっちに飛びついて来た。
しゃがんでハグしようとしてた所へ飛びつかれて土間に尻もちを突く。

「わー。ちょっとマテ」

顔をぺろぺろ嘗めようとする。
刀を持ったままだったのですぐには逃げられず、くすぐったくて笑い出しながら、

「お前なんでそんなとこ居たの?逃げて来た?お店のおじちゃんたち避難しちゃって置いてかれたのかな」

ここ5日?1週間ぐらい?(徹夜もしたので何日経ったか良く判らない)、下宿屋には帰って居なかった。
様子見にも行ってないし荷物も置きっぱなしだった。
1度行ってみないとな。

「私もお腹ぺこぺこー」

小夜が居間の上がり端に腰かけたまま上半身を畳に倒れ込ませ、

「ねー、誰も居ないの?この子家に入れちゃって良いかなー?」

「そうだね。取り敢えず裏でご飯あげようか。ついでに・・・」

大きな黒い毛玉みたいな犬をわしゃわしゃ撫でまわして気付いたけど、結構汚れてたし縺れた毛があちこち塊になってる。

「洗うよりカットしちゃった方が良いかな。これから暑くなるし雨も多くなると泥んこになりそうだから」


たぶん昼飯抜きで帰って来るだろうと思っていたので(病院の食料はなるべく患者に残したいのは私も同じ)、余分に握っておいたとろろ昆布おにぎりを2個、
お皿に乗っけたまま小夜に手渡すと、

「えー!私の分?やったーv」

いただきまーすと上がり端に腰かけ足をぶらぶらさせながら齧り付き、口に詰め込んだまま、

「昆布ウメェ!」

と言ったと思ったら、目の前にお座りして見つめていたリュウに向かって残った1個を放ったではないか。
相手は犬だ。
いとも簡単に獲物をキャッチ&まさかの丸呑み。

「マジでー?」

と笑う間もなく、まだ1口しか食べていないおにぎりに狙いを定めたリュウの視線に恐れをなし、

「わー、ダメだよ?これはアタシの!半分こだから。1個あげたじゃんもう」

急いで残りを全部口に突っ込み、判りやすく喉を詰まらせた(笑)ので湯呑に水を持って行ってやると、ゴクリと一口飲んで胸元を叩き、

「あぁ、死ぬかと思ったー」

言いながら土間にしゃがみ、飲み残した水を掌に受け、

「お前もお飲み。のど乾いてたでしょ」

と差し出すも、ペシャペシャと嘗めるのは僅かばかり。
ほとんど土間に落ちてるし。

「何か食べるもの探すから。裏に連れて行って取り敢えずお水あげてて」


夕飯は和助さんが準備して行ってくれた。
でもまさかリュウの分までは無い。
うーん、と考えて、さっき捌いた魚のアラに残りご飯と味噌汁かけて・・・。
って、全部おにぎりにしちゃったからご飯は無いんだよね。
夕飯の分の米は既に水に浸してあるけどまさか勝手に炊くわけにはいかないし・・・。

「おっ!なにこれ。美味しそう」

悩んでいたら、井戸端にリュウを置いて小夜が台所に覗きに来た。
お皿の上の丸いドーナツに視線が張り付いてる(笑)。

「あ、さっき夕飯の支度ついでにドーナツ揚げたの」

食べてみてと言う前につまんでるし。

「うんまっ!あぁ~甘くて美味しいvお砂糖贅沢!幸ちゃん神!」

見る間に2つ3つ食べてしまい、

「全部食うな~!一緒に食べようと思って取っておいたのに!私もまだ食べてないし」

と、ひとつ口に放り込んで、

「副長の分も取っておいて。リュウの分もね」

「アイツの分なんて要らなくね?」

アイツって。
顔をしかめてもう一つつまもうとしたのを危うく止めた。

「小麦粉と玉子がもっと手に入れば作れるんだけどね」

と、宥めると今度はお膳に被せてあった塵除けの紙を持ち上げて嬉しそうにこちらを見るので、

「それは副長の。残念ながら私等には煮魚は無し」

「えー!何それ!食べ物で差を付けるの?アイツ特別待遇?」

「そりゃまあ当然VIP待遇でしょうねぇ」

箱館市中取締役+α(略)だもんね。

「リュウ、お魚大好きなのにー」

うん。変な犬ではある。

「仕方ないでしょ。今は魚だって手に入りにくい・・・」

言ってる間に小夜がサッとお膳に手を伸ばし素手で魚の頭をポキッと・・・!

「あーっ!ちょっと小夜アンタ何やってんの!」

軽く血の気が引く。

「お皿ちょうだい。リュウにあげるから。あと箸貸してー」

驚いて固まってる私に、

「どうせ食べる時アラは残すんだから最初から取ってあげれば食べやすいじゃん。私って親切ぅ~」

尾っぽとヒレと皮まで剥いで(大きい骨は捨てた)、仕舞いには煮汁と身だけになったのをお膳に残し、紙を元通りに被せてニンマリ笑って見せた(眩暈)。

結局、煮魚と生の小魚のアラ、それと小さな丸ドーナツ2個をおやつ代わりにリュウにやって(ご飯は夕飯時に改めて)、多少なりとも空腹を落ち着かせてから井戸端でトリミング。
先程副長の髪をカットした剃刀でリュウの毛もカットする。
やはり賢い犬で、刃物を見ても驚かないしお座りさせると大人しくじっとしている。

「そういえばせっかく私の刀持って来てくれて申し訳ないんだけど。夕飯ご馳走になったら私、病院に帰るからさぁ・・・」

脚の付け根の毛玉が連なったところを切り離しながら、さっき見つけた小夜の毛玉(笑)を思い出したり・・・。

「帰るって、その言い方が既にオカシイでしょ。泊まり込み前提?」

リュウを押さえてくれていた小夜が向こう側から首を伸ばした。

「だって今から行ったら夜勤だし。下宿寄って荷物全部病院に持って行って・・・」

連勤体制整えないと、と思ってたら。

「今日はもう行かなくて良いって」

と唇を尖らせる。
心配してくれてるのは判るけど(でも滞在引き伸ばし工作はきっと副長の独断)、

「先生方ずっと休んで無いし、手伝いの人方だって夜は帰っちゃうしさー」

言いながら、リュウの向きを変えてまたお腹側の毛玉を切り取って行く。

「大丈夫だって。昨日程てんやわんやじゃなかったし。傷の手当は毎日じゃなくて良い患者さんも居るし。ていうか毎日手当出来る程薬も無いし。気を抜けない患者は先生達じゃなくちゃダメだしどうせ私等じゃ無理なんだしさー」

「でもさー・・・」

私は毛玉探しでつい生返事。
それで小夜のスイッチが入っちゃった。

「もー!幸みたいに手を掛けるとアイツ等付け上がってどこまでも世話させるんだから。放っといて良いの!甘やかさない!」

アイツ等呼ばわりは傷病兵に対してなのか医師達に対してなのか(汗)。

「やればやるだけ手がかかるんだから。どっかで線引きしないとキリが無いわホント。そもそも薬だって晒だって食料だって乏しいんだし。ついでに着替えも無いし。やれること自体少ないんだしさー」

小夜さんご立腹。
キュウンと鼻を鳴らしてリュウが二人の顔を交互に見てる。
足と腹回りの泥が固まった所と毛の絡んだところを含めて全体的に短く切ったら普通にアイヌ犬っぽくなった。
普段はパッと見、洋犬っぽいんだけどね。
アイヌ犬の毛足が長いのは珍しいみたいで。尻尾も巻いてないし。

「ごめーん。ケンカしてるんじゃないから大丈夫」

小夜はリュウの体をハグしながら、

「幸は夕べから熱出して寝てるって言って来たから戻らなくて大丈夫だよ」

チロっといたずらっぽくこちらを見た。
こっちはビックリして手が止まる。

「え!うそ。何それ!」

「そうでも言わないと休めない・・・もとい、休まないでしょ?幸ちゃんは。過労だと思うんでしばらく休ませますって言っといたから」

ええー!

「そんなイヤミまで言うことないのに」

「良いのよー!そうしたらもう少し人のやりくり考えるでしょ凌雲先生も事務長さんも。断れないとは言え、なし崩しにキャパ越える程の傷病兵受け入れてさー。病院パンクするわ。無理って言ったら良いのに。そしたら五稜郭のアンポンタンどもだって少しは考えるのに」

アンポンタン・・・て。
小夜さん日毎に逞しくなってくような(汗)。

リュウは丁度冬毛が抜ける時期で、小夜が必死に櫛で梳いたら更に物凄い量の毛が抜けて来て、風に飛ばされないように切った毛と合わせて一塊にまとめていたら結構な分量になった。
それをお喋りしてる間に小夜が面白がって犬の形にしちゃってて(笑)。

「ホラ、お前の分身~v」

ギャハハと笑いながらリュウの鼻先に近づけたら、クンクンと臭いをとかぐなりクシュンと鼻水を飛ばされて、

「うわっ!ちょっ・・・やだー!」

尻もちを突き、顔を嘗められてまた笑い出す。

機嫌が良い。
今朝の様子とは全然違う。
いや、ここんとこしばらく小夜がこんなに笑うのを見てなかったと思う。

お尻に付いた土を払いながら立ち上がる姿を見てたら、着物の袖がなんか変だと気付いた。

「あれ?小夜ってば襦袢着てないっけ?」

袖の振りの所から見えるはずの襦袢が無い。
でも襟は有る。
なのでおかしいと思って訊いてみると、彼女は着物の袖の中を広げて見せながら、

「袖だけ病院に寄付~。腕を吊る人用に。袖2枚を半分に切って4人分取れたのよんv」

リュウが膝にすり寄って行くのを撫でまわしながらウインク。

「大きさが丁度良くてさ。みんな小柄だし。頭から被って腕を掛ければそのまま使えるから。」

確かに彼女の着物の袖なら丈的に丁度良いかも。
それにしても、

「そんなに包帯類足りないの?」

そこまで切羽詰まったか。

「まあ、足りないっちゃ足りないけど、どっちか言ったら乾かない?っていうか・・・」

可愛くなったじゃんお前ーって言いながらリュウの顔をワシャワシャにして、

「みんな血や膿で汚れた晒とか2日も3日もそのまま巻いてても平気だしさ。毎日取り換えるっていう意識が無っていうか衛生観念が無いのかも。先生達がそこまで手が回らないっていうのも有るかもだけど。銃で撃たれて泥んこ血みどろの軍服着たまま平気で暮らしてる人達だし。着替えが無いからしょうがないことだし本人達は気にならないのかもしれないけどさ。気になるじゃんこっちは」

なるほど。現代人はな。

「負傷したところが化膿して死ぬ人だって多いのにさ。だからせめて傷口に巻く晒くらいキレイにしてあげようと思って出来るだけ洗うんだけど、血の染みは取れないし新しい晒なんて無いし。だから一回水で大体汚れを落として、それから大っきな鍋で煮て煮沸消毒することにしたの。でも鍋から上げる時アッツイから絞れないわけよ。仕方ないから箒の柄とかで濡れたまま物干し竿に掛けてさー。何十人分もよ?」

いつの間にかリュウがお腹を見せて寝転んでる。
小夜はその腹を撫でて、

「濛々と上がる湯気が収まったら冷めた証拠だから、そこでようやく絞ってもう一回竿に掛け直す、みたいな。全部独りでやってるわけじゃないけど」

パタパタと振っているリュウの尻尾がまるでワイパー。
ってか箒で地面を掃いてるみたい。

「朝に洗濯したって天気が良い日じゃないと1日じゃ乾かないし。近頃は霧も多いしさー。ってか足に砂かかるんですけどー」

笑い出しながら砂を払ってる。

「そんなわけで乾くのを待ってるのが面倒臭くて袖をビリビリ肩から破いて提供しました。無くても寒いって程の気温じゃなくなったしね」

なるほど。

「新しい着物、誂えて貰えるし?」

機嫌が良いのはリュウのせいばかりじゃないんだろう。
聞けば小夜の仕事だってなかなか大変そうだし。
なのでたぶん、今朝聞いた彼女の計画が上手く行ったんだろうとは見当が付いた。

小夜も私の言いたいことが判ったんだろう、チラリとこちらに視線を向け、

「そうね。綺麗な着物じゃなく病院で働ける物にしてと言っといたし」

それからそれまでとは違った思わせぶりな笑顔を浮かべ、私のすぐ横にしゃがんで来た。

「脱走斡旋計画、何とかなりそうよ。いろいろ修正点は有ったけど」


凌雲先生も事務長の小野様も、今現在病院に居る傷病兵は近いうちに、出来れば全員湯の川へ移そうと考えていたそうだ。
最終決戦で負傷者が大量発生するのを見込んでの判断だろう。
動けない者は船を雇って脱出させる。
傷病兵を避難させるなら奉行所からもお咎めは無く、大森浜に居座っている西軍の船も白旗を立てておけば英仏軍艦の手前、攻撃して来ないと考えているみたいだし。
それに元々、入院中の傷病兵の手持ちの武器は没収保管と決められているので、船賃代わりに提供するのは(病院幹部的には)問題は無いと。

ただ、五稜郭から脱走する兵がわざわざ病院まで武器を持って来るのはいかにも効率が悪い。
五稜郭からなら直接湯の川へ向かった方が断然近いし安全だろうと言われたそうだ。
確かにね。

でもそうなると彼等の武器は何処で取り上げるかということになる。
武器を持ったまま船には乗れないので誰かが乗船前に回収する役目を担わなくてはならない。
その際、丸腰にされるのを拒む者が出るのは想像に難くないし、その人達は自力でどこかに逃げなくてはならなくなる。
おそらく多くは蝦夷地の奥地へ。

それも問題だけど、

「そもそもそんな人数乗れる船なの?病院の傷病兵全員とか無理じゃない?更に脱走兵を乗せるとか」

「だからー、本物の傷病兵は湯の川に送るだけ。湯の川から手配した船に乗るのは脱走兵」

「ん?ってことは脱走兵を傷病兵の移送に偽装するってこと?」

なんかややこしい。

「そう。回収した武器は傷病兵からのも脱走兵からのも全部船賃に充当するけどね」

「え?ってことは患者個人の刀とかも本人に無断で?」

「まあそうなるわね」

「マジで?」

驚いて一瞬言葉が続かなかった。
そんなの騙し取るのと同じじゃねーか!
先祖伝来の宝刀とか値打ち物も有るかもしれないのに!
と言うより先に、

「どうせ降伏したら西軍に取り上げられるに決まってるもん。勿体ないから先に味方の脱走兵のために有効に使わせてもらいます」

だと!

「そんなことより問題は五稜郭とか他から来る人等からの武器の回収をどうするかなんだよねー」

そう言いながらリュウの毛で作ったぬいぐるみ?を弄り回してる。

そんなこと、と言われ奪われる運命の刀剣達が可哀想になり、つい、

「それは置いて来るしかないんじゃない?その分足りなくなる船賃は・・・アンタが何とかするんでしょ?」

と舌を出したら嫌な顔をして見せて、

「それはそうなんだけど。武装のまんま五稜郭からだけじゃなく他の所から情報を聞きつけて逃げて来る人達も居るわけだから、その人達の武器を早いとこ取り上げないと湯の川村の治安がヤバそうじゃん?」

ごもっとも。

「丸腰じゃないと船には乗れないと判ればそれに従うと思いたいけど・・・」

小夜の手の中のぬいぐるみ?がだんだんリュウに似て来てる(笑)。

「ていうか、そもそも湯の川の分院ってそんな大勢の人間を収容できるような所なの?」

湯治が出来る所とは聞いたけど。

「船に乗せるにしたって一時的には湯の川村に集まる訳でしょ?相当な人数になるけど大丈夫なのかなぁ?なんかいろいろ問題起きそうだよね。治安もそうだけど泊まる所とか食料とか」

「湯の川を守ってる凌雲先生の知り合いの隊に傷病兵収容の差配を頼んであるみたいだから、脱走兵のことも頼むんじゃないかなー?」

え?
と、さすがに突っ込んだ。

「それってオカシイでしょ!正規兵に脱走兵の手伝いしろってこと?!」

「ちょ!大きな声出さないでよ。誰かに聞かれたらどうすんの」

そうだった。
母屋の二階に居るとはいえ、副長は地獄耳(爆)。
手刀で謝ると、小夜は殊更声を潜め、

「私も良く判らないんだけど凌雲先生が自分に考えが在るからって言うんだもん。何とか頼み込むみたいよ?そうなれば武器は当然取り上げられることになるはずだから、それを船賃に充てられるし。それで概ね目標は達成できるでしょ」

「問題はそれこそ脱走兵の斡旋、つまり脱走ノススメか」

横から顔を嘗めようと寄っかかって来るリュウを宥め押しやりながらそう言うと、小夜はケロリと笑顔になり、

「それは噂を流せばすぐだから。例えば病院で怪我人のお世話しながら湯の川から船で逃げれるとか喋ったらすぐお仲間中に知れ渡るし。アイツ等やること無いから噂話大好きだし。五稜郭でもそれやって貰えばさ」

「凌雲先生に?」

「うん。五稜郭に行った時にでも向こうに居るお医者達に傷病兵の湯の川移送の話をして貰えば、脱走したがってる人達の間に噂は広がるでしょ?」

グー!と親指を立てて見せる(&ドヤ顔)。

うーん。
当初計画通りとは行かないまでも、傷病兵の移送にカモフラージュさせて貰うのは了承されたってことか。
回収する武器弾薬が船賃としては足りないかもしれないけど、その分小夜が体で払う(!)って言ってる訳だし。

なんだかんだ上手く行きそうに思えるのは、病院幹部が傷病兵を全員避難させようとしてるからなんだろう。
それが小夜の考えと上手く嚙み合ってる。

「でさ、ダメ元で言ってみたんだけど、予算が許すなら病院で船1隻借り上げたら?って。それこそ病院船として。湯の川村に傷病兵が収まりきらない時は手っ取り早く浮病院にすれば?って」

は?

「だって船だったら白旗上げて沖のイギリスとかフランスの軍艦に保護して貰っても良い訳じゃん?なんなら西軍の軍艦に直接送り付けてもさー」

コイツ・・・相変わらず恐ろしい事を言う(--;

「だってせっかく助けた人達をまた戦場に送り出すって勿体ないじゃん。助けた後の人生はその人の勝手だとか言うけどさ、人情としてはやっぱり死なせたくないと思うんだよね、凌雲先生も。だからー、もう面倒だから雑魚場から漁船に白旗掲げて直接西軍に投降させれば良くね?って言って来た」

まー大胆(呆)。

「それで凌雲先生はなんて?」

「うんそうだねって言ってた」

「そっか」

相手にはされてないようで良かった(爆)。


ぬいぐるみの眉間に地面に落ちていた藁屑をくっ付けたら、意外とリアルなリュウのミニチュアが出来上がって二人で笑った。

「クオリティ高っ!」

本人(本犬?)の目の前にかざしてみても、クンクン臭いを嗅ぎ、鼻息を吹きかけただけでキョトンと見ているだけなのが可愛くて、また笑った。

二人で笑うのが楽しかった。

 
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