もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
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久しぶりのカイコウとは何のことか?
幸と顔を見合わせる。

「何か・・お人違いをされておるようですな。我々は急ぎますよって・・・」

振り向かぬまま会釈をし、再び歩み始めるが、

「先程のお働きを見ていて思い出しましたよ。山崎殿とやら、お手前、五年程前に越中富山は岩瀬の港で私と会うてはいませんかな?」

「さぁ・・・」

無視してその場を去ろうとするのへ、

「大坂の道修町でもお目にかかりましたな。あの節は失礼した。我々もすっかり騙されました。抜け荷の下手人と狙った相手が町奉行の手配の者だったとは」

くっくっく、と笑っている。

ちっ、と山崎さんが小さく舌打をしたのが聞こえた。
踵を返し、後を歩いていた私と幸を押し分けてスタスタと戻って行き、

「往来の真ん中で大仰な。大店のご隠居らしゅうもない。ご近所迷惑と違いますか?」

丁寧ではあったが彼にしてはキツイ物言い。
すかさず脇に控えていた芸妓さんが間に入り、柔らかな物腰で山崎さんの手を取った。

「そやし、こちらで一席設けまひょ言うてはりますのやおへんか」

絶妙な間合いで緊迫感を和らげる。
指先にまで塗られた白粉が、薄闇に映えて艶っぽいったらない。


「“ついて行く”に麩饅頭3個」

懐手をした幸が唐突にそう言ったので吹き出しちゃう。

「残念でした。賭けは成立しません。私もついて行くと思うもん」

「なんだよ、つまんないな」

「だぁって、山崎さんが綺麗どころに手を引かれて断るはずないじゃん。ていうか、ご馳走が待ってるんならついて行って欲しいところだわ」

「うお。お目付け役がそんな希望的観測でいいのか・・っ!」

おどけて目をぱちくり。

「だってさー、お腹減んない?」

「まあね。でも私等、邪魔者かもよ」

懐手をしたままついっとアゴで指し示す先に、手を取られたままこっちを見ている山崎さん。
幸が叫んだ。

「私達にはお構いなく!二人で帰れますからー!」

あ!自らチャンスを辞退するかぁ!

「ちょっとー、なによ裏切り者ぉ!」

「今夜はやめといたほうがいいってば。聞いたでしょ?さっきの会話。なんだかワケアリで山崎さん不機嫌そうだったじゃん」

5年前何があったんだか、抜け荷の下手人だの大坂町奉行だの、気になる単語が並んでた。
あのハンサムさんとは本当は初対面じゃなかったみたいだし。
食い物には未練があるけど、ていうかホントは山崎さんと一緒に祝勝会したかったけど、こういう展開じゃ仕方ないか(涙)。

「りょーかい。あきらめておとなしく帰ります。でもこれから行く店の名前だけ聞いて来るわ。お夏さんに報告しとかないと」

「うへ。嫌な性格」

辟易と吐き出した幸の言葉が背中に可笑しくて、くすっと笑い出してしまいながら、

「ここから行方不明になっても困るので、行き先とあなた方のお名前を教えといてください。私の名前は小夜といいます。あっちは幸」

訊くからには名乗らねば。
相手は口元に半分あきらめたような笑みを浮かべて、

「名前だけ伺うても・・・」

「確かに名前だけ名乗ってもどこの誰だか判んないわね。でもこっちだって訊ねているのは名前だけ。お互い様でしょ?別に失礼でもなんでもないと思うけど?それ以上のことは彼に聞いてちょうだいな」

山崎さんの不利になるようなことは喋らぬのが得策。
そう思っただけなのに、相手はこの返答のどこを気に入ったのか、

「面白そうなおなごはんやな。宜しかったら遠慮せずに我々と一緒においでませんか?もともと座敷は用意してありますのや。そちらの、幸さんもご一緒に・・・」

慇懃な言葉遣いが微妙に関西訛りになっている。
最初に喋った時は、イントネーションも完璧な東言葉だったのにな。

「だんさん、余計な気ィは使わんでください。この子等は帰さななりまへんさかい」

山崎さんの意思は決定的。
私等を帰して、この人に付いて行くつもりだ。

だがその言葉を無視するかのように、

「私は大坂の俵物問屋の隠居で、俵屋ジュウザブロウ・・・」

と、優雅な笑みのまま。

つい、先程からの疑問を訊ねてしまう。

「ジュウザブロウってどういう字?隠居って年取ってからするものじゃないの?」

「ジュウザブロウは、ゑべっさんの『戎』に三郎です。戎三郎。『えびすさぶろう』と読めばゑべっさんのことを言う」

「へぇえ!おもしろーい!」

じゃあ鯛の飾り紋も、今日の十日戎に合わせたんじゃなくて、自分の紋なんだぁ!
すごーい!

「隠居というのは・・・」

私がウケたのに気を良くして、にっこり可愛く笑いながら説明を続けようとしたのを遮るように、横から鋭く舌打ちが聞こえた。

「いい加減に場所を変えんと。またややこし話になりますよ」

話が長くなりそうだと思ったのだろう。
山崎さんは急いている。

なのに相手は余裕たっぷりに、

「では皆さんご一緒に参りましょう」

嫣然と笑う。

しつこいな、と私も思った。
たぶん山崎さんも。

「あんたは何を考えとんのや」

怒った。
が、相手は嘲るように一瞥して、

「実は今、人探しをしておりまして。皆さんに頼み事があります」

「やめてくれ。あんたの頼みを聞かなならんような義理はない」

「はて、そうかな?」

挑戦的な目で山崎さんを見た。
先程までの柔和な笑顔とは別の顔。
ほんの一瞬、山崎さんが怯んだ気がした。

「とりあえず・・・こちらの二人には関係の無い話ではないか」

「そこを曲げて。話だけでも聞いてはもらえませんかな?」

口調は懇願しているのに、挑戦的な表情は変わらない。
ううう、と山崎さんが低く唸った。

なので、

「了解!私達も一緒に行きます」

・・・言っちゃった。
だって山崎さんが困ってるの、見てられなかったんだもん。

「ちょ、ちょっと小夜・・!」

幸が後から袖を引いたが、

「だって、横から聞いてるだけじゃ全然事情が飲み込めないし、話ってのを聞いてみないと判んないし。せっかくここまで来たんだから御茶屋さんってのに上がってみたいしー。お腹減ったしー。せっかくならご馳走して欲しいしーv」

戎三郎さんにウインク。
山崎さんってば、口あんぐり(笑)。

「それにいつまでもこんなとこでグズグズしてたらもう一回立ち回りしなきゃなんないよ。番屋に知らせに行ったって事は取調べに誰かくるんでしょ?面倒なことにならないうちに、さあさあ行きましょ行きましょ」

それから、百菊(ももぎく)さんという芸妓さんが、先程からずうっと山崎さんの手を撫で回しているのを、

「そういうわけだから、すいませんけどこの人に触んないでくんない?」

睨みながら引き離したのを幸が見ていて。

「・・・こわっ!」

小声で言ってたけど、ちゃんと聞こえてたよ。
ふん。



山崎さんひとりで行かせたほうが何か有った時に動きやすい。
それはたぶん我々三人が三人とも思っていたことだった。
幸はともかく私は、非常時には足手まといにしかならないし。

でもあそこで食い下がられて時間を食うのはまずかったんだもの。
私達が同席するのがまずいと言うなら、改めて私達だけ中座すれば済むことだし。


ってなわけで宮川町の御茶屋さん。
大広間、ではなくて六畳ほどの小間二つの続き間を京唐紙の襖で仕切って、戎三郎さんと山崎さんは芸妓さんたちの舞を肴に、互いの腹を読みつつ飲んでます。

こっちの三人は上がってすぐから食事に突入。
花より団子ってやつ?

・・・三人って誰かって?
私と幸と、それから戎三郎さんの用心棒(従者?)のオジサン。
名前は柚木多聞(ゆうきたもん)さんという。

綿入れの繻子の掛け襟のついた地味な着物に袴姿。
月代は伸び放題。
ヒゲは三日に一度ぐらいは剃るのかな?というような無精ひげ。
身長も私らより大きくてがっしりした色の黒い“いかにも”な浪人体。
腰のものも、えっらい長寸。三尺もあるかも!

そんな強面なのに、すっごいひょうきんで可笑しい人なの。
だって、

「そんなに長い刀、よく抜けますね?」

と幸が鯛の塩焼きをつつきながら感心して言ったら、

「長いのは鞘だけだ」

って言って抜いて見せたらほんとにそうなんだもんv
変な人!
三人してゲラゲラ笑い転げたら、襖の向こうの山崎さんに咳払いされた(^^;。
そんな人なので私達の話相手にはちょうど良かったんだけど、ひょうきんなだけのオジサンではないことは、山崎さんの正体を知っていたことだけでも明らかだった。


番屋から戻って我々と合流した時、頬かむりを取った山崎さんの顔を見るなり、

「ははぁ。あんた去年、いや、もう一昨年か。大坂で大店ばかり狙って出入りしていたお人やな」

それから自分の主人に、

「北船場の両替商から軒並み押借りしやがった、新選組の手の者で」

と、報告したのだ。
それを聞いた戎三郎さんが、

「ほお。アンタ商売替えしたんか。捕り手が押し込みに?」

大笑いしてみせる顔が・・・無駄に色っぽいよ!男のクセにっ!

「押し込みではない!」

「押し借りだろ?」

柚木さんにサラリと突っ込まれて、山崎さん、歯ぎしりしてたっけ・・・。

「新選組と聞いたからには、殊更こちらの頼みを飲まんわけには参らんなァ」

ふふっと少年のような戎三郎さんの笑い声が耳に残っている。
どういう意味なのかは判らないが、何も言い返せない、こんな余裕の無い山崎さんは見たこと無いよ~(心配)。


山崎さん本人に確かめたわけではないけれど、彼は新選組に入る前は大坂町奉行の下で今と似たような仕事をしていたみたいだった。
それを思えば彼の得意が棒術なのも腑に落ちる、と幸が言ってた。

犯罪者の捕縛を仕事とする捕り手と呼ばれる人達の武器で一番ポピュラーなのが六尺棒というものなんだって。
その他にも飛び口とか、刀以外の武器を使うのが捕り手と呼ばれる人達の常で、山崎さんの得意と同じ。
しかも彼、屯所では捕り手術の講師でもあるそうな。

でもそんな出自が弱味になるとは思えないけど・・・。

「捕り手だとしたら、身分的に良い印象じゃないから隠して居たかったのかもしれない」

と幸が言い、柚木さんが頷いた。


目の前の料理は十日戎にちなんで一応鯛尽くし。
お刺身に箱寿司、お吸い物も。
あとは京野菜の煮しめとか湯葉の煮びたしとか茶碗蒸しとか。
かまぼことか玉子焼きとか・・・。

割と、というか実に質素。
お刺身がついてるだけいいのかも。

「五年前、俺はその場に居たわけではないから後から聞いた話だが、あれは相当引きずってるな」

お膳のものがあらかた片付くと、柚木さんが話し出した。
襖の向こうを見透かすように見ている。


訳有って今は若くして隠居しているものの、当時戎三郎さんはまだ俵物問屋の跡取りで、持ち船に積み込んだ荷と共に各地の支店やら得意先やらを回って商売の勉強中だったとか。

俵物と聞くと米俵を想像しちゃうけど、清国(=中国)へ輸出用の海産物のことなんだって。
干しアワビとか干しナマコとかフカヒレとか。まあ、中華料理の材料だね。

驚くことにこの俵物、全てが輸出用で日本人の口には入らないものなんだって。
しかも公儀御用達。
つまり俵物は幕府の専売で外貨稼ぎの手段ってことだ。

俵屋さんはその専門下請け。
御用商人というやつ。
店は大阪の他に長崎と箱館、江戸。横浜にも最近出店したとか。
自分ちの船も持っていて、産地の蝦夷地(北海道)から積出港の長崎までの回送も行っているそう。

で、事件というのは抜け荷、つまり密貿易の取り締まりのことらしい。
そもそも俵物は西国でも取れるものなので、幕府の目の届かないところで幕府を通さずに輸出をして自藩の利益に還元する、つまり自分の領内で取れたものを横流しする形での密貿易は絶えないみたい。
でもそれはまだかわいい方で、信じられないけれど俵物の本場、蝦夷地の箱館まで中国船を装って直接買い付けに来たりしたことがあるそうだ。

こんな面の皮の厚いやり方で密貿易を行っているのがナント島津家=薩摩藩!
幕府の取締りが甘くて、薩摩藩の藩ぐるみの密貿易は野放し状態なんだって。

彼らは高値で品物を買い取るので、おのずと質のいいものを集めることが出来る。
そうなると正規の流通ルートに残されるもの、つまり俵屋さんのような御用商人の手元に残されるのは質が落ちるということになる。
商売敵どころか、商売が成り立たなくなるのだ。

俵物の密貿易で儲けた金で薩摩藩は軍備に励んでいるのに幕府は何をしているのか!幕府頼むに足らず、とそんなわけで戎三郎さんは手始めに富山の岩瀬港に乗り込んだ。

なんで富山かというと、富山の薬売りに『薩摩組』というグループが居て、密貿易にかかわっているんだそう。
薩摩領内での拡販の許可を得る代わりに、俵物の集荷を請け負っているそうな。

船で堂々と箱館に買い付けに来るなんていう大胆な方法はそう何度も使えない。
そこで富山の薬売りと手を結び、どんな奥地(=蝦夷地)へも足で歩いて入って行く彼らを集荷に使い始めたというわけ。
薩摩藩は彼らに集荷させたものを新潟沖で薩摩の船に積み替えて、琉球や上海で売り捌いて金にする。
売上げの一部で唐薬種と呼ばれる中国産の薬の原料を仕入れ、集荷の手数料代わりに富山藩に引き渡すんだそうだ。

つまり、薩摩も富山も、藩ぐるみで密貿易をやってるってことだよ!
そんなことが許されているなんてびっくり。

密貿易で得た唐薬種の最終的な荷卸し港が富山藩随一の港、岩瀬港だと睨んだ戎三郎さんは、そこで何らかの証拠を掴もうとしたらしい。

「質問!俵物って西国でも取れるんでしょ?どうして蝦夷地のものを狙うの?」

「昆布やな。昆布は北国でしか採れん。俵物も蝦夷地の物が一番質が良いし安い。昆布と俵物、扱うのは別の問屋だが回送は一緒。抜け荷も一緒というわけやな」

そう言う柚木さんは塩昆布を肴に杯を重ねている。

「質が良いのに安いってどういうこと?」

「蝦夷モノは人足に金がかからない分安く上がる。アイヌをタダ同然でこき使ってるんやな。ヤツらの採ったものを御公儀が安く買い叩いとったんや。その扱いがあんまりやから、箱館奉行さんがお江戸に訴えて、近頃ようやく昆布やら俵物の買値を上げたらしいが・・・もう今更遅いわなぁ」

ふうっとついた溜息が酒臭い。

「現場のアイヌの扱いは全くヒドイらしい。ウチの旦那も腹を立てとる」

アイヌの人達は虐待されてるんだな。
話がどんどん広がって行くのと同時に暗澹たる気持も広がって行く。


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