もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
火鉢に新しい炭を足してから、先ほど脱ぎっぱなしにしてしまったどてらを畳んで座布団代わりにし、藤堂さんの枕元をのぞく。
彼は布団を引き被るようにしていた。
もしかしたら寒いのか?布団が足りないかな?熱は?
と、額に手を当ててみたら、
「よせやい。もう熱なんか無ぇさ」
拗ねた素振りで手を払われたけど、ちょっと熱い感じはした。
やっぱり厠へ起きた時、浴衣一枚じゃ寒かったよね。
枕元に置きっ放しにしていたタライで手拭を絞って、額にあてがおうとすると、更に振り払おうとする。
「抵抗しな~い!熱が有るか無いかは私が判断します。大人しくしなさい。言うこと聞かない時はまた縛り上げるからね~」
「ちぇっ。なんだよ。お前ちっとも変わっちゃいねぇのな」
口元を尖らせる。
そう言う割には、本人もちっとも変わってない。
威勢が良いのは単なるポーズで、こちらがちょっと強く出ればとたんに不安げな声音で下手に出てくる。
「一丁前にオトコを知ったんなら、ちょっとは優しげになったかと思ったのにさぁ・・」
手拭の下から見上げる目つきは、昔のまんまのくりくりした子供っぽいそれで。
「何言ってんのよ。甘やかしたら何処まで図に乗られるか、判ってるからですぅ~」
と答える側から、
「でも助かった。まだひとりじゃ身動き取れねぇからさ。さっきから喉がカラカラなんだ。水飲ましてくれよ」
水ぐらい飲めんだろ。
枕元に水用の鉄瓶置いといたんだからさ(--メ
とは言わずに、湯呑みに注いで飲ませる。
あんまりいじめると本気で拗ねるからね、この人。
「ああ、うめぇ。なんなら、・・・ほんの一口でいいんだが、あのほら、米の汁・・」
「はぁ?米の汁??」
「米を絞ったさぁ、アレだよ、こう・・良い香りのする、飲んだら気分の良くなる命の水!」
・・・。
調子に乗るな(--メ
「頼むよ、一杯だけ。な?いいだろ?飲めばちったぁ体も温まる・・」
んな、見え透いた言い訳を。
「はいはい。寒いなら布団を足しますよ~」
言い訳なんてさせるか!
「あ、いや!違うって。そうじゃなくて・・・。オイ!小夜ちゃ~ん!!」
慌てて止めようとするのを無視して、座敷から布団を取ってこようと戸を開けると・・。
「何してんの?」
目の前に斎藤さんが立っていた。
まだキッチリ着物を着たまま。
さては立ち聞きしてたのか・・。
「別に・・・」
見れば刀を手にしている。
まったく、何考えてんだよ~~!と睨んだら、バツが悪かったのか、視線を逸らせて、戸口の脇に座り込んだ。
「も~っ!どいつもこいつも」
わざと聞こえるようにぼやきながら、敷いてあった二組の寝床のうち、掛け布団を一枚、抱えて納戸に戻る。
ばっさり上から掛けてやったら、
「わ。ほんとに布団持って来やがったか。何もそんな面倒しなくたって、お前が一緒に寝てくれりゃあ・・」
(--メ
「痛てっ!」
考える前に足が出ちゃった。
辛うじて蹴飛ばしたのは脚だったけどさ。
逃げられない相手を足蹴にしちゃって、内心ヤバイと思ったよ。
でも付け上がるので謝ったりはしないけど(爆)。
「軽口叩いてるヒマあったら寝なさ~い!これ以上無駄口叩いたら、傷薬の代わりにワサビ塗ってやるからなー!!」
うがー!と怒ったら、
「そんなことしたら治る傷も治らねぇじゃねぇかよ・・」
裏返った声で半べそかきながら反論する。
大丈夫だ。ワサビには殺菌効果がある!
・・・言っても判らないとは思うけど。
なので黙ってたら、今度は無視されたと思ったんだろう、しょげて何も言わなくなった。
ちょっと可哀想だったけど、ようやく静かになってほっとする。
達者な口に付き合うのも結構疲れる。
藤堂さんって江戸っ子だっけ?
先ほど一緒に淹れたお茶を一服口に運んだら、
「小夜ちゃ~ん、怒ったのかい?」
・・・3分ぐらいしか黙ってられないらしいな(^^;
「別に~。煩くしなきゃ怒りません」
「お前は寝ないのかぇ?」
「寝ないってことはないけど。ていうかほんとはここに寝るはずだったけど、藤堂さんと二人で寝るには狭過ぎだし」
布団を二枚、くっつけて敷けば敷けない事も無いけど、水を張ったタライやら薬箱やら火鉢やら炭籠やら茶道具やら、今朝から散らかしたままの衣類やら。
どうにも狭くて。
「座敷に寝りゃあいいんだろ?」
「うーん、まあそうなんだけど。夜の間は危ないからって、斎藤さんが承知しないから」
「危ないって・・・」
「斎藤さん、一応用心棒ってことになってるからさー。私が座敷で寝るとなれば、あの人は寝ようとしないし。自分もあんまり寝てないのに。それじゃあ可哀想でしょ?」
返事が無い。
・・・。
3分以上沈黙してた(爆)。
「藤堂さんは諦めたか知らないけど、でも藤堂さんのお仲間はまだ諦めてない・・・って、斎藤さんは思ってるのよ。たぶん土方・・・ウチの主人も。だから報復に備えて張り番してるワケ。それに・・」
熾って来た火鉢に、もうひとつ炭を継ぐ。
「新選組もこんなところまで守るには人出が足りないんでしょ。屯所を守るのが精一杯なんじゃない?昨日の分の交代要員も必要なんだろうし・・・」
晒してある遺体にも何人か付いてるんだろうし、とは続けるのが憚られた。
「まあ、逆にここに誰か来られちゃ困るしね。藤堂さんは勿論だけど、今のところ斎藤さんもここに居るのを知られちゃマズイみたいだし。だから却って好都合なのよ」
まだ黙っている。
額に乗せた手ぬぐいを取り替える。
「斎藤は、新選組には戻ってない・・ってことかい?」
側に置いた箱行灯の僅かな灯りでは、私には彼の細かい表情の変化までは良く見えない。
「そうみたい。もう戻らないかもしれない・・・って」
あれ?これ言っちゃって良かったかな?
ていうか、もう言っちゃったし。
・・・良いよね?
「そう思ってるみたいよ。私には判んないけど、なんか複雑そう」
これぐらいの声じゃ表に聞こえてないよね?
またこっそり聞かれてると困る。
「じゃあどうしてここへ?」
「個人的に頼まれたみたい。私の護衛ってことで」
「お前の旦那に頼まれたってことかい?それは新選組に戻ったってことじゃないのかい?」
「そうよねぇ・・。でも、まだ近藤先生ぐらいにしか報告されてないみたいだし、本人はなんだかそのつもりじゃないみたいだし・・・」
本気で出奔しようと思っていたのかもしれない。
と、ふと思った。
茶番だろう、と、あの時はそう思って疑わなかったけれど。
仮初の道行きと決めてかかって叱られたのは、色恋のことだけじゃなかったのかも。
新しく注いだ炭が金属音を立てて爆ぜる。
薄暗闇に火花が飛んで、消える。
藤堂さんは黙ってる。
何か考えてる。
「そうそう。言っとくけど、斎藤さんは藤堂さんのお仲間がおびき出されて殺されるなんて知らなかったみたいよ。助けに行こうとしたぐらいだし」
言っちゃえ。
こうなったらもう全部。
「伊東さんって人が新選組に狙われてるのは知ってたみたいだけど・・」
さすがに暗殺される日まで知っていたとは言い辛い。
「でも、特に藤堂さんのことは助けたかったみたい。危ないからやめろって私が止めたんだ。ごめんね、だって私、あなたがあそこに居るなんて知らなかったし・・」
知っていたら、斎藤さんを行かせたかどうかは・・今も判らないけれど。
「他の人がやられるのまでは不本意だったんだよ。新選組に戻りたくないのは、そういう事情もあるかもね」
すると、
「あそこ・・・って、まさかお前もあそこに居たのか?」
「言ったでしょ?斎藤さんを止めたんだってば。ホントよ?あのすぐ近くに居たの」
道行きのことまでは言わなかったケドね。
それと、
「これは誰にもナイショね。幸にも、もちろん土方さんにも。絶対言っちゃダメ」
「奴は最初から伊東先生を売るつもりだったのか・・・?」
独り言のようだった。
「そうは見えなかったが・・。まんまと騙されていたのか、それとも・・」
私には判らない。
たとえスパイとして潜入しろと命ぜられても、本当にそうするかどうかは判らないと思うし。
その場の事情で気が変わるかもしれないし。
「少なくとも、・・・藤堂さんほどのめり込めなかった・・・ってことじゃないかしら?」
伊東って人と藤堂さんとは、剣術の流派が一緒だって聞いた。
斎藤さんはそうじゃないって。
同門同士には他から入り込めないほどの繋がりがあるって聞いたし。
「それだけかい?それだけで裏切れるのか・・?」
「裏切るとか言うんじゃなくてさ、冷静になれたんじゃないのかしら?一歩引いて見れたんじゃない?」
「何を?」
「何を・・・って、そんなこと私には判んないわよ」
なんだよ!と藤堂さんが喚いた。
二枚重ねの布団が大きく上下して、納戸の壁に大きく影が揺らいだ。
「私にそんな難しい話が判るわけ無いでしょ?ジンチューホーコクとかさー、コーブイチワとかキンノーとかソンノーとか、そういうの」
「ふん。公儀の俗吏に成り下がった奴等に、真の『尽忠報国』なんぞ語れるかい。その御公儀だとて今はもう無い。宙ぶらりんの新選組に何の意味が有るって言うんだ?いっそ直参なんぞに取り立てられたが仇だな」
せせら笑う。
「だーかーらー、そんなの私に言われたって判んないわ。理屈はどうでも、私はここで暮らして行ければいいんだから。幕府、もとい御公儀が無くなったって、新選組にはまだどこからかお金が出てるんでしょ?」
ぷっと藤堂さんが吹出す。
「それもいつまで続くかな。小夜ちゃんお前、早いとこあの土方なんかに見切りつけて、ここ出てった方が良いぞ。もう世の中は変わり始めてるんだぜ」
「変わるって、どんな風に?」
きっと明治維新=文明開化だよね!
ようやく肉食えるかもv
「どんな風に・・って、良い世の中になるはずだったのさ。天皇親政、開国して富国強兵だ。徳川家や他の大名に政を任せてはならんのだ。伊東先生が生きて居れば・・・」
急に声が沈んだ。
「御公儀やお家の利益のみに固執するバカどもとは出来が違った。先生こそ真の尽忠報国の士であったのに・・」
でも、そんなことが本当にできると思っていたのか・・・って、確か斎藤さんが言ってたような・・・。
危なっかしくて一緒に居るのが怖くて逃げた、みたいな言い方してたよね?
ていうことは、相当な理想論だったってことかしら?
既に破綻しかけてたような言いっぷりでもあったし>斎藤さん。
てことは、伊東さんて人の理想主義に付いて行きたかった人=藤堂さんと、付いて行けなかった人=斎藤さんってことなのか?
「あんな大人物が新選組ごときに殺されるなんて!悔やんでも悔やみきれぬ」
額にあてがっていた手拭で顔を覆って、声を震わせた。
居た堪れなかった。
その人物を暗殺=騙まし討ちにしたのは新選組で、その首謀者のひとりがウチの・・・アイツだってんだから・・・。
信じらんないよね?人殺すとかって。
暗殺って。
なんでそんなこと出来るわけ?
信じらんない。ほんっと信じらんない。
・・・。
でも良く考えたら、この人だって斎藤さんだって人殺してんだよな・・・。
なんて世界だ。
邪魔な人間は殺せば良いって・・・どんだけ短絡的なの?
動物と同じじゃん。
いや、動物だって同族殺しはしないはずだ。
てことは動物以下じゃないか。
野蛮過ぎる。
「俺はもう、生きていたって仕方ない。生きてる意味が無いよ。小夜ちゃん、俺ァ死にてぇ」
「死」という単語にぎょっとして我に返る。
藤堂さんは目に涙を溜めて、ぼんやり天井を仰ぎ見ている。
握り締められた手拭を手からもぎ取り、絞りなおした。
「よしてよ。せっかく助けたのに」
「先生を守れなかった。みすみす死なせて、仇も取れなかった。それが俺の役目だったのに・・。この先、生きていたって何すりゃいいんだ。ちくしょう!」
沈み込んでたと思ったら、今度は急に怒り出す。
情緒不安定は想定内だが。
「沖田め、余計な真似しやがって!俺はあそこで死ぬはずだったんだ」
そのまま放っておいたらいくらでも罵倒の言葉が続きそうだった。
それを聞きたくなかったというのもある。
「あぁもう、うるさいなぁ。死ぬはずだったか何だか知らないけど、生きてんだからしょうがないでしょ?男のクセに終わったことをぐずぐず言わないの」
絞りなおした手拭を藤堂さんの額に押し当てながら、つい言い返してしまう。
気の毒だとは思うけど、だからって簡単に死ぬ死ぬ言われるとだんだん腹が立って来るんだよね。
すると彼は額に押し当てられた手拭をびっくりするような勢いで投げ捨てたのだ。
「なんだと!お前に俺の気持ちが判ってたまるか!」
手拭いは火鉢の縁に当たって一瞬くっついた後、ポロリと床に落ちた。
!!!
ムカついた~!
せっかくそれまでなんとか聞き流して居たものを。
声を荒げて暴れりゃ怯えて大人しくなるだろうっていうその態度!
なんだその悪たれは!
舐めてんじゃねぇぞ~!
「ああ判んねぇよ!誰だって判んねぇよっ!あんたの気持ちはあんたにしか判んない!私には逆立ちしたって判らないっ!でもねぇ、私の気持ちだって、斎藤さんの気持ちだって・・・」
それから、この人を見逃してくれた原田さんや永倉さんや、助けてくれた沖田さんや、そして仇のはずの土方さんの気持ちだって・・、
「あんたなんかには判んないでしょ!偉そうに自分だけ判ったつもりで居るんじゃないわよ!ばか!」
すると、私の怒鳴り返す声に被せて、座敷から声がかかった。
「小夜さん!大丈夫か!開けるぞ」
言い終わるのももどかしく納戸の戸が開く。
そりゃあ、こんな大騒ぎしてたんじゃ眠れないよね斎藤さん(すいません)。
勢い込んで入ってこようとするのを、戸口で押し留め、
「ごめん。何でもないんだ。大丈夫・・・」
慌てて取り繕っても、怒鳴ったばかりの息は上がっているし。
「どうしたんだ?藤堂に何かされたのか。何か・・おかしなことでも言われたのか!」
心配性の斎藤さん、ちょっとびっくりするような剣幕で私の両肩を掴み、顔を覗き込んでくる。
だが、私が答えるより先に、
「馬鹿。怒鳴られたのは俺の方だ・・」
うんざりと呟くのが聞こえて、寝床の方を見る。
分厚い掛け布団を頭までひき被っているのが、亀の甲羅みたいに見えた。
その甲羅から手が伸びて、床に転がった濡れ手拭を探り当て、再び布団の中へ引っ込む。
それを認めて、斎藤さんの怪訝な顔が再びこちらを向いた。
仔細を説明しろ、との無言の詰問(怖)。
「あ~、えーと。あの~、ちょっと喧嘩しちゃってさ。でもいつものことだし、もう大丈夫だから。心配しなくて・・・」
「しなくていいと言われても、せずには居れん。あんたやっぱりこっちに寝ろ」
「でもそれじゃ斎藤さんが・・・」
寝れないだろうと言う前に、判りやすくため息をつかれた。
「どっちにしろ気になって寝れんよ。俺は明日幸が来てから寝かしてもらう」
尤もな言い分だ。
藤堂さんを見やれば、寝床はピクリとも動かない。
斎藤さんを嫌っているのか、それとも・・・拗ねているのか。
納戸の戸を後ろ手に閉めながら溜息が出た。
「私、藤堂さんに酷いこと言っちゃった・・」
勢いで怒鳴り返してしまったけれど。
他人の気持ちが判ってないのは私も同じだもの。
っていうか、私の方がよっぽど。
元気付けようとして言った言葉ではあったけど、酷過ぎた。
こんな気の毒な境遇の人を、そう判っていて、傷つけてしまって。
自己嫌悪。
「判った」
ひとりごとのつもりだったのに、思いがけず耳元で返事が聞こえ、え?と斎藤さんの顔を見る。
判った・・って、私の考えてたことが、ってこと?
私を安心させようとしたのか、微笑みを浮かべて頷いて、そのまま敷いてあった寝床の上に私を座らせた。
「これを・・」
手渡されたのは、なんだか冷たくてずっしり重い、
「これって・・・!」
ピストルだった。
とはいえ、その単語から想像するよりも結構大型だったけど。
「刀箪笥の隅に一丁だけあった。旧式で扱い辛いが火縄じゃないからあんたにもなんとか扱えるだろう」
ええ?
突然、何?
こんなものを私に持たせて、何をしようと?
「但し、連発じゃない。単発だから一度撃ってしまったらまた火薬を詰めるところから始めなくてはならん。つまり、イザという時には一度しか使えん。短筒だし旋条式ではないから命中率も悪い」
私の目を見つめ、最後はゆっくりと、
「これは人を撃つ道具ではなくて、人を脅す道具だ。判るか?」
判るか・・・って。
「弾は込めてある」
え!
「撃つ時はこの撃鉄を起こして、あとは引き金を引けばいい」
指の位置まで細かく指示し、撃つばかりに持たせると、
「女には無理かと思ったが、あんたの手の大きさなら大丈夫だな」
私の手を握ったまま、くすっと笑った。
握った銃身は冷たかったけど、上から被さる斎藤さんの手は温かい。
この人は私に何をさせようというんだろう。
「銃口は下に向けないように。それから振り回したり落としたりすると危ない。使う時までは弄り回さずに枕元にでも置いておけばいい」
枕元って・・。
「呼べばすぐ戻るつもりだが間に合わんと困る。何かあったらこれで身を守るように」
って、どこへ行く気?
突然の展開に言葉も出ない私を置いて、彼はすっと立ち上がり、
「今度は俺の番だ」
納戸へ入って行こうとする。
手に、刀を携ていた。
意識的になのか、感情を抑えたようなうつむき加減の横顔がシリアス過ぎて、なんだか胸騒ぎがした。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。何する気?」
「今度は俺が談判する」
藤堂さんと何を話し合おうというのか。
わざわざ刀を持ち込むのは、どういうわけだ。
「判ったわ。話し合うなら止めない。でもそれなら刀は置いて行って。沖田さんにも金物厳禁って言われたじゃない。そんなもの持ってたら話し合うだけじゃ済まないかも・・」
刀だけでも取り返そうと手を伸ばしたのを、スルリとかわされる。
「大丈夫だ。俺のことは心配しなくていい」
「だって、ちょっ・・っ!」
取り付く島もなく目の前で戸は閉められ、それからゴトっと・・・足元で音がした。
つっかえ棒が敷居の上に転がる音。
え?!っと思う。
外からはもう開けられない。
「ちょっと、ヤダ、何してんのよ!斎藤さんってば!そこまで閉めなくっていいじゃない!」
聞こえているはずなのに、中からは返事が無い。
「ねえ、ちょっと!何考えてんの?ここ開けてよ。大丈夫なの?変なこと考えてるんじゃないでしょうね?危ないことしないでよ?ねえ、本当に大丈夫なの?」
言ってる間にも、どんどん不安が募ってくる。
先程の斎藤さんのシリアスな表情が頭にちらつく。
仲間を見殺しにしたと悩んでいた。
新選組に戻るのをためらっていた。
もしかして、・・・彼は死ぬ気なんじゃないだろうか。
それとも、同じく死にたいと願う藤堂さんの望み通りに・・・!
「イヤだ!やめてよ!ここ開けて!早く出て来て!お願い!」
板戸に取り付いた。
手掛かりに手を掛けて、開けようとしても戸は動かない。
どうしよう!
「死んじゃヤだ・・・!殺しちゃヤだ!なんでそうなるの?なんでそういう決着のつけ方しか出来ないの?そうまでして・・何がしたいの?何が欲しいの?お願い、ちゃんと話し合って」
返事は無い。
心臓がバクバク言う。
不安で、涙が出て来た。
「斎藤さん!」
悲鳴のように声が裏返る。
それでも返事は返らず、絶望感に打ちのめされる。
にゃーん、と猫の鳴き声がして、足元でフクチョーが見上げていた。
それを抱き上げようとして、体の力が抜け、そのまま座り込んでしまった。
右手にピストルを持ったまま。
涙の流れた顎の先を、ざらつく猫の舌が舐める。
納戸の戸に耳をそばだてる。
内容までは聞き取れないながらも男同士の低い・・・低周波の話し声が板戸に響くのを、頬の産毛が感じ取る。
気がもめた。
「私、斎藤さんのこと・・・そりゃあ、・・・ホントは・・・ごめん、駆け落ちするほど好きってワケじゃない。でも・・。でもやっぱり死なれたら嫌だよ。藤堂さんのことだってあんなに心配してたじゃない。せっかく生きてたんじゃない」
喋っているうちに、なんだかどんどん人恋しくて。
「藤堂さんだって、これから何をして生きていけば判らないから死にたいなんて言わないで。一度死んで生まれ変わったんだから。新しく生まれたんだと思えば良いじゃん。生まれたばかりなら、何をすれば良いかなんて判らなくて当たり前じゃん」
気休めなのかもしれないけれど、
「もうみんな、藤堂さんのこと死んだと思ってるんだから、藤堂さんもこまでのこと忘れちゃって良いんだと思うよ。忘れちゃって、また新しく何か始めればいいじゃん」
忘れるということは、これまでの繋がりを全部絶つということなのかもしれなくて、それはそれで、辛く厳しい・・・悲しいことなのかも知れず。
やっぱり、気休めにしかならないことを言ってるだけの自分が情けない。
彼は布団を引き被るようにしていた。
もしかしたら寒いのか?布団が足りないかな?熱は?
と、額に手を当ててみたら、
「よせやい。もう熱なんか無ぇさ」
拗ねた素振りで手を払われたけど、ちょっと熱い感じはした。
やっぱり厠へ起きた時、浴衣一枚じゃ寒かったよね。
枕元に置きっ放しにしていたタライで手拭を絞って、額にあてがおうとすると、更に振り払おうとする。
「抵抗しな~い!熱が有るか無いかは私が判断します。大人しくしなさい。言うこと聞かない時はまた縛り上げるからね~」
「ちぇっ。なんだよ。お前ちっとも変わっちゃいねぇのな」
口元を尖らせる。
そう言う割には、本人もちっとも変わってない。
威勢が良いのは単なるポーズで、こちらがちょっと強く出ればとたんに不安げな声音で下手に出てくる。
「一丁前にオトコを知ったんなら、ちょっとは優しげになったかと思ったのにさぁ・・」
手拭の下から見上げる目つきは、昔のまんまのくりくりした子供っぽいそれで。
「何言ってんのよ。甘やかしたら何処まで図に乗られるか、判ってるからですぅ~」
と答える側から、
「でも助かった。まだひとりじゃ身動き取れねぇからさ。さっきから喉がカラカラなんだ。水飲ましてくれよ」
水ぐらい飲めんだろ。
枕元に水用の鉄瓶置いといたんだからさ(--メ
とは言わずに、湯呑みに注いで飲ませる。
あんまりいじめると本気で拗ねるからね、この人。
「ああ、うめぇ。なんなら、・・・ほんの一口でいいんだが、あのほら、米の汁・・」
「はぁ?米の汁??」
「米を絞ったさぁ、アレだよ、こう・・良い香りのする、飲んだら気分の良くなる命の水!」
・・・。
調子に乗るな(--メ
「頼むよ、一杯だけ。な?いいだろ?飲めばちったぁ体も温まる・・」
んな、見え透いた言い訳を。
「はいはい。寒いなら布団を足しますよ~」
言い訳なんてさせるか!
「あ、いや!違うって。そうじゃなくて・・・。オイ!小夜ちゃ~ん!!」
慌てて止めようとするのを無視して、座敷から布団を取ってこようと戸を開けると・・。
「何してんの?」
目の前に斎藤さんが立っていた。
まだキッチリ着物を着たまま。
さては立ち聞きしてたのか・・。
「別に・・・」
見れば刀を手にしている。
まったく、何考えてんだよ~~!と睨んだら、バツが悪かったのか、視線を逸らせて、戸口の脇に座り込んだ。
「も~っ!どいつもこいつも」
わざと聞こえるようにぼやきながら、敷いてあった二組の寝床のうち、掛け布団を一枚、抱えて納戸に戻る。
ばっさり上から掛けてやったら、
「わ。ほんとに布団持って来やがったか。何もそんな面倒しなくたって、お前が一緒に寝てくれりゃあ・・」
(--メ
「痛てっ!」
考える前に足が出ちゃった。
辛うじて蹴飛ばしたのは脚だったけどさ。
逃げられない相手を足蹴にしちゃって、内心ヤバイと思ったよ。
でも付け上がるので謝ったりはしないけど(爆)。
「軽口叩いてるヒマあったら寝なさ~い!これ以上無駄口叩いたら、傷薬の代わりにワサビ塗ってやるからなー!!」
うがー!と怒ったら、
「そんなことしたら治る傷も治らねぇじゃねぇかよ・・」
裏返った声で半べそかきながら反論する。
大丈夫だ。ワサビには殺菌効果がある!
・・・言っても判らないとは思うけど。
なので黙ってたら、今度は無視されたと思ったんだろう、しょげて何も言わなくなった。
ちょっと可哀想だったけど、ようやく静かになってほっとする。
達者な口に付き合うのも結構疲れる。
藤堂さんって江戸っ子だっけ?
先ほど一緒に淹れたお茶を一服口に運んだら、
「小夜ちゃ~ん、怒ったのかい?」
・・・3分ぐらいしか黙ってられないらしいな(^^;
「別に~。煩くしなきゃ怒りません」
「お前は寝ないのかぇ?」
「寝ないってことはないけど。ていうかほんとはここに寝るはずだったけど、藤堂さんと二人で寝るには狭過ぎだし」
布団を二枚、くっつけて敷けば敷けない事も無いけど、水を張ったタライやら薬箱やら火鉢やら炭籠やら茶道具やら、今朝から散らかしたままの衣類やら。
どうにも狭くて。
「座敷に寝りゃあいいんだろ?」
「うーん、まあそうなんだけど。夜の間は危ないからって、斎藤さんが承知しないから」
「危ないって・・・」
「斎藤さん、一応用心棒ってことになってるからさー。私が座敷で寝るとなれば、あの人は寝ようとしないし。自分もあんまり寝てないのに。それじゃあ可哀想でしょ?」
返事が無い。
・・・。
3分以上沈黙してた(爆)。
「藤堂さんは諦めたか知らないけど、でも藤堂さんのお仲間はまだ諦めてない・・・って、斎藤さんは思ってるのよ。たぶん土方・・・ウチの主人も。だから報復に備えて張り番してるワケ。それに・・」
熾って来た火鉢に、もうひとつ炭を継ぐ。
「新選組もこんなところまで守るには人出が足りないんでしょ。屯所を守るのが精一杯なんじゃない?昨日の分の交代要員も必要なんだろうし・・・」
晒してある遺体にも何人か付いてるんだろうし、とは続けるのが憚られた。
「まあ、逆にここに誰か来られちゃ困るしね。藤堂さんは勿論だけど、今のところ斎藤さんもここに居るのを知られちゃマズイみたいだし。だから却って好都合なのよ」
まだ黙っている。
額に乗せた手ぬぐいを取り替える。
「斎藤は、新選組には戻ってない・・ってことかい?」
側に置いた箱行灯の僅かな灯りでは、私には彼の細かい表情の変化までは良く見えない。
「そうみたい。もう戻らないかもしれない・・・って」
あれ?これ言っちゃって良かったかな?
ていうか、もう言っちゃったし。
・・・良いよね?
「そう思ってるみたいよ。私には判んないけど、なんか複雑そう」
これぐらいの声じゃ表に聞こえてないよね?
またこっそり聞かれてると困る。
「じゃあどうしてここへ?」
「個人的に頼まれたみたい。私の護衛ってことで」
「お前の旦那に頼まれたってことかい?それは新選組に戻ったってことじゃないのかい?」
「そうよねぇ・・。でも、まだ近藤先生ぐらいにしか報告されてないみたいだし、本人はなんだかそのつもりじゃないみたいだし・・・」
本気で出奔しようと思っていたのかもしれない。
と、ふと思った。
茶番だろう、と、あの時はそう思って疑わなかったけれど。
仮初の道行きと決めてかかって叱られたのは、色恋のことだけじゃなかったのかも。
新しく注いだ炭が金属音を立てて爆ぜる。
薄暗闇に火花が飛んで、消える。
藤堂さんは黙ってる。
何か考えてる。
「そうそう。言っとくけど、斎藤さんは藤堂さんのお仲間がおびき出されて殺されるなんて知らなかったみたいよ。助けに行こうとしたぐらいだし」
言っちゃえ。
こうなったらもう全部。
「伊東さんって人が新選組に狙われてるのは知ってたみたいだけど・・」
さすがに暗殺される日まで知っていたとは言い辛い。
「でも、特に藤堂さんのことは助けたかったみたい。危ないからやめろって私が止めたんだ。ごめんね、だって私、あなたがあそこに居るなんて知らなかったし・・」
知っていたら、斎藤さんを行かせたかどうかは・・今も判らないけれど。
「他の人がやられるのまでは不本意だったんだよ。新選組に戻りたくないのは、そういう事情もあるかもね」
すると、
「あそこ・・・って、まさかお前もあそこに居たのか?」
「言ったでしょ?斎藤さんを止めたんだってば。ホントよ?あのすぐ近くに居たの」
道行きのことまでは言わなかったケドね。
それと、
「これは誰にもナイショね。幸にも、もちろん土方さんにも。絶対言っちゃダメ」
「奴は最初から伊東先生を売るつもりだったのか・・・?」
独り言のようだった。
「そうは見えなかったが・・。まんまと騙されていたのか、それとも・・」
私には判らない。
たとえスパイとして潜入しろと命ぜられても、本当にそうするかどうかは判らないと思うし。
その場の事情で気が変わるかもしれないし。
「少なくとも、・・・藤堂さんほどのめり込めなかった・・・ってことじゃないかしら?」
伊東って人と藤堂さんとは、剣術の流派が一緒だって聞いた。
斎藤さんはそうじゃないって。
同門同士には他から入り込めないほどの繋がりがあるって聞いたし。
「それだけかい?それだけで裏切れるのか・・?」
「裏切るとか言うんじゃなくてさ、冷静になれたんじゃないのかしら?一歩引いて見れたんじゃない?」
「何を?」
「何を・・・って、そんなこと私には判んないわよ」
なんだよ!と藤堂さんが喚いた。
二枚重ねの布団が大きく上下して、納戸の壁に大きく影が揺らいだ。
「私にそんな難しい話が判るわけ無いでしょ?ジンチューホーコクとかさー、コーブイチワとかキンノーとかソンノーとか、そういうの」
「ふん。公儀の俗吏に成り下がった奴等に、真の『尽忠報国』なんぞ語れるかい。その御公儀だとて今はもう無い。宙ぶらりんの新選組に何の意味が有るって言うんだ?いっそ直参なんぞに取り立てられたが仇だな」
せせら笑う。
「だーかーらー、そんなの私に言われたって判んないわ。理屈はどうでも、私はここで暮らして行ければいいんだから。幕府、もとい御公儀が無くなったって、新選組にはまだどこからかお金が出てるんでしょ?」
ぷっと藤堂さんが吹出す。
「それもいつまで続くかな。小夜ちゃんお前、早いとこあの土方なんかに見切りつけて、ここ出てった方が良いぞ。もう世の中は変わり始めてるんだぜ」
「変わるって、どんな風に?」
きっと明治維新=文明開化だよね!
ようやく肉食えるかもv
「どんな風に・・って、良い世の中になるはずだったのさ。天皇親政、開国して富国強兵だ。徳川家や他の大名に政を任せてはならんのだ。伊東先生が生きて居れば・・・」
急に声が沈んだ。
「御公儀やお家の利益のみに固執するバカどもとは出来が違った。先生こそ真の尽忠報国の士であったのに・・」
でも、そんなことが本当にできると思っていたのか・・・って、確か斎藤さんが言ってたような・・・。
危なっかしくて一緒に居るのが怖くて逃げた、みたいな言い方してたよね?
ていうことは、相当な理想論だったってことかしら?
既に破綻しかけてたような言いっぷりでもあったし>斎藤さん。
てことは、伊東さんて人の理想主義に付いて行きたかった人=藤堂さんと、付いて行けなかった人=斎藤さんってことなのか?
「あんな大人物が新選組ごときに殺されるなんて!悔やんでも悔やみきれぬ」
額にあてがっていた手拭で顔を覆って、声を震わせた。
居た堪れなかった。
その人物を暗殺=騙まし討ちにしたのは新選組で、その首謀者のひとりがウチの・・・アイツだってんだから・・・。
信じらんないよね?人殺すとかって。
暗殺って。
なんでそんなこと出来るわけ?
信じらんない。ほんっと信じらんない。
・・・。
でも良く考えたら、この人だって斎藤さんだって人殺してんだよな・・・。
なんて世界だ。
邪魔な人間は殺せば良いって・・・どんだけ短絡的なの?
動物と同じじゃん。
いや、動物だって同族殺しはしないはずだ。
てことは動物以下じゃないか。
野蛮過ぎる。
「俺はもう、生きていたって仕方ない。生きてる意味が無いよ。小夜ちゃん、俺ァ死にてぇ」
「死」という単語にぎょっとして我に返る。
藤堂さんは目に涙を溜めて、ぼんやり天井を仰ぎ見ている。
握り締められた手拭を手からもぎ取り、絞りなおした。
「よしてよ。せっかく助けたのに」
「先生を守れなかった。みすみす死なせて、仇も取れなかった。それが俺の役目だったのに・・。この先、生きていたって何すりゃいいんだ。ちくしょう!」
沈み込んでたと思ったら、今度は急に怒り出す。
情緒不安定は想定内だが。
「沖田め、余計な真似しやがって!俺はあそこで死ぬはずだったんだ」
そのまま放っておいたらいくらでも罵倒の言葉が続きそうだった。
それを聞きたくなかったというのもある。
「あぁもう、うるさいなぁ。死ぬはずだったか何だか知らないけど、生きてんだからしょうがないでしょ?男のクセに終わったことをぐずぐず言わないの」
絞りなおした手拭を藤堂さんの額に押し当てながら、つい言い返してしまう。
気の毒だとは思うけど、だからって簡単に死ぬ死ぬ言われるとだんだん腹が立って来るんだよね。
すると彼は額に押し当てられた手拭をびっくりするような勢いで投げ捨てたのだ。
「なんだと!お前に俺の気持ちが判ってたまるか!」
手拭いは火鉢の縁に当たって一瞬くっついた後、ポロリと床に落ちた。
!!!
ムカついた~!
せっかくそれまでなんとか聞き流して居たものを。
声を荒げて暴れりゃ怯えて大人しくなるだろうっていうその態度!
なんだその悪たれは!
舐めてんじゃねぇぞ~!
「ああ判んねぇよ!誰だって判んねぇよっ!あんたの気持ちはあんたにしか判んない!私には逆立ちしたって判らないっ!でもねぇ、私の気持ちだって、斎藤さんの気持ちだって・・・」
それから、この人を見逃してくれた原田さんや永倉さんや、助けてくれた沖田さんや、そして仇のはずの土方さんの気持ちだって・・、
「あんたなんかには判んないでしょ!偉そうに自分だけ判ったつもりで居るんじゃないわよ!ばか!」
すると、私の怒鳴り返す声に被せて、座敷から声がかかった。
「小夜さん!大丈夫か!開けるぞ」
言い終わるのももどかしく納戸の戸が開く。
そりゃあ、こんな大騒ぎしてたんじゃ眠れないよね斎藤さん(すいません)。
勢い込んで入ってこようとするのを、戸口で押し留め、
「ごめん。何でもないんだ。大丈夫・・・」
慌てて取り繕っても、怒鳴ったばかりの息は上がっているし。
「どうしたんだ?藤堂に何かされたのか。何か・・おかしなことでも言われたのか!」
心配性の斎藤さん、ちょっとびっくりするような剣幕で私の両肩を掴み、顔を覗き込んでくる。
だが、私が答えるより先に、
「馬鹿。怒鳴られたのは俺の方だ・・」
うんざりと呟くのが聞こえて、寝床の方を見る。
分厚い掛け布団を頭までひき被っているのが、亀の甲羅みたいに見えた。
その甲羅から手が伸びて、床に転がった濡れ手拭を探り当て、再び布団の中へ引っ込む。
それを認めて、斎藤さんの怪訝な顔が再びこちらを向いた。
仔細を説明しろ、との無言の詰問(怖)。
「あ~、えーと。あの~、ちょっと喧嘩しちゃってさ。でもいつものことだし、もう大丈夫だから。心配しなくて・・・」
「しなくていいと言われても、せずには居れん。あんたやっぱりこっちに寝ろ」
「でもそれじゃ斎藤さんが・・・」
寝れないだろうと言う前に、判りやすくため息をつかれた。
「どっちにしろ気になって寝れんよ。俺は明日幸が来てから寝かしてもらう」
尤もな言い分だ。
藤堂さんを見やれば、寝床はピクリとも動かない。
斎藤さんを嫌っているのか、それとも・・・拗ねているのか。
納戸の戸を後ろ手に閉めながら溜息が出た。
「私、藤堂さんに酷いこと言っちゃった・・」
勢いで怒鳴り返してしまったけれど。
他人の気持ちが判ってないのは私も同じだもの。
っていうか、私の方がよっぽど。
元気付けようとして言った言葉ではあったけど、酷過ぎた。
こんな気の毒な境遇の人を、そう判っていて、傷つけてしまって。
自己嫌悪。
「判った」
ひとりごとのつもりだったのに、思いがけず耳元で返事が聞こえ、え?と斎藤さんの顔を見る。
判った・・って、私の考えてたことが、ってこと?
私を安心させようとしたのか、微笑みを浮かべて頷いて、そのまま敷いてあった寝床の上に私を座らせた。
「これを・・」
手渡されたのは、なんだか冷たくてずっしり重い、
「これって・・・!」
ピストルだった。
とはいえ、その単語から想像するよりも結構大型だったけど。
「刀箪笥の隅に一丁だけあった。旧式で扱い辛いが火縄じゃないからあんたにもなんとか扱えるだろう」
ええ?
突然、何?
こんなものを私に持たせて、何をしようと?
「但し、連発じゃない。単発だから一度撃ってしまったらまた火薬を詰めるところから始めなくてはならん。つまり、イザという時には一度しか使えん。短筒だし旋条式ではないから命中率も悪い」
私の目を見つめ、最後はゆっくりと、
「これは人を撃つ道具ではなくて、人を脅す道具だ。判るか?」
判るか・・・って。
「弾は込めてある」
え!
「撃つ時はこの撃鉄を起こして、あとは引き金を引けばいい」
指の位置まで細かく指示し、撃つばかりに持たせると、
「女には無理かと思ったが、あんたの手の大きさなら大丈夫だな」
私の手を握ったまま、くすっと笑った。
握った銃身は冷たかったけど、上から被さる斎藤さんの手は温かい。
この人は私に何をさせようというんだろう。
「銃口は下に向けないように。それから振り回したり落としたりすると危ない。使う時までは弄り回さずに枕元にでも置いておけばいい」
枕元って・・。
「呼べばすぐ戻るつもりだが間に合わんと困る。何かあったらこれで身を守るように」
って、どこへ行く気?
突然の展開に言葉も出ない私を置いて、彼はすっと立ち上がり、
「今度は俺の番だ」
納戸へ入って行こうとする。
手に、刀を携ていた。
意識的になのか、感情を抑えたようなうつむき加減の横顔がシリアス過ぎて、なんだか胸騒ぎがした。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。何する気?」
「今度は俺が談判する」
藤堂さんと何を話し合おうというのか。
わざわざ刀を持ち込むのは、どういうわけだ。
「判ったわ。話し合うなら止めない。でもそれなら刀は置いて行って。沖田さんにも金物厳禁って言われたじゃない。そんなもの持ってたら話し合うだけじゃ済まないかも・・」
刀だけでも取り返そうと手を伸ばしたのを、スルリとかわされる。
「大丈夫だ。俺のことは心配しなくていい」
「だって、ちょっ・・っ!」
取り付く島もなく目の前で戸は閉められ、それからゴトっと・・・足元で音がした。
つっかえ棒が敷居の上に転がる音。
え?!っと思う。
外からはもう開けられない。
「ちょっと、ヤダ、何してんのよ!斎藤さんってば!そこまで閉めなくっていいじゃない!」
聞こえているはずなのに、中からは返事が無い。
「ねえ、ちょっと!何考えてんの?ここ開けてよ。大丈夫なの?変なこと考えてるんじゃないでしょうね?危ないことしないでよ?ねえ、本当に大丈夫なの?」
言ってる間にも、どんどん不安が募ってくる。
先程の斎藤さんのシリアスな表情が頭にちらつく。
仲間を見殺しにしたと悩んでいた。
新選組に戻るのをためらっていた。
もしかして、・・・彼は死ぬ気なんじゃないだろうか。
それとも、同じく死にたいと願う藤堂さんの望み通りに・・・!
「イヤだ!やめてよ!ここ開けて!早く出て来て!お願い!」
板戸に取り付いた。
手掛かりに手を掛けて、開けようとしても戸は動かない。
どうしよう!
「死んじゃヤだ・・・!殺しちゃヤだ!なんでそうなるの?なんでそういう決着のつけ方しか出来ないの?そうまでして・・何がしたいの?何が欲しいの?お願い、ちゃんと話し合って」
返事は無い。
心臓がバクバク言う。
不安で、涙が出て来た。
「斎藤さん!」
悲鳴のように声が裏返る。
それでも返事は返らず、絶望感に打ちのめされる。
にゃーん、と猫の鳴き声がして、足元でフクチョーが見上げていた。
それを抱き上げようとして、体の力が抜け、そのまま座り込んでしまった。
右手にピストルを持ったまま。
涙の流れた顎の先を、ざらつく猫の舌が舐める。
納戸の戸に耳をそばだてる。
内容までは聞き取れないながらも男同士の低い・・・低周波の話し声が板戸に響くのを、頬の産毛が感じ取る。
気がもめた。
「私、斎藤さんのこと・・・そりゃあ、・・・ホントは・・・ごめん、駆け落ちするほど好きってワケじゃない。でも・・。でもやっぱり死なれたら嫌だよ。藤堂さんのことだってあんなに心配してたじゃない。せっかく生きてたんじゃない」
喋っているうちに、なんだかどんどん人恋しくて。
「藤堂さんだって、これから何をして生きていけば判らないから死にたいなんて言わないで。一度死んで生まれ変わったんだから。新しく生まれたんだと思えば良いじゃん。生まれたばかりなら、何をすれば良いかなんて判らなくて当たり前じゃん」
気休めなのかもしれないけれど、
「もうみんな、藤堂さんのこと死んだと思ってるんだから、藤堂さんもこまでのこと忘れちゃって良いんだと思うよ。忘れちゃって、また新しく何か始めればいいじゃん」
忘れるということは、これまでの繋がりを全部絶つということなのかもしれなくて、それはそれで、辛く厳しい・・・悲しいことなのかも知れず。
やっぱり、気休めにしかならないことを言ってるだけの自分が情けない。
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