もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

12

ふと目が覚めたのは何か胸騒ぎがしたからかもしれない。

未だ夜が明けた様子ではなく十分な時間寝たという感覚も無かったけれど、何か妙にザワザワした気配に目が冴えて既に眠気も無い。
耳を澄ましてみるが隣室は静か。
雨の音ももうしない。

寝床に起き上がると、立ち込めた有明行灯の薄煙に頭を突っ込む形になってちょっと煙かったけど我慢。
お隣を起こしちゃマズイ。
まだもう少し寝かせてあげたいもんね。

夏至も近いし日の出はたぶん4時くらい。
おそらく3時過ぎた頃には明るくなって来て明け六つの鐘が鳴るんだから(ちなみに暮れ六つの鐘が鳴るのは20時近く)。
普通に寝ても寝不足気味になる辛い季節だ。

まだ暗いってことは3時前だな。
夕べ寝たのは・・・何時だったろう?
階下でちょっと寝ちゃったし、トータル4時間くらいは寝れたかな。
目が覚めちゃったし明るくなったら屯所から副長の部下がやって来るだろうから、今のうちに着替えて準備しておこう。

恵比寿屋さんに用意して貰った平織の木綿の着物は、良く見たら筒袖の半着と野袴で、袴の丈が若干短いのはご愛敬ながらとても動き易そう。
上から下まで無地の濃紺で作務衣感半端ないけど(笑)。
でもコレ血汚れも目立たないし丈夫そうな生地だし病院での作業着にはぴったりかも。
なんなら職員の制服にしても良いくらいv

とか考えながら副長の荷物も整理しておこうかと、枕元の有明行燈に掛けておいた(昨日まで着ていた)古手の単衣を外す。
視界が少し明るくなった。
やはり部屋の上半分が煙で白っぽく霞んで見える。

隣室との間の欄間から煙は向こうにも流れて行ってるだろう。
火鉢の灰を掻いて湯も沸かしておきたいし、廊下側の障子戸を開ければ少しは煙が抜けてくれるかな?と立ち上がった時、気配がした。
声がした気がする。

襖に近づいてみる。
シンとしている。
気のせいか?と離れようとすると、また何か微かに衣擦れのような。

「?」

音をたてぬよう慎重に(勘違いで咎められたらコワイので恐る恐る)ちょっとだけ襖を開けて覗いてみた。
欄間から零れる薄明りの中に空の(!)寝床が二つ・・・。

えっ?!なんで?
何処行った?

焦って襖を開けつつ中を見回すが見当たらず、次の間に半身を入れた所で襖が何かに突っかかってそちらを見たら・・・。

ギョッとして声が出そうになったが辛うじて堪えた。
襖の縁で肩を小突かれて不機嫌そうに眉を寄せた副長と目が合ったから(怖)。
良く見れば胸に小夜を抱えていて(!)、部屋の隅、奥の間との境の柱に寄り掛かって胡坐を掻いてる。

一瞬小夜が体調を崩したのかと思ったが、すぐに顎をしゃくって呼ばれた上に「代われ」と口パクで言われたので寝てるだけだと判り・・・。
代わったら自分が身動きが取れなくなると思ったので、何とか寝床に横にする。
そうまでしても小夜が目を覚まさないのは夕べ副長が薬を盛って(!)寝かせたためだ。

「まさかガキの夜泣きに付き合わされるたァ・・・」

って、もしかして夜中聞いたと思ったのはリュウの鳴き声ではなかった?!

ブツブツ文句を言い、ゴキゴキ音をさせて首肩を回しながら自室に戻って行く副長の後を追かけ平謝り。

「すみません。そんな事とは知らずに・・・」

「良く眠れたかぇ?大分早ぇが。まあ早く起きてくれてこっちは助かったがな」

火鉢の前に座って火箸で灰を掻いてる。
私を寝かすためにあの体勢で我慢してくれてたんだー!とその気遣いに感激してしまい、

「はい!あの・・・立派な布団で寝心地良かったです」

とか訳の判らん返事をしてしまって(恥)。

「それァ良かったナ」

ふふっと笑いながら慣れた手つきで炭籠から炭を注いで行く。

以前からそう思ってたけど、おそらくこの人は炭の置き方にこだわりがあって、しかもたぶんこういう作業が好きなんだと思う。
炭を見ている間表情が柔らかいし、終わった後満足げ。

ってうっかり見入ってしまってて、顔を上げた副長と目線が合ってしまう。

「す、すみません」

慌てて立ち上がって換気のために廊下側の障子戸を開けたんだけど、ふと副長の様子が変なのに気付く。
火鉢から顔を上げた体勢のまま、真っ直ぐ前を見て固まってる。
その視線の先は・・・あ!そういえば襖開けっ放しだった(ヤバ)。

見れば、小夜が起き上がってた。
寝床の上に正座して、まだ半分寝ているのかガックリ首を落としたままユラユラ揺れてる。
おおっ?と思って見て居ると、

「んー・・・」

唸った。

起きそうかな?と思ったら今更夕べの騒ぎを思い出し、何と宥めたら良いか焦る。
同時に小夜本人がどんな反応をするのかという心配もあって、そのまま息を詰めて見ていたら、

「・・・ぉはよ」

だと!
下を向いたままそう言った!
明らかに寝ぼけてる。

夕べの今朝でそれかよ!とツッコミ入れる間も無く、今度は寝起きでむうっとした顔を持ち上げ、両手を突き上げ伸びをしながら大口を開けてアクビをしたではないか!
ぶっ!と隣で副長が鼻を鳴らす(噴き出しかけた?)のを聞いてしまって、こちらも噴き出しそうになった所へ被せて、

「うーん。ダメだやっぱ寝る」

目を閉じたまま脱力して寝床にバッタリと倒れ込んだ(笑)。

そのまま寝てくれた方がいろいろ準備が出来て良いし、起こさないよう我慢したんだけど。
ダメだ。辛抱堪らん!
副長と二人、盛大に噴き出してしまってしばらく笑いが止められない。

笑い声に驚いて今度こそ目を覚ました小夜がガバっと体を起こし、正気に戻って真顔になるまで笑い倒してしまい、

「・・・!」

みるみる泣き顔になって何か言いかける小夜の傍へようやく歩み寄って、

「大丈夫。もう良いよ。今ので全部許す!」

笑い過ぎて涙が出るのか、普段の小夜が戻って来てくれてホッとして涙腺が緩んだのか自分でも判らない。
滲んだ視界の中に、

「でも・・・!」

と言ったきり言葉にならない様子の小夜のひしゃげた鬢を指で起こしてやりながら、

「何も言わなくて良いよ。夕べの事は全部夢」

副長もきっとそう思ってくれるはず。

「ゆきぃ・・・」

着物の襟を掴んで泣き顔を埋めて来る。

「謝んなくて良いよ。私も悪かった。判った風な事言って追い詰めちゃったよね。ごめんね」

木綿の襦袢の背中をさすりながら言うと、

「ううん。そんなことない」

と首を振り、顔を擦りつけて来るので、

「恵比寿屋さんから貰った着物、仕立て下ろしで藍が濃いから泣きっ面が青くなっても知らないよv」

からかってみた。

え!っと、真に受けて咄嗟に顔を離すのが可笑しくて。

「そんなことより、明るくなったら屯所から人が来る事になってるからすぐに着替えて。顔を洗って髪も直さなくちゃ。この部屋も片付けなくちゃいけないし、朝餉の支度も手伝わないと。さあ急ぐよ」

必要以上に急かしたのは、これ以上小夜に悩む時間を与えたくは無かったから。
忙しさに紛れて考える間を与えなければ、落ち込む暇を与えなければ、バツの悪い思いをさせなければ、より早く普段の小夜が戻って来てくれるのではないかと思って。

まずは着替えさせないと、と立ち上がらせようとすると、

「待って」

寝床に座り込んだまま動こうとせず、小夜が奥の間を見ている。
もしかしたら夕べのうちに二人の間で話すことも有ったんじゃないかと思ってたけど・・・。
そうか、そうでもない可能性も有るか。
爆睡してたっぽいもんな(嘆息)。

「判った。じゃあ濯ぎを持って来る。だからもう泣くのはやめようか」

「?」

「こう言っちゃあ可哀想だけど、アンタの顔、泣き過ぎでエライ事になってる、瞼が。触ってみ?」

泣きながら寝たんだろう。
薄暗い中でも瞼が腫れぼったく見える。

「うそぉ!やーん!」

両手で顔を覆って膝に突っ伏すように下を向いた。
珍しく女の子っぽい仕草が可愛らしくて、本当の事を言わずに意地悪しちゃった。
奥二重の瞼が腫れて二重の幅が大きくなり、逆にパッチリ二重になってるってv

「冷やせば元に戻るでしょ。待ってて持って来るから」

夕べあのままずっと眠って居たのだとしたらもう少し二人きりで話させてあげたいし。



驚いたことに、台所では和助さんがもう朝餉の支度中だった。
その足元でリュウが何やらご相伴に預かっている模様(笑)。

「おはようございます。夕べは騒がしくてすみませんでした。あと、ウチのリュウがお世話になってて」

「おはようございます。大丈夫ですよ。もう少しお休み下さっても」

小声であいさつを交わし、裏の戸口を開けると雨は霧に変わっていた。

七重浜の火事はどうなったろう。
皆逃げられたかな。
逃げるとしたら亀田村へ?
船で対岸へ逃げようとしても水雷が邪魔して逃げられないし。
でも小さい船なら抜けられるのかな。
完全に塞がってる訳ではなさそうだから、すり抜けて。

和助さんは七重浜の火事には気付いていない様子だし、この辺りの岸壁にまで避難して来る船は無いのかも。
でも一本木辺りになら来てる可能性は有るか。

辺りはほんの少しだけ明るくなりかけていた。
でも霧が濃く、目の前に立っている蔵の白い壁が辛うじて判る程度。
半分手探りで井戸から水を汲みながら、夜が明けて七重浜の惨状を知ったら箱館の街の人達はどうするだろうかと考える。
辺りを包む霧の粒子が冷やりと肌に貼り付いて来て、まるで不安感を煽るよう。

副長の言う通り、たぶんもうギリギリ。猶予は無い。
もう此処には居られない。
此処=箱館に現出した仮初の休息所には。

屯所から迎えが来たら、その後副長とはもう話す機会さえ無いかもしれない。
だから、逸る気持ちを抑えて出来るだけゆっくり二階へ戻る事にする。

副長が小夜の気持ちを判ってくれて、夕べの騒ぎを許してくれますように。
小夜が副長の考えを理解して、無茶な工作活動を諦めてくれますように。

濯ぎを使い、新しく盥に水を汲んで帳場の上がり框に腰を掛け、朝ご飯前のオヤツを食べ終えたリュウの頭を撫でて居ると、シンとした中に二階から小夜の声が聞こえて。

「ごめんなさい。もうしません」

ナニソレ子供か!
と噴き出してしまう。
その言葉の可笑しさに安心し、盥を抱えてソロソロと階段を上って行ったら、

「判ったから泣くな。両目がお岩サンになってっぞ」

ふくちょお!
女の子にそういうこと言わないのっ!

「いじめないで下さいよ~?」

アンタ等は小学生か!とは言わなかったけど。
行灯の灯った次の間の障子戸を開けると、驚いたようにこちらを見る副長と項垂れる小夜の横顔。
そしてまさかの小夜の前髪の根元に南天の簪を挿してあげてるの図!

しまったコリャお邪魔虫だったかと思ったけど、水の入った盥を抱えながら咄嗟に障子を閉めようとして水を零しそうになりアタフタ。

「なんだオマエ、足音立てずに来やがって」

私の盗み聞きを疑ったのかタダの照れ隠しなのか単に思ったままを口にしただけなのか判らない。
フンと鼻を鳴らして副長は視線を戻し、小夜の手から梳き櫛を取り上げて先程私が中途半端に撫で付けた鬢の形を手直しする模様。

冷汗をかきながら盥を畳に置く。

小夜は既に着替えを終えていて、延べたままの寝床の上に正座している。
自前の手鏡を手にしていたから、おそらく自分で髪を直そうとして出来ずに副長に直して貰っていたんだな(副長の事だからきっと見てられなくて自分から手を出したと思われるv)。
まあ、手鏡ひとつじゃ無理だよね。
この家の二階は男の人が泊まる前提だから鏡台なんて置いてないし。

横から見ていたら、ひしゃげた鬢の内側に指を差し入れ表側に櫛を当てて器用に髪を起こして行く。
その流れのまま襟足にかかる辺りまで、体を移動しながら左右対称になるように曲線を描いて元結まで撫で付けた。

巧~い。
器用!

結髪した小夜の襟足の耳裏辺り、後れ毛がカールしてたり産毛が渦になってたりして子供みたいで可愛らしいんですよねー。副長もそう思うでしょ?
とか心の中で話しかけながら(何)見つめていたら、こちらにチラリと流し目をくれ「慣れてンだろ?」(幻聴)とニヤリと笑ってちょっとドヤ顔(笑)。

女の髪を直し慣れてるなんてモテ自慢デスカ?
と思ってたら、

「寝返りうって枕から落ちたり畳の上に仰向けに寝転がったり忙しいからな」

小夜の事だった(苦笑)。
さっきまでベソをかいていた(らしい)本人は下を向いたままむくれっ面。
それでも反論しないのは・・・夕べの今朝だからね。さすがに。

それを良い事に副長、煽りまくる。

「ホレ終わりだ。早いとこ汚ぇツラ洗っちまえ」

ポイっと小夜の膝に櫛を放って立ち上がった。
それを拾いながら、

「汚いって・・・!」

小声だったが小夜は明らかに文句言いたげ。

「涙と鼻水の(乾いた)カスまみれな上に涎垂らして寝やがって。その上また泣き出したらぐちゃぐちゃのドロドロで目も当てられねぇだろが」

副長、女の子相手に容赦無し(汗)。
小夜のために汲んで来た水で先に自分の手を洗った!
しかもワザとらしく「ああ汚ぇ」とかボヤキながら。
それから奥の間に歩いて行き、

「誰か来たら起こしてくれ。少し横になる。お前等はここを出る支度しとけ」

言いざま後ろ手に襖を閉めた。

途端に小夜がこぶしを振り上げたり襖に向かって雄たけびを上げ…るふりをしたり布団を蹴飛ばしたり、無言で暴れ始めたので(ヤメロ)可笑しくて笑いを堪えるのが大変。
ボロクソ言われたお陰で涙はすっかり引っ込んだ模様。
さすが副長。小夜の性格を判ってらっしゃる。
代わりに機嫌は最悪の様子だけども(汗)。



不機嫌でもいつもの小夜に戻ってくれたなら一安心と思っていた。
でもそう甘くは無かった。

顔を洗って二階を片付け終えるまでは隣の部屋で寝ている副長に気を遣い、黙って静かに動いていたと思ったけど。
台所で朝餉の支度を手伝う頃になっても小夜は口数も少なく、誰とも目を合わせず何か上の空な感じもして。
和助さんに話しかけられても御愛想に微笑むくらいで話も弾まず、どうかしたのかと心配される→私に聞いて来る程。

やっぱり夕べ自分がやらかした事を気にしてるんだろう。
笑い飛ばして終わりって訳には行かないかー。
夕べの騒ぎ、副長も気にしてないと思うんだけどな。
あそこまで思い詰めるとは思ってなかったろうけど、それは私も同じだし。

でもやらかした事に関してはもう水に流して大丈夫だと何とか小夜に伝えたいけど。
とは思いながら、朝の忙しい台所仕事中にそんな切っ掛けも無し。

お膳の支度も出来て、後は萬屋さんと副長が起きて来るのを待つだけとなり、

「リュウにもご飯あげようか」

和助さんが用意してくれていた大き目の煮物鉢に、ご飯と出汁ガラと味噌汁をぶっ込んだネコマンマ(犬用だけどv)を小夜に持たせ、帳場前の土間に向かう。

話がしたくてわざわざ奥まった暗い帳場の隅に向かった訳だが。
煩いほど尻尾を振って纏わりついて来るリュウを往なしながら小夜が土間に鉢を置くのを待って話し出そうとした時、表の戸板の向こうに慌ただしく足音が聞こえて来て程無く戸が叩かれた。

食餌を前にあんなに興奮していたリュウが元猟犬の片鱗を見せ、潜り戸の方を向いて唸り出す。

「新選組の者だが」

副長を迎えに来たにしては随分と切羽詰まった声だった。
馬丁の忠助さんの声でもない。

さては朝イチで七重浜の火事の報告に来たなと思い、小夜がリュウに圧し掛かる様にして押さえてくれているのを確かめ、応対しようと土間に出てきて居た和助さんにここは私が、と手で合図して潜り戸の閂を開ける。

「副ちょ・・・土方先生はまだお休みですのでお待ちいただけますか」

やべー、副長って言っちゃうとこだった(汗)。

「『副長』でも構いませんよ。私になら」

え?
頭頂の薄くなったザンギリ頭が戸口を潜って入って来る。
朝霧の湿気を纏って、中に入って来た人物は六尺越えの大男。

「あ!島田さんだ」

言ったのは小夜だったが、リュウに抱き着いてて手が離せない。
島田さんも暗がりに目を凝らし、

「これは小夜さん。お二人ともこちらにおいででしたか」

箱館に来てからは遠巻きに姿を見ることもあったけど、これまで話す機会は無かった。
久しぶりに顔を見てスッゴイ懐かしかったけど、汗だくで頭から湯気を立ててる様子からして急ぎの用向きらしい。

「島田さんなら取次ぎ無しでも大丈夫かも・・・」

「いや、そんな事であなたが『副長』に咎められたら寝覚めが悪い」

って。
額の汗を手で拭ってる割には、着込んだ戎服を脱ぐ様子は無い。
見るからに暑そうなんだけど、彼らにとってはユニフォームみたいなもんだから仕方ない。

和助さんが洗い桶を持って来てくれ、帳場の上がり框に腰を掛けた島田さんが泥に汚れた足を洗っている間に取り次ぐ。

二階に上がって奥の間に声を掛けると、

「島田が?」

直ぐに答えが返った。
障子の向こうで副長が不信に感じている様子。
やっぱり迎えが来たと思ったよね。

「お急ぎの様子ですので御用向きは確認しておりませんが、もしや七重浜村の件かと」

「ふん。弁天台場から見えたと言う事か?」

島田さんって台場詰めだった?

「まあ良い。朝飯は出来たか」

「はい。でも今島田さんがこちらへ・・・」

直ぐに階段を上がって来ると言いかけるのへ被せて、

「構わん。持って来てくれ。話を聞きながら食う」

かしこまりました、と踵を返し階段を下ようとしたら既に下から島田さんが上がって来ていて、上り端で場所を譲って居ると辺りの寺々から明け六つの鐘が鳴り出した。

そういえば潜り戸を開けた時、外が少し明るくなってたような。
窓を閉め切ってると夜明けも判らないな。

とか考えながら階下まであと少しという辺りまで下りた時、

「なにっ?」

ただならぬ声がして足が止まった。
思わず後を振り仰ぐ。
ボソボソと島田さんの声が続くが聞き取れない。

何が起きたんだろう。

七重浜村の火事の事なら副長が驚く訳はない。
戻って盗み聞きする?
いや、無理だ。相手は副長だもの。
自分が聞いて良い話じゃないかもしれないし・・・。

諦めて首を巡らすと、帳場の隅の暗みに蹲っている小夜と目が合った。
宥めるようにリュウの背中を撫でている不安そうな・・・。

ふいに、今朝方感じた胸騒ぎを思い出す。

急いで台所に用意してあったお膳を持って二階に取って返した。
ご飯は予め丼によそって。
味噌汁も温め直さないままお椀によそって。
お膳の上には鮭の切り身と昆布の佃煮と沢庵だけ。
もう一皿二皿有ったのかもしれないけど構わない。

急がなければ。
それだけは判る。

緊急事態なんだ。
屯所から迎えが来たらすぐにでも経つんだろう。
その前に食事だけはお腹に納めて貰わなくちゃ。

足音をさせながら二階に上がった(聞かれたくない話なら黙るはず)。
失礼しますと声は掛けたが、返事を聞かぬまま障子を開けた。
島田さんは驚いたようだったが、副長はチラとこちらを見た切り私を気にも留めずに話を続けた。

「直せると言っても時間はかかるのだろ?」

副長は浴衣姿のままだった。
膝の前にお膳を置くとすぐさま箸を取ったので、

「すみません。味噌汁は冷めたままです。湯漬けにしますか?」

小声で言ったらこちらを見ずに、

「いい」

丼飯に昆布の佃煮を乗せ、冷めた味噌汁をぶっかけて掻き込み出した。
目は島田さんを睨んだまま。

「鍛冶職人総がかりで明日までには直せるだろうという話です」

と、自前の紺の手拭で額を拭きながら島田さんが答える。
喉が渇いているかと思い、湯呑に鉄瓶から白湯を注いで手渡しすると、

「かたじけない」

大きい手の中で湯呑が小さく見える。
ホントは水の方が良いんだろうけど、生水は危ないからね。

横から睨まれてる気がしたので副長にはお茶をと思ったら、空になった丼(早っ)を突き出され。
自分にも湯をくれと目とアゴで指図しながら、

「それで張本人の目星は付いたのか?」

「職人達の中に怪しいのが居て詮議中です。他に台場付きの兵卒が一人、行方が分からなくなっているので関係が有るかと」

「ソイツの行き先もその鍛冶職人の詮議次第か」

沢庵を丼の中で泳がせながらお湯飲んでる。

「住まいは七重村らしいので取り敢えず一本木で関所改めをさせてます」

ポリポリと音をさせて沢庵を食みながら箸で鮭の切り身から骨を取り除いていた副長が、七重村と聞いて目を上げた。
島田さんはその視線を避けるように、口元を一文字に結んで俯く。


七重村は七重浜村とは別の集落だ。
八王子千人同心の入植した村と聞く。
昨年徳川脱走軍が蝦夷地に上陸した折には箱館府兵(=新政府側)の徴兵もあったとか。
脱走軍側にも八王子千人同心で組織された隊があるので、親類知人同士が敵味方に分かれて戦うことになってしまったと聞いた。

脱走軍の箱館占領前に箱館府兵は津軽に撤退したはずだけど、残留して脱走軍として潜伏して居たってことなのかな?
時期を見計らって台場で何か工作活動して逃げたと?

今一つ話が見えてなかったけど、聞く訳に行かず。

「必ず探し出せ」

鮭を箸でひと切れ口に入れて副長が言った。
そしてもう一切れ。

「急げ」

残った皮と最後の一切れを一緒に箸でつまんで、

「見つけたら首を刎ねろ。晒す」

ギョッとしてマジマジと顔を見てしまった。

それに気が付いているはずなのに、副長は眉ひとつ動かさず島田さんに目を向けたまま口に入れた物を咀嚼している。
痩せた頬に顎の筋肉が動くのが良く判る。

「もう行って良いぞ」

言われて、うっかり給仕ついでに居座ってしまっていたのに気が付いた。
が、一瞬早く目の前の島田さんが立ち上がったので自分に言われたんじゃないと判り、

「今食い終わるからお前はちょっと待ってろ」

慌てた私を見て副長の口元にようやく笑みが浮かんだ。
最後に残った沢庵一切れで再び丼を掃除しながら湯を啜り、島田さんの足音が階段を下りて行くのを確認してから、

「夕べ弁天台場の大砲が何者かに細工されてほとんど全部使い物にならなくなったらしい。今朝方見つかって修理は急いでいるが明日までかかる見込みだとサ」

不機嫌そうに吐き出した。
きっと公にはしたくない情報だろうに、何故それを私に教えるのだろう。

副長は箸と丼をお膳に置き、

「来るぞ」

言われて咄嗟に屯所からの迎えが来る時分かと思い出したが、

「この隙に攻撃しねぇ手は無ぇからな。必ず来る。お前等早いとこ病院に戻れ。もうここいらには居ない方が良い」

敵からの攻撃=船からの砲撃が来るという意味だった。

「俵屋・・・もとい恵比寿屋はまだ店に居るのか?アイツはイザという時走って逃げる訳に行かねぇんだから今のうちに湯の川にでも行っとけと伝えろ。死ぬぞ」

言いながら、副長はその場で浴衣を脱ぎ出した。

恵比寿屋の主人の戎三郎さんは足が不自由だ。
危急の際の避難を心配している。

「はい」

副長の褌姿を見たって別に咎められはしないけど、一応そちらを見ないようにして延べたままだった寝床を畳む。

夕べ洗った足袋を衣桁の先っちょから外してみると、まだ濡れてる。
ってか当たり前だけど全然乾いてない(凹)。

「替えが有るから行李から出してくれ」

と言われ、きっちりパッキングされた副長の行李から足袋だけ引っ張り出すって至難の業~!と思ってると、

「刎ねた首、わざわざ晒さなくてもと思ってんだろ?」

ドキッとして手が止まる。
図星だった。
忘れようとしていたものを急に目の前に持って来られて何も答えられない。

ふん、と鼻を鳴らし副長が続ける。

「このままどんどん後に続かれたら抑えようが無ぇからな」

ズボンを引き上げシャツの裾を入れ込んでる。
忙しなく手を動かしながら、

「見せしめさ。西軍を相手にしているだけでも手一杯。このうえ町方まで敵に回したら目も当てられねぇ」

「・・・でも」

街の人達の抵抗など関係無く、もう勝ち目が無いのは判り切っている。
それに、この街を守りたいとは確かに言ってたはず。

「町方の反感を買うと言いたいんだろ?逆効果だと」

カチャリと音を立ててベルトの金具を掛け、ベストを羽織ってボタンを掛ける。
悪戯っぽく目に笑みを浮かべてこちらを見たのは話の流れからなのか、ベストのボタンの数の多さを笑ったのか。

「このまま町方が蜂起するのを受け入れるか、どっちに転ぶか判らんでも力で抑えるか・・・」

一時的には抑えられたとしても時間の問題では?と思ったけど言わなかった。
きっと副長も判ってるもの。

「そういう所まで来ている・・・って事さ」

「はい」

七重村に入植した八王子同心出身の犯人を梟首するとは、同じ多摩出身の同胞であるはずの副長には辛い決断だと思えた。
それに対して自分が何か言えるとも思えない。


副長の着ているスリーピースのベストのボタンは、実は3つ置きに本物で他は全て飾りボタンv
全部留めると綺麗にびっしりボタンが並んで見えるという寸法。
ちょっと笑ってしまったのはそれを思い出したから。

それを目ざとく見つけ、自分も笑顔になりながら火鉢の前に座ってお茶を淹れようとした。

「あ、すいません。私がやります」

副長が脱いだ浴衣を畳んでいて出遅れた。

「構わん。まだ迎えも来とらんし」

人目が無いから自分でやる、と言う意味だ。

「はい。ではお願いします」

基本、自分の事は自分でやりたい人なんだ。そこは変わらない。
かしずかれるのは得手じゃないみたい。
というか、なまじ器用なだけに自分の思う通りに出来ないとイライラしちゃう人だし。
我慢できずに口や手を出しちゃう。
結果、気難しい人と思われて部下はビビる。

でも箱館に来て偉くなって我慢してるのかもしれない。
部下に慕われてるっぽいもんな。
鷹揚になったのか・・・否、急にそこまで人が変わるとも思えないし、陸軍奉行並(以下略)らしく居るために意外とストレス溜めてたのかもしれない。

それならば、そういう意味でも副長にとってこの休養期間は意義有るものになったかも。

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。