もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
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そんなわけで、新選組の副長の土方歳三という、ほとんど倍も年上の厭味なオジサンの妾宅(休息所って言うんだって。休息っていったい何よ!爆)に入ることを承諾してしまったのだったが、その後すぐ、新選組自体がそれどころではなくなってしまった。

そもそも池田屋事件の後、犠牲者を出した長州藩(尊攘過激派って長州藩の人が多いらしい)が報復に来るっていう、いかにもな噂が立って、屯所の警備が厳しくなって不穏な空気は感じていたんだ。
そんな重苦しい雰囲気が嫌だったので、ことさら毎日ワイワイ騒いで過ごしてただけのこと。


そしてとうとう長州藩が攻めて来るというので新選組も出兵となった。
攻めて来るって屯所にじゃないよ、京の都に攻めて来るという。何処まで信じていいのか判らない。

でも、新選組はマジ出陣した。
上部団体が京都守護職なんだから、京都は守護しなくちゃいけないらしい。

揃いの武具じゃなく、思い思いに武装して出て行ったのがちょっと見すぼらしかったな。
幹部は多少鎧に近いものは着ていたみたいだったけど、八木さんのご主人が、知り合いに口を利いて武具をかき集めてくれたみたいだ。
自分の家のも貸したらしい。
・・・いい迷惑だよね。

女中という身分から解放されたものの、移り住むはずの休息所もどうなってるんだか皆目見当がつかないまま高みの見物を決め込んでいたら、逃げる用意をしろと言われて驚いた。
長州藩が京都を包囲しているんだという。
まさか禁裏めがけて攻め上りはしないだろうが、幕府の軍と小競り合いくらいはあるかもしれない。すぐに避難できるように荷物はまとめておけという。

こんな時こそ頼りになりそうな新選組の猛者どもは出払って居ねぇしな。
使えねぇヤツラ(--;。


「これは、小夜はんの衣装やしー」

八木さんの奥さんに呼ばれて行ってみると、真新しい行李がひとつ置いてある。

「冬のモンはまだやけど、ほぉれ、見とくなはれ」

嬉そうな顔をして、自ら開けて見せてくれた。自分が嫁に行くみたい。

「夏物とこれから着る単となァ・・・」

あーあ、と見てる間に畳紙の海。

「みーんな仕立て下ろしどっせ。帯も。そうや、帯だけでも替えてみたらどうどす?」

女中のままの半幅帯を広幅に替えろと言う。
結び方知らないし、動き難い気がしてなんとか断ろうと押し問答していると、

「あんたらは何を呑気な・・」

ご主人に見咎められ、すごすご散会。


毎日ままごとのように避難準備を進め、居残っていた幸といっしょに前川邸の留守部隊の食事の世話などして過ごし、とうとうお盆に突入。
有名な大文字の送り火もこの年は中止となって、せっかく見に行けると思っていた私も幸もがっかり。

しかしその三日後、一生に一度、遭うか遭わないかという大火にみまわれたのである。
後に“どんどん焼け”と言われた、禁門の変による大火だった。



その日はいつものように幸と共に起き抜けに前川邸に向かい、朝食準備、朝食、後片付けとこなし、洗濯物にとっかかろうと思っていた時だ、ふいにドン!と花火のような音が聞こえた。

「始まった!」

誰かが叫んだ。

「戦争?」

「御所?」

二人同時にそう言って、庭に飛び出し空を仰ぐ。

それからいくつもの大砲の音がひっきりなしに聞こえて来て、半時ほど、御所の方角に煙が見え始めた。
見えたと思ったらもう風がきな臭い。

「やばいよ。風が強い」

空を仰ぐ幸の前髪が風で真後ろに撫でられている。

「私見てくる」

言うが早いか駆け出した。

「ちょ、ちょっとお!やめてよ!何処行くのよ!危ないよ!」

「大丈夫!遠くへは行かないから。大きな通りに出て見るだけ!」

語尾は長屋門の外から聞こえた。
足早えーの。私も行く~と言いそびれちゃった。

仕方ないので、とりあえずご飯を炊く。
だってぇ、風はこちらに吹いてくるのだ。これがじっとして居らりょーか!


昼から夕方にかけて、街中から避難してくる人達で付近のお寺の境内が埋まった。
八木邸や前川邸にも人が入って来たりしたが、「新選組屯所」の看板のお蔭で居座ったりはしなかった。

せめてもの奉仕ということで、炊き出しをすることになったので、夜通しご飯を炊き続け、握り飯を握る。

一晩中灯りも要らぬほど夜空は劫火に染まり、煙いのがカマドの煙なのか火事のものなのか区別もつかぬ程だった。

こんなことでもやっていなけりゃ地に足が付いていなかったかもしれない。
夜空を焼く炎は今まで見たどんなパニック映画より何倍もリアルで怖ろしく、全身の毛穴が粟立つようだった。
今にも逃げ出してしまいそうな衝動に駆られたが、仕事をしなくちゃという使命感がかろうじて理性を保たせてくれていたんだ。



いつの間にか、台所で着の身着のまま寝ていたらしい。手のひらがじんじんするので目が覚めた。
明るいのは火事のせいではなく、夜が明けたらしかった。

見ると手のひらが赤くなって、いくらか腫れているようだ。
さては熱いご飯を握り続けて火傷でもしちゃったかな。
手を動かそうとしたらガビガビになっている。
手を洗いもせずに寝てしまったので、澱粉糊みたいに固まってしまったみたい。

「うー・・」

のろのろと起き出したら、すぐ隣で転がっていた幸も目を覚ました。

「あいたたたた」

板の間にただ転がっていたので、体があちこち痛いんだよね。
勝手口から外に出てみたら朝もやのように煙が立ち籠めている。空は白く、炎は見えない。

「火事、おさまったのかな?」

昨日は鳴かなかったセミが今日は鳴き出してる。
火事は確かに一時おさまったらしい。

門の外へ出てみると、野宿していた人々はピーク時より少なくなって来ていた。
避難してきていた人々の中には自宅の様子を見に出かける人や親類を頼って大坂方面へ移動する人達もいたからだ。

井戸端で濯ぎを使う。
水が冷たくて気持ち良かった。
掌の糊を落とし煤けた顔を洗っていると、再び大砲の音がし出した。
風向きは変わったようだったが、まだかなり強いのに。

火事も戦争もまだ続くのか。

顔を見合わせた幸の目は、寝不足と火事の煙が目に沁みたせいで腫れぼったい。
たぶん私も。

セミが再び黙り込む。



結局、翌7月21日になってようやく火事は下火になった。
後から判ったところによると、禁裏から南は七条、東は河原町通り、西は堀川まで丸焼けだそうだ。
堀川があって助かったと壬生の人達は無事を喜んだ。

新選組が帰って来たのはそれから2、3日後だったと思う。

八木さんちで昼寝していたら(もう女中じゃないのでおおっぴらに昼寝できんの♪)、帰営の知らせ。
別に知らせてもらわなくていいんだけどぉ、ホラ、一応副長のお手掛け殿だから出迎えろって。八木さんの奥さんがー。

渋々表に出ると、来た来た、残暑厳しい中、隊列組んで帰ってきましたよ。
あーあ、皆疲れてるなぁ。
ってか、垢じみてるわー。歩き方はダラダラしてるし。

「やっほー」

って手を振ったら、

「コレ!またお転婆しよって!」

横からどつくヤツが居る。
見てびっくり!

「山崎さん!」

すっごいラフな格好してるの!いつもの町人髷で木綿の着流し。
ぺこぺこ行列に向かってお辞儀を繰り返している。

「ちょっとぉ、何やってるの?一緒に出陣したんじゃなかったの?今まで何処行ってたのよ!」

質問を無視し、私を行列に向き直らせる。

旗持ち、露払いに続き、先頭は近藤局長。
塗り笠を被り胴をつけて、あれは陣羽織というのかな?暑いのにご苦労さんだなぁ。

すぐ後ろを副長土方(←呼び方が微妙に違う・爆)。
笠は被っておらず鉢巻(鉢金)をして、筒袖の上に胴・陣羽織。
短い袴に脚半・脛当・足袋・草鞋。

私に気づいて目だけこちらを見ている。

顔は前を向いたまま、目だけだよ。
それって横目で睨んでるんじゃん?
私がなんかしたかい!

睨み返していると、横に居た山崎さんに無理やり首を抑え付けられてお辞儀をさせられた。

「なにすんのよ、もう!」

「ちゃんと出迎えんかい。まったく困ったお子やな」

「いいじゃん、何もそんなにしなくったってー」

ブーたれる。

「土方センセが見とれてはるのやないか。ちっとはお愛想せんかいな」

はぁ?見とれてる?何それ?

「小夜はんがキレイにならはって、土方センセも鼻が高いわなぁ」

そういや、八木さんの奥さんに言われて、今朝から良い着物着てるんだった。
髪もちゃんと油使って、まだビンやタボは小振りだけどなんとか銀杏返しが結えたんだ。
だけど、さっきのは絶対“見とれた”んじゃなくて“睨んだ”んだぞ。

でもまぁ、山崎さんがキレイと言ってくれたのでちょっと気分はいいかな。


知ってる顔にひゃっほー!と手を振りながら、

「現場(戦場)はあの人達に任せておいて、何処で何してたんですかねー?」

横に尋ねたら、

「あんたの家な、無事やったわ」

・・・へ?
意外な返事にまた固まってしまう。

「街中に良え場所みつけられんで難儀したんやけどな、おかげで火事には遭わんと命拾いしたわ」

半ば自嘲的に笑い、それから今度は自信ありげな笑顔になって、

「今からどうや?火事場見物ついでに」



壬生から南に歩いて30分ほど。
島原遊郭をかすめ、焼け残った西本願寺を通り抜けると左手、堀川のすぐ向こうから焼け野原が広がっているのが見えてきた。

こんなに広い黒焦げの世界を見るのは初めてだ。
熱風が押し寄せて来て、焦げ臭くて鼻から喉まで痛くなってくる。目にも沁みる。
手拭で口元を覆いながら立ち尽くした。

東はずっと向こうまで見渡せる。
あれは祇園社、八坂の塔。
視界をさえぎる物はほとんど何も無い。
辛うじて焼け残っているのは・・・蔵なのかな?
北の方は煙(水蒸気?)に霞んで見えない。

焼け野原の中に呆然と立ち尽くす人、うろうろ歩き回るだけの人、焼け跡をひっくり返して中を覗く人。
遠目にも絶望感が伝わってくる。

ザワザワシュウシュウと聞こえているのは未だ火のくすぶる音なのか。

時代劇のセットだと思って見回したあの町並みが一日や二日の間に無くなってしまうだなんて。
いったい、何の報いなのか。

「誰も止められなかったの?」

焼け跡に目もくれず、平然と前を歩いていた山崎さんが足を止めて振り返った。

「京都守護職って何?何を守護するところ?京都の何を守ったの?」

彼は何も答えてくれない。

「何の戦争だったの?戦争しなくちゃいけなかったの?いったい何を守ったのよ?町が無くなるより大切なもの?」

目が痛くて涙が止まらなくなる。

「あたしが京都の人だったら、どっちが勝ったっていいから火事を止めてくれた方の味方する。戦争なんて関係ない。市民を守れないような政府は要らない」

現代語を理解できたかどうかは判らない。
表情も判らなかった。
目も開けられなくなっている私の背中に手を回し、

「よしよし。そうやなぁ、お上は民を守らなあかんわなぁ。」

歩みを促す。

「火事はもう済んだ事や。町を元に戻すのはこれからや。民を守るのもこれからや。」

これからこれから、と呪文のように彼は続け、目隠し鬼の背中を押してしばし。

「さあ、ここがあんたの住まいや」



「うそー!やだー、目が痛くて開けられないー!喉もいがらっぽい」

わめいていたら水を汲む音。

ヘレン・ケラーみたいに手を引いてもらってタライを認知(笑)。
顔を洗ってうがいして、渇いた喉を潤して、ようやく辺りを見回した。

自分が今立っているのは井戸端だった。小さな庭を挟んで縁側がある。ふた間ほどの平屋。
井戸の横には風呂場があった。
焼け跡の臭いに慣れた鼻腔に木材の匂いが心地良い。

「新築・・?」

「商家のご隠居はんの寮に使こてたんを借り受けましたんや。あちこち手ぇは入れましたが・・・」

山崎さんは既に縁側から家の中に上がり込んでいる。

「リョウって何?」

「御妾囲って住んではったいうことやな」

なるほど、もともとそういうウチってわけね。

襖の引手とか欄間の細工とか、細部のデティールが瀟洒な感じがするのはそのためか。
ふーん、と後に続いて縁側から上がろうとしたら、

「あっ!」

と山崎さんが私の顔を見て叫んだ。

なに?っと思った瞬間、いきなり頭に衝撃!
そのまま後頭部が背中に付くかと思われる程仰向けになっちゃって・・・!

家の軒下から青空が見えて、真後ろにひっくり返るかと思った時、ふわっと体が宙に止まった。

「おおっと、気ィつけなあかんがな」

山崎さんのドアップ!
倒れそうになったのを抱き止めてくれたのだ。
素早さにびっくり。

それにしても突然のことで、どうしたのか自分でもわけが判らない。
山崎さんが笑う。

「御髪結わはったさかい、鴨居に引っかかってしもたんですわ」

それってこの家が私を入居拒否してるってことか??
恐るべし純日本家屋!

・・・と、内心ボケてる場合か(笑)。

「いつまでこうやっていればいいの?」

私は足だけ縁側に残したまま仰向けにほとんど地面と水平になっており、山崎さんは沓脱石に足をかけて王子様座り&お姫様抱っこ状態。

「小夜はん、こうやってると可愛らしなー」

目が三日月のようになってる。

「ちょっとぉ!何言ってんの?下ろしてよー」

そしたら彼氏ってば調子に乗っちゃって、

「ええんか?手ぇはーなーすーでー!」

ぐわっと地面に落とそうとする。

「きゃー」

と思わず抱きつくと、ニンマリ。

「放してー!」

とわめくと落とす真似。

きゃーきゃーがゲラゲラになってもやめないので、

「しつこい!」

彼のほっぺたにデカイ手型が付くことに・・・。



「なんでやねん。ようやっと笑ろてくれはったー思ただけやん」

初めて見た山崎さんのブーたれ顔はちょっとかわいかった。
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