もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
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取り付いた雨戸は倒れ掛かる勢いに耐えかねて敷居から外れ、私を乗せたまま庭へ倒れ込んだ。
敷石と庭土に橋を渡したように斜めになった戸板の上で、頭を下にしたままズルズルと滑り落ちて行きながら、猫が啼いているのに気がつく。
フクチョー、どこに居るのだろう。
かわいそうに、しきりに啼いている。
仔猫ながらこの状況を察しているのかもしれない。
無事を確認したいと思い、体を起こそうとしたのだが、身動きできずに愕然とする。
動けない。
ということは、ここでとどめを刺されてオシマイなのか。
背後ににじり寄る男の衣擦れが、やけに大音量に聞こえるなぁと思ったその時、
「誰かっ!」
鋭い声が響いた。
足音がして、庭に入って来る。
「小夜!」
土方さんの声だ。
助かったーと思い、助け起こしてくれるんだと思ったら、彼はそのまま家の中に上がり込み・・・あちこち点検している様子。
つーか、・・・斬り合いにもなってないって、ナニ?!
ってことは先程の男、逃げたって事?!
!!!バカヤロー!!!
お前は土方歳三を殺しに来たんじゃなかったのか!
本人が帰って来たっていうのに逃げちまいやがって!嘘つき!
私はどーなるんだ!私はっ!!
これじゃあ斬られ損じゃないかぁ~!!!バカヤロー!
地面に突っ伏しながら唸っていたらようやく抱き起こされた。
痛たたた!もっとそうっとしてよー。
って・・・声が出ていない。
「大事無いか?」
これが大事無いように見えるかっての。
「・・・遅い」
怒鳴ったつもりだったが、声がかすれた。
傷に響く。
彼は軽々と私を持ち上げながら、
「なんだと?」
聞き返した。
ズキンと足に痛みが走る。
足にも傷を負っているのか。
我ながらパニくっていて、自分の怪我の状況が把握できていない。
ちきしょー、それもなんだか腹立つぞ。
「助けに来るんならもっと早く来てよね。あと1分早ければ縁側から落ちずに済んだのに」
顔の右半分が土に汚れているのが腹立たしいが、それ以上にろれつが回っていないのが腹立たしい。
きっと相手は聞き取れていない。
奥の間にまだ敷きっ放しだった布団の上にうつぶせに寝かされる。
下ろしていた髪がばさりと顔にかかったのだが土まみれ。
それをなんとかしてくれる相手でもなし、自分の体も動かない。
傷ついていない方の腕を動かそうと思うのだが、どういうわけか鉛のように重くて動かないのだ。
そうしている間にも傷はズキズキ痛むし。
「痛いよぅ、ちくしょー、ばかやろー。なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないんだよー」
息が切れる。
「黙ってろ。血が止まらんぞ」
うつ伏せなので見えていないが、土方さんは何かごそごそと家の中を歩き回っている気配。
「納戸も裏口もバレてはいないはずだけど、早いとこ捕まえなくちゃ」
判っていることだけでも事件の報告はしなくちゃと思って、痛みを堪えながら言っているのに、
「いいから黙っていろ」
ぶっきらぼうな物言いが、迷惑そうだ。
そりゃあ確かに面倒なことにはなったが、私は被害者なんだからもっと気を使ってくれたっていいじゃないか。
「だって捕まえないとまた来るよ。この家が貴方の住処だって仲間にしゃべるかも・・」
「お前なんぞにに言われなくとも判ってる。ギャアギャアわめくな。血が止まらんというのが判らんか!」
なんていう言い草なんだ!くそー!
「うるせー、ばかー!お前のせいだぞー!普通はヒロインがやられる前に助けに来るもんだぞー!」
我ながらむちゃくちゃ言ってしまう。
痛くて腹立つんだもん。
腹が立つと言えば、
「あの野郎、嘘つき。本人と直接対決するって言っときながら逃げやがんの。だったら最初から襲うなっての!クソッタレ!」
息が切れる。なんだか頭が朦朧としてきて、ろれつが回らない。
なんだろう。
体が動かないのはなぜなのか。
不意に、左膝の下を嫌というほどきつく縛られて、激痛が走った。
「いたーい!骨が折れちゃう~!」
痛くて泣きわめいてしまう。
「我慢しろ。こうしないことには血が止まらん」
言いながら今度は腕だ。
力任せに縛るものだから刀傷の痛みなどより余程痛くて、泣きが止まらなくなる。
だがそこまではまだ良かったのだ。
傷口を洗うと称して焼酎を持って来られた時にはびびって泣き声も出なかった。
「やめてー。お願い・・。もういいから放っといて・・・!」
押さえつけられて激痛に耐えるには体力がついていかない。
息が上がってもう言葉も出ない。
背中の傷を後回しにしたのは、着物の破れ目から見て浅手と判断したかららしい。
体力を消耗してヘタっているのをいいことに、着せ替え人形よろしく着物を脱がせ始めた。
「あきれた奴だな」
くすくす笑っている。
私の着膨れ加減を笑っているのだ。
くそ!こっちは傷の痛みを我慢しているっていうのに失礼な奴!
「笑うな!寒いんだから着込むしか仕方ないでしょ」
息が切れているので聞こえたかどうだか判らない。
無防備に体を任せ、綿入れ半纏を脱がされ、帯を解かれ、二枚重ねの長着、綿入れの胴着、襦袢を脱がされて不安になる。
もしかしたら丸裸にされるのかもしれない。
ちくしょー、ちくしょー。
こんな奴ただじゃ置かない!
悔しくて恥ずかしくて、怖くて涙が出た。
が、傷の手当てじゃどうしようもない。
目をつむって覚悟を決めるしかない。
そんな私の心の内などお構い無しに、土方歳三の奴はまるでマネキンから着物を剥ぐようにして肌着まで脱がせた後、もとのようにうつ伏せに寝かせ、
「着膨れていたおかげで傷は浅いぜ」
鼻で笑った。
悔しい。
だがもう言い返す気力が無い。
傷を洗われる痛みにも、声も出ない。
ただ涙ばかりが流れて落ちた。
「おい!」
大きな声に目を開けると、眉間にシワを寄せて憮然とした顔が目の前に・・・。
「どうした。しっかりしろ!」
ああ。
・・・また怒ってる。
心配しているというよりは恫喝に近い。
この世の見納めがこの顔なのかよ。
「そんなの嫌だー・・・」
「おい!何言ってるんだ」
ぼうっとした意識の中、耳元で名前を呼ばれた気がしたが、なぜだか猛烈に眠くて目が開かない。
ちきしょう・・・。
十六歳女子にしちゃハードな朝じゃんか・・。
なんだろう、やたら息が切れる。
苦しい。
「水・・」
言ったか言わぬうちに何も判らなくなった・・・。
いろんな夢を見た。
誰かとケンカする夢。
誰かに追いかけられる夢。
誰かを・・・かばう夢。
苦しい夢。
痛い夢。
叫ぶ夢。
焦る夢。
目を開けると、幸が居た。
「気がついた?」
いつもと同じアルト。
いつもと同じ微笑み。
微笑み返そうとして、自分の息が荒いことに気付く。
暑い。
汗をかいている。
熱が高いのだ。
心臓がバクバク言ってるのが鬱陶しい。
喉が渇いていた。
言わずとも、幸が水を飲ませてくれた。
冷たくておいしい。
「・・・甘露甘露・・・。」
かすれたけど、なんとか声が出た。
幸が笑った。
目に沁みた。
「なに笑かしてんの、こんなに熱が高いのに。余計なこと考えないでもう少し眠って・・」
行灯のオレンジ色の灯りで、視界の端が滲んでいる。
目を閉じると、またすぐ、混沌とした夢の中に引きずり込まれた。
シュッ、シュッとリズミカルな音がして目が覚めた。
天井板の木目がよく見える。
明るい。
昼間だ。
どれくらいの間、眠っていたのだろう。
足の傷がジンジン痛む。
腕と肩も。
背中は痛まない。
仰向けに寝てるし・・・。
でもすっごい消耗はしてる感じだ。
体が寝床に張り付いているみたいに身動きできない。
シュッ、シュッと、あれは何の音だろう?
音の方に首を回すと、額に乗っていた濡れ手拭がこぼれ落ちてしまった。
「・・・あ」
小さく叫ぶと、音が止まった。
「ごめん。起こした?」
幸だ。
襷掛けをして雑巾を手にしている。
「掃除しとこうと思ってさ」
そうか。あれは畳を拭く音だった。
「茶の間と台所は昨日のうちになんとか片付けたんだけど、ここも結構汚れてたから・・・」
彼女は笑顔で枕元に寄ってきて、ピンと来ていない私に、雑巾を広げて見せる。
・・・まっくろ。
そうか。火鉢を蹴飛ばしたんだった。
茶の間との境の襖は閉めていたけど、欄間が開いているもんね。灰神楽が上がればひとたまりも無い。
「・・・そっちの部屋はすごかったでしょ?」
台所も。
灰だらけの・・・血だらけだったかも。
「まぁね。結構・・・修羅場だったな」
笑顔がすぐに真顔になった。
それから気を取り直したように再び笑顔を取り戻し、
「がんばったね」
ご褒美の言葉だった。
嬉しい。
「熱も下がってきたし・・・」
手拭を絞りなおして額に乗せてくれる。
その目が赤いのに気付いた。
「ごめんね。心配したでしょ」
ずっと付いていてくれたんだろう。
あまり寝てないに違いない。
だが思いがけず、明るい返事が返ってきた。
「ぜんっぜん。心配なんてしてなかったよ」
「?」
「あんたってば熱出しながら猛烈に怒ってて。うわ言で悪態つきまくり!パワー全開なんだもん。これじゃ死ぬわけ無いなぁって」
声を出して笑い出した。
ひゃー!なんだそれー。
「楽しませてもらっちゃった。私も山崎さんも」
「山崎さんも?」
私の傷の手当ては山崎さんがしたのだと言う。
医者は呼ばなかった。というより呼べなかったようだ。
ここは特殊な場所だからめったな人は呼べないし、それに、
「町医者呼んで生半可な手当てするぐらいなら、素人で充分だと思って私が断ったんだ」
雑巾と手桶を片付けに、彼女は立ち上がりながら、
「それに、山崎さんも副長も、刀傷に関しては玄人でしょ?あんたの足の傷を縫ったのも山崎さんだからね」
私の足、縫われてるのか・・・。
「腕の傷は縫うほどじゃなかったし。後から袈裟に斬りつけられて・・、でもきっと逃げ方が上手かったんだろね、背中の傷は浅かったんだけど、切っ先が左のふくらはぎに入っちゃったみたいで・・・。そこが一番深手だった。お気に入りのきれいな脚に傷がついて、山崎さんはショックだったみたいよー」
お気に入り・・・って・・・?
幸はクスクスと妙な笑いをして、襖と障子を開け放つ。
日差しが顔にかかった。
「ごめん、ちょっと開けておくね。二日間ずっと閉めっきりだったから・・・」
二日間・・・って・・、
「私、どれくらい寝てたの?」
「丸二日。今日は三日目の・・・もうお昼だね」
縁側から庭に下りて行き、井戸端で雑巾をすすぐ音がしている。
そんなに寝てたのか。
だから体がバリバリなんだ。
「のど渇いてない?」
・・・自分だけ釣瓶から直に水を飲んでから聞いて来るんだな。
「お腹すいた」
丸二日寝ていたと聞いたとたんにお腹が鳴ってるし。
幸の笑い声が庭から近づいてくる。
「言うと思った」
つーか、襲われた時、朝ごはん食べ損ねたし。もう三日もご飯食べてないんじゃん私ってば。
「待ってて。いいのがあるんだ」
台所から再び幸の笑い声。
どうしたんだと思ったら、
「そういえばあんたって凄いよねー」
と言う。
「へっついぶっ壊したの、自分で判ってる?」
あ?
「これってさー、蹴飛ばした?なんかで叩いた?」
・・・(汗)。
「・・・蹴飛ばした・・」
ぎゃはは!と可笑しそうに笑っているのが聞こえる。
「どんな感じに壊れてんの?」
「焚口が一個、バッカリ縦にヒビが入ってるんだけどぉ・・・」
ひゃー。私、暴れまくったからなぁ。
どうしよう。
「でも大丈夫だよ。隙間から多少火が漏れるけど、気をつけて使えば・・・。あとで直してもらお」
ジャージャーと何かを炒める音がして、醤油の焼ける旨そうな匂いが・・・。
唾液も胃液も準備万端だっていうのに、出てきたのはレバー炒め。
「ぎゃー!私レバー嫌い!」
「だーめ。貧血にはレバーが一番なんだから」
逃げようにも体を起こすのがやっと。
半べそかきながら、一切れ口に入れるが・・・・、
「げーっ・・・」
「こ、こら!吐き出しちゃだめだってば。薬だと思って食べなきゃだめだよ」
まくし立てられて、鼻をつまんでお茶と一緒に三切れ程をやっと喉に流し込む。
滝涙。
「そーそー、泣きながらでも食べてちょうだいね」
と、幸が気を許して台所に戻って行くのを確かめてから、匂いに釣られて膝元に寄って来ていたフクチョーに、
「お前、食べちゃいな」
「こらー!」
すかさず声が飛んできた。
「せっかく副長に頼んで手に入れた鳥レバーだったのに」
言いながらも、横でフクチョーが皿を舐めているのを咎めるでもなく、今度は湯気のたった玉子焼きを持ってきた。
これは甘くてご馳走だった。
「副長に頼んだ・・・って、山崎さんじゃなく?」
「まあ山崎さんが手配してくれたんだろうけど、頼んだのは副長にだよ。お医者のことも相談したし。治療のこともね」
「治療って?」
「まだ自分の傷、見てないんだもんね。あとで包帯取り替えるとき見るといいよ。傷薬の膏薬貼ってないから」
幸の言うには、膏薬として使う油薬、原料が信用置けないと言う。
「動物の脂だっていうじゃん。公衆衛生もへったくれも無い時代だからさー、怖いでしょ?そんなわけのわからないの塗ったくられるのって。だから消毒するだけにしたの。もしそれで傷の治りが遅かったら私のせいだ。申し訳ないけど」
ふーん。
「別にいいよ。私もそんなキモイもの傷に塗られるの嫌だし。それよりさ・・・」
「うん?」
空いたお皿を脇に置いて、再び横になるのを介添えしてくれる。
「さっき言ってたじゃん。ほら、怒りまくりの悪態つきまくり・・・」
気になっていた。
なんかヤバいこと言ったかもしれない。
幸がくすくすと思い出し笑いをするのが、余計ヤバそう。
「そうそう!最初の日なんか夜までに十五、六回『ちくしょー!』って言った!」
え・・・っ!?
「ちくしょー!くそー!ばかやろー!・・だな」
くっくっくっと腹を抱えて笑っている。
「いや、使用頻度で言うとばかやろー、ちくしょー、くそーの順かも。てめー遅いー!とかも言ってたな。てめー、このやろ、うるせー!とか。いっぺん殴らせろー!って言った時には笑ったけど」
ええーっ!
「ちょ、ちょと待てちょっと待って。そ、それってあの、あんたの他には誰も居なかったんでしょうね?」
「やだ。あんた覚えてないの?」
「そんなの記憶に無いったら・・・」
またぎゃははは・・・って笑う。
「そんなの、山崎さんが居た時も、副長が来た時にも、ぶりぶり怒ってたよ。大体、てめー遅い!って言ったのはちょうど副長が顔出した時だもん」
しょえー!!!!
「吹き出したいのを堪えるので死にそうだったしっ!」
笑い転げてる・・・。
うそだろ・・・。
「でも、結構可愛いことも言ってたけどね」
イタズラっぽく笑う。
「え?なに?可愛いことって」
「うふふ。教えなーい」
無情に台所に立って行った。
なんだろ?気になるぅ~。
敷石と庭土に橋を渡したように斜めになった戸板の上で、頭を下にしたままズルズルと滑り落ちて行きながら、猫が啼いているのに気がつく。
フクチョー、どこに居るのだろう。
かわいそうに、しきりに啼いている。
仔猫ながらこの状況を察しているのかもしれない。
無事を確認したいと思い、体を起こそうとしたのだが、身動きできずに愕然とする。
動けない。
ということは、ここでとどめを刺されてオシマイなのか。
背後ににじり寄る男の衣擦れが、やけに大音量に聞こえるなぁと思ったその時、
「誰かっ!」
鋭い声が響いた。
足音がして、庭に入って来る。
「小夜!」
土方さんの声だ。
助かったーと思い、助け起こしてくれるんだと思ったら、彼はそのまま家の中に上がり込み・・・あちこち点検している様子。
つーか、・・・斬り合いにもなってないって、ナニ?!
ってことは先程の男、逃げたって事?!
!!!バカヤロー!!!
お前は土方歳三を殺しに来たんじゃなかったのか!
本人が帰って来たっていうのに逃げちまいやがって!嘘つき!
私はどーなるんだ!私はっ!!
これじゃあ斬られ損じゃないかぁ~!!!バカヤロー!
地面に突っ伏しながら唸っていたらようやく抱き起こされた。
痛たたた!もっとそうっとしてよー。
って・・・声が出ていない。
「大事無いか?」
これが大事無いように見えるかっての。
「・・・遅い」
怒鳴ったつもりだったが、声がかすれた。
傷に響く。
彼は軽々と私を持ち上げながら、
「なんだと?」
聞き返した。
ズキンと足に痛みが走る。
足にも傷を負っているのか。
我ながらパニくっていて、自分の怪我の状況が把握できていない。
ちきしょー、それもなんだか腹立つぞ。
「助けに来るんならもっと早く来てよね。あと1分早ければ縁側から落ちずに済んだのに」
顔の右半分が土に汚れているのが腹立たしいが、それ以上にろれつが回っていないのが腹立たしい。
きっと相手は聞き取れていない。
奥の間にまだ敷きっ放しだった布団の上にうつぶせに寝かされる。
下ろしていた髪がばさりと顔にかかったのだが土まみれ。
それをなんとかしてくれる相手でもなし、自分の体も動かない。
傷ついていない方の腕を動かそうと思うのだが、どういうわけか鉛のように重くて動かないのだ。
そうしている間にも傷はズキズキ痛むし。
「痛いよぅ、ちくしょー、ばかやろー。なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないんだよー」
息が切れる。
「黙ってろ。血が止まらんぞ」
うつ伏せなので見えていないが、土方さんは何かごそごそと家の中を歩き回っている気配。
「納戸も裏口もバレてはいないはずだけど、早いとこ捕まえなくちゃ」
判っていることだけでも事件の報告はしなくちゃと思って、痛みを堪えながら言っているのに、
「いいから黙っていろ」
ぶっきらぼうな物言いが、迷惑そうだ。
そりゃあ確かに面倒なことにはなったが、私は被害者なんだからもっと気を使ってくれたっていいじゃないか。
「だって捕まえないとまた来るよ。この家が貴方の住処だって仲間にしゃべるかも・・」
「お前なんぞにに言われなくとも判ってる。ギャアギャアわめくな。血が止まらんというのが判らんか!」
なんていう言い草なんだ!くそー!
「うるせー、ばかー!お前のせいだぞー!普通はヒロインがやられる前に助けに来るもんだぞー!」
我ながらむちゃくちゃ言ってしまう。
痛くて腹立つんだもん。
腹が立つと言えば、
「あの野郎、嘘つき。本人と直接対決するって言っときながら逃げやがんの。だったら最初から襲うなっての!クソッタレ!」
息が切れる。なんだか頭が朦朧としてきて、ろれつが回らない。
なんだろう。
体が動かないのはなぜなのか。
不意に、左膝の下を嫌というほどきつく縛られて、激痛が走った。
「いたーい!骨が折れちゃう~!」
痛くて泣きわめいてしまう。
「我慢しろ。こうしないことには血が止まらん」
言いながら今度は腕だ。
力任せに縛るものだから刀傷の痛みなどより余程痛くて、泣きが止まらなくなる。
だがそこまではまだ良かったのだ。
傷口を洗うと称して焼酎を持って来られた時にはびびって泣き声も出なかった。
「やめてー。お願い・・。もういいから放っといて・・・!」
押さえつけられて激痛に耐えるには体力がついていかない。
息が上がってもう言葉も出ない。
背中の傷を後回しにしたのは、着物の破れ目から見て浅手と判断したかららしい。
体力を消耗してヘタっているのをいいことに、着せ替え人形よろしく着物を脱がせ始めた。
「あきれた奴だな」
くすくす笑っている。
私の着膨れ加減を笑っているのだ。
くそ!こっちは傷の痛みを我慢しているっていうのに失礼な奴!
「笑うな!寒いんだから着込むしか仕方ないでしょ」
息が切れているので聞こえたかどうだか判らない。
無防備に体を任せ、綿入れ半纏を脱がされ、帯を解かれ、二枚重ねの長着、綿入れの胴着、襦袢を脱がされて不安になる。
もしかしたら丸裸にされるのかもしれない。
ちくしょー、ちくしょー。
こんな奴ただじゃ置かない!
悔しくて恥ずかしくて、怖くて涙が出た。
が、傷の手当てじゃどうしようもない。
目をつむって覚悟を決めるしかない。
そんな私の心の内などお構い無しに、土方歳三の奴はまるでマネキンから着物を剥ぐようにして肌着まで脱がせた後、もとのようにうつ伏せに寝かせ、
「着膨れていたおかげで傷は浅いぜ」
鼻で笑った。
悔しい。
だがもう言い返す気力が無い。
傷を洗われる痛みにも、声も出ない。
ただ涙ばかりが流れて落ちた。
「おい!」
大きな声に目を開けると、眉間にシワを寄せて憮然とした顔が目の前に・・・。
「どうした。しっかりしろ!」
ああ。
・・・また怒ってる。
心配しているというよりは恫喝に近い。
この世の見納めがこの顔なのかよ。
「そんなの嫌だー・・・」
「おい!何言ってるんだ」
ぼうっとした意識の中、耳元で名前を呼ばれた気がしたが、なぜだか猛烈に眠くて目が開かない。
ちきしょう・・・。
十六歳女子にしちゃハードな朝じゃんか・・。
なんだろう、やたら息が切れる。
苦しい。
「水・・」
言ったか言わぬうちに何も判らなくなった・・・。
いろんな夢を見た。
誰かとケンカする夢。
誰かに追いかけられる夢。
誰かを・・・かばう夢。
苦しい夢。
痛い夢。
叫ぶ夢。
焦る夢。
目を開けると、幸が居た。
「気がついた?」
いつもと同じアルト。
いつもと同じ微笑み。
微笑み返そうとして、自分の息が荒いことに気付く。
暑い。
汗をかいている。
熱が高いのだ。
心臓がバクバク言ってるのが鬱陶しい。
喉が渇いていた。
言わずとも、幸が水を飲ませてくれた。
冷たくておいしい。
「・・・甘露甘露・・・。」
かすれたけど、なんとか声が出た。
幸が笑った。
目に沁みた。
「なに笑かしてんの、こんなに熱が高いのに。余計なこと考えないでもう少し眠って・・」
行灯のオレンジ色の灯りで、視界の端が滲んでいる。
目を閉じると、またすぐ、混沌とした夢の中に引きずり込まれた。
シュッ、シュッとリズミカルな音がして目が覚めた。
天井板の木目がよく見える。
明るい。
昼間だ。
どれくらいの間、眠っていたのだろう。
足の傷がジンジン痛む。
腕と肩も。
背中は痛まない。
仰向けに寝てるし・・・。
でもすっごい消耗はしてる感じだ。
体が寝床に張り付いているみたいに身動きできない。
シュッ、シュッと、あれは何の音だろう?
音の方に首を回すと、額に乗っていた濡れ手拭がこぼれ落ちてしまった。
「・・・あ」
小さく叫ぶと、音が止まった。
「ごめん。起こした?」
幸だ。
襷掛けをして雑巾を手にしている。
「掃除しとこうと思ってさ」
そうか。あれは畳を拭く音だった。
「茶の間と台所は昨日のうちになんとか片付けたんだけど、ここも結構汚れてたから・・・」
彼女は笑顔で枕元に寄ってきて、ピンと来ていない私に、雑巾を広げて見せる。
・・・まっくろ。
そうか。火鉢を蹴飛ばしたんだった。
茶の間との境の襖は閉めていたけど、欄間が開いているもんね。灰神楽が上がればひとたまりも無い。
「・・・そっちの部屋はすごかったでしょ?」
台所も。
灰だらけの・・・血だらけだったかも。
「まぁね。結構・・・修羅場だったな」
笑顔がすぐに真顔になった。
それから気を取り直したように再び笑顔を取り戻し、
「がんばったね」
ご褒美の言葉だった。
嬉しい。
「熱も下がってきたし・・・」
手拭を絞りなおして額に乗せてくれる。
その目が赤いのに気付いた。
「ごめんね。心配したでしょ」
ずっと付いていてくれたんだろう。
あまり寝てないに違いない。
だが思いがけず、明るい返事が返ってきた。
「ぜんっぜん。心配なんてしてなかったよ」
「?」
「あんたってば熱出しながら猛烈に怒ってて。うわ言で悪態つきまくり!パワー全開なんだもん。これじゃ死ぬわけ無いなぁって」
声を出して笑い出した。
ひゃー!なんだそれー。
「楽しませてもらっちゃった。私も山崎さんも」
「山崎さんも?」
私の傷の手当ては山崎さんがしたのだと言う。
医者は呼ばなかった。というより呼べなかったようだ。
ここは特殊な場所だからめったな人は呼べないし、それに、
「町医者呼んで生半可な手当てするぐらいなら、素人で充分だと思って私が断ったんだ」
雑巾と手桶を片付けに、彼女は立ち上がりながら、
「それに、山崎さんも副長も、刀傷に関しては玄人でしょ?あんたの足の傷を縫ったのも山崎さんだからね」
私の足、縫われてるのか・・・。
「腕の傷は縫うほどじゃなかったし。後から袈裟に斬りつけられて・・、でもきっと逃げ方が上手かったんだろね、背中の傷は浅かったんだけど、切っ先が左のふくらはぎに入っちゃったみたいで・・・。そこが一番深手だった。お気に入りのきれいな脚に傷がついて、山崎さんはショックだったみたいよー」
お気に入り・・・って・・・?
幸はクスクスと妙な笑いをして、襖と障子を開け放つ。
日差しが顔にかかった。
「ごめん、ちょっと開けておくね。二日間ずっと閉めっきりだったから・・・」
二日間・・・って・・、
「私、どれくらい寝てたの?」
「丸二日。今日は三日目の・・・もうお昼だね」
縁側から庭に下りて行き、井戸端で雑巾をすすぐ音がしている。
そんなに寝てたのか。
だから体がバリバリなんだ。
「のど渇いてない?」
・・・自分だけ釣瓶から直に水を飲んでから聞いて来るんだな。
「お腹すいた」
丸二日寝ていたと聞いたとたんにお腹が鳴ってるし。
幸の笑い声が庭から近づいてくる。
「言うと思った」
つーか、襲われた時、朝ごはん食べ損ねたし。もう三日もご飯食べてないんじゃん私ってば。
「待ってて。いいのがあるんだ」
台所から再び幸の笑い声。
どうしたんだと思ったら、
「そういえばあんたって凄いよねー」
と言う。
「へっついぶっ壊したの、自分で判ってる?」
あ?
「これってさー、蹴飛ばした?なんかで叩いた?」
・・・(汗)。
「・・・蹴飛ばした・・」
ぎゃはは!と可笑しそうに笑っているのが聞こえる。
「どんな感じに壊れてんの?」
「焚口が一個、バッカリ縦にヒビが入ってるんだけどぉ・・・」
ひゃー。私、暴れまくったからなぁ。
どうしよう。
「でも大丈夫だよ。隙間から多少火が漏れるけど、気をつけて使えば・・・。あとで直してもらお」
ジャージャーと何かを炒める音がして、醤油の焼ける旨そうな匂いが・・・。
唾液も胃液も準備万端だっていうのに、出てきたのはレバー炒め。
「ぎゃー!私レバー嫌い!」
「だーめ。貧血にはレバーが一番なんだから」
逃げようにも体を起こすのがやっと。
半べそかきながら、一切れ口に入れるが・・・・、
「げーっ・・・」
「こ、こら!吐き出しちゃだめだってば。薬だと思って食べなきゃだめだよ」
まくし立てられて、鼻をつまんでお茶と一緒に三切れ程をやっと喉に流し込む。
滝涙。
「そーそー、泣きながらでも食べてちょうだいね」
と、幸が気を許して台所に戻って行くのを確かめてから、匂いに釣られて膝元に寄って来ていたフクチョーに、
「お前、食べちゃいな」
「こらー!」
すかさず声が飛んできた。
「せっかく副長に頼んで手に入れた鳥レバーだったのに」
言いながらも、横でフクチョーが皿を舐めているのを咎めるでもなく、今度は湯気のたった玉子焼きを持ってきた。
これは甘くてご馳走だった。
「副長に頼んだ・・・って、山崎さんじゃなく?」
「まあ山崎さんが手配してくれたんだろうけど、頼んだのは副長にだよ。お医者のことも相談したし。治療のこともね」
「治療って?」
「まだ自分の傷、見てないんだもんね。あとで包帯取り替えるとき見るといいよ。傷薬の膏薬貼ってないから」
幸の言うには、膏薬として使う油薬、原料が信用置けないと言う。
「動物の脂だっていうじゃん。公衆衛生もへったくれも無い時代だからさー、怖いでしょ?そんなわけのわからないの塗ったくられるのって。だから消毒するだけにしたの。もしそれで傷の治りが遅かったら私のせいだ。申し訳ないけど」
ふーん。
「別にいいよ。私もそんなキモイもの傷に塗られるの嫌だし。それよりさ・・・」
「うん?」
空いたお皿を脇に置いて、再び横になるのを介添えしてくれる。
「さっき言ってたじゃん。ほら、怒りまくりの悪態つきまくり・・・」
気になっていた。
なんかヤバいこと言ったかもしれない。
幸がくすくすと思い出し笑いをするのが、余計ヤバそう。
「そうそう!最初の日なんか夜までに十五、六回『ちくしょー!』って言った!」
え・・・っ!?
「ちくしょー!くそー!ばかやろー!・・だな」
くっくっくっと腹を抱えて笑っている。
「いや、使用頻度で言うとばかやろー、ちくしょー、くそーの順かも。てめー遅いー!とかも言ってたな。てめー、このやろ、うるせー!とか。いっぺん殴らせろー!って言った時には笑ったけど」
ええーっ!
「ちょ、ちょと待てちょっと待って。そ、それってあの、あんたの他には誰も居なかったんでしょうね?」
「やだ。あんた覚えてないの?」
「そんなの記憶に無いったら・・・」
またぎゃははは・・・って笑う。
「そんなの、山崎さんが居た時も、副長が来た時にも、ぶりぶり怒ってたよ。大体、てめー遅い!って言ったのはちょうど副長が顔出した時だもん」
しょえー!!!!
「吹き出したいのを堪えるので死にそうだったしっ!」
笑い転げてる・・・。
うそだろ・・・。
「でも、結構可愛いことも言ってたけどね」
イタズラっぽく笑う。
「え?なに?可愛いことって」
「うふふ。教えなーい」
無情に台所に立って行った。
なんだろ?気になるぅ~。
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