もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

でもこっちもそんな相手の反応はお構い無し。
さっさか歩き出したのを追いかけながら、

「御直参ってさー、幕府?御公儀だっけ?その職員ってことよねぇ?公務員?正式に武士になったってこと?じゃあ前は何?武士じゃなかったの?商人?お百姓?職人じゃないわよねぇ?あ!町人かぁ!・・・ってことは商人の一種?それで刀持ってたの?違うよねぇ?あ、そうか!浪人ってヤツだった?あれ?浪士だっけ?それって武士じゃないの?」

↑(結局何も判って無い・爆)。

「あ!判った。武士だったけどー、御公儀の武士じゃなかったってことよね?でも他の大名の武士でもなかったんでしょ?会津は預かってもらってただけでしょ?ってことはー・・・何?自称武士?武士のつもりだっただけ?武士って宣言しちゃえばなれるモノなの?」

「馬鹿!」

私のおしゃべりを無視して前を歩いていた土方さんが語尾に被せて怒鳴った。
振り返って辺りを伺い、人目の無いことを確認してから、鼻が擦りそうなぐらいに近寄って吐き出すように続けた。

「『つもり』で悪かったな。大きなお世話だ。ごちゃごちゃ言ってねぇで黙って歩け」

ぷいっと踵を返す。

ふーん・・・。
やっぱりそうなのかぁー(違)。

「でもさー、武士でも町人でもお百姓でもないってことはさー、私とおんなじだね」

と追いかけた途端、不意に立ち止まられてぶつかりそうになる。
振り返ったヤツのしかめっ面ったら。
どうでもいいけど、眉間の皺が深すぎて額が割れてるみたいだよ(笑)。

「どこが同じだ。お前如きと一緒にするな!」

そんなに怒るようなこと言った覚えは無いんだけどなー。

「いいじゃん、武士になれたんだからさー。・・私はなりたかないけどね」

「当たり前だ!お前が武士になったらお天道様が西から登るわ馬鹿モノ!」

・・・我ながらすごい言われ様(--;

「そうじゃないから東から登って来たんでしょー?」

遠くの方で鶏が鳴いているのが聞こえる。
既に明るくなりかけている空を振り返ると、東の山の端がバイオレットに染まりかけてた。
立ち上って行くようなグラデーションが、

「ホントにきれいねー。良かったね。夜が明けたならもう大丈夫だね」

ちょっとは気になってたんだよね。

「?」

「幸がね、あの子結構霊感が働く人じゃない?それでね、夕べあなたのこと見て、凄いもの連れてるって言ってたの。だから」

「凄いもの?」

「きっとこ~れ~よ~~」

両手を胸の前にだらりと下げて、幽霊の真似。

ふん、と流されちゃった。

そりゃ私だってそんなものは信じてやしないけど、でも、

「でも夕べは顔色良くなかったよ?今はだいぶ良いみたいだし。それって朝になったからじゃないの?ってことはやっぱり何か取り付いてたんじゃ~?」

さっきから振り返って怒鳴る度、目の下の隈が消えているのも確認できたし、辺りが明るくなってきたせいか、眼窩の影も薄らいできたように見えたんだ。
夕べに比べたら元気も良いしね。

「馬鹿げた話だ。凄いものなど連れる理由は俺には無い」

憮然と言い切った。

「そんなの判んないじゃん。知らないうちに恨み買ってるかもよ~?腰とか肩とかにいろんなものが乗っかってたり~」

ふざけているつもりだった。
しかし相手にとってはそうではなかったようだ。

「誰に聞いたか知らねぇが、何人切腹させようと俺に祟るような度胸のあるホトケは居ねぇのさ。第一、首を刎ねたワケじゃねぇ。礼を尽しているからな。武士は祟らねぇ」

具体的な話し振りにシリアスなものを感じて、ちょっと引いたことは確か。
どう答えていいものか、一瞬言葉が出なかったし。
でも、

「武士は祟らない・・・?」

「死んで祟るようなら始めから刀なんぞ持っちゃいねぇ。そんなものは武士とは言わん」

えーと・・・。

極論されて途方に暮れていると、珍しく懇切丁寧に説明してくれた。

「刀は人を斬る道具だぜ?そんなものを帯びるからには覚悟ってもんが要るだろう」

「覚悟?」

「斬られても恨みっこなしってぇ覚悟さ。お互い命がけで斬りあうんだからな。それが無いなら侍なんぞやめるこった」

はぁ・・・。
なるほどー。
そういうことですかー・・・。

・・・厳しいな。

それって思い入れとしちゃ激し過ぎやしないか?
誰もついて行けないんじゃないの?

まさかそうとも言えず、コメント不能で固まってたら、

「恨みっこ無しってことは祟らねぇってことだろ?」

噛み砕いてくれましたとさ。
なんと答えていいものやら・・・。

「あの・・、でもさー、例えば武士の家に生まれたらどうすんの?覚悟以前の問題じゃない?」

「侍の子は生まれた時から鍛錬されるのさ。覚悟は出来てるはずなのだ」

そうなのか?

「そりゃあ確かに、武士の風上にも置けねぇヤツも・・・掃いて捨てるほど居るには居る・・」

でしょ?

「だがな、例えばそんなヤツラでも、おれは武士として送ってやってるつもりだ」

歩きながら横を向いてふふんと笑って見せた。
整った白い横顔。

「それって・・・『切腹』させることで武士扱いするってこと?『切腹』が武士の証拠?」

武士として(あの世へ?)送るってことはそういう意味なんだろう。

「そうだな」

「それじゃあ『暗殺』はどうなのさ?」

・・・あ。

言っちゃった・・・(滝汗)。

だだだって、ついこの間、新選組の幹部の人が暗殺されたらしい・・・って幸が言ってたんだもん・・。

でもそれってオフレコだったかもー!(ごめん幸!)。
ぎゃー!どうしよう!

焦りまくったけど、喋っちゃったんだからしょうがない。
前を行く土方さんの足が再び止まって、横目で睨まれた。
怒鳴られるかと思ったらまだ口元が笑ってて、

「騙し討ちであろうがなんだろうが手段は関係無ぇ。油断する方が馬鹿なのだ。武士に休みが有るわけなかろう?」

涼しい顔で歩いて行く・・。


何か・・・感心した。

この人ってそういう理屈なんだ。


武士にとっては何時でもどこでも常に戦場なんだから気を抜くなってことだよね?
暗殺という手段は卑怯な手口であって、それを用いるなんて武士とは言えないんじゃないか・・と思ってたけど。

この人にとっては卑怯とかそうじゃないとか関係無いんだな。
相手が武士であることが大前提なんだ。

でも・・・。
なんつーか。
思い入れが激しいっていうか・・・。
そこまで思い込まれるってのも災難っていうか・・・迷惑っていうか(爆)。

この人の敵になった人って可哀想だなー、とは激しく思ったさ(^^;


「何だ?糞でも踏んだか」

言われて自分の足が止まっていたのに気付く。

つーか、クソって!!!

「ぎゃ~!」

思わず前を行く袖につかまろうとすると、

「わ!寄るな馬鹿!汚ぇ!」

身をかわして逃げるんだよコイツったら!

「なによー!踏んで無いわよ失礼ねぇ!脅かさないでよ!そっちこそ逃げるって酷いんじゃないの?」

そこでまたひと揉め。

「お前が不意に立ち止まるからだろ?紛らわしい。糞でも踏んだと思うじゃねぇか」

まったくもう。
そんなことしか思いつかないのがオヤジだっつーの!

「考えてたのー。言ってる意味が良く判んなかったからー」

いや、言ってる意味は判るんだけど、その気持ちが・・感情の割り切りようが現代人の理解を超えてるんだ。

ブーイングに近い溜息を吐いて見せながらも、

「腰に二本差すってことは、殺すか殺されるかの世界に足を踏み入れるってことだ。端から覚悟の上さ。どんな殺され方をしようとも、この世に未練など有りようはずも無い。そこが百姓町人とは違うのだ」

なぜだか楽しげ。
どんな殺され方をしても未練が無いなんて、そんなことが有り得るのか?
そんな覚悟はどこから出てくるんだ?

「それはあなたもそういう世界の人だってこと?」

「そうだな」

伏し目がちに微笑んで歩き出す。
それはそう言われて嬉しいって事?

「じゃあ、24時間365日・・・じゃなかった、四六時中休み無く、油断しないで構えてるわけ?一生?」

「そういうことだ」

なんだかまんざらでも無い風なのが・・・しょってるよね?

で、言ってみた。

「疲れるね、それ」

振り返った顔が、今度は困惑気味。

「息の抜き方覚えた方がいいよ。でないとまた山崎さんに迷惑かけるよ」

困惑顔が不興顔に変わる。
でもそんなの気にしない。

「大人なんだからさー、自分の体の調子ぐらい自分で考えなさいよ」

目を吊り上げて怒鳴りそうになったのを黙らせる手は考えてある。

「いつでもおゆうさんのところに行けるとは限らないんだからね?」

思った通り、相手は言葉に詰まった。
そこへ畳み込む。

「だからさー、今から行って来てもいいよん」

「・・なに?」

あれ?驚いてる?
きょとんと見張った目が・・・無駄にかわいいぞオヤジのくせに(笑)。

「これから行って来たら?山崎さんにはウチでずっと寝てたことにしといてあげるからさ」

行きたかったに違いないのだ。
私のところに一泊するより、カノジョのところの方が良いに決まっている。
でも夕べは山崎さんが彼の行動をチェックして居たんだろうし、本人とても寝れるならどこでもいいという勢いだったからな。

「つーかさー、私を連れ戻しに来るぐらいだったら最初からおゆうさんとこ行きゃいいじゃん?変なとこ気が効かない人だよね?」

からかったら赤くなった!

「やかましい!お前なんぞに・・」

「やかましいのはそっちよ。シー!」

大きな声を出されたので慌てた。

世間はだいぶ明るくなって来ていた。
ちらほらと人通りが出て来てる。
表通りの商家の雨戸の内側に、人の気配が蠢き始めている。

「誰かに見つからないうちに、ほら早く!行って来なさいってば!」

背中を押しやろうとしてかわされた。

「触るな馬鹿。余計なお世話だ」

なによー!
・・つーか、オヤジのくせに何恥ずかしがってんだぁ~!
意地張ってる暇なんかあるのかコラ!
時間が無いんだから素直に言うこと聞けよぉ!

と、小声でいつもの如く小競り合いの最中、

「しっ!」

不意に言葉を遮られた。

「今、何か聞こえなかったか」

探るように、土方さんの視線がサーモンピンクの空を彷徨う。
何も聞こえてない方は呑気なもので、

「ニワトリでも鳴いたんじゃないのー?」

と茶化した刹那、ぱーん、と乾いた破裂音。
かすかな音だった。
つまり、遠い。

「なにアレ?」

と、他人事な私を他所に、土方さんが脱兎の如く駆け出した。
西へ向けて、つまり家路を急ぐ格好。

「ちょ、ちょっと待って!どこ行くのよ!おゆうさんのとこは?ちょっとぉー!」

このところご無沙汰じゃないか!
たまには行ってあげろよー!

と、叫ぶ間もあらばこそ、もうかなり距離を空けられちゃって。
置いてかれる~!(汗)。




散発的に聞こえて来る音が銃声であろうことは、走っている間に見当が付いた。
音がだんだん近付いていることも。

裸足だったし前を行く人より足も長い(ホントだよ)ので、短距離ならなんとか付いて行けるのだが、体力不足は如何ともし難し。

ああもう!
夕涼みに出たはずなのに汗だくで帰るってどうよ?

ヘロヘロになって足元がおぼつかなくなって来た頃、ようやく先導者の足が止まる。
もう家も近い辺り。
つまり屯所も近い。

「幸!こっちだ!」

の声に促されて、ゼーハー息をしながら前を見やると、なるほど幸がポニーテールを弾ませながらこちらに駆けて来るのが見える。

「副長!どちらに居られたんです?探してました」

あちこち探していたものらしい。
ちょっとばかし恨みがましい言い様だったが、立ち入った質問を嫌う上司はそれを無視。

「何事だ」

「歩兵隊が暴発です。内輪もめらしいです。二条城に詰めていた部隊が夜のうちに東寺に押し寄せて、夜明けと共にドンパチ始まりました」

「歩兵隊同士でか?喧嘩か?」

「そうです。夕べ、島原でひと悶着あったらしくて・・。やられた方が仲間を頼んで仕返しに来たらしいです」

そういう情報を、コイツはどこで拾って来るんだろうね?
まさか夕べ島原に泊った・・というワケじゃないだろうな?

「喧嘩の決着をつけるのに銃を持ち出したかゴロツキどもめ。身内で殺しあってる場合かよ、みっとも無ぇ。仮にも公儀の手勢だ、誰か止める器量の有るヤツぁ居ねぇのか」

幸は急いでいる様子で、それには答えず、

「なにしろ屯所の鼻先での出来事ですし、相手は御公儀の歩兵隊、新選組が黙って見ているわけには行かないんじゃないかと・・・」

「誰が言った?」

「沖田先生が」

と答えてから彼女は急に俯いて、

「すいません、夕べは醒ヶ井に居たもんで。」

恐縮したように続けた。

沖田さんは近藤局長の休息所で療養中だった。
幸は夕べ、そこへ転がり込んでたということだな。

「副長にお知らせした方が良いかと思いまして。私の勝手で捜しに出ました」

と、申し訳無さそうに垂れた頭から土方さんを見上げる仕草が意味深で・・・。

あーっ!判った!
コイツ絶対おゆうさんのとこに捜しに行こうとしてたね!
屯所の誰もが知らない土方さんの隠れ家に、彼を捜しに行こうとしてたんだ!

と思い当たったら可笑しくって。
団扇で顔を覆ってくすくす笑い出したら、土方さんに横目で睨まれた。

「事は早急に収めねばならん。近藤さんには遣いは行ったか」

「はい。既に」

と幸は反射的に答えてから続けて、

「あ!」

と小さく叫んだ。
それとは対照的に、土方さんがニンマリと笑うではないか。

「そうか。やはりな」

何がやはりなのか?

「まあ、いい。そんなこったろうと思った。こう暑いんじゃ無理も無ぇ。戸障子閉め切って乳繰り合うのも気が重かろう」

・・乳・・って・・なんじゃそりゃ?

「総司だけならまだしも、お前も居たなら尚更だ」

「すいません」

幸が小さくなってる。
???

もうちょっと明るかったら、顔が赤くなっているのも見えたはずだった。

近藤局長は土方さんを休ませるために嘘ついたんだって。
今夜は絶対屯所から出ないから(休息所の醒ヶ井は屯所のすぐ目の前なので、屯所に居るも同じ)、お前は少し寝て来いって言って。
でも、休息所には沖田さんが居るし、局長は最近また新しく女が出来たらしく・・・。

という事情は後から聞いた。
つまり幸はカマかけられて、まんまと答えちゃったってわけ。

「お前が謝ることは無ぇさ。あの人が女にマメなのは今に始まったことじゃねぇからな。後で俺がたっぷり絞ってやるまでだ」

ふふん、と、騙された割には結構楽しげ。
幸は泣きそう(笑)。

「それで?河岸はどこだぇ?」

「それがあの・・三本木で・・」

それを聞くと今度は俄かに苦い顔になり、

「そんなとこに居て騒ぎを知らずに居るってか。まあ、仕方無ぇ。戻るまでに時間がかかるな。歩兵の人数は?」

「詰め掛けた方は百人からの大人数らしいです」

「屯所からは誰か現場へ向った様子か?」

「未だ僅かばかり。様子を見に出ただけです」

小走りになりながら話していた二人はどんどん屯所の方へ向って行く。

「待ってよー。そのまま行くの?着替えて行った方がいいんじゃなーい?デビュー戦でしょー?」

木綿の単衣の着流し(つーか浴衣?)じゃあ、なんだかねー。
泡食って帰営って感じじゃない?

舌打ちでも返って来るかと思えば、振り返った土方さんはきょとんと意外そうに目を見張る。

この人時々こういう顔、するよね?

それから、私がうっかり使った現代語の意味が判らなかったのだろう、幸の顔を見た。

「御直参としての初仕事なら勿体をつけた方がいいんじゃないか、とゆーよーな事を言ってます」

小声で通訳するのが聞こえてる(^^;

「もうドンパチ始まってるのにか?」

つーか、始まっちゃってるんだから。
横から出て行くならタイミング見ないと。

「啖呵代わりに鳴らしてるだけじゃないのー?身内同士なんでしょ?敵が攻めて来たわけじゃなし、直ぐに大事にはならないでしょ。着替えて行きなよ。そのまま行ったら、まるで慌てて出て来て脇差忘れたみたいだよ。・・・かっこ悪くない?」

最後はあくびを噛み殺すのに苦労した。
土方さんの視線が痛い(汗)。
彼はそのまま思案の表情でしばし。

その間、私は団扇の陰であくびを二連発。
夜も明けたというのに今頃になって眠いー。

そのうち彼はニヤリといつものふてぶてしい表情になって、

「下手に小人数で出張っても余計揉め事を大きくするはめになる・・・か」

そうそう、そゆこと。
仲裁屋がテンション上げてちゃ三つ巴になっちゃうよ。

「幸、遣いを頼む。屯所に出来るだけ人を集めておけと。だがまだ出るなとな。それから、近藤局長をつかまえて、俺より先に屯所に戻らぬように・・」

優先順位を組み立て直してる。
幸が慌てた。

「ええ?で、でもどちらにいらっしゃるのか・・どうやって・・」

「三本木から屯所に向う道筋だ、見当がつかぬでもなかろう。別にお前が行かぬでもいい。人を遣らせろ。醒ヶ井にでも待機させておけと言って来い。総員揃うには時間が要る」

「そんな時間が・・あるでしょうか?」

幸が不安げに訊いた。
それを聞いた土方さんの笑顔が一瞬優しげに見えて、なんだか不思議な心持がした。

「しゃにむに抑え付けても収まるめぇ。溜まったもんは吐き出させねぇとな。相手は大人数だ。言うことを聞かん時は聞かん。ナニ、ヤツラだって全くの馬鹿ではねぇ。オマンマの食上げになるまでゴネやしねぇよ。時を見て収まる時に・・・手柄だけ拾いに出張ってきゃいいことさ」

上機嫌でそこまで言ったのは良かったが、

「なんなら局長にも言っといてくれ。寝起きの元気の良いとこで、お孝さんに詫びのつもりでイッパツやっ・・・!」

裸足で良かったねー。
腿の後、膝裏にバスッと一発、蹴りが決まったよぅ。

「ばか!幸に何言わせようってのよ、このエロオヤジ!調子こいてんじゃないわよ」

まったく、油断も隙も有ったもんじゃない。
と怒りまくってたら、

「・・す、すげぇ・・」

幸が怯えた声を発した。
その泣きそうな顔を見たからか、蹴られた本人は噴出して、

「泥足で蹴られちゃたまらん。着替えるぞ」

機嫌を損ねるでもなくスタスタと歩き出した。
足どりが軽い。


「アンタさー、副長に何かした?」

呆けたように幸が言った。
後姿に見とれてる。

「何かした・・って何さ?何もして無いよ。ご覧の通り蹴りは入れたけどね」

我ながら可笑しい。
ザマーミロだ。

「そうじゃなくて」

彼女の目は一点を見つめて動かない。

「何よー。判んないよ。どういうこと?」

「憑き物が落ちてる・・」

え?と、その視線を辿って藍微塵の後姿を追う。
朝焼けを浴びて、背中やお尻の筋肉の動きが良く見える。
猫背気味に見えるのは、肩の筋肉が発達しているからなのだと良く判る。
スパスパと浴衣の裾を巻き込みながら歩いて行く脚の動きが敏捷そう。

「ほらね?」

と、言われても、私には何がどう「ほら」なのか見当もつかない。
首を傾げていたら、

「ところで、アンタなんで裸足なの?」

気付いてたか(^^;

「下駄失くしたのよ」

「失くした・・って、途中で?最初は履いてたってこと?」

「そうよ。もちろん。っていうかアンタ早いとこ屯所行って来たら?急がないとヤバイんでしょ?」

あ、そうだった、と幸はようやく我に帰って駆け出した。

「終わったら朝ご飯食べにおいでー!」

背中に向って叫んだら、ポニーテールを弾ませて、振り向かないまま右手を上げた。





家を出るときには咲いていたカラスウリの花が、朝日の中で萎み始めていた。
土で汚れた足を井戸端で洗いながら縁の下を覗いてみたけど、フクチョーったらどこ行ったんだか見当たらない。

お勝手の土間に回って水瓶の後を覗いて見てたら(鼠を捕まえる時はいつもここに隠れるんだよね)、

「めし」

と言われて驚いた。
この人がウチで朝ご飯食べるなんて事、今まであったかしら?

蚊帳を外した奥の座敷で、昨日着てきた絽の長着に着替えているのをまじまじと見た。

すると彼はこちらに背中を見せたまま、

「湯浸けでいい」

とっさに返事が出なかったのを、そう解釈した。

確かに、今から食事の準備をするのは時間がかかるかもしれない。
着替える間だけでは時間が足りない。
大したおかずも無いし。

でも、昨日の残りご飯、この暑さで大丈夫だろうか?

「炊くわ」

夕べの内に水に浸していたお米、15分あれば炊き上がる。
局長の出番待ちならそれぐらいの時間はあるだろう。

「残りご飯でお腹壊されちゃたまんないもの。その代わり味噌汁はミョウガだけ、おかずは縮緬山椒とキュウリ揉みだけよ?それでいい?」

豆腐は買わないと無い。
野菜の買い置きは井戸に吊り下げてあった。

ふん、と微かに鼻を鳴らすのが聞こえた。

「上等」

憑き物が落ちたかどうかは知らないけれど、やけに機嫌が良いなとは思った。
後ろ手に帯を締めている伏し目がちの横顔は笑ってなど居ないけど。

でも、落ち着いた声になんだか安心して、朝の一仕事をするのに元気が出たっけ。

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