もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
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判りやすいのはいいけど、副長の機嫌が悪くなるのはまずいなぁ。
嫌だなー。早いとこ帰りたいよー。雲行き怪しいよー。
そんな私の焦りも伝わらず、
「だからぁ、今日もぉ、夕飯が用意されてるってことはぁ、山崎さん辺りが手配してるはずだからぁ、見張られてるんだきっと」
志波漬けをポリポリ音をたてて食べながら、にーっと笑って見せる。
やめてくれー!副長を挑発するなぁぁ!(T△T)
「じゃ、じゃあ私はこれを頂いたら失礼しますから」
ケンカが始まらないうちに帰らなきゃと思ったのに、
「どうしてぇー?」
どうして、って、
「だっておかしいじゃん。副長が休息所に来てるってこと、みんな知ってるってことなんだよ。私が居たらおかしいでしょ?こうやって一緒に夕飯食べてるのだっておかしいよ。斎藤先生に知れたらまた叱られるもん」
小夜、爆笑・・・(--;
こっちを指差して笑うな!
「そうそう!この人昨日斎藤さんに小言言われてんの!」
「そうだよ!『邪魔すんな』って、『無粋なヤツ』って言われたんだよ!斎藤先生にそう言われたんだ」
知らぬこととは言えヒドイじゃないか。
師匠にそういう位置づけされちゃったんだぞ。そんなんじゃないのに。
ううっ、泣けてくる。
「斎藤さんってさー、私が仕事でここに居るってこと判ってるのに、何でそう思うのかね?」
つまり、本当の意味で副長の女じゃないのに、どうしてそういう気を使うのか?という問いだな(苦笑)。
それはねー小夜ちゃん、男と女が一つ屋根の下に一晩でも暮らしたら、みんなそう思っちゃうんだよ。
この時代は女の十七歳は立派に大人な年なんだ。
つまりアンタはもう副長のお手がついたと思われてるんだよ。
・・・なんてぇことはかわいそうで言えない(:;)。
ていうか、そんなこと聞いたらコイツは暴れ出しそうだし(疲)。
返答に困っている私を見て、鮎のぬたを口にしながら副長が鼻で笑っている。
助け舟を出してくれるような人ではない。
人が悪いのだ。
私がなんと切り抜けるか・・・聞いてるだけだし(--)。
「アンタひとりでもうるさくて沢山なのに、私まで居たら副長がゆっくり出来ないとでも思ってるんでしょ」
すると、わざと意地悪な言い回しをしたのを気にも留めずにあっけらかんと、
「そうお?私に比べたら幸なんか、居ても苦にならないのにね」
他人事のように言う。
でも、そういう自覚は有るわけね?(^^;
ねぇ?と同意を求められた副長が、さすがに呆れてプっと吹き出した。
こんなやりとりを見ている限り、二人の間にわだかまりは無いように見える。
わだかまり・・・。
山南先生の墓参の折の口論は、昼間のおゆうさんの家でのそれよりもずっとシリアスだった。
にもかかわらず、この屈託の無さは何だろう。
あれからこの二人はどうやって相手を赦して行ったんだろう。
この、気難しくて用心深くて神経質で人見知りの激しい人を、どんな魔法で微笑ませるというのだろう。
不思議な子だよね、小夜って。
彼女は昼からずっとテンションが高いまんまで、余程おゆうさんのことが気に入っているらしいのは、話題がそこから離れないのを見ても明らかだった。
ずっとはしゃいでいるのだ。
それが可愛らしくもあり、ちょっと危ない傾向かな?という気がしていたにも係わらず水を差すのはかわいそうという気持ちが優先してしまって、今夜のところは彼女が喋るままに聞いていてあげようとしていた。
それがいけなかった。
前段の話の流れで、早いところ辞そうとしているのを見抜かれ、
「じゃあさ、明日もおゆうさんとこ行ってお昼にしようよ」
今日のところは見逃すから、明日は昼までにここに来いという意味だ。
「午後のお茶しに行くのもいいな」
目がキラキラしてる。
嬉しそう。
しばらくは日参しそうな勢いだ。
どうしたもんだろうか、とは思ったものの、上手い返答も見つからず、
「毎日押しかけちゃ迷惑だよ。向こうは仕事してるんだしさ」
「長い時間じゃなきゃいいじゃん。すぐ帰って来ればー」
口を尖らせる。
夢中になっている彼女には、私の躊躇など論外なのだ。
すると、それまで私達の会話に入って来る事の無かった副長が、重い口を開いた。
私では小夜を抑えられないと判断したのかもしれない。
「小夜、お前には悪いが、もうあそこへは行ってくれるな」
言い方が柔らかだっただけに逆に重かった。
さんざん小夜のはしゃぎようを目の前にした後で、副長だとて相当言い難かったに違いない。
「お前は目立ち過ぎる。お前が行けば、あの場所が他人に知れる」
しまった、と思った。
それはもっと早くに、私が言っておくべきことだったのだ。
そうすればもっと違う展開になっていたかもしれないのに。
打たれたように小夜が副長を見た。
あるいはいつものように何か反論するのかと思った。
副長は視線を外さない。
まっすぐ小夜を見ている。
小夜は見た目ほど馬鹿ではない。
副長の言わんとすることが判らないようなヤツではないのだ。
だから余計、見ていて辛かった。
かぁっと頬が紅潮して、口元に力が入った。
明るかった表情が強張り、はい、と消え入りそうな声で辛うじて返事をした。
「判りました」
それから、殊更平静を装ったんだろう、
「そうね、目立っちゃうもんね。借りた浴衣は幸に返しに行って貰えばいいし・・・」
笑顔が笑顔にならない。
それを誤魔化すように、勢い込んでご飯を掻き込み、佃煮を口に放り込んで、むしゃむしゃ口を動かしているのになかなか飲み下せないでいる。
と、不意にみるみる顔がゆがんで両の目に涙がたまった。
「小夜・・?!」
「ごめん!なんでもない!」
涙目を瞬いて、口の中のものを味噌汁で飲み下している合い間に、今度は泣き声が出た。
それを弁解するかのように、
「ごめん、気にしないで」
その間にも涙がぽろぽろこぼれている。それを手で拭っている。
すぐ隣に居た私もそうだが、向かい側に座っていた副長も小夜の様子に驚いて、だが何も言葉が見つからずに呆気にとられているばかり。
「でも、アンタ泣いてるじゃん」
「いいの。気にしないで。大丈夫。なんでもない」
言葉とは裏腹に鼻水をすすり上げ、泣きは止まらなくなっている。
両手で涙を拭っている。
顔が真っ赤だ。
脳みそフル回転で彼女の涙の原因を探し、なんとかしようと、
「私がいけないんだ。私がもっと早く説明してれば・・・」
「違うんだってば。幸のせいじゃないよ。私が馬鹿だからだ。そんなこと、言われなくたって判ることなのに」
語尾が震えている。
泣き声が勝っている。
「でも・・・」
なだめようとしているのが鬱陶しいのか、自分で涙をコントロールできないのにイラついたのか、小夜がすっくと立ち上がった。
膝からこぼれ落ちたフクチョーが、恨みがましく一声鳴いた。
「ごめん。ほんとにいいから。大丈夫。心配しないでいいから」
言いながら、泣きながら、なんだか知らないけど縁側から下駄をつっかけて庭に下りて行くではないか。
しゃくりあげが庭に響いた。
「ちょ、ちょっとアンタどこ行くの?」
追いかけようとするのを制するように、
「いいから来ないで。私判ってるから。おゆうさんのとこに行っちゃ行けないって、その理由もちゃんと判ってる」
めちゃくちゃな、涙と鼻水にまみれた情けない顔をして、声もひっくり返ってる。
「判ってるんだけどこうなっちゃうの。だからいいの。ほっといて。心配しないで・・・」
子供のような怯えた顔でこちらを牽制しながら後ずさり、木戸を潜ってフェードアウト・・・。
って、うそぉっ!
「ちょっと待ってよ!」
押っ取り刀で足駄をつっかけ、ころげ出た背中に、
「幸!」
呼ばれて振り返ったところへ何かが放られた。
とっさに受け止めて見ると、傘。
「持って行け。降られるぞ」
今まで座敷で胡坐をかいて杯を手にしていたのに、いつの間にか勝手口に立っている。
ちょっとびっくり。
薄暗闇の中、着流しに懐手をした副長は思いのほか余裕の表情だが、その理由を訊ねる暇は今は無い。
急がないと見失う。
『雨夜の月』とは雨雲に隠れた月のことを言うんだそうだ。
だから月は見えていない状態だ。
それを殊更「月」と呼ぶ、その思い入れや如何に。
雨雲に隠れているのが満月ならば尚の事。
さぁて、ウチのお月さん(小夜の苗字は「望月」)はどこへ隠れちゃったかな?
御土居の竹藪を登って行ったのは見えていた。
まさかこの下の堀に身投げしても死なれやしないだろうから、その辺に居るんだろう。
なんせ雨夜の月である。
雨はまだ降っちゃいないけど、辺りはもう暗くなっている。
持ってくるなら傘より提灯だったな。
御土居に登っても、暗さと竹藪に阻まれて周りが良く見えない。
「おーい!都の外は魑魅魍魎の住処だぞー。取って喰われるぞー」
御土居って、秀吉が作った都の城壁なんだそうだ。
つまり都の内外の境ってわけ。
見た目、城壁というより名前の通り土手なんだけどね。
「・・・そんなんコワかない」
案の定、足下で鼻水をすする音。
確かに、相手がコイツなら魑魅魍魎もあるいは退散するかも。
「追いかけて来なくて良かったのに。私は大丈夫なんだから。落ち着いたらすぐ帰るのに」
おどけてみせた方が戻って来やすいかと思ったのは私の浅知恵で。
彼女の沈みようは家を出た時以上だった。
泣きが治まってきている分、声で判る。
「自分でも判んないんだ。なんで涙が出るのか。土方さんの言ってることはとってもまともなことで、私だってそうした方がいいと思うのに」
頭で理屈を判っているのに涙が出るのは、気持ちの納得が行ってないからなんだと思う。
あんなにはしゃいでいたんだものね。
私が注意していれば良かったんだ。もっと早くに。
そうすれば、それがたとえ嫌な役回りだったとしても、ここまで彼女を傷つけることは無かったかもしれないのに。
「理屈は判っても、悲しいってことはあるさ」
良くあることだよ、と慰めるのはありきたりだな。
そんな一般論に丸め込まれるようなヤツじゃないことは判ってる。
そんな気休めを言うのは、それ以上上手い慰めの言葉が見つからないからだ。
それは慰める側の逃げだ。
相手のための慰めではない。
追い討ちをかけるように、小夜が答えた。
「うん、そうだよね。ありがと」
なんだか申し訳ない気分になってしまう。
ろくな慰めの言葉も言えてないのに、礼を言わせてしまった。
傷ついて涙を流している人間に礼まで言わせるなんて。
私、何やってるんだろ。
「泣いたりしてごめん。馬鹿だよね私。泣いたってどうしようもないのに。でも、どうしても止まらなくてさ」
「だから走って出たの?」
「うん。気ぃ使わせたら悪いじゃん。あんなところで泣かれたって、何て言っていいか判んないじゃん。どんなリアクションしていいかさ」
そういうことだよな。
自分のことでいっぱいいっぱいな時、周りのことまで考えるのは大変だもん。
それで失礼なことになったら嫌だという小夜の気持ちは良く判る。
ひとりでさめざめと泣きたかったわけだ。
追いかけてくる私は、
「野暮でごめん」
「『無粋』じゃなくて?」
斎藤先生の評を引いた。
泣いていても突っ込み処は避けて通らないな(笑)。
「そうでした。野暮で無粋じゃ最悪だな」
うふふ、と泣き笑い。
「羨ましい。斎藤さんにタメグチ利いてもらえるなんて」
「アンタだって利いてるじゃん」
「私はね。でも向こうは違うよ」
そりゃそうだ。上司の御妾殿なら。
と、思う間もなく、
「気を使ってる。仕方ないけど」
そう。
判ってるんだ。言われなくても判っている。
小夜ってそんなことも判らないようなヤツじゃない。
「立場が違うから仕方ないんだけどさぁ。やっぱちょっと寂しい。幸にはタメグチで私にはそうじゃないっていう・・・」
ふーっと長いため息をついた。
「ごめんね。これって妬みだよね。あー、やだやだ」
語尾がくぐもった。
手で顔を覆っているか、膝に顔を埋めているのか。
「謝らなくたっていいさ」
「私最近自分が嫌なの。なんだかそんなことばっかり考えてる自分が」
月夜なら月を見て、星空なら星を眺めながら話すところなのかもしれない。
だが今宵、雨夜の月に彼女は何を見ているのか。
「幸はいいなぁって、そればっかり思ってる。みんなに一人前に扱ってもらえて、大人の中で仕事が出来て」
「そんなんじゃないよ。一人前になんて扱ってもらえてない」
「ううん。もともと何でもできる人だもん。私なんかとはスタートラインから違う」
「それは買被りだよ。周りに置いて行かれないように必死なだけだ」
ふうっと、またため息が聞こえる。
「周りに置いていかれないように必死、かぁ・・・。幸でさえそうなんだもんね。私は置いていかれて当たり前よね」
ああ、だめだ。
慰める以前に、話が通じてない。
彼女の言い分を否定するのは簡単だけど、納得はしてくれない。
こういう時はとにかく話を聞くしかないのかも。
それが、私が今彼女にしてあげられる唯一のことなのかもしれない。
「真面目で努力も惜しまない。私のずっと先を行くのは当たり前。それを自慢にもしない」
だから自慢になるようなことなんかしてないんだってば。
「努力もしないで羨むのはお門違いよね。それは自分でも判ってる。幸に追いつきたいとか、そういうんじゃないんだ。なんか夢中になれるものが欲しかっただけ。人を羨んでばっかりが嫌だっただけ」
ああ、そうか。
それで殊更、おゆうさんおゆうさんと懐いていたわけか。
「寂しかったのかもしれない」
それからぐすっと涙を飲み込んで、
「ごめんね。幸がいつも来てくれてるのに寂しいなんて言っちゃって」
「いや、いいんだ。私に気を使うことはないから。思った通りに話してご覧よ」
そうは言いながら、素直に寂しいと告白されても今以上に小夜の家に通うなんて無理かもしれない、と密かに思う。
・・・言ってることと心の中が裏腹な自分が嫌だな。
私は小夜が思ってくれるほど、スーパーマンでもないしいい人でもない。
「自分に知り合いが出来て嬉しかったんだ。暇な時は遊びに行ける距離にいて、私と同じようにひとりで暮らしていて、年上で、ちょっとは甘えてもいいかなって思ってて」
一度、言葉を切った。
涙を拭っているようだった。
「やっと自分の世界が拓けた、って感じだったんだ。だって私、・・・何の役にも立ってなくて」
話の内容が唐突に飛んだのに合わせて、声のトーンが上がった。
また泣き声になったのだ。
「幸は何でもできて、どんどん皆の役に立ってるのに、私は何にもできなくて。あの家で留守番してるの、私じゃなくてもいいわけだし、誰も私を必要としてるわけじゃないし、私って何だろうと思って」
私が皆の役に立っているかどうかなんて判らない。
私の仕事だって代わりは沢山居る。
どうしても私じゃなくちゃいけないということは無いんだ。
買被りだよ。
私だって自分の居る位置なんて判らない。
「新選組の副長の妾だから誰も仲良くしてくれなくて、妾と言っても上辺だけのものだから、土方さんだって私のことなんてお荷物扱いだし、山崎さんだって・・・」
お?っと思った。
彼にだけは懐いてると思ったんだけど・・・。
「彼だって、仕方なしに優しくしてくれてるだけだよ。土方さんの手前。私を妾役に仕立て上げた手前。私が無理やり甘えてるから仕方なしに」
・・・ああ。
そこまで凹んでるのか。
周りの反応をそんな風に受け取るまでに。
「おゆうさんだけは私が自分で見つけて仲良くなったんだ。新選組とは関係無しに。楽しくて夢中になれて、嫌なことは忘れて居られたんだ。なのにもう会いにも行けない・・・」
泣き声が漏れる。
会いに行ってはいけない理屈は判っている。
おゆうさん以外なら許されるという理屈も判っている。
そういうめぐり合わせが恨めしいだけだ。
寂しさに耐えてようやくみつけた自分の世界を、これでもかと取り上げられて、凹んじゃったんだよね。
他に希望を繋ぐ気力がペチャンコになっちゃったんだね。
「あのさぁ」
と慰める糸口が見つかったような気がして、そう言ったとたん、遮られてしまう。
「判ってるんだ。納戸の隠し扉まで使って、山崎さんにさえ内緒で通っていたんだもの。あの人にとってあそこは大事な場所なんだ。それに、あんな自尊心の強い人が『あそこに行ってくれるな』って私に頼んだんだよ。それ程大事な人なんだよ」
心配することは何も無い。
彼女はちゃんと状況を把握している。
「だから誰にも知られないようにしなくちゃいけない。私が毎日お茶しに通ってちゃいけないんだよ」
でも自分の気持ちを抑えるまでには至らないんだよね。
「そんなことすぐに判りそうなものなのに、全然気がつかずに明日もあさっても、その先もずっと、毎日遊びに行けると思ってた。私の知らないあの人の話も聞けるかもしれないって、面白くなりそうだなって・・・喜んでた」
なんとか持ち堪えている空とは裏腹に、小夜の涙は土砂降り加減。
「馬鹿だ私。迷惑になってるのに気付きもしないで、ひとりで浮かれまくってて。馬鹿みたい」
辛いところだな。
「仕方ないよ。それとは知らなかったんだし。今日初めて知ったんだもの。まだ迷惑かかるほど押しかけてないし。そんなに悔やむことないったら」
彼女が泣いているのがそんな理由ではないことは判っていた。
また、寂しい場所に戻るのが辛いのだ。
そんな場所に居る自分が惨めでならないのだ。
慰めの言葉を探しあぐねて途方に暮れてしまう。
第一、私に彼女が慰められるのか。
「何でもできる人」と思われてるんだぞ。
「スタートラインが違う」と言われてしまったんだぞ。
それは買被り以外の何者でもなくて、そのプレッシャーに私の方こそ凹んでしまいそうになるけれど。
でも、少なくとも彼女は今私のことをそう思っている。
私の方が自分より優れていると思ってる。
私を羨ましがってる。
そんな相手に慰めの言葉を口にされて、嬉しいもんだろうか?
白々しくはないか。
こんな時、なんと言葉をかけるべきか、誰も教えてくれなかったな。
それとも誰もこんなシチュエーションになったことは無いのかな?
こんな時、上手い言葉が思いつく人ってどんなだろう。
考えてもそんな言葉は出てこないや。
居たたまれない心持で、ただただ目の前の闇を見つめる。
多少刀が使えるからって、メッセンジャー・ボーイが務まるからって、どこが偉いと言うんだろう。
こうやって今の今、友達ひとり慰められないで居る自分の、どこが羨ましいって言うんだろう。
沈黙に押し潰されそうで、ため息ばかりついてしまう。
気の利いたことも言えない自分が情けない。
「ごめん。上手い言葉がみつからないや」
降参だ。
手の内を見せてしまうしか芸が無い。
嫌だなー。早いとこ帰りたいよー。雲行き怪しいよー。
そんな私の焦りも伝わらず、
「だからぁ、今日もぉ、夕飯が用意されてるってことはぁ、山崎さん辺りが手配してるはずだからぁ、見張られてるんだきっと」
志波漬けをポリポリ音をたてて食べながら、にーっと笑って見せる。
やめてくれー!副長を挑発するなぁぁ!(T△T)
「じゃ、じゃあ私はこれを頂いたら失礼しますから」
ケンカが始まらないうちに帰らなきゃと思ったのに、
「どうしてぇー?」
どうして、って、
「だっておかしいじゃん。副長が休息所に来てるってこと、みんな知ってるってことなんだよ。私が居たらおかしいでしょ?こうやって一緒に夕飯食べてるのだっておかしいよ。斎藤先生に知れたらまた叱られるもん」
小夜、爆笑・・・(--;
こっちを指差して笑うな!
「そうそう!この人昨日斎藤さんに小言言われてんの!」
「そうだよ!『邪魔すんな』って、『無粋なヤツ』って言われたんだよ!斎藤先生にそう言われたんだ」
知らぬこととは言えヒドイじゃないか。
師匠にそういう位置づけされちゃったんだぞ。そんなんじゃないのに。
ううっ、泣けてくる。
「斎藤さんってさー、私が仕事でここに居るってこと判ってるのに、何でそう思うのかね?」
つまり、本当の意味で副長の女じゃないのに、どうしてそういう気を使うのか?という問いだな(苦笑)。
それはねー小夜ちゃん、男と女が一つ屋根の下に一晩でも暮らしたら、みんなそう思っちゃうんだよ。
この時代は女の十七歳は立派に大人な年なんだ。
つまりアンタはもう副長のお手がついたと思われてるんだよ。
・・・なんてぇことはかわいそうで言えない(:;)。
ていうか、そんなこと聞いたらコイツは暴れ出しそうだし(疲)。
返答に困っている私を見て、鮎のぬたを口にしながら副長が鼻で笑っている。
助け舟を出してくれるような人ではない。
人が悪いのだ。
私がなんと切り抜けるか・・・聞いてるだけだし(--)。
「アンタひとりでもうるさくて沢山なのに、私まで居たら副長がゆっくり出来ないとでも思ってるんでしょ」
すると、わざと意地悪な言い回しをしたのを気にも留めずにあっけらかんと、
「そうお?私に比べたら幸なんか、居ても苦にならないのにね」
他人事のように言う。
でも、そういう自覚は有るわけね?(^^;
ねぇ?と同意を求められた副長が、さすがに呆れてプっと吹き出した。
こんなやりとりを見ている限り、二人の間にわだかまりは無いように見える。
わだかまり・・・。
山南先生の墓参の折の口論は、昼間のおゆうさんの家でのそれよりもずっとシリアスだった。
にもかかわらず、この屈託の無さは何だろう。
あれからこの二人はどうやって相手を赦して行ったんだろう。
この、気難しくて用心深くて神経質で人見知りの激しい人を、どんな魔法で微笑ませるというのだろう。
不思議な子だよね、小夜って。
彼女は昼からずっとテンションが高いまんまで、余程おゆうさんのことが気に入っているらしいのは、話題がそこから離れないのを見ても明らかだった。
ずっとはしゃいでいるのだ。
それが可愛らしくもあり、ちょっと危ない傾向かな?という気がしていたにも係わらず水を差すのはかわいそうという気持ちが優先してしまって、今夜のところは彼女が喋るままに聞いていてあげようとしていた。
それがいけなかった。
前段の話の流れで、早いところ辞そうとしているのを見抜かれ、
「じゃあさ、明日もおゆうさんとこ行ってお昼にしようよ」
今日のところは見逃すから、明日は昼までにここに来いという意味だ。
「午後のお茶しに行くのもいいな」
目がキラキラしてる。
嬉しそう。
しばらくは日参しそうな勢いだ。
どうしたもんだろうか、とは思ったものの、上手い返答も見つからず、
「毎日押しかけちゃ迷惑だよ。向こうは仕事してるんだしさ」
「長い時間じゃなきゃいいじゃん。すぐ帰って来ればー」
口を尖らせる。
夢中になっている彼女には、私の躊躇など論外なのだ。
すると、それまで私達の会話に入って来る事の無かった副長が、重い口を開いた。
私では小夜を抑えられないと判断したのかもしれない。
「小夜、お前には悪いが、もうあそこへは行ってくれるな」
言い方が柔らかだっただけに逆に重かった。
さんざん小夜のはしゃぎようを目の前にした後で、副長だとて相当言い難かったに違いない。
「お前は目立ち過ぎる。お前が行けば、あの場所が他人に知れる」
しまった、と思った。
それはもっと早くに、私が言っておくべきことだったのだ。
そうすればもっと違う展開になっていたかもしれないのに。
打たれたように小夜が副長を見た。
あるいはいつものように何か反論するのかと思った。
副長は視線を外さない。
まっすぐ小夜を見ている。
小夜は見た目ほど馬鹿ではない。
副長の言わんとすることが判らないようなヤツではないのだ。
だから余計、見ていて辛かった。
かぁっと頬が紅潮して、口元に力が入った。
明るかった表情が強張り、はい、と消え入りそうな声で辛うじて返事をした。
「判りました」
それから、殊更平静を装ったんだろう、
「そうね、目立っちゃうもんね。借りた浴衣は幸に返しに行って貰えばいいし・・・」
笑顔が笑顔にならない。
それを誤魔化すように、勢い込んでご飯を掻き込み、佃煮を口に放り込んで、むしゃむしゃ口を動かしているのになかなか飲み下せないでいる。
と、不意にみるみる顔がゆがんで両の目に涙がたまった。
「小夜・・?!」
「ごめん!なんでもない!」
涙目を瞬いて、口の中のものを味噌汁で飲み下している合い間に、今度は泣き声が出た。
それを弁解するかのように、
「ごめん、気にしないで」
その間にも涙がぽろぽろこぼれている。それを手で拭っている。
すぐ隣に居た私もそうだが、向かい側に座っていた副長も小夜の様子に驚いて、だが何も言葉が見つからずに呆気にとられているばかり。
「でも、アンタ泣いてるじゃん」
「いいの。気にしないで。大丈夫。なんでもない」
言葉とは裏腹に鼻水をすすり上げ、泣きは止まらなくなっている。
両手で涙を拭っている。
顔が真っ赤だ。
脳みそフル回転で彼女の涙の原因を探し、なんとかしようと、
「私がいけないんだ。私がもっと早く説明してれば・・・」
「違うんだってば。幸のせいじゃないよ。私が馬鹿だからだ。そんなこと、言われなくたって判ることなのに」
語尾が震えている。
泣き声が勝っている。
「でも・・・」
なだめようとしているのが鬱陶しいのか、自分で涙をコントロールできないのにイラついたのか、小夜がすっくと立ち上がった。
膝からこぼれ落ちたフクチョーが、恨みがましく一声鳴いた。
「ごめん。ほんとにいいから。大丈夫。心配しないでいいから」
言いながら、泣きながら、なんだか知らないけど縁側から下駄をつっかけて庭に下りて行くではないか。
しゃくりあげが庭に響いた。
「ちょ、ちょっとアンタどこ行くの?」
追いかけようとするのを制するように、
「いいから来ないで。私判ってるから。おゆうさんのとこに行っちゃ行けないって、その理由もちゃんと判ってる」
めちゃくちゃな、涙と鼻水にまみれた情けない顔をして、声もひっくり返ってる。
「判ってるんだけどこうなっちゃうの。だからいいの。ほっといて。心配しないで・・・」
子供のような怯えた顔でこちらを牽制しながら後ずさり、木戸を潜ってフェードアウト・・・。
って、うそぉっ!
「ちょっと待ってよ!」
押っ取り刀で足駄をつっかけ、ころげ出た背中に、
「幸!」
呼ばれて振り返ったところへ何かが放られた。
とっさに受け止めて見ると、傘。
「持って行け。降られるぞ」
今まで座敷で胡坐をかいて杯を手にしていたのに、いつの間にか勝手口に立っている。
ちょっとびっくり。
薄暗闇の中、着流しに懐手をした副長は思いのほか余裕の表情だが、その理由を訊ねる暇は今は無い。
急がないと見失う。
『雨夜の月』とは雨雲に隠れた月のことを言うんだそうだ。
だから月は見えていない状態だ。
それを殊更「月」と呼ぶ、その思い入れや如何に。
雨雲に隠れているのが満月ならば尚の事。
さぁて、ウチのお月さん(小夜の苗字は「望月」)はどこへ隠れちゃったかな?
御土居の竹藪を登って行ったのは見えていた。
まさかこの下の堀に身投げしても死なれやしないだろうから、その辺に居るんだろう。
なんせ雨夜の月である。
雨はまだ降っちゃいないけど、辺りはもう暗くなっている。
持ってくるなら傘より提灯だったな。
御土居に登っても、暗さと竹藪に阻まれて周りが良く見えない。
「おーい!都の外は魑魅魍魎の住処だぞー。取って喰われるぞー」
御土居って、秀吉が作った都の城壁なんだそうだ。
つまり都の内外の境ってわけ。
見た目、城壁というより名前の通り土手なんだけどね。
「・・・そんなんコワかない」
案の定、足下で鼻水をすする音。
確かに、相手がコイツなら魑魅魍魎もあるいは退散するかも。
「追いかけて来なくて良かったのに。私は大丈夫なんだから。落ち着いたらすぐ帰るのに」
おどけてみせた方が戻って来やすいかと思ったのは私の浅知恵で。
彼女の沈みようは家を出た時以上だった。
泣きが治まってきている分、声で判る。
「自分でも判んないんだ。なんで涙が出るのか。土方さんの言ってることはとってもまともなことで、私だってそうした方がいいと思うのに」
頭で理屈を判っているのに涙が出るのは、気持ちの納得が行ってないからなんだと思う。
あんなにはしゃいでいたんだものね。
私が注意していれば良かったんだ。もっと早くに。
そうすれば、それがたとえ嫌な役回りだったとしても、ここまで彼女を傷つけることは無かったかもしれないのに。
「理屈は判っても、悲しいってことはあるさ」
良くあることだよ、と慰めるのはありきたりだな。
そんな一般論に丸め込まれるようなヤツじゃないことは判ってる。
そんな気休めを言うのは、それ以上上手い慰めの言葉が見つからないからだ。
それは慰める側の逃げだ。
相手のための慰めではない。
追い討ちをかけるように、小夜が答えた。
「うん、そうだよね。ありがと」
なんだか申し訳ない気分になってしまう。
ろくな慰めの言葉も言えてないのに、礼を言わせてしまった。
傷ついて涙を流している人間に礼まで言わせるなんて。
私、何やってるんだろ。
「泣いたりしてごめん。馬鹿だよね私。泣いたってどうしようもないのに。でも、どうしても止まらなくてさ」
「だから走って出たの?」
「うん。気ぃ使わせたら悪いじゃん。あんなところで泣かれたって、何て言っていいか判んないじゃん。どんなリアクションしていいかさ」
そういうことだよな。
自分のことでいっぱいいっぱいな時、周りのことまで考えるのは大変だもん。
それで失礼なことになったら嫌だという小夜の気持ちは良く判る。
ひとりでさめざめと泣きたかったわけだ。
追いかけてくる私は、
「野暮でごめん」
「『無粋』じゃなくて?」
斎藤先生の評を引いた。
泣いていても突っ込み処は避けて通らないな(笑)。
「そうでした。野暮で無粋じゃ最悪だな」
うふふ、と泣き笑い。
「羨ましい。斎藤さんにタメグチ利いてもらえるなんて」
「アンタだって利いてるじゃん」
「私はね。でも向こうは違うよ」
そりゃそうだ。上司の御妾殿なら。
と、思う間もなく、
「気を使ってる。仕方ないけど」
そう。
判ってるんだ。言われなくても判っている。
小夜ってそんなことも判らないようなヤツじゃない。
「立場が違うから仕方ないんだけどさぁ。やっぱちょっと寂しい。幸にはタメグチで私にはそうじゃないっていう・・・」
ふーっと長いため息をついた。
「ごめんね。これって妬みだよね。あー、やだやだ」
語尾がくぐもった。
手で顔を覆っているか、膝に顔を埋めているのか。
「謝らなくたっていいさ」
「私最近自分が嫌なの。なんだかそんなことばっかり考えてる自分が」
月夜なら月を見て、星空なら星を眺めながら話すところなのかもしれない。
だが今宵、雨夜の月に彼女は何を見ているのか。
「幸はいいなぁって、そればっかり思ってる。みんなに一人前に扱ってもらえて、大人の中で仕事が出来て」
「そんなんじゃないよ。一人前になんて扱ってもらえてない」
「ううん。もともと何でもできる人だもん。私なんかとはスタートラインから違う」
「それは買被りだよ。周りに置いて行かれないように必死なだけだ」
ふうっと、またため息が聞こえる。
「周りに置いていかれないように必死、かぁ・・・。幸でさえそうなんだもんね。私は置いていかれて当たり前よね」
ああ、だめだ。
慰める以前に、話が通じてない。
彼女の言い分を否定するのは簡単だけど、納得はしてくれない。
こういう時はとにかく話を聞くしかないのかも。
それが、私が今彼女にしてあげられる唯一のことなのかもしれない。
「真面目で努力も惜しまない。私のずっと先を行くのは当たり前。それを自慢にもしない」
だから自慢になるようなことなんかしてないんだってば。
「努力もしないで羨むのはお門違いよね。それは自分でも判ってる。幸に追いつきたいとか、そういうんじゃないんだ。なんか夢中になれるものが欲しかっただけ。人を羨んでばっかりが嫌だっただけ」
ああ、そうか。
それで殊更、おゆうさんおゆうさんと懐いていたわけか。
「寂しかったのかもしれない」
それからぐすっと涙を飲み込んで、
「ごめんね。幸がいつも来てくれてるのに寂しいなんて言っちゃって」
「いや、いいんだ。私に気を使うことはないから。思った通りに話してご覧よ」
そうは言いながら、素直に寂しいと告白されても今以上に小夜の家に通うなんて無理かもしれない、と密かに思う。
・・・言ってることと心の中が裏腹な自分が嫌だな。
私は小夜が思ってくれるほど、スーパーマンでもないしいい人でもない。
「自分に知り合いが出来て嬉しかったんだ。暇な時は遊びに行ける距離にいて、私と同じようにひとりで暮らしていて、年上で、ちょっとは甘えてもいいかなって思ってて」
一度、言葉を切った。
涙を拭っているようだった。
「やっと自分の世界が拓けた、って感じだったんだ。だって私、・・・何の役にも立ってなくて」
話の内容が唐突に飛んだのに合わせて、声のトーンが上がった。
また泣き声になったのだ。
「幸は何でもできて、どんどん皆の役に立ってるのに、私は何にもできなくて。あの家で留守番してるの、私じゃなくてもいいわけだし、誰も私を必要としてるわけじゃないし、私って何だろうと思って」
私が皆の役に立っているかどうかなんて判らない。
私の仕事だって代わりは沢山居る。
どうしても私じゃなくちゃいけないということは無いんだ。
買被りだよ。
私だって自分の居る位置なんて判らない。
「新選組の副長の妾だから誰も仲良くしてくれなくて、妾と言っても上辺だけのものだから、土方さんだって私のことなんてお荷物扱いだし、山崎さんだって・・・」
お?っと思った。
彼にだけは懐いてると思ったんだけど・・・。
「彼だって、仕方なしに優しくしてくれてるだけだよ。土方さんの手前。私を妾役に仕立て上げた手前。私が無理やり甘えてるから仕方なしに」
・・・ああ。
そこまで凹んでるのか。
周りの反応をそんな風に受け取るまでに。
「おゆうさんだけは私が自分で見つけて仲良くなったんだ。新選組とは関係無しに。楽しくて夢中になれて、嫌なことは忘れて居られたんだ。なのにもう会いにも行けない・・・」
泣き声が漏れる。
会いに行ってはいけない理屈は判っている。
おゆうさん以外なら許されるという理屈も判っている。
そういうめぐり合わせが恨めしいだけだ。
寂しさに耐えてようやくみつけた自分の世界を、これでもかと取り上げられて、凹んじゃったんだよね。
他に希望を繋ぐ気力がペチャンコになっちゃったんだね。
「あのさぁ」
と慰める糸口が見つかったような気がして、そう言ったとたん、遮られてしまう。
「判ってるんだ。納戸の隠し扉まで使って、山崎さんにさえ内緒で通っていたんだもの。あの人にとってあそこは大事な場所なんだ。それに、あんな自尊心の強い人が『あそこに行ってくれるな』って私に頼んだんだよ。それ程大事な人なんだよ」
心配することは何も無い。
彼女はちゃんと状況を把握している。
「だから誰にも知られないようにしなくちゃいけない。私が毎日お茶しに通ってちゃいけないんだよ」
でも自分の気持ちを抑えるまでには至らないんだよね。
「そんなことすぐに判りそうなものなのに、全然気がつかずに明日もあさっても、その先もずっと、毎日遊びに行けると思ってた。私の知らないあの人の話も聞けるかもしれないって、面白くなりそうだなって・・・喜んでた」
なんとか持ち堪えている空とは裏腹に、小夜の涙は土砂降り加減。
「馬鹿だ私。迷惑になってるのに気付きもしないで、ひとりで浮かれまくってて。馬鹿みたい」
辛いところだな。
「仕方ないよ。それとは知らなかったんだし。今日初めて知ったんだもの。まだ迷惑かかるほど押しかけてないし。そんなに悔やむことないったら」
彼女が泣いているのがそんな理由ではないことは判っていた。
また、寂しい場所に戻るのが辛いのだ。
そんな場所に居る自分が惨めでならないのだ。
慰めの言葉を探しあぐねて途方に暮れてしまう。
第一、私に彼女が慰められるのか。
「何でもできる人」と思われてるんだぞ。
「スタートラインが違う」と言われてしまったんだぞ。
それは買被り以外の何者でもなくて、そのプレッシャーに私の方こそ凹んでしまいそうになるけれど。
でも、少なくとも彼女は今私のことをそう思っている。
私の方が自分より優れていると思ってる。
私を羨ましがってる。
そんな相手に慰めの言葉を口にされて、嬉しいもんだろうか?
白々しくはないか。
こんな時、なんと言葉をかけるべきか、誰も教えてくれなかったな。
それとも誰もこんなシチュエーションになったことは無いのかな?
こんな時、上手い言葉が思いつく人ってどんなだろう。
考えてもそんな言葉は出てこないや。
居たたまれない心持で、ただただ目の前の闇を見つめる。
多少刀が使えるからって、メッセンジャー・ボーイが務まるからって、どこが偉いと言うんだろう。
こうやって今の今、友達ひとり慰められないで居る自分の、どこが羨ましいって言うんだろう。
沈黙に押し潰されそうで、ため息ばかりついてしまう。
気の利いたことも言えない自分が情けない。
「ごめん。上手い言葉がみつからないや」
降参だ。
手の内を見せてしまうしか芸が無い。
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