もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

元治二年は四月に改元されて、慶応元年は閏五月ってのがあった!
・・・五月が二回あるの!スゴイでしょ?
ぎゃはは!可笑し過ぎ!江戸時代vvv♪

なので、その閏五月の今は太陽暦だともう七月。
梅雨は早くも明けましたー(たぶん)。暑いですー。なのに祇園祭は来月ですー。
・・・やっぱ可笑しいって、閏五月なんてさー。



長州征伐がらみで将軍家茂公が大坂に来るってんで新選組はその露払いに忙しい。

以前から大坂にも一定人数が出張していたのに加え、先月末増員されたみたいだし。
土方さんが江戸から連れてきた新入隊士を入れると、新選組も百人体制。
大坂に支店(違)を作るのも無理ではないみたい。

ウチの納戸の小道具類もあらかた出張組に持っていかれて閑散としたものだった。

だから過激派とのイザコザは大坂が舞台なんだと思っていた。
京都の街はもう安全なんだと思っていた。
ってことはウチも暇なんだと思っていた。

大将(局長とも言う)と軍師(副長とも言う)が京都に居座っている訳は他にあったんだな。とは、後から気付いたんだけど・・・。





山南先生の事件の後、屯所がすぐ近く(西本願寺!)に移転してきてしまったので、ウチはまるで副長専用の応接室兼昼寝部屋と化してしまっていて・・・。

今までも屯所でははばかられるような話をしに、山崎さんを伴ってやって来てはいたが、近頃はのべつ、やって来る(辟易)。
それを呼びに時折、監察以外の隊士も顔を見せるようになってしまった。

自ずと、情報交換に来ていた監察方の下請けの皆さんは足が遠のき・・・。
連絡係はどうも幸が請け負っている。
本人ははっきり言わないんだけど。限りなく怪しい。



まぁそんなわけで、私もいつ誰が来てもいいようにできるだけ結髪してるようにと言われてるんだが・・・。
こう暑くちゃ洗いたい崩したい。

だぁぁぁ!っと畳の上にひっくり返って団扇でバタバタ扇いでいると、

「ぐひー!井戸に飛び込みてぇー!」

大刀三本を担いでスクワットをこなしたばかりの幸が、絞りかけの洗濯物みたいに井戸の縁に引っかかっている(笑)。

男もんの単の着物を着て袴を着けているだけでも暑そうなのに、胸隠しに巻いている晒しが殊更暑苦しい。

「判った。アンタの辛抱強いのは認める。認めるからさー、着替えたら?水風呂でも入ってさ」

(井戸からの冷気が当たって)顔だけでも涼しー!という雄叫び(聞いて思わず笑ったわよ)の後、彼女は井戸から顔を上げ、

「アンタこそそんな格好してて大丈夫なの?見つかったら叱られない?」

「だぁって暑いしー!着物着てるヤツラの気が知れん」

浴衣を解いて作った甚平(しかもノースリーブ&短パンはミニ丈!)を着ている。帯をしなくて良い分涼しいんだよね。
幸のもあるんだー(でも幸のは普通の形の甚平さん)。

土方さんが江戸に出張して居なかったひと月半ほど、幸と合宿生活している間にお針して遊んだの。他にもいろいろ。

セミがやかましいけど、ひと寝入りしよ。
幸もお風呂使うみたいだし、もう誰も来ないだろうし。
夕べ暑くて寝れなかったんだー。

・・・大の字。
軒下の風鈴がわずかに鳴る。






「ほぉれ、ご開帳だ」

いきなり太ももを蹴飛ばされて悲鳴を上げながら飛び起きる。

「イッ・・たぁい!」

そんなことをするヤツは土方歳三という名のクソオヤジしかいない。

「もう!なにすんのよぅ!」

紗の黒羽織までゾロリと着こんで、物凄い顔をして見下ろしている。

「なんてぇ格好してやがるのだバカモノ!」

「なによー!ちゃんと着てるわよ!」

「ケツ丸出しじゃねぇか!」

「丸出しじゃないー!着てるってば、ほらぁ」

立ち上がる。

ヤツはしげしげと上から下まで視線を移動させてから、汚らしいものでも見てるみたいに、ふん!と鼻を鳴らして、

「あー、あー、確かに。猿回しの猿程にはな!」

・・・ちきしょ~。ムカツクー!!!

言い返そうとしたら、紋付羽織が飛んできた。いい香りがする。
香でも炊き込んであるのか、気障なやつ!ってかやっぱオヤジ。

「田んぼの案山子じゃあるめぇし、みっともねぇったらありゃしねぇ。ホレ、さっさと着替えろバカモノ」

「ひっどい!案山子ですって?!」

すると、ふん、と鼻を鳴らして、

「そんなガリガリのひょろひょろにボロ着せて、案山子でなくて何なのだ」

うがー!くっそ~~!!!
言い返そうとしたら、木戸のところから、

「もう入って宜しいでしょうか?」

・・・山崎さんがこちらの様子を窺っているではないか・・・!
うげ!
慌てて、土方さんの羽織で体を隠す。

「ちょちょちょ・・ちょっと待ってね」

大汗。

「小夜~~、私にも浴衣貸して~」

同じく甚平を着ようとしていた幸が外の雲行きに気付いたか、まるで牢屋から叫んでいるみたいに、風呂場の窓の桟に顔を押し付けた。




「でもさー、あれは却って逆効果だったな」

「なに?」

「あの格好の上に黒のシースルーの羽織なんて、モロ挑発スタイル。山崎さん喜んだかも。顔には出さねど」

道端で買い求めた瓜をパクつきながら幸が笑った。


山崎さんのほかにも何人か監察系の人がやって来たので、席を外すのをかねて幸と二人、散歩に出た。

私は唯一原型を留めていた寝巻きと兼用の朝顔柄の浴衣姿で、幸は納戸のタンスに残っていたかなりくたびれた木綿の単&袴。

「ちょうどいい具合に着古して風通しいいよ」

と袖を広げて見せた。向こう側が透けて見える。
袴もかなり短かったが気にする性質ではない。

アスリートのような引き締まった脛は色白だったが、足駄を履いた足の甲は日に焼けてテカテカしてる。

「あんたも食べる?」

と訊かれたが、

「ノーサンキュー」

瓜、嫌いなんだよね。
団扇でばたばた扇ぎながら答える。

午後の陽射しと、梅雨の間にしっかり雨を吸った地面からの湿度、それからなにより無風なのが否が応にも不快指数を上げる。
汗がじっとり張り付く感じ。

それでも街中に出れば祇園囃子の練習の音でも聞けるかと思ったのに、

「今年はやらないんじゃない?去年の大火で山鉾も被害甚大だし、大坂だって今年は軒並みお祭りは中止だってぇ話だよ」

小づかで器用に汁もこぼさず瓜を剥きながら、ちょっとずつ削いでは口に入れていく。歩きながら。しかも種のところをそっくり残しながら。

「なんで?」

「江戸から将軍さんが来るのに人ごみはヤバイんじゃないの?不逞浪士の隠れ場所作っちゃうことになる訳だし」

「ふーん、なるほど。それって公式発表?オフレコ情報?」

「どっちでもないな。単なる噂。でも確実」

「確実な噂?」

くすっと笑って彼女はこちらを見、

「気になる?」

「どっから仕入れて来るんだろうと思って」

っていうか、どっちかって言うとその瓜の種と皮の行方の方が気になるんだが。

「まあいろいろ」

と彼女は一度言葉を濁してから、

「今回の場合、話の出どこは沖田さんとか、・・・沖田さんとか沖田さんとか沖田さんとか・・・」

自分で言って笑い出しながら、高瀬舟の浮かぶ傍らの堀へ瓜の残骸を蹴り込み、着物の袖口で口を拭った。

「なるほどぉ。近頃行儀が悪くなったのもそのせいなんだ?」

付き合う相手が悪いよな。
いや、沖田さんがというのじゃなく、屯所だとか、屯所の外でも監察方の下請けとか、いろいろ、と彼女の言うところの、男の世界で暮らしてるとさ。

言われて初めて気付いたらしい。

「うう。すいません・・・」

さすがにしおしおと凹んで首をすくめた。
栗色のポニーテールの先っぽが、くりんと巻いているのが無駄に女の子っぽくて哀しかったり(--;。
陽に焼けた首筋が汗で湿って見えた。



川風に当たるなら、と、鴨川沿い。
ちょうど喉が渇いていたところにスイカの切り売りを見つけて、駆け寄ろうとするのに、幸のヤツったらボテ振りの金魚屋に引っかかっている。

「あ、金魚買うなら出目金がいいな」

しかし、しゃがみこんでいるところへ近寄るまでもなく、ひやかしにしては話し込んでいる目がマジだと気付く。
頭から手拭を被った金魚屋のおじさんは普通の人のように見えるけど。

もしかして、仕事の話なのかもしれない。
と遠慮して、一人でスイカを買いに向かう。
二十メートルも離れていなかったし、黙って離れてもちょいと見回せば気付くだろうと思ったのだ。

決して鉄砲玉なんかじゃない(と言っておく)。

でも、実はこの時初めてだったのだ。
なにが?って自分で買い物するのが。

妾勤めの給金は月に一度山崎さんからもらってたんだけど、今まで使うこと無かったんだよね。
必要な物は全てあてがわれていたし。欲しい物もほとんど現物支給。


気化熱で気休め程度には冷たくなったスイカの一切れを手渡された時、ためらう事無くひとかじりして、

「う~ん!甘い。うまっ!」

巾着からおカネを出して渡したはずなのに・・・・突っ返された。

「こらあきまへんわ。堪忍や」

うぉっ?!
と思った時には既に三口ぐらい行ってたもんね。
ええ?っと思ったけど、口が塞がってて・・・。

きっと自分の畑から収穫してそのまま売りに出て来たんだろう。
年季の入った手拭で捻り鉢巻をして、柳の根方にわずかな日陰を求めて座り込んでいたおじさんの手は、指先のシワの中まで赤銅色。

その指先に、手渡したばかりのおカネ・・・のはずだけど。

口に含んだスイカを一度に飲み下して喉に詰まりそうになりながら、

「な、なに?そ、それダメなの?それっておカネじゃないの?」

なにせ初めてのお遣い・・・じゃなかった、初めての買い物なので、思わぬクレームに心臓バクバク!

「カネやないとは言わんけど、こんなんもろても難儀なだけやしなァ」

困惑しきっている。

「ごめんなさい。もしかして足りなかった?」

巾着の中に入っているものと言えばつぶの大きさの違う、いずれも銀塊。これを組み合わせればいいんだろうと思うんだけど・・。
スイカを口にくわえて、巾着をかきまわしていると、

「ゼニでええのや。ゼニ持っとらんのかいな」

汗光りする茶色い額にシワが寄った。

ええ?!なに?何言ってんの?もしかして怒ってる?

何がなんだか判らないので、とりあえず立て替えてもらおうと慌てて幸を振り返ると・・・居ない・・・!
陽炎の向こうで、金魚屋ばかりが今まさに場所を変えるため、天秤棒を担いで歩き始めたところだった。

・・・うそっ!(大汗)。
幸ったらどこ行ったのよ~っ!

冷汗をかきながら今来た道を見通そうと後ずさると、

「逃げはったかてアンタはんの損どっせ」

「違いますぅ!食い逃げじゃありませんー。知り合いにお金借りようと思っただけですぅ」

後でよく考えたらおじさんの言う通り、銀のつぶはまだ相手の手元にあるんだから、このまま逃げたら私の損ではあったのだけど。
パニクってるので相手の言ってる意味までは耳に入らない。

「こないにぎょうさんもろたかてツリがおっつかん。ゼニで払てもろたらええんやから・・・」

言いがかりをつけているというよりは、迷惑そうな顔をしているのがますます不安にさせてくれる。
この人はいったい何を要求してるのだぁー。

「だから今払ったじゃん。それおカネでしょう?違うの?」

「せやから、これはカネやけどゼニ違いまっしゃろ?」

わぁぁ!言ってる意味が判らーん!

「ゼニもカネも同じでしょう?何言ってんのよぅ!」

誰か通訳してくれー!と思った時、背後からすっと手が伸びるのが視界の隅に入った。
蓬色の薄物の袖から覗く腕は日に焼けて、手首が・・・太っ!
スイカ売りのおじさんの表情がぱあっと明るくなる。

「へぇ、おおきに」

黄色っぽく皮の厚い手の平の上に時代劇で見るような四角い穴の空いた銅貨が数枚、チャリっと音を立てて収まった。
変わりに差し出された銀の粒を受け取って、私の目の前に差し出すゴツイ腕をたどって振り返ると、

「あんたは本物のお姫さんなのか?」

日除けなのか顔を隠すためなのか、笠を被って無表情に見下ろす鼻の頭に汗がふき出している。

「斎藤さん!」

「切売りのスイカを銀で買おうなど、困った人だ」

という割には平然としている。

「オヤジ、手間をかけたな」

その手から、返された物を受け取らないのを不信に思ったのか、改めてこちらを見る。
無表情に見えるのは眉が動かないからだ。

「ありがとう。でも、それ要らない」

「?」

「使えないんだもの。あなたにあげる。それよりさー・・」

これって、ここで会ったが百年目・・・のラッキーじゃん?
はむはむと、手にした残りのスイカを食べ切ってから、ホッとした様子のスイカ売りのおじさんに、

「おじさん、あとふた切れね」

そのうちひと切れを斎藤さんに差し出しながら、

「はいどうぞ。ついでにこの分も払っといてよ」

眉が動かない代わりに額の筋肉が動いて、月代の上にのっけた笠が後に一寸ばかり揺れたのが可笑しかったり。




斎藤さんて行儀良いの。
スイカ売りの傍らに腰を下ろしてスイカを食す。しゃりしゃりと良い音をさせて・・・小気味良くこめかみの筋肉が動く。

頭の上の柳の幹でアブラゼミがジジジジジ・・・と鳴き始めた。
それだけで気温が一度は上がる気がする。

「おひとりか?幸はどうした」

「どっか行っちゃった」

「行っちゃった・・・って、アンタ迷子か?」

「そうねぇ。帰り道知らないからそうかも」

「そうかも・・・って呑気ですな」

「いいじゃん。京都なんて碁盤の目なんだから南東の方に帰りゃいいんだもん。なんとかなるわよ。幸だってそう思ってるだろうし」

たぶん。
でもあの状況で何も言わずに姿を消すなどらしくないことではある。
雑踏の中、向うもこちらを見失ったのだろう。
たぶん。

「斎藤さんはどこ行くとこだったの?今日はもう仕事は終わったの?」

涼しげな麻の薄物を着てはいたが、襦袢の襟が汗で濡れていた。笠の紐も。
団扇で扇いであげると彼は目をぱちくりさせ、袂から手拭を出して汗を拭った。

「どこということは無いが。今日は非番だ。強いて言えば散歩か・・・」

この暑いのに散歩ねぇ・・・、と呟いたら、

「あんたこそ散歩に出たんだろ?この暑いのに」

と突っ込まれた。

「だって私の場合は外に出れるのは機会が限られてるからさぁ・・・」

「すると誰か留守居が居るというわけだな」

お?

「自分の事は言わないくせに、人のことは詮索するのね?」

するとちょっと顔つきが固くなった。

「あら。ごめんね、気に障った?でもそれって職業病なんでしょ?それとも助けてもらったのに突っ込む私が悪かった?」

こわばっていた表情がほぐれて苦笑。

「参ったな。そういえばあんた、あんなカネしか持たされていないのか?」

「そうなのよ。いっつも山崎さんがおカネくれるんだけど、いつもあんなよ。最初から思ってたのよね・・・」

蘇芳色の博多の夏帯の間から、もう一度巾着を引っ張り出して開けて見せる。

「こんな山羊のウ○コみたいなおカネ、あるわけないじゃんねぇ?これってどうやって使えっていうんだろ?」

ものは確かに銀なんだろうけど、形は不揃いだし、へこんだところが錆びて黒ずんでたり。おカネの体ではない。
磨けばティファニーもどきのペンダントヘッドにはなるかもしれない。

「ホラ、これなんかほとんど人間のウ○コだよ!」

「あぁぁ・・・」

中でも一番大きいのを出して見せると、斎藤さんは嘆息して、

「解説しなくていいから。早いとこしまった方がいい。たかが散歩にいちいちそんなもの持ち歩いてると巾着切りに狙われますぞ。」

多少おどけたように言ってから、

「信じられんな。銭を使ったことは無いのか」

自分の懐から巾着を取り出して、くるくると口紐を解き中身を手の平に出して見せてくれた。

「わー、すごい。いろんなのがあるぅ!」

丸いの四角いのバロックの。しかも金銀銅、全て揃ってる。

「小判は・・・無いのね」

「当たり前だ。そんなものを普段から持ち歩いてる者は居ない。それに、・・」

彼が何か解説しかけたのを・・・聞いてなかったり(^^;

「あっ!これいい!これキレイ!」

金の小さなインゴット。刻印が多少摩滅してはいるけれど、ペンダントヘッドにはこれがいい!

「だからそれは・・・」

「やっぱり金がいいよ。錆びないもん。私のウ○コと取り替えよう!ね?いいでしょ?」

「だめだ」

そそくさと巾着にしまいこむ。

「なによー!いいじゃんケチ!これだっておカネなんでしょう?じゃあ取り替えてくれたっていいじゃない!」

「あれはこっちじゃ使いにくい」

「?」

「東国では金、西国では銀。更にどちらも普段使うのは銭、つまり銅だ。判りますかな?」

えー?なんだそれ?

「知らなーい。そんなの誰も説明してくれなかったもん」

目の前で困惑されてはいるけど、そんな顔されたってなー。

ふざけてるんじゃないだろうな。
関東と関西じゃ通貨が違う?庶民は銭しか持たない?
判り辛いぞ、江戸時代!

でもそこまで言われれば判ることはある。
私が持っていたのは高額なお金なのだ。それでスイカ一切れ買うのが無理だったのだ。
そりゃ嫌がられるわな(タメイキ)。

「あんたはいったい何者なのだ。いったい今までどういう生活してきたんだ?」

うう。どうしよう。この質問に対処する準備なんか無いぞ。
至近距離から凝視されてるのが暑苦しいし。
ここは開き直るしかないかな。

ええい!と立ち上がって攻めに転じる。
攻撃こそは究極の守りである!(?)

「じゃあさー、斎藤さんはどうしてそんな大金持ち歩いてるの?こっちじゃ使いにくいって言いながらなんで金貨持ってるわけ?」

攻撃に転じると言うよりは、相手の質問を無視してるだけなんだけど。幸が居たら突っ込まれそう。
でもま、一瞬、斎藤さんの目が泳いで下を向いたのでなんとか切り抜けられそうではあった。

「これは・・・せんだって江戸へ下った折に両替した残りの金だ。それに遊ぶにはカネがかかる。茶屋のおアシだ。これぐらい持っていてもおかしくは無い」

「ふーん。お茶屋だと金も使えるわけ?」

ほんとかしら?と笠に隠れた目元を覗き込むと、

「近頃は江戸から上ってきた輩も多い。花街でそれを断ってちゃ商売にならんだろう」

つけ込まれまいと強気に出た。
ほー、そう来たか。

「じゃあさー」

面白いことを思いついて団扇を使いながらうひひと笑ったら、斎藤さん、ちょっと身構えた?(笑)

「今から行こうよ。確かめに」

「あ?」

「お茶屋でしょう?お茶飲んでそれ使えればいいんだもん。私も連れてってよ」

「何馬鹿な事言ってるんだ。茶屋と言っても水茶屋では・・」

「こっから近いんでしょ。・・・あ!」

そうか!

「斎藤さん、最初からそこに行くつもりだったんでしょー!」

「違う!デカイ声は出すな。ちょっと待て」

立ち上がった。
私の目線が上を向くのは沖田さんと島田さんとこの人だけ。
とはいえ170センチちょいぐらいかな。
それでもこの時代じゃあべらぼーに大きい方。

「隠さないでいいったらぁ。ねぇ早く行こうよ」

袖を引いて押し問答していると、ピシャっと何か冷たいものがおでこに当たった。

お?っと空を見上げるうちに、バラバラと音をたてて大粒の雨が降ってくるではないか。
青空を黒雲が覆って来てたのを、おしゃべりにかまけて気付かなかったのだ。

地面に土ぼこりが立つぐらいの勢いで降り出した雨に、思わず悲鳴を上げながら、

「ひゃー!ちょっとぉ、ぼやぼやしてないで早く行こうよ!あなたは笠かぶってるからいいけど、私ずぶ濡れになっちゃう!」

辺りの露店がバタバタと店じまいし、ぼて振り達が商売道具を肩に移動を始める中、この機を逃さず御茶屋に直行!と思ったのに、手を引いて走り出したはずがいつの間にか、

「こっちだ」

逆に引っ張られてるし(汗)。
しかも着いた先は、

「何ここー?お寺じゃん。お茶屋に行くんじゃなかったのぉ?」



手拭で雨と汗に濡れた顔を拭き拭きぼやいてみる。
さほど大きくないお寺の山門。ていうか周りもお寺ばっかり。寺町なのだ。

「そこまで行く間に濡れ鼠になっちまう」

雨はざーっと音を立てて、ほとんど滝のよう。
地面に当たって跳ね返った水滴が、白く噴水のように見える。
足を見下ろせば、桐の下駄ごと砂まみれ。鼻緒の赤も濡れてくすんで見える。

「あーあ」

浴衣の裾も、だいぶ上の方まで砂まみれだ。
身体をよじって後を見ると、下駄で走ったために泥跳ねが上がっている。

「でもこれじゃあもうほとんどずぶ濡れだよ。何処まで走ったって同じだったな」

結髪のビンやタボからぽたぽたと水がしたたり落ちるので、手拭を襟にかけておかなければならないほど。
形も崩れているのかも。

「だからとて茶屋には連れて行かれんだろう。茶を飲んで帰れるところじゃないからな」

いつの間にか袴の裾を上げていた(股立ちと言うのby幸)のを元に直して泥を払い、笠を取って水を切り、傍らに立てかけて、刀の柄に巻いていた手拭を外して濡れ具合を確かめている。
草鞋掛けの足が濡れて泥だらけなのはあきらめたみたいだ。

視線に気付いてこちらを見るのを待って、

「ほんとにそう思った?」

「?」

「お茶屋はお茶を飲むところだって。私がそう思ってるって、ほんとにそう思った?」

その質問で私の意図することは判ったのだと思う。
でもちゃんと、

「そうではないのか?」

手拭を袴の紐にかけながら、僅かに微笑む。
手の内を披露する間を与えてくれるのが、優しいなぁと思ったり。

「御茶屋さんがそういうとこじゃないってことぐらい、いくら私でも判りますもん。男の人の遊ぶ所ってことぐらい」

「まあ、カネの使い方も判らんような人だから、あるいはとは思ったが」

「でもちょっと行ってみたい気はするけどさ」

すると彼は笑って、

「あんたは面白いな」

「前にも聞いたそれ」

面白いと言われるのは嬉しい。
相手が自分を受け入れてくれている証拠だから。
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