もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。



熱が有るという自覚は無いんだけど、体がどうにも動かなくなってきた。
背筋が伸びない。
歩くのがキツイ。
疲れただけじゃない、寒くて手足だけじゃなく体までかじかんで来たんだろうか。

斎藤さんは私を木戸の外に置いて、侵入者が居ないかどうか、家の中を検分に入る。
刀を抜いて、まずは湯殿を。
何事も無い様子。

手招きされた。
とりあえず木戸の中には入れてくれるみたい。
ていうか、私と離れるのも心配なんだな、たぶん。

ごめんね、ホント、お荷物で(^^;

湯殿の影に隠れてろと手振りで指示しておいて、彼は抜き身を下げたまま、雨戸の立ててある縁側に近付いた。

「待って」

雨戸に手をかけようとするのを小声で制し、足元から手頃な石を拾う。
石の重さを確かめながら、狙いを定める。
左から三枚目の雨戸。下から十センチほどの所。

わりと大き目の重い石だったので、手加減して山なりに投げる。
バン、と音がして、狙い通りの場所に当たった。

斎藤さんが身構えている。

ゆっくりと敷居から雨戸が外れて行く。

そこ、建て付け悪くなってるのよね。
敷居が欠けちゃって外れ易いの。
なんせ三年前、体当たりしてそのまま庭へダイブしたところだから(爆)。

雨戸の縁が庭土につくか否かというタイミングで、斎藤さんが(フェイントを狙ったのか)予測に反して勝手口から家の中に突入。

・・・したものの、聞こえるのはフクチョーの鳴き声ばかり。
どうやら誰も居なかったみたい。

呼ばれるまで結構時長く感じられたのは寒かったからか。

トイレの中まで確認して侵入者が居ないことを確かめてから、ようやく刀を鞘に納め、斎藤さんは湯殿の側ににしゃがみ込んでいた私を(もう立ってられないの)助けに来てくれた。

ホント、助けられたって感じ。
もう一歩も歩けない。
寒気がして体中が筋肉痛になって来ている。

抱えられて長火鉢の前に座らされるが、まだどこにも火の気が無い。
雨戸一枚分の月明かりが、障子紙を通して四角く畳を照らしているだけ。

「フクチョー、こっちおいで」

擦り寄ってきた猫を懐に入れてじっと丸くなっている間に、斎藤さんが灯りをつけてくれ、外れた雨戸を立てた。
合間に徳利に残っていた冷酒をあおって、自分はそれで暖まるつもりなんだろう。
確かにその方が手っ取り早いかも。
炭火は直ぐには熾きないもの(涙)。

「あんたも飲んだらどうだ。寒かったろう?温まるぞ」

湯呑みに注いだ一杯を目の前に突き出されるが、

「私飲めないもん。それにこの上、冷たいの飲むなんて嫌だ」

言ってる間に額に手をあてがわれ、その冷たさにブルッと身震いが出た。

う~~と半べそかきながら火箸で炭火を掘り起こしてたら、座敷に脱ぎ捨てたままだった掻巻を持って来て羽織らせてくれる。
ストール代わりの首巻きだけは辛うじて外して、

「ありがと」

と言った時には目の前に居ない。
勝手の土間から焚付けの木片を持って来て、短くパキパキと手折って火鉢にくべる。
それから新しい炭をごっそり継ぎ足した。

「煙いかもしれんが、この方が早く熾きるからな。我慢してくれ。あんた、納戸に布団敷いてやるから今夜はそちらに寝たらいい」

ようやく風を巻いて立ち働くのを止めたと思ったら(その風も寒かったんだよ~)今度はそれか。
確かにそれなら安全なのかもしれない。
でも、

「ヤダ。あそこ寒いもん」

冷蔵庫みたいに。

「火鉢も持ってってやるから」

それじゃ一酸化炭素中毒で死んじまう・・・ようなことは、この日本家屋では考えにくいかもしれないけど。

「それよりお風呂入りたい」

手っ取り早く温まるには一番良い。

「そうしてやりたいのは山々だが・・・」

長火鉢の向こう側からため息をついた。
襲撃されるかもしれないってのに、風呂沸かして入ってちゃ危険過ぎるよね。

仕方ない。

「いいよ。どうせ寒くて寝れないんだもの。私もここで朝まで起きてるわ」

掻巻の襟を引き寄せた。

その方が・・・万が一の同士討ちを避けられるではないか。

仲間を逃がす、というのは選択肢の一つで、そう簡単には行かない事は充分に考えられる。
なぜなら、斎藤さんは自分が仲間と呼ぶ人々から仲間とは思われてないはずで。

今宵、予定通りに伊東さんの暗殺が成ったとしたなら、逆に背信を疑われて恨まれている可能性の方が高いし、それは彼自身も予測している事態に違いないので。

自分だけ無事に済むのを良しとはせずに、彼は密かにそれを望んでいるのかもしれず・・・。

そうでなければここまであっさりウチに戻るなんて事が・・・あの剣幕からは考えられない。

私の体を気遣ってくれたばかりではない。
何も言わない今この瞬間も、先程のあの斬り合いの場所に心は囚われたままなのだもの。

そう思えばこそ、奥に引っ込んでるわけには行かないじゃないか。
私はどこまでもこの人のお荷物で居なけりゃ。

第一、朝起きて来たら家中死体だらけなんて、そんなスプラッタな展開嫌だぞ私は(--;


そんな思いを知ってか知らずか、斎藤さんは何か思案していた様子だったが、

「それではせめて横になったらどうだ。起きているのは辛かろう」

全く、体を丸めてるのも辛くはあるんだけど。
とはいえ寝床も冷え切ってるはずだし、この状態で横になったって寒さが増すだけだ。

「葛根湯、そこの薬箱にあるから持って来て。飲めば楽になるかも」

始めは、え?というような反応だったが、そのうち気付いたようでガサガサと箱の中をかき回す気配がし、

「煎じ薬ではないのか。さすがに金がかかってるな」

袋を差し出された頃になって初めて、あー、私が不躾に用事を言いつけたので面食らったんだな、と気がついた。

この人、土方さんでも沖田さんでも幸でもなかったんだっけ、と思ったら可笑しかった。


僅かに温まっていた鉄瓶の湯で散薬を溶いて飲む。
苦味の中に微妙に甘味もあるのが却って飲みづらくて、一息には飲めない。

「葛根湯が飲めるなら般若湯も行けそうだがな」

真面目に言ってるのか冗談なのか判別つかないのがこの人の可笑しさでもあるんだけど、

「なるほど、般若湯ね。斎藤さん、それで風邪引かないんだ」

まぜっかえすと嬉しそうに微笑むのが・・・照れ臭くて居たたまれない。
やっぱりこの人は土方さんとも沖田さんとも幸とも違う。





火鉢に新しく注いだ炭火が爆ぜて、白っぽく煙の籠もる中に火花を飛ばした。

後にして来た現場が気になるのか、斎藤さんの左手が、脇に置かれた大刀の鍔元を弄っている。
眉根を寄せて中空を睨んでいる。
こめかみが動く。

どれほどの激情までなら、そうやって抑え込むことが出来るというのだろう。

否。
抑え込んでいるのはどれほどの激情なのだろう。
私には見当も付かない。

「一緒にここへ戻ってくれてありがと」

ふっと緊張がほぐれて、視線がこちらを向いた。

「ここが危ないと判ってたのに、それでも来てくれて。途中、どこかに宿取っても良かったのにさ」

伊東派の残党をここに迎え討つ、という提案は「逃がす」方向へ転換するにせよ、危険はそれなりに伴うわけなので、賛同してくれるかどうか判らなかった。
夜中でも無理に頼めば泊めてくれる所はあったはずだし。
・・・連れ込み宿とは言わないで置くけど。

「あんたがここにこだわってるからな。どこへ連れ込んでも、どうせ逃げ出そうとするだろうから。熱の有る身にそれを強いるのは忍びない」

彼は我が家に残っていたお酒のラスト一本(徳利)に手をつけようというところ。
長火鉢の縁に置いた湯呑みへ、片手で独酌している。

「でも、あなただって命が危なくなるのに」

戻って来てからはこれで徳利二本目。
結局ウチにはお酒は一升程も無かったわけだ。
飲み足り無そうで気の毒だが、襲撃を待つ身にはこんなもんだろうとも。

「今更何言ってんだ。そのつもりで連れ込んだくせに」

鼻で笑って湯呑みに口をつけた。

「連れ込んだって言わないでよー。人聞きの悪い。命知らずに感謝してるのよ」

「自分こそ命知らずだろ?」

ごくりと喉を鳴らして一口飲んで、

「あんたがそこまで命を張ることも無いと思うが。惚れた男に義理を立てるか。そこまで惚れてるようにも見えんが」

惚れた男・・・って土方さんのことか(汗)。
つか、端からも惚れてるようには見えないと(^^;

まあ、それは置いといて。

「別に義理を立ててるってことじゃないんだけどぉ・・・。どうしてかしら?自分でも良く判んないや。そういう役目だからそうしないと・・って感じ?」

漠然とではあるけれど、使命感と言うか責任みたいなものは感じるんだよな。

「ここが私の居場所だからかしらね。ここが私の家だから。私にはここしかないからね。ここに居るんだったらそれなりの役割は担わなくちゃいけないんだろうし」

鉄瓶の湯が沸いたので、もう一度湯呑みに湯を注いで、底に残った薬を薄めて飲む。
湯気で香りがきつい。
むせて咳が出た。

赤々と熾きる炭火に手をかざしているうち、人心地がついて来ていた。
徐々に体が温まって、座っていても背筋が伸びるような。
薬が効いて来たのかも。

「居場所、か。籠の鳥とは思わんか」

それはまたベタな感想(^^;。

「そうねー、鳥カゴって言うよりはー、この場合ネズミ捕りのカゴみたいな?」

自分の例えに自分でウケて笑っちゃったのに、相手は微妙に強張った顔をした。
やっぱ沖田さんや幸のようには行かない。

「それでも私専用の籠だから。端からどう見えようと居心地は良いよ」

「だからとて命まで張ることはなかろう?」

憮然とした言い様だった。
怒ってる。
本気で心配してるんだなこの人。

良い人だなぁと思ったら嬉しくて、

「大丈夫だよー。イザとなったら納戸に逃げ込めば良いんだし、それに今夜はこんな頼もしい用心棒つけてもらったし。ね!」

お世辞も入れたつもりなんだけど(^^;
彼は納得の行かない様子で、ほんのちょっとだけ、口元を尖らせる。

「そういうことじゃないだろ・・」

横向いてぼそっとぼやいたのが可笑しくて、笑ってしまう。
拗ねた感じが年相応で、斎藤さん、なんだかカワイイよ。

すると彼は殊更顔つきを引き締めてこちらに向き直り、

「笑ってる場合なのか。ここも何時修羅場になるかもしれんのだぞ?・・そんな所にあんたを置いて平気でいる旦那の気も知れんがな」

いや、・・だから。
用心棒派遣してくれたじゃん、て意味で言ったんだけど(^^;

でも、「修羅場」という言葉に彼の気持ちの在り処が見えた気がして、自分の軽率さを思い知らされる。

今、この瞬間にも斬り合いで命を落としている人が居るかもしれないのに。
すぐ側でそういう状況が起きていたのに。
しかもそれは皆、斎藤さんの親しい人達で・・。

「ごめんなさい」

凹んだ。
私ってなんでこう馬鹿なんだろう。
斎藤さんがイラつくのは当たり前じゃないか。

諦めたような溜息が聞こえた。

「まあいい。アンタばかり責めても仕方ない。それより、もういい加減横になったらどうだ。少しは温まっただろう?熱は下がったようだが、無理するとこじらすぞ」

「いいよー・・」

「良くはない。寝床を納戸に移してやるから・・」

皆まで言わせない。
立ち上がって座敷に延べてあった布団をそのまま両手で浚い、納戸の板戸を開けて入って行く。

「ほら、火鉢も置いといた。さっきよりはマシだろう。いくらか暖まったはずだ。こっちでゆっくり寝ろ」

どさっと納戸の床に寝床を広げる気配。

やだー。
ここ(長火鉢の畔)から離れたくないー。
でも、そこまでされると嫌とは言い辛い。
どーしよー。

・・・あ!そっか。
いいこと考えた。

「じゃあさー、言う通りにするからさー、斎藤さんも一緒に納戸に入ってよ」

彼を守らなくては。
それが役目と心得たからには、今夜はくっついて離れない覚悟だもんね。

「馬鹿を言うな。ここまで来てアンタと一緒に隠れて居ろと?」

返事が返るまで微妙に間が有ったな。
こちらも咳で喉に絡んだ痰を切ってから、

「いいじゃん。襲撃に来ても誰も居なけりゃいいんでしょ?」

何をしているのか、彼は納戸から姿を現さない。
声だけが返る。

「誰も居なくて納戸が閉まってりゃ、中に居ると言ってるようなもんだろう?」

笑っているような声だ。

「納戸が危なくなったら、隠し扉から逃げりゃいいもん」

ようやく衣擦れの音が近付いて来て、

「扉の外で待ち伏せされたら?」

えーっ?
・・そんなの考えてなかった(--;

「そん時はー、それこそ斎藤さんの出番でしょ?」

ヤケクソに言った言葉に、彼は襖の陰から苦笑して、

「そりゃあ随分難儀な有様だな」

私の手元から箱行灯を持って行く。

「用心棒でしょ?それくらいなんとかしなさいよ。相手が知り合いなら大丈夫なんじゃないの?」

めちゃくちゃ言っております(^^;
なんかねー、もう集中力が無いの。
疲れて温まって眠くてもう。
ホントは早く横になりたい。

「それではますます納戸に籠もる意味がない。最初から立ち合う方が潔い」

納戸からくぐもった声。

「なによー、『俺に仲間を討たせるのか!』・・って凄んだくせに。隠れてれば立ち合うこともないのにさー」

「それならここへ戻った意味も無いってわけだがな・・」

言いながら、まだ何かごそごそやってる。

「ねぇ、何してんの?私は独りでそこに寝る気なんて無いよ」

膝の上のフクチョーを抱きあげて見に行った。
斎藤さんは・・・行火をセッティング中だったらしい。
布団の中に腕を突っ込んで置き場所の加減を見ながらこっちを振り向いた。

「ほら。これで寒くなかろう・・」

言ってから噴き出す。

「掻巻の内掛けか。渋いなあんた」

う~(--;

顔を伏せて、肩を小刻みに震わせて・・。
よっぽど可笑しかったんだな。

悔しかったので言い返そうと思ったのに、フクチョーのヤツが暴れ出して。

もともと抱っこされるのが嫌いな猫なので仕方ないんだけど、腕から飛び出して行った先は布団の上。
ていうか行火の上。

「こらフクチョー!裏切り者!私より行火を選ぶなんて・・」

「副長?」

あっ、・・やべっ!
幸の前でしか名前で呼んだこと無かったのに!(あ、沖田さんの前でも呼んだことあったかも・爆)。

「さっきも呼んでたな?この猫の名前か?」

ゲホゴホと咳き込んで誤魔化す!
誤魔化す誤魔化す。

それが逆効果だった。
咳き込んだのを心配した斎藤さんに腕をつかまれて、納戸に引き入れられた。

「ほら!言うことを聞いて今夜はここに寝る。判ったな?」

無理矢理布団の上に座らされる。

「ヤダ!独りじゃ嫌。斎藤さんも一緒ならいい」

「馬鹿なことを言うな」

「馬鹿じゃないもん!」

「あんたは副長殿のお手掛けだろう?そんなことが出来るわけ無かろう」

・・・あ、そうか。
そういう意味ね。
我ながら鈍感だな(^^;

「大丈夫だよ、土方センセーだって事情は知ってるわけだし。必要に迫られて同じ部屋に寝るだけだもん。布団もあるしー、二人分敷けるぐらいの広さはあるし・・」

斎藤さんが黙った。
直ぐ横に立ち上がる。
暗闇の深さの割りに箱行灯の光がおぼつかなくて表情が読めない。

「そこまで言われると腹も立たんな」

独り言のようだった。

「え?」

意味が判らなかった。
彼はふいっと踵を返し、納戸から出て行く様子。

「ちょっと待って!私独りじゃ・・」

「刀を取ってくるだけだ。心配するな。あんたを独りにはせん」

お!
ってことは一緒に納戸に入ってくれるってことね?
やった!
これで斎藤さんの身柄は無事に確保できる!

「だが、安心はしない方が良い・・」

火の始末をし、衣擦れの音をさせて戻ってきた斎藤さんの手には、両刀の他に鉄瓶と湯呑み。
飲料水を確保して籠城準備完了かv

「了解!そこに幸の木刀が有るから・・」

入り口の板戸を閉めてつっかい棒をしたら、もう外からは開けられない。
誰が襲ってきても、ここに籠もってりゃ斎藤さんの傷付く心配も無い。

良かったぁ~、と溜息をついたのに、木製の四角い火桶に鉄瓶を乗せて座りながら、斎藤さんが言うのには、

「さあ、これであんたも逃げられない。さてどうする?」

意味深にニヤリと笑って見せる。

え?なに?

・・・ああっ!
どうしよう。

そういえば私、この人にKISSされたんだった・・・!
つか、乙女のくせにそんな大事なこと忘れてんじゃねぇ!(←自己ツッコミ)。

やばいじゃん!
これってもしかして・・・貞操の危機ってヤツ?

「今更そんな顔しても遅いぞ。あんたが連れ込んだんだからな」

に、憎たらしい言い草!
いやらしい目で見てんじゃねーぞ!

「連れ込んだって言うなっつってんでしょー!そっちがそう仕向けたんじゃないさー!」

「お?!それは違うだろう。俺は今からでも外に出たっていいんだぞ?」

両刀を掴んで立ち上がろうとする。
納戸の漆喰塗りの白い壁に、影が揺らめく。

「まままま待って!駄目よ!それは駄目!」

不本意ながら?すがりつく。

「あなたが出るなら私も行く!朝まで起きてる。ずっと一緒に居る!」

すがった手を解かれた。
袴を引っ張ったのが不快だったのかと思った。
解いた手をそのまま握って、彼は私を覗き込みながら側に片膝を突いた。

「今、なんと言った?」

声のトーンが違ってた。
引き込まれるように答えてしまう。

「え?・・・ずっと一緒に居る・・って・・」

ふっと、口元に笑みが浮かんだ。
それで乗せられたと気付いた。

「誤解しないでよ!別に私は・・」

慌て出した私を、彼はくすっと笑って、

「あんたの魂胆は判ってる」

静かな声だった。
箱行灯の灯りが笑った目の中に映っている。
刀を置いて座り直した。

「ありがたいとも思う。だが俺のような者に情けは無用だ。俺はこのまま安穏と生きていられるとは思っていない」

「何言ってんの?安穏と・・ってどういうこと?生き延びることが安穏としてるなんてことにはならないでしょ?」

その返答を彼は予測していたのかもしれない。
穏やかな表情を変えぬまま、話し出した。


「あんた、藤堂平助のことは知っているな?」

「藤堂さん?知ってるよ」

壬生村に屯所があった頃、私がまだ八木家の下女をしていた頃には、結構親しく喋ったりしてたもんだが。

「あの、わりと若くて小柄な、元気のいい・・・ちょっと気難しい。池田屋で額に怪我した藤堂さんでしょ?あの時私が看病したんだもん。もう随分会ってないけど。それがどうかした?」

私がこの家に引越してきた時は、確か江戸に出張していて留守だったんだ。
だからあれっきり会ってもいなかった。

そんな人の話を突然するんだもの。

「あ・・」

説明してくれる前に気がついてしまう。

彼は確かあの後、伊東さん達を連れて京都に戻ってきたんじゃなかったっけ?
そう・・幸に聞いた気がする。
剣術の流派が同じなんだって、伊東さんは藤堂さんの先輩に当たるって聞いた。

何も言わない斎藤さんの視線が、その先の答えを暗示していた。

「藤堂さんも伊東さんと一緒に・・?」

「あんた、本当に何も知らないんだな」

深々とため息をつき、気の毒げに眉を寄せた。
悲しげに、か。

でも。
じゃあ。
もしかしたら。

「さっきの・・駕籠を担いだ人影の中に・・?」

彼は居たのか!

斎藤さんは視線を落として、晒しの巻かれた私の手を、見るとも無く見ている。
真っ直ぐな睫毛がブラインドのように瞳を隠す。

「あんたも知ってるだろう?真っ直ぐな気性で、気の短い男で、クソ度胸ばかりは人一倍あって・・。斬り合いになったなら一等先に斬り込む手合いさ」

ややあって、

「あの人数が相手でも、きっとそうしている。・・・助かるまい」

閉じた瞼に皺を寄せた。


ああ・・。

うそ。

それでか。
それで、あんなに取り乱して・・・。


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