もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
道は坂になっている。
200m程もあろうか。
坂を下りたところから町の明かりが広がっている。
あそこに辿り着ければなんとかなるだろうと思われた。
走り出したいところだけど、戎三郎さんにそれは無理。
手を貸しながら一歩づつ進む。
冷たい地面を裸足で確認しながら。
急いた気持ちを落ち着けながら・・・。
「とんだことになっちゃったね。ごめんなさい。私のせいだわ」
「いや、あんたには助けられた」
その言葉で思い出して笑ってしまう。
「びっくりしたわー。貞操の危機だったね。でもちょっとやり過ぎたかな?あのオジサンには気の毒だったかも」
「なに、あれでしばらくの間は悪さ出来んやろ。丁度ええのや。ええ気味や」
吐き捨てるような言い方が、彼の負った心の傷の大きさを窺わせた。
『赤蝦夷』という言葉が再び頭に浮かぶ。
「そうよね。こーんなにめかし込んでいるのに、こっちに手をつけないなんて失礼しちゃうわよねぇ」
一歩進むたび、顔の両側でビラビラ簪が揺れる。
爪紅を塗った自分の裸足が夜目にも白い。
彼はふっと吹き出して、
「ジジイ言われたンは初めてかも判らんな」
息を弾ませながらくすくすと笑った。
ちょっとほっとする。
「それにしたってこんな大金貰っちゃ悪いわ。計画は失敗しちゃったのに」
「そんなんあんたが気にせんかてええ。金なんぞ有って困るもんやなし」
でも・・・と言いかけたとき、すぐ背後で足音。
ぎょっとして振り返ったら幸だった。
「なーんだビックリしたー」
「っていうか、もっと早く気づけ~」
ひー(:;)
足音しないんだもん、ていうのは理由にならないんだろな、この場合(凹)。
「あんたに任せてたんじゃ不安だから一緒に逃げようと思って」
抜き身を下げたまま、辺りに気を配りながら背後を庇うようについてくる。
「柚木さんは?」
ひとり置いてきて大丈夫なのか?
すると幸は急に笑い声になって、
「あの人強いの!めちゃくちゃ強い!斬ろうと思えば勝負はすぐつくと思うんだけど」
でも斬らないってことか。
人を斬っても何の解決にもならないもんな。
それは雇い主の戎三郎さんの方針なのかな。
「私達を逃がすために時間稼ぎしてる。あの芸当は強くなくちゃできないよ。修羅場潜ってそうだし」
「そのために金使こてますのや。働いてもらわんとな」
嬉しそうな戎三郎さんの声が夜風に途切れた。
風が出てきたのだ。
雲が流れている。
・・・寒っ。
いい加減足が冷たい。
いや、そんなことより雲の切れ間から満月が見え隠れして、時折足元がまだらに明るくなる。
ヤバイじゃん!これじゃみつかっちゃうよ!
ドキドキしながら無言で歩みを進め、もう少しで坂を下りきるというとき、ガツガツと派手な足音をさせて柚木さんが追いかけてきた。
「まだそんな所におったんか。早う逃げんと追いつかれるぞ。走れ!」
「そんなこと言ったって・・・」
無理だと言いかけた時、ふわっと戎三郎さんの体が宙に浮いた。
ええっ?!と見たらば、柚木さんに抱え上げられて既に五尺も前を行ってる。
柚木さんときたら、戎三郎さんを横抱きにして全力疾走してるのだ!
なんちゅー人なの!
「ね!スゴイでしょ!」
抜き身を鞘に納めながら嬉しそうにそう言って、幸が私の手を取った。
「さあ走るよ。頑張って」
正面には鴨川の流れが見えている。
集合場所の百菊さんの店まではそう遠くないはずだし、家並みに紛れ込めばなんとか逃げ切れるだろう。
それにしても、
「ばらけましょう!その方が安全です。私達は迂回します」
幸の叫びに先を走っていた柚木さんが立ち止まった。
お姫様抱っこされていた戎三郎さんが柚木さんの肩越しに、
「こうなったからには宮川町には戻られへん。ヤツラに家捜しさせるわけにはいかんやろ」
「ではどうします?このまま散会しますか?」
「それも手やな」
「しかし、あんた等の無事を確認する手立てが無い。連絡の取り様が・・・」
とは柚木さん。
無事の確認など別にいいんだけどね。
山崎さんから私達を預かる身としては責任上、無事に家に帰さねばと思うのだろう。
とすれば面倒だ。
ここで散会すれば、それ以降の接触は無理。
連絡を取り合うにしても、我々が直接接触するのは危ない。
そうなると山崎さんの手を借りるしかないが、それは避けたかった。
新選組の仕事以外で、彼を煩わせたくない。
イライラと考えているうちにも時間は過ぎて行く。
せっかく走った甲斐が無くなる。
ええい、面倒くさい!
「私んち!」
え?と皆こっちを見た。
「私の家に集合!だってもう疲れちゃったよ。私はこのまま家に帰る。皆が来てくれれば私はそれ以上動くことはないし」
と、単にわがまま言ってみただけなんだけど、幸が賛同した。
「それはいいかも。この辺は藩邸が近くてぶっそうだけど、薩摩の人間もあそこまでは追っては来ない」
よし!と私ら二人は走り出す。
「待て!あんたの家とは?場所はどこや!」
「ほら、こないだ言ってたあなたの先々代の家ってヤツ!借りてるの私なの~!よろしく~」
走りながらそう叫んで笑った。
「・・・なんやて・・?」
あんぐり口を開けて見送る戎三郎さんのリアクションが可笑しかった。
「ねー、もうこんくらい走れば大丈夫じゃない?」
言うなり立ち止まる。
繋いだ手ばかりが引っ張られて前に出る。
「これ以上走り続けるなんて無理だよ~。あんたみたいな体育会系と違うんだからさー。ちょっと休みたい。休ませて」
喋るのもしんどい。
喉はカラカラ。
脾腹が痛い。
幸も、引き留められた手を手繰って、
「橋も渡ったし、川筋からも離れたから大丈夫かな。じゃあ5分休憩」
覆面の口元を開けて息をしている。
「5分かよ~」
何も考えずに道端にしゃがみ込もうとした私を、用心深い幸が路肩の茂みに引っ張り込む。
街中だと思ってたら回りはお寺さんだらけ。
道理で人っ子一人居ない。
どこだここは?
暗くてさっぱり判らないや。
「あとはこのまままっすぐ七条まで下がるか、六条を西に出て堀川から下がるかだな」
「おまかせしや~っす」
あたしゃもうぐったり。
なんせ重装備なのだ。
裸足の足も痛くなってきた。
「できたら走りたくないんだけどー」
このまま横になりたいくらいだよ。
「追っ手がかかっていなけりゃね」
幸ちゃんは連れない。
私がグダグダしている間もずっと、忙しく辺りの様子を窺っているし。
「ねー、『赤蝦夷』って何?」
幸がこちらを見た。
急に何を言い出だすのか?と目が言ってる(笑)。
「薩摩のタコ坊主が戎三郎さんのこと『赤蝦夷』の血が入ってるって言ったの」
それを聞いて顔をこわばらせた戎三郎さんの様子が気になっていた。
幸はその説明に納得するものがあったのだろう、また何事も無かったように警戒態勢を取りながら、
「ロシア人のことじゃない?蝦夷はアイヌ。その北の住人で顔が赤いのが赤蝦夷。つまり白人のことだもの」
「ふーん。ってことはさ、戎三郎さんってスラブ系?」
「かもね。見た目もそんな感じじゃん」
なるほど。
でも、
「それって隠居の理由なのかしら?」
「さあ・・・」
この間の宮川町でのひと悶着のあと、山崎さんに戎三郎さんの隠居の秘密を聞いた。
彼は長男なんだけど妾腹なんだそうだ。
店を継いでいる弟というのは、本妻の子。
彼の父親の最初の奥さんは病弱で子供が無かったんだって。
それで妾に子供ができたのを引き取った。これが戎三郎さん。
その奥さんは間もなく亡くなって、その後に貰った後添いに男の子が生まれた。
そんなのは良くある話で、戎三郎さんが店を継いでもおかしくなかったんだそう。
でも先代が亡くなったとき、戎三郎さんの商才を惜しむ人達が彼に跡目を継がせようとしても、彼は頑として拒絶。
自ら隠居したらしい。
原因は義母、つまり父親の本妻との不和と言われているみたい。
でもそれだけじゃないのかもしれない。
「ねぇ、戎三郎って名前、どうよ?」
「どうって?」
「長男なのに三郎ってさ」
「一月十日生まれで恵比寿様にあやかってつけたって言ってたし、別におかしくないじゃん。それにこの時代のことだもの、上に死産の兄弟が居たかもしれないし」
あ、そうか。
それも考えられるな。
父親が最初から彼を跡継ぎからは外して考えていたんじゃないかと思ったんだけどな。
それが『赤蝦夷』ってのと関係あるかと思ったんだけど・・・。
「あんた何考えてンの?」
意味深に幸が笑った。
それから再び首巻きを鼻まで引き上げ親指を立てて背後を指し、声を潜めて、
「余計なこと考える暇があるなら走った方が良いみたい。やっぱつけられてる」
あああっ!もう!
1ブロックも全力疾走したら私は限界だっちゅうに!
呼吸するのに手一杯で、それを訴える余裕も無い!
「次の角で二手に分かれよう。あんたは南に下りて!左右ジグザグに角を曲がれば七条通りに出るから。後は帰れるよね?」
こんな状態で良く喋れるな。
たいした心肺能力だ。
「りょ・う・・・かいー」
ゼーハーゼーハー。
「上手く路地を使って逃げて。ゆっくりでいいから。疲れたら物影に隠れて。じっとしていれば大丈夫。音は立てない!自分ちの周りは特に気をつけて!それと新選組にも!」
最後は笑いどころだと思うけど、そんな余裕は無かった。
次の角はもう目の前。
幸が刀を抜くのが目の端に見えた。
そして私が角を曲がった瞬間、彼女はひとり、通りの真ん中で踵を反し刀を構えたのだ。
うそー!
「幸ィ!」
驚いて引き返そうとした時、
「心配しなーい!時間稼ぐだけ!あんたは逃げることに集中するっ!早く行って!」
表情は見えない。
でも声は笑っていた。
ちくしょー!お前はなんでそんなに場慣れしてるんだよう!と、心の中で悪態をつきながら、なるべく路地を選んで進む。
止むを得ず大通りを横切る時は、月が雲に隠れるのを待ってそろそろと。
街中に人は居ない。
花街とは違う。
こんな夜中に出歩いているのは犬か猫だけ。
以前は結構物売りも出てたみたいだけど、物騒な時勢でそれも無い。
たまに小便担桶に行き当たって強烈な臭気にクラクラ来たり・・・(--;
天水桶の陰で一休みしたり。
ひとりで夜道を行くのは思ったより気楽だった。
幸と一緒の時は走らなくちゃいけなくてキツかった。
・・・そうか。
彼女は私の体力がもたないのを見越して解放してくれたんだ。
追っ手を自分に引き付けて。
不意に左足に痛みが走って、ガクンと地面に手をついた。
ちょっと声出しちゃった。
ずっと冷えた土の上を走り続けて、足の感覚が無くなっていた。
気持ちが早って小走りを続けていたのもいけなかったのか。
こんな時まで髪飾りがシャラシャラ言うのがウザイ。
着物を汚したくないのと、一箇所に留まっているのは良くないかなと思ったのとで、すぐ立ち上がって足を引きずりながら傍らの路地に移動。
「あたたた・・」
左足のふくらはぎの奥、筋肉の奥がつれるように痛い。
そうか、疵痕だ。
前に怪我したところが痛んでいるんだ。
うー、と足をさすっていると何か物音がする。
足音だ!
ひたひたと近付いて来る。
え?なに?うそ!
と思う間にもだんだんあからさまな小走りになって行き、すぐ側まで来てヒタっと止まった。
どどどどどうしよ!
こっちの様子を窺ってるみたい!
ななななんとかしろ!小夜!自分で何とか切り抜けろ~!
パニクリまくりで心臓が口から出そう!
落ち着け・・・っ。
じっと息を潜めてやり過ごすしかないじゃないか!
そうだそれしかない。
思わず縮こまったら胸に硬いものがあるのに気付く。
ああ、小判の塊。
有って困るもんじゃなし、と戎三郎さんは言ったけど、コイツ結構重くて走るの大変だったんだよー!
こんな余計な負荷がなかったら足痛くなんなかったかも。
お金くれるんなら現金じゃなくて小切手か振込みにして欲しいっす。
そんな、この際どうでもいいことを考えながら(逃避行動です)、ずっしりと重くて硬い塊を撫で回していたら・・・。
あっ!いいこと考えたっ!!!
着物の胸元から引っ張り出す。
これをこう、振袖の袂に仕込んで・・・と。
その名の如く袖を振り回せば、立派にインスタントな凶器が出来上がるじゃ有りませんか~っ!
我ながら素晴らしいアイディアvvv
これでなんとかイケルかも~!
相手の目的は私を捕獲することだ。
殺される心配は無いと踏んでの逆転劇。
まずゴホゴホと咳払い。
それから、
「すいませーん、どなたですか?」
敵は突然の展開に言葉が出ない模様。
「追いかけてきたんでしょ?降参しますー。今出て行くからちょっと待ってて。」
足音のした方へ出て行くと、案の定、暗がりに人影。
刀を抜いているのは判ったが表情までは暗くて見えなかった。
「逃げるの疲れちゃったので、大人しくついて行くことにしました。刀を納めてくれません?」
すると、相手は素直に刀を鞘に納め、私を縛り上げようと思ったのか、
「後を向け」
手が伸びてきた。
「はいー」
にっこり笑って袖を振る。
女を侮ったらイカンのだよ。
意識的に狙ったわけじゃないんだけど、ちょうど急所に当たったりするわけだな(^^;
金と金がガチンコ?(お下品)。
断末魔の(?)うめき声を上げて、男はその場にうずくまった。
きっと脂汗を流してるんでしょう、気の毒に。
「そんなにデリケートな部分なのに体の外側に無防備にぶら下がってるって、男ってへんなの。バカじゃん?」
へへっと笑ってその場を後にしようとした時、
「待て!」
え?
振り向いたら、うずくまる男の向こうに・・・なにー?!もう一人居た!!
しかも影が・・・一回りデカイ!
やばっ!
考える間に足が動いてた。
ダッと駆け出し、コケつ転びつ大きな通りに出たところで帯をつかまれ、グイとばかりに引き倒される。
ぎゃー!
覆い被さって来る男に向かって、袖の金子を振り回して殴ろうとするのだが、仰向いてるので巧く行かない!パニック!
「ばか!よさねぇか!」
腕をつかまれる。
動けない。
危機一髪!
・・・・って、その声・・・。
ぎょっとして顔を見る。
それまで暗くて良く見えなかったのが、雲の切れ間から満月が顔を出して・・・(←何この演出・爆)。
「で・・・出た・・・!」
総髪白皙太い眉。
不機嫌そうな眉間のシワ!
何?なんで?なんでこの人がここに居んの?
一瞬、頭の中が真っ白になった。
ていうか・・・ムンクの叫び状態!
「お前、ここで何やってる?」
ぎょえ~!喋った!やっぱり本物だぁ~!(←往生際悪過ぎ)
「お、おたおたおた・・・お助けぇ~!」
最悪・・・っ!!!
「ばか。何を芝居がかったこと言ってやがる」
腰が抜けて這って逃げようとするのを、腕をつかまれ引き戻される。
地面にへたり込んでいると、アゴをつかまれて無理矢理上を向かされた。
「ほーお、盛大に塗りたくったもんだな。そのツラはいったい何なんだ?その格好(なり)はどうした?ひとりか?幸はどこ行った?こんな夜中にそんな格好でふらふら出歩いているなんざ、いったい何の茶番だ?話してみろ」
一気にまくし立てた。
月明かりに照らし出されたその顔は、もう見慣れたけど不機嫌そのもの。
目を剥いている。
口なんか可笑しい位への字になってる。
予期せぬ事態で興奮してるのは判るけど、頬っぺたにアンタの指が食い込んでるんだよ、オジサン(怒)。
「やめてよ、痛いったら」
と逆ギレて睨み返した自分に、内心ちょっと驚いた。
彼の怒った顔を見たら、さっきまでの背中が粟立つような感覚がすぅっと無くなって、なんだか物凄く落ち着いたんだよね。
落ち着いて、睨み返せたっていうか・・・。
なんでだろ。
「痛いか。さっきは危ないところだったな。上手く逃げられたから良かったようなものの、ヘタしたら今頃痛いも痒いも判らなくなってるところだったんじゃないのか?あぁ?」
う・・・。
鋭いツッコミ。
「な、なによ!そう思ったら助けてくれたら良かったじゃん!あんたが出てくるのが遅いんでしょ!」
「なんだと!こんな夜中に勝手に出歩いてるテメェが悪いんだろ?屁理屈こねやがって!」
殴られるかと思って一瞬目をつぶった。
が、
「立て」
投げ捨てるように乱暴にアゴから手を離した。
白粉のついた手をこれ見よがしに振袖で拭った。
黒地の振袖の肩のところで(一番目立つところ!)わざとだよ(怒)。
裾なんかもう散々汚れてしまっていたし、立場も悪いので黙っていたけど、・・・ムカツク~!!!
でも冷たい地べたに座り込んでいるのは辛いところだったので、立てと言われてほっとしたのは確かだった。
だが、両手を地面に突いてよっこらしょっと立ち上がろうとしたら・・・そのまま動けなくなってしまって・・・。
緊張と興奮で忘れていたけど、足が痛かったんだっけ。
「う~」
思い出したとたんにシクシクと痛む。
この足で家まであとどれくらい歩かなきゃいけないんだろ?
気力も萎えて一層動けない。
四つんばいのまま固まっていたのはほんの僅かな時間。
たぶん、あくびをひとつするぐらい。
ふわっと、体が浮いた。
いつ崩れたのか、元結の根元から目の前に髪がバサッと落ちてきた。
ええ?ちょっと・・・なに?
横に土方さんの草履履きの紺足袋が交互に地面を蹴っているのが見える。
「傷痕が痛むか。ばかなヤツだ。不養生するからそうなる。覚えとけ」
どうやら私は小脇に抱えられているようです(爆)。
しかも・・・進行方向に対して後ろ向き(--;
「あのー、この体勢ちょっとキツイんですけど」
「ちょっとぐらい我慢しろ」
「じゃあ・・・うんとキツイんですけど」
「じゃあ、うんと我慢しとけ」
ええと・・・(--;
「肩に担いだ方が楽かと思って・・・」
「肩に担ぐと下ろすのに手間だ。これなら手を離しゃいいからな」
それって地面に投下するってことですか?(--;
「小夜」
「はい?」
「お前、肥えたか?」
・・・なんだと?失礼な。
「太ってません!着物が重いんですぅ~!!!」
「そうか。お前袂に何か隠してたな」
ぴたっと歩みを止める。
・・・まさか投下準備OK?!
「いったい何があった?何を隠してる?言わんとこのまま小便担桶に突き落とすぞ」
ぎえええぇ!!!
「いや、歩きながら屁をひるという手もあるな」
ふふんと鼻で笑って、さらさらとした絹づれと共に再び歩き出す。
顔のすぐ横には大刀に突っぱらかった黒い羽織しか見えないが、その向こう側にガスの噴出孔が存在するんである。
こんな至近距離でコイツのオナラなんか嗅ぎたくな~い!(T~T)
200m程もあろうか。
坂を下りたところから町の明かりが広がっている。
あそこに辿り着ければなんとかなるだろうと思われた。
走り出したいところだけど、戎三郎さんにそれは無理。
手を貸しながら一歩づつ進む。
冷たい地面を裸足で確認しながら。
急いた気持ちを落ち着けながら・・・。
「とんだことになっちゃったね。ごめんなさい。私のせいだわ」
「いや、あんたには助けられた」
その言葉で思い出して笑ってしまう。
「びっくりしたわー。貞操の危機だったね。でもちょっとやり過ぎたかな?あのオジサンには気の毒だったかも」
「なに、あれでしばらくの間は悪さ出来んやろ。丁度ええのや。ええ気味や」
吐き捨てるような言い方が、彼の負った心の傷の大きさを窺わせた。
『赤蝦夷』という言葉が再び頭に浮かぶ。
「そうよね。こーんなにめかし込んでいるのに、こっちに手をつけないなんて失礼しちゃうわよねぇ」
一歩進むたび、顔の両側でビラビラ簪が揺れる。
爪紅を塗った自分の裸足が夜目にも白い。
彼はふっと吹き出して、
「ジジイ言われたンは初めてかも判らんな」
息を弾ませながらくすくすと笑った。
ちょっとほっとする。
「それにしたってこんな大金貰っちゃ悪いわ。計画は失敗しちゃったのに」
「そんなんあんたが気にせんかてええ。金なんぞ有って困るもんやなし」
でも・・・と言いかけたとき、すぐ背後で足音。
ぎょっとして振り返ったら幸だった。
「なーんだビックリしたー」
「っていうか、もっと早く気づけ~」
ひー(:;)
足音しないんだもん、ていうのは理由にならないんだろな、この場合(凹)。
「あんたに任せてたんじゃ不安だから一緒に逃げようと思って」
抜き身を下げたまま、辺りに気を配りながら背後を庇うようについてくる。
「柚木さんは?」
ひとり置いてきて大丈夫なのか?
すると幸は急に笑い声になって、
「あの人強いの!めちゃくちゃ強い!斬ろうと思えば勝負はすぐつくと思うんだけど」
でも斬らないってことか。
人を斬っても何の解決にもならないもんな。
それは雇い主の戎三郎さんの方針なのかな。
「私達を逃がすために時間稼ぎしてる。あの芸当は強くなくちゃできないよ。修羅場潜ってそうだし」
「そのために金使こてますのや。働いてもらわんとな」
嬉しそうな戎三郎さんの声が夜風に途切れた。
風が出てきたのだ。
雲が流れている。
・・・寒っ。
いい加減足が冷たい。
いや、そんなことより雲の切れ間から満月が見え隠れして、時折足元がまだらに明るくなる。
ヤバイじゃん!これじゃみつかっちゃうよ!
ドキドキしながら無言で歩みを進め、もう少しで坂を下りきるというとき、ガツガツと派手な足音をさせて柚木さんが追いかけてきた。
「まだそんな所におったんか。早う逃げんと追いつかれるぞ。走れ!」
「そんなこと言ったって・・・」
無理だと言いかけた時、ふわっと戎三郎さんの体が宙に浮いた。
ええっ?!と見たらば、柚木さんに抱え上げられて既に五尺も前を行ってる。
柚木さんときたら、戎三郎さんを横抱きにして全力疾走してるのだ!
なんちゅー人なの!
「ね!スゴイでしょ!」
抜き身を鞘に納めながら嬉しそうにそう言って、幸が私の手を取った。
「さあ走るよ。頑張って」
正面には鴨川の流れが見えている。
集合場所の百菊さんの店まではそう遠くないはずだし、家並みに紛れ込めばなんとか逃げ切れるだろう。
それにしても、
「ばらけましょう!その方が安全です。私達は迂回します」
幸の叫びに先を走っていた柚木さんが立ち止まった。
お姫様抱っこされていた戎三郎さんが柚木さんの肩越しに、
「こうなったからには宮川町には戻られへん。ヤツラに家捜しさせるわけにはいかんやろ」
「ではどうします?このまま散会しますか?」
「それも手やな」
「しかし、あんた等の無事を確認する手立てが無い。連絡の取り様が・・・」
とは柚木さん。
無事の確認など別にいいんだけどね。
山崎さんから私達を預かる身としては責任上、無事に家に帰さねばと思うのだろう。
とすれば面倒だ。
ここで散会すれば、それ以降の接触は無理。
連絡を取り合うにしても、我々が直接接触するのは危ない。
そうなると山崎さんの手を借りるしかないが、それは避けたかった。
新選組の仕事以外で、彼を煩わせたくない。
イライラと考えているうちにも時間は過ぎて行く。
せっかく走った甲斐が無くなる。
ええい、面倒くさい!
「私んち!」
え?と皆こっちを見た。
「私の家に集合!だってもう疲れちゃったよ。私はこのまま家に帰る。皆が来てくれれば私はそれ以上動くことはないし」
と、単にわがまま言ってみただけなんだけど、幸が賛同した。
「それはいいかも。この辺は藩邸が近くてぶっそうだけど、薩摩の人間もあそこまでは追っては来ない」
よし!と私ら二人は走り出す。
「待て!あんたの家とは?場所はどこや!」
「ほら、こないだ言ってたあなたの先々代の家ってヤツ!借りてるの私なの~!よろしく~」
走りながらそう叫んで笑った。
「・・・なんやて・・?」
あんぐり口を開けて見送る戎三郎さんのリアクションが可笑しかった。
「ねー、もうこんくらい走れば大丈夫じゃない?」
言うなり立ち止まる。
繋いだ手ばかりが引っ張られて前に出る。
「これ以上走り続けるなんて無理だよ~。あんたみたいな体育会系と違うんだからさー。ちょっと休みたい。休ませて」
喋るのもしんどい。
喉はカラカラ。
脾腹が痛い。
幸も、引き留められた手を手繰って、
「橋も渡ったし、川筋からも離れたから大丈夫かな。じゃあ5分休憩」
覆面の口元を開けて息をしている。
「5分かよ~」
何も考えずに道端にしゃがみ込もうとした私を、用心深い幸が路肩の茂みに引っ張り込む。
街中だと思ってたら回りはお寺さんだらけ。
道理で人っ子一人居ない。
どこだここは?
暗くてさっぱり判らないや。
「あとはこのまままっすぐ七条まで下がるか、六条を西に出て堀川から下がるかだな」
「おまかせしや~っす」
あたしゃもうぐったり。
なんせ重装備なのだ。
裸足の足も痛くなってきた。
「できたら走りたくないんだけどー」
このまま横になりたいくらいだよ。
「追っ手がかかっていなけりゃね」
幸ちゃんは連れない。
私がグダグダしている間もずっと、忙しく辺りの様子を窺っているし。
「ねー、『赤蝦夷』って何?」
幸がこちらを見た。
急に何を言い出だすのか?と目が言ってる(笑)。
「薩摩のタコ坊主が戎三郎さんのこと『赤蝦夷』の血が入ってるって言ったの」
それを聞いて顔をこわばらせた戎三郎さんの様子が気になっていた。
幸はその説明に納得するものがあったのだろう、また何事も無かったように警戒態勢を取りながら、
「ロシア人のことじゃない?蝦夷はアイヌ。その北の住人で顔が赤いのが赤蝦夷。つまり白人のことだもの」
「ふーん。ってことはさ、戎三郎さんってスラブ系?」
「かもね。見た目もそんな感じじゃん」
なるほど。
でも、
「それって隠居の理由なのかしら?」
「さあ・・・」
この間の宮川町でのひと悶着のあと、山崎さんに戎三郎さんの隠居の秘密を聞いた。
彼は長男なんだけど妾腹なんだそうだ。
店を継いでいる弟というのは、本妻の子。
彼の父親の最初の奥さんは病弱で子供が無かったんだって。
それで妾に子供ができたのを引き取った。これが戎三郎さん。
その奥さんは間もなく亡くなって、その後に貰った後添いに男の子が生まれた。
そんなのは良くある話で、戎三郎さんが店を継いでもおかしくなかったんだそう。
でも先代が亡くなったとき、戎三郎さんの商才を惜しむ人達が彼に跡目を継がせようとしても、彼は頑として拒絶。
自ら隠居したらしい。
原因は義母、つまり父親の本妻との不和と言われているみたい。
でもそれだけじゃないのかもしれない。
「ねぇ、戎三郎って名前、どうよ?」
「どうって?」
「長男なのに三郎ってさ」
「一月十日生まれで恵比寿様にあやかってつけたって言ってたし、別におかしくないじゃん。それにこの時代のことだもの、上に死産の兄弟が居たかもしれないし」
あ、そうか。
それも考えられるな。
父親が最初から彼を跡継ぎからは外して考えていたんじゃないかと思ったんだけどな。
それが『赤蝦夷』ってのと関係あるかと思ったんだけど・・・。
「あんた何考えてンの?」
意味深に幸が笑った。
それから再び首巻きを鼻まで引き上げ親指を立てて背後を指し、声を潜めて、
「余計なこと考える暇があるなら走った方が良いみたい。やっぱつけられてる」
あああっ!もう!
1ブロックも全力疾走したら私は限界だっちゅうに!
呼吸するのに手一杯で、それを訴える余裕も無い!
「次の角で二手に分かれよう。あんたは南に下りて!左右ジグザグに角を曲がれば七条通りに出るから。後は帰れるよね?」
こんな状態で良く喋れるな。
たいした心肺能力だ。
「りょ・う・・・かいー」
ゼーハーゼーハー。
「上手く路地を使って逃げて。ゆっくりでいいから。疲れたら物影に隠れて。じっとしていれば大丈夫。音は立てない!自分ちの周りは特に気をつけて!それと新選組にも!」
最後は笑いどころだと思うけど、そんな余裕は無かった。
次の角はもう目の前。
幸が刀を抜くのが目の端に見えた。
そして私が角を曲がった瞬間、彼女はひとり、通りの真ん中で踵を反し刀を構えたのだ。
うそー!
「幸ィ!」
驚いて引き返そうとした時、
「心配しなーい!時間稼ぐだけ!あんたは逃げることに集中するっ!早く行って!」
表情は見えない。
でも声は笑っていた。
ちくしょー!お前はなんでそんなに場慣れしてるんだよう!と、心の中で悪態をつきながら、なるべく路地を選んで進む。
止むを得ず大通りを横切る時は、月が雲に隠れるのを待ってそろそろと。
街中に人は居ない。
花街とは違う。
こんな夜中に出歩いているのは犬か猫だけ。
以前は結構物売りも出てたみたいだけど、物騒な時勢でそれも無い。
たまに小便担桶に行き当たって強烈な臭気にクラクラ来たり・・・(--;
天水桶の陰で一休みしたり。
ひとりで夜道を行くのは思ったより気楽だった。
幸と一緒の時は走らなくちゃいけなくてキツかった。
・・・そうか。
彼女は私の体力がもたないのを見越して解放してくれたんだ。
追っ手を自分に引き付けて。
不意に左足に痛みが走って、ガクンと地面に手をついた。
ちょっと声出しちゃった。
ずっと冷えた土の上を走り続けて、足の感覚が無くなっていた。
気持ちが早って小走りを続けていたのもいけなかったのか。
こんな時まで髪飾りがシャラシャラ言うのがウザイ。
着物を汚したくないのと、一箇所に留まっているのは良くないかなと思ったのとで、すぐ立ち上がって足を引きずりながら傍らの路地に移動。
「あたたた・・」
左足のふくらはぎの奥、筋肉の奥がつれるように痛い。
そうか、疵痕だ。
前に怪我したところが痛んでいるんだ。
うー、と足をさすっていると何か物音がする。
足音だ!
ひたひたと近付いて来る。
え?なに?うそ!
と思う間にもだんだんあからさまな小走りになって行き、すぐ側まで来てヒタっと止まった。
どどどどどうしよ!
こっちの様子を窺ってるみたい!
ななななんとかしろ!小夜!自分で何とか切り抜けろ~!
パニクリまくりで心臓が口から出そう!
落ち着け・・・っ。
じっと息を潜めてやり過ごすしかないじゃないか!
そうだそれしかない。
思わず縮こまったら胸に硬いものがあるのに気付く。
ああ、小判の塊。
有って困るもんじゃなし、と戎三郎さんは言ったけど、コイツ結構重くて走るの大変だったんだよー!
こんな余計な負荷がなかったら足痛くなんなかったかも。
お金くれるんなら現金じゃなくて小切手か振込みにして欲しいっす。
そんな、この際どうでもいいことを考えながら(逃避行動です)、ずっしりと重くて硬い塊を撫で回していたら・・・。
あっ!いいこと考えたっ!!!
着物の胸元から引っ張り出す。
これをこう、振袖の袂に仕込んで・・・と。
その名の如く袖を振り回せば、立派にインスタントな凶器が出来上がるじゃ有りませんか~っ!
我ながら素晴らしいアイディアvvv
これでなんとかイケルかも~!
相手の目的は私を捕獲することだ。
殺される心配は無いと踏んでの逆転劇。
まずゴホゴホと咳払い。
それから、
「すいませーん、どなたですか?」
敵は突然の展開に言葉が出ない模様。
「追いかけてきたんでしょ?降参しますー。今出て行くからちょっと待ってて。」
足音のした方へ出て行くと、案の定、暗がりに人影。
刀を抜いているのは判ったが表情までは暗くて見えなかった。
「逃げるの疲れちゃったので、大人しくついて行くことにしました。刀を納めてくれません?」
すると、相手は素直に刀を鞘に納め、私を縛り上げようと思ったのか、
「後を向け」
手が伸びてきた。
「はいー」
にっこり笑って袖を振る。
女を侮ったらイカンのだよ。
意識的に狙ったわけじゃないんだけど、ちょうど急所に当たったりするわけだな(^^;
金と金がガチンコ?(お下品)。
断末魔の(?)うめき声を上げて、男はその場にうずくまった。
きっと脂汗を流してるんでしょう、気の毒に。
「そんなにデリケートな部分なのに体の外側に無防備にぶら下がってるって、男ってへんなの。バカじゃん?」
へへっと笑ってその場を後にしようとした時、
「待て!」
え?
振り向いたら、うずくまる男の向こうに・・・なにー?!もう一人居た!!
しかも影が・・・一回りデカイ!
やばっ!
考える間に足が動いてた。
ダッと駆け出し、コケつ転びつ大きな通りに出たところで帯をつかまれ、グイとばかりに引き倒される。
ぎゃー!
覆い被さって来る男に向かって、袖の金子を振り回して殴ろうとするのだが、仰向いてるので巧く行かない!パニック!
「ばか!よさねぇか!」
腕をつかまれる。
動けない。
危機一髪!
・・・・って、その声・・・。
ぎょっとして顔を見る。
それまで暗くて良く見えなかったのが、雲の切れ間から満月が顔を出して・・・(←何この演出・爆)。
「で・・・出た・・・!」
総髪白皙太い眉。
不機嫌そうな眉間のシワ!
何?なんで?なんでこの人がここに居んの?
一瞬、頭の中が真っ白になった。
ていうか・・・ムンクの叫び状態!
「お前、ここで何やってる?」
ぎょえ~!喋った!やっぱり本物だぁ~!(←往生際悪過ぎ)
「お、おたおたおた・・・お助けぇ~!」
最悪・・・っ!!!
「ばか。何を芝居がかったこと言ってやがる」
腰が抜けて這って逃げようとするのを、腕をつかまれ引き戻される。
地面にへたり込んでいると、アゴをつかまれて無理矢理上を向かされた。
「ほーお、盛大に塗りたくったもんだな。そのツラはいったい何なんだ?その格好(なり)はどうした?ひとりか?幸はどこ行った?こんな夜中にそんな格好でふらふら出歩いているなんざ、いったい何の茶番だ?話してみろ」
一気にまくし立てた。
月明かりに照らし出されたその顔は、もう見慣れたけど不機嫌そのもの。
目を剥いている。
口なんか可笑しい位への字になってる。
予期せぬ事態で興奮してるのは判るけど、頬っぺたにアンタの指が食い込んでるんだよ、オジサン(怒)。
「やめてよ、痛いったら」
と逆ギレて睨み返した自分に、内心ちょっと驚いた。
彼の怒った顔を見たら、さっきまでの背中が粟立つような感覚がすぅっと無くなって、なんだか物凄く落ち着いたんだよね。
落ち着いて、睨み返せたっていうか・・・。
なんでだろ。
「痛いか。さっきは危ないところだったな。上手く逃げられたから良かったようなものの、ヘタしたら今頃痛いも痒いも判らなくなってるところだったんじゃないのか?あぁ?」
う・・・。
鋭いツッコミ。
「な、なによ!そう思ったら助けてくれたら良かったじゃん!あんたが出てくるのが遅いんでしょ!」
「なんだと!こんな夜中に勝手に出歩いてるテメェが悪いんだろ?屁理屈こねやがって!」
殴られるかと思って一瞬目をつぶった。
が、
「立て」
投げ捨てるように乱暴にアゴから手を離した。
白粉のついた手をこれ見よがしに振袖で拭った。
黒地の振袖の肩のところで(一番目立つところ!)わざとだよ(怒)。
裾なんかもう散々汚れてしまっていたし、立場も悪いので黙っていたけど、・・・ムカツク~!!!
でも冷たい地べたに座り込んでいるのは辛いところだったので、立てと言われてほっとしたのは確かだった。
だが、両手を地面に突いてよっこらしょっと立ち上がろうとしたら・・・そのまま動けなくなってしまって・・・。
緊張と興奮で忘れていたけど、足が痛かったんだっけ。
「う~」
思い出したとたんにシクシクと痛む。
この足で家まであとどれくらい歩かなきゃいけないんだろ?
気力も萎えて一層動けない。
四つんばいのまま固まっていたのはほんの僅かな時間。
たぶん、あくびをひとつするぐらい。
ふわっと、体が浮いた。
いつ崩れたのか、元結の根元から目の前に髪がバサッと落ちてきた。
ええ?ちょっと・・・なに?
横に土方さんの草履履きの紺足袋が交互に地面を蹴っているのが見える。
「傷痕が痛むか。ばかなヤツだ。不養生するからそうなる。覚えとけ」
どうやら私は小脇に抱えられているようです(爆)。
しかも・・・進行方向に対して後ろ向き(--;
「あのー、この体勢ちょっとキツイんですけど」
「ちょっとぐらい我慢しろ」
「じゃあ・・・うんとキツイんですけど」
「じゃあ、うんと我慢しとけ」
ええと・・・(--;
「肩に担いだ方が楽かと思って・・・」
「肩に担ぐと下ろすのに手間だ。これなら手を離しゃいいからな」
それって地面に投下するってことですか?(--;
「小夜」
「はい?」
「お前、肥えたか?」
・・・なんだと?失礼な。
「太ってません!着物が重いんですぅ~!!!」
「そうか。お前袂に何か隠してたな」
ぴたっと歩みを止める。
・・・まさか投下準備OK?!
「いったい何があった?何を隠してる?言わんとこのまま小便担桶に突き落とすぞ」
ぎえええぇ!!!
「いや、歩きながら屁をひるという手もあるな」
ふふんと鼻で笑って、さらさらとした絹づれと共に再び歩き出す。
顔のすぐ横には大刀に突っぱらかった黒い羽織しか見えないが、その向こう側にガスの噴出孔が存在するんである。
こんな至近距離でコイツのオナラなんか嗅ぎたくな~い!(T~T)
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