もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

そして次の日。
起きたら二階には誰も居なかった・・・。

不覚~!!
飛び起きて階段を駆け下りたらば、囲炉裏端に座って味噌汁をすすっている小夜と目が合い、

「ご、ごめん。寝過ごした!」

返事無し。
じっと視線を外さず(睨んでる?)箸でお椀の中身を掻き込みながら不穏な空気を醸してる(朝飯は誰が用意したのか・怖)。
小夜の対面には副長が、明後日の方を見ながら沢庵齧ってる。

「そのうち屯所から人が来るぞ。着替えとけ」

言われて浴衣の前を搔き合わせた。
慌てて二階に引き返して身仕舞をしながら、副長と小夜と私、3人の朝のバタバタが(いや、バタバタしてんのは私だけデス)京都の小夜の家を思い出してしまってなんだかほっこりした。
あんな殺伐とした空気ではあったけど(汗)。

布団を片付けてから階下に下りると、小夜が通り土間から帳場の方へ出て行く所。

「そんな頭でどこ行くの?」

緩く三つ編みした髪をくるくる巻き上げて簪で、いや、梳き櫛で留めている。

「私はアンタみたいに紐1本結ぶだけでまとまる髪じゃないですからー」

ツーンと口を尖らせスネて見せてから、

「俵屋さんまでちょっと遊びに~」

ニカッと笑って、

「夕べ起こしてくれなかった罰に、幸は台所の洗い物することー!」

夕べ、副長と一緒の部屋に寝かされていたのが気に食わなかったらしい。
(少なくとも京都に居た頃は襖を隔てて、同じ部屋に床を延べるなんてことは絶対無かった。それは私も知ってる)
それとも、このまま寝て!と必死に縋ったはずの副長から引き剝がされてて怒ってるのか(笑)。

「了解。掃除も洗濯もしておくよ。ゆっくりして来たら?」

「ほんと?ラッキー!んじゃ行って来る」

もし留守だったらすぐ戻るからと言い置いて、カツカツと下駄を鳴らして駆けて行った。
きっと昨日の煙草入れの件を説明に行ったんだなと特段気にもせず(俵屋さんまで歩いて5分くらいだ)、最高に天気のいい朝だったので台所の片付け物と掃除と洗濯を全部やっちゃうことにする。


副長は屯所から馬丁の忠助さんが馬を引いて迎えに来て、野暮用と言って出かけて行った。
シャツを洗濯したかったので手持ちの羽織袴で行って貰った。
見送りに大町通りに出てみたら青空をバックに箱館山の緑(=ほとんど灌木&草っ原)がすっごく綺麗で、良く見ると山の上に避難してる人達が動き回るのがチラホラ見えるのが箱庭みたいで面白かった。

萬屋さんの若い衆は昼用に握り飯と飲み物を届けに薬師山に登って行き、私はひとり留守番を請け負って裏の井戸端で洗濯をしていた。
実は消毒用に使うかもしれないと病院から石鹸を一欠け持って来ていたので洗濯に使っちゃった。
シャツの襟垢も・・・しつこかったので時間かかったけど洗濯板でガシガシやったらなんとか落とせたv

ばんざーい!と一人で喜んでたら、山の方から何か聞こえる。
人声だ。何か騒いでる?
最初山の方を仰ぎ見て、それで人々が海を見て騒ぎ立てているのが辛うじて見て取れたので、何だろう?と夕べ歩いた蔵の間の小道を岸壁まで出たけど、やはりそこでは居留地の建物が邪魔で北側の遠目が効かないので、岸壁伝いに隣の蔵の敷地を通り居留地との間に掛けられた橋の上に出てみた。

するとすぐ目の前の海上に軍艦が数隻黒煙を上げているのが見えるではないか。
あ!と思う間に白い煙が右手の陸方向に伸びて、大砲が放たれた!と思う頃にドカンと音がやって来た。

七重浜だ。
あんな近くに敵の船が来てる!

驚いている間にも、複数の軍艦から続けざまに砲撃を受けて、浜辺に土煙が立ち始めるのがここからも確認出来る程。
轟音が届く度に腹に振動が伝わって来る。
蔵の間に音が反響して、衝撃波で周りの建物が揺れる気がする。
昨日見た負傷者の傷痕がまたフラッシュバックする。

と、ひとしきり砲撃を終えたらしい一隻の軍艦がゆっくりと船首をこちらに向けながら進んで来るのが見えた。
意外とスピードが乗っていると判る。
ゾッと鳥肌が立つのと、逃げなきゃ!と思うのと、小夜と離れているのはまずい!と気付くのが同時。
そのまま大町通りに走り出した。

通りの角を右に曲りながら台場の方を見ると建物の合間に真っ黒い煙が動くのが見え、回天艦が全速力で迎撃に出て行くのだと判る。
焦った。
そこを狙われたら砲弾がこっちへ飛んで来るじゃないか!

船番所の近くで小夜とは落ち合えたが、その間のほんの1、2分、生きた心地がしなかった。

「あ~、良かった~」

と、小夜の顔を見てへたり込んだのは私の方。
頼むぞ、と副長に言われて半日でこれじゃシャレになんない。

大砲(艦砲)の音はまだ間近に聞こえてる。
山にギャンギャン反響して相手の声も良く聞こえない。

「これちょっとヤバいよ。病院に帰った方が良くない?」

小夜が坂の方に走って行こうとするのを引き留め、

「ダメだよ!寺町も奉行所も病院も、坂の上は船から狙い撃ちされる」

箱館の建物はまるで雛壇みたいに傾斜地に海を向いて建ってる。
戦艦側から見たらまるで射的の的状態だ。
それを考えたら二重にも三重にも蔵が建ってる大町界隈の方が、土壁を何枚も盾にしている分安全だ(と思う)。
尤も、上から落ちて来る砲弾は避けられないけど(怖)。

蔵の壁を背にして座り込み、手を掴んで離さない私に小夜は半ば呆れたように口を尖らせ、

「大丈夫だって。浄玄寺脇の坂を通れば良いでしょ。あそこアメリカ領事の宿舎が在るからアイツ等きっとビビって撃って来ないよ。」

コイツ凄いこと言うな、と相手の顔をマジマジ見てしまった。
本人はケロッとしてて自覚無さそう(--;
ていうか今朝より機嫌良さそう。
あれ?髪型変わってる?
と気づいて聞く前に、

「それとも船番所に避難する?新選組の人達がいるかもしれな・・」

船番所は新選組の市中警邏時に休憩場所に使われてる所だけど、今はどうか判らない。
ていうかあんな海に張り出した場所!

「直接大砲で狙われるからダメー!」

思わず掴んだ手を引っ張ったら、よろけ気味にしゃがみ込んで来て、

「何よー、幸ってばコワ~イ」

アンタの方がよっぽど怖いわ。

「それより頭どうしたの?」

隣にくっついて座り込んだ小夜の島田髷は鬢も張り過ぎずタボはひっつめ気味に襟足がすっきり見える彼女好みの(でも小娘じみて見える)形で、相対的に大きめに見える髷の形は逆に玄人っぽくもあり、プラスマイナスで言うとちょとだけ大人びて見える。
そしてそのその訳の判らなさが彼女のキャラクターには絶妙に似合っていて。

「へへー。コレねー戎三郎さんn・・・」

また近場で立て続けに砲撃の音がして、声がかき消されてしまった。
小夜は一生懸命私に向かって喋ってるんだけど口パクみたいになっちゃってるし。
終いには立ち上がって海の方向へ怒鳴り出した。

「・・るせー!ばかー!人が喋っ・・のに聞こえ・・だろ!静かにしろー!」

うーん。最近小夜の口の悪さがどんどんエスカレートしてる気がする(--;

「これ以上入院患者増やすなバカヤロー!誰が面倒みてると思ってんだ!いい加減にしろ~!」

急に音が止んで静かになったのに言いたいことが止まらなかったらしい。
つい笑っちゃってたら馬の蹄の音がして来て、称名寺坂の上から副長が騎馬で登場!(こんな時も無駄にカッコイイなv)。

「お前等こんなとこで何やってんだ!戻れ」

怒鳴られちゃった。

そうでした!
洗濯物、もとい萬屋さんの留守番投げっ放しで出て来ちゃってた!


結局弁天台場からの迎撃も無いままいつの間にか海戦は終わったらしく、一体何だったんだろうねと言いながら洗濯物を干している横で、・・・小夜は何か上の空。
さっきまで上機嫌だったんだけど・・・。

まあ、なんとなく理由は判ってた。

副長は称名寺の屯所に居たらしい。
そして屯所を引き払う準備を命じたらしい。
・・・って全部馬丁の忠助さんに聞いた。

七重浜を砲撃されて頭に来たから(たぶん・笑)。
その後、今度は地蔵町の新築島に行くって言ってて・・・。

それって武蔵野楼に行くってことでしょ?
あの榎本総裁が御贔屓にしてる茶屋というか宴会場というか揚屋っていうか、ね。
空中(屋上)庭園のあるっていうちょっとハイカラな造りのさ。
まあそれは良いんだけど、ツケ払いに行くって聞いて。
それで宿舎の萬屋さんに戻って、お金を持って(←だから留守番サボったの怒られた)出直したと。

でもそれって何の準備なんだ?という話で。
それ聞いてから小夜が黙り込んじゃって。
空気が重くて困ってます。

ていうか、私がこんなに深刻にならずに済んでいるのは夕べ副長が説明してくれたお陰なんだなと、今更その有難みを実感出来てる。
あんなに話せたのは何時ぶりだろう。
話せて良かった。

終戦後の斬首は必至と宣言されて、それ自体は物凄いショックなことなのにそれ以上に副長の覚悟に納得が行ってて。
おそらくその通りになったら辛くて耐えられるかどうか想像もつかないけど、今は落ち着いて居られる。

でも。

小夜には言うなって言われたしな。
言ったとしても、きっと納得しないだろうし。

俵屋さんで事情を説明して薬代の肩代わりはして貰ったらしい。
ていうか、昨日の清国人の方が煙草入れを持って訪れていて話は早かったらしいけど。
その後、小夜のみすぼらしい様子(笑)を見て髪結いを呼んでくれて(どっから?)着物を用意してくれることになって(これはすぐには出来ないので後日届くそう)、それから・・・。

「船をチャーターして来たの」

シャツと一緒に洗った手拭を物干し竿に掛けていて、何か聞き違えたと思った。

「え?」

「100人くらいは乗れるって」

ボーっと井戸の縁に腰を掛けて足をブラブラさせながら、下駄の歯で地面を掻いてる。

「このご時世で荷物運べなくて空いてるからってOKしてくれたの。西洋船だから湯の川の沖合に停めてても西軍にやられる心配は無いって言ってたー」

抑揚の無い声で気が抜けたような喋り方で頭がおかしくなったかと思った。

「ちょ!え?え?アンタ何言ってんの?」

思わず大きな声が出た。
するとようやく彼女はこちらに視線を合わせ、

「この戦争を終わらせる」

はっきりと言った。

「はぁ?」

思わず出た声がまるで場違いに感じるぐらい、その面持ちは挑戦的に見えた。笑っても居ない。

「兵を脱走させるの」

目が座ってる。
本気だと思った。
けど、まさか、とも思った。

「え?ちょ・・」

待ってと言う間を与えずに、彼女は続けた。

「だって生活費稼ぐのに兵隊やってるような人達よ?死ぬまで戦う奴なんて居るわけないでしょ?みんな生き延びたいもん。脱走したいのよもう。手を貸せばすぐ抜けて来るわ」

言いながらどんどん目に力がこもって行くのが判る。

「自力で脱走できる人達はもう脱走してる。ためらってる人達は何処へどうやって逃げたらいいか判らないんだと思う。だから行き先を作ってあげればみんな脱走して来るでしょ?そうやって戦う人間が居なくなれば戦争だって出来なくなる」

やめざるを得なくする、と?

「で、でも100人ぽっち抜けたって・・・」

無理だと言って納得するようなヤツじゃないとは思ってたけど、

「今だってポロポロ抜け始めてるのよ?ここで100人抜けたらあとは雪崩でしょ?」

速攻殴り返された(凹)。
ていうかコイツ、判ってる(辟易)。

「で、行き先は?」

そんな大それたことが出来るわけなど無いとは思いながら、計画は全部聞いておかなくちゃとも思った。
下手に否定したら警戒して本当のことを言ってくれなくなる。

「上海」

「は?」

あの清国人、入れ知恵したな?

「もしくは上海経由で関東方面?西軍の動向を見て目立たない所で分散上陸させる」

「船賃はどうするの?」

「銃を没収する。戎三郎さんが買い取ってくれるって言ってる」

「中古の銃なんて売れるの?」

そこらへんちょっと綻びポイントかもvとツッコミ入れてみる。

「今でさえ南北戦争のお古が使われてたりするのに、そのまた中古なんてどこへ売り捌くの?お金になるの?ホントに買い取って貰えるの?」

相手は大坂商人(ナニワのアキンド)だぞ。
売り物にならなきゃ買い取って貰えない。そんなに甘くはない。

「そう、それ」

と、興ざめしたように彼女は空を仰ぎ溜息を吐いて、

「アーロンが横槍入れて来てさ。そんなもの売れないからやめておけって。黙っとけよ!と思って蹴とばそうかと思ったわ」

むくれっ面を作って見せた。

「だから言ったの。脱走兵に銃だの刀だの持たせたまま放っといたらどうなると思うの?って。銃持って路頭に迷った荒くれ者が蝦夷地中に散って行って、銃や刀でアイヌの人達を蹂躙しても戎さんは平気なの?って」

脅迫かよ!
朔月の夜霧の空のように黒いなオマエ。

「このまま西軍が勝ったとしても蝦夷地の中のことなんて当分放ったらかしにされるに決まってるもん。治安が悪くなったら請負場所だって誰がどうやって守るのよ?自前で警備するにもお金がかかるのに。それもいつまで続くか判らないのに」

幕府瓦解前に蝦夷地警備に派遣されていた奥州各藩の藩兵達は、奥羽戦争が始まった時点で自藩に撤退してしまっている。

「だからー、そうなる前にヤ〇ザ者の脱走兵から武器を取り上げて他の土地にポイって捨てて来れるんだから協力しなさいって言ったら、船賃まけてくれるってー。うふふー」

うふふじゃねぇ!

「そ、それにしたって百戦錬磨の兵卒がこれから知らない土地に行こうって時に自分の大事な武器を手放すかね?」

「そりゃ船賃の代わりだし。無ければ船に乗れないし。西軍に投降するしかないでしょ。寝返って向こうに付くなら敵の兵力が強くなるだけだし?どこへ逃げようがとにかくこれをきっかけにどんどん脱走してくれればこっちの軍隊は崩壊して負けが早くなるので私的には無問題」

あっけらかんと両掌を空に向けて首をすくめて見せた。

「そもそも武器持ったまま船には乗せられないし。反乱起こされたら困るしねー」

客船ならばさもありなん。

「でもどうやって没収するの?」

「まず、箱館病院に来てもらいます」

「病院に?どうやって?」

「何か怪我とか病気のふりして来れば良いじゃん。戦場に出た時のまま銃や弾薬は必ず持って来てもらって。徳川脱走軍の武器弾薬を出来るだけ減らすためにね。もし手持ちの銃は置いて行けと咎められたら、作戦は変更して普通に脱走して来る。とにかく自分の武器は出来るだけ持って出ること。なんなら盗んで来てもヨシ。」

盗んでって・・・。

「持って来た銃は私が回収して病院に隠しておく。まとまった数になったら俵屋さんから誰か回収に来てもらう。箱館病院からは三々五々湯の川へ歩いて移動。もともと軽症者は湯の川に移動させてるから疑われることは無いし。その護衛として付けても良い訳だし」

薬も治療資材も無くなりかけて来て、病院では歩ける患者は湯の川の温泉に湯治治療に行かせ始めてる。
それをカモフラージュに使おうってことか。

「でもそれって、病院の先生方を抱き込まないと無理じゃね?」

「そう。だからこれ」

胸元をまさぐって手紙をチラりと見せ、

「戎さんに書いて貰っちゃった。アタシ筆文字はへたっぴいで無理だし」

「誰宛て?凌雲先生?」

「凌雲先生には私から話してみようと思ってるけど。でも今五稜郭に居るのか病院に戻って来てるか判らないから。もし五稜郭に居るなら手紙で。他の先生方にも回して貰って」

そこまで準備したか。
でも。

「アンタこんな大それたことして副長に知れたらどうすんの?タダじゃ済まないよ?いくらアンタのやることだからって見逃してはくれないと思うよ?こんな時期だし周りの手前もあるし」

これは裏切りだ。
瓦解工作だ。
寝返りと言われても仕方ない所業だ。
副長の命惜しさに終戦を早めるのが目的だとしても、これはその副長本人に対する裏切りに変わりない。
怖くないのか。
それでアンタの心は痛まないのか。

一瞬真顔になって、彼女は手紙をもとのように懐に押し込みながら、

「大丈夫。船のチャーター代の代わりにアタシ、戎三郎さんの手掛けになることにしたから」

「ええーー!!」

晴天の霹靂!

「だってお金無いし。体で払うって言ったらびっくりされたけど」

キョロリとこちらを見た。

ってか、誰だってびっくりするわい!
私だって汗がダラダラ出て来たわ!

小夜は私の顔を見てケラケラと笑って、

「前に言ってたじゃん、嫌になったら私の所へ来なさいって。京都に居た時ナンパされたでしょ?だからこの際お金稼ぎに年季奉公に行こうかと思って。この戦争が終わってからの話だけどー」

開いた口が塞がらない。
3食昼寝付きのバイトじゃないんだぞ!

「だからもうあの人は私に手出し出来ない。出来たとしても俵屋さんとの交渉になるから時間は稼げる」

「・・・」

なんてヤツだ・・・。
そんな突拍子も無いこと(←副長に言われたばっかり。っていうか前から知ってる)。

「もう時間も無いしね。アタシのやることにどうこう言ってる暇無いもん。見たでしょ?もうあんなところまで敵が迫ってるのよ?脱走する兵を追う時間も人手も無いでしょ。手引きしてる犯人を捕まえる暇なんて有るわけないわ」

イライラと吐き捨てるみたいに言い終えて、そして言い終えた後は何か哀し気で。
未だ言葉を失っている私を横目でチラリと見、それからきまり悪そうにソッポを向いて溜息をついた。
近頃流行の前髪を狭く取った島田の髻には、これまで仕舞い込んでた南天の簪が差してある。

下駄の先で地面を突きながら、

「味方を負かすのか、って戎さんに驚かれたわ」

声のトーンが落ちた。
そりゃそうだろうな、と思った時、

「でも、仕方ないじゃん。あの人死ぬ気だもん」

ハッとした。
動揺したのを気付かれたらヤバイと思ったけど、幸い小夜は俯いてて。

「必死で戦争続けてるんだもん。絶対やめる気は無いし最後まで戦う気でいる。必死で」

嘆いているというよりは、腹立たしさに憮然としている感じで。

「私が言ったって、ううん、誰が何言ったってもう無理。誰の言うことだって聞かない。必死で死のうとしてる。誰のため?何のため?そこまでする必要があるの?判んないわ私には。さっぱり判らないけど死ぬ気なのは判る。顔見りゃ判るの」

顔を見れば・・・。
もしかして昨日、副長の寝顔を見ながら茫然としていたのはそういうことだった?

「今だってああやってせっせと死ぬ準備してるしさ」

屯所を引き払って馴染みの店にツケを払いに行って、か。
まるで鳥羽伏見前夜だもんね。
何も言えない。

「だから」

怒気を孕んだ、でも潤んだ目がまたこちらを向く。

「あの人が死ぬ前に戦争を終わらすの。あの人がどんなに頑張ったって現場で戦う人間が居なけりゃ戦争にならないでしょ?戦争が出来なければ終わりにするしかないでしょ。終われば戦死することも無いでしょ?」

駒が無ければ将棋は出来ないってことか。

なんか感心した。
余りにも単純明解でストレート過ぎて、自分には到底考え付かない。

「何てったって一刻も早く戦争を終わらせたいのは箱館市民の総意だし!」

シリアスになってしまった空気を払拭するように(否、おそらく私に心配をかけまいと)小夜は笑顔を作って鼻息荒くドヤ顔とガッツポーズで立ち上がった。

「だから私、悪いけど病院に戻るわ」

「え?」

「急がないといけないから。幸はもう一晩ゆっくり寝て帰れば良いよ。あの人に薬の飲み方も教えておかなくちゃいけないもんね。効くかどうか監視してなくちゃいけないし。私も病院で話が上手く行ったら夜までには戻って来る・・・つもり」

「ちょっと待って!」

実行に移す前に止めようと思ったんだ。

でも、

「ごめん。時間が惜しいの。あの人のこと死なせたくないから」

真っすぐ私の目を見て言った。

小夜が。
ためらいもせず照れもせずにそんな言葉を口にするなんて。

「絶対絶対死なせない。私、死ぬ気で頑張る。絶対諦めないから」

快心の笑みで走り出したのを、止められなかった。
カツカツと下駄の音が蔵の間を走り抜け、遠退いて行くのを茫然と聞いた。


実に突拍子も無く彼女らしい行動で。
小夜が小夜らしく在ることは喜ばしいことだったけど。
でも。

戦争が終わったら、副長は死罪を免れない。
戦争を早く終わらすことは、それだけ副長の死が早まるということ・・・。
それをどうやって伝えたら良いのか。


副長が死ぬ気でやろうとしていることを、小夜は捨て身で阻止しようとしている(しかもひとりで!)。


私はどうすれば?





五月の明るく澄んだ陽光に目が眩む。










小夜と副長と。










私はどちらを裏切るんだろう。












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