もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

その後も何度か訊ねたのだが、意味深に微笑むばかりで、結局未だに教えてもらっていない。

あれから半月。

傷は順調に回復していたものの、なにせ足の傷が一番治りが遅くて、トイレに立つにも幸の手を煩わす有様。
暮れも押し詰まって、しきたりも判らぬまま年越しの準備をするにつけても、彼女が居ないことには何もできなかったし。
なので、あの事件後初めて土方さんがやってきた時も、ずっとウチに泊り込んでいた幸を屯所に帰してやろうと、それしか考えていなかった。

来客に茶を淹れてから、幸は久しぶりに腰に大小の刀を差して出掛けて行った。
銀鼠色のひげ紬の首巻きをマフラーのように襟元にぐるぐる巻いて、遠ざかる足駄の音が心なしか弾んでいた。



山崎さんを伴って来たので仕事の話なのだろうと思っていたら、私に話があるという。
床を上げたとはいえ、抜糸した(結構痛かったんだこれが)ばかりでまだ痛む足を畳んで正座など無理な話。
だからって上司(一応ね)二人を前に足を投げ出して座るのもなぁ・・・。
炬燵を囲むのも妙な間合いだし。

ためらって炬燵に座ったままの私の横に紋付黒羽織を着た土方さんと、少し下がってこちらも羽織袴の山崎さんが控えた。
その位置関係がなんだか妙な具合だ。
朝から寒かったので、新しく作ってもらった綿入れ半纏を着込んで炬燵に当たっていたのだが、ぱりっとした格好の二人の前にラフ過ぎてなんとも居心地が悪い。

ていうか、この間の思い出すにも顔から火の出るような一件、この人にとっては取るに足らぬことなのだろうが、曲がりなりにも十六歳の乙女としては凹みまくりで口を利くのも億劫なのだ。
まともに顔も見れない。


「話とは他でもない、お前の進退のことだ」

土方さんがいきなり口を開いた。
いつになく固い口調。
何を言わんとしているのか量りかねて、見ないようにしていた相手の顔を見てしまう。
眉間のシワはいつものことだが。

「シンタイ?・・・って?」

ピンと来なかった。
体のことを問われたのかと思った。
しかしそれなら逐一山崎さんに報告していたことだった。

話が見えていない私の様子に不快感を顕わにして、彼は小さく舌打ちをした。

「お前の今後の暮らしのことだ」

今後の暮らし・・・ってなんだろう?

この時点で彼は私の反応を無視することにしたらしい。
構わず続けた。

「お前には暇を出すことにした。短い間だったがご苦労だったな」

語尾が、努めて優しさを装っているような言い様だった。
突然のことで、相手の真意を量りかねた。
山崎さんを見た。

彼は身動きもせず、目の前の畳の目を読んでいる。
口元がわずかにゆがんで、唇を噛んでいるようにも見える。
仕方無しに私は自分で相手の意思を確認することにした。

「それは私にここを出ろと・・・いうことですか?」

「そうだ」

「私は用無しになったということなんですね?」

「そうだ」

即答だ。
ためらいもせずに言ってのける。
にべも無い。

この無表情な二枚目の冷たい脳みその中で、事態は既に処理済みのようだった。
当事者には何の相談も無く、ただ決定事項を言い渡しに来ただけなのだ。

「どうして?」

スラスラと答えが返ってくるのかと思っていたら、意に反して彼は言葉に詰まった。
聞き返されるとは思わなかったらしい。

「お前は始めから俺の手掛けなどになるのは嫌だと言っていたはずだ」

かろうじて表情を変えない。
私も努めて普段と変わらぬ口調で返す。

「そりゃ妾なんて今でも嫌ですけど。でも、この家の管理を請け負いました」

同意を求めようと山崎さんを見やる。が、視線を合わせないようにしているのかどうか、彼は顔を上げない。

「だから、それはもう良いと言っている」

「どうして?」

私はもう一度聞いた。
何がどう良いのか、納得がいかないのである。

土方さんの気の強そうな眉がぴくりと動いて、苛立ち始めたのが判る。

「あと半月もすれば足の傷も回復するでしょう。業務に・・・仕事に支障は無いと思います」

ちょっとの間、彼は私を見つめたまま何か思案しているように見えたが、すぐに大きな溜息をつき、言いにくそうに?目を逸らしながら、

「ここはおめぃ、危ねぇよ。命を落とすことになりかねねぇ」

ぞんざいな口調になった。
彼が目を逸らしたのとは逆に、今まで頑なに下を向いていた山崎さんが初めて目を上げ、もっともらしく頷いて見せる。

つまりは私の身を案じてと言いたいのだろうが、妾に仕立てて強引に連れて来た割には軟弱な理由で嘘っぽかったし、今更そんなことを言われたってウザイばかりだ。
こっちはなんだか鼻白んでしまう。

「死ぬような目に遭ってからそんなこと言われたって間が抜けているとしか思えない」

「なんだと?」

罵倒されるのに慣れていないらしい新選組の副長さんは、いまいちピンと来ないらしくてちょっと困惑した面持ちになった。
その後で、山崎さんが何を言い出すんだと言わぬばかりにぽかんと口を開けている。

「ここが危ないところなんて端から判ってるもん。命を落とすことになるかもしれないことくらい家の作りを見れば判るもの。それを承知でここに来たんだし、今更危ないからって暇を出されるなんて納得行きません。それじゃあ丸っきり私の斬られ損じゃない。そんなのバカみたい」

バカみたい、と言われて、二枚目顔が朱を差したように赤くなった。
コイツにこんなこと言うヤツ、居ないんだろうな。
今にも怒鳴り出しそうなそいつに口を開く間を与えずに続ける。

「それともナンですか?急に気が変わって暇を出してやるから私にありがたがれとでも言うの?」

あーっ、だんだんムカついてきた。

「冗談こいてなさいよね。そっちの都合であっち行けだのこっち行けだのヒマくれるだのって。あんたらいったい何なのよ!なんであんたらの言うとおりにしなくちゃいけないのよ。こんな怪我までしたってのに。出て行けですって?」

口元が尖がってくるのが自分でも判る。
が、そちらも変わらず睨み返して、

「怪我で済んだのが不思議なくらいなのだ。ここはお前のようなガキには荷が重い」

怒気を抑えた言い様が、ちょっと怖かった。

ちきしょー。

意地でも大人と認めるつもりは無いが、キャンキャン噛み付かれても、筋の通ったところを突いてくるところは、やはり私より倍も年上のことだけはあるじゃんか。

「なによ!都合の悪い時だけガキ扱いして。ガキを妾にしたのはそっちじゃない。ガキが嫌なら始めから妾なんかにしなきゃいいわ」

「小夜さん、それは違う」

初めて山崎さんが身を乗り出した。
が、すぐ土方さんがそれを制した。

「山崎、余計なことは言うな。おめいは黙ってろ」

「違うってなによ」

言い負かされるのが悔しくてつい言い返してしまうのは、きっとガキな証拠なんだ。
それを知ってか知らずか、相手は先程からずっと、ケンカ腰の私の言葉に乗っては来ないし。

沈黙にさらされて、冷静にならざるを得ない。
相手の思う壺なのが面白くなかったけれど、突っかかってばかりはやはり子供じみている。
どんなに悪たれたって雇い主の決定事項に口を挟む権限は無いんだし。

「この家の存在が外部に漏れてしまったことで不都合が生じて、もうここには居られないという理屈は・・・納得がいきます。ただ・・」

「ただ?」

「私がこの家を出るということは、却ってこの家の秘密を外に漏らすことになりはしない?」

彼は黙って私を見ている。
表情も変えず、眉の寄せ具合も顎を引いて下から睨むような威圧的な視線も普段と変わりないのに、何か違っているように思えるのはなぜだろう。

それがなんだか不安で、沈黙の隙間を埋めるのに言葉を捜す。

「それとも、もしかして私のこと信用してくれてるとか・・・?」

おどけて見せても、何も返っては来ない。
すぐ横の長火鉢にいざって行き、引き出しから和綴じの小冊子を三冊、引っ張り出して差し出した。

「ここの納戸に納められているもののリスト、・・・もとい、目録です」

手に取ってページを一枚めくり、土方さんはすぐに目を上げた。

「外部の者に見られてもすぐには判らないようにアルファベット・・・西洋の文字で書いてあります。搬入日順に受け入れたものを書いたのが一冊。納戸のタンスに時計回りに番号をふって、アルファベット順に物の収納場所を検索できるのが一冊。最後のが貸し出し用で、持ち出した日付と相手と返却日が書いてあります。修理に出したものは業者名」

土方さんの手元を覗きこんでいた山崎さんが、感心したように顔を上げた。

へへへ、照れるじゃん。

「貸し出す相手の名前は私が勝手に付けたあだ名なんですけどね。ほんとの名前を書き残してちゃまずいと思って」

笑ってくれた。
山崎さんの笑顔が見れたことで、なんだか物凄く楽になった気がした。

「ほんとはこの年末にでも幸に手伝ってもらって棚卸しようと思ってたんだけど・・・。私の後にここに来る人はもう決まってるんですか?直接引き継ぎできるんでしょうか?出来ないんだったら誰か監察の人にでも引継ぎしないと、解読できないかもしれないですねぇ」

火鉢にかかっていた鉄瓶がちんちん言ってる。
他は無音だ。
なんで、何も言わないかなぁ・・・。
こっちが物わかり良く話を進めてやってるっていうのに、オジサン達ったら・・・。

ええと・・・。

「この家、結構気に入ってたんだけどなぁ。夜更かししても朝寝坊しても誰にも叱られないし。まあでも籠の鳥から解放されると思えば・・・」

「ここを立ち退くと承知したのだな」

ようやく、土方さんが口を開いた。
要点しか言わない人だ。

でも、

「ええ」

私にはもう、微笑む余裕も有った。

「だって『用無し』なんですもん。雇い主はあなたなんだし。用が無いなら辞めるしかないっしょ」

聞いた途端、立ち上がる気配を見せた相手に、呆れながらも、

「ただし、条件が有ります」

「・・・」

何か言いかけたようだが、円満退職するんだからこのうえ文句など言わせるものか。
畳み掛ける。

「聞いていただかないと困ります」

「何だ」

困惑した面持ちで、相手は座りなおした。

「条件は三つ。ひとつは、ここを出て行くのは体が回復してからにさせてください。二つ目、ここを出たら帰る家も無い身なので、住み込みで働けるところを世話してください」

ここまでは妥当な要求だろう。

「それから三つ目、今回のことは幸には関係ありませんよね?彼女はこれまで通り屯所に出入りできるんですよね?」

腕を組んで黙って聞いていた土方さんが目を上げてこちらを見た。
口がますますへの字に曲がって眉間のシワが深くなる。

「別に、幸を通してここに係わっていようなんて思ってるワケじゃありません。彼女にももう会わないようにしますから。だから彼女は今のまま、屯所に出入りさせてあげて」

だんまりを決め込んだ土方さんの後ろから、

「働き口の件は私がお役に立てそうです」

「ありがと。それで幸の件は?」

こればっかりは上司を差し置いて山崎さんが返事をするわけにはいかないだろう。

「あの子ならこの目録の解読ができるし・・・」

と効用を説いてもまだだんまり。

「うんと言ってくれなければ、私は外で・・・いいえ、屯所でこの家の秘密を一切合切しゃべってやるから」

射抜くような視線で、至近距離から睨んで来る。
そんなんで私がひるむと思うかい?

「西本願寺に屯所を移転する計画も全部よ」

さすがに顔色を変えた。

「おい・・・」

後に控えた山崎さんを咎めようとした。
その山崎さんだとて口をあんぐり開けている。

「監察の人に教えられたんじゃないわ。ここに居れば判ることよ。私だってバカじゃないもの」

ってか幸に教えられたんだけどさ。
交渉事にハッタリは必要な戦術ですからね。
フルに使いましょう。

「俺を脅すつもりか」

眉が動いて、怒りの他に困惑と失望の色が読み取れた。

私だってほんとはこんなことはしたくない。
こんな悪たれ、しないで済むなら。

「俺を脅して無事に済むと思うのか。お前のような小娘がタテついてどうなるというのだ。命が惜しくは無いのか・・・!」

責めるように諭すように彼は言った。
射抜くような視線も、慣れてしまえば単に真っ直ぐなだけだったりするものだ。

「命が惜しい・・・?」

って、どんな感覚なんだろう。
考え付かないや。

「命が惜しいと、思ったことは有りません」

格好を付けた訳ではなかった。
本当のことだ。
斬りつけられた時だって、腹は立っても死にたくないなどとは思わなかった。

それが相手の気に障ろうとは思ってもいなかったが、瞬時にこめかみに青筋が立ったのを見てしまった。

「ばかやろうが!」

と彼は言い捨て、

「出掛ける」

立ち上がったのへ山崎さんが、

「どちらへ」

「お前にゃ関係ねぇよ。夕方には屯所へ戻る。代わりの者を遣す間、済まねぇがお前はここに居てくれ」

「私が?」

うろたえる部下のことなど眼中には無いらしい。

「このバカをここにひとりで置いておく訳にもいかんだろう。悪いな。ああそれから、くれぐれも余計なことは言うなよ?判ってるな」

山崎さんは面食らった様子で、そそくさと腰に刀を差して縁側から庭へ降りるワンマンな上司の背中を恨めしげに見送った。
私と二人きりになりたくない様子であるのは、ここが上司の妾宅で、私がその上司の妾であることの他に、何か理由があるらしかった。



「小夜さん、本当にあんたには申し訳ないことをした」

いきなり土下座されたのには面食らった。
勢い良く頭を下げたので、髷の先がバラけてしまった程だ。

「無理矢理ここにつれてきて仕事の手伝いをさせながらこんなことになってしまって・・・」

「何言ってんの。山崎さんのせいじゃないでしょ?」

「だが、私がもっと気をつけていればこんなことには・・・」

「仕方ないでしょ。ここにばっかり手をかけてもいられなかったんだもん。そうでしょ?他にも仕事があったんだろうし」

お茶を淹れなおそうと火鉢に立って行こうとするのを、彼は制したが、

「大丈夫。びっこは引くけど動けないわけじゃないもん。動かないと体がなまっちゃうから。それより障子閉めてくれます?寒くて」

朝から曇っていて気温が上がらない。
冷え込んできた気もする。
もともと部屋を開け放しておくような気温ではないのだ。

「あの人の言う通り、ここは私じゃ役不足だったんですよ」

お茶を啜りながらしゃべっていると炬燵のなかからフクチョーが顔を出し、膝に乗って来た。それを抱き上げる。

「次に来る人は大丈夫なんですかねぇ。っていうか、この子のことかわいがってくれるかしら?」

私的にはそこが一番心配だったり・・・。

来た時よりは大人っぽくはなったけど、まだ仔猫の範疇。
ピンク色の肉球がかわいいよ。

「幸がいるから大丈夫だよね」

頬擦りしてから、

「大丈夫ですよねぇ?私といっしょに追い出されたりしませんよね?」

これは幸のこと。
山崎さんは答えに詰まって目をしばたたいた。
余計なこと言うなって、釘刺されてるもんなぁ。
困らしちゃ悪いよね。

「じゃあ、屑拾いのおじさんの名前教えて。どっから来てんの?」

これもダメだ。
でも、今度来たらきっとお茶淹れてあげよう。
もう寒いもんね。

島田さんともお汁粉大会やらなくちゃな。
もう遊びに来てって言えなくなっちゃうし・・・。

弄ばれるのを嫌がって、半ば手の中から落ちるように、フクチョーが炬燵の上に逃れて行く。

「連れないヤツ。お前とももうすぐお別れなのに・・・」

出て行くと決めた途端に離れがたくなるのはなぜだろう。



山崎さんと二人、仲良く炬燵に当たって八橋をぽりぽり食べながらまったりお茶してたら、幸が戻ってきた。

「クゥーッ!さむさむっ!」

障子の開け閉ても急ぐ気持ちは良く判る。
ぐるぐる巻きの首巻も外さぬまま、袂から手を出して火鉢に当たった。

「雪でも降りそうだよー。雪雲から吹き降ろしてくる空気が冷たいの。手がこんなだよ」

掲げて見せた手は、指を曲げたまま赤く固まって、しかもシワシワ。

「早かったじゃん」

と、お茶を淹れてあげると、

「近頃人が多いし。ってか新しい人が来てから屯所にも入り難くてさー。それに副長が帰る時分までここに戻って来ないといけないと思ったし。どうせ稽古なんて無理だから、情報収集に専念して来ましたー」

鉄瓶に手をくっつけそうにして暖めている。

「それで、なんか面白いことあったの?」

と訊ねると、湯呑みを両手で包み込むように口元へ持っていきながら、

「うーん。・・・いろいろ・・・」

お茶を啜って誤魔化した。

が、山崎さんも居たことだし、それで言いにくいこともあろうかと思い追求はしなかった。

「それより、副長はどうしたんですか?」

横の山崎さんに尋ねる。
いつもと違う気配が判るのだ。
だって山崎さんてば、大人しいんだもの(笑)。

「お出掛けです」

口数が少ないし、お茶を啜るふりして幸と目を合わせない。
でも、幸って私と違ってスルドイのよね。

「お出掛け・・・?って、どうかしました?」

山崎さんがぎょっとしたのを自分で誤魔化そうと一気にお茶を飲み下した音がやけに大きく聞こえて、つい噴き出してしまう。

「小夜?なに?どうしたの?」

問い詰められて山崎さんはますます小さく、私はますます笑いが止まらない。

「なんか隠してる?二人で何やってたの?」


山崎さんに説明させるのは酷だろう。
そうでなくとも今日ここへ来た時からたぶんずっと、責任を感じてひどく落ち込んでいるのだ。
なので自らの解雇劇をかいつまんで、努めてドライに話したつもり・・・だったのだが。

「・・・それで?あんたはOKしたっていうのね?」

幸の顔色が変わっていた。っていうか目つきが。

怒っている。

彼女の怒った顔なんて初めて見た。
歯噛みをしているのか、こめかみの筋肉が動いている。

「だ、だって雇い主の要求に答えられないんだからさー。しょうがないよ」

なだめようと笑顔を作ってみたが、相手の迫力に引きつり気味。

「心配しないで。山崎さんが大坂でいい仕事探してくれるってー。今その話をしてたとこなの。大坂よぉ?大都会よ?美味しいものも沢山有りそうじゃん!」

そうまで言っても憮然とした表情。
山崎さんが、先程私にしたようにがばっと畳に額をこすりつけた。

「すんまへん。私のせいだすねん。もっとウチ等が気ぃつけ・・・」

「あなたは謝らなくて結構。小夜をここから出すか出さないか、決めるのはあなたじゃないでしょ?」

山崎さんの言葉を遮って、言った語気の冷たくて鋭いことといったら・・・。
ってか、山崎さんに『あなた』だって!

こわっ!!
幸、人格変わってる?キレると怖い人だったんだ?

「あんたをここから追い出そうなんて。そんな馬鹿なこと私がさせるもんですか」

握り締めていた湯呑みを長火鉢の縁に叩き置いた。

「へ?」

すっくと立ち上がるのを驚いて見上げていると、彼女は緩めていた首巻をきりりと巻きなおして、出て行こうとする。

「どこ行くの?」

「ナシつけに行く」

「ナシ・・・って、あんた・・・。ちょっと待ってよ。そんなこと言って、あの人どこに居るんだか判らないのに・・・」

すると幸は振り返りざま、不敵な笑みを見せ、

「伊達に毎日街ン中歩き回ってる訳じゃないよ。まかせといて。見当はついてる」

・・・本職を目の前に強気の発言。

顔を見合わせる私たちを尻目に、風を捲いて出て行った。
閉め忘れた障子戸から、走り出した幸の紫色の元結が垣根の上にひょこひょこと弾んで行くのが見えた。
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