もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

細紐を帯代わりに、光沢のある黒っぽい着物(大島?)をガウンの様に緩く着込んで、つんつるてんの裾からはもう1枚、中に着込んだ暗い色(小豆色?)の衣服の裾が出てる。
袖口からも同じ生地の筒袖が見えているから、長袖のワンピースみたいなのを着物の下に着てるらしい。
襟からも同じ色のスタンドカラーが覗いている。

ガタイが良くて身長は六尺以上有るかも。
低い天井に頭が擦りそうに見えて、ちょっと前かがみになってる?
黒髪で髷は結ってなく散切り頭。

私の後に続いて小夜が中に入るとすかさず手を伸ばして板戸を閉めたんだけど、その動きにつれてふんわり良い香りがする。
でも日本では嗅いだことのないような。

「中国人?」

薄々思ってたのを小夜が先に口にした。
相手の足元を指差してる。
薄暗い中にスリッポンみたいな靴のソールが、そこだけ白く浮き上がって見える。

「中国なんてまだ無いよ。それを言うなら清国人」

言いながら、外国人は箱館から強制退去になったはず、と不審には思った。
だから隠れて居るのかな?とも。

土間を進んで奥の階段から直接二階に案内された。
そしておそらく位置的に考えて北東向きの角部屋=先程人影が見えた部屋へ。

お香の強い匂いがしてる。
部屋の真ん中にテーブルがあって、蝋燭の灯りの中に洋風な?調度が整えられているようだ(まだ良く見えない)。
足元には絨毯が敷かれている。
裸足の足裏に滑る感じが絹っぽい。

小夜がゲホゲホわざとらしく咳込みながら、

「くっさい」

と失礼なことを言った。
きっと日本語が通じないと思って。

「キツイわこの匂い」

すると相手がすぐに窓を開けにかかったのでちょっと焦ったケド。

雨戸をほんの少し開けただけで西日が部屋に差し入って来る。
暗さに目が慣れて来ていたこともあり、一気に周りの様子が目に飛び込んで来た。

見たことも無いような大きなボストンバッグが二つ、部屋の奥に開いて立ててある。

高さは我々の肩ぐらいもある。
中は布張りの引き出しになっていて開ければそのままタンスとして使えるような、洋服もハンガーに掛けたまま収納できそうなヤツ。
革製で重そうで高価そう。

黒い材質の螺鈿の模様の入ったテーブルの上には、何やら科学実験に使うような道具や小さな色のついたガラス瓶、洋酒の瓶らしきコンプラ瓶やら。
読みかけらしく栞の挟んである革の表紙の分厚い洋書。薬をすり潰す乳鉢、匙、天秤、インク壺に硯に筆。
取っ手の付いた小型(旅行用?)の銀の燭台には線彫りで植物の葉の模様が施してあり、今しがた消したばかりらしい洋蝋燭からは溶けた蝋が筋を引いていた。

お香の匂いと思ったのは、もしかして薬品の臭いだったかもしれない。
アルコールっぽい臭いもしてるし。

窓からの風が美味しくて思わず深呼吸してしまった。

テーブルの上の書きかけらしい便せんには流れるような英字が書かれている。
綺麗な字、と読もうとした時(筆記体を読むには集中力が要るんだよ)、

「あら?この人、どっかで見たことある」

勧められもしないうちから勝手に椅子に腰かけて、小夜が相手の顔を覗き込んでた。

差し向かいに座って無言で処方箋を見ていた清国人は、どちらかと言えば丸顔っていうか顔の幅があるっていうか、南方系の顔付き?
顎ががっちりしていて目鼻立ちがはっきりしていて男らしい顔立ち。
日本人にはあんまり無い顔だけどイケメンと言って良いかも(だから小夜がガン見してるんだよな)。
特に二重の目が大きくて、無表情でも迫力がある。
年の頃は三十前後。かな?

うーん、確かにどっかで見たような。
築島の居留地辺りでだったかな?(白人の暮らす所には必ずと言って良いほど清国人が居る)。

視線を感じたのかおもむろに目を上げ、謎の清国人は左手で前髪を持ち上げ額を出した。

「ん?」

何をするつもりだろうと私等が不思議に思っているのを無表情のままに楽しんでるんだか知らないけど、右手で傍らに置かれた黒い中華帽を掴んで頭に乗せ、前髪を中に入れ込むと、後ろに垂れていた長い三つ編みを胸元に垂らして見せた。
それまでと同じ無表情が何故かドヤ顔に見える(笑)。

「ちょ!帽子に三つ編みくっついてるぅ!」

二人して盛大に吹き出してしまってから、

「この人!戎三郎さんの商売相手の中国・・じゃなくて清国人じゃない?えー!なんで?髪切ったの?ていうか伸ばしたの?」

笑い声のまま小夜が言った。
切ったのか伸ばしたのかどっちなんだ!という突っ込みは置いといて。

去年蝦夷地に渡って来た時、乗せて貰った俵屋の戎三郎さんの船に一緒に乗ってた清国人だった。
でもその時は髪も辮髪だったはず。
生え際を10センチぐらいぐるっと剃り込んで、頭頂に残った髪を長く一本の三つ編みにして後に垂らす、アレ(頭にぐるぐる巻いてたりもするヨ!)。

つまりこの人、辮髪を切って生え際を伸ばしたんだな。
生え際の髪が結構伸びてるので、きっとあれからすぐに切ったのかも。
それにしても切った辮髪を帽子にくっつけるって!

「なにソレ面白過ぎ!ちょっと貸して!どうなってんのコレ」

小夜が手を伸ばすと相手は屈託無く帽子を渡し、無表情のまま再び処方箋に目を戻した。
うーん、無表情だけど別に機嫌が悪くも無いみたいだし、悪い人でも無さそう。無表情だけど。

「やだー!ちゃんと縫い付けてある~!自分でやったのかしら」

と帽子の裏を返して確かめてから一瞬自分で被ろうとし、ようやく無理だと気付いたみたいで(お前島田結ってるしな!)、

「アンタ被ってみてよ」

私かよ!

「私だって無理だよ。何言ってんの」

アナタにはさんざんポニーテールと言われてますけど、一応総髪に結ってるんだし。

「えー、残念」

と、不服そうに唇を尖らせ帽子をテーブルに置く小夜を見て、さっきまでピリピリしていたテンションが普段通り上がって来たことにはちょっとばかりホッとしていた。
緊張が緩んだっていうか。

「Opium tincture・・・」

不意に声がして、見るとテーブルの上に高さ5センチほどの黒い小瓶が出してある。
いつの間に?(私等がバカ話してる間にだ)。

「How to pay ?」

相変わらず無表情だけど、視線を合わせると威圧感があるな。

「あら、この人英語喋れんのね?」

そりゃ洋書読んで横文字で手紙書いてんだから英語喋ったっておかしくはない。
そもそも箱館に居る清国人なんてほとんど白人に雇われた買弁なんだから。
雇い主の国の言語を喋れなくちゃ商売にならんでしょ。

小夜のボケた質問は流して、

「支払いはどうするかって聞いてるよ?」

「幸ちゃん英語出来て助かるわー」

おどけた言い方が冷やかしのソレ。

「出来るっていうか中学英語までならね。でも喋りが通じるかどうかは判らないよ。発音とか自信無いし。小夜だって中学から英語習ったでしょーに」

「それは言わない約束~」

ペロッと舌を出した。

「Would it be better to write it down ?」

筆談の方が良いかと聞かれた(たぶん)。

「ほらぁ、早くお金出して」

清国人さんの英語はネイティブじゃない分、日本人には聞き取りやすいかもしれない。
声も低めで大人っぽい良い声だった。

小夜が帯の間をまさぐって預かって来た一分金を差し出すと、相手は筆談の為に?持ち上げかけた小筆を硯の上に戻してそれを受け取り、外からの光にかざして見た。
それから、自分の懐から同じく一分金を取り出し、テーブルに置かれた小さい天秤の皿の上に置いて重さを確認する様子。

「やっぱり疑ってるのかしら?」

と、小夜まで知ってる。

箱館政権は資金繰りに困って贋金まで鋳造し出したって、もうだいぶ前から噂が立ってるからなぁ。
あながち嘘でもないらしいのがまた困りもので。

でもそれって二分金だったと思ったな。
それに酒井先生が預けて寄こしたお金が偽物ってことは無いと思うし。
ていうか本物の黄金じゃないと取引してくれないって言ってたし。

とか思いながら秤が釣り合うのをぼーっと見てたら、

「ファット ユア ネーム?」

「!?」

ビックリして隣を見たら、いつの間にか勝手に筆を使ってその辺の紙に自分の名前書いてんですけど!

「私はこういう者です」

って、筆で書いた「小夜」の文字が下手クソで吹き出しかけたのに、

「ショーヤ」

って速攻答えられてて爆笑。

「なにソレ、まんまじゃん!」

憮然と答える小夜の顔が笑うなって睨んでるけど無理。

「ショーヤじゃなくてサヨだから!サヨ!で、あなたの名前は?」

「アーロン」

「あら、名前まで洋風?」

というやり取りの間に小夜から筆を受け取り、

「私はこういう者です」

「Yuki ?」

「あ!幸ってばズルい!」

アルファベットで書いたもんねv

「アーロンって・・・」

どう書くのか聞いたら『阿龍』って書いてくれた。

とんでもなく字が巧くてビビる程。
筆の持ち方が独特で、まっすぐ立てて書く。
親指と小指と薬指で筆を持って中指と人差し指は添えるだけな感じ。
その中指にゴッツイ指輪が嵌めてあった。

発音はalongに近いらしい。
でも英語ではRの発音で、つまりAaronと呼ばれるらしい。

本名じゃなく通り名なんだろうな、とは思った。
いかにも西洋人には呼び易い名前だし。

「Certainly I received the price」

お代は確かに、ぐらいの意味かな?

彼は本物と判った一分金を懐にしまって、薬の小瓶をついっとこちらに差し出した。
コルクで栓のしてある小瓶にはラベルも何も無くて、

「これってどうやって使うの?」

小夜が光の差す方向にかざして見てる。
褐色のガラス瓶の中に黒っぽく液体が揺れるのが見える。

「えーと、how to use・・・Please tell me how to use かな?」

聞く前に既に何やら書いてくれてて、

僅在需要時   
每天最多三次    
二毫升至三毫升  
至少離開四個小時 

横から見てたけどさっぱり判らない。
綺麗な、印刷したみたいな楷書なんだけどね(凹)。

それを言わずとも察してくれて、順番に英語でゆっくり解説してくれた。

「Only when needed」

必要な時だけね。頓服ってことか。

「Up to 3 times a day」

1日3回・・・up to って、えーと、3回までってことかな?

「2ml to 3ml once」

2ミリリットルから3ミリリットル?1回の量?

「Leave at least 4 hours」

ん?4時間?Leave at least って何だっけ?

すると彼は両手をテーブルの上で動かして説明してくれた。

「For example.From the 1st time to the 2nd time.Between 4hours or more」

「あ、そうか。4時間以上空けるってことか」

なんとか理解できたー。
たぶん安心したのが判ったんだろう、

「Good」

とタイミング良くMr.アーロンが言ったのを聞いて、

「もしかしてこの人日本語判ってるんじゃない?」

小夜がテーブルに頬杖ついて、にやにやイケメンを眺めてる。

筆を借りてメモを書き足した。

僅在需要時    とんぷく  
每天最多三次   1日3回まで 
二毫升至三毫升  1回2mlから3ml
至少離開四個小時 4時間以上空けること

超絶綺麗な字の下に自分の拙い字が(恥)。

でもなんとか自分の役目は果たしたぞ。
よっしゃー!と内心安堵してたのに、

「でもさー、2mlとか3mlとかどうやって量んの?」

あ。

「スポイトでも有ればできるけど。適当に飲ませちゃったらヤバイんでしょ?借りてく?」

うわー確かに。
気付いてくれて良かったわ。
ていうか先に気づかない自分の頭の回らなさに凹む。

テーブルの上の道具類の中には試験管とかピンセットとかスポイトやメスシリンダー(懐かしい)も有る。
でも、これは彼の商売道具なはず。
なので恐る恐る聞いてみる。

「Can I rent it ?(それ、借りれません?)」

「Impossible」

一言だな。
当たり前か。
用具まで客に貸し出せるほど沢山有るわけじゃないだろうし。

「インポッシブルってなんだっけ?」

と小夜。

「不可能。つまりダメだとさ」

「うわ、ケチ」

「こら」

「だって水薬だもん、仮にここで1回分ずつ量って貰ったって小分けにする入れ物だって無いんだよ?量る道具も一緒に持って行かなきゃどうすんの?」

全く仰せの通り。
どうしよう、と考え込んでたら、

「What's wrong?(何か不都合でも?)」

「あー、I don't know how to ・・・」

量るってなんて言えば良いんだっけ?

「How to measure?かな?体積だからvolumeか?」

すると彼は席を立ってボストンバッグの引き出しを漁り始めた。

「There are also tablets. Is it better ?(錠剤もあるが、そちらがよろしいか)」

タブレットって!

「錠剤が有るってさ!」

「うそ!凄いじゃん。この時代に錠剤って有るんだ」

小夜も食いついて来る。が、

「あー、もしかして丸薬のことだったり?」

と思い直したのか急に真顔に戻る(笑)。

まあ、相手は清国人だし漢方薬ならば丸薬だよね。
でもしかし、だ。
タブレットと丸薬は違うんじゃないか?

「Used in the American Civil War」

蓋にガラス片で花模様を飾った金属の小さなピルケースをテーブルに置き、椅子に座り直してMr.アーロンが言った。

Civil Warってなんだっけ?と考えながら蓋が開けられるのを見てると、

「But very expensive(でもお高いですよ)」

中には黒い錠剤(!)がいっぱいに。
とはいえ直径3センチ位の小さな楕円のケースだったからせいぜい10錠位かな?

「エクスペンシブって、いくら?」

それくらいの単語は聞き取れたらしい。
小夜が身を乗り出した。

私はようやくCivil Warが内戦の意味だと思い出し、つまりAmerican Civil Warは南北戦争のことだと思い当たったところ。

「1kobang」

え?

右手の指を1本立てて、相手はやっぱり無表情。
kobangは来日外国人独特の表現でそのまま小判のことだ。

「小判1枚ですってー!?」

と一旦椅子から立ち上がった小夜が、

「高すぎるわ。そんなお金無いし。」

ドスンと音を立てて椅子に座り直した。
窓から差す陽の光に埃がキラキラ舞った。

「だったらむしろそのスポイト買うわ。ハウマッチ?」

「2 kobangs」(←複数形なので小判にも「s」が付きます)

そう言うだろうなという返答が速攻帰って来て、

「ばーか。馬鹿にすんな!そんなにするわけないでしょ。足元見やがって」

そういうことだ。
私等は薬を買いに来た。
そんなもの要らねぇカネ返せ!っていつもみたいにケツまくって帰るわけにはいかないんだよね、小夜ちゃん。

「discount Please(まけて下さい)」

と頼んでも、

「Can not(無理)」

の一言。
毛ほども表情変えないし。

「ったく、言い値で買えってか!商売だからって物が無い時だからって、需要と供給のバランスだからってー!どんだけ強欲なんだチクショー!」

うがー!って唸りながら小夜がしかめっ面でガシガシ爪を噛んでる。
無理も無かった。
時間が押してる。
いつも通りに振舞ってはいても、ホントは早く副長の所へ行きたいに決まってる。
もうアヘンチンキを買って帰るしかないな(計量のことは行ってから考えるしかない)と思い始めた時、Mr.アーロンがテーブルの向こう側から手を伸ばして小夜の手を掴んだ。
爪を噛むのをやめさせようとしたみたいだった。

「何すんのよ!放しなさいよ!ほっといて!」

噛みつきそうな勢いでそう言った小夜の表情が突然固まって、相手の手を見てる。
自分の手を掴む男の、ゴツイ手指に嵌められた指輪を。

蛇の意匠だった。
2匹の蛇が絡まったデザインで。
金の蛇の目には緑の石(翡翠?エメラルドかも)、銀の蛇の目には赤の、キラキラしてるからおそらくルビー。
最初に見た時から目立ってて、今遠目に見ても目立ってる。
蛇の意匠がお金を引き寄せるアイテムと思われてるのは清国も一緒なのかな?(てかそっちが本家?)。
清国人らしいなとは思ってたけど。

「判った」

気の抜けたような声で小夜が呟いた。
きっと諦めてアヘンチンキで手を打つことにしたんだろうとちょっとホッとしたんだけど。
爪を噛むのをやめ、解放された手を袖から引っ込めて懐をもぞもぞ探してる。

まさかヘソクリでも出すのか?
アンタそんなにカネ持ってるのか!
と思った時、

「これでどう?」

ポイっとテーブルの上に出したもの。

鹿革に山丹服の端切れを張った煙草入れ。
五本爪の龍の刺繍が青い繻子の光沢を纏って、今見ても綺麗・・・。

って、

「小夜!アンタそれ!」

もともとは俵物問屋の若隠居の戎三郎さんのもので、副長が借り受けていた。
最後に持っていたのは監察の山崎さんで、鳥羽伏見の戦いの直前に挨拶に来た時置いて行った。
なのでホントは戎三郎さんに返さなきゃいけない物なはずだけど、山崎さんの形見みたいな気がして手放す気になれなくて(←小夜が)、つまりガメてたわけだ。
持ってて良いと言われてたのかもしれないけど、詳しい事は知らない。
しかもそれ確か清国人には見せるな(異常に欲しがるから=盗まれるから)って言われてなかったっけ?

「仕方ないじゃん。お金無いし」

あっさりそう言って、

「緒締めもウニなんちゃらって漢方薬の材料らしいわよ?高価なものだって聞いたけど?」

交渉相手にまっすぐ視線を合わせて微笑んだ。
ドヤ顔と言って良いかも。

Mr.アーロンの方は無表情ながら煙草入れに目が釘付け。
思わず?手を伸ばして触れようとした瞬間、小夜がサッと取り上げ、

「ちょっと待って。一応聞いておくけど、その薬、ホントに痛み止めの薬なんでしょうね?」

え?

「見たところ私物の薬入れに入ってるただの黒い錠剤だけど?効能書きも原料も製造元も何も書いて無いし。それを薬って言ってるの、あなただけだけど?どうやってそれを痛み止めの阿片だって証明してくれるの?」

コイツいきなり上から物言い出した!(でも悔しいけど言ってることは妥当)。

「高いお金出して買ってって、病人にそれ飲ませてどうにかなったら、・・・もし死んだりしたらどうしてくれんの?アンタ責任取ってくれんの?賠償金いくら出すの?えぇ?」

凄んでる(唖然)。

「どうせこっちの足元見て高く吹っ掛けといて、箱館から逃げる足代稼ごうってんでしょ?適当に怪しい薬買わせて、効果が無くて文句を言おうにもその頃にはもう箱館に居ないって寸法でしょ?馬鹿にすんじゃないわよ」

腕を組んで椅子にふんぞり返ってソッポを向いた。
完全にケツまくってる(滝汗)。

「What does she say ?(彼女は何を言ってるのか)」

あっ!あんまりビックリして忘れてた。
Mr.アーロンが困惑して(助けを求めて?)こっちを見てる。
慌てて説明しようとして、でも何と言って良いのか英語表現が判らずあたふたしてたら、

「Try it!」

小夜が机を叩いて恫喝(英語喋った!)。

「あなたが飲んで証明するしかないでしょ?効くかどうかわからなくても、とりあえず安全だってことぐらいはさー!」

と睨みつけといてからーの、ニッコリ笑って明後日の方を向きながらヒラヒラと煙草入れをちらつかせ、

「アタシ何かおかしいこと言ってるかなぁ?」

猫なで声で煽る・・・って。
この状況を自分の拙い英語でどうやって(相手の機嫌を損ねず)説明しようかと思ったら、ちょっと血の気が引いた。


結局、

「She is worried.Is this medicine a fake ?(彼女は心配しています。薬は偽物ではありませんか?)」

としか説明出来ず、相手は小夜の言動の長さに対して私の訳文が短過ぎる(汗)のを訝しみながら、

「This was given by a friend and not a fake(薬は友人から譲られたもので偽物ではない)Why she said to try(彼女はなぜ試せと言ったのか?)」

「あー、えーと sorry. She is nervous」

大汗をかきながら言い訳すると、

「I'm a merchant. not a scammer」

自分は商人だ、と言ってるのは判ったけど、スキャマーってなんだっけ?
単語が判らないよ~。

それにしても不快には思ってるはず。
相変わらず無表情だけど。
胃が痛いわー。

「ナーバスで誤魔化すな。証拠が無いのを買うんだから値引きしろって、ちゃんと言ってよ」

さっきの剣幕とは打って変わってケロリとした様子で小夜がツッコミ。
結局、コイツがゴネたのはそれが目的だった(疲)。

「You say not fake. But no evidence.so Please discount(あなたは偽物ではないと言いますが、証拠が無い。値引きして下さい)」

僅かな沈黙の後、

「Good.But this is not enough」

それにしてもこれでは足りないと、先程預けた一分金をつまんで見せた。

「一両を一分にしろとは言わんわさすがに」

それじゃあ75%オフになっちゃう!と小夜が笑って、煙草入れを渡した。
渡されたものを彼がしげしげと眺めている間、小声で内輪話。

「小夜ってばホントに手放しちゃって大丈夫なの?」

「良いの。戎三郎さんには後でちゃんと説明する」

「でも相手は清国人だよ?もしこれで煙草入れが帰って来なくなったら・・」

「大丈夫だって。なんとかなるって。ていうかこの人戎三郎さんの商売相手なんだから、イザとなったら戎三郎さん自身が買い戻してくれるでしょ」

ペロッと舌を出した。
な、なんだってー!
と、こっちは驚いて言葉も出ない。
計算ずくかよコイツ!

「This is too much(これでは多すぎる)」

と、Mr.アーロンは金庫にしているらしきボストンバッグの引き出しの中から小判を3枚出して来てテーブルの上に置いた。

「???」

「change」

changeって?取り替えるってこと?

と思っていると、ピルケースと一緒にこちらに渡して来た。

「どゆこと?」

小夜も困惑してるが。

「多いって言ってるからお釣りってことじゃないかな?薬に3両足して煙草入れと同等ってことかも」

「どんだけ高いのこの煙草入れ。びっくり」

ていうか、本当はもっと価値があるものなのかもしれないけどね。
薬の値段も煙草入れの値段も値踏みは相手任せなんだし、結局ボラれてるかどうか私等には判らないんで。
向こうは素人相手で内心ほくそ笑んでるのかも知れないけど、とりあえず我々としては目的以上のものが手に入った事実に納得するしかない。

「交渉成立?」

と、勝利?宣言しようとしたら、小夜は首を振って、

「ううん。これは要らないわ」

小判を返すではないか。

Mr.アーロンの目が小夜と小判を交互に見て、表情がちょっとだけ動揺(困惑?)しているように見えた。

「この煙草入れで薬を買うわけじゃないから。代金の一両は後で持って来る。それまで預かっておいて」

質草かよ!と内心ツッコミ入れましたー。
最初からそう言ってくれればこっちだってあんなに驚いたりはしないのに。
それでも持ち逃げされる心配は拭えないけれども。

「I will bring the price later(お代は後で払います)」

と、なんとか最低限の通訳はしなくちゃいけないのに、

「急ぐからもう行くわ」

言うなり小夜はピルケースだけ懐に収めて立ち上がった。

気が付けば、窓から差す陽がだいぶ角度を変えている。

「え!ちょっと待って!」

薬の用法聞かなくちゃダメじゃん!

きっと相手は何が何やら訳が判らないで居たはずだけど、無理やり用法を書いて貰って日本語でメモ書きを入れてー。

「幸ィ!早く!日が暮れちゃう」

声は既に外からしてる。
仕方ない、

「先に行ってて!」

後から走って追いかければ良いやと必死に筆を動かしてたら、今度は二階に駆け戻って来る様子。
急かしに戻って来たんだと思ったら違った。

「忘れるとこだった」

と、息を切らしながらMr.アーロンに向かって手を出して、

「さっきの一分金、返して」

私は何というか、何か感心してしまって一瞬言葉を継げずに居たのだが。
強面の口元がゆっくり、ほんの少しだけ歪んで・・・微笑ってる。
無言で一分金を差し出した。

小夜もにっこり笑って、

「ありがとう」

と言ってから、

「この人、ホントは日本語判ってるんじゃないかしら」

また小声で言って来る。

「黙ってたら忘れたふりして返さないつもりだったんじゃないのー?」

とも言い、ニヤニヤしながら受け取ったお金を懐に仕舞い込んで、

「お世話になりました、ミスター アーロン」

ほら、早く行くよ!って腕を掴まれて引きずられながら、

「thank you for your kindness.Mr.Aaron」

すると彼は、

「Not Mr.Aaron.I'm just Aaron.You can call me Aaron」

一緒に階段を降りて見送ってくれる様子。
正直そこまでしてくれるキャラには見えなかったのでちょっと意外だった。
小夜も同じことを考えていたようで、走り出しながら、

「ツァイチェン(←「再見」のつもり)!」

と手を振ったら、

「ツェーウェイ ショーヤ」

「庄屋じゃねーし!小夜だっつってんだろ!」

と半ギレで返すのが可笑しくて笑っていると、

「ツェーウェイ ユキ」

って返されたけど、清国語と思われる部分(=ツェーウェイ)の意味が判らないので普通に、

「see you again.Aaron」

と言って別れた。


あんな所にアジト?を構えているのは、きっと弁天町側と入船町側の2方向270度に海が見えるからなんだろう。
常に海の様子(船の出入り)をチェックしてるんだな。
2階に居室があるのもそんな理由だろうし。
特に入船町側は海が近いから夜になれば船からの僅かな信号も見易いに違いない。
仲間の船と連絡が取りやすいんだ。
暗闇に紛れて上陸もしやすいし。
つまりは密貿易で食ってる人なのかも。
薬の仕入れとか?
いつまであそこに居る気なのか判らないけど、見晴らしが良いってことは海からも丸見えで砲撃に巻き込まれそうだし、無事で居ると良いけどなぁ。



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