もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

我が家のトイレの後の方からいつの間にか伸びて、垣根を這って夏の間中咲いていた烏瓜の白い花もとうに終わり、実をつけるのを楽しみにしていた九月も初めの昼下がり。

この家の主人が顔を見せた。
始め、てっきり彼ひとりだと思ったので、

「おかえりぃ」

烏瓜の葉陰を覗き込みながら、お愛想に言うと、

「何してるんです?」

垣根越しに笑顔が見下ろしている。
秋晴れの青空をバックに、薄っすら伸びた月代が見慣れなくて一瞬戸惑ったけど、

「おー!沖田さん!いらっしゃい。歩いて大丈夫なの?」

思わず出た私の素っ頓狂な声(後からしっかり叱られました)を笑いながら木戸を回って入って来る。

辛うじて腰に二本は差しているけど、着流しに掛け襟の半纏姿が物寂しげ。
足元も雪駄だったし。

それでも好奇心の赴くまま、藪柑子の茂みを注意深く踏み分けて私の居る垣根の側にやって来る。

それを横目に見つつ、

「調子がいいとすぐこれだ。俺がとっ捕まえなきゃどこまでほっつき歩いていたんだか」

この頃紋服が制服状態の土方さんは私なんかには眼もくれずに、まっすぐ座敷へ上がって行く。

「へへ。いいじゃないですかぁ散歩ぐらい。好きにさせて下さいよー。寝てばっかりは体が痛くってしょうがない」

そう言い返してから、私の耳元へ、

「ヘマしちゃって途中で捕まっちまって・・」

「あらまぁ、お気の毒。でも良く追い返されなかったわね」

「ここは近いですからね。ここまでならと許してくれたみたいです」

何せ新しい屯所からは歩いて二分だもんな。
スープの冷めない距離ってヤツ(--;
沖田さんの療養している近藤局長の妾宅はその屯所のすぐ隣だし(^^;

二人でチロッと座敷の様子を見やる。
副長様、お着替え中。

「あの人何しに来たんだろ?」

って思ったまんまに言っちゃって、

「何しに・・って、ここは副長の休息所なんですから、小夜さん~」

と突っ込まれる(^^;
仕方ないので、

「ところで幸はどうしたの?一緒じゃないの?」

と話を変える(笑)。

「幸?幸のヤツなら撒いて来ましたよぉう。そんなの、もちろんじゃないですかぁ」

笑。
沖田さん得意げ。
元気は良さそう。

でもすぐ、

「もっとも、ここへ連れて来られるなら撒かなくても良かったなー」

と頭を掻いた。

「大丈夫よ。ここに居ればすぐ嗅ぎつけて来るでしょ」

「ところで、小夜さん、ここで何してたんです?」

あ、忘れてた。

「烏瓜の葉がさー、今朝になったら散っちゃってさー。このまま枯れちゃうのかしら?」

つい二、三日前までふさふさと垣根を覆っていた葉が突然無くなってしまったのだ。
赤い実が成ったらさぞかし秋には風情もあろうと思って楽しみにしてたのに。

「散ったぁ?そんなに早く?まだ青々してるじゃないですかぁ?」

「だってホントなんだよー。見てこの辺。葉が無いでしょ?」

「あれ?ホントですねぇ・・」

二人して葉っぱの落ちた烏瓜の蔓を視線で辿って・・・。

「ははぁ・・」

と、沖田さんが何か見つけたみたいだ。

「居ましたよぉ~。ほれ!」

嬉々として一枚の葉っぱをめくって見せる。
そこに居たもの・・・。

心臓が止まるかと思った・・・。
誇張無しで1メートルぐらいは飛び退ったかもしれない。

「ぎゃぁああ~っ!!!」

鮮やかな黄緑に黒いぽちぽちのついた芋虫を目の前に突き出されたら、そりゃ腰も抜けるでしょ?

「おい!うるせぇぞ」

と座敷から声は聞こえていたけど、そんなの構ってられるもんか!

こけつ転びつ庭を突っ切って縁側にたどり着いた背中に、沖田さんの嬉しそうな声。

「こりゃ太ってるなぁ。コロコロしてらぁ」

いやーっ!
そんな描写しなくていい!
目の中に残っている残像までむしって捨てたいくらいなのにっ!

「ありゃあ、こっちにも居ますよ。あ!ほれ、ここにも。これじゃあ葉っぱも無くなるわ」

「うぎゃ~!そんなの数えなくていいー!」

「取ってあげますよ」

え?
と思う間に彼は縁側から茶の間に上がり込み、大刀を置き、代わりに火鉢から火箸を抜き取って庭にとって返した。

首をすくめて鴨居を潜りながら大股でノシノシと歩く姿は普段のそれで、病の衰えを感じさせない。

楽しげにニコニコしながら火箸でつまんだ青虫を、

「デカイなー」

見せるなぁ~っ!(泣)。

「こっちに見せなくていいから!早くなんとかしてー!」

こっちは遠巻きにじたばたしております。
それをたぶん、彼は面白がってる。

「なんとかって、捨てろってことで?」

言うなり足元にポイッと・・・。

「違う~っ!ばかーっ!そんなとこに放さないで~!ちゃんと拾って殺して~!」

「殺せ・・って、酷いこと言いますね~」

また火箸でつまみ揚げて、蠢いているのを見ている。

「うひゃ~、すげぇ色だな」

とか言いながら!

キモイ!
悪趣味!

「いいのよ!それはもう殺しちゃっていいの!あんなに葉っぱ食べちゃったんだから。それは害虫!」

沖田さんを探して幸がやって来たのはそんな時。

「アンタ何騒いでんの?」

と木戸越しに、縁側に倒れ込んでいた私に言った後、

「沖田先生も。ここに来るならそう仰って下さいよ」

入って来る前から声で判ったんだろう。
木戸を潜り、溜息をつきながら抗議し始めたのだが。

「何も私にまで嘘をついて・・・」

相手の手にしたものにようやく気がついたらしい。
電池の切れたロボットみたいに唐突に動きが止まった。

それで彼女のリアクションは終わりなのかと思っていたんだけど、

「お前も苦手かい?」

火箸を突き出し、沖田さんが一歩前に歩み出した次の瞬間、

「いや~っ!!」

聞いたことも無いような超音波を発して、幸がすっ飛んで来た。
思わず受け止めてまた縁側に転げる(笑)。

「なんだよ、お前もだめか。そんな悲鳴初めて聞いたな」

沖田さんが笑っている。

「そんなもの、突然目の前に持って来られたら誰だって気味が悪いに決まってますっ!」

頬を染めて一生懸命負け惜しみを言ってる幸は確かにかわいいけど、それにしても沖田さん嬉しそう。

体調がいいから大丈夫と言い張って、その後、彼は虫に食われた烏瓜を(虫ごと)全て撤去してくれたんだけど・・・。

終始縁側で(抱き合ったまま・笑)作業を見守っていた私等が何度悲鳴を上げらされたか(T-T)。
その度、土方さんにやかましい!って怒鳴られるし(彼は例の如く昼寝に来てただけだった)。

だってさー、虫のついたままの烏瓜の蔓、ワザとこっちに持って来て見せたりするんだもん!
沖田さんがこんなイジメっ子とは知らなかったよ(T-T)。




縁側でお茶にする。
陽が当たっていてももう暑くない季節だ。

虫の恐怖でヘロヘロになって動けない私の代わりに、幸が仕度をしてくれた。

ようやく静かになって、六畳の座敷では土方さんがお休み中。
襖も障子も閉め切ってある。


垣根を覆っていた烏瓜を取っ払ったら、その足元に咲いていた石蕗(ツワブキ)の花が目立つようになった。
その隣には秋明菊が風に揺れ、手水鉢の庭石の陰から杜鵑草(ホトトギス)の花が覗いているし。

沖田さんの手にした湯呑茶碗には女郎花の絵。
お茶請けはかりんとう。
べたつかないで食べれる季節になったのだ。

「そう言えば去年の今頃よね、テルちゃんに出会ったの。早いね、一年って」

出会いからたった一年しか経っていないのに、既に儚くなってしまった友を想う。
百か日の法要もひと月ほど前に済んでしまった。

「人の命なんて儚いもんですよねぇ」

お茶を啜りながら沖田さんが言う。

意外とサバサバした言い様だ。
私の感傷に言葉だけ合わせている風。

後に居るはずの幸はコメント無し。

隣を見れば、清々しい笑顔がいっそ憎らしい。

縞お召の半纏の肩先が尖って見える。
湯呑を持つ手首の、痩せて衰えたのが私にさえ判る。

そのくせ、他人事みたいな言い様なのだ。

判ってるよ。
あなたは自分の命でさえも、そんなもんだと思ってるでしょ?

人の命が儚いのは当たり前だと。
儚いものに執着しても仕方ないと。



あのさ、・・・儚いから大事にしなくちゃいけないんじゃないか・・・?


とは、言わないでおく。
真正面から斬り込めば、上手くかわされるのは目に見えている。

「自分はどうなの?」

矛先を変えてみただけ。
彼はお茶を吹きそうになりながら、

「ええっ?私ですか?私もまあ、儚いですよー。たまたま生きてるってだけですからねー」

するり、と斬り抜けるのはお手の物だ。

「たまたま?」

「そうですよぅ。死ぬなんて、こんな簡単なことは無いですからねぇ。物騒な世の中だし。いつ何時どうなるか判らないでしょう?」

ひょうきんな表情で分別臭いことを言うあたりは、早熟な子供がすかしてる風。


この人は・・・。
私なんかとは比べ物にならない位、人の死というものに直面して来てるんだろう。
人を斬った事も、つまりは人を殺したことも、数え切れぬ程あるのかもしれない。
好むと、好まざるとに係わらず。

そしてその度毎に、自分の死をも覚悟して来ているのかもしれない。
何度も何度も。
嫌というほど。
好むと好まざるとに係わらず。

だから、死というものに対して特別な感情が湧かなくなっているのかもしれない。


だけど。
それにしても。

この、自分の生きていることへの執着の無さは何だ。

一体それがポーズなのか本音なのかは知らないけれど。
でも、なんだか異論を唱えたくなる。

判った風なこと言うなぃ。
と、その時はただ・・・何だかゴネたくなったってだけかも。

「ふーん。じゃあ、みんなそうだってことね?私も?幸もそうなのね?」

他人に対して言ったつもりは無かったんだろう。
私の不機嫌にちょっとまごついて、それからそんな自分のリアクションを隠すように、

「・・ええ、まぁね。みんなそうですよ。たぶん。生きとし生けるもの」

またいつものように可愛らしく憎らしく、ニッコリと笑い、かりんとうを齧った。
でもそんな誤魔化し、私に通用するもんか。

「みんながみんな、たまたま生きてて、たまたまこうして出会ったってこと?全部が全部たまたまなの?」

沖田さんはエスカレートして行く私の論旨にちょっと苦笑しながら、

「まあ、そういうことでしょう」

視線を庭に戻した。
口の中のかりんとうをお茶で流し込みながら、秋明菊の蕾に蜻蛉がとまっては飛ぶのを、見るとも無く見ている。

そうやって当たり障り無く流すつもりだ。
でも悪いけど、私は逃がさないよ。

「だとしたら、素敵なたまたまだね」

え?とこちらを見た。

「だって、たまたま生きてる二人がたまたま巡り合って、たまたまこんな風に喋ってるんだよ?こんなたまたま、めったに無いよ。スゴイ事だと思わない?」

億万の可能性の中からこんな巡り合わせで私達は今こうやって相対しているのだとしたら、グッジョブ神様vではないか。

なのにあなたみたいに、つまりは木や草や風みたいに、飄々となんか生きて居られるかってんだ。


まるで今初めて出会った人を見るかのように、彼はきょとんと私を見ている。
自分の世界に籠もって行こうとするのを、途中で袖を引かれてあっけに取られているのかも。

ややあってようやく、はにかんだような笑いを見せ、

「参ったなぁ」

眉を下げた。

降参の意味かと思った。
してやったりと思ったのに、彼は一気に息の根を止めに来た。

「そんな入れ知恵をされたら、死にたくなくなるじゃありませんかぁ」


・・・瞬間、心臓が止まりそうになった。

私だけではない。
辺りの空気が全部、凍りついた。

死にたくないと思いたくないが為に、彼はずっと今まで、自分の生を軽んじて来たと言うのか。

生と死の垣根を低くするみたいに?
死を意識しないで済むように?

問題発言をとぼけてやり過ごそうとでも思っているのか、相手は何事も無かった様に平然と茶を啜っている。

「それ、どういう意味?死にたいと思ってたってこと?」

「いや、そういうわけじゃぁないですけど・・・」

と否定はしたものの、後の言葉が続いて来ない。

諦めたような溜息と、そしてまた笑顔。
説明しても仕方ないと思っている。

腹が立った。
この場で言い争うのを避けたかっただけだ、とは後から気付いた。

「じゃあ何よ。いつ死んでも良いように、何にも感動せずに、何物にも心を動かされずに生きようとしてるってこと?」

小夜!と横から幸にたしなめられたが、曖昧に終わりたくなかったんだ。
だが、沖田さんとしては波風立てずに場を治めたかったらしい。

「そうですねぇ。・・・何物にも心動かされずに、っていうのは武士としての心がけでは有りますね」

はぐらかした。

食い下がる。

「ああそう。でもそれって、生きてるうちから死んでるみたいね」


確かに、病人に言う言葉ではないんだろう。

あんまり呆れて言葉が出なかったと、後から幸が言ってた。
つまりドン引きしてたってことだな(--;

でもなんだか、むちゃむちゃ腹が立ったの。
相手が病人だろうと、自分を抑えられなかった。


沖田さんはなんとも言い現せない微妙な顔つきで、まじまじとこちらを見返し、それから不意にぶーっと吹き出して、

「すっごいこと言いますねぇ、小夜さん。・・・顔、怖いし」

堪えきれないとでも言いたげに顔をくしゃくしゃにして忍び笑う。

くっくっく、と、それは長く続いて、最後に咳に変わった。
心配した幸が背中をさすろうと立ち上がる気配を見せたが、彼はそれを制して、なんとか自力で咳を抑え込んだようだ。

ここで怒って席を立たれたら、私は彼と決裂したまま終わったかもしれない。

笑ってくれたおかげで、この後も言いたいことを素直に口にできたと思う。
それは確かだ。

「生きてるんなら100%生き切りなさいよ。自分から死にたいようなこと言わないでよ。そんなのは死んでいった人達への裏切りだよ。もっともっと生きていたかった人だって居るのに、そんなことしてたら恥ずかしいじゃんか!」

言い募る私を、幸がなだめに入る。
それを押しのけて、

「たまたま生きてるなんて情け無いこと言わないで。私等は私等の意志で、生きたいと思って生きてるんだよ。死にたいなんて思ってやしないんだ。死にたいなんて言うんだったら・・・生きる覚悟が無いんだったら、さっさと死んじゃえばいい!」

「小夜!言い過ぎ!」

耳元で幸が叱咤する。
泣きじゃくっている自分に気付く。

「だってさ・・。だって出会ったきっかけはたまたまかもしれないけど、次にもまた会いたいって思って、お茶しようねって約束したり、今こうやって話してたりするのは・・・たまたまじゃないでしょう?」

いや、それもたまたまかもしれない。
選んだ例題が冴えないぞ小夜!と、上手く説明できない自分に凹みかけたところへ、

「そうですね」

沖田さんが眉を下げ、小首を傾げている。
微笑んでいる。
同意してくれている?

思わず擦り寄る。

「そうでしょ?判ってくれるでしょ?」

「判ってます」

頷いた。
嬉しかった。

・・・この時はね。

「いつ死んでもいいなんてバカなこと考えないでよ?必要なのは生きる覚悟よ。死ぬ覚悟なんてそんな馬鹿なもの要らないんだからね?」

「判ってますったら」

それから殊更可笑しそうに、

「ていうか小夜さんそれ、武士の覚悟を馬鹿って言ってますよ」

・・・え?

あら。

わはははは!(^^;
と目の前のファニーフェイスにつられて爆笑。

笑いながら、幸に手渡された手拭で涙拭いて洟かんでたら、

「小夜さんって立ち直り早いですよねぇvv」

今度は幸が笑う番。

屈託無く笑い合う沖田さんの笑顔は、普段通りのもので。





「また来てもいいですかねぇ?」

木戸の外に立って、はにかみながらおずおずと訊く沖田さんが可愛らしくてからかっちゃう。

「そうね。また虫が出たら呼ぶから、片付けに来て」

「なんですかそれ」

笑ってる。

「今日は助かっちゃった。ありがと。でもあんまり脱走してちゃだめよ。ちゃんと養生してね。お孝さんによろしく」

「退屈なんですよー。小夜さんも遊びに来てくださいよ」

そりゃそうなんだけど・・・。
屯所の隣ってのが行きにくいんだよね。

「いいよぉ、行くよぉ。お土産は・・・そうねぇ、今度は毛虫がいい?」

「要りませんよそんなものは!」

苦々しげに、でも可笑しそうに即答。
手を叩いて笑ったら、

「悔しいなぁ。もうちょっと懲らしめりゃ良かったなぁ」

笑いながら帰って行った。
角を曲がる寸前に、

「あ!『悔しかったら自分で毛虫捕まえてみろ!』って言えば良かった・・!」

という声と、幸の笑い声が聞こえて来た。

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