もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
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小夜って、妙に見栄えのする子なんだよね。
美女と言うのじゃないんだけれど、ひょろりと伸びた手足を縮こめ、ゆったりと首をすくめて鴨居を潜る仕草はキリンみたいに優雅な動きだ(笑)。
きょろきょろと辺りを窺う表情はファニーでそこそこキュートだし(漫画みたいなの・笑)。
普段着仕様でも上背があるから立ち姿がきれいだし。
「な、なんだぁ?!」
膝の上に乗せた敵娼の胸元に手を差し入れたまま(コラコラ)、原田さんが素頓狂な声を上げた。
小夜とは気が付いていない。
素人女の拵えが場違いで、怪訝に思っただけみたいだ。
「どうもー。ご無沙汰してまーす。原田さーん」
おい、手を振るな。
ちゃんと座って挨拶しろ。
「あっ!小夜坊か!?」
原田さんがあんぐりと口を開けた。
リアクションが大きい人だ(^^;
小夜坊という呼び方は女中時代のまんま。
永倉さんと二人でそう呼んでたな、そういえば。
「へぇー・・・見違えたなぁ」
と言ったきり、辺りに散らばった銚子やら膳部やらを掻き分けて将棋盤の横に陣取る小夜の姿をしげしげと見ている。
確かに、八木家の女中をしていた頃に比べたらだいぶ綺麗になったし、大人っぽくもなったと思う。
でへへ、と照れて笑いながら座ろうとする小夜の裸足の足をぺらっと触り、
「相変わらずデカイ足だな」
と憎まれ口を利いた彼のその手を、逃さず捕らえて、
「原田さんも相変わらずなんですね?」
小指を捻り上げる小夜もなかなか頭が良い。
「片手で敵娼のおっぱい、片手で私の足。いい度胸ですねぇ。反省して下さいね~~」
握力に勝る相手も、指を真後ろに倒されたんじゃ泣くよ、そりゃ。
さすがの豪傑原田先生もイデデデと悲鳴を上げ、沖田さんが爆笑。
娼妓達といちゃついていた周りの呑んだくれ男達が目を丸くしている。
「ななななんでアンタがこんなとこに居るんじゃ~!」
それまで満面の意地悪顔で嬉しそうに原田さんを苛めていた小夜が、『アンタ』と呼ばれて不意に手を離した。
一瞬だけど、驚いたような顔をした。
その訳が、なんだか判るような気がして胸が痛んだ。
彼は以前、小夜のことを『お前』と呼んでいたのだ。
「そんな跳ねっ返りが良く土方さんとこで務まっとるなぁ。あぁ痛たぁー」
原田さんのボヤキを聞いて、周りの隊士達が俄かにバタバタしだした。
半分干からびた刺身の乗った伊万里の大皿だの、バラバラとそこら中に転がったままの白磁の銚子だの、灰の散らかった煙草盆だのを片付け始めたのだ。
「お構いなくぅ。どうせ内緒で来てるんですから」
何だか良家のお内儀みたいに気取った風に聞こえる。
周りの反応を面白がってる。
基本的に人が悪い性質だよね(笑)。
所在無げにだらしなくそこらで居眠りをしていた娼妓達も尻を蹴飛ばされて正座させられ、原田さんも膝から敵娼を下ろして側に座らせた。
が、それが気に入らぬ、とばかりにふてぶてしく小夜を見やったのを彼が見逃すはずも無く、結局、一喝されて部屋から出て行った。
「何だかすいませんねぇ。私が来たおかげで居心地悪くさしちゃってー。綺麗どころもいなくなっちゃいましたけどもー」
言葉ほどには恐縮しているわけではない。
居並ぶ下々にニッコリと殊更優雅に愛想笑いをした。
「なあに、綺麗どころは小夜さんで充分・・・」
原田さんも負けずにお愛想言っちゃって。
小夜坊から小夜さんに格上げになった呼び名にはもう反応しなかったな。
彼女の中では既に割り切りができていたのか。
表情からはもう読めない。
原田さんはいい加減アルコールが入っていたことも有り、先の三条制札事件のヒーローでもあるからして、ギャラリーが居れば自ずと話に熱が入る。
酔っ払いには新しい話し相手は嬉しいもんだ(笑)。
私はもうなんだかんだで二、三十回は聞かされた、三条大橋西詰めでの大立ち回りの段。
小夜も上手いもんで時折拍手や歓声を上げたりしながら聞いているので、原田先生、すっかり将棋は上の空。
彼女が参謀とは、あながち間違いではないのかも。
「王手!」
とやられて初めて負けているのに気が付いた原田先生、
「・・・なにぃ?ちょ、ちょっと待った!」
あぐらをかいてはだけた着流しの裾を掻き合せ、座り直した。
「なんですよー。今更待ったってもう無理ですよ。諦めなさいよ。負けてゆっくり武勇伝を披露したらいいじゃないですかぁ」
ケホケホと空咳をしながら沖田さんが苦笑している。
彼はこの夏に風邪を長引かせてしまい、まだ咳が残っている状態だ。
件の大捕物に参加していないのもそのせいなのだ。
「そういうわけにはいかん。俺の番で負けが混んだら新八っつぁんに合わせる顔が無いだろ」
腕組みをし、将棋盤に顔を擦り付けるようにして、考え込み始めた。
総髪の髷がクセ毛のために頭の上で扇のように広がってしまっている。
そういえば、彼はつむじが二つあるのだと言ってたことがあったっけ。
髪をまとめるの、大変そう。
そんなことを考えていると、はぁ、と溜め息をつきながら沖田さんがおもむろに立ち上がった。
「それじゃあ、私は厠行って来ますから。その間に決めてくださいよ」
「あ、私も。一緒に行っていい?ひとりで行くの、ちょっと不安だったの」
なんだ?小夜も立ち上がったぞ。
目と目を見合わせ・・・?
・・・妙な気配。
「そうですね。他のお客も入り始めたようだし。酔っ払いに絡まれないとも限らない。物騒だから一緒に行きましょうか」
なんでそんなにニコニコしてるんだ二人とも。
「それじゃあ幸、お前私の代わりにここに座って・・・」
は?
「次、始めてていいからな」
え?
ああっ!コイツ等!
気づいた時にはもう遅し。
・・・逃げられた・・・・(涙)。
将棋なんて見てたって判んないしさー、原田さんも酔っ払ってて話がくどいし、飽きちゃってたんだよねー。
それより色町というものを見学したくて、うずうずしてたんだよ。
沖田さんは始めから将棋なんて興味無かったみたいだし。
私が飽きてるの知ってたみたいだし(笑)。
厠に行くと言った時から、それが嘘だと判っちゃった。
私も!と言ったら、それが相手に伝わっちゃった(笑)。
打合せ無しのアドリブでエスケープ劇成功vvv
暮れなずむ空の色と、古い建物の暗みと、雪洞や行灯のオレンジ色。
煙草の煙、三味線の音。
物売りの声、人々のざわめき。
髪油と白粉と香の香り。
それら全てが幻想的に調和する逢魔が刻。
それじゃあ魔に逢ってみましょうかい、とばかりに島原探検。
まずは今居るお茶屋をひと巡り。
ていうか、厠に行くと言って出たのでとりあえず階下に下りる。
見世を張るお姐さん方の居住まいが優雅で綺麗で見飽きない。
襟元の色合わせが絶妙だなぁとか、着物の打合せが甘くて危うい!とか、襟足の白粉が色っぽいとか、みんな思ったより若いかも!とか。
でも、向こうは私に見られているのが居心地悪そう。
いや、私というよりはこの人の喋りが・・・。
「あの奥に居る人がこの店では一番格が上なんですねぇ。都では『天神』というんですよ。なんだか偉そうな名前でしょ?前のほうに座ってるのが『端女郎』さん。吉原で言う『呼出し』ぐらいな格なのかなぁ・・・」
仕舞いにはそこに居る全員がこっちを睨むので居づらくなったり(--;
しょうがないので、
「場所替えましょう。もっと奥向きに行ってみましょうよ。普段の生活が見えるようなところがいいな」
「ダメですよ。叱られますよ、そんなとこ入り込んじゃぁ」
沖田さんが呆れたように苦笑した。
顔の凹凸が大きい人なので、行灯に照らされ、眼窩が片方影になった。
「だってつまんないよー。もっとあちこち見て回りたいんだけどぉー」
ぴかぴかに磨きこまれた廊下の奥の暗がりで、部屋部屋はどこまで連なっていてどんな風に仕切られているのかとか、従業員の生活スペースはどうなっているのかとか、せっかく来たんだからそこまで潜入してみたいじゃないか。
「奥は無理です。嫌がられます。空いてるお座敷を覗くぐらいなら構わないと思いますけどねぇ。庭の方に回ってみます?」
ううむ、安全なルートに誘導されている気がする・・・。
私はどっちかと言うと『Caution!』とか『Warning!』とか書いてあるようなとこに行って見たいんだけど(←自分が一番Cautionだろ!)。
廊下に草履(上履き)が脱いである部屋は、女郎さんが上がっている証拠。
しかも締め切られた部屋は・・・お仕事中(言わずもがな・汗)なのでもちろん素通り。
例え開け放たれた部屋でも、遊客が指名した女性を待っている場合があるので気をつけねば。
廊下をすれ違う遣り手のオバサンには変な目で見られ、禿(かむろ)には振り返られ、ゆっくり歩いても居られない。
トイレに急ぐフリして先を急ぐ。
沖田さんを撒こうと入り組んだ廊下を歩き回るうち、本来の目的である探検よりも鬼ごっこの方が楽しくなって来ていた。
なので次から次へと居場所を移し、仕舞いには自分が今、建物のどの辺に居るのかさえ定かでなくなっていた。
たぶん奥向きと言うよりは、表と奥の中間ぐらい。
納戸だった。
障子や襖ではなく木の引き戸だった。
それがちょっとだけ、開いていたのだ。
中が見えた。
戸棚に什器が並んでいるのが。
ここなら休める、と思って入り込んだ。
追っ手が迫っていたのだ。
時折ケホケホと咳をするのでそれと判る。
始めは恐る恐る。
中がきれいと確認してからは急いで戸を開け、入り込む。
だって埃だらけの納戸なんて入る気しないじゃん。
ネズミなんか居たら最悪だし。
きれいに掃除はしてあるようだが、昼でも陽の入らぬ部屋は湿った空気がひんやりと澱んだ感じ。
床板が裸足に冷たい。
耳を澄ますと、戸の向こう側をスススッと通り過ぎる気配がした。
沖田さんだ。
やり過ごしたぞv
ふー、と溜息をつき、その場に座り込んでひと休みしようと思った時、足音が戻って来た。
やばい!納戸に気が付いたか?
隠れなきゃ!
暗い部屋の奥には布団の壁。
入り込む隙間はあるかもしれないが、そんなことやってる暇は無かった。
什器や調度品の並ぶ戸棚の裏に回って、小さくしゃがみ込むのがやっと。
すーっと戸が開いた。
「・・・小夜さん?」
声が小さい。
私が居るかどうか、確信は無い模様。
ってことはまだ見つかってないんだ。
じっとしていればまたやり過ごせるかも。
息を飲みつつ、相手が諦めるのを待つ。
「出てきて下さいよー。叱られちゃいますよー」
ふう、と沖田さんが溜息をついた時だ、
「・・・誰?」
・・・!
誰かが返事をした・・・。
か細い・・・女の声だったぞ。
・・・わ、私じゃないぞぉ~!
ででででも私じゃなければいったい誰なんだぁ~!
私の他に誰が居るって言うんだぁ!
・・・幽霊?
ひー。
あんまり驚いたので声も出なかった。
固まったというヤツ。
「どなたか居るんですか?」
沖田さんが納戸に入って来た。
漆塗りの杯洗と錦を張った脇息の間から、唐桟縞の紺のグラデーションが判別できた。
「・・・どなたはん?何の御用?」
先程よりは幾分しっかりした女性の声。
とりあえず幽霊ではなさそう。
紺色の着物が通り過ぎるのを待ってから、首を伸ばして見てみた。
声は、奥に積み上げている布団の間からしているのだ。
沖田さんの背中がわずかに見える。
が、声の主は陰に隠れて見えなかった。
小さく悲鳴が上がった。
「・・・?!」
「やあ、驚いたなぁ。ここで何をしておいでです?」
「こないなとこ入らはったらあきません。どうぞ往んでおくんなさい」
「あなたはここで寝起きして居られるんですか?」
「寄らんといて!」
切羽詰った声音に、こちらも出て行くタイミングを失ってしまう。
声の彼女は叫んだ拍子に咳き込み始めた。
なかなか治まらない。
痰が絡んだひどい咳だ。
衣擦れの音がして、沖田さんがしゃがみ込んだと判る。
背中をさすってあげてるのかも。
「こんなところで寝起きして、病が良くなるとも思われんが・・・」
女の人の息があがっている。
沖田さんの言う通り、病気で臥っているということなのか。
「触らんといて、早う出て行っておくれやす。うちには構わんでええし。早う・・・」
途切れ途切れに息継ぎをしながら話す様子は、かなり具合が悪そうに思えた。
声がこもって聞こえるのは口元を押さえているのか。
それにしても沖田さんの言う通り、他に部屋が無いわけじゃなかろうに、何でこんなところに寝かされているんだろう。
あんなに具合悪そうなのに。
ちょっと酷い。
「・・・おおきに、すんません。もう触らんといとくれやす。・・・堪忍え。お侍はんにこの病、伝染してしもたら、うち・・・」
「大丈夫ですよ」
相手の声とは対照的に、沖田さんの声は明るい。
沖田さんって誰にでも明るく話すよね。
そこが彼の良い所だな。
「大丈夫。私には伝染らない」
優しい。
頑なな相手の警戒を解きほぐそうとしているのだ。
「伝染らんて、そんな。・・・うちの病が判らん言わはるんどすか?」
ほら、相手の声の調子が変わった。
「知ってますよ。肺腑の病でしょう?見れば判ります・・・」
余りに明快な口調だったので、私は次に来る言葉の予測ができなかった。
ただただ、この薄暗い部屋に閉じ込められているかわいそうな病人を元気付けているだけなんだと思い込んでいた。
いや、それは確かにそうだったのだろうけど・・・。
「見れば判ります。私も同じ病ですから・・・」
・・・え・・?
一瞬、周りの景色がぐらりと揺れた気がした。
明るい声は続く。
「いくら近寄っても、これからまた新たに伝染るなんて事は有り得ない。もう既に同じ病に取り付かれてるんですからね」
今、・・・何て言ったの?
同じ病って言った?
はいふの病?何それ?
その人と同じ病気?
その人みたいに息が出来ない程ひどい咳が出て、その人みたいに臥せって居るしかなくなるの?
「てんご言わんといとくれやす」
「てんご・・?」
「・・・嘘。嘘ですやろ?」
「嘘じゃありませんよ。ほれ、薬も持っている」
カサカサと紙包みの音。
・・・うそ・・・。
いつから?
「安心しました?じゃあ、もうちょっと居てもいいかなぁ?」
なんて声なんだ。
普段と変わりないじゃないか。
いや、殊更明るい。
ていうか、そんなことをおどけて言うな・・・!
一呼吸遅れて、心臓がどきどきし出した。
頭の中は・・・なんだか定まらない。
何をどう考えていいんだか、脳みそが固まっちゃってて動かない。
その後の何分かを呆然と過ごした。
二人の会話は弾んでいたようでもあるが、・・・覚えていない。
沖田さんが出て行き、納戸の戸を閉める音で我に帰った。
じっとりと、襦袢が肌に張り付くほどの汗をかいていた。
沖田さんが戻ってきたのはたっぷり半刻も経ってからだ。
その間に二戦して二勝した。
酔っ払って半分居眠りしている原田さん相手ならそんなもんだろう。
彼の取り巻き(部下とも言う・笑)も姐さん方とよろしく姿を消していたし。
小夜と図って逃げ出した割には息せき切って戻ってきて、
「おい、もうここはいいから小夜さんを送ってってくれないか」
と耳打ちしてくる。
返事をする間も無くぐいぐい押しのけられ、座布団をとられた。
もう、勝手な人なんだからなー。
「様子がおかしいんだ。あちこち歩き回ってるうちにはぐれてしまって・・。その間に風邪引かせちまったらしい。帰ると言い出して聞かないんだよ。下に居るから早いとこ頼む」
拝まれた(--;
小夜は既に玄関口で下足番から履物を受け取っていた。
確かにおかしい。
普段の彼女なら絶対、将棋に(というか原田さんに)ちゃちゃを入れて帰るぐらいはする。
声をかけたが返事をしない。
上の空で店を出て行く。
帳場の刀掛けから自分のを掴んで、下駄を突っかけて外に出るまで気が気じゃなかった。
そんな、ふわふわした様子だったのだ。
「小夜ってばぁ!アンタどうかした?」
二、三度声をかけてようやく気が付いたようだ。
驚いたように、でもゆっくり振り向いた。
辺りはすっかり日が落ちており、茶店の灯りに照らし出された顔がなんだか知らない人のように見えた。
でもそれもほんの一瞬。
「ああ・・・ごめん。なんかぼうっとしちゃって・・・。風邪引いたかも」
照れたように情けなさそうな顔をした。
ちょっと表情が硬くて寂しそうに見えたのは、たぶんきっと、今夜は遊ぶぞ!という意気込みを、半ばで諦めなくちゃならないはめになったのが残念だからで・・・。
私はようやく安心して、
「今夜は帰って早く寝なさいよ。また今度連れて来てあげるから。昼間だったら何時でもいいよ」
「ああ・・うん。でも、昼間だったらこんな雰囲気味わえないね」
闇に浮かぶ籬の灯りを楽しみながら、夜風の中をそぞろ歩く人々。
みんな何かしら楽しげだ。
端から見ている分には。
「そりゃそうだけど。酔っ払いが多いのは物騒だ」
私はともかく、アンタが絡まれたりしたら面倒だしね。
絡まれやすい見目だしね。
そんなわけで、大門を出るまでは多少緊張していたんだと思う。
風邪を引いたという小夜の言葉をそのまま信じ込んでいた。
私の意識は、彼女自身よりも周りを歩いて行く人々の方に向いていたのだ。
番人小屋に挨拶をし、小夜の廓内出入許可の木札を返して大門を潜ると、とたんに暗い田舎道。
それでも東の空にぽっかりと浮いた月がかなり明るくて、灯りが必要な程でもなかった。
出口柳に送られて、とぼとぼと前を行く小夜の後姿が頼りない。
「また来ようよ、日を改めて。今度は私が付き合うからさ。町の中探検しよう」
「また・・?」
小夜が立ち止まる。
ゆったりと振り返るうなじの後れ毛が夜風に揺れる。
「うん。また来よう。島原なんていつでも来れるじゃん・・・」
・・・思い出した。
「また来ます」
と、沖田さんは言ったのだ。
彼はそう言って、最後に相手の名前を訊ねた。
納戸で出会った幽霊の名は、
「照葉・・・」
美女と言うのじゃないんだけれど、ひょろりと伸びた手足を縮こめ、ゆったりと首をすくめて鴨居を潜る仕草はキリンみたいに優雅な動きだ(笑)。
きょろきょろと辺りを窺う表情はファニーでそこそこキュートだし(漫画みたいなの・笑)。
普段着仕様でも上背があるから立ち姿がきれいだし。
「な、なんだぁ?!」
膝の上に乗せた敵娼の胸元に手を差し入れたまま(コラコラ)、原田さんが素頓狂な声を上げた。
小夜とは気が付いていない。
素人女の拵えが場違いで、怪訝に思っただけみたいだ。
「どうもー。ご無沙汰してまーす。原田さーん」
おい、手を振るな。
ちゃんと座って挨拶しろ。
「あっ!小夜坊か!?」
原田さんがあんぐりと口を開けた。
リアクションが大きい人だ(^^;
小夜坊という呼び方は女中時代のまんま。
永倉さんと二人でそう呼んでたな、そういえば。
「へぇー・・・見違えたなぁ」
と言ったきり、辺りに散らばった銚子やら膳部やらを掻き分けて将棋盤の横に陣取る小夜の姿をしげしげと見ている。
確かに、八木家の女中をしていた頃に比べたらだいぶ綺麗になったし、大人っぽくもなったと思う。
でへへ、と照れて笑いながら座ろうとする小夜の裸足の足をぺらっと触り、
「相変わらずデカイ足だな」
と憎まれ口を利いた彼のその手を、逃さず捕らえて、
「原田さんも相変わらずなんですね?」
小指を捻り上げる小夜もなかなか頭が良い。
「片手で敵娼のおっぱい、片手で私の足。いい度胸ですねぇ。反省して下さいね~~」
握力に勝る相手も、指を真後ろに倒されたんじゃ泣くよ、そりゃ。
さすがの豪傑原田先生もイデデデと悲鳴を上げ、沖田さんが爆笑。
娼妓達といちゃついていた周りの呑んだくれ男達が目を丸くしている。
「ななななんでアンタがこんなとこに居るんじゃ~!」
それまで満面の意地悪顔で嬉しそうに原田さんを苛めていた小夜が、『アンタ』と呼ばれて不意に手を離した。
一瞬だけど、驚いたような顔をした。
その訳が、なんだか判るような気がして胸が痛んだ。
彼は以前、小夜のことを『お前』と呼んでいたのだ。
「そんな跳ねっ返りが良く土方さんとこで務まっとるなぁ。あぁ痛たぁー」
原田さんのボヤキを聞いて、周りの隊士達が俄かにバタバタしだした。
半分干からびた刺身の乗った伊万里の大皿だの、バラバラとそこら中に転がったままの白磁の銚子だの、灰の散らかった煙草盆だのを片付け始めたのだ。
「お構いなくぅ。どうせ内緒で来てるんですから」
何だか良家のお内儀みたいに気取った風に聞こえる。
周りの反応を面白がってる。
基本的に人が悪い性質だよね(笑)。
所在無げにだらしなくそこらで居眠りをしていた娼妓達も尻を蹴飛ばされて正座させられ、原田さんも膝から敵娼を下ろして側に座らせた。
が、それが気に入らぬ、とばかりにふてぶてしく小夜を見やったのを彼が見逃すはずも無く、結局、一喝されて部屋から出て行った。
「何だかすいませんねぇ。私が来たおかげで居心地悪くさしちゃってー。綺麗どころもいなくなっちゃいましたけどもー」
言葉ほどには恐縮しているわけではない。
居並ぶ下々にニッコリと殊更優雅に愛想笑いをした。
「なあに、綺麗どころは小夜さんで充分・・・」
原田さんも負けずにお愛想言っちゃって。
小夜坊から小夜さんに格上げになった呼び名にはもう反応しなかったな。
彼女の中では既に割り切りができていたのか。
表情からはもう読めない。
原田さんはいい加減アルコールが入っていたことも有り、先の三条制札事件のヒーローでもあるからして、ギャラリーが居れば自ずと話に熱が入る。
酔っ払いには新しい話し相手は嬉しいもんだ(笑)。
私はもうなんだかんだで二、三十回は聞かされた、三条大橋西詰めでの大立ち回りの段。
小夜も上手いもんで時折拍手や歓声を上げたりしながら聞いているので、原田先生、すっかり将棋は上の空。
彼女が参謀とは、あながち間違いではないのかも。
「王手!」
とやられて初めて負けているのに気が付いた原田先生、
「・・・なにぃ?ちょ、ちょっと待った!」
あぐらをかいてはだけた着流しの裾を掻き合せ、座り直した。
「なんですよー。今更待ったってもう無理ですよ。諦めなさいよ。負けてゆっくり武勇伝を披露したらいいじゃないですかぁ」
ケホケホと空咳をしながら沖田さんが苦笑している。
彼はこの夏に風邪を長引かせてしまい、まだ咳が残っている状態だ。
件の大捕物に参加していないのもそのせいなのだ。
「そういうわけにはいかん。俺の番で負けが混んだら新八っつぁんに合わせる顔が無いだろ」
腕組みをし、将棋盤に顔を擦り付けるようにして、考え込み始めた。
総髪の髷がクセ毛のために頭の上で扇のように広がってしまっている。
そういえば、彼はつむじが二つあるのだと言ってたことがあったっけ。
髪をまとめるの、大変そう。
そんなことを考えていると、はぁ、と溜め息をつきながら沖田さんがおもむろに立ち上がった。
「それじゃあ、私は厠行って来ますから。その間に決めてくださいよ」
「あ、私も。一緒に行っていい?ひとりで行くの、ちょっと不安だったの」
なんだ?小夜も立ち上がったぞ。
目と目を見合わせ・・・?
・・・妙な気配。
「そうですね。他のお客も入り始めたようだし。酔っ払いに絡まれないとも限らない。物騒だから一緒に行きましょうか」
なんでそんなにニコニコしてるんだ二人とも。
「それじゃあ幸、お前私の代わりにここに座って・・・」
は?
「次、始めてていいからな」
え?
ああっ!コイツ等!
気づいた時にはもう遅し。
・・・逃げられた・・・・(涙)。
将棋なんて見てたって判んないしさー、原田さんも酔っ払ってて話がくどいし、飽きちゃってたんだよねー。
それより色町というものを見学したくて、うずうずしてたんだよ。
沖田さんは始めから将棋なんて興味無かったみたいだし。
私が飽きてるの知ってたみたいだし(笑)。
厠に行くと言った時から、それが嘘だと判っちゃった。
私も!と言ったら、それが相手に伝わっちゃった(笑)。
打合せ無しのアドリブでエスケープ劇成功vvv
暮れなずむ空の色と、古い建物の暗みと、雪洞や行灯のオレンジ色。
煙草の煙、三味線の音。
物売りの声、人々のざわめき。
髪油と白粉と香の香り。
それら全てが幻想的に調和する逢魔が刻。
それじゃあ魔に逢ってみましょうかい、とばかりに島原探検。
まずは今居るお茶屋をひと巡り。
ていうか、厠に行くと言って出たのでとりあえず階下に下りる。
見世を張るお姐さん方の居住まいが優雅で綺麗で見飽きない。
襟元の色合わせが絶妙だなぁとか、着物の打合せが甘くて危うい!とか、襟足の白粉が色っぽいとか、みんな思ったより若いかも!とか。
でも、向こうは私に見られているのが居心地悪そう。
いや、私というよりはこの人の喋りが・・・。
「あの奥に居る人がこの店では一番格が上なんですねぇ。都では『天神』というんですよ。なんだか偉そうな名前でしょ?前のほうに座ってるのが『端女郎』さん。吉原で言う『呼出し』ぐらいな格なのかなぁ・・・」
仕舞いにはそこに居る全員がこっちを睨むので居づらくなったり(--;
しょうがないので、
「場所替えましょう。もっと奥向きに行ってみましょうよ。普段の生活が見えるようなところがいいな」
「ダメですよ。叱られますよ、そんなとこ入り込んじゃぁ」
沖田さんが呆れたように苦笑した。
顔の凹凸が大きい人なので、行灯に照らされ、眼窩が片方影になった。
「だってつまんないよー。もっとあちこち見て回りたいんだけどぉー」
ぴかぴかに磨きこまれた廊下の奥の暗がりで、部屋部屋はどこまで連なっていてどんな風に仕切られているのかとか、従業員の生活スペースはどうなっているのかとか、せっかく来たんだからそこまで潜入してみたいじゃないか。
「奥は無理です。嫌がられます。空いてるお座敷を覗くぐらいなら構わないと思いますけどねぇ。庭の方に回ってみます?」
ううむ、安全なルートに誘導されている気がする・・・。
私はどっちかと言うと『Caution!』とか『Warning!』とか書いてあるようなとこに行って見たいんだけど(←自分が一番Cautionだろ!)。
廊下に草履(上履き)が脱いである部屋は、女郎さんが上がっている証拠。
しかも締め切られた部屋は・・・お仕事中(言わずもがな・汗)なのでもちろん素通り。
例え開け放たれた部屋でも、遊客が指名した女性を待っている場合があるので気をつけねば。
廊下をすれ違う遣り手のオバサンには変な目で見られ、禿(かむろ)には振り返られ、ゆっくり歩いても居られない。
トイレに急ぐフリして先を急ぐ。
沖田さんを撒こうと入り組んだ廊下を歩き回るうち、本来の目的である探検よりも鬼ごっこの方が楽しくなって来ていた。
なので次から次へと居場所を移し、仕舞いには自分が今、建物のどの辺に居るのかさえ定かでなくなっていた。
たぶん奥向きと言うよりは、表と奥の中間ぐらい。
納戸だった。
障子や襖ではなく木の引き戸だった。
それがちょっとだけ、開いていたのだ。
中が見えた。
戸棚に什器が並んでいるのが。
ここなら休める、と思って入り込んだ。
追っ手が迫っていたのだ。
時折ケホケホと咳をするのでそれと判る。
始めは恐る恐る。
中がきれいと確認してからは急いで戸を開け、入り込む。
だって埃だらけの納戸なんて入る気しないじゃん。
ネズミなんか居たら最悪だし。
きれいに掃除はしてあるようだが、昼でも陽の入らぬ部屋は湿った空気がひんやりと澱んだ感じ。
床板が裸足に冷たい。
耳を澄ますと、戸の向こう側をスススッと通り過ぎる気配がした。
沖田さんだ。
やり過ごしたぞv
ふー、と溜息をつき、その場に座り込んでひと休みしようと思った時、足音が戻って来た。
やばい!納戸に気が付いたか?
隠れなきゃ!
暗い部屋の奥には布団の壁。
入り込む隙間はあるかもしれないが、そんなことやってる暇は無かった。
什器や調度品の並ぶ戸棚の裏に回って、小さくしゃがみ込むのがやっと。
すーっと戸が開いた。
「・・・小夜さん?」
声が小さい。
私が居るかどうか、確信は無い模様。
ってことはまだ見つかってないんだ。
じっとしていればまたやり過ごせるかも。
息を飲みつつ、相手が諦めるのを待つ。
「出てきて下さいよー。叱られちゃいますよー」
ふう、と沖田さんが溜息をついた時だ、
「・・・誰?」
・・・!
誰かが返事をした・・・。
か細い・・・女の声だったぞ。
・・・わ、私じゃないぞぉ~!
ででででも私じゃなければいったい誰なんだぁ~!
私の他に誰が居るって言うんだぁ!
・・・幽霊?
ひー。
あんまり驚いたので声も出なかった。
固まったというヤツ。
「どなたか居るんですか?」
沖田さんが納戸に入って来た。
漆塗りの杯洗と錦を張った脇息の間から、唐桟縞の紺のグラデーションが判別できた。
「・・・どなたはん?何の御用?」
先程よりは幾分しっかりした女性の声。
とりあえず幽霊ではなさそう。
紺色の着物が通り過ぎるのを待ってから、首を伸ばして見てみた。
声は、奥に積み上げている布団の間からしているのだ。
沖田さんの背中がわずかに見える。
が、声の主は陰に隠れて見えなかった。
小さく悲鳴が上がった。
「・・・?!」
「やあ、驚いたなぁ。ここで何をしておいでです?」
「こないなとこ入らはったらあきません。どうぞ往んでおくんなさい」
「あなたはここで寝起きして居られるんですか?」
「寄らんといて!」
切羽詰った声音に、こちらも出て行くタイミングを失ってしまう。
声の彼女は叫んだ拍子に咳き込み始めた。
なかなか治まらない。
痰が絡んだひどい咳だ。
衣擦れの音がして、沖田さんがしゃがみ込んだと判る。
背中をさすってあげてるのかも。
「こんなところで寝起きして、病が良くなるとも思われんが・・・」
女の人の息があがっている。
沖田さんの言う通り、病気で臥っているということなのか。
「触らんといて、早う出て行っておくれやす。うちには構わんでええし。早う・・・」
途切れ途切れに息継ぎをしながら話す様子は、かなり具合が悪そうに思えた。
声がこもって聞こえるのは口元を押さえているのか。
それにしても沖田さんの言う通り、他に部屋が無いわけじゃなかろうに、何でこんなところに寝かされているんだろう。
あんなに具合悪そうなのに。
ちょっと酷い。
「・・・おおきに、すんません。もう触らんといとくれやす。・・・堪忍え。お侍はんにこの病、伝染してしもたら、うち・・・」
「大丈夫ですよ」
相手の声とは対照的に、沖田さんの声は明るい。
沖田さんって誰にでも明るく話すよね。
そこが彼の良い所だな。
「大丈夫。私には伝染らない」
優しい。
頑なな相手の警戒を解きほぐそうとしているのだ。
「伝染らんて、そんな。・・・うちの病が判らん言わはるんどすか?」
ほら、相手の声の調子が変わった。
「知ってますよ。肺腑の病でしょう?見れば判ります・・・」
余りに明快な口調だったので、私は次に来る言葉の予測ができなかった。
ただただ、この薄暗い部屋に閉じ込められているかわいそうな病人を元気付けているだけなんだと思い込んでいた。
いや、それは確かにそうだったのだろうけど・・・。
「見れば判ります。私も同じ病ですから・・・」
・・・え・・?
一瞬、周りの景色がぐらりと揺れた気がした。
明るい声は続く。
「いくら近寄っても、これからまた新たに伝染るなんて事は有り得ない。もう既に同じ病に取り付かれてるんですからね」
今、・・・何て言ったの?
同じ病って言った?
はいふの病?何それ?
その人と同じ病気?
その人みたいに息が出来ない程ひどい咳が出て、その人みたいに臥せって居るしかなくなるの?
「てんご言わんといとくれやす」
「てんご・・?」
「・・・嘘。嘘ですやろ?」
「嘘じゃありませんよ。ほれ、薬も持っている」
カサカサと紙包みの音。
・・・うそ・・・。
いつから?
「安心しました?じゃあ、もうちょっと居てもいいかなぁ?」
なんて声なんだ。
普段と変わりないじゃないか。
いや、殊更明るい。
ていうか、そんなことをおどけて言うな・・・!
一呼吸遅れて、心臓がどきどきし出した。
頭の中は・・・なんだか定まらない。
何をどう考えていいんだか、脳みそが固まっちゃってて動かない。
その後の何分かを呆然と過ごした。
二人の会話は弾んでいたようでもあるが、・・・覚えていない。
沖田さんが出て行き、納戸の戸を閉める音で我に帰った。
じっとりと、襦袢が肌に張り付くほどの汗をかいていた。
沖田さんが戻ってきたのはたっぷり半刻も経ってからだ。
その間に二戦して二勝した。
酔っ払って半分居眠りしている原田さん相手ならそんなもんだろう。
彼の取り巻き(部下とも言う・笑)も姐さん方とよろしく姿を消していたし。
小夜と図って逃げ出した割には息せき切って戻ってきて、
「おい、もうここはいいから小夜さんを送ってってくれないか」
と耳打ちしてくる。
返事をする間も無くぐいぐい押しのけられ、座布団をとられた。
もう、勝手な人なんだからなー。
「様子がおかしいんだ。あちこち歩き回ってるうちにはぐれてしまって・・。その間に風邪引かせちまったらしい。帰ると言い出して聞かないんだよ。下に居るから早いとこ頼む」
拝まれた(--;
小夜は既に玄関口で下足番から履物を受け取っていた。
確かにおかしい。
普段の彼女なら絶対、将棋に(というか原田さんに)ちゃちゃを入れて帰るぐらいはする。
声をかけたが返事をしない。
上の空で店を出て行く。
帳場の刀掛けから自分のを掴んで、下駄を突っかけて外に出るまで気が気じゃなかった。
そんな、ふわふわした様子だったのだ。
「小夜ってばぁ!アンタどうかした?」
二、三度声をかけてようやく気が付いたようだ。
驚いたように、でもゆっくり振り向いた。
辺りはすっかり日が落ちており、茶店の灯りに照らし出された顔がなんだか知らない人のように見えた。
でもそれもほんの一瞬。
「ああ・・・ごめん。なんかぼうっとしちゃって・・・。風邪引いたかも」
照れたように情けなさそうな顔をした。
ちょっと表情が硬くて寂しそうに見えたのは、たぶんきっと、今夜は遊ぶぞ!という意気込みを、半ばで諦めなくちゃならないはめになったのが残念だからで・・・。
私はようやく安心して、
「今夜は帰って早く寝なさいよ。また今度連れて来てあげるから。昼間だったら何時でもいいよ」
「ああ・・うん。でも、昼間だったらこんな雰囲気味わえないね」
闇に浮かぶ籬の灯りを楽しみながら、夜風の中をそぞろ歩く人々。
みんな何かしら楽しげだ。
端から見ている分には。
「そりゃそうだけど。酔っ払いが多いのは物騒だ」
私はともかく、アンタが絡まれたりしたら面倒だしね。
絡まれやすい見目だしね。
そんなわけで、大門を出るまでは多少緊張していたんだと思う。
風邪を引いたという小夜の言葉をそのまま信じ込んでいた。
私の意識は、彼女自身よりも周りを歩いて行く人々の方に向いていたのだ。
番人小屋に挨拶をし、小夜の廓内出入許可の木札を返して大門を潜ると、とたんに暗い田舎道。
それでも東の空にぽっかりと浮いた月がかなり明るくて、灯りが必要な程でもなかった。
出口柳に送られて、とぼとぼと前を行く小夜の後姿が頼りない。
「また来ようよ、日を改めて。今度は私が付き合うからさ。町の中探検しよう」
「また・・?」
小夜が立ち止まる。
ゆったりと振り返るうなじの後れ毛が夜風に揺れる。
「うん。また来よう。島原なんていつでも来れるじゃん・・・」
・・・思い出した。
「また来ます」
と、沖田さんは言ったのだ。
彼はそう言って、最後に相手の名前を訊ねた。
納戸で出会った幽霊の名は、
「照葉・・・」
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