もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

「お前さぁ、自分を責めんなよ。私が労咳になったのは誰のせいでもないし、小夜さんがそれを知ったのも偶然、誰のせいでもないんだからさ。お前がそれに気付かなかったのもさ」

ううう。
お見通し・・・。

「自分を責めれば迷いが出る。剣にとって良いことは何もない。だろ?」

・・う。
一刀両断。

ていうか、剣・・って(^^;
この人の思考の根底には常にそれがあるのね。
そんなところも大好きだ。

「でもな、先にバレたのが小夜さんで良かったと思ったよぅ。お前だったらこんな面白いことにはならなかったかもしれないよぅ?」

面白い・・って(--;
どうせ私はカタブツですよ。

「あの人は面白いなぁ。前からそう思ってはいたけど、あの人には迷いが無いよ。無さ過ぎてハラハラする」

そうでしょうとも。
迷いが無いのも問題なんですってば。

「駕籠を止めに来たあの剣幕ったら・・。あれがお前だったら私は問答無用で張り倒してたかもしれないよぅ。小夜さんで良かったよ」

有無を言わさず自分の我を通していたということか。
問答無用で張り倒されたら、その後私はどんな顔してこの人と付き合えばいいんだろう?
恐ろしくて考えたくも無い。

相手が小夜だから冷静になれたということなんだろうな。
この人、女子供には優しいから。
幸か不幸か私はその範疇には入っていないらしい。

「ていうか、私だったら止めもしません」

くすくすと思い出し笑いしてるのへ反論してみた。
案の定、相手はひゃははと大笑いして、

「そうだな。そんな無駄なことはしないだろうなぁ」

無駄じゃなくて無謀だよ。

この人が柔和な笑顔の下でホントはとてつもなく頑固な人だってことは、親しい人間なら良く知っていることだ。
その頑固をいくらかでも曲げるには、女子供でなくちゃいけないってことなんだろう。


「ほんとはもっと黙っていようかと思っていた。先に知ったのが小夜さんじゃなくてお前だったら、それもできたかもしれないな」

そう言って、沖田さんは雨の落ちてくる先を見やった。
雨脚の割には空は明るくなってきており、白地に亀甲絣の着物が目に眩しかった。

そういえば、彼が白地の着物を着るのは久しぶりかもしれない。

「あんまり一生懸命守ってくれようとするのが、・・・痛々しくてな。重荷を背負わせているのが可哀相になっちまった」

そうか。
だから自ら喋ったってことなのか。

・・・でもちょっと引っかかるんですけど。

「私だったらそうじゃなかったと?」

すると彼は良くぞ突っ込んでくれたとばかりに、満面の笑顔で視線を戻し、

「お前はもっと上手く立ち回るだろ?」

ダメだ。
拗ねてみせるはずだったのが吹き出してしまう。

「はい」

たぶんきっとそういうことなんだ。

私だったら照葉さんなんか引っ張り出さずに、都合のいい町医者を探し出して、人知れず沖田さんを通わせることもできた。
いよいよ誤魔化せなくなるその日まで、彼が労咳であることなんかきっと隠し果せた。

でもそれでは、周りの人間にとっては恨んでも恨みきれない結果に終わる。
彼のために何も出来ずに終わるなんて、親しい人間にとってはたまらないじゃないか。

だからと言ってこの人は、他人の言うことなんて聞きゃしない。
自ら秘密をバラすなんてことはしない。
私がそれをできるかどうかも・・・。


小夜で良かったのかもしれないな。

沖田さん自身がそう感じた如く。
これが一番いい成行きだったのかもしれない。


それでも。

理屈では納得しても、なぜか心臓の裏側の方で、何かが引っかかっている心地がする。


どうして私じゃないんだろう。

と、頭の中でその言葉が呪文のように反復された瞬間、

「あの人があそこに居てくれて良かったなぁ」

と沖田さんの明るい声が聞こえて我に帰る。

後ろめたい何かが見つかりはしなかったかと冷汗が出た。
後ろめたい何かとは何を指すのか、自分にも確とは判りはしなかったが。

「誰がどういうわけで副長の休息所に小夜さんを宛がったのかは知らないけど、いい人選だったねぇ」

「いい人選・・・!?」

相手が周りを気にしつつ小声になっていたにも係わらず、思わず素で聞き返してしまったので、シッと叱責されてしまう。

「そうだろぉ?私はね、あの土方さんが誰に憚ることなくあれ程怒るのを本当に久しぶりに見たんだ。いやー、嬉しかったなぁ」

怒るのが嬉しい・・って(--;

「近頃とんと大人しいからね、土方副長殿は。大人しくってそいでもってその分陰険になったろぉ?なんか嫌でねぇ。人が変わったみたいでさぁ。昔はああじゃなかったと思ってさぁ。もっとしょっちゅう怒鳴り散らしてたなぁと思って」

なるほど、それで素直に感情を爆発させた副長を見て安心したと。

「だからさ、小夜さんが居ててくれて良かったなぁと思ったよ。ここで怒鳴れない分あそこで怒鳴ってたかぁと思ってさ」

それはナニか、小夜んちが副長のストレス発散の場になっていると?

「あの難しい副長も小夜さんを気に入ってるみたいだし。人選した御仁は見る目があるなぁと関心したよ、うん」

副長が小夜を気に入ってる?
確かに私から見ても二人の相性はそれほど悪くないとは思うけど、本人達の意識はどうかなぁ?
お互いクソガキ&クソオヤジと呼び合ってるぐらいなのに。

私の渋い顔を見咎めて、沖田さんは唇を尖らせた。

「なんだい?見当違いとでも思ってかい?お前さ、目の前のことに気を取られてるから本当ってものが見えないんだぞぉ。あの副長は坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの御仁だよぅ?相手が女だからって容赦は無いんだよ?自分の休息所に嫌いな女なんか一瞬たりとも置いとくもんかね。あんな騒ぎの後なのに今だって一緒に居るんだろう?」

ああ・・・っ!
そうだな。
そう言われれば・・・そういうことか。

「第一、気に入ってなきゃ・・・」

喋り過ぎた、と続け、不意にケホケホと咳をした。
確かに、咳が出なければどこまででも喋り続ける勢いだった。

夏風邪の後遺症として聞き慣れた咳だったが、労咳と判った今は聞くのが恐ろしくてならない。

着物の袖口で口元を覆うように咳き込んでいるのを見て、もしかしたら着物の色にまで気を使っていたのかと思い当たって暗澹とする。
暗い色目の着物なら、不意の喀血で着物を汚して周りに気取られる心配もない。
もう隠す必要も無いので明るい色の着物も着れるということなのか。

どきどきと鳴り出した心臓の拍動に被せて、ようよう咳を飲み込んだ沖田さんが、

「気に入ってるから子も出来るんだろう?」

・・・え?

今・・・な、なんと仰いまして?

「子が出来て目出度いのはいいが、小夜さんもつわりのキツイ性質なんだなぁ。難儀だねぇ・・」

はぁっ?!

「私の姉もさぁ、最初の子ができた時・・」

「ちょちょちょっと待ってください!そ、そのつわりって!」

「ゲーゲーやってたじゃないか昨日。土方さんも薄情だよなぁ。つわりで苦しんでる小夜さんを人に預けて平気なんだからな」

なにぃ??
この人の頭の中ではそういうことになってるのか!?(滝汗)。

でもその勘違いを否定するより先に、

「沖田先生、それ、誰かに話しました?」

それを先に確認しないと!(爆)。

「夕べは副長に絞られっぱなしでそんな話なんか・・」

はぁ~、助かった~。
と胸をなでおろしかけたのに、

「ああでも、寝しなに厠の前で原田さんと鉢合わせしちゃって。順番待ちながらしゃべったかもしれないなぁ。覚えてねーや」

原田さんって・・・。

最悪(--;


知らねーぞ。

私は知らんぞ。

何も考えたくないぞ。

そうだ!




・・・聞かなかったことにしよう!(爆)


「ええと、あのー、用事を思い出したので私はこれで・・」

「あ!おい!なんだい?帰るのかい?」

借り物の蛇の目を開いて軒の雨垂れに半分差し掛かったのを止められる。

「お前、私に何か言いに来たんじゃないのか?」




袂を引かれたような心持がした。
急にシリアスな現実に引き戻されて、その重さのギャップに戸惑った。

「何も・・」

普通に考えれば何か言わなきゃいけなかったんだと思う。

病気だとは知らなかったとか、水臭いとか、ちゃんと養生しろとかなんとか。
でもこの時は、社交辞令でもそんなことは口にしたくなかった。
考えるのも嫌だった。
だから背を向けたままそう答えてしまった。

でも沖田さんは普段とひとつも変わる事の無い明るい声で、

「何も・・って、何かあるだろう?医者の見立てはどうだとか、あとどのくらい生きてられるのかとかさぁ。恨み言も無いのかよ。言いたいことがあるなら言っちまっていいんだぞ?」

あっけらかんとした喋りが・・・惨い。
自分の命の短さなど、とうの昔に消化しきってしまって、聊かの迷いも無いその声音が小面憎い。

「あとどのくらい生きるのかなんて、私が訊いてどうなるんです?」

考えるより先にそう、口が喋っていた。

「勝手に労咳になんかなったんだもの、死ぬ時だって勝手に死ぬんでしょう?」

その場に留まっていたなら、もっと酷いことを口走りそうだった。

「幸!」

駆け出した背中に掛けられた叫びを、耳を覆いたい気持ちで聞いた。




労咳だなんて、労咳だなんて、・・・労咳だなんて!

何故沖田さんがそんなことにならなくちゃいけないんだ。
何故沖田さんだけがそんな目に遭わなくちゃならないんだ。

何故そんなに平気で居られるんだ。
何故そんなに達観できるんだ。

何故そんなに自分の運命に素直になれるんだ。

どうやったらそんなにきれいさっぱりと迷いを処理できるんだ。

そうやって、ひとりきりで。
周りを置いてきぼりにして。

酷過ぎる。

物分かりが良過ぎるよ!
どうしてなんだ!
もっと取り乱したっていいじゃないか。
周りを巻き込んで大騒ぎしてくれたらいいじゃないか。
そうしたらこんな、裏切られた気持ちにはなりはしないのに・・。


小夜の泣き顔が目の前にちらついた。

「冷たすぎるわ」
「この人の言うべきわがままなのよ!」

ああ、と溜息が出た。
小夜、あんたの言う通りだ・・・。

私だって暴れ出したいくらいだ。


そうだ小夜のヤツ、今頃どうしているだろう。

そう思ったのと、ガツガツと傘の内に籠もる自分の足音がスピードを増したのに気付いたのは同時だった。
この時になって、私はようやく友の心の内に思い至ったのだった。




木戸の前で傘を畳み、三歩で庭を突っ切って軒下に入る。

足駄の音に気付いたのか、小夜は縁側の柱にすがるようにして立っていた。

あの後また泣いていたらしい。
しかも相当。
顔中赤く、ぐじゅぐじゅに泣き腫らしているのを見るのは辛い。

閉じた傘の水を切り足元に立てかける間に、なんと声を掛けたら良いものか考えた末、

「まくるの忘れて走り回ったら、こんなガバガバになっちゃった」

雨に濡れた袴をつまんで肩をすくめて見せる。

えへへと笑ってくれたら、それで良かった。
でも、

「ゆきぃ・・」

帰って来たのは泣き声だった。
ずるずるとその場に膝をつき、

「もう帰って来ないんじゃないかと思ってた」

ああ・・。
そうだよね。
さっきのあの展開じゃあそう思っちゃうよね。

「ごめん。頭ン中真っ白になっちゃってさ・・」

自分のことだけで手一杯で、要らぬ心配をかけてしまった。
心細い思いをさせた。

「私、幸を騙してたから。だからもう・・」

その想いが彼女を苛んでいることは判っていた。
その負担をどれだけ軽くできるかは判らないけれど、

「もういいよ。仕方ないさ。逆の立場なら私だってそうしてたし」

私だったらもっと巧妙に、騙し通したかもしれない。
沖田さんの指摘どおりに。
良心を苛むこともなく。

だから。
だからあんたは泣くことはない。

「小夜さんには気の毒なことをした、って沖田さん・・・沖田先生が言ってたよ。自分のせいで迷惑かけたって・・」

小夜の後で聞き耳を立てていた副長を見やりながら言う。
火鉢の前に片膝を立て、襖の縁に寄っかかってそっぽを向いている。

視線を感じたのか、こちらを向いた。
その目を見ながら、

「だから、もういいんだよ。大変な思いをしたのはアンタの方だからさ。私はそれに気付きもしないで・・・」

否、気付きもしないふりをして・・だ。
中途半端な分別を振りかざして、大人になった気で居ただけだ。

そうでしょう?
あなたもそう思うでしょう?

何か答えそうな気配はあったが、すぐに視線を外して、彼は元の単なる背景に納まった。

「力になれなかった。それが・・・悔しいと言えば悔しいかな」

それは正直な気持ちだった。


「幸、ごめん」

悲壮な声で小夜がぐわっ!っと首っ玉に抱きついて来た。

「うわ!ちょちょっと!」

ホントはシリアスな場面なのにさ。
いきなり縁側の上から全体重かけて抱きつかれてごらんよ。
いくら私だって後ろによろけちゃって・・。

「ぎゃー!冷たーい!ちょっと早く助けて!」

滝のような軒の雨垂れを首筋にまともに受けて、抱きついた方がぎゃーぎゃー言ってるんですけど(--;
こっちだってその飛沫をモロに受けて目を開けてられないし。

「いやーっ!もう!早く戻して!きゃー!濡れちゃう!冷たい~」

こちらに重心を預けてしまって、自力では戻れなくなった彼女を、縁側に押しやろうと力を込めた瞬間、ふっと手ごたえが無くなって、

「わぁぁ!」

勢い余って二人して倒れこんでしまった。

何が起きたのかはすぐ判った。
目の前に副長の裸足があったからだ。
きっと小夜の帯(あるいは襟首)を掴んで家の中に引き戻してくれたんだろう。

「まったく、いちいち騒々しい奴等だ。せめて普通にできねぇのか手前ぇらは!」

ガミガミといつものように雷が落ちて・・・なんだろう、なんだか妙に安心したっけ。

縁側から茶の間へ無様に転げている自分達の醜態が可笑しくて、ふうっと安堵のため息をついた側から、ぎゃはは!と二人同時に笑い声が出た。
寝転がったまんまゲラゲラ笑い続ける私達に、

「やかましいっ!」

副長がまたひとつ、ストレスを解消したのか増やしたのか(笑)。





吉報を携えて山崎さんが島原から戻って来たのはそれから間も無くのこと。

思い通りに事が運んだことに浮かれ過ぎて、小夜も私も、それが長く続くものではないことをうっかり忘れてしまっていた。

照葉さんの命に限りがあることを。

沖田さんもまたそうであることを。


その恐ろしい事実を考えないようにしている間にも、時は無情に過ぎて行ったのだった。


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