もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
「うわわっ!違うんだ!ごめん!これ私のじゃないから!」
シャラシャラと大仰な衣擦れ(鎖)の音をさせて、幸が部屋に入って来る。
慌てた様子に恐る恐る振り返ると、
「私はどこも怪我してないから!大丈夫だから。私の血じゃないから。驚かしてごめん。大きな声出さないで。ねっ?」
悲鳴が泣き声に変わっていた私に・・・人差し指を立ててシーッ!って言うんだよ。
それからニーッて笑って見せんの。
子供の機嫌を取るみたいに。
こっちは心臓が潰れるほど驚いたっていうのに!
「この・・ばかーっ!!」
もう腹が立ったのなんのって。
「お~ま~え~っ!!死ぬほど心配させやがってっ!」
「ぎぇ~!ちょちょと待って!許して!そんなつもりじゃあ・・」
私の形相に怯える幸を追って立ち上がろうとしたのに・・・腰が抜けて立ち上がれない(--;
それどころか、極度の緊張が一気に解けて、今度は涙が止まらなくなっちゃって。
「え~ん。バカヤロー。血まみれで人んち来んなぁ~!」
「あーあ、泣かないでよー。だから最初に言ったじゃん。驚かないでって」
寝床に座り込んでベソをかいている私に、恐る恐る近付いて来て跪いた。
「そんなの聞いてねーよ・・」
寝てたし(:;)。
そんな有様で現れたワケは何なのか改めて訊こうとした時だ、
「幸!」
表から声があった。
はい、と彼女が返事をするのに被せて、
「沖田さん・・?」
斎藤さんが呟く。
目が合った。
その目が、いぶかしんでる。
確かに彼の声ではあったが、この場に現れる意味が判らなかったのだ。
加えて幸の格好の意味も。
「小夜さんは大丈夫か?」
しばらく会っていなかったけど、声の様子では思ったより元気そうだ。
幸が納戸の戸口から外へ向けて、
「はい。こちらに居りました。無事です。その・・多少驚かしてしまいまして。すいません」
多少かよ!
っていうか、謝る相手が違うだろ!
「斎藤さんが居るのか?」
沖田さんの声のトーンが落ちた気がした。
その声音を分析でもするようにちょっとの間聞き入った後、おもむろに斎藤さんが立ち上がる。
相手が沖田さんだと知りながら、大刀を手にしたのはどういう意味だったのか。
え?という顔を、幸もした。
確証は無くとも、そこに不安を感じたのだろう。
「はい。あの・・」
彼女は斎藤さんの行く手を遮りながら、上司の判断を確認しようとした。
「このまま帰った方が良くはないでしょうか。ここでは余りに・・」
「余りに、何だ?」
そう聞き返したのは斎藤さんだった。
行く手を阻まれて、たぶん凄んでいる。
私の位置からは彼の後姿しか見えないけれど、幸の硬くなった表情から想像はついた。
「いえ、あの・・」
師への無作法を恐れ入りながらも、彼女の方も頑として退こうとしない。
沖田さんの声が聞こえた。
「いい。無理だ。他に行くところは無い。此処しかないんだ」
意味は判らない。
でも、表情が見えるような、穏やかな声ではあった。
斎藤さんが幸の肩に手をかけた。
退けろ、という意味だったのだろう。
「でも・・・」
幸の頑なな様子が何を意味するのか、私も斎藤さんにもまだ判っていなかった。
ただ、何か事情が在るのだとは判りかけてた。
「いいんだ。何とかなるよ。心配するな」
再び、沖田さんの宥める声。
そこまで言われて、幸がようやく退く。
彼女の態度にも沖田さんの言葉にも疑問を持ちながら、斎藤さんが納戸の戸口に立った。
彼は一瞬目を凝らし、それからそれを見開く。
「平助・・?」
うわ言のように、唇の動きが緩慢だ。
鬢の乱れ髪が風にではなく揺らめいている。
「・・藤堂・・まさか・・本当にお前なのか!」
えええっ!
と思ったら腰が伸びた。
どてらを脱いで、納戸の板戸を全開にした。
呆然と立っている斎藤さんの脇から覗いて見る。
もう夜は明けていたが、陽はまだ上っていないらしかった。
雨戸の開けられた縁側から、氷のように冷たい風が押し寄せて来る。
しかし、寒さなど感じている余裕は無かった。
目の前に有る光景を解析するのに手一杯で。
朝日の当たらない家だ、庭はまだ少しく暗がりを残している。
落ち縁に沖田さんが腰を掛けている。
白っぽい綿入れ半纏を羽織って、着流し姿だった。
斜にこちらを向いている。
大刀を杖のように地面に立てて片手を乗せている。
手拭で頬かむりをし、月代を覆っている上から更に襟巻きを巻いている。
そして彼の直ぐ横に、男がうずくまっていたのだ。
縁側にうつ伏せに倒れ込んでいると言った方が近いか。
肩で大きく息をしている。
背中に、ここから見ても明らかにそれと判る刀傷。
立派そうな紋付の着物が大きく破れて、白っぽい肌着の色が見えている。
それが更に血に濡れているのだとは判ったが、黒の紋付を着ているために赤い色は多くは見えず、そう生々しくも見えない。
紋付袴とも土に汚れ、元結の緩んだ髷が乱れて、月代の横に垂れている。
刀は・・・見当たらなかった。
「斎藤?どうしてお前がここに・・」
荒い息に紛れるように、そう呟いた。
ようよう上げた顔は目が落ち窪んで別人のようだけれど。
額に、見覚えのある古傷が、確かにあった。
「藤堂さん!」
座敷の畳に転げ出た。
「生きてたのね!助かったのね!」
「小夜ちゃん?・・か」
血と汗と泥に汚れた顔が驚いたようにこちらを向いて、それから歪んだ。
微笑んだつもりらしかった。
一度引っ込んだはずの涙が、また目から湧き出した。
「良かった・・。死んだかと思ってた」
「・・・?」
怪訝そうな表情をされて、我に返る。
そうだ。
この人はこちらの事情を知らないのだっけ。
「ま、待ってて・・。今、水を・・」
話したいことは山ほどあった。
訊きたいことも。
でもとりあえず、怪我人を休ませなくては。
台所の水瓶から柄杓のまま水を運ぶ。
「醒ヶ井に運ぶわけにも行かなくてな。面倒をかけるが。すまん。ここしか思い当たらなかった」
沖田さんの声がしている。
「斎藤さんが居るとは思わなんだ」
その斎藤さんは未だ、身じろぎもせずに納戸の入り口を塞いでいた。
その表情は・・泣き出しそうな目の色に喜びをうかがわせながら、微妙に歪んで、悲痛に強張って。
あれだけ案じた相手の無事、嬉しくないはずは無い。
しかし同時に、無事で出会えば既に敵同士であったのだ。
私でさえ涙が止まらないほど嬉しい場面のはずなのに、良かったね、と気安く声をかけられるような場面でもなかった。
背後には、心配そうな幸の顔。
その様子から、事情を察しているのだと判る。
彼女の防具に付いた血の染みは藤堂さんのものだったのか、とも。
あの現場から、助け出して来たというのか。
なんて無茶を、とは思いながら、死んだと思った人間が目の前で息をして喉を鳴らして水を飲むのを見、涙が流れて止まらない。
「お前・・土方さんの妾になったって聞いたけど・・」
苦しい息の合間に、懐かしそうな目をする。
昔のままに「お前」と呼ぶ。
さっきは「小夜ちゃん」と言った。
「信じられなかったけど・・ホントなんだな。ここは・・・」
藤堂さんは体を起こそうとした。
傷が痛むのだろう、顔をしかめるのを見かねて手を貸す。
汗と血の臭いが濃い。
「幸!アタシの寝床、こっちに持って来て」
汚れるからと遠慮するのを、無理に座敷に上げた。
納戸に敷いていた布団を幸が座敷に広げるのを待って、うつ伏せに寝かせる。
本来腰の軽いはずの沖田さんが、縁側から動かずに居るのが気になる。
「沖田さんも、そこ寒いから中へ入って」
そして、自分の立場に囚われて、手を出しかねている斎藤さんも。
「ごめん、斎藤さん、そこの火鉢をこっちに持って来てくれる?」
そう言いながら、座敷の箪笥をかき回して新しい晒し木綿を探し出す。
それから、茶の間の薬箱から油紙と消毒用のアルコールと。
アルコールといっても、焼酎を蒸留してアルコール濃度を高くしたものだ。
私が怪我をした時に幸が作って以来、ウチには常備してある。
庭から水音が聞こえている。
被り物を脱いだ幸が井戸端で手を洗っているのだった。
髪を下ろしていて、頭巾を脱いだままに乱れているのを気にも留めていないのが彼女らしい。
「どうしてこんなところに?」
藤堂さんの声が耳に入って来た。
どうして連れて来たかと沖田さんに問うているのだと一瞬思ったけど、斎藤さんの方を見ていたので、それが違っていたことに気付いた。
そのまま相手の返事を待たずに、
「斎藤・・、伊東さんが・・・!」
搾り出すように叫ぶ。
彼はまだ、斎藤さんがここに居る意味に気付いていないのだ。
それどころか、この様子ではまだ斎藤さんを身内だと認識しているようだった。
「伊東先生が殺された!新選組にだ。こいつらが先生を騙し討ちに・・!」
未だ縁側に腰をかけたままの沖田さんを睨みつける。
窪んだ目がギラついて、体の中に何か猛々しいものが住み着いているかのようだ。
斬り合いの興奮が冷めていないのか。
刀を掴んだまま長火鉢の側に屈み込んだ斎藤さんの背に、緊張感が在る。
私も、薬箱に手を突っ込んだまま動けなくなってた。
「それだけじゃない。往来に亡骸を晒しやがった。それをエサに、俺たちをおびき出して皆殺しにするつもりだったんだ。卑怯者め!毛内さんもやられた。今頃は服部さんだとて・・」
泣き叫ぶように激した声でそこまで言って、ふと言葉を切った。
辺りの張り詰めた空気に・・何かを感じて。
「・・知っている」
水を打ったような沈黙の後、斎藤さんがそう答えた。
ようやく刀を傍らに置いて、長火鉢の埋み火を熾している。
ごくり、と誰かの喉が鳴った。
藤堂さんの表情に、明らかに・・、みるみるうちに・・不審が宿っていく。
「お前、どうしてここに居るんだ。ここは土方さんの休息所だろう?・・そんな所に俺を連れて来るヤツも酔狂だが」
と沖田さんを笑い、
「だが、お前はここで何をしている?どうして伊東先生が殺されたと知っている・・」
冷え込んだ部屋の空気が、更にビリビリと張り詰めて行くようだ。
いたたまれない。
斎藤さんは黙々と火鉢に炭を継いでいる。
「カネを持ち逃げしたのじゃなかったのか。女と逃げたのじゃなかったのか。ここに居るとはどういうことだ!伊東先生が殺されたのを知っているとはどういうことなんだ斎藤!」
高ぶって行く声が仕舞いには怒鳴り声となり、ゼイゼイと息が上がって後が続かなくなるまで、誰も何も言えなかった。
「平助、声が大きいよ。小夜さんが迷惑する。『新選組』に見つかっちまうぜ?」
と、まるでこの緊張感を微塵も感じていないような、いつもと変わらぬ沖田さんの声。
逆にそれが藤堂さんの気持ちを逆撫でた。
「煩い!今更見つかったからとてそれが何だ!俺はあそこで死ぬつもりだったんだ。助けられるなんざ迷惑千万!おためごかしも甚だしい」
首に太く血管が浮いた。
興奮していてどうしようもない。
今にも暴れ出しそうだ。
なのに沖田さんは普段通りの薄笑いで、
「おためごかしたァ心外だなぁ。私はお前が死のうが死ぬまいが気にもせんよ。助けたところで何の得にもなりはしないし・・」
シリアスな相手を茶化してしまって、ますます激昂させてしまう。
「なんだと!」
助けられて迷惑千万と啖呵を切ったくせに、関係無いと切り捨てられると癪に障るというのも・・おかしな話なんだけど。
なので、沖田さんは全然余裕でニコニコしてる。
そのスタンスに・・・たぶん勇気付けられたかも。
とにかく、ここは怪我の手当を優先しないと。
ややこしい話は後回しだ。
話の面倒な怪我人は・・・黙らせるに限る!
「うるさーい!怪我人は黙って寝ろぉ~っ!」
寝床から体を起こしかけていたのを、後から頭を枕に押し付けた。
「んげ・・っ」
と踏みつけられたカエルみたいな声が可笑しいのと、間近に見る傷口が痛そうなのと・・・。
「わめくと余計血が出るよ~。言うこと聞かないと畳針で縫っちゃうよ。言っとくけど私、裁縫ドヘタだからね」
あの脅しはサイコーだったよね、と後から幸に褒められたけど、ほんとはこんな大きな切り傷見たのなんて初めてだから、ビビリ入ってた。
強気なハッタリは、実は自己暗示だったり・・。
肩の下から腰まで斜めに走った刀傷は、長さ30㎝強、深さは良く見えないけど1cm~1.5㎝ってとこ。
血はほとんど黒く固まって、今のとこ出血は止まっているように見えるけど、乱闘をうかがわせて傷口が砂だらけだった。
「ほーら、そもそも傷口洗わないとダメだから。デカイ声出してる暇に覚悟なさい。その剣幕で失神したら笑ってやるんだから」
言いながら、破れたままに紋付を裂く。
「放せ!手当てなど要らん!どうせ俺は・・!」
「うるさいっ!アンタの話なんか聞いてないっ!動かないっ!斎藤さん手伝って。コイツ押さえてて」
それにしても布団の上でどうやって傷を洗うか。
手足ならまだしも、背中の傷。
「小夜、傷口洗うんならここでやった方が良くない?」
井戸端に居た幸の恐ろしくもナイスな提案で、縁側の石段の上で鮪の解体ショーよろしく、裸にした藤堂さんの背中の傷を水でザブザブと洗った。
暴れないよう手足を縛って幸と斎藤さんが押さえ込んで。
つまり私が・・手で洗ったさ(TーT)
右手の火傷は水を扱うには問題無かったので、晒を外して両手で。
水が冷たくて手の感覚がほとんど無かったのがせめてもの救いだったよ。
痛ぇ!とか、冷てぇ!とか、やめろ!とか、殺せ!とか、罵声がうるさいので、沖田さんが自分の被ってた手拭で猿轡をしてくれたし。
明け方の極寒の時間帯に、裸にして冷水を浴びせるのは可哀想だと思ったし、風邪を引かれるのも心配ではあった。
なので、いちいちわめいて暴れる患者には本当にイラついた。
「う”~~っ!」
怒りまくって歯を食いしばり、半べそをかきながら(←実は怖かった)、猛スピードで作業に集中していた私の顔を見て、横で眺めていた沖田さんがクスクスと笑う。
痩せた頬に皺が寄った。
「平助、大人しくしてないと今にこの人に絞め殺されかねんぞ」
なんですってぇ~?!と睨むしか暇が無いのが悔しい。
体を拭いてやり、傷をアルコールで消毒してから、寝床の上に患者を移す。
乾いて出血が止まっていた傷口は、洗ったことで再び血が吹き出して来ている。
それを見やり、
「アンタまさか縫い針で縫う?」
幸が不安げに眉を寄せた。
「やだぁ。やめてよー。冗談に決まってるでしょ。プロじゃないと無理だよそんなこと」
出来るのは応急処置のみ。
清潔な手拭で流れる血を拭きながら、焦りまくってわめいてしまう。
「ねぇ、止血ってどうすんのォ?背中の止血って?」
手足なら縛ればいい。
それが出来ない時は?
「圧迫するんだよ。圧迫止血!ええと、晒しを丸めて傷口に当てて・・」
そう言う幸は、藤堂さんの両手を引っ張りながら、その足で彼の頭を寝床に押し付けている。
反対側では斎藤さんが、彼の両脚を押さえ込みながら下帯オンリーのむき出しのお尻を、同じく足で踏みつけにしている。
猿轡の下で、患者が怒りの声を上げている。
大騒ぎだった。
それなのに、
「悪いが私はそろそろ戻る」
え?と、全員がそちらを見た。
大刀を杖にして、沖田さんが立ち上がるところだった。
「もう朝だ。いつまでもこうして居てはお孝さんに迷惑がかかるからね」
言われて初めて、白く霜の降りた木戸の屋根にキラキラと朝日が差しているのに目が行った。
「斎藤さん、後を頼むよ。幸、お前も手伝っておやり」
刀を帯に差す。
丈の高い体が、ゆらりと縁側を離れた。
「そ、そんな!私も一緒に参ります」
そうは言うものの、手は放せない。
パニクリ気味の幸の向かいで、斎藤さんも途方に暮れた顔を表に向けた。
それを宥めるように、
「小夜さんひとりでこの場を収めるのも骨だろう。居てやりな。何かあったら私の名前を出していいから」
沖田さんってこんなに大人っぽかったろうか。
そしてこんなに穏やかな人だったろうか。
その後姿はこんなにも寂さを掻き立てるものだったか。
「待って!」
堪らず叫んだ声に、
「沖田さん!」
と、斎藤さんのそれが重なった。
同じ思いだったに違いない。
動けるのは私ひとりだった。
水浸しになった沓脱ぎ石までは降りられなかったけど。
「助けてくれてありがと」
すると沖田さんは、まるで子供にするみたいな笑顔になって、
「なんですかねぇー。小夜さんに礼を言われるのは何度目ですかね?でも、そう思うのはまだ早いですよぉー。あの人、『殺せ!』と『腹を切る!』しか言いませんから。大変なのはこれからです。くれぐれも金物厳禁でお願いしますよぉ?」
そして斎藤さんへ笑顔を向けて頷いて見せる。
襟元から襟巻きを引き上げて頭から被り、両手を懐に収めて、
「さすがに少し、寒さが身に堪えましたネ。帰って寝ます」
ふわりと風のように退場した。
あっけに取られて見送る背中に、うぉーっと獣のような声がして振り向くと、畳に組み敷かれている藤堂さんが、首に血管を浮かせ、顔を真っ赤にして・・・泣きながら何か叫んでいた。
猿轡が有難かった。
ほとばしる激情を理解できたなら、きっと、苦しいに違いなかった。
「睡眠薬でもあれば眠らせるんだけど」
と、溜息をついたら、
「でなきゃ拘禁服でも」
と、幸が恨めしげに納戸を見た。
怪我人が暴れてどうしようもないので、裸のまま手足を縛り、敷き布団で丸めて納戸に放り込んだのだ。
何をするか判らないので武器になりそうなものは部屋の外に運び出して。
もちろん刀箪笥も。
金物禁止令が出たからね。
火事になるのも危ないので、火鉢も片付けたんだけど。
この寒さで風邪を引かないだろうかという不安もあったのだが、
「どうせあの傷ならじきに熱が上がる。風邪引くどころの騒ぎじゃない」
と、斎藤さんが一蹴した。
布団巻きにしてあることだし、ま、いいか(いいのか!)。
「ところで」
縁側で草鞋を履き直していた幸の背中に、斎藤さんが尋ねた。
手伝ってやれと命じられた仕事が終わった途端、(沖田さんの居る)醒ヶ井の局長休息所に着替えに戻ると言い出したのだ。
「お前のその血、平助のものではないな?」
斎藤さんの声は私に喋る時とは違って、低く静かな威圧感がある。
幸の返事が遅れた。
おやっと思った。
裸足の足に草鞋の紐を結ぶ僅かな時間とは言え、そんな無作法は彼女に限って有り得ない。
と思ううちに決然と髪を翻して立ち上がった彼女の・・・その言い草と言ったら、
「申し訳ありません。今、お叱りを受けている暇は有りません。沖田先生の無事と、現場の状況を確認して、必ず、出来る限り早く報告に上がります。お尋ねの詳細もその時に」
相手の考えを先読みして、一切の質問をシャットアウトするつもりだ。
斎藤さんを見上げる、反抗的にも見える強い目の表情が、その決意を物語っている。
白皙に絹糸のような栗色の髪、二重のくっきりとした睫毛の長い目。
筒袖の稽古着に鎖帷子を着ている姿は、ジャンヌ・ダルクもこんなか?という風情(下は藍木綿の袴だけど・爆)。
こんな美人のきりりとした表情・・・我が友ながら見惚れてしまう~。
「それから、勝手ながらこの件は他言無用に・・」
と続けるのを、今度は斎藤さんが制した。
「判っている」
たしなめるのだと思ったその声は、思いがけず落ち着き払っていた。
思わずその顔を見る。
笑うでもなく怒るでもなく、感情の読めない顔は、それも業務用なのか。
ていうか、・・・美人を見慣れてるんだな、この人(爆)。
「これは沖田さんひとりの謀(はかりごと)だな?この家の主も与り知らぬことなのだろう?」
え!
そうなのか?
「はい」
とは答えながら、幸も意外だったようだ。
いぶかしむような声音に、斎藤さんの表情がようやく緩む。
「何か有ったら名前を出せと沖田さんが言ってたからな」
ふん、と鼻を鳴らした。
懐手をして困惑の表情。
「厄介そうな話だ。とんだ預かり物をしちまったな」
そしたら幸ってば何故か妙に元気になっちゃって、
「はい!申し訳ありません!よろしくお願いします!」
突拍子もない声でそう言い、最敬礼して踵を返した。
とっとと帰る勢いだ。
「待って。その格好で戻るの、ヤバくない?」
もう夜は明けているのだ。
頭巾こそ脱いでいるけれど、いかにもな夜討ち朝駆けスタイルで町を行くのはまずくないか?
胸元血だらけだし(爆)。
ちょうど後ろ向きになった彼女の背に寄り、両脇の下で結わえた籠手の結び目を解いてやると、そこからは自分で血に汚れた籠手を外し、ついでに脛当ても外して、まとめて庭の隅へ放る。
見れば、既に頭巾と手袋と足袋とが丸めて置いてあった。
「ごめん、後で片付けるから!」
そう言うなり脱兎の如くに駆けて行く。
下ろしていた栗色の髪が、朝日にキラキラなびいて見えた。
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