もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

10

何やってんの?!
大丈夫なの?そんなこと言っちゃって!
どっからそんな話になったんだ!
と叫びたいのを飲み込むのに苦労した。

奥の間では副長が肩に掛けていた手拭を手拭掛に広げ、火鉢の横に胡坐をかいて、

「それでちょくちょく俵屋へ顔を出してるってわけか」

ん?副長なにげに小夜の行動チェックしてる?

「凌雲先生が忙しいから連絡係みたいなカンジ」

階段の上がりっ端で固まっていた私を振り返り小夜がウインク。
副長からは死角になってはいたが冷汗が流れた。

「湯の川が負傷兵でいっぱいになっちゃったら送るに送れなくなるでしょ?病院は今だって満杯なんだし、これからまた戦で怪我人が出たらもう収容出来なくなるし。それじゃ困るっていうからさー、空いてる船借りれば?って言って。俵屋さん自前で船持ってるから。しかも新しく買った商売用の西洋船。中古みたいだけど」

と、何故か得意げに話しながら次の間に自分の荷物を広げ、小夜は手拭と櫛を手にして風呂に入る用意をしていたようだった。

「船を買った?景気良さげで目出度ぇこったな」

軽口みたいな調子でそう言う副長に先程のようなトゲトゲしさは感じられず、自分の気のせいだったかとホッとする。

「だが湯の川から怪我人を乗せてどこへ運ぶつもりだぇ?船賃は?相手は商売人だ、まさかタダでは運ばんだろう?」

まあ、誰でもそう思いますよね。

「知らなーい。凌雲先生が何とかするんじゃない?」

ウソつけー!とツッコミたいけど我慢。
焦った顔色を副長に悟られないよう小夜の後に座って自分の荷物を整理するフリ。

「行き先はーたぶんー蝦夷地じゃない所。手負いの荒くれ者が奥地に逃げ込んだらアイヌの人達が酷い目に遭うかもしれないから」

「なるほど。俵屋は母親がアイヌの血を引くというからな」

やっぱりそうなんだ、と言いたげに小夜がこっちを振り返る。
いちいちこっち見んな。

「幸、お前はこの話聞いて居たのか?」

ホラ突っ込まれた。

「いえ、初耳です。私が居ない間に病院でそんな話になっていたとは」

今度は小夜が素っ頓狂な顔をこちらに向ける(副長からは見えてない)。
だってしょうがないじゃん。副長の手前アンタの計画は知らないことになってるんだからさー!
と、こちらも副長に見えないように顰め面を作って見せた。

「凌雲先生は今病院に居る傷病兵全員を湯の川に移送したいみたい。高龍寺の分院に居る人達も出来れば全部。それぐらい場所を開けて準備しておかないと、これからの戦では怪我人が沢山出そうだからって。怪我が酷くて動かせない人も居るけど、そういう人達に対してももう薬も無くて治療は出来ないからって。今病院で出来るのは応急処置だけだって言ってた」

と私に説明するフリをしながら小夜さん微妙に大きい声で解説しております。

「問題はさー移送手段なんだよね。歩ける人は今も随時湯の川に行かせてるけど歩けない人は船で運ぶしかないじゃん?なのでもう一隻出せないか戎三郎さんに頼んでみたけどどうなるか」

副長は鉄瓶から湯呑に白湯を注ぎながら、

「箱館病院にそんなカネがあるのか?」

「さあ。事務長さんも頭が痛いって言ってたわ」

と、小夜がとぼけてチロッと舌を出すした。
もちろん副長には見えて居ないはず(冷汗)。

「新たに買い入れた船は廻せず商売も出来ず。そんな時にカネにならねぇ仕事など請け負うのかあの男。アイヌに肩入れするのは尤もな話かもしれねぇが、病院から支払われるカネは贋金かもしれず、傷病兵を箱館から湯の川へ移送するに至ってはアイヌには何の関係も無ぇ話」

と副長は胡散臭げにこちらに視線を投げ、白地に山水紋様の湯呑から白湯を啜ってる。

浪花のアキンドですからねぇ。
ボランティアまがいに協力なんて胡散臭いっすよね。
と心の中でツッコミつつ、副長の寝床の用意をするべく奥の間へ。

それに気付いて副長がすまんなと声を掛けてくれた・・・りしてんだからその隙にさっさと風呂へ行けよ!とこっちが気を揉んでいるのも知らず、小夜がトトトっと歩いて来てお茶を淹れる様子。

「お金持ちだからじゃないのぉ?」

とかボケた返事をしながら。

ふと、コイツって自分で白湯を飲んでる人にわざわざお茶を淹れ直してあげるようなキャラだったっけ?と何か違和感は感じたものの、

「金持ち程ムダ金は使わんものだぜ?お前等の着る物ぐらいなら気まぐれに施してやるにしてもだ」

副長の反応に気を取られてしまう。

どうしてもそこに引っかかる様子だったし突っ込まれたら誤魔化すのが大変!と思ってて。
そろそろ布団は敷き終わるし早く退場しないと捕まっちゃうよ!
と妙にのんびりした小夜の動きに焦り始めた時、白湯を空けた副長の湯呑に茶を注ぎ手渡し、ようやく立ち上がったのでホッとする。

その同じタイミングで、

「そういやぁあの奉公人、見たこと無ぇ印の付いた半纏着てたな」

そう言って、副長が今度は茶を啜る。

「〇にゑの字でしたね」

それは私も知りたかったのでつい乗ってしまう。

「買った船の名前が恵比寿丸って聞いたよ」

と小夜。
改めて手拭と浴衣を手にして階下へ行こうとしていた。

「じゃあ船の印半纏?」

と訊いたので足を止め、

「なんか店の名前も変えるって。恵比寿屋に」

「それなら〇にゑの字は屋号ってこと?あ、屋号と店の名前は違うか」

「私も良く判んない」

こちらを見ないで言った。
階段の降り口に向かっていたので足元を見て居るんだと思ってた。

「なるほど。戦が終わった後の準備を着々と進めてるって訳か。だが商売替えするにしても何かと物入りだろうし、そんな中で身銭を切る覚悟でこちらに肩入れするとは思えんが・・・」

副長が独り言ちる。

負けが決まったようなこちら側に、か。
確かに商売人なら勝つ側に付かなければ、戦の後に新政府からの報復が有るかもしれず・・・。

「オイ」

不意に呼ばれたので見ると、副長が口元に持って行った湯呑を覗き込んでいる。

「何か入れたか」

私を呼んだのではなかった。

階段を下りかけていた小夜が足を止める。
不安になるほど無表情な横顔。
嫌な感じがした。

「やっぱり匂う?」

自分の仕業と、認めた。
というか、さっきお茶を淹れたのは彼女だし言い逃れのしようが無い。

「何を入れた」

キレるかと思われた副長は、鋭い眼つきで小夜を見つめたまま動かない。

「そこにあったアヘンの錠剤。潰して急須に入れといた。白湯を飲むとは思ってなかった」

確かに、一昨日買い入れたアヘンの錠剤の入ったピルケース、茶道具と一緒にお盆の上に置いたままだった。

「どうしてそんな真似を?」

湯呑を置き、だが立ち上がるでもなく静かな声で副長が尋ねる。

「よく眠れるかと思って」

こちらを見ずに俯いたまま薄っすら微笑むのが、何か不気味にそして哀し気にも見え。
と思ったら、

「眠ったら簀巻きにして船に乗せて江戸でも大阪へでも連れて帰ろうと思って」

真顔に戻ってなんか凄い事言ってる!(怯)。

「本当はもっと良い薬が、匂わなくて味もしない眠り薬が有れば良かったんだけどそんなの手に入らないし。それに」

「それに?」

副長が聞き返す。

「探す時間も無かったから。だって・・・今夜しか無いんだし」

・・・そういうことか。
と思い当たって、きっと副長も黙ってしまったんだ。

「明日ここを出るって言ってたでしょ?五稜郭へ戻るって。だったらもう次にいつ会えるか判らないし。今夜中に何とかするしかなかったから」

さっき一人で階段の上から萬屋さんと副長の会話を聞いていた時か!
あの時何かで薬を細かく潰して急須に入れたってことか。
お茶に混ぜれば匂いは誤魔化せるかと思ったけど無理だったと。

「ねぇ、なんで怒らないの?」

ずっとこちらを見ないまま、小夜の視線はぼんやりと宙を彷徨っている。
階段脇の長押に掛けられた燭台の灯りに島田髷がツヤツヤ光ってる。

そんな彼女の姿を、副長もただ眺めながら、

「なんで、だろうな」

言い回しを真似たのは何故だったろう。

私は枕紙を換えようと副長の枕を手にしたまま動けないで居た。
今にも泣きだしそうな小夜の横顔の、鬢と髷のバランスが絶妙で良く似合ってて、腕の良い髪結いさんだなぁと場違いに頭の隅で感心しながら。

サーサーと雨の音だけ聞こえていた。
時間が止まったようだった。

「私ね、あなたの軍隊、潰そうと思ってたの」

「小夜!」

何を言い出すんだと被り気味に叫んでしまい、副長の視線がこちらに向いた。
彼女の計画を既に知っていることを証明した形になったと自覚して凹む。

そんなこちら側の事情は構わず、小夜が続ける。

「脱走兵を大量に出せば・・・人が居なけりゃ戦にならないんじゃないかと思って。船を用意して脱走できると知らせれば逃げたい人は自分から抜けて来るだろうし、歩兵隊なんてそのうち自然崩壊するだろうって」

身動きできぬまま横目で副長の様子を窺うと、座ったまま黙って小夜を見ている。
いつも通り不機嫌そうに見える口元と、猫背気味の背中のラインに何故か安心感を覚える。

小夜は相変わらずこちらを見ない。

「そう思って一生懸命考えて俵屋さんと凌雲先生も抱き込んで。当初予定とはちょっと違ったけどなんとか実行できる手筈になって来て。これで戦争を終わらせることが出来るかもって。あなたが死なずに済むかもしれないって思って」

そこでふっと微笑って、

「でもね、気付いちゃった」

目に涙が光った。

「歩兵が大量に脱走して、300人が100人になって100人が20人になって20人が3人になっても・・・あなたはそれを率いて戦うんでしょ?」

彼女の口元から笑みが消え、代わりに目に涙が盛り上がり零れるのが、私の立っている所からもはっきり見えた。
それに気を取られていて、

「だから、もうこれしか方法が無いの。あなた自身を連れ去るしかあなたの命を守る手立ては無いんだよね」

持っていた浴衣を階下に捨て、畳んだ手拭を副長に向けた。
両手で突き出すように差し出された手拭の隙間から黒く銃口が覗いているではないか!

普段から小夜が護身用に持っている小型の2連発銃。
京都で山崎さんが用意してくれた連発銃は懐に入れておくには大き過ぎ、いざという時には不便だということで横浜で買い換えていた。
掌に納まるくらい小さなダブルデリンジャー。
さっき下宿屋から持ち帰った荷物を整理しながら出してたのか!

「私だってその薬が上手く行くとは思ってなかったから。ごめんねこんなことして」

流れるままの涙を拭いもせず目を見開いて、小夜は何かに取り付かれたよう。
だがさすがに副長は落ち着いた声で、

「お前に俺が撃てるのか?身柄を確保しようというなら・・・」

「そうね。死なせちゃったら元も子もないしね。でも大丈夫。この銃ちっちゃいからここから撃っても致命傷にはならないよ。身動き出来ないようにするだけ」

それからあろうことか、この夢にも思っていなかった展開に呆然と固まっていた私を御指名。

「幸、その人の両手を縛ってくれる?手拭でも帯でも何でも良いから。早く」

そこでようやく体が動いた。
隙を見せないよう副長の方を見つめたままの小夜の手元に向かって、手にしていた枕を投げ付けたんだ。
それで銃を取り落とせば良し、誤射して2連発の内の1発でも消費出来ればそれも良し、と思って。
でも。

「痛っ!」

枕は小夜の二の腕に当たって階段下に落ちて行き、階下でリュウが戸惑ったように一声吠えるのが聞こえただけ(凹)。
だがそれで多少気は削がれたであろうと見込んで、

「小夜やめて」

弾道を遮る位置に立ちはだかるのに迷いは無かった。
心持両手を広げ、袂で後ろを隠すように。

「どいてよ。こっちの味方してくれないの?」

多少は動揺してくれたらしい。
銃を構えるのはそのままに、強張った顔でこちらを見る。

「味方するとはまだ言ってなかったはず。俵屋さんから借りる船で傷病兵を運ぶ案については賛成だけど」

一歩ずつ、刺激しないようゆっくり間合いを詰める。

「来ないで。それ以上近付いたら撃つよ」

この時点で小夜との距離は2メートル程。
いくら何でも射程内だ。

「撃つ?私を?」

「うん。死なない程度に撃っちゃうんだから。本気よ?」

ちょっとむくれっ面になったのが子供じみてて可愛かったので。

「そりゃ困った。死なない程度にでも腕を撃たれたら骨が砕けるかもしれないし、そうなったらもう切り落とさないとダメだから、出来たら左腕にして欲しいかな。脚だったら腿でも貫通するように撃ってもらったら切らずに済むから助かるけど」

いつも病院でやってる「治療」はそんな感じなのでそのまま言ってみたんだけど。
私がその対象になるとは想像するに強烈だったみたいで。

「なんでそんな意地悪言うの?怪我人大量に出してるそっちの人に言ったら良いでしょ?」

喋ってる間にまたちょっと近づいたのに気が付いて、

「こっち来ないでって言ってるでしょ!どいてってば!」

声が高くなる。
誰か起きて来たらマズイ。

そう思ったら我ながらあからさまに猫なで声になって、

「もうやめよう。ね。気持ちは判ったからさ」

銃を渡すように手を差し出したけど、それには目もくれず。

「私の気持ちが判るんならなんで味方してくれないの?その人が死んでも良いって思ってる?死ぬまで戦うのがカッコイイとか思ってるの?」

責める言葉とは裏腹に、こちらを見つめる目に脅えが見える。

「思ってないよそんなこと。でもこんな無茶するならもうアンタの味方は出来ない」

敢えて冷たくきっぱりと言ってみる。
小夜の唇がへの字に曲って、また涙目になった。
突き出した銃に巻かれた手拭の端が震えてるのに気が付いて、

「いつまでこうしてるつもり?私は何時間でも立ってられるけど、小夜はその銃、そうやっていつまで持ち上げてられると思う?」

指摘され、再びグッと力を込めて真っ直ぐ副長に向け銃を構えた。
まるで目の前の私の体を透過できるかのように。
こちらは両手を広げて肩をすくめ、

「もうやめとけば?いくら小型の銃だって鍛えても居ないアンタがそうやって両腕を上げ続けてるだけでも結構な負担だと思うけど?明日筋肉痛になったって知らないんだから」

と、笑って終わらせようとしても、

「ふざけないで。私は真剣なんだから」

そうだな。
切羽詰まってヒリヒリする程緊張してて、まるで子猫が全身の毛を逆立てて自分を大きく見せようとしてるみたいで。
それを見てたら、なんだかいじらしくなってしまって。

「私、アンタが羨ましいわ」

言ってしまった。

必死に私を睨みつけていた瞳がふっと緩んだ。

「ジタバタ出来て羨ましい。たとえそれが到底達成出来なそうな馬鹿みたいな計画でも、大事な人のために必死になってアレコレ行動できるって羨ましいよ」

私が何を言おうとしているのか小夜には伝わったと思う。
一瞬何か言おうとしたけど、遠慮が有ったのか唇がぴくぴく動くばかりで声は出ず。

「私はただ受け入れるだけだったから。何も出来ずにただただ。押し寄せる現実を受け入れるしかなかったから」

「沖田さんは病気だったんだから仕方ないよ。幸のせいじゃない!」

私の背後を気にするように視線を動かしながらも、そう慰めてくれる。

「うん。病気だったから誰のせいでもないんだよね。治療法が無いのだってこの時代じゃ仕方無いんだし。だから誰かを恨むってことも出来なくてさ。本人が一番辛いんだからって自分に言い聞かせて、ひたすら我慢するしか無くて」

私に銃を突き付けたまま、小夜はまた泣き出してる。

「なんかこう、自分の中の何かがどんどん削られて行くっていうか。現実に押し流されないように足は踏ん張ってるのに心の中はどんどん削られて行く感じ?気が付いたら諦めるのが普通になってて、我慢し過ぎて何も感じなくなって。何も感じないのになんで生きてるんだろって思ったり」

咽び泣く小夜から視線を外さぬよう話しながら後を窺うが、副長が動く気配は無い。

「ごめんね、こんな話」

説得を続ける。

「でもそんなことが有ったからこそ、今回のアンタの計画、手伝おうと思ってたんだ。だから副長にはこのことは黙ってた。ホントだよ?今さっきまでそう思ってた」

そこはちゃんと言っとかないとね。

「小夜と一緒に箱館に来たのは、もちろんアンタの事が心配だったというのもあるけど、副長が何をしようとしてるのか見極めたかったってのが本音でもある。沖田さんが生きてたら、もし病に倒れてなかったらきっとそうしたろうと思ったから。そう思いついたから今も何とか生きて行けてる。だからね」

小夜の本音を引き出すには、こちらも本音で当たらないといけないだろう。
小夜の本気に敬意を表して。

「私は副長の仕事の邪魔をしたくない。副長がやりたいと思ってることを途中で横槍を入れて諦めさせるなんて無理。当初の計画通り歩兵を脱走させて戦を成り立たなくさせるというならともかく、こんな形で最後の舞台から無理やり引きずり降ろしてしまおうなんて、そんな理不尽な謀に加担するなんて私は出来ない」

「最後の舞台って・・・!」

意識的に使った言葉に、思った通り小夜は喰いついた。

「ごめん。この戦、勝てるとは副長自身思ってないと思うから。これは私の想像だけど、副長はこの戦の仕舞い方を考えているんだと思う。戦争って始めるのは簡単だけど終わらせるのは難しいんだよきっと。だからすぐにはやめられない」

「やめるなんて簡単でしょ?白旗降って降参すれば良いんだし」

小夜は顎の先から涙が滴り落ちているのを拭いもせずに目に力を込めて睨んで来る。
でも可哀想だけど、

「降参しまーす!って白旗上げたからって向こうも攻撃を止めるとは限らないし、抵抗しないからって殺されない保証は無いんだよ?攻撃止めた瞬間に皆殺しにされる可能性だって有るのに」

当たり前の指摘だと思うけど小夜はそこまで考えて居なかったと見えて、

「で、でもフランスやイギリスの軍艦も見てるしまさか・・・」

怯んで声が小さくなった。
そこへ畳みかける。

「勝った方の報告が常に優先されるんだ、降伏すると見せかけて反撃されたとか何とでも言い訳出来る。そもそも白人がこんなアジアの果ての国の内戦なんか、まともにジャッジしてくれる訳も無いし、それ以上に負ける方に味方してくれるはずも無い。ヤツ等はカモになりそうな商売相手が欲しくて高みの見物してるだけなのに」

一度はグッと言葉に詰まった様子だった小夜が、下を向きそうになっていた銃口を再び持ち上げて、

「でも、それならやっぱりそんな戦場に出してやる訳に行かないもん。降参も出来ずに死ぬまで戦うしか無いなんて!」

しまった。
逆効果だったorz。

「自分から死にに行くようなもんなのよ?沖田さんみたいに病気だから死ぬのを止められないって訳じゃないんだよ?どうして止めちゃいけないの?私はあの人が死ぬなんて嫌!」

興奮して副長が聞いて居るのも忘れたのか、ポロリと本音を零した。
私の顔も見えてないんじゃないかって程、顔を涙でぐしょぐしょにして。

敵前逃亡なんて立場上無理だし、そんなことしたら副長の名誉にかかわる。
って言ったらきっと、立場とか名誉なんてどうでも良い!って言うんだろうなぁ。
あーもうチキショー!

「副長が死ぬなんて私だって嫌だよ。私だけじゃない。きっとみんな嫌に決まってる。新選組の人達も、関わりのある人はみんな。みんな副長の事が好きだから付いて来てる。なのに副長が居なくなったら・・・」

「だからでしょ!」

小夜が叫んだ。

「え?」

「だからさらうんでしょ!」

どゆこと?

「トップが居なくなればみんな諦めて戦争やめるでしょ!ケーキさんが大坂から逃げた時みたいに。みんなの命だって助けることになるんだから協力してよぉ!」

ケーキさん?!
ああ、慶喜さんね。守護職と所司代連れて大阪城から逃げた時のこと言ってんのか。
と、思い当たって眩暈がした。
リーダーシップを取るものが居なければ、残された者は狼狽えるのみで戦争を続けられない・・・って、くそー!なんでコイツはそういうとこだけ頭回るんだ!

クスクスと背後から笑い声が聞こえてギョッとした。
副長、面白がってる(私が説得に負けそうなのを(--;)。
それは良いけど、小夜が逆上して、

「何笑ってるの!幸、そこどいて!」

振り出しに戻る(違)。

「撃てば?」

せっかく詰めた間合いを無駄にしたくなかった。
銃口はもう私の胸から50センチも開けないすぐそばに有る。

「幸!」

余り叫ぶので階下でリュウがクンクン鼻を鳴らし始めてる。
誰か起き出して騒ぎが大きくなるのはマズイ。
話を替える。

「小夜、もし今副長を動けなくしたとしてそれから後はどうするつもり?どうやって船まで運ぶの?私は助けないよ?」

私は助けない、で彼女はムッとした顔になり、

「・・・戎三郎さんにお願いすれば何とかなるもん」

不機嫌に、でも微妙に自信無さげ。
たぶん副長を拉致するなんて話、向こうには通してない。
というより、こんなむちゃくちゃな事自体追い詰められた小夜が咄嗟に思いついた行動に違いないから。

「誰が俵屋さんへ知らせるの?」

「私が行く」

噴きそうになった。

「えーと、その間に私が副長を確保するけど?」(^^;。

「幸だって動けないように紐で縛っちゃう」

「その間に萬屋さんが悪さして来るかもしれないのに?」

「悪さって?」

「昼間自分で言ってたじゃない。町方はもう敵だって。毒を盛られるかもって言ってたでしょ?なのに信用するの?」

すると、うーん、と唇を尖がらせて考えてから、

「静かにやればバレないよ。今ここで何が起きてるか判らなければ萬屋さんだって」

えーと。
なんか幼稚園児と喋ってるような気になって来た(脱力)。
どっから説得すれば良いのか途方に暮れる。

「あのー、さっきは枕投げつけてごめんね。アレ、階段の下に転がって行った音で和助さんが驚いて起きて来ないかしら?って思ってるんだけど。リュウもさっきから階下で鼻鳴らしてるし、そのうち吠えないと良いけどね」

そこでようやく私の言いたい事に気付いたみたいで、

「何が言いたいのよ」

涙に濡れたままの頬がぶーっと膨れる。
ちょっと笑っちゃった。

「もう降参すれば?」

「やだ。そんなことで私が、はい止めます!とか言うと思ってんの?」

白旗揚げて降参なんて簡単だとさっき自分で言ってたけどな!(笑)。
話が取っ散らかるのでそこは突っ込まないでおく。

「そうじゃなくて」

どう言えば判ってくれるのかな。
そこで話を変えてみる。

「小夜は何でこんなことしてるの?」

「何よ今更。あの人を死なせないためにやってんでしょ!」

イライラと睨んで来る。

「じゃあ何故死なせたくないの?」

「何故って・・・」

と今度は面食らったように言い澱んでから、

「おゆうさんの元に帰してあげたいからに決まってんでしょ!」

それは京都を出る前からずっと言ってる事だけど。

「それだけ?」

「何よそれだけって。私に何を言わせたいのか知らないけど、私はあの人の事が好きとかそういうんじゃないから悪しからず。そんなの幸は判ってくれてると思ってたけどな」

心外そうに唇を尖らす。

「判るけど。でも、本当にそう?」

「どういう意味よそれ。私が嘘ついてるとでも?」

「じゃあなんで箱館に来てから今まで副長をおゆうさんの所に帰す工作をして来なかったの?今までだっていくらでも出来たのに」

黙った。
こちらを見つめる瞳が臆してる。
なのでそこまで踏み込むのはちょっと可愛そうな気がしたけど。

「もう降参したら?ていうか、別に悪い事じゃないと思うんだけどな。傍に居たいって思うのは」

安心するもんね。
実際に傍に身を置くってことじゃなく、同じ生活圏内に居て相手の無事が判る程度でも。

「私だって沖田さんの傍で世話をさせて貰ってる中で平穏無事な時も有ったし。あれが有ったから今救われてる所もあるし」

幸せだったと言うのは大袈裟だし充実してたと言うのも変だし楽しかったというのとも違う気がするけど、安らかに過ごせた日々が確かに有った。
永遠に続けば良いなと思ってた。実際には短かったけど。
だから、

「傍に居なくったってどこかで生きていてくれたら、それで私は良かったどね」

と言ってしまって小夜をまた泣かしてしまう。

「私だって、このまま戦争が終わってもう会えなくなったって、どこかで生きててくれたらそれで良い。おゆうさんと一緒だったらもっと良い。そうなってくれたらもう自分のことなんてどうでも良いもん」

必死に銃を構えながら涙を飲み込み、泣き声で言うので、

「それだけ大事なんでしょ?副長のこと。だから必死なんでしょ?今も」

もう白状しちまえ。
胸につかえたものを吐き出してしまえばもっと楽になるのに。

「ホントはもっと一緒に居たいんでしょ?」

副長を死なせたくないのはおゆうさんの為だけじゃなく、小夜自身がそう思ってるんだって。

私の背後で副長はこの会話を聞いているはず。
もし万が一、副長を止めることが出来るとするなら、副長自身の気持ちを変えなければ無理だと思ったんだ。
そうであれば私も手を貸せる。
そして本当に副長がその気になったなら、まだ逃がせる手立ては有る。

そこまで考えた時、

「でももう無理。気付いたって言ったでしょ?たとえ1人になっても最後まで戦うつもりで居るんだもん」

小夜がふいに銃を下ろした。

内心勝手に盛り上がっていたせいで多少拍子抜けしてしまったけれど、彼女が思い直してくれた事に取り敢えず安堵。
やっと諦めてくれたかー、と銃を受け取るために手を伸ばしかけた時だった、

「もういいや」

おもむろに小夜が銃口を自分のこめかみに当てたではないか!

「疲れちゃった。腕がダルいからもう終わりにする」

思いもよらぬ展開にパニくって頭が真っ白になる。

「待って!何?なんで?!」

「ごめんね。いつも困らせてばっかりで。いろいろごめん」

微笑んだ拍子に、小夜の両目から涙が零れた。
ゾゾっと鳥肌が立つ。

「何してるの!やめて!ちょっちょっと待って!」

と叫びはしても、刺激してはいけないとピクリとも動けず。

「もう何したって止められないから諦めた」

「諦めんな!そもそもまだ死ぬと決まった訳じゃないし!」

「うん。でももういい。あの人がいつ死ぬかなんてびくびく悩まなくても私が先に死ねば良いんだもん」

「何言ってんの!この世の明日を見たくないのかって、夕べ自分で言ってたくせに!」

言ってた事と違う!と思わず非難してしまう私に、悲しそうな微笑みをくれたまま、

「うん。だからさ、気付いたんだよね。明日なんて見たくない人も居るってサ」

そう言って薄っすら微笑んだ拍子に再びボロボロと大粒の涙が零れ、こめかみに当てた銃口をグイっと持ち上げて、

「私も、あの人の居ない明日なんて、要らない」

やる気だ!

「小夜!」

ダン!と、超小型の銃にしては結構な音がした。




至近距離でなければ間に合わなかった。
小夜の手諸共握り締めて銃口を逸らしたのは、叩き落せなかった時のリスクを考えて。
2連発銃ならもう1発撃てるから。

手を放さなかったのもそういう訳だけど、彼女が立っていたのは階段を1段下りた踏板の上。
足場のことを考える暇が無かったから飛び付いた勢いで足を踏み外したのは当然のこと。
そのまま階段から落ちそうになった私が、小夜の手を掴んだまま引きずり落とす形になった刹那、彼女の体が止まり一瞬にして引き上げられて行く。

副長が確保してくれた!

と安心するのもつかの間、ズデデデデ!とうつ伏せの体勢で顎を打ちながら階段を4、5段程滑り落ちて止まり、自分の手に小さな銃が有るのを認めて助かったーと気を緩めた途端、

「うぉあ・・・っ!」

バランスを崩して手すりの無い階段を今度は帳場側にお尻から落下。

「痛ってぇ」

階段の途中からだったし下が畳敷きで助かったけど。
打った尻が痛いのと安心したのとで帳場の畳の上にひっくり返ったまま30秒くらい脱力してた。
さぞや泣きわめくかと思われた小夜の声は聞こえず。

「どうなされました!大丈夫でしたか?」

和助さんが手燭を持って奥から様子を見に来ちゃって、慌てて銃を懐に隠しながら起き上がって思わず正座。

「鉄砲の手入れをしようと思ったら間違えて撃っちゃって。音にびっくりして階段から足を踏み外しちゃったんです。騒がしくてごめんなさい。大丈夫ですから。あと、ご主人には内緒でお願いします」

取り繕うのに苦労する。
いくら寝所が離れているとはいえ同じ屋内、雨音がしてたってあの銃声は聞こえるよな。
ひたすら謝り倒して和助さんには引っ込んで貰って。

それから尻尾振って土間から首を伸ばして来たリュウを撫でながらしばし。
耳を澄ませても、板戸の外で軒からの雨垂れが水溜まりを打つ音ばかり。

もう二階に上がって行って大丈夫かしら?
今夜はこのまま2人きりにしといた方が良いかな?
小夜の様子は心配だけど、副長に任せとけば大丈夫・・・だよね?
ケンカになったりしないよね?

明日五稜郭に戻るって言ってたし、それって本部に詰めるってことで、もういつ会えるか判らないってことだし。
そんな、もしかしたら最後になるかもしれない夜に、そうでなくたって偉くなっちゃった副長と2人きりになるなんてめったにないチャンスなんだし、私だってお邪魔虫にはなりたくはない。
このままリュウと一緒に下で寝るか。

「ビックリさせてごめんよリュウ。今夜は一緒に寝ようね」

と、真っ暗な中で真っ黒なリュウを手探りで撫でつつ畳に横になったらば、すぐに眠気が襲って来る。

ハァ~疲れた~マジで。
もー勘弁して欲しい。心臓に悪いわー。

板戸の外でシトシトと地面を打つ雨音も眠気を誘う。
今頃になって小夜の泣き声が微かに聞こえる気がして・・・。



「幸」

と呼ばれた気がして飛び起きた。
辺りが真っ暗で寸の間キョロキョロしてしまってから、自分の置かれた状況を思い出す。

「大丈夫かお前」

階段の上から声が降って来る。
トーンを落とした、ギリギリここまで聞こえるぐらいの。

「大丈夫ですぅ」

こちらも小声で答える。
言われて気付いたけど、階段落ちしてそのまま退場って(ギャグか)、そりゃあ心配にもなるだろう(苦笑)。
階段脇から顔を出して上を覗くと、そちらも横から顔を出して居るのが見える。
硝煙の匂いがまだ微かに漂っていた。

「小夜は大丈夫ですか?」

すると副長は笑いを堪え切れない風に眉を下げて、

「寝たぜ」

は?
マジで!

と言いそうになって口を押えた。
アイツ!人が折角気を利かして2人きりにしてやろうと思ってんのに、寝るヤツが有るか!
っていうかどうなってんだよ!さっきあんなに取り乱して、こめかみに銃を突きつけるとかめちゃくちゃやっておきながら!

と叩き起こす勢いで階段を上ろうとして、階段下に先程小夜が落とした浴衣と私が投げた箱枕が転がって居るのを見つけて拾い上げる。
すると更にその下に何か光る物が有るのに気付いた。

簪だ。
小夜が前髪の根元に挿していた銀の簪。
銃を撃った衝撃で飛んだのか。
なにげに拾い上げて見て・・・。

「うげ・・」

ヘンな声出た。
南天の飾りの部分がひん曲って、しかも3つ有った珊瑚玉の一つが無くなってる。
全身粟立つような心持になる。。
先程の緊迫した状況に引き戻された気がして。

本気で死ぬ気だったんだ。

あんなネガティブな事をするヤツだとは夢にも思って居なかったけど。
そこまで思い詰めてたって事だな、と。

・・・ん?
ていうかそれでアッサリ寝れるって何?(困惑)。




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