もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
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手燭を持って次の間に体を滑り込ませ、そっと襖を閉めようとした瞬間、
「待て幸、手ェ貸せ」
・・・(--)。
ここで聞こえないふりしたらどうなんのかな?と寸の間思って・・・諦める(タメイキ)。
もう一度、そろそろと襖を開けると、副長の手が寝ている小夜の手を握って居る(!)のが一瞬見えた。
が、それは乗っかってる彼女諸共掛け布団を持ち上げる為で、出来た隙間から体を滑らせて寝床から出ようとしているところ。
私を見るなり顎で呼び寄せ、
「厠だ。早くしろ」
あー。
なるほどー。
そうですかー。
ホントは尿意で目を覚ましたと。
そしたら私等の話し声がして、ひと騒ぎあってそのまま寝なきゃいけない羽目になったと・・・。
ナニその残念な展開!(小夜ちゃん可哀想)。
でもま、小夜に泣き付かれて寝たフリする副長がカワイイvから許す。
2人掛りでなんとか小夜を起こさずに寝床を抜け出すことに成功した副長が、そのままさっさと真っ暗な階段を下りて行くので手燭を持って追いかける羽目に。
「いくらお願いされたってこの年で寝ションベンなんざシャレにならん。ったく・・・」
ブツブツ言ってて笑った。
厠の外で、結構待たされたよ。
よっぽど我慢してたんだな(笑)。
手水を使って二階に戻るのかと思ったら、
「ついて来い」
裏口から外へ出た。
予想はしてたけど外は夜霧が立ち込めて真っ暗。
漆喰塗りの蔵が手燭の灯りにぼうっとオレンジ色に連なる間を、どんどん岸壁へ歩いて行く。
「火は消せ」
と言われたけど、
「消したら暗くて歩けませんよ」
新月だし星明りも無いのに。
仕方なく消さずにそのまま道の途中に置いて行く。
岸壁に出ると、大潮の夜だからなのかチャプチャプと波の寄せる音が近い気がした。
無論、暗くて海面も見えないけれど。
いや、何か左手の方向がぼうっと明るい。
北側の居留地の建物に遮られてはっきりは見えないが、おそらく海を挟んで向こう側の西軍陣地の篝火か、もしくは艦船の灯りだろうとは想像がつく。
敵が24時間ずっとすぐそこに見えてるって、こんな状態いつまで続くのかな。
神経戦にも程がある。
ん?
風に流されて何かワーワー聞こえるぞ。
「もう始まってたな」
と副長。
霧に反射しているのか時折チラチラ灯りが動く。
篝火?銃火なのかも。
「何か騒いでませんか?」
「夜襲さ。有川の敵軍に夜襲をかけろと言っておいたのだ」
ふふっと暗闇に副長の含み笑いが楽しげだ。
この人、きっとホントは自分で行きたいんだな。
でも行かずにここに居るということは、休養しなくちゃいけない自覚があるからなのか五稜郭の幹部連中に強制されたものなのか。
霧を含んだ湿気っぽい海風がつんつるてんの浴衣の脛を弄る。
乾きかけた洗い髪が顔に纏わり付くのがウザくて、蔵の陰に引っ込んで風を避けながら耳を澄ますが、霧が音を吸うのかそれ以上は聞こえなかった。
「時間稼ぎと演習代わりに毎晩でもやれと言ってある」
演習代わりとは、蝦夷地渡航時に元老中小笠原長行公と板倉勝清公、それと会津中将の弟君の元京都所司代松平定敬公配下の、つまりは唐津藩と備中松山藩と桑名藩の藩士達(+元伝習隊も)の混成部隊となった新選組に実戦経験を積ませる・・・というよりは、繰り返しゲリラ戦に投入して仲間意識を持たせようということなのかな。
なんか皆さん素性が良い分、かつての京都見廻組みたいな雰囲気有るもんね。今の新選組って。
ついこの間まで箱館市内ににそれぞれ元の藩主(君主)が居たわけで、その去就も気になっていたんだろうし。
なので集中させたいのかもしれない。戦に。
ゲリラ戦を繰り返す中で、より一体感を持たせようということなのかもしれない。
「出来るだけ時間を稼いで、それまでに新選組らしい仕事が出来るようにしとかねぇとな」
新選組らしい仕事って剣呑~と心の中でツッコミ入れながら声の方を見やるも、副長の表情は暗闇の中で見えない。
途中に置いてきた手燭から届く僅かな灯りで、辛うじてそこに居ると判る位。
伸びた髪を時折掻き上げる仕草が気配で判るぐらい。
「港の中は既に敵方に落ちたも同然・・・」
「!」
突然何を言い出すのかとびっくりした。
「とは榎本さん達の手前口には出来んが、蟠龍と回天が度々故障して万全の動きが期待できぬとあれば、港内に押し込められてる状態であることは確かだ。水雷とかいうのを海の中に仕掛けたとは言うが、効果の程は誰にも判らんしな。今のところ向こうも警戒して陸路でのみ攻めて来てはいるが、この分だと箱館の街中で昼夜問わずの市街戦になるのも時間の問題だ」
「でも、こちらに来るより先に五稜郭があるのでは?」
海岸沿いに敵が来るのなら、いくら何でも五稜郭(の横=七重浜)を素通りはさせないだろう。
まさか弁天台場のある箱館を見捨てて籠城はしない・・・と思うし。
津軽陣屋も在るし。
「無論素通りはさせんだろうが、七重浜を突破されたら五稜郭は厳しい。亀田の街に入られたら津軽陣屋も手一杯。水雷の外から船の大砲が届く弁天台場は敵艦から攻撃されまくりだ。まさか箱館の街中を狙って撃つ事はしないだろうがな」
居留地やら領事館やら外国人所有の家屋やらが在るから、か。
「なあ、何故アイツ等はああやって正面から時間をかけてこっちに向かって来るんだと思う?」
副長が蔵の壁に寄っかかった(気配)。
すぐ横から声が聞こえた。
急な質問に戸惑いながら、一番当たり前な答えを返す。
「こちらが降伏するのを待ってるとか?」
水雷の外からじゃ大砲が届かなくて側面攻撃が出来ない以上は、ジリジリと神経戦を展開するしかないんだろう。
「それならやはり箱館を先に人質に取った方が手っ取り早い。降伏か徹底抗戦か判断するのは五稜郭だ。あそこは最後まで残さねぇとイカンからな」
箱館を人質にって、どうやって・・・。
「では敵がもし明後日の方から来たらどうするぇ?」
質問を変えた。
試されてんのかな私。
あさっての方向って逆側からってことかな。
七重浜方向から逆と言ったら・・・。
「尻沢辺にも台場があります」
「大森浜沖にも敵艦は来るぜ?尻沢辺の台場なんざ黙らせるのに時間はかからない。やろうと思えば湯の川沖から直接五稜郭に向けて大砲をぶち込む事だとて出来るはずだが・・・」
艦砲射撃か。
言われてつい、昼間処置した負傷兵の傷の様子を思い出してしまう。
副長はまだ黙って私の答えを待っているようだけど、
「降参です」
するとすぐ横でクスクス笑い出すではないか。
「面白い。それが答えかそれとも・・・」
「あ、違います。何も思いつかないという意味で」
そしたら、
「良いんだ。降参すれば良い。警備兵を配置するにしても箱館山は広過ぎる。抜かれたら隠れる場所も無い」
箱館山には点在する神社の周りとか、何ヵ所かまとまって建材(もしくは船材)用に植林したっぽい杉林は有るけれど、他は長年薪用に伐採されて来た影響でほとんど禿山状態だ。
ていうか、
「まさか山越えして来ると?」
「出来なくはない。俺ならそうする。だから新選組を置いてるんだが、今のところ前戦は対岸だからどうしてもそちらに多く人を割かねばならない。陸でも戦力は限られてる」
あ!今だって夜襲かけてるし!
「な?奴等は海岸沿いにこっちの軍勢を引き寄せてるんだと思わないか?」
「それって向こうの思惑通りじゃないですか!」
と、思わずツッコミ入れてしまって副長も失笑。
「まあ、そういうことだな。今この状態で街に入って来られたら、五稜郭からも津軽陣屋からでさえ駆け付ける前に箱館は敵の手中だ。台場に張り付いて敵艦を相手にしてる奴等が持場放棄して出張る訳にも行かねぇだろうしな」
それってもう負けるんじゃね?
と、また口から出かかる(汗)。
「ああやって有川辺りでワーワーやってる間に箱館を押さえちまえば、うっかり異人の持ち家やら領事館やらを焼かずに済むし異国に口を挟まれることも無い。尤もそれを避けたいのは西軍だけのことではないがな」
内戦中に外国に付け入る隙を与えてはならないのは当然のことで、敵も味方も箱館の街を無傷で確保したいのは同じということか。
「そういうわけだから、もういつ何処から敵兵が箱館の街に入って来るか判らん。町方もいつ敵方に寝返るかも判らんしな。気を抜くなよ?用心するに越したことはない」
町方が寝返ると聞いて、うっかり萬屋さんの顔を思い出してしまう。
「副長は助けに来てくれないんですか?」
だって今、箱館に敵兵が入って来ても誰も駆け付けられないって言ったよね?
「あ?お前、目の前に居るのが箱館市中取締役と知ってて何言ってんだ?」
そうでした(汗)。
「奪還しに来るに決まってんだろ」
含み笑いで答えながら先程置いてきた手燭を自ら取りに戻る。
「最初はおそらく間に合わん。だから降参しろと言った。だが弁天台場も含め箱館の街は必ず奪還しに来る。必ず市街戦になると言っただろ?」
そういうことか。
ていうかそれ、「市街戦になる」んじゃなくて「市街戦を仕掛けに来る」ってことじゃないですかー(笑)。
手燭の灯りでようやく相手の顔が見えた。
伸びた襟足の髪が浴衣の襟に入るほど。
「でもそれだったら私等は既に敵の人質になってる訳だから、奪還するのは厳しくなりませんか?」
盾にされるのは目に見えてる。
すると、しょうがないなとでも言いたげに副長は溜息をついて、
「相変わらず心配症なヤツだな」
眉を下げた。
「お前らはそれで良いんだ。向こう側に居たほうが危なげ無ぇんだからな。何も考えるこたぁ無ぇ。言う通りにしろ。いいな」
え?
どういう意味?
待ってと言いかけるのを無視して、
「寝るか。つまらん話で時間を潰した。冷えただろ?疲れているだろうにすまなかったな」
手燭を持って歩き出す。
優しいことを言って欲しい訳じゃない。
納得行く説明が欲しいのに。
でも、もしかしたら言いたくないのかもしれない。
それで急に話を切り上げたのかも。
聞かない方が良いのかもしれない・・・。
そう思ったらなんだか余計にモヤモヤしてしまって。
「副長はこの戦、・・・負けると思ってるんですか?」
結局、聞いてしまった。
だって、そういう口ぶりだったもの。
敵方についてた方が安全だって。
副長が立ち止まった。
何か考えてでも居るかのように背中を見せたまま、ちょっとの間動かなかった。
やっぱまずいこと言ったかなと後悔しかけた時、目の前の両肩が動いて大きく溜息をついたのが判った。
振り向いた副長の、手燭の灯りに照らされた笑顔が・・・綺麗でまごついてしまう。
なのにきっぱりと、
「ここまで来たら誰が見たって負けるに決まってる。今更何を言うんだぇ?」
やっぱりそうか、と思った。
彼は声を潜めて続けた。
「俺達は今、やたらデカくて穴だらけの城で籠城している状態だ。城壁と言える城壁も無く、人も武器も足りない。外に味方も居ないから補給路も無い。食い物も弾薬も尽きる中で相手任せに右往左往して、その場しのぎにドンパチやってるだけなんだぜ?」
情景がストレートにイメージ出来て、ゴクリと唾を飲む。
蔵の間に反響する波音にも消されずに、たぶんそのまま聞かれてしまったと思う。
切迫感が押し寄せて来て、
「降伏するなら早い方が犠牲が少なくて済みます。それとも・・・最後の一人まで?」
失礼なことを言っている、と思った。
でもなんだか止められない。
「それを決めるのは榎本さんだ。俺の仕事じゃない」
副長の声は静かで優しかった。
それもなんだか自分を止められない理由のようで。
「でも、もうこれ以上犠牲者が出るのは嫌です。見てられません。病院はもう負傷兵でいっぱいで薬も包帯も足りないし・・・」
私は何を言ってるんだ。
そんなこと、副長に言っても仕方ないのに。
「すみません。余計な事を・・・。すみません」
俯いた拍子に、髪が顔にかかるのを片手で押さえた。
その小指が震えているのが判る。
きっと眠気でヘロヘロでおかしくなってるんだ。
これじゃ小夜と変わり無い。
副長のクスクス笑いが聞こえている。
夜中だから抑えてるけど、本当に可笑しそうで明るい笑い声だった。
「副長は、死ぬんですか?」
言ってしまったのは、きっと明るい笑い声のせいだ。
「死ぬつもりなんですか?死んでしまうんですか?」
死ぬ覚悟の人間は、きっと明るい声になる。
「それは自ら死ぬ気で居るか、という意味かぇ?」
無礼で非常識な質問だったと思うのに、聞き返した副長の声は慣れた質問にでも答えるみたいに落ち着いて普段と何ら変わり無い。
なのにますます不安になるのは何故だ?
髪を掻き上げ恐る恐る副長を見たけど、目の前が滲んで表情は見えない。
「そうです。この戦争が終わらないうちに戦っている最中に死のうと決めているのか?という意味です。自ら戦死しようと思っているかという意味です」
声の震えを抑えようとすればする程、なんだか不機嫌な声になってしまって。
副長は溜息混じりに、
「また馬鹿げたことを訊く」
本当だ。
何を子供みたいになっているのか。
今、私ごときが何を聞いたって、この人は相手を傷付けまいと本当のことを言ってくれないだろう。
聞いても仕方ないではないか。困らせるだけだ。
「すみません。やっぱり答えなくて良いです。失礼なこと言って申し訳ありませんでした」
頭を下げ、直るついでにこっそり涙を拭う。
「いや、いい。答えははっきりしている。だが早とちりはするな。良く聞いてくれ」
言われて構えたおかげで少し冷静になれて、堪えていた涙が引っ込んだ。
「この戦が終わったら、俺は死ぬだろう」
ハッとして顔を上げる。
きっと変な顔をしてしまったに違いない。
副長はフッと笑って、それから宥める様にゆっくりと頷き、話を続けた。
「腐っても新選組の副長だからな。捕まって、良けりゃ切腹。まあ打首獄門が妥当か」
息を飲んだ。
「そんな・・」
「良いから黙って聞け」
副長は笑顔のままだ。
「敵の本元は薩長だ。俺は必ず首を刎ねられる。逆に俺がこの戦で死んじまったら、新選組組長として俺の代わりに他の誰かが首を刎ねられることになる。そんなことをさせられると思うか?手前ぇが辱めを受けたく無ぇからと誰かを身代わりに置いて、自分だけ戦場で綺麗に戦死しようなんてズルは卑怯だろ?それこそ近藤さんに申し訳が立たねぇ」
副長の口から不意にこぼれ出たその名前にハッとする。
それに気が付いたのか、
「まあ、だから・・・つまり、近藤さんの真似っこをしようという話さ」
そう言って副長が髪を掻き上げた。
副長らしい照れ隠しの自己ツッコミだ。
両脇に連なる蔵の白壁に影が大きく動く。
「あの人のお陰で俺たちはここまで生き延びられたんだからな」
と、視線を外したその目の先には何が映っているんだろう。
近藤局長の斬首を知った後、この人はどんな思いでここまで来たのだろう。
怒りと哀しみと悔しさと、慚愧の念をどうやって乗り越えて来たんだろう。
「俺の首を取れれば薩長だとて多少は気が済むだろ。それで榎本さんや大鳥さんが御赦免になるとは思わんが、死罪だけでも免れたら首を刎ねられる甲斐も有ろうというものだ」
真っ直ぐ視線を戻して、にっこり笑って見せた。
私はと言えば、副長なりの戦の仕舞い方を不意に目の前に持って来られて息も出来ない。
今まで考えたことも無かった。
茫然として何のリアクションも出来ずにいる私に、まるで子供を諭すみたいに副長が続ける。
「古来、大名がやらかした日にゃ家老が代わりに切腹するのが倣いだ。毛利の殿様もそうだったろ?」
最初の長州征伐の時か。
「アレと同じよ。尤も俺の首にそれだけの価値が有ればの話だが。まあ、これでもここでの肩書だけは長ぇからな。いくらか箔も付くだろ」
陸軍奉行並兼箱館市中取締兼陸海軍裁判局頭取という、実にファジーでフレキシブルな己の役職名を揶揄して笑い、
「奴等だってこの戦には莫大なカネと労力を投入して来ている。元も取れない上に敵の大将の首も上げずには収まらんだろう。だが幸いすぐ近くで異国船が終始見物しているから、これまでみたいな傍若無人も出来んだろうし、案外榎本さん達が助かる見込みは有ると思うぜ?」
せめて自分一人だけでも犠牲になれば皆が助かる可能性は高くなる、ということか。
何だよ!それ!
そんな独り善がりな覚悟!
副長らし過ぎて反論も出来ないじゃないか。
この、まんまと出し抜かれたような気持ちは一体何処へぶつけたら良いんだ。
納得が行かずに俯いていると、優しい声音が降って来た。
「お前等は病院から動くな。あそこには味方が居る」
味方?医師達のこと?
「お前なら気付いているだろうが、もう街中に俺たちの味方は居らん」
徳川脱走軍の支配に対して町方の不満が募っているのは、萬屋さんの言動でも判る。
「だがあそこは違う。箱館病院はもともと山ノ上町の女郎達の診療をするのに建てられたものだ。近隣の住民の病も診て来た経緯がある。誰彼無く診てくれるのは高松院長も同じだしな」
確かに。
「はい。今も箱館山に避難しながら病院の手伝いに来て下さる姐さん方や女将さんたちが居ます」
「そうか。ならその中に紛れて居れば良い。だが、気を付けろ。病院は山から近い。敵が入って来たら逃げ場が無い。外からの助けも届かないだろう。院長が居るなら言う通りにして居れば良いが、もし不在の時にはさっき自分で言った通りに、ちゃんと降参するんだぞ」
と笑い、それから眼光鋭く目を細め、
「良いか?抵抗はするな。負傷兵どもにもそう言い聞かせろ。そして目立つな。相手は戦でのぼせ上った荒くれどもだ。目を付けられたら何をされるか判らねぇからな」
そこまで言って副長は眉を上げ、大きく一つ溜息をついた。
「サテ問題はアイツだ」
うん。二階に寝てるアイツだな(--)。
「アイツはただでさえ目立つからな。言たって聞かねぇし、時たま突拍子も無ぇことやらかすし。猿轡噛ませてグルグル巻きにして物置にでもぶっ込んでおくのが一番なんだが」
ぷ。目に見えるようだ。
と、笑いかけたのに、声が優しくて戸惑う。
「俺は助けられねぇ。お前が頼りだ。判ってるな?」
判ってるけど、それはちょっと責任が重いなと思った耳に、
「死ぬなよ?」
と続けて聞こえて、何故か突然判ってしまった。
この人は、私に荷物を背負わせて逃げれないようにしたいんだ。と。
沖田先生が亡くなった時の詳しい経緯を、私は誰にも話して居ない。
もちろん副長にも。小夜にさえ。
皆いろいろ気を遣ってくれて誰も根掘り葉掘り聞きだそうとしないのも助かってるけど。
でも、誰にも言えない事情を抱え、あの時の絶望を押し殺してここまで来たことを、この人は察してくれてる。
言えない事情を聞かないまま(それは小夜も同じだけど)、言えない中身さえも、もしかしたら察してくれてるんじゃないかと、思えた。
死を選ばぬようにとの念押しは、もしかしたらこんな時には誰にでも言うような言葉であるかもしれないけど、この時の私にはそう聞こえたんだ。
私自身の性格も、もうすっかり把握されちゃってるしね。
ひとの責任感をちゃっかり利用して、生きることから逃げられないように仕向けてしまった副長の巧さが小面憎いのと同時に・・・その気持ちが痛い程、沁みて。
「はい・・・」
うっかりまた涙が出て下を向く。
下駄を突っ掛けた、足指の欠けた左足が目に入る。
「アイツを頼んだぞ」
副長の本音が零れた気がした。
一番言いたかったのはきっとコレだなと、ちょっと笑えて。
そして私は副長の一番大事な荷物を預けられたと、そう思えて。
「はい」
涙を拭って顔を上げた。
ちゃんと目を見て答えたかった。
満足げに目を細めて笑うと、手燭の灯りの中にも相変わらず睫毛の影が濃い。
「それからもう一つ。この話は誰にも言うな。誰にもだぞ?アイツにも、無論新選組の誰にもだ」
「はい。判ってます」
「お前だから言ったんだからな。判るな?」
と、子供にでも言うみたいに小首を傾げて念を押す。
部下でもなく兵卒でもなくフリーだから冷静に聞いてくれると思ったのか?
それとも単に口が堅いと思って信用したのか?
もしかして沖田さんの使いだから?
それとも大事な荷物を預ける相手だから?
あるいは私自身の生きるモチベーションを作ってくれようとして?
どれでも良い。
その全てに感謝した。
「はい。ありがとうございます」
すると副長はまた照れたのか、ちょっとだけおどけた風に、
「何しろ兵卒どもには必ず勝つと言っとかんといけねぇからな」
西軍の蝦夷地上陸の後、脱走兵が出始めたと聞いている。
病院でも負傷兵がひそひそ噂話をしているのを聞いたことがある。
向こうの方が払いが良いとかなんとか。
そういう情報はナント!前戦で敵兵と直接やり取りして聞くらしい。
嘘みたいなホントの話(呆)。
徳川脱走軍の兵士の中には、先祖以来将軍家からの扶持で暮らして来た徳川恩顧の人達や所属する藩の方針に反抗して脱藩してきた人達ばかりじゃなく、江戸で食い詰めて給料目当てで=仕事としてやって来ている人(借金取りから逃げて来たような人)やら、もともと荒っぽいことが好きでドンパチやりたいだけの人達も少なくない。
彼等のモチベーションを保つためには、金払いを良くし且つ勝ち続けることが必須。
そうじゃないと逃げられる。
ていうか最悪敵側に寝返られる。
そしてその可能性が一番高い(^^;
「さあて、ここからどれだけ永らえるか。勝負どこだな。忙しくなるぞ」
そう言ってぐりぐりと首を回し、肩を回して歩いて行く副長を見ていて、アレっと思った。
負けると判っている戦だとしても出来る限り長く生かすために戦う、って似たようなことを誰か言ってたような・・・。
あ、凌雲先生だ。
それが仕事だって言ってた。
生かした患者が悪人かどうか判断するのは自分じゃない、とも。
まるで職人だな。と思ったんだった。
そういえば副長も前からそんな感じだったな。
どっちが正義だとか武士の矜持がどうとか余り言わない(そういうのは局長担当だった)。
公儀の悪口だってボロクソ言うし。
そのくせ自分の仕事はキッチリこなす人で。
負けると判っている戦争でも、出来るだけ長く徳川脱走軍(=旧幕府軍)を存続させるために身命を賭して戦うんだな。
副長、カッコ良過ぎ。
時間を稼げればそれだけ戦争を終わらせる=敗戦の準備が出来る訳だし、その間相手を消耗させ続けることも出来るし。
参りましたと思わせて、停戦交渉も・・・夢じゃないかも?
「寝るぞ」
先に立って二階へ戻る背中は相変わらず広くて頼もしい。
階段を上る浴衣の裾から見え隠れする白い脹脛(←色白なんだよ)が、少し痩せたような気がするのは、以前に比べて歩く機会(距離?)が減ってるから?
やっぱ筋肉落ちたかなぁ。
・・・ん?
副長っていつから馬に乗り出したっけ?
蝦夷地上陸の頃は私等はまだ箱館に居なかったし、この地で最初に見た時はもう馬で移動するようになってて・・・。
もしかして、「奉行並」職って馬に乗るための身分?!
そこまで考えた時、先に階段を上がり切った副長がこちらを振り返った。
見れば、開け放したままの襖の向こうで小夜さん爆睡中。
先程から1ミリも動いていない模様(良かったー)。
しかし問題は彼女が掛け布団を2枚使ってしまってること。
体の下に1枚敷いたままだ(←副長が抜け出した跡)。
そこから、お前あっちでアイツと一緒に寝ろだの俺はそっちへ寝るだの言われてひと悶着。
小夜が寝ている布団の隣に空いてた敷布団を並べて敷いて、彼女をなんとか上手~く転がして(結髪してたら出来ない技v)体の下に敷いてた掛け布団を引き出して。
副長には私がその隣に寝ろと言われたんだけど、即行御辞退申し上げて次の間の寝床に逃げましたv
ついでに襖も閉めて、小夜と一緒の部屋に収まり頂いた(笑)。
あ!って小さく叫んだのが聞こえて可笑しかった。
それでも無視して布団被ってしばらく様子を窺ってたらそのまま静かになったので諦めてくれたみたい。
小夜と副長と。
二人一緒に過ごす時間が有って欲しかったんだよね。
副長からあんな話を聞いた後なら尚更。
お互い、相手のことを思いながら今一つ歩み寄れない二人だから。
意地を張ってるのか気を使ってるっていうのか・・・良く判らないけどなんかこう、構えた感じが有ってさ。
箱館に来てから目に見えて。
素直じゃないからなー、二人とも。
もっとちゃんと話し合って欲しいよ、素直に。
いっぱい有るだろ話すことがさー!
ていうか・・・。
もう限界~!
・・・zzz。
「待て幸、手ェ貸せ」
・・・(--)。
ここで聞こえないふりしたらどうなんのかな?と寸の間思って・・・諦める(タメイキ)。
もう一度、そろそろと襖を開けると、副長の手が寝ている小夜の手を握って居る(!)のが一瞬見えた。
が、それは乗っかってる彼女諸共掛け布団を持ち上げる為で、出来た隙間から体を滑らせて寝床から出ようとしているところ。
私を見るなり顎で呼び寄せ、
「厠だ。早くしろ」
あー。
なるほどー。
そうですかー。
ホントは尿意で目を覚ましたと。
そしたら私等の話し声がして、ひと騒ぎあってそのまま寝なきゃいけない羽目になったと・・・。
ナニその残念な展開!(小夜ちゃん可哀想)。
でもま、小夜に泣き付かれて寝たフリする副長がカワイイvから許す。
2人掛りでなんとか小夜を起こさずに寝床を抜け出すことに成功した副長が、そのままさっさと真っ暗な階段を下りて行くので手燭を持って追いかける羽目に。
「いくらお願いされたってこの年で寝ションベンなんざシャレにならん。ったく・・・」
ブツブツ言ってて笑った。
厠の外で、結構待たされたよ。
よっぽど我慢してたんだな(笑)。
手水を使って二階に戻るのかと思ったら、
「ついて来い」
裏口から外へ出た。
予想はしてたけど外は夜霧が立ち込めて真っ暗。
漆喰塗りの蔵が手燭の灯りにぼうっとオレンジ色に連なる間を、どんどん岸壁へ歩いて行く。
「火は消せ」
と言われたけど、
「消したら暗くて歩けませんよ」
新月だし星明りも無いのに。
仕方なく消さずにそのまま道の途中に置いて行く。
岸壁に出ると、大潮の夜だからなのかチャプチャプと波の寄せる音が近い気がした。
無論、暗くて海面も見えないけれど。
いや、何か左手の方向がぼうっと明るい。
北側の居留地の建物に遮られてはっきりは見えないが、おそらく海を挟んで向こう側の西軍陣地の篝火か、もしくは艦船の灯りだろうとは想像がつく。
敵が24時間ずっとすぐそこに見えてるって、こんな状態いつまで続くのかな。
神経戦にも程がある。
ん?
風に流されて何かワーワー聞こえるぞ。
「もう始まってたな」
と副長。
霧に反射しているのか時折チラチラ灯りが動く。
篝火?銃火なのかも。
「何か騒いでませんか?」
「夜襲さ。有川の敵軍に夜襲をかけろと言っておいたのだ」
ふふっと暗闇に副長の含み笑いが楽しげだ。
この人、きっとホントは自分で行きたいんだな。
でも行かずにここに居るということは、休養しなくちゃいけない自覚があるからなのか五稜郭の幹部連中に強制されたものなのか。
霧を含んだ湿気っぽい海風がつんつるてんの浴衣の脛を弄る。
乾きかけた洗い髪が顔に纏わり付くのがウザくて、蔵の陰に引っ込んで風を避けながら耳を澄ますが、霧が音を吸うのかそれ以上は聞こえなかった。
「時間稼ぎと演習代わりに毎晩でもやれと言ってある」
演習代わりとは、蝦夷地渡航時に元老中小笠原長行公と板倉勝清公、それと会津中将の弟君の元京都所司代松平定敬公配下の、つまりは唐津藩と備中松山藩と桑名藩の藩士達(+元伝習隊も)の混成部隊となった新選組に実戦経験を積ませる・・・というよりは、繰り返しゲリラ戦に投入して仲間意識を持たせようということなのかな。
なんか皆さん素性が良い分、かつての京都見廻組みたいな雰囲気有るもんね。今の新選組って。
ついこの間まで箱館市内ににそれぞれ元の藩主(君主)が居たわけで、その去就も気になっていたんだろうし。
なので集中させたいのかもしれない。戦に。
ゲリラ戦を繰り返す中で、より一体感を持たせようということなのかもしれない。
「出来るだけ時間を稼いで、それまでに新選組らしい仕事が出来るようにしとかねぇとな」
新選組らしい仕事って剣呑~と心の中でツッコミ入れながら声の方を見やるも、副長の表情は暗闇の中で見えない。
途中に置いてきた手燭から届く僅かな灯りで、辛うじてそこに居ると判る位。
伸びた髪を時折掻き上げる仕草が気配で判るぐらい。
「港の中は既に敵方に落ちたも同然・・・」
「!」
突然何を言い出すのかとびっくりした。
「とは榎本さん達の手前口には出来んが、蟠龍と回天が度々故障して万全の動きが期待できぬとあれば、港内に押し込められてる状態であることは確かだ。水雷とかいうのを海の中に仕掛けたとは言うが、効果の程は誰にも判らんしな。今のところ向こうも警戒して陸路でのみ攻めて来てはいるが、この分だと箱館の街中で昼夜問わずの市街戦になるのも時間の問題だ」
「でも、こちらに来るより先に五稜郭があるのでは?」
海岸沿いに敵が来るのなら、いくら何でも五稜郭(の横=七重浜)を素通りはさせないだろう。
まさか弁天台場のある箱館を見捨てて籠城はしない・・・と思うし。
津軽陣屋も在るし。
「無論素通りはさせんだろうが、七重浜を突破されたら五稜郭は厳しい。亀田の街に入られたら津軽陣屋も手一杯。水雷の外から船の大砲が届く弁天台場は敵艦から攻撃されまくりだ。まさか箱館の街中を狙って撃つ事はしないだろうがな」
居留地やら領事館やら外国人所有の家屋やらが在るから、か。
「なあ、何故アイツ等はああやって正面から時間をかけてこっちに向かって来るんだと思う?」
副長が蔵の壁に寄っかかった(気配)。
すぐ横から声が聞こえた。
急な質問に戸惑いながら、一番当たり前な答えを返す。
「こちらが降伏するのを待ってるとか?」
水雷の外からじゃ大砲が届かなくて側面攻撃が出来ない以上は、ジリジリと神経戦を展開するしかないんだろう。
「それならやはり箱館を先に人質に取った方が手っ取り早い。降伏か徹底抗戦か判断するのは五稜郭だ。あそこは最後まで残さねぇとイカンからな」
箱館を人質にって、どうやって・・・。
「では敵がもし明後日の方から来たらどうするぇ?」
質問を変えた。
試されてんのかな私。
あさっての方向って逆側からってことかな。
七重浜方向から逆と言ったら・・・。
「尻沢辺にも台場があります」
「大森浜沖にも敵艦は来るぜ?尻沢辺の台場なんざ黙らせるのに時間はかからない。やろうと思えば湯の川沖から直接五稜郭に向けて大砲をぶち込む事だとて出来るはずだが・・・」
艦砲射撃か。
言われてつい、昼間処置した負傷兵の傷の様子を思い出してしまう。
副長はまだ黙って私の答えを待っているようだけど、
「降参です」
するとすぐ横でクスクス笑い出すではないか。
「面白い。それが答えかそれとも・・・」
「あ、違います。何も思いつかないという意味で」
そしたら、
「良いんだ。降参すれば良い。警備兵を配置するにしても箱館山は広過ぎる。抜かれたら隠れる場所も無い」
箱館山には点在する神社の周りとか、何ヵ所かまとまって建材(もしくは船材)用に植林したっぽい杉林は有るけれど、他は長年薪用に伐採されて来た影響でほとんど禿山状態だ。
ていうか、
「まさか山越えして来ると?」
「出来なくはない。俺ならそうする。だから新選組を置いてるんだが、今のところ前戦は対岸だからどうしてもそちらに多く人を割かねばならない。陸でも戦力は限られてる」
あ!今だって夜襲かけてるし!
「な?奴等は海岸沿いにこっちの軍勢を引き寄せてるんだと思わないか?」
「それって向こうの思惑通りじゃないですか!」
と、思わずツッコミ入れてしまって副長も失笑。
「まあ、そういうことだな。今この状態で街に入って来られたら、五稜郭からも津軽陣屋からでさえ駆け付ける前に箱館は敵の手中だ。台場に張り付いて敵艦を相手にしてる奴等が持場放棄して出張る訳にも行かねぇだろうしな」
それってもう負けるんじゃね?
と、また口から出かかる(汗)。
「ああやって有川辺りでワーワーやってる間に箱館を押さえちまえば、うっかり異人の持ち家やら領事館やらを焼かずに済むし異国に口を挟まれることも無い。尤もそれを避けたいのは西軍だけのことではないがな」
内戦中に外国に付け入る隙を与えてはならないのは当然のことで、敵も味方も箱館の街を無傷で確保したいのは同じということか。
「そういうわけだから、もういつ何処から敵兵が箱館の街に入って来るか判らん。町方もいつ敵方に寝返るかも判らんしな。気を抜くなよ?用心するに越したことはない」
町方が寝返ると聞いて、うっかり萬屋さんの顔を思い出してしまう。
「副長は助けに来てくれないんですか?」
だって今、箱館に敵兵が入って来ても誰も駆け付けられないって言ったよね?
「あ?お前、目の前に居るのが箱館市中取締役と知ってて何言ってんだ?」
そうでした(汗)。
「奪還しに来るに決まってんだろ」
含み笑いで答えながら先程置いてきた手燭を自ら取りに戻る。
「最初はおそらく間に合わん。だから降参しろと言った。だが弁天台場も含め箱館の街は必ず奪還しに来る。必ず市街戦になると言っただろ?」
そういうことか。
ていうかそれ、「市街戦になる」んじゃなくて「市街戦を仕掛けに来る」ってことじゃないですかー(笑)。
手燭の灯りでようやく相手の顔が見えた。
伸びた襟足の髪が浴衣の襟に入るほど。
「でもそれだったら私等は既に敵の人質になってる訳だから、奪還するのは厳しくなりませんか?」
盾にされるのは目に見えてる。
すると、しょうがないなとでも言いたげに副長は溜息をついて、
「相変わらず心配症なヤツだな」
眉を下げた。
「お前らはそれで良いんだ。向こう側に居たほうが危なげ無ぇんだからな。何も考えるこたぁ無ぇ。言う通りにしろ。いいな」
え?
どういう意味?
待ってと言いかけるのを無視して、
「寝るか。つまらん話で時間を潰した。冷えただろ?疲れているだろうにすまなかったな」
手燭を持って歩き出す。
優しいことを言って欲しい訳じゃない。
納得行く説明が欲しいのに。
でも、もしかしたら言いたくないのかもしれない。
それで急に話を切り上げたのかも。
聞かない方が良いのかもしれない・・・。
そう思ったらなんだか余計にモヤモヤしてしまって。
「副長はこの戦、・・・負けると思ってるんですか?」
結局、聞いてしまった。
だって、そういう口ぶりだったもの。
敵方についてた方が安全だって。
副長が立ち止まった。
何か考えてでも居るかのように背中を見せたまま、ちょっとの間動かなかった。
やっぱまずいこと言ったかなと後悔しかけた時、目の前の両肩が動いて大きく溜息をついたのが判った。
振り向いた副長の、手燭の灯りに照らされた笑顔が・・・綺麗でまごついてしまう。
なのにきっぱりと、
「ここまで来たら誰が見たって負けるに決まってる。今更何を言うんだぇ?」
やっぱりそうか、と思った。
彼は声を潜めて続けた。
「俺達は今、やたらデカくて穴だらけの城で籠城している状態だ。城壁と言える城壁も無く、人も武器も足りない。外に味方も居ないから補給路も無い。食い物も弾薬も尽きる中で相手任せに右往左往して、その場しのぎにドンパチやってるだけなんだぜ?」
情景がストレートにイメージ出来て、ゴクリと唾を飲む。
蔵の間に反響する波音にも消されずに、たぶんそのまま聞かれてしまったと思う。
切迫感が押し寄せて来て、
「降伏するなら早い方が犠牲が少なくて済みます。それとも・・・最後の一人まで?」
失礼なことを言っている、と思った。
でもなんだか止められない。
「それを決めるのは榎本さんだ。俺の仕事じゃない」
副長の声は静かで優しかった。
それもなんだか自分を止められない理由のようで。
「でも、もうこれ以上犠牲者が出るのは嫌です。見てられません。病院はもう負傷兵でいっぱいで薬も包帯も足りないし・・・」
私は何を言ってるんだ。
そんなこと、副長に言っても仕方ないのに。
「すみません。余計な事を・・・。すみません」
俯いた拍子に、髪が顔にかかるのを片手で押さえた。
その小指が震えているのが判る。
きっと眠気でヘロヘロでおかしくなってるんだ。
これじゃ小夜と変わり無い。
副長のクスクス笑いが聞こえている。
夜中だから抑えてるけど、本当に可笑しそうで明るい笑い声だった。
「副長は、死ぬんですか?」
言ってしまったのは、きっと明るい笑い声のせいだ。
「死ぬつもりなんですか?死んでしまうんですか?」
死ぬ覚悟の人間は、きっと明るい声になる。
「それは自ら死ぬ気で居るか、という意味かぇ?」
無礼で非常識な質問だったと思うのに、聞き返した副長の声は慣れた質問にでも答えるみたいに落ち着いて普段と何ら変わり無い。
なのにますます不安になるのは何故だ?
髪を掻き上げ恐る恐る副長を見たけど、目の前が滲んで表情は見えない。
「そうです。この戦争が終わらないうちに戦っている最中に死のうと決めているのか?という意味です。自ら戦死しようと思っているかという意味です」
声の震えを抑えようとすればする程、なんだか不機嫌な声になってしまって。
副長は溜息混じりに、
「また馬鹿げたことを訊く」
本当だ。
何を子供みたいになっているのか。
今、私ごときが何を聞いたって、この人は相手を傷付けまいと本当のことを言ってくれないだろう。
聞いても仕方ないではないか。困らせるだけだ。
「すみません。やっぱり答えなくて良いです。失礼なこと言って申し訳ありませんでした」
頭を下げ、直るついでにこっそり涙を拭う。
「いや、いい。答えははっきりしている。だが早とちりはするな。良く聞いてくれ」
言われて構えたおかげで少し冷静になれて、堪えていた涙が引っ込んだ。
「この戦が終わったら、俺は死ぬだろう」
ハッとして顔を上げる。
きっと変な顔をしてしまったに違いない。
副長はフッと笑って、それから宥める様にゆっくりと頷き、話を続けた。
「腐っても新選組の副長だからな。捕まって、良けりゃ切腹。まあ打首獄門が妥当か」
息を飲んだ。
「そんな・・」
「良いから黙って聞け」
副長は笑顔のままだ。
「敵の本元は薩長だ。俺は必ず首を刎ねられる。逆に俺がこの戦で死んじまったら、新選組組長として俺の代わりに他の誰かが首を刎ねられることになる。そんなことをさせられると思うか?手前ぇが辱めを受けたく無ぇからと誰かを身代わりに置いて、自分だけ戦場で綺麗に戦死しようなんてズルは卑怯だろ?それこそ近藤さんに申し訳が立たねぇ」
副長の口から不意にこぼれ出たその名前にハッとする。
それに気が付いたのか、
「まあ、だから・・・つまり、近藤さんの真似っこをしようという話さ」
そう言って副長が髪を掻き上げた。
副長らしい照れ隠しの自己ツッコミだ。
両脇に連なる蔵の白壁に影が大きく動く。
「あの人のお陰で俺たちはここまで生き延びられたんだからな」
と、視線を外したその目の先には何が映っているんだろう。
近藤局長の斬首を知った後、この人はどんな思いでここまで来たのだろう。
怒りと哀しみと悔しさと、慚愧の念をどうやって乗り越えて来たんだろう。
「俺の首を取れれば薩長だとて多少は気が済むだろ。それで榎本さんや大鳥さんが御赦免になるとは思わんが、死罪だけでも免れたら首を刎ねられる甲斐も有ろうというものだ」
真っ直ぐ視線を戻して、にっこり笑って見せた。
私はと言えば、副長なりの戦の仕舞い方を不意に目の前に持って来られて息も出来ない。
今まで考えたことも無かった。
茫然として何のリアクションも出来ずにいる私に、まるで子供を諭すみたいに副長が続ける。
「古来、大名がやらかした日にゃ家老が代わりに切腹するのが倣いだ。毛利の殿様もそうだったろ?」
最初の長州征伐の時か。
「アレと同じよ。尤も俺の首にそれだけの価値が有ればの話だが。まあ、これでもここでの肩書だけは長ぇからな。いくらか箔も付くだろ」
陸軍奉行並兼箱館市中取締兼陸海軍裁判局頭取という、実にファジーでフレキシブルな己の役職名を揶揄して笑い、
「奴等だってこの戦には莫大なカネと労力を投入して来ている。元も取れない上に敵の大将の首も上げずには収まらんだろう。だが幸いすぐ近くで異国船が終始見物しているから、これまでみたいな傍若無人も出来んだろうし、案外榎本さん達が助かる見込みは有ると思うぜ?」
せめて自分一人だけでも犠牲になれば皆が助かる可能性は高くなる、ということか。
何だよ!それ!
そんな独り善がりな覚悟!
副長らし過ぎて反論も出来ないじゃないか。
この、まんまと出し抜かれたような気持ちは一体何処へぶつけたら良いんだ。
納得が行かずに俯いていると、優しい声音が降って来た。
「お前等は病院から動くな。あそこには味方が居る」
味方?医師達のこと?
「お前なら気付いているだろうが、もう街中に俺たちの味方は居らん」
徳川脱走軍の支配に対して町方の不満が募っているのは、萬屋さんの言動でも判る。
「だがあそこは違う。箱館病院はもともと山ノ上町の女郎達の診療をするのに建てられたものだ。近隣の住民の病も診て来た経緯がある。誰彼無く診てくれるのは高松院長も同じだしな」
確かに。
「はい。今も箱館山に避難しながら病院の手伝いに来て下さる姐さん方や女将さんたちが居ます」
「そうか。ならその中に紛れて居れば良い。だが、気を付けろ。病院は山から近い。敵が入って来たら逃げ場が無い。外からの助けも届かないだろう。院長が居るなら言う通りにして居れば良いが、もし不在の時にはさっき自分で言った通りに、ちゃんと降参するんだぞ」
と笑い、それから眼光鋭く目を細め、
「良いか?抵抗はするな。負傷兵どもにもそう言い聞かせろ。そして目立つな。相手は戦でのぼせ上った荒くれどもだ。目を付けられたら何をされるか判らねぇからな」
そこまで言って副長は眉を上げ、大きく一つ溜息をついた。
「サテ問題はアイツだ」
うん。二階に寝てるアイツだな(--)。
「アイツはただでさえ目立つからな。言たって聞かねぇし、時たま突拍子も無ぇことやらかすし。猿轡噛ませてグルグル巻きにして物置にでもぶっ込んでおくのが一番なんだが」
ぷ。目に見えるようだ。
と、笑いかけたのに、声が優しくて戸惑う。
「俺は助けられねぇ。お前が頼りだ。判ってるな?」
判ってるけど、それはちょっと責任が重いなと思った耳に、
「死ぬなよ?」
と続けて聞こえて、何故か突然判ってしまった。
この人は、私に荷物を背負わせて逃げれないようにしたいんだ。と。
沖田先生が亡くなった時の詳しい経緯を、私は誰にも話して居ない。
もちろん副長にも。小夜にさえ。
皆いろいろ気を遣ってくれて誰も根掘り葉掘り聞きだそうとしないのも助かってるけど。
でも、誰にも言えない事情を抱え、あの時の絶望を押し殺してここまで来たことを、この人は察してくれてる。
言えない事情を聞かないまま(それは小夜も同じだけど)、言えない中身さえも、もしかしたら察してくれてるんじゃないかと、思えた。
死を選ばぬようにとの念押しは、もしかしたらこんな時には誰にでも言うような言葉であるかもしれないけど、この時の私にはそう聞こえたんだ。
私自身の性格も、もうすっかり把握されちゃってるしね。
ひとの責任感をちゃっかり利用して、生きることから逃げられないように仕向けてしまった副長の巧さが小面憎いのと同時に・・・その気持ちが痛い程、沁みて。
「はい・・・」
うっかりまた涙が出て下を向く。
下駄を突っ掛けた、足指の欠けた左足が目に入る。
「アイツを頼んだぞ」
副長の本音が零れた気がした。
一番言いたかったのはきっとコレだなと、ちょっと笑えて。
そして私は副長の一番大事な荷物を預けられたと、そう思えて。
「はい」
涙を拭って顔を上げた。
ちゃんと目を見て答えたかった。
満足げに目を細めて笑うと、手燭の灯りの中にも相変わらず睫毛の影が濃い。
「それからもう一つ。この話は誰にも言うな。誰にもだぞ?アイツにも、無論新選組の誰にもだ」
「はい。判ってます」
「お前だから言ったんだからな。判るな?」
と、子供にでも言うみたいに小首を傾げて念を押す。
部下でもなく兵卒でもなくフリーだから冷静に聞いてくれると思ったのか?
それとも単に口が堅いと思って信用したのか?
もしかして沖田さんの使いだから?
それとも大事な荷物を預ける相手だから?
あるいは私自身の生きるモチベーションを作ってくれようとして?
どれでも良い。
その全てに感謝した。
「はい。ありがとうございます」
すると副長はまた照れたのか、ちょっとだけおどけた風に、
「何しろ兵卒どもには必ず勝つと言っとかんといけねぇからな」
西軍の蝦夷地上陸の後、脱走兵が出始めたと聞いている。
病院でも負傷兵がひそひそ噂話をしているのを聞いたことがある。
向こうの方が払いが良いとかなんとか。
そういう情報はナント!前戦で敵兵と直接やり取りして聞くらしい。
嘘みたいなホントの話(呆)。
徳川脱走軍の兵士の中には、先祖以来将軍家からの扶持で暮らして来た徳川恩顧の人達や所属する藩の方針に反抗して脱藩してきた人達ばかりじゃなく、江戸で食い詰めて給料目当てで=仕事としてやって来ている人(借金取りから逃げて来たような人)やら、もともと荒っぽいことが好きでドンパチやりたいだけの人達も少なくない。
彼等のモチベーションを保つためには、金払いを良くし且つ勝ち続けることが必須。
そうじゃないと逃げられる。
ていうか最悪敵側に寝返られる。
そしてその可能性が一番高い(^^;
「さあて、ここからどれだけ永らえるか。勝負どこだな。忙しくなるぞ」
そう言ってぐりぐりと首を回し、肩を回して歩いて行く副長を見ていて、アレっと思った。
負けると判っている戦だとしても出来る限り長く生かすために戦う、って似たようなことを誰か言ってたような・・・。
あ、凌雲先生だ。
それが仕事だって言ってた。
生かした患者が悪人かどうか判断するのは自分じゃない、とも。
まるで職人だな。と思ったんだった。
そういえば副長も前からそんな感じだったな。
どっちが正義だとか武士の矜持がどうとか余り言わない(そういうのは局長担当だった)。
公儀の悪口だってボロクソ言うし。
そのくせ自分の仕事はキッチリこなす人で。
負けると判っている戦争でも、出来るだけ長く徳川脱走軍(=旧幕府軍)を存続させるために身命を賭して戦うんだな。
副長、カッコ良過ぎ。
時間を稼げればそれだけ戦争を終わらせる=敗戦の準備が出来る訳だし、その間相手を消耗させ続けることも出来るし。
参りましたと思わせて、停戦交渉も・・・夢じゃないかも?
「寝るぞ」
先に立って二階へ戻る背中は相変わらず広くて頼もしい。
階段を上る浴衣の裾から見え隠れする白い脹脛(←色白なんだよ)が、少し痩せたような気がするのは、以前に比べて歩く機会(距離?)が減ってるから?
やっぱ筋肉落ちたかなぁ。
・・・ん?
副長っていつから馬に乗り出したっけ?
蝦夷地上陸の頃は私等はまだ箱館に居なかったし、この地で最初に見た時はもう馬で移動するようになってて・・・。
もしかして、「奉行並」職って馬に乗るための身分?!
そこまで考えた時、先に階段を上がり切った副長がこちらを振り返った。
見れば、開け放したままの襖の向こうで小夜さん爆睡中。
先程から1ミリも動いていない模様(良かったー)。
しかし問題は彼女が掛け布団を2枚使ってしまってること。
体の下に1枚敷いたままだ(←副長が抜け出した跡)。
そこから、お前あっちでアイツと一緒に寝ろだの俺はそっちへ寝るだの言われてひと悶着。
小夜が寝ている布団の隣に空いてた敷布団を並べて敷いて、彼女をなんとか上手~く転がして(結髪してたら出来ない技v)体の下に敷いてた掛け布団を引き出して。
副長には私がその隣に寝ろと言われたんだけど、即行御辞退申し上げて次の間の寝床に逃げましたv
ついでに襖も閉めて、小夜と一緒の部屋に収まり頂いた(笑)。
あ!って小さく叫んだのが聞こえて可笑しかった。
それでも無視して布団被ってしばらく様子を窺ってたらそのまま静かになったので諦めてくれたみたい。
小夜と副長と。
二人一緒に過ごす時間が有って欲しかったんだよね。
副長からあんな話を聞いた後なら尚更。
お互い、相手のことを思いながら今一つ歩み寄れない二人だから。
意地を張ってるのか気を使ってるっていうのか・・・良く判らないけどなんかこう、構えた感じが有ってさ。
箱館に来てから目に見えて。
素直じゃないからなー、二人とも。
もっとちゃんと話し合って欲しいよ、素直に。
いっぱい有るだろ話すことがさー!
ていうか・・・。
もう限界~!
・・・zzz。
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