もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
ご笑覧下されば幸いです。
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確かにそう言った。
耳を疑いたかったが、他に何の音もしない暗闇の中で、聞き間違うべくもない。
「私が、斬った」
ごくり、と喉が鳴ってしまったのが気まずく、
「それは、・・・どういう・・」
成り行きを問いたかったが、彼は言い訳を拒んだ。
「斬った時はまだ息があった。屯所に戻りたいと言ったのだ。まだ自分は新選組に居られるかと、・・・問うた!」
ふうっと吐き出した息が揺れていたので、泣いているのが判った。
「息を引き取る間際に正気に戻った。山南さんに、戻ったんだ」
何も、かける言葉は思いつかなかった。
こんな時、慰めは姑息に過ぎる。
経緯を尋ねるのも残酷この上ない。
胸を衝かれるまま、黙って咽び泣くのを聞いているしかない。
手燭を持って副長が現れた。
灯りが近づいて初めて、遺体の状態が判った。
袈裟に斬られた肩から斜めに血に濡れているのが、私の居るところからも見えた。
むき出しのままの表情は遠くて見えなかったが、正気に戻ったのならきっと穏やかなのだろう。
「ご苦労だったな」
副長が懐から手拭を出して、沖田さんに渡している。
返り血でもついていたのか、それとも涙に濡れていたのか。
「着替えて少しでも寝ろ。また早くに起こすか知れん」
事情は全て報告されているのか、いたわる声は優しかった。
だが、未だ沖田さんは激していた。
「これは私闘です。私を処断願います」
この場合、処断とは切腹を意味する。
それだけ思いつめていたのだった。
背中を向けている沖田さんの表情は見えなかったが、対峙する副長のそれは穏やかだった。
「お前を処断したら、この仏が浮かばれまい」
反論しようとする沖田さんを制し、
「それなりの処分は考えている。朝まで待て」
それから後に控えていた私に、
「お前はここまででいい。ご苦労だった。帰って寝ろ。だがくれぐれも今夜のこと、いや、昼間のこともきれいさっぱり忘れておくように」
忘れろといわれても、生まれて初めて触った死体の感触はどうもイマイチ抜けきらない。
時間をかけて手を洗い、再び寝床に身を横たえても、疲れている割に目は冴えていた。
眠れない。
私闘、とはどういうことだろう。
争って斬ったということなのか。
連れ戻そうとして争ったのか。
そのあとで、屯所に戻りたいという遺言の通りに連れて帰ったということなのか。
私闘としての処断を望むなら、なぜ遺体の収容をひた隠しにするのか。
幹部同士の私闘があってはならぬということなのか。
確かに沖田さんのあの咽び泣く姿を見れば、余程の事情が在ったと判る。
副長はどう処分しようというのか。
それで事態を隠しおおせるのか。
それで皆を騙せるのか。
それで沖田さんは納得するのか。
それにしても、山南先生が死んでしまったなんて。
最後に姿を見たのはいつだったか。
最後にゆっくり話したのは・・・。
・・・私は彼の存在を、忘れては居なかったか。
どうにも眠られず外に出ると、東の空は既にサーモンピンクに染まり、朝もやがあたりを白く覆っている。
通りはひっそりとしていた。
昨夜、といってもほんの何時間か前、遺体を運び入れた通用門の前で、地面に目を凝らす。
あのときは思い及ばなかったが、地面に血痕でも残っていたら・・・と思ったのだ。
下駄の歯で土をかき回して証拠隠滅を図り、それから遺体の安置されている部屋の出窓の下で耳を澄ましてみた。
そこには、遺体と、見張りの者ぐらいしか居るはずは無く、思ったとおり何も聞こえなかったので、その場を離れようとした時のことだ、小さくはあったが金属音がした。
チンチンと、しかも複数。
それから人声、衣擦れ、畳の音。
それが金打(きんちょう)の音だと、後で気づいた。
夜明け前、ここで幹部を集めて、秘密の打ち合わせをしていたのだった。
幹部、というのは近藤局長、土方副長、沖田さん。それと永倉、原田、井上の諸先生方。それから監察の山崎さんだ。
なぜ、メンバーがそれと判ったかと言えば、その朝の仰天の局長訓示による。
もっとも、私のような半端者が訓示など聞ける立場でもない。
なので、日が昇りざわめく屯所のそこここで隊士達の口から漏れる情報を拾い集めて組み立ててみると・・・。
山南先生が脱走した。
沖田先生が馬で追いかけ、大津宿で拿捕、連れ帰った。
新選組の総長たるもの、脱走など言語道断。
即刻切腹申し付くるものなり。
介錯は沖田先生。
立会いは、局長、副長及び永倉、原田、井上の各先生方。
それ以外の何人も、入室を赦さズ。
要するに、江戸からの仲間=身内の中だけで情報を共有し、事実を隠蔽しようという訳だ。
早朝の密談も金打もそれで説明がつく。
入隊以来、局長から優遇されている伊東甲子太郎さえ、仲間には入れてもらえなかったらしい。
切腹前に山南さんに会わせろ話をさせろと食い下がっているらしいが、ま、無理だろうな。
ちなみに藤堂さんは今現在江戸に居るから、メンバーには入っていない。
それにしても、誰のシナリオか見当がつかぬでもないが、大胆なことを考え付いたもんだ。
『斬殺』を『切腹』に塗り替えて、口裏を合わせようというのだ。
確かにその方が、故人へのはなむけにはなるのだろうが。
脱走の理由については多くの憶測が乱れ飛んでいた。
何につけても局長と副長だけで決めてしまい、自分の存在をないがしろにされた、とか。
屯所の移転に反対だった、とか。
尽忠報国に食い違いが生じた、とか。
単に病気を苦にして、とか。
副長との不和、とか・・・。
どれもこれもそれらしくはある。
ひとつ疑問が残る。
なぜ『脱走』を塗り替えなかったか、ということだ。
塗り替えるならいっそ、市中探索中に何者かに襲われたことにでもすりゃ、口さがない隊士達が噂することも無かったろうに。
脱走即切腹という非情な処断に憤りを感じ、幹部の、特に土方副長の陰口を利く者は少なくなかったと思う。
ただ、私は副長の贔屓であると周知の身の上であるので、そんな現場を見ることはなかった。
誰も彼もが私には寄って来なくなったので、それと知れるだけだった。
その日のうちに切腹の儀は無事挙行され、その見事な手際に局長は「浅野匠守でもこうはいくまい」と涙ぐんだとか。
・・・さもありなん。
葬儀はその明日、すぐさま行われることとなった。
異例の早さで、準備方、屯所はバタバタしていたが、それも事情が判っている者にとっては“さもありなん”だ。
実際に亡くなってからは三日目なのだもの。
日程的には何の不思議も無い。
副長はそれ以来、『九尾の狐』と陰口を叩かれた。
彼が切腹を強制執行したと思われたためだ。
山南先生が副長を九尾の狐になぞらえていたことを誰かが聞き覚えていて、不仲の根拠に仕立てたのだった。
それ程、山南先生は副長を嫌っていたのだと言いたいのだろう。
でもそれは事実に反する。
九尾の狐は妖獣ではないとは、山南先生が言ったのだもの。
「妖術を使って統制を図り、新選組を磐石なものにするというなら、九尾の狐の面目躍如だな」
昼間、巡察で屯所を開けていた斎藤先生が、山南先生の遺体の置かれている長屋の前の灯明を見やりながら言った。
今回の総長の脱走&切腹で、いよいよ新選組の組織としての統制が強化されるだろうというのである。
それを聞いて、先程の疑問が氷解した。
副長は山南先生の『脱走』を利用したのだ。
幹部だとて脱走すれば切腹。となれば容易に事は起こせない。
池田屋の時のような醜態はさらさずに済むし、新たに入った隊士達にも、隊を脱するを赦さず、という鉄則を浸透させるに足る。
非情な処断と秘密主義で、九尾の狐と陰口をたたかれても仕方がないと言う斎藤先生の言葉に、納得するより他はない。
明日は葬儀というのに彼はこれから呑みに出るという。
春らしい淡色のお召しに袴も絹物に替えている。
「仏の顔を拝めるなら通夜もするが、それが出来んというならいっそ外の方が静かでいい」
のだそうだ。
事実隠蔽のため、遺体には近寄れないのである。
でもそれって、噂たて放題ってことじゃあ・・・?(爆)
小夜の家に風呂をもらいに行く(おそらくそのまま泊まるだろうけど)私と、途中までの道行と思ったのに、
「お前も付き合え」
え?と足を止めると、
「お前、何か知ってるだろう?」
斎藤先生は鼻が利く。
夕暮れのそよ風の中、菜の花匂う田舎道。
振り返って、私が追いつくのを待っている。
落ち着け落ち着け。
コイツはカマをかけてるだけだ(汗)。
「何かって・・・ナンでしょう?」
だがとぼけても無駄なのだ。
「いくら無口とは言え、何も事情を聞こうとしない。聞かぬということは知っているということだろう?」
フッと笑い捨てて先を行く。
懐手をした肩の筋肉が薄手の着物に逞しく張って見える。
ううう・・・。
この人は当事者ではないから何も聞くことはないと思ったんだけど、脱走の理由とか、それらしく尋ねた方が怪しまれずに済んだのか。
・・・失敗。
「目の下のクマを見れば、夕べ眠られぬようなことがあったと判るわ」
見透かされている。
隠し事が通るとは思えない。
だが、
「すいません。何も話せません」
今度は向こうが立ち止まった。
噴き出す。
「開き直ったか」
「はい。斎藤先生を誤魔化すなんて私にはとてもできませんから」
「誤魔化さずに、・・・何も話さんのか?」
斎藤先生は初期の入隊だが、局長達の江戸からの仲間ではないと聞いている。
今回の詳細な事情を知らされぬ疎外感があるのだろうか。
ここで喋らなければ私はこの人を裏切ることになるのか?
だが私が喋ってしまっては、信用してくれた副長に面目が立たない。
「すみません。必要なことなら話しますが・・・。私の知っていることは大したことでは有りませんので」
「俺が知る必要は無いと言うか」
言われて、自分の言い方がとんでもなく失礼だったことに気付く。
「す、すいません!お許し下さい」
あちらを立てればこちらが立たないのである。
ひたすら頭を下げていると、
「男なら棺桶の中まで持って行くもののひとつやふたつは有るもんだが、お前は女なんだから喋っちまっても誰も咎めんぞ」
えっ?
・・・それってなんかムカツク。
優しいことを言ったつもりなのかもしれなかったが、私には不本意この上ない。
「お言葉ですが、私にだって棺桶の中まで持って行くことぐらい有ります」
「そうか。・・・強情だな」
茶化すように言うのが、更に面白くない。
「生憎、ヤワには育てられておりません」
私の師匠はアンタじゃないか。
つい、睨んでしまった。
「ああ、そうか。そうだな。スマン。許せ」
薄暗闇の中、決まり悪そうに月代を掻く仕草が珍しく年相応で、何故だかちょっと勝った気分になるv
「山南さんがおかしくなったのはなぜか判るか?」
島原の灯りが田んぼの向こうに見えている。
二十三夜の月はまだ出ない。
「伊東さんが来たせいさ。自分の役目を取られたと、自分でも知らぬうち思いつめたのだろう」
そして振り返り、
「副長と不仲というのは当たらない」
微笑った。
師匠、それは私を安心させようとしているのですか?
「はい」
事情が判らぬまでも、教え子の不安は伝わるものらしい。
それをなんとかしようとしてくれる心根が素直にありがたいと思った。
優しい人なんだ。
「九尾の狐の話を聞いたことがあるか?」
「はい。山南先生から」
「俺もそうだ。繁栄を表す瑞獣なのだと聞いた。それがいつの間にか妖怪にされ嫌われるようになったと」
ふっと、視線を外した。
「副長にもそうならぬよう、口説いていたっけ」
足元の雑草を草履の先で弄びながら溜息をつく。
・・・そうだったのか。
そこまでは知らなかった。
「あの人が居る限り、新選組は繁栄するんだろう。山南さんはそれを見抜いていたに違いない。今日のことを見てもその通りだ」
副長を九尾の狐になぞらえたのはそういうことか。
「だがその先を心配していたのだな。あの人はあのまま突っ走りそうだ」
それから私の目を見、
「あの人はそういう性質だろう?好き好んで悪役をやりたがる。面白がってる。しかももう山南さんは居ないんだぜ?」
困ったもんだと呟いて、島原に足を向けた。
そんなに自分を想っていてくれていた人の死を利用して、副長は新選組をまとめようとしているのか・・・。
それがいいのか悪いのか、見当もつかないが。
利用するのはどうか。
たとえそう思っても意見できるような立場には無いのだが。
小夜の家に向かうべく、夜道を歩き出した時、
「幸!」
呼び止められた。
もうかなり離れたところから、珍しく大きな声。
何だろうと思ったら、
「後ろに何か居るぞ!」
え?
・・・それって・・・。
ふいに、冷たく強張った皮膚の感触を思い出し、総毛立つ。
うぎゃー!!!
と思わず目をつぶってしゃがみこんだら、薄暗闇に哄笑が起こった。
「幸、お前よっぽどやばいこと隠してるだろ」
腹を抱えて笑っている。
ううう・・・。
・・・カマかけられた・・・!
バカヤロー!
怖いじゃんか!(大泣)
これから夜道をひとりで歩いて行こうってのにぃー!
半泣きでバタバタと駆け通し、小夜んちにたどり着いてみれば、既に寝巻き姿の家主が雨戸を閉めているところ。
「あら、今日は来ないんだと思ってたわ」
「・・ごめ・・。もっと早く来ようと思ってたんだけど・・・」
「どしたの?」
息を切らし縁側に座り込むのを覗き込んで来る。
その黒々とした無垢な瞳で見つめられ、ふいに汗が噴出した。
一番厄介な仕事が残っていたことに気がついてしまった。
ああ。
昨日から風呂も入らずろくに眠らず、今夜はゆっくり寝たいと思って来たはずなのに。
重大なことを忘れていたぞ。
「・・・・」
喋る気力も失せようというものだ。
「何疲れてんのよ」
怪訝そうにしかめられた顔つきにびびりながら、
「とりあえずお風呂もらっていい?」
「いいけど?」
何がなんだか判らんと言いたげに肩をすくめ、それでも風呂を点て直しに庭下駄を突っかけて歩いていく小夜の踵が夜目にも白い。
ああ、誰を恨んだらいいんだろう。
誰か私の代わりに、この子に山南先生の訃報を伝えてくれ~!(滝涙)
耳を疑いたかったが、他に何の音もしない暗闇の中で、聞き間違うべくもない。
「私が、斬った」
ごくり、と喉が鳴ってしまったのが気まずく、
「それは、・・・どういう・・」
成り行きを問いたかったが、彼は言い訳を拒んだ。
「斬った時はまだ息があった。屯所に戻りたいと言ったのだ。まだ自分は新選組に居られるかと、・・・問うた!」
ふうっと吐き出した息が揺れていたので、泣いているのが判った。
「息を引き取る間際に正気に戻った。山南さんに、戻ったんだ」
何も、かける言葉は思いつかなかった。
こんな時、慰めは姑息に過ぎる。
経緯を尋ねるのも残酷この上ない。
胸を衝かれるまま、黙って咽び泣くのを聞いているしかない。
手燭を持って副長が現れた。
灯りが近づいて初めて、遺体の状態が判った。
袈裟に斬られた肩から斜めに血に濡れているのが、私の居るところからも見えた。
むき出しのままの表情は遠くて見えなかったが、正気に戻ったのならきっと穏やかなのだろう。
「ご苦労だったな」
副長が懐から手拭を出して、沖田さんに渡している。
返り血でもついていたのか、それとも涙に濡れていたのか。
「着替えて少しでも寝ろ。また早くに起こすか知れん」
事情は全て報告されているのか、いたわる声は優しかった。
だが、未だ沖田さんは激していた。
「これは私闘です。私を処断願います」
この場合、処断とは切腹を意味する。
それだけ思いつめていたのだった。
背中を向けている沖田さんの表情は見えなかったが、対峙する副長のそれは穏やかだった。
「お前を処断したら、この仏が浮かばれまい」
反論しようとする沖田さんを制し、
「それなりの処分は考えている。朝まで待て」
それから後に控えていた私に、
「お前はここまででいい。ご苦労だった。帰って寝ろ。だがくれぐれも今夜のこと、いや、昼間のこともきれいさっぱり忘れておくように」
忘れろといわれても、生まれて初めて触った死体の感触はどうもイマイチ抜けきらない。
時間をかけて手を洗い、再び寝床に身を横たえても、疲れている割に目は冴えていた。
眠れない。
私闘、とはどういうことだろう。
争って斬ったということなのか。
連れ戻そうとして争ったのか。
そのあとで、屯所に戻りたいという遺言の通りに連れて帰ったということなのか。
私闘としての処断を望むなら、なぜ遺体の収容をひた隠しにするのか。
幹部同士の私闘があってはならぬということなのか。
確かに沖田さんのあの咽び泣く姿を見れば、余程の事情が在ったと判る。
副長はどう処分しようというのか。
それで事態を隠しおおせるのか。
それで皆を騙せるのか。
それで沖田さんは納得するのか。
それにしても、山南先生が死んでしまったなんて。
最後に姿を見たのはいつだったか。
最後にゆっくり話したのは・・・。
・・・私は彼の存在を、忘れては居なかったか。
どうにも眠られず外に出ると、東の空は既にサーモンピンクに染まり、朝もやがあたりを白く覆っている。
通りはひっそりとしていた。
昨夜、といってもほんの何時間か前、遺体を運び入れた通用門の前で、地面に目を凝らす。
あのときは思い及ばなかったが、地面に血痕でも残っていたら・・・と思ったのだ。
下駄の歯で土をかき回して証拠隠滅を図り、それから遺体の安置されている部屋の出窓の下で耳を澄ましてみた。
そこには、遺体と、見張りの者ぐらいしか居るはずは無く、思ったとおり何も聞こえなかったので、その場を離れようとした時のことだ、小さくはあったが金属音がした。
チンチンと、しかも複数。
それから人声、衣擦れ、畳の音。
それが金打(きんちょう)の音だと、後で気づいた。
夜明け前、ここで幹部を集めて、秘密の打ち合わせをしていたのだった。
幹部、というのは近藤局長、土方副長、沖田さん。それと永倉、原田、井上の諸先生方。それから監察の山崎さんだ。
なぜ、メンバーがそれと判ったかと言えば、その朝の仰天の局長訓示による。
もっとも、私のような半端者が訓示など聞ける立場でもない。
なので、日が昇りざわめく屯所のそこここで隊士達の口から漏れる情報を拾い集めて組み立ててみると・・・。
山南先生が脱走した。
沖田先生が馬で追いかけ、大津宿で拿捕、連れ帰った。
新選組の総長たるもの、脱走など言語道断。
即刻切腹申し付くるものなり。
介錯は沖田先生。
立会いは、局長、副長及び永倉、原田、井上の各先生方。
それ以外の何人も、入室を赦さズ。
要するに、江戸からの仲間=身内の中だけで情報を共有し、事実を隠蔽しようという訳だ。
早朝の密談も金打もそれで説明がつく。
入隊以来、局長から優遇されている伊東甲子太郎さえ、仲間には入れてもらえなかったらしい。
切腹前に山南さんに会わせろ話をさせろと食い下がっているらしいが、ま、無理だろうな。
ちなみに藤堂さんは今現在江戸に居るから、メンバーには入っていない。
それにしても、誰のシナリオか見当がつかぬでもないが、大胆なことを考え付いたもんだ。
『斬殺』を『切腹』に塗り替えて、口裏を合わせようというのだ。
確かにその方が、故人へのはなむけにはなるのだろうが。
脱走の理由については多くの憶測が乱れ飛んでいた。
何につけても局長と副長だけで決めてしまい、自分の存在をないがしろにされた、とか。
屯所の移転に反対だった、とか。
尽忠報国に食い違いが生じた、とか。
単に病気を苦にして、とか。
副長との不和、とか・・・。
どれもこれもそれらしくはある。
ひとつ疑問が残る。
なぜ『脱走』を塗り替えなかったか、ということだ。
塗り替えるならいっそ、市中探索中に何者かに襲われたことにでもすりゃ、口さがない隊士達が噂することも無かったろうに。
脱走即切腹という非情な処断に憤りを感じ、幹部の、特に土方副長の陰口を利く者は少なくなかったと思う。
ただ、私は副長の贔屓であると周知の身の上であるので、そんな現場を見ることはなかった。
誰も彼もが私には寄って来なくなったので、それと知れるだけだった。
その日のうちに切腹の儀は無事挙行され、その見事な手際に局長は「浅野匠守でもこうはいくまい」と涙ぐんだとか。
・・・さもありなん。
葬儀はその明日、すぐさま行われることとなった。
異例の早さで、準備方、屯所はバタバタしていたが、それも事情が判っている者にとっては“さもありなん”だ。
実際に亡くなってからは三日目なのだもの。
日程的には何の不思議も無い。
副長はそれ以来、『九尾の狐』と陰口を叩かれた。
彼が切腹を強制執行したと思われたためだ。
山南先生が副長を九尾の狐になぞらえていたことを誰かが聞き覚えていて、不仲の根拠に仕立てたのだった。
それ程、山南先生は副長を嫌っていたのだと言いたいのだろう。
でもそれは事実に反する。
九尾の狐は妖獣ではないとは、山南先生が言ったのだもの。
「妖術を使って統制を図り、新選組を磐石なものにするというなら、九尾の狐の面目躍如だな」
昼間、巡察で屯所を開けていた斎藤先生が、山南先生の遺体の置かれている長屋の前の灯明を見やりながら言った。
今回の総長の脱走&切腹で、いよいよ新選組の組織としての統制が強化されるだろうというのである。
それを聞いて、先程の疑問が氷解した。
副長は山南先生の『脱走』を利用したのだ。
幹部だとて脱走すれば切腹。となれば容易に事は起こせない。
池田屋の時のような醜態はさらさずに済むし、新たに入った隊士達にも、隊を脱するを赦さず、という鉄則を浸透させるに足る。
非情な処断と秘密主義で、九尾の狐と陰口をたたかれても仕方がないと言う斎藤先生の言葉に、納得するより他はない。
明日は葬儀というのに彼はこれから呑みに出るという。
春らしい淡色のお召しに袴も絹物に替えている。
「仏の顔を拝めるなら通夜もするが、それが出来んというならいっそ外の方が静かでいい」
のだそうだ。
事実隠蔽のため、遺体には近寄れないのである。
でもそれって、噂たて放題ってことじゃあ・・・?(爆)
小夜の家に風呂をもらいに行く(おそらくそのまま泊まるだろうけど)私と、途中までの道行と思ったのに、
「お前も付き合え」
え?と足を止めると、
「お前、何か知ってるだろう?」
斎藤先生は鼻が利く。
夕暮れのそよ風の中、菜の花匂う田舎道。
振り返って、私が追いつくのを待っている。
落ち着け落ち着け。
コイツはカマをかけてるだけだ(汗)。
「何かって・・・ナンでしょう?」
だがとぼけても無駄なのだ。
「いくら無口とは言え、何も事情を聞こうとしない。聞かぬということは知っているということだろう?」
フッと笑い捨てて先を行く。
懐手をした肩の筋肉が薄手の着物に逞しく張って見える。
ううう・・・。
この人は当事者ではないから何も聞くことはないと思ったんだけど、脱走の理由とか、それらしく尋ねた方が怪しまれずに済んだのか。
・・・失敗。
「目の下のクマを見れば、夕べ眠られぬようなことがあったと判るわ」
見透かされている。
隠し事が通るとは思えない。
だが、
「すいません。何も話せません」
今度は向こうが立ち止まった。
噴き出す。
「開き直ったか」
「はい。斎藤先生を誤魔化すなんて私にはとてもできませんから」
「誤魔化さずに、・・・何も話さんのか?」
斎藤先生は初期の入隊だが、局長達の江戸からの仲間ではないと聞いている。
今回の詳細な事情を知らされぬ疎外感があるのだろうか。
ここで喋らなければ私はこの人を裏切ることになるのか?
だが私が喋ってしまっては、信用してくれた副長に面目が立たない。
「すみません。必要なことなら話しますが・・・。私の知っていることは大したことでは有りませんので」
「俺が知る必要は無いと言うか」
言われて、自分の言い方がとんでもなく失礼だったことに気付く。
「す、すいません!お許し下さい」
あちらを立てればこちらが立たないのである。
ひたすら頭を下げていると、
「男なら棺桶の中まで持って行くもののひとつやふたつは有るもんだが、お前は女なんだから喋っちまっても誰も咎めんぞ」
えっ?
・・・それってなんかムカツク。
優しいことを言ったつもりなのかもしれなかったが、私には不本意この上ない。
「お言葉ですが、私にだって棺桶の中まで持って行くことぐらい有ります」
「そうか。・・・強情だな」
茶化すように言うのが、更に面白くない。
「生憎、ヤワには育てられておりません」
私の師匠はアンタじゃないか。
つい、睨んでしまった。
「ああ、そうか。そうだな。スマン。許せ」
薄暗闇の中、決まり悪そうに月代を掻く仕草が珍しく年相応で、何故だかちょっと勝った気分になるv
「山南さんがおかしくなったのはなぜか判るか?」
島原の灯りが田んぼの向こうに見えている。
二十三夜の月はまだ出ない。
「伊東さんが来たせいさ。自分の役目を取られたと、自分でも知らぬうち思いつめたのだろう」
そして振り返り、
「副長と不仲というのは当たらない」
微笑った。
師匠、それは私を安心させようとしているのですか?
「はい」
事情が判らぬまでも、教え子の不安は伝わるものらしい。
それをなんとかしようとしてくれる心根が素直にありがたいと思った。
優しい人なんだ。
「九尾の狐の話を聞いたことがあるか?」
「はい。山南先生から」
「俺もそうだ。繁栄を表す瑞獣なのだと聞いた。それがいつの間にか妖怪にされ嫌われるようになったと」
ふっと、視線を外した。
「副長にもそうならぬよう、口説いていたっけ」
足元の雑草を草履の先で弄びながら溜息をつく。
・・・そうだったのか。
そこまでは知らなかった。
「あの人が居る限り、新選組は繁栄するんだろう。山南さんはそれを見抜いていたに違いない。今日のことを見てもその通りだ」
副長を九尾の狐になぞらえたのはそういうことか。
「だがその先を心配していたのだな。あの人はあのまま突っ走りそうだ」
それから私の目を見、
「あの人はそういう性質だろう?好き好んで悪役をやりたがる。面白がってる。しかももう山南さんは居ないんだぜ?」
困ったもんだと呟いて、島原に足を向けた。
そんなに自分を想っていてくれていた人の死を利用して、副長は新選組をまとめようとしているのか・・・。
それがいいのか悪いのか、見当もつかないが。
利用するのはどうか。
たとえそう思っても意見できるような立場には無いのだが。
小夜の家に向かうべく、夜道を歩き出した時、
「幸!」
呼び止められた。
もうかなり離れたところから、珍しく大きな声。
何だろうと思ったら、
「後ろに何か居るぞ!」
え?
・・・それって・・・。
ふいに、冷たく強張った皮膚の感触を思い出し、総毛立つ。
うぎゃー!!!
と思わず目をつぶってしゃがみこんだら、薄暗闇に哄笑が起こった。
「幸、お前よっぽどやばいこと隠してるだろ」
腹を抱えて笑っている。
ううう・・・。
・・・カマかけられた・・・!
バカヤロー!
怖いじゃんか!(大泣)
これから夜道をひとりで歩いて行こうってのにぃー!
半泣きでバタバタと駆け通し、小夜んちにたどり着いてみれば、既に寝巻き姿の家主が雨戸を閉めているところ。
「あら、今日は来ないんだと思ってたわ」
「・・ごめ・・。もっと早く来ようと思ってたんだけど・・・」
「どしたの?」
息を切らし縁側に座り込むのを覗き込んで来る。
その黒々とした無垢な瞳で見つめられ、ふいに汗が噴出した。
一番厄介な仕事が残っていたことに気がついてしまった。
ああ。
昨日から風呂も入らずろくに眠らず、今夜はゆっくり寝たいと思って来たはずなのに。
重大なことを忘れていたぞ。
「・・・・」
喋る気力も失せようというものだ。
「何疲れてんのよ」
怪訝そうにしかめられた顔つきにびびりながら、
「とりあえずお風呂もらっていい?」
「いいけど?」
何がなんだか判らんと言いたげに肩をすくめ、それでも風呂を点て直しに庭下駄を突っかけて歩いていく小夜の踵が夜目にも白い。
ああ、誰を恨んだらいいんだろう。
誰か私の代わりに、この子に山南先生の訃報を伝えてくれ~!(滝涙)
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