もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。


察しの良い斎藤さんは私の思惑を察知してか、さりげなく火鉢の上の燗鍋を見やるフリをして視線を外した。
燗鍋の口に湯気が揺らいで見える。
なので、

「おおっと、熱燗になっちゃうよ~」

と急いで納戸から出、手にした鋳物の燗鍋は座敷の手あぶりへ。
代わりに居間の長火鉢にかけてあった錫の燗鍋を手に取り、

「で、さっきの話ですけど」

つい、口調がこんなカンジ。
その場に座れば、勢い膝詰めだ。
斎藤さんも身構えた。

崩していた脚を正座に直して背筋を伸ばし、両手は腿の上。
でも湯のみを左手に持ったままだったので(笑)、燗鍋をかざして見せると、素直に手を伸ばして酌を受けた。

「ホントは知ってたんでしょ?」

今回の斎藤さんの仕事の報酬に、あのクソオヤジめが私をこの人に与えたんじゃないか?という疑惑の追求を始めるv

「何度も言ってるだろう、そんな話はもともと無いんだ」

湯呑みに注がれた酒を一度に煽った。
眉をひそめるでなく、表情の変化も無いのは、逆に隠し事の証拠じゃないのか?

「うそ」

すると彼は二度目の酌を受けながら、

「そりゃあ・・・藤堂の言ってるようなことは・・・もしかしたらそうなのかもしれないと思ったことは確かだが・・・」

「やっぱりっ!」

半分まで注いでいた燗鍋を思い切り引っ込めたので、鍋の口から酒がこぼれた。
袴を汚すのを咄嗟に避けたためか斎藤さんはようやく慌てた声になる。

「違う!言ったろう?あの人はそういうことは絶対口にしない。そう仕向けるだけなのだ」

湯呑みを傍らに置き、懐から手拭いを取り出して畳を拭きながら、

「意外と疑り深いな、あんた」

とぼやいた。
拭き終えた手拭いを、きちんと中表に畳み直してから懐に仕舞いこむのがこの人らしい。

が、疑り深いと言われてカチンと来ないワケが無い。

「でもちゃんと意図するところは伝わってたわけでしょ?仕向けられてその通りにしたんでしょ?ズルイよ、男同士示し合わせて!」

言いがかりめいてしまっているのは判っていたけど、もう引っ込みが付かなかったんだ。

「示し合わせてなんかない!」

「だったら何で私に黙ってるのよ!」

「言えるわけが無いだろう?」

「なんでよ!」

「なんで・・って・・・」

斎藤さんが一瞬・・・怯んだ?

私にはその反応が良く判らなかったが。

ゲラゲラと藤堂さんの笑い声がして、斎藤さんがなんとも言えない・・・強いて言えば泣きそうな顔つきになる。

「そんなこと言えるか。言ったらあんたが・・・、あんたを悲しませると思ったからじゃないか!皆まで言わせるな!」

最後は怒った声になった。

びっくり。

それはきっと、自分の無神経を指摘されたってことで。

怒鳴られてようやく判っちゃって。
どうしよう!と、一度は反省しかけた。

「ごめんなさい・・」

と口に出た頃には、既に相手は自分の発言を(というか怒鳴ったことを)後悔していて、

「あぁ、・・いや、すまん」

気まずい間を藤堂さんの笑い声が渡って行く・・・(--;
それがまた頭に来るんだよね。

「小夜ちゃん、そういうとこ妙に鈍いからなぁ。はっきり言わねぇと判んねんだよな?そうだろ?な?」

面白がってる。

くそー。他人事だと思って。

「自分のこと棚に上げて、人のことばっかり言わないでよ!」

納戸に言い返したのは、実は八つ当たりだったのかも。

「棚に上げて・・ってなんだよ?」

一度反省しかけたのに、また悔しさが戻って来てしまって。

「自分だって鈍いくせにって言ってんの!」

「俺がいつ?」

「近藤先生の差し入れ食べて悦んでたくせにさ」

言っちゃった。

斎藤さんが慌てた。

「小夜さん、それは・・・」

小声で制止するのを無視したのは・・・勢いだったかも。
スイマセン。
後から反省したって遅いよね。

「え!?」

藤堂さんの頓狂な声が聞こえる。

「あの鰻よ、うな重!近藤先生の差し入れだって。斎藤さんは言うなって言ってたんだけど、私は言っちゃって良いと思う!」

私の膨れ面を見て、あーあ、と斎藤さんが溜息ついてる。

「なっ・・!ええっ?何だと?ふざけんな!お前ら騙しやがったのか!」

案の定、怒り出した。

この人も瞬間湯沸かし器よねぇ。
他人のような気がしない(爆)。

「そうよ。残念でした。でも吐き出そうったって無理よ。もうこんなに時間が経ってちゃ胃袋には残ってないもの」

憎まれ口を利くのは、爽快なんだよね。
得意になって肩をすくめて見せたのは斎藤さんへ。

「ホラ判ったでしょ?余計な気遣いがムカつくってことだってあるんだから・・」

遣り込めた気で居たのはちょっとの間だけ。

斎藤さんは腕を組んで私を見ていた。
困ったような、モノ言いたそうな目でじーっと。
傍では藤堂さんがぎゃあぎゃあ喚いてるんだけど。
そんなことは意に介さず、斎藤さんは真顔でこちらを見てる。

ううう。

と、勢いが・・・萎える。
困らせているという思いが、罪悪感になってのしかかる。

この人は土方さんとは違うのだ。
何も言わない。
一文字眉をちょっとだけ寄せて、一重まぶたの影の濃い、引き締まった頬の、口の端をきゅっと結んだ・・・。

睨んでるんじゃない。ただ見てる。
ジワジワ訴えかけて来る。
ちゃんと向き合わないと失望させそうで不安になるっていうか、冷静にならざるを得ない。

自分が悪いのは判ってた。
彼の優しさを、「余計な気遣い」と決め付けたんだもの。
私に気を使ってくれたのは彼が優しいからで、悪いことなんて何も無い。
ただ、それを認めたくなかっただけだ。

だから、たった今藤堂さんにそうしたように、それはただの八つ当たりで。

「ごめんなさい。言い過ぎでした」

でも。


八つ当たり・・って?
何の?

八つ当たりだったとしたら、私は何を悔しがってるんだろう。
斎藤さんの気遣いが悔しいというなら、それは全く子供じみてて。

そうと判ったなら反省して謝って、少しはスッキリすると思ったのに。

でも胸の中には未だモヤモヤしてて、その原因が判らなくて。
それが吐き出せないのが腹立たしくてムシャクシャしてて・・・。


そんなことを考えている間にも、相変わらず藤堂さんの怒声が聞こえてる。
自分のことなんか後回しにして、まずはそっちに対応しなくちゃ。

・・と立ち上がりかけた時、不意に、

「あぁ・・参ったな」

何故か斎藤さんがうろたえた。
組んでいた腕を解いて私の腕を掴み、

「すまん、俺が悪かった。泣かんでくれないか」

その場に押し留めようとする。

え?と目線を向けると同時に、ポロリと涙がこぼれたのに気付く。

やだ、私ったら何を馬鹿みたいに泣いてるんだろう。

慌てて、両目を掌で拭い、

「ごめん、何でもない。気にしないで」

「何でもないって・・」

言いかけた斎藤さんの声に被せて、

「お前ら聞こえねぇのかバカヤロー!ツラ貸せって言ってんだ!」

一際大声で藤堂さんが叫ぶ。

その剣幕にこちらの話は中断せざるを得なくなり、斎藤さんは不本意だったのだろう、腹立たしげに溜息をひとつついて、

「あーあー、判った今行く!騒ぐな!」

自ら納戸に立つ。
それを待ちかねて、

「あの鰻が近藤さんの・・、いやさ、近藤の差し入れってどういうことだよ!答えろ斎藤っ!」

あーあ、斎藤さんもひとりでてんてこ舞いだな。
藤堂さんの剣幕があまりに凄いので、自分(=バラした犯人)のことを棚にあげて笑っちゃう。
っていうか自分は納戸に入らずに斎藤さんにお任せを決め込む。

「なに騙してんだよ、お前らっ!」

「しょうがねぇだろ?言ったらお前、喰わなかったろう?」

あれ?斎藤さんの口調が、いつに無くぞんざいな気がする。
と私は気付いたが。

「当たり前だ!仇の施しなんぞ受けん!」

藤堂さんは怒るのに夢中で気付いてないみたい。

「そうは言ってもなぁ。藤堂、お前いつの分から言ってんだ?」

藤堂さんの枕元にしゃがみ込む。
行灯の灯りを受けて、表情が良く見える。
微笑んでる。

「いつ?・・・どういう意味だ」

「お前、いつから近藤さんの施し受けてるんだよ?」

「・・・」

「昨日今日の話じゃないだろう?忘れちまったのか?」

藤堂さんが静かになった。
すごい。
そんな切り札があったか。

「俺が言っちまってはおこがましいと思って今まで言わずに居たのだが、『余計な気遣い』が仇になっちゃあ仕方が無ぇからな」

あちゃー。
それって私のことデスカ?(汗)。

「そこまで言えば判るだろ?お前も俺も、近藤さんには恩がある・・・」

「何を今さら説教タレてんだ!テメェの話しなんざ聞く耳持たん!」

「だからおこがましいのは判ってる。いいから聞け。お前は、伊東さんにはもう十分恩を返したと思うよ。でもな、恩が有るのは伊東さんにだけじゃなかろう?近藤さんにも、新選組にだってあるはずだ?」

「けっ!恩師を殺されてか!仲間を殺されてか!」

喰いつくきっかけを見つけて、再び藤堂さんが勢いを増す。

ふ、と斎藤さんは諦めたような溜息をついて、

「じゃあ聞くが、お前は伊東さんが生き延びて、あの人の考え通りに事が運んで、この世から侍が無くなってもいいと思っていたのか。お前は武士を辞められるのか」

・・・初耳。

伊東甲子太郎って人はそういう考えだったのか。

「俺は願い下げだ」

そう続けた斎藤さんの言葉には沈んだような響きがあった。
迷った挙句の結論だったのかもしれない。

「伊東さんの言う『皆兵』ってのはそういう意味ではなかったか?百姓を兵に仕立てるということは、突き詰めればそういうことではないのか?あの人に言われるまま、人集めに奔走していたお前にはそんなことを考える暇も無かったのかもしれないが、百姓やバクチ打ちに鉄砲を持たせて、侍がその上に立ち続けることが出来ると思うか」

やや間が空いた。
近くに居たら、きっとゴクリと藤堂さんの喉が鳴るのが聞こえたかもしれない。

「貴様・・・だから逃げたのか?」

聞き返す言葉は、恐る恐る、といった声音に聞こえる。
斎藤さんはその問いには答えず、

「武士を辞められるならこのまま辞めればいい。頭も丸めりゃ丁度良い」

突き放した言い方をした。

藤堂さんが黙る。

「今すぐ決めろとは言わん。傷が癒えるまでには答えも出るだろ?」

そう言うと、相手の答えを待たずに納戸の戸を閉めてしまう。

ちょっと冷たい気がしたけど、後は自分で考えろってことなんだろう。
閉めた戸口の前に佇んで、大きく溜息をついた。
それから私の視線に気がついて、

「簡単には行かぬな」

うっすら微笑って、自分のこととも相手のことともつかずにそう言った。

伏せた睫毛が庇のように被さって、目の表情は容易に伺えない。





斎藤さんが心配するので、その後は素直に寝ることにした。
睡眠不足で情緒不安定になっているのだとしたら、寝れば解消できるだろうと思ったし。

行火を仕込んだ寝床に着物のまま潜り込んで、フクチョーを抱えて。
斎藤さんは私の枕元で、火鉢を据え、納戸の戸口に寄りかかって夜明かしするつもりみたい。
もう一回だけ、燗鍋に酒を満たして。


「不首尾か」と聞かれて確信したのだ、と斎藤さんは種明かしをしてくれた(別に頼んでないんだけどね・爆)。
今朝、土方さんにそう訊かれるまで、すっかり騙されていたと。
問わず語りに、頭の上で喋ってる。

「顔つきが緩んでいたからな。すぐにピンと来た。あんたは他の事と勘違いしてくれたようだが、こっちは野郎だ。あの言い様はすぐに判る」

それで、私を自分に譲ってくれるものと理解したのだそうだ。

まったく、あのクソオヤジは。
本人の意思は完全無視で、勝手にやりたい放題やってくれるよね。

・・・まあ、今に始まったことじゃないけどさ。

「ならば焦ってあんたを盗み出さずとも良いわけだな」

ってしゃあしゃあと開き直ってるコイツもどうよ?(--メ
酔っ払ってんのか。

己の恋心(下心だろ?爆)を見透かされていたのは忌々しいらしいし、少なからず凹んでるみたいだけど。

「自分の女を部下にくれるなど、酷いヤツだと一時は思ったが・・・。あんたに手をつけていないってことは・・・。そんな大事なものをくれるとはどういう料簡なんだ?」

ひとりで言ってろばかやろー。
誤解もナゾも解いてやらん。
ワタシャもう眠いんだ・・。

とろとろと眠気が差して来たところに、斎藤さんの独り言が降って来る。

「あの人はあんたのことをどう思っているんだろう・・・」

頭の中をぐるぐる回って、消えていく。

んなこと知らん・・。
余計なお世話・・・。

と、思ったのが最後で、後は真っ直ぐ夢の中・・・。





翌朝、目が覚めると世間は既に明るかった。
ってことは雨戸が開いてるってことで、それは既に幸が来てるってことで、自分はそれに気付かないほど爆睡してたということで(呆然)・・・。

やばいっ!ご飯炊いとくって言ったのに!

飛び起きた。

と、枕元で張り番していたはずの斎藤さんが居ない。

あれ?っと見回すと、今まで寝ていた寝床の隣に、衝立を回して寝ているではないか。
足りないはずの掛け布団は、

「そっか、夕べどてら貸したんだっけ」

朝になって明るくなったから寝てるってことなのか。
幸が来たから寝たのかな?

斎藤さんって寝るときもキチンとしてる。
仰向けの頭の先からつま先まで超真っ直ぐ。
死んでるみたい。

ぶっと吹き出してしまってから、縁起でもないなと不謹慎を反省。
良く見たら、どてらの丈が若干足りずに足先に座布団を乗っけているのに気がついた。
風邪引かないか心配だったので、自分の布団をかけてやろうかとモゾモゾやっていると、

「おはよー」

台所の方から声がかかった。
小声だ。

「大丈夫だからそっとしといて。下手にいじると目を覚ますから」

障子の隙間から手招きするので寝床はそのままに土間に下りると、

「朝ごはんは持って来たから大丈夫。斎藤先生は握り飯食べて寝たし。藤堂先生のは枕元に置いて来たし・・。あれ?あんた着物着たまま寝てたの?」

「だって用心棒が用心深くてさー」

そう言っただけで想像が付いたんだろう、幸が可笑しそうに吹き出した。

土間へ下りる階段に腰掛けて、おにぎりと味噌汁の朝食。
壬生菜の漬物を刻んだのをご飯に混ぜて握っただけのおにぎり。
素朴な塩味が美味しい。
空きっ腹に沁みる。

足元には夕べ抱いて寝たはずのフクチョーが、既に猫まんまを平らげて口の周りと前足を嘗め回している。
それからその前足で耳の後から鼻先にかけて擦り下ろして、また嘗めて・・。

「猫が顔洗うと雨になるって言うけどさー、猫って毎日顔洗うよね?」

「まあね」

まるで我々の言葉の意味が判っているみたいに、彼はキッと一瞥をくれて、それからノンビリとした足取りで勝手口の前まで行き、にゃーと啼いてこちらを見る。
開けてくれというのだ。

「待って、今開けるから」

とは言いながらご飯粒だらけになった手を拭くのに手間取っていると、痺れを切らしたのか、前足でカリカリと器用に板戸(結構重いんだよ?!)を開けて自分で外に出て行ったではないか・・・!

「マジかよ・・」

「いつから?」

「知らないよ!初めて見た」

10センチほど開いた隙間から吹き込む風は、ちょっと湿気った感じはしたけど昨日よりは気温が上がった気もする。

なので昼間の暖かいうちに、納戸の掃除をすることにした。

掃除って、汚れた布団を取り替えて、藤堂さんを着替えさせて、そんでもって散切り頭をキレイに当たること。

斎藤さんを起こさないように座敷はそろそろ歩いたつもり。

納戸の中は夜と変わらず薄暗く、明り取りの天窓を開けたいところだが、それじゃあ寒くて居られないし仕方が無い。
火鉢には、幸が注ぎ足したらしい炭が赤々と熾っていて、夕べ二枚重ねにしたはずの掛け布団は一枚剥がされ、傍らに丸められてた。

でもそれより目を引いたのは、枕元の握り飯。
手をつけずに残されていたのだ。
具合でも悪いのか?

「藤堂さん、起きてる?」

寝床の上で、目は開けていた。
が、薄暗い中では顔色も判らない。
手拭いの落ちた額に手を当てる。
熱はもう無い。

「大丈夫?食欲無いの?」

夕べの経緯が思い起こされ、精神的ダメージもあるかとそう訊ねると、

「小夜ちゃん、俺、納豆ご飯食いてぇ・・・」

思いがけない単語を聞いて、一瞬意味を計りかねた。

「え?何?納豆?納豆って言った?納豆ってあの、糸引くやつ?」

「納豆って言ったら納豆だろ!あの塩っ辛いボロボロした黒いヤツじゃねぇぞ」

なんだよ、その「塩辛いボロボロした黒いヤツ」・・って(--;

「あのさぁ、ここ京都だよ?そんなものあるワケ無いじゃん」

「でも俺、死ぬ前にもう一度納豆ご飯食いてぇ・・・」

「納豆ご飯」という言い方がちょっとお子ちゃまっぽくてカワイイんだけど(爆)。

でも、死ぬ前にって・・・。

はぁ~、また落ち込んでるよこの人(--;
昨夜斎藤さんに諭されたのが効いてるんだろか?

どうしたもんかね?




暗いところで剃刀を使うのは危険なので、藤堂さんの剃髪は日の差してきた縁側で行った。

彼は寝起きの際、塞がりかけた背中の傷口が捩れたり引っ張られたりするから痛がるだけの話で、起こしてしまえば普通に動けたし。
それに、納戸から出して、もし逃げられることがあったって、それは体が回復した証拠であるわけで、私達には何の不都合も無かったし。

とはいえ、彼は朝から生きが悪いのなんの、納戸から出るのも億劫がったぐらいだったけど。

幸が藤堂さんの頭を剃り上げている間、私は納戸の片付けを担当。
血に汚れた布団を納戸の角に畳んで、私の使っていたのを提供して。

新しいのはいつ手配できるか判らないし、これからは今、斎藤さんの使っているのを代わりばんこに使うしかないのかも。
こういう状態じゃ一緒に寝る(同じ時間帯に寝るってことだよ!爆)ことも無いだろうし、なんとかなるでしょ。
そりゃー、男の人の使った布団に寝るのは嫌だけど、この際仕方ない。

ビリビリになった藤堂さんの紋付一式は、カマドの焚き付けにするために本人に気付かれないように台所に運び込む。
袴も。ドロだらけで血もついてたし。

今、藤堂さんが着ている浴衣も、背中に血膿が染みちゃってて取り替えなきゃいけないし、晒し木綿も用意しなくちゃ。
傷口の手入れもしなくちゃいけないんだろうから。

すぐ側に寝ている人が居るので、気を使ってこそこそ動いてはいたものの、気になって寝れないんじゃないかと気が気じゃなかったのだが、

「そんなに気を使わなくても大丈夫だよ。斎藤先生、普段は一度寝てしまえば雷が鳴っても起きないから」

と幸はケロリとしている。

・・・普段じゃない時ってどんなんだろ?(^^;


タイミングを計ったように山崎さんが現れたのはそんな時だ。

縁側に座らされている藤堂さんの坊主頭を見て、庭先でしばし絶句した。

寒くないよう綿入れ半纏を着せられ、座った足元には炬燵(行火ね)を置いて、しかも頭は青々と丸めたて。
後頭部の丸みがガイジンぽくて、スキンヘッドは結構似合うんだけど、髪が無いと額の古傷がますます目立ってる。
眉の反り返った利かん気な表情と相まって、なかなか凄みがあるんだこれが(^^;

「なんだ、藪医者か」

と、彼が放った不機嫌な一言を受けてか、以後、山崎さんは彼の坊主頭に関しては一切コメントせず。
まあ、昨日に比べたら随分と静かにはなったので、山崎さんとしては触らぬ神に祟り無しってとこだったのかも。

その山崎さん、傷の手入れをしに来ただけかと思ったら、

「生き残りの皆さんは今出川の島津邸内に入られました」

藤堂さんの背中に傷薬を塗り直しながらそう言った。

座ったまま、諸肌脱ぎになっていた藤堂さんは顔色を替え、首をひねって後を見やり、何か言うのだと思ったけど・・・無言。
ていうか絶句?

「お出かけだった方々は昨日毛利邸に向かったところ断られて、本日ようやく島津家中と接触できたようで。程なく邸内入りするかと」

後で手当ての様子を見ていた私と幸も、そんな事をわざわざ藤堂さんに報告する意図が判らず、思わず顔を見合せた。

傷口に油紙をあてがい、固定のため体に晒しをぐるぐる巻く頃になって、ようやく藤堂さんが口を開く、

「そこまで判っていて何故泳がせる。おびき出そうとまでしていて何故だ」

「それはまぁいろいろと」

「島津家中には手を出せぬということか。事情が変わったということなのか?」

「さあ、私にはなんとも」

山崎さんはそれがさも当然と言わんばかりに質問をかわす。
藤堂さんも彼の立場には理解があるのか、それ以上問い詰めようとはしない。

なので物凄く気にはなったけど、さすがに私が訊き直すような空気じゃないと思って黙ってた。
幸はもとよりそんなことするキャラじゃないし・・・。


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