もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
「でさー、私にはその妖しげな残りご飯でチャーハンなわけー?」
幸が戻ってきたのはもうすっかり日が昇ってから。
どこで鳴いてるのか、今日も今日とて蝉の声が暑苦しい。
「朝炊いたのだって混ざってるわよ。炒めたんだから大丈夫だって」
「痛んでたら炒めたって同じでしょーが」
「私が味見してみて大丈夫だったんだから大丈夫なのー!捨てるの勿体無いじゃない」
「アンタの胃袋と一緒にされてもなぁ・・」
「なんですって?」
「いえ、何にも(^^;」
お約束でそこまでツッコミ合ってから朝食会。
味噌汁には豆腐も入ってるし、チャーハンには玉子も。
幸の調達してきたものだ。
彼女はあの後、東寺での一部始終を見て来たという。
好きだよねー(^^;
歩兵隊同士の喧嘩の決着は新選組の(正しくは近藤局長の)預かりだって。
さすがと言えばさすがなんだろうけど。
なんだか大仰な気がするのは私だけ?
で、さっきから歩兵隊の内輪もめに仲裁に入る近藤局長の口真似なんかして悦んでるヤツが若干名(--;
「カッコ良かったよー!近藤先生ってさー、ああいう時サイコーにカッコイイの。堂々としてて。なんだろ、押し出しが良いってああいうのかな?荒野で呼ばわる洗礼者ヨハネってあんな感じ?」
例えが変だよ(--;
「でも凄いよねー。銃を構えてにらみ合ってる中に入ってくんだよ?何時撃たれるか判らないんだよ?肝が座ってるよね」
あーあー、目なんかキラキラさせちゃってー。
嬉しそうだなぁ。
いつもは分別臭く大人びて見えるくせに、こういう話になるとまったく子供。
っていうか男の子みたい。
「で、アンタの下駄、どこで失くしたのさ?」
あれ?
呆れてる間に急に話題が変わりました(爆)。
「橋の上ぇ~」
味噌汁を啜りながら。
「橋?」
「五条大橋」
「あんなとこまで行って何してたの?」
「星見てた。そしたらヤツが連れ戻しに来た」
「ヤツ・・って副長か。ふーん。そいで?」
幸はさっきからキュウリ揉みに混ぜたミョウガばっかり箸でついばんでる。
単衣の袂は肩まで、袴も膝上までたくし上げて胡坐かいてるし、団扇でバタバタ扇ぐし(それは私も(^^;)、ご飯食べるのに汗かくからって手拭頭に巻いてるし(--;
「揉めてるうちに履いてた下駄片っぽ落っことした」
「へえ?そいで?もう片方は?」
「片方だけ有ってもウザイから捨てた」
「ほー。それも川へ?」
食べ終えて、今度はお茶を啜る。
夏はお茶の湯気までも暑いやねー。
冷たいの切らしたんだ。
これ飲んだら作っとこ。
と思いながら、
「うん。持ってけドロボーってさぁ、橋の上から思い切り遠くに投げてやった」
何気なしに言った言葉に、幸はびっくりするほど食いついた。
「ええっ?そう言ったの?ホントに?」
急にデカイ声を出されたのでむせそうになる。
「う・・ん。なんで?」
それには答えずに、彼女はしばし目を見張り、
「それだ!」
ミョウガを挟んだ箸の先をこっちに向けた。
それからニカっと笑って、
「きっとそれだよ!厄落とし!」
「へ?」
なんだそれ?
「アンタ等の代わりに下駄持ってったんだ!」
笑ったまんまミョウガを口に運んだ・・。
嬉しそうなんだけど・・・。
全然意味判んないし(--;
「ほら、凄いもの憑いてるって言ったじゃん。それだよ!」
憑いてる・・・って(--;
あの時は確か連れてるって言ったんだぞ?
「判んないよ。何言ってんの?」
「だからー!もー、判んないかなぁ?」
幸の言うには、土方さんを脅かしていた「凄いもの」が、彼の身代わりに私の下駄を持って行ったんだと。
「なんでヤツの代わりに私の下駄なのよ?」
「副長と一緒に居たんでしょ?一緒に狙われたのかも。下駄は左右二つだし。つまり二人分。投げ入れたのは川だし。厄流しだ。持って行けとまで言ったんでしょー?アンタってなにげに凄いよね」
凄いよね・・・って、人を霊媒師かなんかのように言うな。
しかも嬉しそうに(--;
でも、
「そういえば・・・川に落ちたはずなのに音がしなかったような・・」
後から投げ入れたのは音がしなかった。
なんでだろう?
幸が身を乗り出す。
「ホント?投げ入れた後、確認しなかったってこと?」
「そうねぇ・・。まあ、別に見届けようとも思わなかったけど・・」
最初に落としたのも見て無いんだ。
見えなかったつーか。
「すげぇ!やっぱ持ってかれたんだ」
幸ちゃんガッツポーズ!
なんかねー、UFOでも見たような騒ぎよ?(^^;
「なによそれー。誰が持ってったって言うの?脅かさないでよー。夜中だったから見えなかっただけじゃん」
「違うよー。やっぱ何か居たんだって。アンタ等の身代わりに下駄持ってったンだよ~」
「どこへ持ってったって言うの?」
「あの世」
(--;
「鴨川は都と外との境なんだぜ?そこに架かってる橋の上から下駄投げたってアンタ・・・!しかも夜中に!」
話にならんわ。
いくら夏だってねぇ、そんな子供だましのオカルト話なんか付き合ってられん。
そんなことより、私はあの人とおゆうさんの関係の方が気になっていた。
せっかく行けるチャンスだったのになぁ。
こんなことなら夜中に叩き起こして、カノジョのところに行かせれば良かった。
「だって凄かったんだよ、夕べの副長」
幸はまだオカルト話の続き。
「見た感じ、どんよりしてて黒かった」
「黒かったぁ?」
ってどんなん?
想像つかない。
暗かったの間違いか?
「首から肩にかけてと、腰から足元に・・・。霞がかかったみたいに黒っぽいもの引きずってた。あと、顔」
顔?
顔が黒かったってこと?
あの色白男が?
「顔がさぁ黒っぽく・・・滲んで見えて・・ぞっとした」
ぶるっと身震いをする。
大げさなヤツ。
「アンタの目がおかしかっただけじゃないのー?」
茶化したつもりだったのに、乗って来ない。
目がマジ。
そっちもお茶を啜りながら、
「アンタは判んないかもしんないけど、近頃ほんとヤバイんだ、副長は。憎まれてるっていうか、いろんな人の・・・恨み買ってて・・」
急に声のトーンが落ちた。
唇を噛む。
「もともとそういうことは厭わない人みたいだし、それだけに誤解されても何の説明も・・・弁解がましいことはしない人だし。自分の基準がちゃんと有る人じゃない?その基準で何でもスパスパ切ってっちゃってさー・・。だから余計に恨みを買うんだよね」
深刻に考え込んでる幸には悪いけど、私はアイツのためになんか親身になれない。
「独断専行して事後報告も無しってことでしょ?要するに勝手なヤツってことじゃない。判りきったことだわ。誤解を承知でやってるんならしょうがないじゃん。好きでそうしてるんだから心配すること無いよ」
心配するだけ無駄だろ?・・とは言える雰囲気じゃない。
「でもさー、あの人は副長だもの、独断なわけないじゃない。あの人が局長をないがしろにするワケ無いんだよ。頭の回転が早いから『先行』はするかもしれないけどさ。『やむを得ず』って事だってあるしさ。それを全部副長のせいにされるとさー・・」
むくれ気味で空になった湯呑茶碗を握り締めてる。
「それはアンタが事情を知ってるからでしょ?知らない人間にはそうは見えて無いワケじゃん。蚊帳の外に置かれたらそれだけで腹が立つって事もあるしさー」
言いながら、食べ終えた食器を片付け始める。
が、いつもなら一緒に動く幸がペッタリと座ったままだ。
どうしたんだろう?と見ると、
「もしかしてアンタ怒ってんの?」
「は?」
「蚊帳の外って・・」
ああっ!
いやいや、違う違う!
慌てた。
「一般論!一般論!私は・・アイツとは軋轢を生じるので詳しい事情は知りたくありません!できるだけ係わらないようにしてるんだから。必要最小限の情報でいいです!今日は来そうに無いとか、今から来るけど機嫌が悪そうだとか、そういうのでいいから!余計な事情は教えないで!」
意思の疎通を図るのにエネルギーを使うんだよな(--;
それが面倒なんだよ。
幸は呆れたように目を丸くし、
「余計な・・・って、へー。なるほど、そうか。判った・・」
何をどう判ったんだか、可笑しげな笑顔。
「なによー。またなんかオカルトちっくな話に持って行こうとしてるでしょー?」
「そうじゃないよ」
と言いながら、今度はその先を教えてくれない。
自分の中で勝手に話を完結させたようで、テキパキとちゃぶ台の上を片付け始めた。
「でもま、副長が復調して良かったんじゃない?」
〆がオヤジギャグかよ!
「撫子の浴衣も似合ってたしーv」
しー、でワザと歯を剥いて笑って見せる。
嫌なヤツ。
お気に入りの萩の柄の浴衣は昨日洗濯しちゃって、夕べはやむを得ず気に入らなかった撫子柄の浴衣を着たんだ。
それをからかっている。
「萩のもいいけど、撫子は可愛くて良いやね。やっぱ山崎さんの見立てだねー。好きな柄と似合う柄って違うんだよねー。夜のデートにはあれで良かったんじゃないのー?可愛くってさー」
「なにバカ言ってんの~っ!」
睨んだらヒャハハと笑って逃げて行った。
カチャカチャと茶碗を洗う音に、遠くの方から蝉の声がかぶさる。
井戸端で洗い物をするには、既に日差しが殺人的だった。
戸を開け放っていても台所は蒸し暑かったけど、日差しを避けられるだけまだマシだ。
流しの前に二人並んで座るスペースは無い。
洗い物をする幸の横に立って、私は水を汲む役。
幸がさっきの話を蒸し返し始めた。
「アンタには何も教えてなかったけどさ、実は半月ほど前、新選組総員直参取立ての内示が出てから直ぐ、切腹が五人出たんだ」
「五人も?一度に?」
そんな話をしながらも、彼女は淡々と仕事をこなしている。
洗い桶から目を上げない。
「うん。それが・・・伊東先生が脱退したのは知ってるでしょ?その時の約束でそれ以後は隊士の入れ替えはしないって決めてたらしいんだ。で、その五人は直参取立てを嫌って伊東派へ移ることを要求したんだけど容れられなくて、戻ることも良しとしなくて、挙句、切腹」
濯ぎの洗い桶に水瓶から柄杓で水を汲む手が止まってしまう。
「えー!なにそれ!なんでそこまでしなくちゃいけないの?」
見上げる幸の顔が渋い。
「そういうもんなんだよ」
何言ってんの?
「そういう問題じゃないでしょー!!」
「大きな声出さないで。いいから聞いて。アンタがそういう反応するから今まで言えなかったんだからさ。ね?判ってよ。もっと話は続くんだ。今は話の流れを聞いて」
洗い桶の縁に手を掛けて、見上げる口元が一文字。
興奮するなと言っている。
そんなこと言ったって・・・、と戸惑う私に、早く水を入れろと目で合図した。
柄杓で二つ三つ、桶に注ぐ。
幸は至極冷静に、お椀やら箸やらを濯ぎ始めた。
「そんな結果になったのを、みんなは副長のせいにしてる。もっと融通が利かなかったのかって」
「そりゃそうだよ!誰でもそう思うもん」
つい言っちゃう。
幸は・・・無言。
下を向いて洗い物を続けている。
気に障ること言っちゃったかなぁとちょっと不安になったけど、でも・・・自然な反応だよね?
井桁絣の背中が動いて、大きく溜息をついたのが判った。
「でもそれは副長だけのせいじゃない。伊東先生と話がついてたことだ。曲げようが無い」
「でも、五人もの命がかかってるのよ?もっとなんとかならなかったのかって思うじゃない」
「確かに。誰でもそう思う。誰でも。副長もそう思ってると思うよ。違う?」
答えられなかった。
嫌いな勢いで「違う」と言い切るほど簡単な問題じゃない。
「でも、なんともできる立場じゃなかったんだよ。トップ同士が話でもしてなんとかなれば、あるいは・・・」
「それは近藤局長のせいってことなの?」
「そうは言わない。私もそこまでは判らないよ。でも、少なくとも副長の独断ではないでしょ?それに、何らかの手立てを打っていたかもしれないじゃない。それが間に合わなかっただけかもしれない」
淡々と洗い物を続けていた手がふと止まった。
「誰にも真相は判らないんだよ。副長はそれを説明する人じゃない」
「それがおかしいよ。説明すりゃいいじゃん。周りを納得させればいいじゃん。何の説明もなしにそんなことが起きれば、不満が起きるに決まってるよ」
反論の取っ掛かりを見つけて、ここぞとばかりにツッコミを始めたら、
「それさ。黙っている理由。つまり言えない理由がそこに有るんじゃないかと思うんだけど・・・」
それからまた、黙った。
濯ぎ終えた食器を水切り籠に置いて行く。
「それともうひとつ。その切腹騒ぎの一週間後、つまり今から一週間前、それも直参取立ての正式発表があって直ぐだけど、新選組の幹部が一人暗殺されたんだ。これは前に教えたよね?それが、島津家・・薩摩藩と繋がりが有ったという理由で、つまりは内部粛清だった。でも手を下したのは新選組じゃないんだ」
幸がこちらを見上げる。
鼻の頭に汗が噴いてる。
私はイマイチ飲み込めてなかったけど、音がしそうなくらい脳みそをフル回転させて、彼女の言うことを理解しようとはしていた。
なので、彼女の視線の中に迷いが有ることなんて読み取れてなかった。
「伊東先生のグループから刺客が出てる。つまり、試したんだな。伊東派も薩摩藩と繋がってる疑いがあってさ・・・。薩摩とつながりのある人間を始末できるかどうか試したんだ。建前上は友好的脱退だからね。敵対しているわけではないって言い分だ。だから伊東派は依頼された暗殺をやってのけて、身の潔白を証明した・・」
言いながら、いつの間にか視線が宙を漂っていた。
形の良い眉が歪んで眉間に寄ってる。
「そんな指令をさ、副長の独断で出来ると思う?」
再び上げた視線がシリアスで、私はプルプルと首を振って見せることしか出来なかった。
「でしょ?これは全部局長が了解済のことなんだよ。了解したからにはトップの責任じゃん?でも、そうなると局長のイメージがさー・・・」
と言いかけて、彼女はようやく私の手が止まっているのを見咎めた。
慌てて布巾で茶碗を拭く。
「人間誰しも、自分の信じるものを理想化したいわけじゃない?それが新選組だったら局長だよね。その局長が、切腹した五人を追い詰めたとは考えたくないわけじゃない?幹部を暗殺したとは考えたくないわけじゃない?金看板は泥にまみれちゃいけないんだよ」
「局長が黒幕ってこと?」
「違うよ。局長であれ副長であれ、独断じゃないって言いたいだけ。でも、人って悪役を作りたがるし・・・。その方が判り易いからね」
なるほど。
それでか。
「ウチの土方センセーが泥まみれ役を買って出てると・・」
「そゆこと」
洗い桶の水を流し台に空けて、頭に巻いていた手拭を外して顔の汗を拭った。
「だってさー、この血生臭い粛清騒ぎの元凶が局長だなんて考えたらさー、皆嫌気が差して・・・五人に続く人間が出るかもしれない。隊士達の心が離れてしまう。局長の求心力が無くなっちゃう。局長の、カリスマ性が・・・ね」
そこまで言って立ち上がり、
「副長的にはそれは避けたい事態なんだと思うよ」
言いながら庭に出て行く。
井戸を使うようだ。
「自分が全部引っ被れば済むと思ってる。だから何も弁解しない。誤解されたままで居る。その方が面倒が無くて済むし、それに、人って同一の敵が居ると結託するからね。それを結束力として使おうとしてる」
憮然と言い放ち、汲み桶からじかに水を飲んで、手拭を絞った。
残りは風呂場の脇のムクゲの根方に撒く。
日差しの中に水飛沫がキラキラと眩しかった。
「まったく喰えない人だよ。だからあんなのに取っ憑かれるんだよな。まったく・・」
最後はたぶん、独り言だった。
ぱん!と音を立てて手拭を広げ、頭から被ってこっちを振り返る。
勝手口の敷居に乗っかって(←これやると叱られるんだけどね)、襷がけを外そうか外すまいか迷っていた私に、微笑みながら首をすくめて見せた。
話は終わりらしい。
私は正直ちょっと驚いていた。
目の前の友が、ついさっき、近藤さんの口真似をしてはしゃいでいた人間とは思えなくて。
そこまでいろいろ考えていたのかと。
「そんな余計な事情、聞かせるなって言ったのにさー」
背中に差していた団扇を手に取り、扇ぎつつ恨み言を言ってみる。
「そうだね」
笑う。
「なんで喋っちゃうわけ?」
なんで今頃?
なんで私に?
「だってこんなこと、ここしか言えるとこ無いからね」
彼女は被った手拭の端で顔を拭きつつそう言った後、ストレッチしながら日陰を求めて縁側へ。
「私だって人に揉まれていろいろ溜まるし・・スッキリしたい時だってあるんだよねー」
そっか・・・。
言いたいことが言えないで居るのか。
私の知らないところで、いろいろ苦労してるんだな。
余計な事聞きたくないなんて言っちゃって、悪かったかも。
幸を追いかける。
「あのさ、今度、朝焼けでも見に行かない?今朝、橋の上から見たら星空がきれいでさ。そのまま日が昇るまで居たらきっときれいだと思うんだ。涼しいし、そこでゆっくり話さない?こんな暑い・・台所なんかじゃなくて」
言い終わるか終わらないかで、幸が笑い出した。
「アンタってホント判り易いよね?」
「えっ?・・・何がー!」
茶化されて口を尖らせたのを笑い流し、
「京の絶景スポットなら私に任せて欲しいなぁ。伊達に街中ぶらついてるわけじゃないんだよー?」
人差し指を立てて、ちっちっち、とふざけて見せる。
シリアスな表情は既に欠片も無い。
いつも私と居る時の、いつもの笑顔。
物干しに掛けっぱなしの浴衣の影に入って、腰を下ろす。
縁の下の黒い地面にフクチョーが昼寝をしていた。
「コイツさー、ゆうべオンナノコと縁の下でいちゃいちゃしてたんだってー!」
その直ぐ脇の板目に、これも昼寝体勢になった幸が、
「うそ。盛りはとっくに終わったはずだよ?」
「だって土方さんがそう言ってたもん。うるさくて眠れなかったってー」
と言ったらケラケラ笑って、
「そりゃアンタ、からかわれたんだ」
頭に被っていた手拭を今度は顔に被せて、そのまま昼寝と決め込む風。
からかわれた?
私が?
まんまと?
アイツに?
猫の恋の季節って・・・春か・・・。
・・・むかつく~。
昨日夕方洗ったこの浴衣だって、朝までそのまま干してたら、
「夜干しはするな!」
って、結構マジで叱られたんだ。
夜干しすると赤子が夜泣きするんだってさー。
・・・知らねーよ、そんな迷信。
ていうか子供なんか居ねぇよ、ウチにはっ!
って言ったら、
「ガキなら居るだろ?夜泣き代わりに夜歩きしてんじゃねーか」
だって。
・・・激マジむかつく。
あ~もう、スッキリしな~い!
溜まったまんまだー!
「くそー!バカヤロー!むかつくー!」
縁側から外に向って叫んだら、
「おおコワ」
すぐ横で寝転んだまま幸が笑い出した。
寝返りを打って横向きになる背中が肩が、小刻みに揺れて体全体で笑ってる。
「アンタみたいな人、悪い物に憑かれることなんて無いんだろうね。ていうか避けて通る勢いか・・」
なんだよそれー。
皆で馬鹿にしやがってー!
もう、寝る!
私も寝る!
昼真っから寝てやる!
どうせ夕べは寝てないんだい。
暑い最中に昼寝して見た夢は、災いの星にはだかるさそり座の心臓アンタレス。
・・・のはずだけど、何故か土方さんが怒鳴り散らしてる絵だったよぉ~。
真っ赤に燃えて暑苦しかった(--;
うなされた(爆)。
-了-
幸が戻ってきたのはもうすっかり日が昇ってから。
どこで鳴いてるのか、今日も今日とて蝉の声が暑苦しい。
「朝炊いたのだって混ざってるわよ。炒めたんだから大丈夫だって」
「痛んでたら炒めたって同じでしょーが」
「私が味見してみて大丈夫だったんだから大丈夫なのー!捨てるの勿体無いじゃない」
「アンタの胃袋と一緒にされてもなぁ・・」
「なんですって?」
「いえ、何にも(^^;」
お約束でそこまでツッコミ合ってから朝食会。
味噌汁には豆腐も入ってるし、チャーハンには玉子も。
幸の調達してきたものだ。
彼女はあの後、東寺での一部始終を見て来たという。
好きだよねー(^^;
歩兵隊同士の喧嘩の決着は新選組の(正しくは近藤局長の)預かりだって。
さすがと言えばさすがなんだろうけど。
なんだか大仰な気がするのは私だけ?
で、さっきから歩兵隊の内輪もめに仲裁に入る近藤局長の口真似なんかして悦んでるヤツが若干名(--;
「カッコ良かったよー!近藤先生ってさー、ああいう時サイコーにカッコイイの。堂々としてて。なんだろ、押し出しが良いってああいうのかな?荒野で呼ばわる洗礼者ヨハネってあんな感じ?」
例えが変だよ(--;
「でも凄いよねー。銃を構えてにらみ合ってる中に入ってくんだよ?何時撃たれるか判らないんだよ?肝が座ってるよね」
あーあー、目なんかキラキラさせちゃってー。
嬉しそうだなぁ。
いつもは分別臭く大人びて見えるくせに、こういう話になるとまったく子供。
っていうか男の子みたい。
「で、アンタの下駄、どこで失くしたのさ?」
あれ?
呆れてる間に急に話題が変わりました(爆)。
「橋の上ぇ~」
味噌汁を啜りながら。
「橋?」
「五条大橋」
「あんなとこまで行って何してたの?」
「星見てた。そしたらヤツが連れ戻しに来た」
「ヤツ・・って副長か。ふーん。そいで?」
幸はさっきからキュウリ揉みに混ぜたミョウガばっかり箸でついばんでる。
単衣の袂は肩まで、袴も膝上までたくし上げて胡坐かいてるし、団扇でバタバタ扇ぐし(それは私も(^^;)、ご飯食べるのに汗かくからって手拭頭に巻いてるし(--;
「揉めてるうちに履いてた下駄片っぽ落っことした」
「へえ?そいで?もう片方は?」
「片方だけ有ってもウザイから捨てた」
「ほー。それも川へ?」
食べ終えて、今度はお茶を啜る。
夏はお茶の湯気までも暑いやねー。
冷たいの切らしたんだ。
これ飲んだら作っとこ。
と思いながら、
「うん。持ってけドロボーってさぁ、橋の上から思い切り遠くに投げてやった」
何気なしに言った言葉に、幸はびっくりするほど食いついた。
「ええっ?そう言ったの?ホントに?」
急にデカイ声を出されたのでむせそうになる。
「う・・ん。なんで?」
それには答えずに、彼女はしばし目を見張り、
「それだ!」
ミョウガを挟んだ箸の先をこっちに向けた。
それからニカっと笑って、
「きっとそれだよ!厄落とし!」
「へ?」
なんだそれ?
「アンタ等の代わりに下駄持ってったんだ!」
笑ったまんまミョウガを口に運んだ・・。
嬉しそうなんだけど・・・。
全然意味判んないし(--;
「ほら、凄いもの憑いてるって言ったじゃん。それだよ!」
憑いてる・・・って(--;
あの時は確か連れてるって言ったんだぞ?
「判んないよ。何言ってんの?」
「だからー!もー、判んないかなぁ?」
幸の言うには、土方さんを脅かしていた「凄いもの」が、彼の身代わりに私の下駄を持って行ったんだと。
「なんでヤツの代わりに私の下駄なのよ?」
「副長と一緒に居たんでしょ?一緒に狙われたのかも。下駄は左右二つだし。つまり二人分。投げ入れたのは川だし。厄流しだ。持って行けとまで言ったんでしょー?アンタってなにげに凄いよね」
凄いよね・・・って、人を霊媒師かなんかのように言うな。
しかも嬉しそうに(--;
でも、
「そういえば・・・川に落ちたはずなのに音がしなかったような・・」
後から投げ入れたのは音がしなかった。
なんでだろう?
幸が身を乗り出す。
「ホント?投げ入れた後、確認しなかったってこと?」
「そうねぇ・・。まあ、別に見届けようとも思わなかったけど・・」
最初に落としたのも見て無いんだ。
見えなかったつーか。
「すげぇ!やっぱ持ってかれたんだ」
幸ちゃんガッツポーズ!
なんかねー、UFOでも見たような騒ぎよ?(^^;
「なによそれー。誰が持ってったって言うの?脅かさないでよー。夜中だったから見えなかっただけじゃん」
「違うよー。やっぱ何か居たんだって。アンタ等の身代わりに下駄持ってったンだよ~」
「どこへ持ってったって言うの?」
「あの世」
(--;
「鴨川は都と外との境なんだぜ?そこに架かってる橋の上から下駄投げたってアンタ・・・!しかも夜中に!」
話にならんわ。
いくら夏だってねぇ、そんな子供だましのオカルト話なんか付き合ってられん。
そんなことより、私はあの人とおゆうさんの関係の方が気になっていた。
せっかく行けるチャンスだったのになぁ。
こんなことなら夜中に叩き起こして、カノジョのところに行かせれば良かった。
「だって凄かったんだよ、夕べの副長」
幸はまだオカルト話の続き。
「見た感じ、どんよりしてて黒かった」
「黒かったぁ?」
ってどんなん?
想像つかない。
暗かったの間違いか?
「首から肩にかけてと、腰から足元に・・・。霞がかかったみたいに黒っぽいもの引きずってた。あと、顔」
顔?
顔が黒かったってこと?
あの色白男が?
「顔がさぁ黒っぽく・・・滲んで見えて・・ぞっとした」
ぶるっと身震いをする。
大げさなヤツ。
「アンタの目がおかしかっただけじゃないのー?」
茶化したつもりだったのに、乗って来ない。
目がマジ。
そっちもお茶を啜りながら、
「アンタは判んないかもしんないけど、近頃ほんとヤバイんだ、副長は。憎まれてるっていうか、いろんな人の・・・恨み買ってて・・」
急に声のトーンが落ちた。
唇を噛む。
「もともとそういうことは厭わない人みたいだし、それだけに誤解されても何の説明も・・・弁解がましいことはしない人だし。自分の基準がちゃんと有る人じゃない?その基準で何でもスパスパ切ってっちゃってさー・・。だから余計に恨みを買うんだよね」
深刻に考え込んでる幸には悪いけど、私はアイツのためになんか親身になれない。
「独断専行して事後報告も無しってことでしょ?要するに勝手なヤツってことじゃない。判りきったことだわ。誤解を承知でやってるんならしょうがないじゃん。好きでそうしてるんだから心配すること無いよ」
心配するだけ無駄だろ?・・とは言える雰囲気じゃない。
「でもさー、あの人は副長だもの、独断なわけないじゃない。あの人が局長をないがしろにするワケ無いんだよ。頭の回転が早いから『先行』はするかもしれないけどさ。『やむを得ず』って事だってあるしさ。それを全部副長のせいにされるとさー・・」
むくれ気味で空になった湯呑茶碗を握り締めてる。
「それはアンタが事情を知ってるからでしょ?知らない人間にはそうは見えて無いワケじゃん。蚊帳の外に置かれたらそれだけで腹が立つって事もあるしさー」
言いながら、食べ終えた食器を片付け始める。
が、いつもなら一緒に動く幸がペッタリと座ったままだ。
どうしたんだろう?と見ると、
「もしかしてアンタ怒ってんの?」
「は?」
「蚊帳の外って・・」
ああっ!
いやいや、違う違う!
慌てた。
「一般論!一般論!私は・・アイツとは軋轢を生じるので詳しい事情は知りたくありません!できるだけ係わらないようにしてるんだから。必要最小限の情報でいいです!今日は来そうに無いとか、今から来るけど機嫌が悪そうだとか、そういうのでいいから!余計な事情は教えないで!」
意思の疎通を図るのにエネルギーを使うんだよな(--;
それが面倒なんだよ。
幸は呆れたように目を丸くし、
「余計な・・・って、へー。なるほど、そうか。判った・・」
何をどう判ったんだか、可笑しげな笑顔。
「なによー。またなんかオカルトちっくな話に持って行こうとしてるでしょー?」
「そうじゃないよ」
と言いながら、今度はその先を教えてくれない。
自分の中で勝手に話を完結させたようで、テキパキとちゃぶ台の上を片付け始めた。
「でもま、副長が復調して良かったんじゃない?」
〆がオヤジギャグかよ!
「撫子の浴衣も似合ってたしーv」
しー、でワザと歯を剥いて笑って見せる。
嫌なヤツ。
お気に入りの萩の柄の浴衣は昨日洗濯しちゃって、夕べはやむを得ず気に入らなかった撫子柄の浴衣を着たんだ。
それをからかっている。
「萩のもいいけど、撫子は可愛くて良いやね。やっぱ山崎さんの見立てだねー。好きな柄と似合う柄って違うんだよねー。夜のデートにはあれで良かったんじゃないのー?可愛くってさー」
「なにバカ言ってんの~っ!」
睨んだらヒャハハと笑って逃げて行った。
カチャカチャと茶碗を洗う音に、遠くの方から蝉の声がかぶさる。
井戸端で洗い物をするには、既に日差しが殺人的だった。
戸を開け放っていても台所は蒸し暑かったけど、日差しを避けられるだけまだマシだ。
流しの前に二人並んで座るスペースは無い。
洗い物をする幸の横に立って、私は水を汲む役。
幸がさっきの話を蒸し返し始めた。
「アンタには何も教えてなかったけどさ、実は半月ほど前、新選組総員直参取立ての内示が出てから直ぐ、切腹が五人出たんだ」
「五人も?一度に?」
そんな話をしながらも、彼女は淡々と仕事をこなしている。
洗い桶から目を上げない。
「うん。それが・・・伊東先生が脱退したのは知ってるでしょ?その時の約束でそれ以後は隊士の入れ替えはしないって決めてたらしいんだ。で、その五人は直参取立てを嫌って伊東派へ移ることを要求したんだけど容れられなくて、戻ることも良しとしなくて、挙句、切腹」
濯ぎの洗い桶に水瓶から柄杓で水を汲む手が止まってしまう。
「えー!なにそれ!なんでそこまでしなくちゃいけないの?」
見上げる幸の顔が渋い。
「そういうもんなんだよ」
何言ってんの?
「そういう問題じゃないでしょー!!」
「大きな声出さないで。いいから聞いて。アンタがそういう反応するから今まで言えなかったんだからさ。ね?判ってよ。もっと話は続くんだ。今は話の流れを聞いて」
洗い桶の縁に手を掛けて、見上げる口元が一文字。
興奮するなと言っている。
そんなこと言ったって・・・、と戸惑う私に、早く水を入れろと目で合図した。
柄杓で二つ三つ、桶に注ぐ。
幸は至極冷静に、お椀やら箸やらを濯ぎ始めた。
「そんな結果になったのを、みんなは副長のせいにしてる。もっと融通が利かなかったのかって」
「そりゃそうだよ!誰でもそう思うもん」
つい言っちゃう。
幸は・・・無言。
下を向いて洗い物を続けている。
気に障ること言っちゃったかなぁとちょっと不安になったけど、でも・・・自然な反応だよね?
井桁絣の背中が動いて、大きく溜息をついたのが判った。
「でもそれは副長だけのせいじゃない。伊東先生と話がついてたことだ。曲げようが無い」
「でも、五人もの命がかかってるのよ?もっとなんとかならなかったのかって思うじゃない」
「確かに。誰でもそう思う。誰でも。副長もそう思ってると思うよ。違う?」
答えられなかった。
嫌いな勢いで「違う」と言い切るほど簡単な問題じゃない。
「でも、なんともできる立場じゃなかったんだよ。トップ同士が話でもしてなんとかなれば、あるいは・・・」
「それは近藤局長のせいってことなの?」
「そうは言わない。私もそこまでは判らないよ。でも、少なくとも副長の独断ではないでしょ?それに、何らかの手立てを打っていたかもしれないじゃない。それが間に合わなかっただけかもしれない」
淡々と洗い物を続けていた手がふと止まった。
「誰にも真相は判らないんだよ。副長はそれを説明する人じゃない」
「それがおかしいよ。説明すりゃいいじゃん。周りを納得させればいいじゃん。何の説明もなしにそんなことが起きれば、不満が起きるに決まってるよ」
反論の取っ掛かりを見つけて、ここぞとばかりにツッコミを始めたら、
「それさ。黙っている理由。つまり言えない理由がそこに有るんじゃないかと思うんだけど・・・」
それからまた、黙った。
濯ぎ終えた食器を水切り籠に置いて行く。
「それともうひとつ。その切腹騒ぎの一週間後、つまり今から一週間前、それも直参取立ての正式発表があって直ぐだけど、新選組の幹部が一人暗殺されたんだ。これは前に教えたよね?それが、島津家・・薩摩藩と繋がりが有ったという理由で、つまりは内部粛清だった。でも手を下したのは新選組じゃないんだ」
幸がこちらを見上げる。
鼻の頭に汗が噴いてる。
私はイマイチ飲み込めてなかったけど、音がしそうなくらい脳みそをフル回転させて、彼女の言うことを理解しようとはしていた。
なので、彼女の視線の中に迷いが有ることなんて読み取れてなかった。
「伊東先生のグループから刺客が出てる。つまり、試したんだな。伊東派も薩摩藩と繋がってる疑いがあってさ・・・。薩摩とつながりのある人間を始末できるかどうか試したんだ。建前上は友好的脱退だからね。敵対しているわけではないって言い分だ。だから伊東派は依頼された暗殺をやってのけて、身の潔白を証明した・・」
言いながら、いつの間にか視線が宙を漂っていた。
形の良い眉が歪んで眉間に寄ってる。
「そんな指令をさ、副長の独断で出来ると思う?」
再び上げた視線がシリアスで、私はプルプルと首を振って見せることしか出来なかった。
「でしょ?これは全部局長が了解済のことなんだよ。了解したからにはトップの責任じゃん?でも、そうなると局長のイメージがさー・・・」
と言いかけて、彼女はようやく私の手が止まっているのを見咎めた。
慌てて布巾で茶碗を拭く。
「人間誰しも、自分の信じるものを理想化したいわけじゃない?それが新選組だったら局長だよね。その局長が、切腹した五人を追い詰めたとは考えたくないわけじゃない?幹部を暗殺したとは考えたくないわけじゃない?金看板は泥にまみれちゃいけないんだよ」
「局長が黒幕ってこと?」
「違うよ。局長であれ副長であれ、独断じゃないって言いたいだけ。でも、人って悪役を作りたがるし・・・。その方が判り易いからね」
なるほど。
それでか。
「ウチの土方センセーが泥まみれ役を買って出てると・・」
「そゆこと」
洗い桶の水を流し台に空けて、頭に巻いていた手拭を外して顔の汗を拭った。
「だってさー、この血生臭い粛清騒ぎの元凶が局長だなんて考えたらさー、皆嫌気が差して・・・五人に続く人間が出るかもしれない。隊士達の心が離れてしまう。局長の求心力が無くなっちゃう。局長の、カリスマ性が・・・ね」
そこまで言って立ち上がり、
「副長的にはそれは避けたい事態なんだと思うよ」
言いながら庭に出て行く。
井戸を使うようだ。
「自分が全部引っ被れば済むと思ってる。だから何も弁解しない。誤解されたままで居る。その方が面倒が無くて済むし、それに、人って同一の敵が居ると結託するからね。それを結束力として使おうとしてる」
憮然と言い放ち、汲み桶からじかに水を飲んで、手拭を絞った。
残りは風呂場の脇のムクゲの根方に撒く。
日差しの中に水飛沫がキラキラと眩しかった。
「まったく喰えない人だよ。だからあんなのに取っ憑かれるんだよな。まったく・・」
最後はたぶん、独り言だった。
ぱん!と音を立てて手拭を広げ、頭から被ってこっちを振り返る。
勝手口の敷居に乗っかって(←これやると叱られるんだけどね)、襷がけを外そうか外すまいか迷っていた私に、微笑みながら首をすくめて見せた。
話は終わりらしい。
私は正直ちょっと驚いていた。
目の前の友が、ついさっき、近藤さんの口真似をしてはしゃいでいた人間とは思えなくて。
そこまでいろいろ考えていたのかと。
「そんな余計な事情、聞かせるなって言ったのにさー」
背中に差していた団扇を手に取り、扇ぎつつ恨み言を言ってみる。
「そうだね」
笑う。
「なんで喋っちゃうわけ?」
なんで今頃?
なんで私に?
「だってこんなこと、ここしか言えるとこ無いからね」
彼女は被った手拭の端で顔を拭きつつそう言った後、ストレッチしながら日陰を求めて縁側へ。
「私だって人に揉まれていろいろ溜まるし・・スッキリしたい時だってあるんだよねー」
そっか・・・。
言いたいことが言えないで居るのか。
私の知らないところで、いろいろ苦労してるんだな。
余計な事聞きたくないなんて言っちゃって、悪かったかも。
幸を追いかける。
「あのさ、今度、朝焼けでも見に行かない?今朝、橋の上から見たら星空がきれいでさ。そのまま日が昇るまで居たらきっときれいだと思うんだ。涼しいし、そこでゆっくり話さない?こんな暑い・・台所なんかじゃなくて」
言い終わるか終わらないかで、幸が笑い出した。
「アンタってホント判り易いよね?」
「えっ?・・・何がー!」
茶化されて口を尖らせたのを笑い流し、
「京の絶景スポットなら私に任せて欲しいなぁ。伊達に街中ぶらついてるわけじゃないんだよー?」
人差し指を立てて、ちっちっち、とふざけて見せる。
シリアスな表情は既に欠片も無い。
いつも私と居る時の、いつもの笑顔。
物干しに掛けっぱなしの浴衣の影に入って、腰を下ろす。
縁の下の黒い地面にフクチョーが昼寝をしていた。
「コイツさー、ゆうべオンナノコと縁の下でいちゃいちゃしてたんだってー!」
その直ぐ脇の板目に、これも昼寝体勢になった幸が、
「うそ。盛りはとっくに終わったはずだよ?」
「だって土方さんがそう言ってたもん。うるさくて眠れなかったってー」
と言ったらケラケラ笑って、
「そりゃアンタ、からかわれたんだ」
頭に被っていた手拭を今度は顔に被せて、そのまま昼寝と決め込む風。
からかわれた?
私が?
まんまと?
アイツに?
猫の恋の季節って・・・春か・・・。
・・・むかつく~。
昨日夕方洗ったこの浴衣だって、朝までそのまま干してたら、
「夜干しはするな!」
って、結構マジで叱られたんだ。
夜干しすると赤子が夜泣きするんだってさー。
・・・知らねーよ、そんな迷信。
ていうか子供なんか居ねぇよ、ウチにはっ!
って言ったら、
「ガキなら居るだろ?夜泣き代わりに夜歩きしてんじゃねーか」
だって。
・・・激マジむかつく。
あ~もう、スッキリしな~い!
溜まったまんまだー!
「くそー!バカヤロー!むかつくー!」
縁側から外に向って叫んだら、
「おおコワ」
すぐ横で寝転んだまま幸が笑い出した。
寝返りを打って横向きになる背中が肩が、小刻みに揺れて体全体で笑ってる。
「アンタみたいな人、悪い物に憑かれることなんて無いんだろうね。ていうか避けて通る勢いか・・」
なんだよそれー。
皆で馬鹿にしやがってー!
もう、寝る!
私も寝る!
昼真っから寝てやる!
どうせ夕べは寝てないんだい。
暑い最中に昼寝して見た夢は、災いの星にはだかるさそり座の心臓アンタレス。
・・・のはずだけど、何故か土方さんが怒鳴り散らしてる絵だったよぉ~。
真っ赤に燃えて暑苦しかった(--;
うなされた(爆)。
-了-
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