もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
悪さを見つかった子供みたいに、伏せた瞼に不安の色を辛うじて隠して。
からかったのを真に受けたのが可笑しくて可愛かった。
ようやく、私の知ってる藤堂さんの姿がそこに現れたような気がして、嬉しくなっちゃって。
「そうねー、まあ仕方ないわね。藤堂さん、大変だったもん。災難だったよね。おとなしく横になってるなら許してあげるから。休んで元気になって、怪我が治ったら改めて仇を取れば良いんだよ」
ね?と穏やかに笑えたのに、
「おい!お前その仇が誰だか判ってるんだろうな!」
まだ居たか!(爆)。
いちいち聞き耳立てて、煩いオヤジ!
病人が寝てるのにデカイ声出すなよなー!
「判ってるよ、お前だろ?」と言いたいのを我慢したら、その代わりに舌が出た。
藤堂さんの視線を感じ、首をすくめて見せる。
すると彼は、荒い息に布団を上下させながら、
「小夜ちゃん・・・お前、あんなヤツの手掛けで嫌にならないか?殺して構わないと言われたんだぜ?」
・・・え?何?
・・・なんだそれ?
なんだ?その質問。
そんなこと、・・・全然気に留めて無かった。
不意を突かれて咄嗟に本気で考えたよ。
「んー・・?たぶん・・・藤堂さんが私を殺すなんて事は絶対無いと思ってぇー・・」
たぶんそういうことなんだと思う。
余裕こいてただけだ。
「それで恐ろしくなかったと言うなら判る。・・・だが、殺して構わんと旦那に言われて腹が立たんのは・・・また別の話だろ?」
えー?
そうか?そうなのか?
・・・言われてみればそうだな。
「別にー・・・。腹が立たなかったのは確かだけど・・・」
と頭の中で考えたまま口に出してしまってから、後が続かなかった。
何の考えも浮かばなかったんだもの。
溜息が聞こえた。
苦笑したようにも。
ないがしろにされたって事だもの、腹が立つのが普通なのかもしれない。
なんで腹立たなかったんだろ、私?
うーむ。
・・・判らねぇ(--;
ていうか、・・・考えるの面倒くさ。
「とりあえずこの事は隠し通す。そのつもりで居てくれ。それから・・」
家にあった頓服の熱さましを病人に飲ませて、タライの水を替えに納戸から出ると、縁側で土方さんが履物をつっかけながら斎藤さんへ申し送りをして居るところだった。
「お前にはすまんが、もう二、三日がとこ、ここに居てもらいたい。何しろこの有様だ。しかもここへはやたらめったら人手を回せん。事情を知らぬ者ではな」
と、後に続こうと刀を腰にしながら縁側に立った斎藤さんを留めている。
長嘆息をするその後に、幸が風呂を焚きつけて居るのが見えた。
そうだった。
にわかな人質騒ぎのおかげで、お風呂を沸かそうとしてたのも(最初に焼べた薪はもう燃え尽きてる)、ご飯を炊くのも忘れてた。
道理で・・・腹減った~。
そう思ったとたんにお腹が鳴って、辺りに聞こえやしないかと冷汗が出た(爆)。
「まあ、お前ももうしばらくは人前に顔を出さん方が良かろうし・・」
と、土方さんの話は続いた(お腹鳴ったのは聞こえてないみたいv)。
こちらに背中を向けた斎藤さんの表情は見えなかったが、一度腰にしかけた刀を、再び手に持ち直す様子で納得したのだと判る。
それから一言、余計なオマケが続いた。
「こいつ等のお守は骨が折れるだろうが、まあ、頼む」
・・・あ?
何だそれ?
複数形は誰と誰?
と、風呂を焚きつけていた幸に向けて顔をしかめたのを、しっかり見られた。
機嫌良さげだった表情が一瞬にしてしかつめらしくなる。
「後で髪結いを来させるからありがたく思え。それから、斎藤には俺の着替えを使わせろ」
へぇー、珍しいな。
この人が自分のものを他人に貸すなんて。
「りょうかい~」
けっ!と私には鼻を鳴らし、それから再び斎藤さんに向けて、
「酒も持って来させるか。夕べは飲み足りなかったろうからな」
意味深にニヤリと笑って見せた。
部下が居心地悪くしているのを満足げに眺めながら、
「さて。これから屯所に戻ってこの不始末を近藤さんに説明せねばならねぇが。・・・どう話したもんか。全く頭の痛ぇ」
言うほど深刻そうな顔でもなかった。
深読みすれば、このややこしい事態を楽しんででも居るような風情で。
身を翻し、手にした大刀を帯に挟みながら歩き出しかけたその背中に斎藤さんが、
「お待ち下さい・・・」
引き止めた割にはその先を言い澱む。
その間を惜しむように先回りして、土方さんが答えた。
「ああ、三浦さんの所へなら既に礼状が行ったはずだ。仔細まで知らせるわけには行かんが、とりあえずお前が直に出向くことは無い。心配するな」
返答の意味までは私には判らなかったが、その声は今日一番に穏やかなもので、ちょっとおやっと思ったぐらい。
斎藤さんは恐縮して礼を言い、それから意を決したように、
「平助の始末は・・どのように?」
引き止めた理由はたぶんこっちを訊きたかったのだ、とは、土方さんも気付いたろう。
でも、それを聞いてフンと鼻で笑ったのも、いつもと違ってそう嫌な感じではなかった。
「藤堂は・・いや、南部與七郎は死んだ。そういうことになっちまったんだから仕方無ぇ。納戸に寝ている野郎の始末はお前に任せる」
「私に?」
こちらに背中を向けている斎藤さんが息を飲んだのは、次の言葉がなかなか出ないので判った。
「そうだ。不満か?」
まるで相手の反応を楽しむように、小首を傾げて微笑む風情が・・・絵になり過ぎて厭味なくらいだ。
白い額に後れ毛が揺れて、目元の涼やかさが際立つ。
まったく、絵に描いたような二枚目だとは思ったさ(無駄にな<辟易)。
「私が平助と手を組んで寝返るとは考えないので?」
斎藤さんにしてはストレートな質問だったと思う。
風呂場の脇にしゃがみこんで火吹き竹を使っていた幸が、おずおずとこちらに視線を向けたくらい。
が、
「そん時ゃそん時だろ?」
と、土方さんの反応はあっさりしたもの。
まるで相手の話を本気にしてない風。
なので、思わず確認したのだろう、
「敵をみすみす逃がすと?」
すると、ストレート過ぎる質問が可笑しかったと見え、
「んなことァ言ってねぇな。もっとも、御陵衛士の残党を潰す機会をわざわざ作ってくれようってんなら、こっちは仕事が速ぇがな」
判り易く拗ねてみせた。
照れたんだ、と幸が後から言ってた。
照れたのを憎まれ口で誤魔化したんだ、と。
「まあそういうことだ」
ふふんと鼻で笑って身を翻す。
傍らに立ち上がり、ぺこりと頭を下げた幸に一瞥をくれて、木戸の向こうに消えて行った。
「なーに?アレ。気っ障!意地悪!感じ悪っ!」
邪魔者が居なくなったので、縁側から井戸端へタライの水を汲み替えに降りる。
「いや、・・・そうでもないさ」
見送る斎藤さんの表情は、何か遠くを見つめるような、微妙に思い詰めた感じ。
アレの何処がそうでもないのかは教えてくれない。
幸が不安そうにこちらを見ていた。
ようやく静かになって朝飯にありつき、風呂の順番待ちをする頃には、お互い何も言わないまでも、三人三様、猛烈な眠気と戦い始めていた。
最初に風呂から上がった斎藤さんは、陽のあたって来た縁側で幸に髪を結わせて居る。
夕べから着たきりだった紋付袴を衣桁に掛け、土方さんの・・・若干裄の短い蓬茶色のお召を着て(笑)。
土方さんより背も高いし腕も脚も長いんだ。
チャコールグレイの細縞の袴も、彼にはちょっと短いのかもしれない。
腰紐の納まり具合と丈との調節に時間食ってたっけ(笑)。
正座をして懐手をし、ずっと目を閉じているけど、あれはたぶん寝てるんだな(爆)。
その後に立って襷掛けも勇ましく(笑)月代に剃刀を当てる幸は、普段とはまた違った緊張感に頬が強張っていて。
それが可笑しくて、笑いを堪えながら私は風呂を使うところ。
髪結いを呼んでくれると言ってたからな。
三つ編みの跡がついた髪、伸ばしておかないと叱られるんだよね。
斎藤さんってお風呂は熱いのが好きみたい。
結構長風呂使ってたはずなのに、その後焚き直しナシでも良い湯だったよ。
湯船で何度か溺れかけて(居眠りしたんですぅー)咳き込みながら上がって来たちょうどその時だ。
オーダー通りの金創医が現れた。
井戸端で、幸は夕べ自分が身に付けていた防具の汚れを落としていた。
髪を結い終えた斎藤さんは、座敷に敷いておいた布団をざっくり片寄せて、開いたスペースで暇潰しに刀の手入れでもしようとでも思ったのか、刀箪笥から道具を出し始めたところだった。
そこへ、四角い風呂敷包みを下げてやって来たのは、
「失礼仕ります。遅なりまして・・」
「山崎さん!」
その時はまだ、私は彼の来意も判ってなかったのだが、思わず顔が笑って来ちゃうのは・・・もう条件反射なのっ!
「小夜はん。あんじょうやってはりましたかナ。・・幸はんも」
羽織袴の山崎さんは、こちらの勢いをにっこり往なしながらも目配りは素早かった。
座敷の斎藤さんを見やって多少堅苦しく、つまりはお武家風に、会釈をした。
風呂敷包みを注意深く縁側に置いてから、大刀を外して上がって行く。
「しばらくです。この度のお勤めは大儀にござりましたな」
にこやかだ。
その様子からして、彼は斎藤さんの役割の何たるかを熟知しているように見えた。
「いや・・」
斎藤さんが曖昧に頷いたところまでは見てた。
「小夜、お湯沸かさないと・・・」
と幸に促がされて目を離した。
血汚れを落とした籠手を洗い桶から引き上げ水を切りながら、顎で縁側に置かれた荷物を指している。
籠手を掴んだ両手が赤いのは、水の冷たさのせい・・・だよね(汗)。
彼女に言われて初めて、山崎さんは藤堂さんの治療に来たのだと合点した。
我ながら鈍くはあるけれど、でもよくもまあこんな事態に適役が揃って居るよなと、半ば辟易したっけ。
意外だったのは、山崎さんが負傷者の正体を知らなかったことだ。
庭に入ってきてすぐ我々三人を素早く見回したわけが家の中の状況を把握するためだとは、その時判った。
「怪我人は・・・?」
自ら目線で納戸を指すのを促がして、斎藤さんが戸を開ける。
中に入り、寝入っている人物を見て、さすがの山崎さんも息を飲んだ様子だった。
・・・とは、彼の後に続いて風呂敷包みの医療道具を持って入った幸の弁。
それでも一瞬にして、この込み入った状況を理解し、それ以後は毛ほどの動揺も見せなかったと。
それどころか、何も訊ねもしなかったと。
さすがに副長の選んだ医者だと、幸は満足げだった。
タライに湯を張って後から納戸に入った頃には、もう傷口の縫合作業が始まっていた。
うつ伏せにされた藤堂さんが低く呻いてるのが・・・痛そう!
「小夜、消毒液。ガーゼ浸したヤツ」
見るのが嫌で、納戸の戸口で顔を背けていた私に気を利かしたのか、幸が指示してくる。
「了解」
藤堂さんは熱で動く気力も無かったのか、それとも万事を諦めたのか、傷の治療に際して抵抗するようなことは無かったようだ。
治療する側もされる側も、無言で事は進み、それだけに薄暗い納戸の空気は重かったのに、
「へっくしっ!」
クシャミが出ちゃった。
洗い髪が冷たくなっちゃってさー。
「あんた、また髪洗ったのか!」
治療する山崎さんの作業を見守っていた斎藤さんが、納戸から聞き咎める。
この人結構心配性。
「だって寝癖付いてるとお夏さんに叱られるんだもん」
茶の間の長火鉢に当たりながら、肩にかけていた手拭で髪を拭き拭き言い訳したら、意外にも山崎さんの方が慌てちゃって、
「なんや、アイツここ来よんのかいな。こら早よせんとえらいこっちゃ」
独り言のようにそう言って納戸であたふたと店じまいをする気配。
「どうしたの?なんかまずいことでもある?あ!また放ったらかしにしてるんだ?」
と、もちろんツッコミ入れました(笑)。
「放たらかし、言いなはんな。こっちゃはお勤め大事の身ィや。仕方ありまへんがな」
ちょっとだけ憮然とした声音に、女の勘が働くんだな。
納戸の方を覗き見る。
「さてはまた喧嘩したぁ?」
「放っといてんか。小夜さんに心配されんでも間に合うとりますさかい」
やっぱり。
と、思った時だ、
「ごめんやすぅ。おまっとうさんどした」
と来たもんだ。
一瞬、家中の空気が固まったね(笑)。
「アレ、どなたさんか見得られてはるんちがいますやろか?」
木戸から縁側へ到達する二秒間に(笑)、踏み石に並ぶ履物の数を数えてそう言った。
遠慮して引き返そうかという勢い。
「ううん、誰も。みんな身内だから大丈夫。上がって」
ここで山崎さんが居ると言ってしまわないところが存外人が悪い、と後から本人にボヤかれた(笑)。
「へえ、そうどすか。そんなら寄さしてもらいますぅ」
肩に掛けた襟巻きを外し、髪結い道具を脇に置いて上がってくる。
普段ウチには無い、脂粉の香りがふんわり香る。
私と目が合い、眉の無い眉間に皺が寄った。
「イヤ、あんさんはホンマにもう・・。ヤやわぁ、また御髪下さはって。ウチの手間いうもんも考えとくれやす。ホンマに手ぇのかかるお姫さんやこと」
と、言うか言わぬかのうちに、納戸から出てきた人と目が合ったらしい。
「あんさん・・・!何したはりますの?」
マジ驚いてた。
正座が崩れて横座りになったのが時代劇みたいだった(笑)。
言われた本人はバツの悪いのを不機嫌に隠して強気の発言。
「何て・・・、これもお勤めのうちや。文句があるかい」
「文句て・・」
でも、そこはお夏さん、キャリア(何)が違う。
やたら縞の胸を押さえながら居住いを正し、素早く体勢を立て直した。
「しばらく顔見んうちに随分偉なりましたなぁ。御無事で宜しおしたわ。ウチはまた大概どこぞで野良犬の餌にでもならはったン違うやろかと・・・」
うわ、キッツー!
お夏さん反撃開始!
・・・の、はずだったが、
「これ!斎藤センセが居てるのやないか。黙らんかい」
山崎さんの強気の理由はそれでした(爆)。
お夏さんはやり場の無くなった鬱憤を一度飲み込み、納戸の奥(の斎藤さん)に向けて愛想笑いを投げかけてから、改めて明後日の方を向いてしかめ面をして見せた。
「山崎さんてさー、意外と亭主関白?それとも見栄っ張りなだけ?」
気持ちは判らなくは無いけれど、女の人に態度デカイのはちょっとヤダなと思ったのだ。
山崎さん、優しいと思ってたのになー。
「見栄っ張りてアンタ・・・」
心外だったらしい。
慌てて言い訳しようとした。
そこへ、使い終えたタライやら手拭やらを持って納戸から幸が姿を現し、
「気にしない気にしない。痴話喧嘩痴話喧嘩」
そのまま山崎さんとお夏さんの間を横切って(わざとか?笑)、井戸端に降りて行く。
それがあまりに飄々としているのが可笑しくって。
ポカンと口を開けて見送る二人も可笑しくて、笑っちゃった。
「あんた等はほんま、お口のエライ・・・」
と、山崎さんが溜息をつく。
「口が偉いってさー」
と私。
褒められたかと思ったのに、
「口が悪いって意味だよ」
と幸が肩をすくめた。
「やっぱりどちらさんか居てはるんどっしゃろ?」
斎藤さんが後ろ手に閉めた納戸の戸を眺めやりつつ、お夏さんが訊ねた。
「いや」
と、間髪居れずに山崎さんが否定する。
怪訝に思い、見ると、目を閉じてかすかに首を振ってみせる。
言うな、ってことか。
それを当のお夏さんも見てたんだけどね(^^;
でも、彼女もさすがに心得たもので、それ以上訊こうともしなかったっけ。
ま、どうせ今夜にでも寝物語に聞かせるんでしょうから(口がエラくてすんません・笑)。
「斎藤センセ、こちらにお居やしたんどすなぁ。御無事で宜しおしたな」
藤堂さんの手当を終えた山崎さんが薬を置いて立ち去った後、小半時もかけて私の髪を結ってくれたお夏さんが言った言葉。
会うのは久しぶりの様子だったけれど、それ以上に何かホッとしたような気遣いが在ったように思えたのは、・・・私の深読みだろうか。
座敷では、九枚笹の紋付の架かった衣桁の向こうで、斎藤さんが仮眠を取ってた。
幸は結局風呂も使わずに、沖田さんの療養している醒ヶ井の近藤先生の休息所に戻って行った。
少し寝て行けと言ったのに。
彼女だって夕べは寝てないはずなのに。
座敷には、衝立代わりの衣桁を挟んでもう一組、布団を敷いたのに。
つまり我が家のありったけ。
無理しないで寝てきゃあいいのに。
とはいえ、斎藤さんもやっと寝かせたんだけど。
本当はこれからが危ないんだって。
伊東さんの仲間(御陵衛士というらしい)が体勢を立て直して仕返しに来るかもしれないから。
そう言ってずっと起きてる気で居たのを、貴方に倒れられたらもっと困るから、と言って寝かせたんだ。
無理矢理寝かした割には、寝つきは良かったな。
疲れてんだよ、やっぱりさ。
でも、静かになってフクチョーを膝に抱えて、そいでもって話し相手も居ないとさー・・・・眠い(--)。
超絶眠い。
このまま長火鉢の縁に突っ伏して寝てしまいたい。
空いてる寝床に横になったら瞬殺だ(爆)。
しかし。
私にはやることがあった。
藤堂さんの熱が下がるまで、時々様子を見に行かないと。
・・・ということの他に、だ。
先程、髪を結ってもらっている時に思いついた。
斎藤さんが幸に月代を当たらせていたのを思い出して、その手が有ったかと。
膝上の猫を鳴かさないよう、そっと畳に下ろして立ち上がる。
斎藤さんの寝息を伺いながら足音を立てないように、部屋の隅に置いてある鏡台の引き出しから・・・剃刀を持ち出した。
眉剃り用の小さな剃刀。
先程、幸が使っていたものだ。
彼女のことだから、ちゃんと研ぎ直して引き出しに戻している。
懐紙に挟んで懐に入れ、納戸に向う。
緊張しながらそっと戸を開けると、血の臭いと薬品のニオイと炭火の匂いがごっちゃになって流れ出る。
藤堂さんは熱に浮かされてふうふうと寝息を立てながらもぐっすり寝入って居た。
物音が漏れるとヤバいので戸口は元のように閉めたいのだが、生憎全部閉めると暗くて何も出来ない。
一寸ばかり開けておく。
ぬるくなっていた手拭を、枕元に置いてあるタライの水で絞り直して額に置いても、病人はピクリとも反応しない。
ほとんど意識不明ってヤツ。
でもそれは、こちらにとっては好都合というもの。
側に置いた火鉢の炭が灰がちになっていたので、炭を継ぎながらしばし様子を窺う。
それでも、寝息の他は音も無い。
納戸も、それから座敷にも。
やるなら今だ、と思った。
懐から剃刀を取り出す。
鋼の柄からそのまま研ぎ出されたような剃刀の刃は、見るからに切れそうで持っているのも怖いくらい。
藤堂さんは確かに気の毒だと思う。
志半ばに師と仰ぐ人が暗殺されて、仲間も謀殺され、しかも殺したいほど憎らしいその仇は昔の仲間で。
更にその仇に不本意にも助けられ、軟禁され、後を追って切腹も叶わず・・・。
もっと大人だったら都合良く説明できるかもしれない。
自分自身に。
でも、こんなに短い時間にあれよあれよとこんな状況に追い込まれて、何がなんだか判らないよね。
きっと理解できないよ。
その上自分の存在までをも否定されて・・・。
あれはキツかったな。
ホント、可哀想だった。
あの人(土方さん)は藤堂さんの切腹の必要性を否定してくれたつもりなのかもしれないけど(いや、わざとという可能性も否定できないけど)、あの言い方は・・・誤解を招くわ。
死にたくなる気持ちも、判らないではない。
でも・・・。
手にした剃刀で、寝ている藤堂さんの首筋に・・・かかる髪を切る。
切腹なんてさせないよ~だ。
どんな理由が在ろうと死なせるもんですか。
せっかく生き延びたのに、そんなの勿体無いじゃない。
元結が解けてしまっていて、一息にというわけには行かなかった。
ちょっとずつしか切れなくて時間がかかったけど、・・・なんだか楽しい作業ではあったな。
だって、こんな豪快なイタズラ(笑)、めったに出来やしない。
思わず夢中になる。
枕の下になっている部分を除いて、切れるところはみな、できるだけ短く切った。
枕の周りに散らばった長い髪をざっと集めて、ひと結びにまとめて作業終了だ。
残りは藤堂さんが起き上がれるようになってから、血に汚れた布団を取り替える時にでも掃除すりゃいい。
計画通りにやりおおせてほっと溜息をつきながら、剃刀を元の通りに懐に収め、急いで納戸を出ようとしたら、
「あんた、いったい何やってんだ・・!」
からかったのを真に受けたのが可笑しくて可愛かった。
ようやく、私の知ってる藤堂さんの姿がそこに現れたような気がして、嬉しくなっちゃって。
「そうねー、まあ仕方ないわね。藤堂さん、大変だったもん。災難だったよね。おとなしく横になってるなら許してあげるから。休んで元気になって、怪我が治ったら改めて仇を取れば良いんだよ」
ね?と穏やかに笑えたのに、
「おい!お前その仇が誰だか判ってるんだろうな!」
まだ居たか!(爆)。
いちいち聞き耳立てて、煩いオヤジ!
病人が寝てるのにデカイ声出すなよなー!
「判ってるよ、お前だろ?」と言いたいのを我慢したら、その代わりに舌が出た。
藤堂さんの視線を感じ、首をすくめて見せる。
すると彼は、荒い息に布団を上下させながら、
「小夜ちゃん・・・お前、あんなヤツの手掛けで嫌にならないか?殺して構わないと言われたんだぜ?」
・・・え?何?
・・・なんだそれ?
なんだ?その質問。
そんなこと、・・・全然気に留めて無かった。
不意を突かれて咄嗟に本気で考えたよ。
「んー・・?たぶん・・・藤堂さんが私を殺すなんて事は絶対無いと思ってぇー・・」
たぶんそういうことなんだと思う。
余裕こいてただけだ。
「それで恐ろしくなかったと言うなら判る。・・・だが、殺して構わんと旦那に言われて腹が立たんのは・・・また別の話だろ?」
えー?
そうか?そうなのか?
・・・言われてみればそうだな。
「別にー・・・。腹が立たなかったのは確かだけど・・・」
と頭の中で考えたまま口に出してしまってから、後が続かなかった。
何の考えも浮かばなかったんだもの。
溜息が聞こえた。
苦笑したようにも。
ないがしろにされたって事だもの、腹が立つのが普通なのかもしれない。
なんで腹立たなかったんだろ、私?
うーむ。
・・・判らねぇ(--;
ていうか、・・・考えるの面倒くさ。
「とりあえずこの事は隠し通す。そのつもりで居てくれ。それから・・」
家にあった頓服の熱さましを病人に飲ませて、タライの水を替えに納戸から出ると、縁側で土方さんが履物をつっかけながら斎藤さんへ申し送りをして居るところだった。
「お前にはすまんが、もう二、三日がとこ、ここに居てもらいたい。何しろこの有様だ。しかもここへはやたらめったら人手を回せん。事情を知らぬ者ではな」
と、後に続こうと刀を腰にしながら縁側に立った斎藤さんを留めている。
長嘆息をするその後に、幸が風呂を焚きつけて居るのが見えた。
そうだった。
にわかな人質騒ぎのおかげで、お風呂を沸かそうとしてたのも(最初に焼べた薪はもう燃え尽きてる)、ご飯を炊くのも忘れてた。
道理で・・・腹減った~。
そう思ったとたんにお腹が鳴って、辺りに聞こえやしないかと冷汗が出た(爆)。
「まあ、お前ももうしばらくは人前に顔を出さん方が良かろうし・・」
と、土方さんの話は続いた(お腹鳴ったのは聞こえてないみたいv)。
こちらに背中を向けた斎藤さんの表情は見えなかったが、一度腰にしかけた刀を、再び手に持ち直す様子で納得したのだと判る。
それから一言、余計なオマケが続いた。
「こいつ等のお守は骨が折れるだろうが、まあ、頼む」
・・・あ?
何だそれ?
複数形は誰と誰?
と、風呂を焚きつけていた幸に向けて顔をしかめたのを、しっかり見られた。
機嫌良さげだった表情が一瞬にしてしかつめらしくなる。
「後で髪結いを来させるからありがたく思え。それから、斎藤には俺の着替えを使わせろ」
へぇー、珍しいな。
この人が自分のものを他人に貸すなんて。
「りょうかい~」
けっ!と私には鼻を鳴らし、それから再び斎藤さんに向けて、
「酒も持って来させるか。夕べは飲み足りなかったろうからな」
意味深にニヤリと笑って見せた。
部下が居心地悪くしているのを満足げに眺めながら、
「さて。これから屯所に戻ってこの不始末を近藤さんに説明せねばならねぇが。・・・どう話したもんか。全く頭の痛ぇ」
言うほど深刻そうな顔でもなかった。
深読みすれば、このややこしい事態を楽しんででも居るような風情で。
身を翻し、手にした大刀を帯に挟みながら歩き出しかけたその背中に斎藤さんが、
「お待ち下さい・・・」
引き止めた割にはその先を言い澱む。
その間を惜しむように先回りして、土方さんが答えた。
「ああ、三浦さんの所へなら既に礼状が行ったはずだ。仔細まで知らせるわけには行かんが、とりあえずお前が直に出向くことは無い。心配するな」
返答の意味までは私には判らなかったが、その声は今日一番に穏やかなもので、ちょっとおやっと思ったぐらい。
斎藤さんは恐縮して礼を言い、それから意を決したように、
「平助の始末は・・どのように?」
引き止めた理由はたぶんこっちを訊きたかったのだ、とは、土方さんも気付いたろう。
でも、それを聞いてフンと鼻で笑ったのも、いつもと違ってそう嫌な感じではなかった。
「藤堂は・・いや、南部與七郎は死んだ。そういうことになっちまったんだから仕方無ぇ。納戸に寝ている野郎の始末はお前に任せる」
「私に?」
こちらに背中を向けている斎藤さんが息を飲んだのは、次の言葉がなかなか出ないので判った。
「そうだ。不満か?」
まるで相手の反応を楽しむように、小首を傾げて微笑む風情が・・・絵になり過ぎて厭味なくらいだ。
白い額に後れ毛が揺れて、目元の涼やかさが際立つ。
まったく、絵に描いたような二枚目だとは思ったさ(無駄にな<辟易)。
「私が平助と手を組んで寝返るとは考えないので?」
斎藤さんにしてはストレートな質問だったと思う。
風呂場の脇にしゃがみこんで火吹き竹を使っていた幸が、おずおずとこちらに視線を向けたくらい。
が、
「そん時ゃそん時だろ?」
と、土方さんの反応はあっさりしたもの。
まるで相手の話を本気にしてない風。
なので、思わず確認したのだろう、
「敵をみすみす逃がすと?」
すると、ストレート過ぎる質問が可笑しかったと見え、
「んなことァ言ってねぇな。もっとも、御陵衛士の残党を潰す機会をわざわざ作ってくれようってんなら、こっちは仕事が速ぇがな」
判り易く拗ねてみせた。
照れたんだ、と幸が後から言ってた。
照れたのを憎まれ口で誤魔化したんだ、と。
「まあそういうことだ」
ふふんと鼻で笑って身を翻す。
傍らに立ち上がり、ぺこりと頭を下げた幸に一瞥をくれて、木戸の向こうに消えて行った。
「なーに?アレ。気っ障!意地悪!感じ悪っ!」
邪魔者が居なくなったので、縁側から井戸端へタライの水を汲み替えに降りる。
「いや、・・・そうでもないさ」
見送る斎藤さんの表情は、何か遠くを見つめるような、微妙に思い詰めた感じ。
アレの何処がそうでもないのかは教えてくれない。
幸が不安そうにこちらを見ていた。
ようやく静かになって朝飯にありつき、風呂の順番待ちをする頃には、お互い何も言わないまでも、三人三様、猛烈な眠気と戦い始めていた。
最初に風呂から上がった斎藤さんは、陽のあたって来た縁側で幸に髪を結わせて居る。
夕べから着たきりだった紋付袴を衣桁に掛け、土方さんの・・・若干裄の短い蓬茶色のお召を着て(笑)。
土方さんより背も高いし腕も脚も長いんだ。
チャコールグレイの細縞の袴も、彼にはちょっと短いのかもしれない。
腰紐の納まり具合と丈との調節に時間食ってたっけ(笑)。
正座をして懐手をし、ずっと目を閉じているけど、あれはたぶん寝てるんだな(爆)。
その後に立って襷掛けも勇ましく(笑)月代に剃刀を当てる幸は、普段とはまた違った緊張感に頬が強張っていて。
それが可笑しくて、笑いを堪えながら私は風呂を使うところ。
髪結いを呼んでくれると言ってたからな。
三つ編みの跡がついた髪、伸ばしておかないと叱られるんだよね。
斎藤さんってお風呂は熱いのが好きみたい。
結構長風呂使ってたはずなのに、その後焚き直しナシでも良い湯だったよ。
湯船で何度か溺れかけて(居眠りしたんですぅー)咳き込みながら上がって来たちょうどその時だ。
オーダー通りの金創医が現れた。
井戸端で、幸は夕べ自分が身に付けていた防具の汚れを落としていた。
髪を結い終えた斎藤さんは、座敷に敷いておいた布団をざっくり片寄せて、開いたスペースで暇潰しに刀の手入れでもしようとでも思ったのか、刀箪笥から道具を出し始めたところだった。
そこへ、四角い風呂敷包みを下げてやって来たのは、
「失礼仕ります。遅なりまして・・」
「山崎さん!」
その時はまだ、私は彼の来意も判ってなかったのだが、思わず顔が笑って来ちゃうのは・・・もう条件反射なのっ!
「小夜はん。あんじょうやってはりましたかナ。・・幸はんも」
羽織袴の山崎さんは、こちらの勢いをにっこり往なしながらも目配りは素早かった。
座敷の斎藤さんを見やって多少堅苦しく、つまりはお武家風に、会釈をした。
風呂敷包みを注意深く縁側に置いてから、大刀を外して上がって行く。
「しばらくです。この度のお勤めは大儀にござりましたな」
にこやかだ。
その様子からして、彼は斎藤さんの役割の何たるかを熟知しているように見えた。
「いや・・」
斎藤さんが曖昧に頷いたところまでは見てた。
「小夜、お湯沸かさないと・・・」
と幸に促がされて目を離した。
血汚れを落とした籠手を洗い桶から引き上げ水を切りながら、顎で縁側に置かれた荷物を指している。
籠手を掴んだ両手が赤いのは、水の冷たさのせい・・・だよね(汗)。
彼女に言われて初めて、山崎さんは藤堂さんの治療に来たのだと合点した。
我ながら鈍くはあるけれど、でもよくもまあこんな事態に適役が揃って居るよなと、半ば辟易したっけ。
意外だったのは、山崎さんが負傷者の正体を知らなかったことだ。
庭に入ってきてすぐ我々三人を素早く見回したわけが家の中の状況を把握するためだとは、その時判った。
「怪我人は・・・?」
自ら目線で納戸を指すのを促がして、斎藤さんが戸を開ける。
中に入り、寝入っている人物を見て、さすがの山崎さんも息を飲んだ様子だった。
・・・とは、彼の後に続いて風呂敷包みの医療道具を持って入った幸の弁。
それでも一瞬にして、この込み入った状況を理解し、それ以後は毛ほどの動揺も見せなかったと。
それどころか、何も訊ねもしなかったと。
さすがに副長の選んだ医者だと、幸は満足げだった。
タライに湯を張って後から納戸に入った頃には、もう傷口の縫合作業が始まっていた。
うつ伏せにされた藤堂さんが低く呻いてるのが・・・痛そう!
「小夜、消毒液。ガーゼ浸したヤツ」
見るのが嫌で、納戸の戸口で顔を背けていた私に気を利かしたのか、幸が指示してくる。
「了解」
藤堂さんは熱で動く気力も無かったのか、それとも万事を諦めたのか、傷の治療に際して抵抗するようなことは無かったようだ。
治療する側もされる側も、無言で事は進み、それだけに薄暗い納戸の空気は重かったのに、
「へっくしっ!」
クシャミが出ちゃった。
洗い髪が冷たくなっちゃってさー。
「あんた、また髪洗ったのか!」
治療する山崎さんの作業を見守っていた斎藤さんが、納戸から聞き咎める。
この人結構心配性。
「だって寝癖付いてるとお夏さんに叱られるんだもん」
茶の間の長火鉢に当たりながら、肩にかけていた手拭で髪を拭き拭き言い訳したら、意外にも山崎さんの方が慌てちゃって、
「なんや、アイツここ来よんのかいな。こら早よせんとえらいこっちゃ」
独り言のようにそう言って納戸であたふたと店じまいをする気配。
「どうしたの?なんかまずいことでもある?あ!また放ったらかしにしてるんだ?」
と、もちろんツッコミ入れました(笑)。
「放たらかし、言いなはんな。こっちゃはお勤め大事の身ィや。仕方ありまへんがな」
ちょっとだけ憮然とした声音に、女の勘が働くんだな。
納戸の方を覗き見る。
「さてはまた喧嘩したぁ?」
「放っといてんか。小夜さんに心配されんでも間に合うとりますさかい」
やっぱり。
と、思った時だ、
「ごめんやすぅ。おまっとうさんどした」
と来たもんだ。
一瞬、家中の空気が固まったね(笑)。
「アレ、どなたさんか見得られてはるんちがいますやろか?」
木戸から縁側へ到達する二秒間に(笑)、踏み石に並ぶ履物の数を数えてそう言った。
遠慮して引き返そうかという勢い。
「ううん、誰も。みんな身内だから大丈夫。上がって」
ここで山崎さんが居ると言ってしまわないところが存外人が悪い、と後から本人にボヤかれた(笑)。
「へえ、そうどすか。そんなら寄さしてもらいますぅ」
肩に掛けた襟巻きを外し、髪結い道具を脇に置いて上がってくる。
普段ウチには無い、脂粉の香りがふんわり香る。
私と目が合い、眉の無い眉間に皺が寄った。
「イヤ、あんさんはホンマにもう・・。ヤやわぁ、また御髪下さはって。ウチの手間いうもんも考えとくれやす。ホンマに手ぇのかかるお姫さんやこと」
と、言うか言わぬかのうちに、納戸から出てきた人と目が合ったらしい。
「あんさん・・・!何したはりますの?」
マジ驚いてた。
正座が崩れて横座りになったのが時代劇みたいだった(笑)。
言われた本人はバツの悪いのを不機嫌に隠して強気の発言。
「何て・・・、これもお勤めのうちや。文句があるかい」
「文句て・・」
でも、そこはお夏さん、キャリア(何)が違う。
やたら縞の胸を押さえながら居住いを正し、素早く体勢を立て直した。
「しばらく顔見んうちに随分偉なりましたなぁ。御無事で宜しおしたわ。ウチはまた大概どこぞで野良犬の餌にでもならはったン違うやろかと・・・」
うわ、キッツー!
お夏さん反撃開始!
・・・の、はずだったが、
「これ!斎藤センセが居てるのやないか。黙らんかい」
山崎さんの強気の理由はそれでした(爆)。
お夏さんはやり場の無くなった鬱憤を一度飲み込み、納戸の奥(の斎藤さん)に向けて愛想笑いを投げかけてから、改めて明後日の方を向いてしかめ面をして見せた。
「山崎さんてさー、意外と亭主関白?それとも見栄っ張りなだけ?」
気持ちは判らなくは無いけれど、女の人に態度デカイのはちょっとヤダなと思ったのだ。
山崎さん、優しいと思ってたのになー。
「見栄っ張りてアンタ・・・」
心外だったらしい。
慌てて言い訳しようとした。
そこへ、使い終えたタライやら手拭やらを持って納戸から幸が姿を現し、
「気にしない気にしない。痴話喧嘩痴話喧嘩」
そのまま山崎さんとお夏さんの間を横切って(わざとか?笑)、井戸端に降りて行く。
それがあまりに飄々としているのが可笑しくって。
ポカンと口を開けて見送る二人も可笑しくて、笑っちゃった。
「あんた等はほんま、お口のエライ・・・」
と、山崎さんが溜息をつく。
「口が偉いってさー」
と私。
褒められたかと思ったのに、
「口が悪いって意味だよ」
と幸が肩をすくめた。
「やっぱりどちらさんか居てはるんどっしゃろ?」
斎藤さんが後ろ手に閉めた納戸の戸を眺めやりつつ、お夏さんが訊ねた。
「いや」
と、間髪居れずに山崎さんが否定する。
怪訝に思い、見ると、目を閉じてかすかに首を振ってみせる。
言うな、ってことか。
それを当のお夏さんも見てたんだけどね(^^;
でも、彼女もさすがに心得たもので、それ以上訊こうともしなかったっけ。
ま、どうせ今夜にでも寝物語に聞かせるんでしょうから(口がエラくてすんません・笑)。
「斎藤センセ、こちらにお居やしたんどすなぁ。御無事で宜しおしたな」
藤堂さんの手当を終えた山崎さんが薬を置いて立ち去った後、小半時もかけて私の髪を結ってくれたお夏さんが言った言葉。
会うのは久しぶりの様子だったけれど、それ以上に何かホッとしたような気遣いが在ったように思えたのは、・・・私の深読みだろうか。
座敷では、九枚笹の紋付の架かった衣桁の向こうで、斎藤さんが仮眠を取ってた。
幸は結局風呂も使わずに、沖田さんの療養している醒ヶ井の近藤先生の休息所に戻って行った。
少し寝て行けと言ったのに。
彼女だって夕べは寝てないはずなのに。
座敷には、衝立代わりの衣桁を挟んでもう一組、布団を敷いたのに。
つまり我が家のありったけ。
無理しないで寝てきゃあいいのに。
とはいえ、斎藤さんもやっと寝かせたんだけど。
本当はこれからが危ないんだって。
伊東さんの仲間(御陵衛士というらしい)が体勢を立て直して仕返しに来るかもしれないから。
そう言ってずっと起きてる気で居たのを、貴方に倒れられたらもっと困るから、と言って寝かせたんだ。
無理矢理寝かした割には、寝つきは良かったな。
疲れてんだよ、やっぱりさ。
でも、静かになってフクチョーを膝に抱えて、そいでもって話し相手も居ないとさー・・・・眠い(--)。
超絶眠い。
このまま長火鉢の縁に突っ伏して寝てしまいたい。
空いてる寝床に横になったら瞬殺だ(爆)。
しかし。
私にはやることがあった。
藤堂さんの熱が下がるまで、時々様子を見に行かないと。
・・・ということの他に、だ。
先程、髪を結ってもらっている時に思いついた。
斎藤さんが幸に月代を当たらせていたのを思い出して、その手が有ったかと。
膝上の猫を鳴かさないよう、そっと畳に下ろして立ち上がる。
斎藤さんの寝息を伺いながら足音を立てないように、部屋の隅に置いてある鏡台の引き出しから・・・剃刀を持ち出した。
眉剃り用の小さな剃刀。
先程、幸が使っていたものだ。
彼女のことだから、ちゃんと研ぎ直して引き出しに戻している。
懐紙に挟んで懐に入れ、納戸に向う。
緊張しながらそっと戸を開けると、血の臭いと薬品のニオイと炭火の匂いがごっちゃになって流れ出る。
藤堂さんは熱に浮かされてふうふうと寝息を立てながらもぐっすり寝入って居た。
物音が漏れるとヤバいので戸口は元のように閉めたいのだが、生憎全部閉めると暗くて何も出来ない。
一寸ばかり開けておく。
ぬるくなっていた手拭を、枕元に置いてあるタライの水で絞り直して額に置いても、病人はピクリとも反応しない。
ほとんど意識不明ってヤツ。
でもそれは、こちらにとっては好都合というもの。
側に置いた火鉢の炭が灰がちになっていたので、炭を継ぎながらしばし様子を窺う。
それでも、寝息の他は音も無い。
納戸も、それから座敷にも。
やるなら今だ、と思った。
懐から剃刀を取り出す。
鋼の柄からそのまま研ぎ出されたような剃刀の刃は、見るからに切れそうで持っているのも怖いくらい。
藤堂さんは確かに気の毒だと思う。
志半ばに師と仰ぐ人が暗殺されて、仲間も謀殺され、しかも殺したいほど憎らしいその仇は昔の仲間で。
更にその仇に不本意にも助けられ、軟禁され、後を追って切腹も叶わず・・・。
もっと大人だったら都合良く説明できるかもしれない。
自分自身に。
でも、こんなに短い時間にあれよあれよとこんな状況に追い込まれて、何がなんだか判らないよね。
きっと理解できないよ。
その上自分の存在までをも否定されて・・・。
あれはキツかったな。
ホント、可哀想だった。
あの人(土方さん)は藤堂さんの切腹の必要性を否定してくれたつもりなのかもしれないけど(いや、わざとという可能性も否定できないけど)、あの言い方は・・・誤解を招くわ。
死にたくなる気持ちも、判らないではない。
でも・・・。
手にした剃刀で、寝ている藤堂さんの首筋に・・・かかる髪を切る。
切腹なんてさせないよ~だ。
どんな理由が在ろうと死なせるもんですか。
せっかく生き延びたのに、そんなの勿体無いじゃない。
元結が解けてしまっていて、一息にというわけには行かなかった。
ちょっとずつしか切れなくて時間がかかったけど、・・・なんだか楽しい作業ではあったな。
だって、こんな豪快なイタズラ(笑)、めったに出来やしない。
思わず夢中になる。
枕の下になっている部分を除いて、切れるところはみな、できるだけ短く切った。
枕の周りに散らばった長い髪をざっと集めて、ひと結びにまとめて作業終了だ。
残りは藤堂さんが起き上がれるようになってから、血に汚れた布団を取り替える時にでも掃除すりゃいい。
計画通りにやりおおせてほっと溜息をつきながら、剃刀を元の通りに懐に収め、急いで納戸を出ようとしたら、
「あんた、いったい何やってんだ・・!」
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