もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

どうやら先程の奥の間での話し合いは、今回の事件の説明だけでは終わらなかったようだ。

戎三郎さんは明日大坂へ下り、そこから自前の船で対馬沖に乗り込むそうな。
今度の事件で得た密貿易船の情報(エロダコから受け取ったのはこれだったの)を頼りに、一船拿捕する(そんなことできるのか?)予定だそう。

積荷は薬種の他に、武器類の可能性大。
もしも新式の物なら妥当な値段で買い取ろうと土方さんは言ったらしい。

「会津藩から支給されるのは旧式ばかりだし、数も足りん。さりとてまともに買い入れるのでは高上がりだ」

そういえば近頃、屯所(つまり西本願寺)では銃や大砲の演習もやってて、地域住民から顰蹙買ってるんだよな、新選組は。

大砲の音なんてここに居てもたまに聞こえるくらいだ。
いっそ毎日決まった時間にやってくれると時報代わりにできるんだけど。

「買い取ると言っても・・・」

山崎さんが心配げに口を挟んだ。

「今回の仕事はこちらの協力が無ければ成功していなかったはずだ。ならば積荷の半分はこちらの取り分」

・・・(--;

こちらの協力が無ければ・・・って、働いたのは私達なんだけど。
しかもそれがいけないって私は叱られてたはずなんだけど。
なのにどうしてそこまであつかましく分配できるかな。

「要り用なのは輸送の費用だけだ。それも手付けとして既に渡してある」

「輸送の費用を・・・既にですか?」

山崎さんは怪訝そうに眉根を寄せた。
今しがた進めた話で、急な用立てが利くはずもない。
まさか普段持ち歩くような小金で武器の極秘輸送など出来るわけではないだろうし・・・。

「ああ。たまさか持っていたのさ」

にっ・・・と、土方さんは思わせぶりに、しかも上機嫌この上ない笑み。

その余裕は何?
ちらりとこちらを見るのは何の意味?

・・・・・?
・・・たまさか・・・?

・・・ん?

「ああぁっ!!!私の五十両ぉぉ・・・!!!」

涙なんかぶっ飛んだ。

突っ込みを予想していたのか、返答も速攻。

「お前のじゃねぇだろ」

ナマイキに不機嫌そうな顔を作った。
盗人猛々しいとはこのことだ!

「私のですぅ!もしくは私と幸の!なによ!なんで勝手に使っちゃうの?」

火鉢の縁に手をかけて身を乗り出すと、汚い物でも避けるように身を引きながら、

「勝手だと?馬鹿を言うな。お前等の稼ぎは俺のもんだろ?お前等には別に手当を出しているじゃねぇか」

「うっそ!なにそれ!そんな話聞いてない!契約違反!不当!」

「黙れ。何が契約違反だ。そんなもん取り決めた覚えは無ぇぞ。それでなくともお前には金がかかってるんだ。文句を言うな」

もちろん契約書なんて無いけどさ。
契約を取り交わした覚えが無いと言うなら、私等の稼ぎを自分のものと言う根拠も無いじゃんか!

「それとこれとは別でしょう?私はそのお金、ちゃんと返そうと思ってたのに!」

「ほほう。ならいいじゃねぇか。金は元の懐に納まったんだ。これで四方丸く収まるってもんだ」

「ちーがーうー!支払いは別途にすべきでしょうって言ってるのー!」

「いいんだよ!せっかく貰ったもんをただで返すなんざ勿体無ぇ。」

なんてこと言うんだろ!そんなめちゃくちゃな理屈があるか!

「なにそれ?!信じらんない!さっきは報酬にしては法外だって言ってたくせに!」

「うるせぇ!余計な事を言うな。お前は口を出さなくていい。ガキは黙ってりゃいいんだ!」

「きぃー!ちょっとぉ!何とか言ってよ山崎さん!」

頭が爆発しそうだ。

私達の言い争いを目を丸くして見ていた山崎さんは、急に話を振られて更にびっくり眼。
上司の前で私に味方してくれる気は無さそう。

「幸もなんとか言ってやってよ!あれは私等の取り分だって貰ったお金なの。返そうと思ってたのに・・!」

半泣きで言ったのに、幸は余裕でくすくす笑っている。

「はいはい了解。でも大丈夫。きっとこれでいいんだよ」

お金を貰った経緯を説明していなかったので、きっと事の次第を飲み込めていないのだ。

「何言ってるの?ちょっと・・・」

必死で事情を説明している私の横で、全てを無視して土方さんが立ち上がった。

「まあ、そんなわけだ。縁を切りたかったお前には悪いが、こちらさんは使いようによっちゃあ面白い手駒になってくれそうなんでな。今後もお付き合いをお願いした」

これは山崎さんに言ったのだ。

「はあ・・・」

元気の無い返事に、戎三郎さんが笑ってる。

「そう腐るな。永井様に随行して西に下る局長やお前等には心強い味方だと思うが、まあ道々話そう。屯所へ戻る」

山崎さんが短く返事をし、奥の間の刀掛けから上司の差料を持って戻ってきた。

返せ戻せと食って掛かろうとする私と、それを押し留めようと幸が揉めていると、座ったままで申しわけ無いとことわりながら戎三郎さんが土方さんに何か渡している。

四角いポーチに紐がついてて、紐の先には白い彫刻物がついてるような。

「煙草入れ?」

渡された方もきょとんとしている。

「蝦夷錦というものです。鹿革に張った細工物ですが」

行灯の薄明かりに眼を凝らして見ると、光沢のある青い生地に刺繍がしてあるように見えたが。
うーん、ちょっと遠くて良く見えない。

「龍の蹄が織り出してありましょう?もともと大きな龍の織物だったものを、他が痛んだのでその部分だけ細工したのでしょうな。見て頂ければお判かと思いますが、蹄に爪が五本有ります。それは『皇帝龍』と言って、お隣の清の国がまだ元と言っていた頃に皇帝の印とされた権威あるもの。めったにお目にかかれるものではありません」

行灯にかざして裂地の意匠に見入った後、土方さんは目を上げた。

「これをどうしろと?」

単なる持ち物自慢ではないらしいとは私にさえ判る。

「山崎先生は西国へ向かわれるとか。私は西国の廻船問屋に知り合いは多い。廻船問屋でなくても大坂に店を持つ名の通ったところなら私の店の名を出せば便宜は図ってくれますが、おおっぴらに名前を出せんような時はその煙草入れを見ればよろしい。それ持っとったら手形無しでも船に乗れますよって。海はどこへも繋がっとるし。京まで上っては来られんが、大坂までは戻れます」

煙草入れが山崎さんに手渡されるのを目で追いながら、最後は上方訛りになった。

おおっぴらに名前を出せないような時とは、身分を隠して活動中の時という意味だろうか?

「金が要り用になったら質草に入れれば大枚借りられるとは思うけどな、流さんといてくださいよ。知らせてくれれば請け出しに行きますよって。何しろ先々代の片身やさかい」

そんな大事な物を、と山崎さんも思ったらしい。
しかし、その口を開かせぬうちに、

「そうそう、これは清国人にとっては喉から手の出る程のものやさかい、見せびらかしたらあきません。盗まれますよって」

遠慮をさせぬ勢いに何を感じ取ったものか、山崎さんは手渡されたものをしげしげと見ている。

鱗の生えた龍の蹄から伸びた五本の爪が玉を握っているのが、青の繻子地に織り出してある。
金糸で刺繍も施してあった。
繻子と金糸のキラキラ感がいかにも中国風。
年数を経て全体にくすんでいるのが、骨董らしく高そうな雰囲気。
留め具の銀細工の龍が黒く燻し銀になっており、根付はたぶん象牙の彫刻で戎三郎さんのトレードマークの恵比寿様。

「緒締めはウニコールや。説明せんでもあんたには判るやろ?」

根付と煙草入れの中間に動物の角の先をそのまま切ったようなのがついている。

「うにこうるって?」

「薬です。ものごっつ高価なもんですわ。金より高い。毒消し、歯痛、めまい、疱瘡に効く。どざえもんに飲ましたら生き返ったぁいう話もありますわ」

「うっそぉ!」

声が大きかった(失敗)。

「あ!お前ら何時の間に・・!」

一緒になって見入ってる土方さんに気付かれないよう山崎さんの背後、左右から肩越しに覗き込んでいたのを見咎められた。

「見てたっていいじゃん。けーち!」

唇を尖らすと、土方さんも思いっきり舌打ちして、

「お前は・・っ!己のやったことが判っているのか!今回は何事も無かったから良かったようなものの、お前みたいに生半可なヤツがたった一人居るだけで、回りは命の危険にさらされることになる。手前の浅はかさを思い知れ。もう金輪際こんなふざけた真似は許さんからな!」

また蒸し返された。
言われていることは判らないわけではない。
そりゃもう落ち込む程に。

でも、許さんからな!・・・ってなに?
なんでコイツがそこまで言うの?
何の権利があってそんな偉そうなこと言ってんの?
ムカツク~!

思い切り息を吸って反撃開始!・・・と思ったら後から口を塞がれた。
幸のヤツ~!

その隙に山崎さんが急き立てて土間から外へ出て行く。

「明日の朝早く駕籠を差し向ける。寝過ごすな。もう遅い。早いとこ寝ておけ」

ちょっと待てテメー!
と、幸の手のひらに叫んでしまう。


「小夜はん、難儀やったな。堪忍や。土産楽しみに待っててや」

土間に下りた山崎さんが障子戸を閉めしなに上司の目を気にしつつ、片手を立てて拝みながら小声でささやいた。
これには幸の手も緩み、

「なに?いつ出発するの?」

障子に取り付く。
彼は開けられたままの戸口から外を見やりながら、

「明日か明後日には。こちらにはもう来られるかどうか・・・」

「えー?出かける時に寄ってくれたらいいのに。まだ話したいことがあるのに。一緒にお茶しようよ」

山崎さんが眉を下げた。

月の光が土間を照らしている。
満月の今日、家の中より外の方が断然明るい。

「それで何時帰ってくるの?」

「おそらく戦が終わるまでは・・・」

まだ始まってもいない戦争が終わるまでは戻らぬと言う。
そんなの何時になるか判らないじゃないか。

「やだー。山崎さんが居ないと寂しいー」

彼はちょっと困った顔になり、それにはコメントせずに、代わりに何を思ったか不意に笑顔になった。
それから小さな子供にそうするように小首をかしげて、

「今日はほんま、お疲れさんやったな。お二人とも頑張らはったようやし」

・・・不意打ちだ。

胸がきゅーんとなった。
気がついたら首っ玉に抱きついちゃってた(^^;。

「あっ、コラ!」

後で幸が面白がってる。
山崎さんはそれほど慌ててもいなかったが一応、

「おおっと。コレ、御主人が居てはるのにあんた・・・」

「だってぇ、山崎さんが責められなくて良かったと思って。あの人に睨まれたらどうなることかと思ってたんだよ。だから良かったー。嬉しい」

ほっとして、それからどさくさ紛れにうっとり。
でもおもむろに押し戻されたり。

「そうかー。そら有り難いことや。ほんまにおおきにな。でもな小夜さん、土方センセを恨んだらあきませんよ。あのお人はあんたはんを心配して殊更きつうに言うてはるのやさかいにな」

そぉかしら?と返事をする前に、外から艶消しな声。

「おい、そいつをあんまり甘やかすな」

私達のやり取りを聞いていたんだかいないんだか、言葉の割にはちょっとのんびりした声音だった。

「では」

促されて、首に巻かれたままだった私の腕を引き剥がし、山崎さんは表に出て行った。
笑顔のままだった。

茶の間に目を移すと、柚木さんが下を向いてくすくす笑っている。
戎三郎さんがアゴで庭を指した。

話し声が聞こえていた。
大体お前はアイツを甘やかし過ぎなんだ云々・・・って。

・・・ふん。
いいじゃん。

相思相愛ならば(違)。



奥の座敷に客を寝かせ、残った布団一組に幸と二人で寝ることに。
背中合わせでなんとか寝れそう。

「結局お金使われちゃったなー」

語尾があくびにつながって行く。
いろいろ納得行かないこともあったけど、とりあえず今夜はもう眠い。

「あれはあれで良かったんだってば」

独り言のつもりだったのに、幸が返事をした。

「だって、あんな大金をポンとくれるような人が、返すと言われて素直に受け取るわけも無い」

あくびをひとつ、間に挟み、

「商品の代金と言うなら受け取るわけだし」

フクチョーが背中の間にもぐりこんできた。
もぞもぞと体を動かして布団を沿わせながら、

「でもそうしたら、戎三郎さんの儲けが無いよ」

「だからー、今夜の私等の働きの報酬をお金ではなく、彼の働きで返してもらおうというんでしょ、副長は」

「・・・ええ?どういうこと?」

適当に相槌を打ちながら、背中あったけぇ!とか関係ないこと考えてたり(こらこら)。

「新選組の諜報活動に協力してもらうってことだよ。さっき山崎さんに言ってたじゃん」

・・・そうだっけ?

「密貿易の武器の話じゃなくて?」

「あれは確定じゃないんでしょ?船の積荷は武器じゃないかもしれないし、第一、戎三郎さんが拿捕できるかどうか判らないじゃん。それでも手付けとして彼にお金を渡したって事は、つまりはお金を返したってことだ」

・・・ふーん、そうなのか。

「つまり私等はお金で働いたんじゃなく、新選組の監察方と戎三郎さんとのコネを作る一助になったってことで・・・」

・・・・・。

・・・ごめん。
背中に響くアルト声は、子守唄としては絶妙だったみたい。



翌日、戎三郎さん主従は京を経った。
駕籠に乗った戎三郎さんに、柚木さんが徒歩(かち)で付添って。

「足萎えは陸(おか)ではどうもならんな。船旅の方がなんぼかマシや」

徒歩で伏見まで行くより船で上海へ行くほうが余程楽、と豪語した。

朝からぽかぽかと暖かく、睡眠不足も手伝ってあくびを連発している私を見て、

「泣いたり笑ろたり怒ったり、せわしないお人や。今朝は大あくびまで見さしてもろうて」

「へへへ。また遊びに来れば?ほんとは貴方の家なんだし」

あくびの副産物を拭いながら言ったらば、

「そうやな。また不思議なもん、馳走になるやも判らんしな」

と笑った。
それから小声で、

「あんた、ここ出たなったらな、ほんまに私んとこ来やはったらええわ。こんなちんまい寮やなしに、異人の住んではるような豪勢な家建てたりますわ。ええべべ着て旨いもん食うて女中にかしずかれて暮らしとうないか?」





「なんだろあの人。面白い人だったなぁ。ナンパが趣味?」

「あんた気に入られたみたいだったよね。ま、いいんじゃない?お金持ちと知り合いになれたってことで」

あの後、現場の後始末と宮川町の百菊さんへの連絡は監察下請けチーム(?)にお願いしたようだ。

我々は当分あの界隈には近付くなと釘を刺された。
でも当分って何時までなんだか判らない。

山崎さんは再び西国に探索活動に出、その後を追うように近藤局長が幕府の偉いさんと長州藩との和平交渉のために広島へ出張。

その間、新選組主力部隊は危険分子の検挙のため、大坂行ったり伏見に詰めたり忙しそう。
(ちなみにずっと後になってから、伏見では坂本竜馬を追っかけてたと判ってびっくり)。

そういうわけで局長の留守を守る土方さんはしばらく顔を見せてない。
いい傾向ではある。

ただ、戎三郎さんのことだけが心配だった。
大藩の重要人物をあんな目に遭わせて、このまま済むというわけではないだろう。
顔もしっかり知られているし、実家も知られている。

本人は覚悟の上の行動なのだろうから別として、実家の商家は危険な目には遭わないのだろうか?

「密貿易の証拠物件、手に入れたんでしょ?それなら向こうもおおっぴらに手出しはできないんじゃない?」

店の方は大丈夫だろうと幸は言う。
相手は自藩の保身のためにトカゲの尻尾のように切り離されることを恐れるだろうから、自分の失態が明るみに出るようなことはすまいと。

でも闇討ちの危険性は否定しない。

「恨み骨髄・・・だろうからねぇ。気をつけないとどこでバッサリやられるかわかんないよねー」

個人的恨みは買ってるだろうからね。
私も危ないかも。
顔、覚えられてるし。

「いや、あんたは大丈夫だよ。白塗りオバケだったし。素顔で居ればバレる心配は無い」

失礼なことを自覚も無しに言いながら、おニューの差料をためつすがめつ眺めている。


幸はあの時、戎三郎さんが杖代わりに使った刀を譲り受けてた。
彼女が使うには豪勢過ぎる拵えは、斎藤先生の御用達(笑)の刀商にお願いして買い取ってもらうことに。

刀身は薩摩刀とか言ってたけど、どんなもんかは良く判らない。
でも、今まで持ってたのよりは格段に良い刀らしい。

長さはそれほどでもないけど、それも幸にはちょうどいいんじゃないかって斎藤さんが言ってたそうな。
適当な拵えを見繕ってもらったと、私に見せに来ていた。

鞘はごく普通の黒塗りで、柄巻きと下げ緒はほとんど黒に近い濃紺。
褐色(かちいろ)って言うんだって。
鍔はちょっと見には飾りも無く武骨な印象。
良く見ると、紐を解いた般若の面がひとつ、象嵌で描いてあった。
目貫には雪輪紋。
縁頭には鬼(鍾馗様?)が1匹づつ彫られていた。

「鬼丸だからって鬼尽しってのがさー・・・。斎藤先生、ベタなんだよなー」

とは言いながら、嬉しそうにニマニマしながら、いじくり回している。


私はと言えば、庭の老木に登って何かを狙っている様子のフクチョーに目が釘付け!

「あの子何やってんだろ?」

春の陽だまりに雀が飛んで来て、今正に地面に舞い降りようとしたその時、木の上からビヨーンと飛んだフクチョーは、獲物を捕らえるどころか見事に顔面着地。

「あーあ。飛んでる雀を狙うなんて、無謀なヤツ」

自分の失敗が信じられないといった風にきょとんと座り込んだ後(かわいーv)、そそくさと縁の下に消えて行った。

フクチョーが登っていたのは梅の老木。
移植するには年をとり過ぎていたらしく、他の主だった植木が家主(戎三郎さんの実家ね)の手によって根こそぎ持って行かれた中で、唯一残されていたものだ。
つまり、幼い頃この家に何度か来た事があると言う戎三郎さんには懐かしかったかもしれないものなのだ。



あの日、前の晩と同じように縁側に立って、はらはらと花びらの散る梅の木を眺めていた。

明るい朝の光の下では、戎三郎さんの栗色の髪も白い肌も鳶色の目も、眩しい程に明るくて。
まるで日本人には見えない。
これは目立つ。

そうとは言えずに、さりとて目も離せずに、

「きれい」

ととっさに口をついて出た言葉の意味を、彼は知っていたのかもしれない。
たぶんきっと言われ慣れている言葉なのだと思い当たったら、無性に悲しくなった。
でも、

「私がなんで用心棒連れて歩いてとると思います?異人斬りに遭わんようにや。美しう生まれつくのも難儀でおますわなァ」

からからと笑ってたっけ。

強いなぁと思った。
これしきのことでは傷つかぬどころか、周りに気を使わせぬよう逆に傷つけぬよう、受け流す術まで身についている。

いったい何時から?

そう思ったら涙が出た。
その言い訳を、・・・あくびのせいにした。



「ねー、ちょっと聞いてんの?」

幸の声に振り返る。

「人の話聞かないヤツだよなぁ。あんたあの時『身内』って言われてたじゃん、副長にさ。あれはちゃんと聞いてたでしょ?」

「ああー・・・。まあ・・・ね」

「良かったね」

くしゃっと鼻にシワを寄せて、にーっと笑って見せた。

・・・良かったのか?
ドツボにはまってしまった気もしないでもないけど・・・?

「うーん・・」

陽射しに暖められたバターが溶けるように、トロンと縁側に寝転ぶ。

「なんだそれ。嬉しくないの?」

「うーん、どうかなぁ」

うつぶせの頬っぺたに当たる縁側の板目が暖かくて、脳への血流の邪魔をする。
日向の匂いも心地良い。
縁の下から上ってきたフクチョーが、背中の上でとぐろを巻いた。

あー・・・。

だめだぁ・・・。
眠気が・・・。
・・・・・。

縁側で溶かしバターと化す春の昼下がり。





だがこの時、私の視界の外で、新選組にとんでもないことが起きていた。

しかもその中心人物が自分の主人であろうことなど、私は露も知らなかった。




            -了-

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