もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

「こっちにはバラさんと言い、そっちにはバラすと言う。まったく意地の悪いガキだな。どっちかにしたらどうだ」

副長が追いかけて来ていたのは判っていた。
それを小夜に教える間が無かっただけだ。

ずっとこちらには寄っては来ず、後で山崎さんと何か話し込んでいたし。
きっと、これまでの経緯をかいつまんで報告でも受けてたんだろう。

小夜は沖田さんとの言い争いに夢中で気付いていなかったらしい。
声にぎょっとして一瞬縮こまった後、決まり悪そうに咳払いをし、

「絶対喋んないーっ」

口を横に「いーっ」っと伸ばして、そのまま歩き出した。

「どこへ行く」

聞かれて今度は愚問と言わぬばかりに溜息をついて見せた。

「座敷牢に入りに行くのぉ」

「座敷牢?」

「軟禁するってあなたが言ったのよ?連れ戻しに来たんでしょ?家に帰るわ。他にどこへも行くとこ無いしさ」

そういうことになっていたのか。
小夜が軟禁なら私はどうなるのかな。

そんなことを考えていた時、何を思ったか不意に彼女は踵を返し、

「身請けってさー、女の人でも出来るの?」

明日ってさー、なんか予定あるの?・・・みたいなノリだったな(--;

は?・・と、そこに居る全員が固まったよ(^^;
でも小夜はそんなことにはお構い無しで、

「私が照葉さんを身請けするって事はできるの?五百両なんて無理だからさ、例えば二十両分だけ借りてくるとか出来ないの?一日いくらで計算できないの?誰かと共同出資で身請けってできないの?」

「おい」

と、小夜のこの手の(突拍子も無い)質問に慣れているらしい副長が一番最初に正気に帰った。

「お前、風呂でも入って頭冷やせ」

ぶー、っと辺りに失笑が漏れる。
副長の声があまりに普段と変わらないのが却って可笑しかった。

笑われて、小夜はムキになった。
相手の胸元に張り付くように言い募る。

「真面目に訊いてるのよ。ちゃんと答えてよ。身請けがダメなら、治療代持つから病気が良くなるまで預かるっていうのはダメ?どうせ働けないんだもの、世話してあげる分お店側では楽じゃないの?」

「無駄だ。やめておけ」

副長は小夜と目を合わせない。
話を本気で聞く気は無いのだ。
それは当たり前の分別なのだが、小夜を苛立たせるに足るリアクションでもあった。

「どうして無駄と判るの?話もしてみないで」

食い下がる。
失笑が返る。

「判るさ。笑いものになるだけだ。キャンキャン言ってねぇでもう行け。耳障りだ」

「笑われるのが嫌なら私が行くから。私が行って話して来るから!・・それなら・・いいでしょ・・」

しつこく食い下がられて副長の表情が険しくなる。
顔をしかめて嫌悪感も顕わだった。

「いい加減にしろ、みっともねぇ。幸、早くこのバカモノを連れて行け」

はい、と慌てて小夜の腕を掴もうとした時だ、ストン、とまるで地面に落っこちるかのように彼女がその場にしゃがみこんだのだ。

一瞬、え?と驚いたが、すぐにコイツは泣いてるんだと勝手に思い込んだ。
小夜のヤツ、どうにもならないと判断して最後の手段に駄々こねて泣いてやがる、と。

ただ、彼女の正面に居た副長があっけにとられて見下ろしていたのが、気になったと言えば気になった。
小夜のそんな行動パターンを把握しているであろう副長が。

「ほれ、立って」

腕を引いても立ち上がらない。

「おい・・!」

と副長が何かに気付いて言いかけたのだが、私は「ああもう、コイツは!」と呆れて、小夜の丸めた背中を抱えて起こそうとしていたところだった。

「気持ち悪い・・・」

「え?」

見れば紙のように蒼白な顔色になっている。
目は空ろ。

「吐きそう・・」

言い終わるか否かのうちに、ゲーゲーやり出した。

パニくった。

とりあえず辺りを汚さないように、副長と二人、脇を抱えて路肩に引きずって行くのがやっと。
小夜はしゃがむのも辛いのか、四つん這いになって嘔吐(えづ)いている。

思わず副長と顔を見合わせた。

「また変なもん食ったんじゃねぇのか?」

彼の言う「変なもん」というのは、普段彼女が残り物で良く作る創作料理(ジャンクフードとも言う・爆)の事だ。
それに対して不信感があるらしい。
胡散臭げな表情がそれを物語っている。

でもそう言われて初めて、そういえば今日は朝に食べたきり何も口にしていないと気付く。
もう昼もだいぶ過ぎているし。
あんなに走った後で水さえ飲んではいない。

そう思って見ると、ゲーゲーやっているわりにはやはり何も吐き出せていないと判る。

「食べ物ではありません」

ということは何か病気か。

同じ事を副長も思ったのに違いない。
敢えてそれには何も答えず、荒い息にあわせて上下する小夜の背中の向こう側からこっちを睨んでる(ように見える・怖)。

吐き気があるのに吐けないのは辛いものだ。
小夜は蒼白な顔を冷汗に濡らして苦しい息の下から、

「だめ・・・倒れそう・・・」

四つん這いのまま横倒しになりかけたのを副長が支えた。
そこへ山崎さんが、

「私が背負いますから。ひとまず家に運びまひょ。心配せんでも、気疲れや思います。一生懸命気ぃ張らはって体がついて行かんようになったんと違いますか」

山崎さんに背負われて帰る間三度、小夜は地べたに這いつくばった。
涙と鼻水と唾液にまみれて家に辿り着いた後もしばらくは、泥に汚れた足を洗う間にも吐き、水を飲んでは吐き、薬を飲まされては吐き、そのうちお腹が痛いと言い出し厠へ駆け込み・・・。
全く、山崎さんが居てくれなかったら大変だった。

小夜がこんな状態なのにも係わらず、副長は沖田さんと屯所へ戻って行った。
山崎さんもそれを勧めた。
沖田さんが自分のことを棚に上げて、冷たいと呆れてたっけ。

その沖田さんを引っ立てるようにして、副長は屯所へ帰って行ったが。

なんだか深刻な雰囲気だと思ったのは・・・私の気のせいかな。



ようやく状態が落ち着いてからも、微熱があったせいなのか小夜は寝床の中でべそべそと泣き続けていた。

「私、テルちゃんに何もしてあげられなかった」

と言うのだ。
ついさっきまであんなに強気で息巻いてたのに(溜息)。

絶対諦めない!なんて、やっぱり強がりでしかないんだよね。
次の手なんてもう有るわけが無い。
諦めたくないってことなんだよね。

そんなことは無い、あれだけジタバタしてたじゃないか、と笑ったら、

「私は何もしてないよ。昼間遊びに行ってたぐらいだ。幸はずっと看病してあげてたじゃん。まだ状態が悪くて血を吐いてたような時も、夜もずっと。だからいいけど。私はなにもしてあげれなかった」

・・・そうか。

そうだな。
私はいろいろ世話をしたから、自分の気が済んでいるのかもしれない。
だから小夜みたいに後を引かないのかもしれない。

何もしてあげられないというのは、手をかけられない分、気持ちが残るものなのかもしれないな。

「人身売買反対・・・」

閉じた瞼から大粒の涙が頬に筋を描いた。

今更小夜がかわいそうになった。




私の症状は自家中毒だと幸が言う。

「それって子供の病気じゃないの?」

「だからさ。だからアンタが罹るんじゃない」

ケラケラ笑っている。

「しつれ~~!」

「そうでなかったら単なるヒステリー?ね?自家中毒の方がまだ可愛いじゃない。大人の自家中毒なんだよ」

可愛いのかよ(--;

でもま、あの死にそうに具合の悪い状態から抜け出せただけでも助かったから、幸には感謝しないとな。

「飴玉舐めて治るんだから、やっぱ子供の病気ではあるかな?」

また笑う。

点滴が無いんだから飴でもしゃぶってろ!と言われて、夕べからずっと飴舐めてるんだけどさ、それにしてもタンきり飴しか無いってどうよ。

「もうご飯食べちゃダメ?この飴飽きたよ。他の味のは無いの?」

「あんた、ここ自分ちでしょー?買い置きそれしかなかったんだから我慢しなさいよ。あんたが買い置きしてないのが悪いんだからさ」

「何言ってんのよ~、買い置きする暇なんて無かったでしょう?みんなテルちゃんとこ持ってってたんだからぁ・・・」

うう・・・思い出した。
あんな楽しい毎日がもう帰って来ないなんて。

「うう~、テルちゃんが・・」

「あぁ、また泣いてるよ全く。もう泣かないの!昨日のことはもう忘れてさぁ。永遠に忘れろとは言わないけど、とりあえず今は別な楽しいこと考える!でないとまた具合悪くなっちゃうよ?自家中毒はねぇ、ストレスと疲労が原因なんだよ。そこに今回みたいに何かきっかけが有って・・・」

実は昨日、風の強い中を必死こいて走り回って風邪を引いたらしい。
風も結構冷たかったんだよね。
夢中になってて寒いのにも気付かなかった。

その風邪の発熱がきっかけで自家中毒を引き起こしたんだろうって・・・幸は言ってるわけ。

「ほぉー、詳しいねぇ」

悔しいのでそう茶化したら、

「何度か罹ったことあるからね」

とそっぽを向いた。
・・・照れてんのか?

幸みたいに我慢強い性格なら判らなくも無いな。

今回の事だって、乗り気じゃないのに巻き込んじゃって、でもなんだかんだ言いながら協力してくれて。
昨日だって沖田さんに逆らってまで私を呼びに来てくれて、今日またこんな風に看病させちゃってて・・・。

私、幸を振り回してばっかだ。
・・・自己嫌悪。

「・・・ごめんね、幸」

すると、そっぽを向いたまま目だけがこっちを見た。

「何謝ってんの?」

うへ。
怒ってる。

「謝ってる暇があったらねぇ、早いとこ治して私を解放して下さいよ。判ってんの?」

「はい。すすいません・・・」

布団を剥いで半身を起こしていたのを、寝てろ!と、枕にぐりぐりと頭を押し付けられた。




外は朝から時雨れていた。
静かだった。

行火を入れた布団の足元にフクチョーが丸くなっていた。
茶の間の火鉢の脇で幸が、昨日私が途中まで縫っていた縮緬のリボンを仕上げていた。

とろとろとまどろんでいた目が覚めたのは、番傘に当たる雨音が近付いて来たためだ。

軒下で畳んだ傘の水を切り、幸から手拭を受け取って、足を拭いて縁側から上がって来る様子。

こんな昼間にひとりで来るなんて何だろう?
不意に時間が空いて、おゆうさんの所へでも行く気になったのかしら?とぼんやり天井の木目を眺めていると、

「お前に確かめたいことがある」

視界の端からぬっと顔を出した。
刀を持った羽織の右袖に雨の跡が見える。

「何ですか?」

もう熱も無いし、いい加減病人とも言えなくなっていたので体を起こすと、

「沖田が喋った」

思わず動きが止まる。
相手の顔を見る。
普段通りの無愛想な二枚目顔だ。

でも待てよ?カマをかけられているのかもしれない。

「喋った・・・って何を?」

そ知らぬふりで、枕元に置いておいた半纏に袖を通す。

「お前等が隠していたことを全部。今、ヤツを医者に診せてる」

嘘ではないことはそれで判った。



ああ。

バレたか。



・・・ぬかったね沖田さん。


全身から力が抜けて行く気がした。

それからはっとして、幸を見た。

土方さんから差料を受け取って、濡れた鞘を手拭で拭いながらこちらを見ている。

「沖田先生がどうかされたんですか?」


ああ・・・。
なんて答えればいいんだ。


「お前、ヤツの夏風邪が長過ぎるとは思わなかったか」

忌々しげに答える土方さんを、え?という顔で見返している。

何を言うんだ!
幸が気付かなかったのを責めようというのか!

「やめてよ!そんな言い方しないで。幸は何にも知らないんだから・・!」

とっさに叫んだのだったが。

驚いた顔が、今度はそのままこちらを向いた。

「何?何のこと?私が知らないって?」

それは私が黙っていたということだった。
それはつまり、

「私に何か隠してたってこと?」


心臓が、止まりそうになる。

その通りだ。
私のやっていたことは、つまりはそういうことなのだ。

幸を、・・・騙していた。


言葉が出てこない。
まっすぐ見つめる幸の目に不信感が宿って行くのが・・・怖い。

「ごめんなさい・・・」

ようやく声を絞り出したのに、それに被せるように

「ヤツは労咳だ」

土方さんが言い捨てた。
務めて静かに、でも拭いきれない怒りは残して。

その言葉も、幸の視線も、居たたまれない程の怒気を孕んで私を責め苛む。


「どうして・・・?」

幸の大きな目が、見開かれたまま微動だにしない。
その視線に晒されているのが・・・耐えられない。

今更ながらに、自分の行いの意味が重くのしかかる。

「ごめんなさい」

目を閉じると、自分の目から涙が頬を流れて行くのが判った。

「だって・・・言えなかったんだよ。言えなかったんだ。誰にも言えなかったんだもの」

言い訳しか出て来ない。
泣き声しか出て来ない。



「・・・沖田先生は・・?」

幸の声がかすれて上ずっていた。

「俺の部屋に居るはずだ。その傘を持って行け」

そのやり取りに目を上げた時には、彼女は既に木戸を出て行く所だった。

「幸!待って!行かないで!」

愛想を尽かされたんだと思った。
嫌われたんだと思った。

「ちゃんと説明するから戻って来て!幸!」

もう、振り返ってもくれないんだと思った。

寝床から這い出し、縁側から転げ出ようとする寸前で抱きとめられた。
伸ばした手の先に、軒の雨だれがはねて散った。

「馬鹿!落ち着け!」

「だって幸が!」

「アイツはお前ほど取り乱しちゃいない。放っておけ」

「でも!」

「ちゃんと傘差して出てったさ。本人の口から事情を聞くつもりだ。お前じゃ信用ならんのだろ」

ああ。
やっぱり、信用してはくれないんだ・・・。

悲しかった。
この世に一人ぼっちで置かれるのは、この世が終わってしまうより、ずっとずっと悲しかった。




泣いて泣いて、どれほど時間が経ったろう。

「いい加減、泣き止んだらどうだ。泣いたとて状況は変わらんぞ」

手拭から顔を上げると、目の前に湯呑み。
白磁に藍と朱の二色使いで手毬の柄。
マイカップだ。

「ありがと」

熱いお茶を啜ると、落ち着く気がする。
美味しい。
そういえばなんだか喉も渇いていた。


「お前、仕組んだろう?」

開け放った襖の桟に寄りかかって、雨の降る庭を眺めながら土方さんが訊ねた。
長火鉢に片手をかざして、もう片方の手は湯呑みを弄んでいる。
女郎花の柄のヤツ。
そういえばこの人専用の湯呑みって無いんだったな。

「仕組んだ・・・って?」

「今更しらばっくれるな。アイツが労咳だと知って、無理矢理にでも照葉という女を落籍(ひか)そうと企んだんだろ?」

こっちを見ない。
ずっと庭を見ている。
軒から落ちる雨だれを、飽く事無く眺めている。

「どうしてそう思うの?」

待っても、お茶を啜る音が返るばかり。

「労咳は死病・・・ってあなたが言ったんだよ。誰だってそうするよ」

たぶんこの人だってそうしたに違いない。

「誰でも?」

「そう。あなただって」

ふん、と鼻を鳴らした。

「買被りだな」

「そうかしら」

「俺はそんな甘っちょろい・・・」

「沖田さんの診察が居たたまれなくて逃げてきたんでしょ?」

黙った。
庭を・・・睨んでる。

「でしょ?」

念を押したら、とてつもなく不愉快そうな視線をこちらに向けた。

こりゃ図星だな。

可笑しくなった。
このオジサン、案外かわいいとこあるじゃん。

「沖田さんに話を聞いたなら、今更私に確かめることなんて無いもんね」

その場を離れたくて、屯所を出てきただけなんだ。
たぶんきっと。
私だってそうするもん。

でも、

「おゆうさんとこへは行かないの?」

単純に、そっちの方が息が抜けるのじゃないかと思ったのだ。
私の居る所なんかよりは。

「ああ」

彼は視線を戻してお茶を啜った。
ゆっくりした動作だった。
ここを動くつもりは無いらしい。

「私なら逃げ出さないから大丈夫だよ」

「要らぬ気を回すな」

気に障ったみたい。
なんだろ?ケンカでもしたのかね?


「そっち行っていい?」

無言。
しとしとと、雨の音が響く。

寝巻きに半纏では小寒い気がしたので、着物を着てお茶を淹れ直しに行く。

鉄瓶から急須にお湯を注いでいると、

「ひでぇ格好(なり)だな」

いつの間にか胡坐の中に抱いたフクチョーのおとがいを撫でながら言う。
寝巻きの上から着物を着たのを言ってるのか、泣き膨れた顔を言うのか、昨日のままの崩れた髪を言っているのか。

「せめてその頭はなんとかならんのか」

「仕方ないでしょ?ずっと寝てたんだから」

とはいえ、鏡を覗いてみる。

うわ、ヒドイ顔(^^;。
目も鼻も真っ赤だ。

顔はどうにもならないけど、髪もヒドイよ。
昨日倒れた勢いで鬢はひしゃげたまんまだし、後れ毛はザンバラだし、確かにこれはちょっとあんまりかも。

鏡台の前に座って、梳き櫛で鬢をかき上げてみるが・・・効果無し。

「元結が緩んでる。解かんと直せんぞ」

新しく淹れたお茶を啜りながらこちらを見ている。
そんなこと言ったって私ゃ髪なんて結えないんだからさ。

こうなったらもうお下げにでもするしかないな、と思って鏡台の引き出しから鋏を取り出し、元結を切ろうとしたら、

「ちょっと待て」

こちらに立って来る。
膝元からフクチョーが転げ落ちて、延べっぱなしの寝床の行火の上に再び丸くなった。

「貸してみろ」

鋏を手渡すと、パチンと元結を切る音がし、髪全体を左手に預けて右手の梳き櫛だけで鬢を整えて行く。
鏡の中に見える手つきは慣れたものだった。

「へー。すごい・・・」

「昔取ったなんとやら、だ」

口にくわえていた新しい元結で、頭頂に髪を括って行く。

「髪結いだったの?」

その質問を鼻で笑い、

「馬鹿を言え。女の頭ぐらい直せなきゃ悪さも出来ねぇだろ」

ああ・・・。
そういうことね(--;
と、思い当たるまでにちょっと時間がかかった。
思い当たったら当たったで、物凄く脱力したけどな(呆)。

ギリギリと音を立てて元結を縛った後は、使っていた梳き櫛に毛先からくるくると髪を巻いて、元結の上に預けた。

「ざっとこんなもんさ」

鏡の中で得意げに笑っている。

「え?何?それで終わり?髷は?」

すると急に鼻白んだ顔になり、

「ばーか。なんで俺がお前にそこまでしなくちゃならんのだ」

「何それ?何この半端な頭!」

鏡を覗きながら訴えたら、

「立派な櫛巻きじゃねぇか。それのどこが悪ぃ。文句を言うな」

仕上がりを確認するように後から脇からじろじろ見回していたと思ったら、何やら懐から取り出す様子。

見覚えのある銀の平打ち簪。
そう言えば昨日庭に落として、そのまま忘れていた。

「あ!拾っててくれたんだ?」

ちょっと感激したのに、これがやぶ蛇で。

「言いたかないが、こう見えてもお前の飾りもんにはカネがかかってるんだ。あちこちバラ蒔いて歩かれたんじゃ懐がおっつかねぇからな。珊瑚玉のヤツもどこかにふっ飛ばして来たんだろう?」

・・うう(((--;。
反論できない。

前髪に挿してくれながら横目で睨んでいる。


その目が充血しているのに、ふと気付いてしまった。
それがどういう意味かはすぐ判った。


この人、寝てないんだ・・・。


理由は、切な過ぎて考えたくなかった。
寝てないと判っただけで、ホラ、涙が出そうになる。

「土方さん、ここに昼寝に来たの?」

何を言い出すのか、という顔でこちらを見た後、きっと私の言葉の意味を察したのだろう、とっさに顔を背けた。
立ち上がって、元の長火鉢の脇、定位置に戻って行く。

「寝てていいよ。布団敷こうか?」

「要らぬ気は回すなと言った」

また機嫌を損ねちゃった。

徹夜明けに寝るでもなく、おゆうさんのところへ行くでもなく、この人はどうしてここに居るんだろう。
ひとりになりたいと言うのなら、他に行くところもあろう。
なのにどうして・・・?
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