もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

斎藤さんが亡くなったことを知った時、幸は一瞬息を止め、それから静かに溜息を吐いただけだった。

少なくとも、私の前ではそうだった。

覚悟が有ったようでもあり、人の死に倦んでいるようでもあった。

恨むような表情を見せたのはほんの一瞬のことで、その後はお互い何故か楽しかったことばかりを話し、嫌と言うほど見たはずの戦の惨状を口にすることは無かった。



驚いたのは、幸も仙台で細谷十太夫さんに会っていたことだった。

「どこで聞きつけたのか、私がアンタのことを探しているのを知っててさ」

幸は行商人姿で場末の木賃宿に居たにもかかわらず。

あの人、元は藩の探索方だっていうからね。鼻は効くみたい。

「居場所を教えてくれて、その上この格好で石巻まで番所スルーで行けるように一筆書いてくれたんだ。すぐにでも発てって言って」

一昨日私が出て来る時には既に、仙台は新政府軍の兵士でいっぱいだった。

「その代わり帰りの手形は無いからなって。藩庁は薩長の手に堕ちたから、ホントは自分のサインの効力ももう無いはずだけど、まあ行ける所まで行ってみろってさ。捕まったらごめんなって」

細谷さんらしい(^^;

「なのでもしかしたら何処かで引きとめられて詮議でも受けるかと思ったら全然。アッサリ石巻まで来れたんだ」

幸が明るく肩をすくめる。

「でも、あの人自身ももうこっちへ向かってるんじゃないかなぁ?そうじゃないと危ないよ。その気になれば新政府軍は明日にでもここまで攻めて来れるもの」

それならここに居るのだって危なくないか?
ここで戦争が始まってもおかしくない。
徳川脱走軍はここで敵を迎え撃つつもりじゃ・・・。

「ごめんくださいまし」

階下で声がした。
部屋を借りている荒物屋のおばさんが応対している声が。

ととととと、と階段を上がる足音がして、現れたのは道具箱を手にした妙齢の・・・髪結いさん(たぶん)。
切り前髪に櫛巻き頭でいかにもーな感じの。

「新選組の島田さんてぇお人に頼まれたんですけどねぇ。小夜さんて方はこちらさん?」

幸にまぁ~と笑われた。

「アンタのその髪、そのまんまにしておく人じゃないよね~やっぱv」

島田さんのことを言ってるんじゃない。
その上司のことをだった。
つまり、からかってる(--メ

「そんなんじゃないって。こんな頭で居るのがだらしなくてみっともないって言いたいんでしょ。ったくうるせーオヤジ」

何を言っても照れ隠しとしか受け取ってもらえず、くすくす笑われて。

でも、ま、いいか。
幸が笑ってるなら。


好きな人を追いかけて品川からこっちへ流れて来たっていう、曰く持ちの腕の良い髪結いさんに何ヶ月振りかで島田に結ってもらい、今となっては一張羅になってしまった太縞木綿の着物を着たら、

「ちょっとは大人に見えるよ」

幸が慰め口調なのはなんで?(--;



「で、副長は連れ戻せそう?」

と、話が確信に迫ったのは、日も高くなり、換気ついでに障子戸を開けて目の前の川面を眺めながら。
風の冷たさは幾分緩んでいる。

川の上流にある米蔵から向こう岸に繋留されている千石船へ、米俵を満載にした川船が行き来している。
街中の商店から水路をくぐって荷を運ぶ小舟も見える。
半纏姿ににねじり鉢巻きをした人足達が、船に群がるようにして荷積みに忙しく立ち働いてる。
岸辺には大八車に積まれた樽物(味噌醤油?)も次々運ばれて来ていた。

「私も昨日着いたばっかりでさー」

と、既に話して呆れられた事実をもう一度繰り返し、

「夕べも早く寝ちゃったから、実はあんまり話せてないんだよね」

嘘じゃない。
話しはしたけれど冷静じゃなかった。我ながら。
気持ちばかりが先走って。

あれは「話し合った」というのじゃなかった。
ただひたすら、・・・哀しかったというだけだ。

目を合わせられなくて、横に視線を感じながら、遠くに小さく見えている人々の動きを目で追う。

林立する船の帆柱にそれぞれ1羽ずつ、カモメが留ってる。
中洲の舳先の番所や神社の屋根にも、カモメたちが白く群れて羽を休めてる。

「話したところで、人の気持ちなんて判る奴じゃないけどねー」

やっぱり風が冷たくて、枕屏風の向こうに畳んで仕舞った丹前を再び引っ張り出し、着物の上から羽織った。

「気持ちっていうか、・・・立場上無理ってことなんじゃ?」

髪結いさんにポニーテールの先っちょを短く切ってもらって男前?の上がった幸が、宥めるつもりなのか土方さんへの理解を見せる。

「立場上っていうか、今更逃げ出せないっていうか・・・。それって、まあ結局立場上ってことだけど。でも」

「でも?」

「気持ちが無きゃ動かないでしょ?」

引き寄せた火鉢に手をあぶりつつ見やった先の幸は無言。
じっとこちらを見てる薄色の目。

「私には判んないけど。アンタだったら少しは判るのかな・・・」

あの人が何のために戦っているのか。戦い続けるのか。

話し合って判ることなのか。
私には永遠に判らぬことなのか。

っていうか、そもそも・・・そんなこと、話してもくれないけど。


ぼんやりと、打ちのめされていた。

たぶん。

自覚は無かったけど。

なので、

「諦めるの?」

真っすぐ向けられた目線に強いものを感じ、ハッとしたのも事実。
向こうっ気をくすぐられたのも、事実。

「まさか」

と反射的に口が答えた。
それから気持ちが追いついて、

「一筋縄じゃ行かなそうだから、何か策を考えないとダメかな?」

と、取りあえず言って。

それから、

「でも、ひとりで行き詰っちゃってたから・・・幸に会えて良かった」

半ば呆然と答えた。
そうだ。
ひとりで悶々としてた。

きゅっと、幸の口元が笑う。

「そう来なくちゃ。ここまで追いかけて来た意味無いじゃん」

言われてようやく、彼女の強い目線は挑戦的な色だったと腑に落ちる。

そうだった。
ここで諦めてちゃ意味が無い。

「ありがと」

と言ったら、幸は照れ笑いしながら、

「何さ。弱気だった?」

「判んなくなってた」

「何が?」

「自分の気持ち」

おや?という感じで、幸は一旦言葉を飲み込み、

「らしくないね。・・・と前なら言ったかも」

「今は?」

「さもありなん、かな?」

今度は彼女の方が目を逸らし、川面に視線を投げながら、

「いろいろ見るとさ、そうなるよね。判んなくなる。自分の気持ちも、戦争の意味も・・・」

笑みは消えてた。

そばかすの浮いた頬に寒風を受けて、細めた目には何が映って居るのだろう。
何を映して来たのだろう。

「でもま、またこうして二人揃ったんだから」

くるっとこちらを向いて気を取り直したように言ったのは、場の空気が沈むのを恐れたからかもしれない。

「またなんか面白いことが起きそうな気はしてる」

ニカッと笑って見せるんですけど。

「は?私にナニか期待してます?」

とおどけて答えたら、

「アンタと副長に、期待してますv」

(--;

それってなんかちょっと間違った方向に期待してないか?

私の呆れ顔をくすくす笑い、窓から外へ首を伸ばしながら、

「こんな風にふざけて笑えてるだけでもいいや。ひとりで居るよりよっぽどいい」

ひとりで旅をしていた間、どれだけの時間、何を考えていたのかは想像するに易過ぎる。



窓から身を乗り出すようにしていたのは、中洲の造船場の職人の仕事ぶりを良く見よう・・・というのではなく。

「おじさ~ん!こっちこっち!」

物売りのおじさんを呼び止めるためだった(^^;

ダダダッと階段を駆け下りて、表に出て行くが早いか、

「ねー!大福と豆大福どっちがいい?ちなみに大福がこし餡で豆大福がつぶ餡デース!」

そんなの大声で訊くな恥ずかしい(^^;

「両方!」

「了解~!だよねーやっぱし」

ゲラッゲラ笑いながら懐の巾着からお金払ってんだけど(笑)。
私の返事、そんなに可笑しかったか。

京を出た時から愛用の藍微塵格子(=ジーンズ色)の着物に、グレー(微塵縞?)の袴が似合い過ぎて男にしか見えない。
頬かむりで菓子箱を担いだおじさん(おじいさん?)よりもずっと背も高くて。

買った菓子を受け取るのに器を持って行かなくて慌てて荒物屋のおばさんに菓子鉢を借りに戻ったり、借り賃に大福を御裾分けしてついでにお茶道具も借りて来たり。
階下に聞こえる明るく快活なやり取りが、・・・誰かを思い起させた。

江戸に置いて来た人。

そう。
死んでしまったなんて信じたくない。
あれは、江戸に置いて来た人・・・。



「『ふたり使い』って知ってる?」

って幸が自分で言いだしたのは、だいぶ後になってから。

「亡くなった知らせってさ、必ずふたりで行かなくちゃいけないんだよ。でないと死んだ人に憑かれるから」

って。

「でも、私はひとりで出ちゃったから」

だからきっと、沖田さんも一緒に来てる・・・って。

沖田さんと幸が重なって見えたりするのはそのせいなのかもしれないって、なんか酷く納得したっけ。

ていうか、死んだなんて信じたくないと思える自分は幸せなんだなって。
側に居て診取った幸にとっては、沖田さんはもうこの世のどこにも居ない人。
信じたくないなんて甘っちょろい逃げ道を作る隙なんてどこにも無いんだから。



「あのおじさん、あそこで店開きするんだね」

大福を昼飯代わりにするのは私達だけじゃなかった模様。
渡し舟の待合の傍らで店開きしているのが見える。
思いのほか人気で、皆、買った側から頬張ってる。

「昼時狙ってるのかな?この大福美味しいしすぐ売れるんじゃない?商売上手~」

大福のこし餡が意外と上品。
でも旅の粗食に慣れた胃袋には大福餅二つはやっぱり多くて、火鉢の火にいたずら半分、炙って食べたりしてたらば。

「あ!来た!」

見ると、向こう岸から出た渡し船に黒っぽい姿が2、3人。
ダンブクロに弾薬入れの白いポシェットを斜め掛けした部下を連れ、舳先に居るのがたぶん土方さん。

それにしても向こう岸の渡し場にはまだ乗客らしき人達が居るのに。

「渡し舟独り占めしちゃって感じ悪~。他にもお客さん居るのにさー」

するとすかさず相棒からツッコミが。

「そりゃたぶん、他のお客の方が遠慮したんじゃないかと」

なるほどー。
言われてみればそうかもね。
あんな強面と小舟に乗り合わせるなんて嫌だよね~(笑)。

「それにしても早かったね。忙しいなんて言ってた割にはさ」

てっきり夕方掛けてゆっくり幸の話を聞きに来るのかと思ってたけど。

「忙しいから今なんじゃない?」

意味深に言って、ほれ、と顎で川向うを指した。
舳先に大きな房飾りを付けた千石船が、帆を上げて岸を離れるところだった。
さっきまで米俵を積んでた船のうちのひとつ。

「この分だと明日にも蝦夷地へ出帆かも」

伊達藩が降伏して新政府軍が仙台に入って来たため、脱走軍方の艦隊は二、三日前から松島の寒風沢から牡鹿半島西岸の折浜というところへ投錨地を移してるらしい。
仙台湾内(広義)とはいえ、入り組んだ海岸線の奥にあって、つまり仙台方面からは見えない所へ身を隠して居る感じ。

その艦隊へ蝦夷地渡航用の物資を運ぶのには、峠越えの陸路を人馬立てで運ぶよりは船で運んだ方が早いし楽。
ってんで、急ピッチで船積み作業を進めているわけだ。

今出て行った船から艦隊の輸送船へ荷を積み替えてしまえば、後は蝦夷地に発つばかりってことなんだな。

なにしろ新政府軍はここから5里程しか離れていない川の畔まで迫って来てるって言うんだから。
幸が。

そこを掻い潜ってここまで来るってスゴイよね(私は細谷さんに人を付けてもらって、舟でこっそり石巻入りした)。
そういう最新情報をも、あの人は聞きに来るのかも。
ていうかそれがメイン?

・・・だよな(--)。
邪魔でウザくて仕方ない奴の居る所へなんて、あの人がわざわざ来る訳無いもんねー。
と、今朝のやり取りを思い出してしまう。
溜息が出て、それからもうひとつ思い出した。

「そういえばさ、あの人がアンタにやるって言ってたのって洋服?」

「え?うん。まあ」

「貰っとけば良いじゃん。幸が自分で着れば良いよ。ウールのジャケットなら暖かいでしょ?」

木綿の袷一枚では寒そうに見える。
てか寒い。

「う~ん。でも・・・」

と彼女は困ったような顔をして、風呂敷に包まれたまま部屋の隅に置かれていた行李を見やり、

「アレ、副長とお揃いなんだよね。デザインとか全部一緒。サイズがちょっと違うだけで・・」

堪え切れず吹き出した。
だってお揃いって!
・・・可愛過ぎ!

我ながら大きな笑い声で、ヤバイ!と思って外を見たら案の定、舟を下りないうちから狙いを定めて、

「うわぁ!睨んでる睨んでる」

窓の障子戸を慌てて閉めた。
閉める瞬間、土方さんの後の大柄なおじちゃん(島田さんのことねv)が渡し場の待合で店開きしていた餅屋に目を奪われているのに気付いて更に吹いた(笑)。

「どうしよ。大福全部食べちゃった。島田さんに取っとくんだったー!」

ひとしきりジタバタ笑って、もう一度こっそり障子戸を開けて覗いて見る。

渡し場に部下をひとり置いて、こちらに歩いて来るのは島田さんと二人だ。

「あ、惜しい。そっちの人と役を代われば大福に有りつけたのに」

程なく階下に声がして、階段を上って来たのはひとりだけ。
どうやら島田さんは下で張り番中。

「アタシ、下で島田さんと遊んでるから」

「え!」

階段の障子戸を開けて入って来た土方さんが口を開かないその隙に、入れ替わりに階段を下りる。

「ちょ、ちょっと小夜ってば!」

幸が焦ってたけど、気にしない。
だって、あの二人はゆっくり話をさせなくちゃ。

私が居てはまたいつものように口喧嘩が始まってしまうかもしれない。
そんなことになったら、あの人は幸の話を聞く時間を無くしてしまう。
忙しいあの人には今、時間が無いから。
そんな時に邪魔はしたくない。

沖田さんの話はちゃんと聞いて欲しい。
沖田さんの最期をちゃんと知ってて欲しい。

・・・ていうか。

本音を言えば、そんな辛く切ない話を聞かねばならないあの人の様子を傍で見ている自信が無かった・・・っていうか。
それを話さなければいけない幸の気持ちを考えたら居たたまれないというか。

あの人に話さなければいけないことと、私に話しても良いこととは別だと思うから。
私には幸が話したい時に話してくれれば良いし、それなら時間はたっぷり有るから。


年季が入って飴色に艶の出た急な階段をダダダと降りながら、

まあ、もともと邪魔だと言われたんだしー。

と、一番単純且つ直接的な理由を思いつく。
そんな理由の方がなんだか気が楽。
島田さんと遊んでいられる。



荒物屋の店先で、彼はちゃっかり大福に有りついてたv
天井からぶら下げられた手箒やらタワシやら草鞋の束やら、壁に掛けられた目籠やら蓑やら麻紐の束やらに埋もれるようにして。

「今朝はありがとー。あの後すぐ、髪結いさん来てくれたのよ。ほら」

左右に首を傾げて出来栄えを見せると、彼は満足げにうんうんと頷き、

「細谷何某という御仁ですが」

話題を変えた。

荒物屋のおばさんが出してくれた大福の残り(幸はいったい何個買ったのか?)を嬉しそうに頬張って、これまた嬉しそうに私の結髪を眺めながら、

「石巻のちょいと手前の街道筋に殿(しんがり)気取りで屯していた陸軍隊の隊長殿と何やら揉めて居ったようですよ」

大福食べて幸せそうな笑顔で言うのが・・・可笑しい。
御店の上がり框に腰かけてる小山のような体格とのギャップがなんとも。

島田さんの隣に腰かけて、私もお茶を御馳走になる。

「揉めてる・・・って?」

陸軍隊の隊長さんって、見たこと有るわ。
相馬中村藩と伊達藩の藩境の戦闘に参加してた。
なので細谷さんとは戦友ってことになるんだな。

若くて美丈夫というヤツで(土方さんより顔の作りが派手)、私が滞在していた丸森の金山宿でも女の人達がきゃあきゃあ言ってて。
いつもならモテモテなはずの細谷さんがお株取られて凹んでたっけ(笑)。
春日さんっていうんだった。
春日サエモンさん(サエモンの字は知らない)だっけかな?

「蝦夷地に渡りたくとも船も軍資金も食料も無く、さりとて今更降伏など考えられぬ。斯くなる上は北上川を枕に西軍相手に一戦交えて死に花咲かせよう・・・ってんでゴネまくりとか」

ええー(--;
それってヤバくないか?
ていうか、細谷さんてば渡航用物資手配の窓口とか聞いてたのに、さっぱり顔を見ないと思ってたらそんなとこで足止め喰らってたのね?

「それで仕事に差し支えはないのかしら?」

「現場には事前に支持をしてあったようですな。荷の積み込みは順調です」

口の周りに付いた大福の粉を手拭で拭って、島田さんは御茶を口にする。

月代を入れてるように見えるぐらい薄くなってしまった(酷)総髪の頭が、日に焼けて赤銅色。
筒袖の着物に半袴姿で、黒っぽい色目の陣羽織を着ている。

開け放した店の正面、川岸に立っている若い隊士は紺色のジャケットを着て居るから(下はやはり半袴に脚絆だけど)、島田さんの場合はたぶん洋服のサイズが無かったんだろうと思った。
だって肩の厚みなんて半端じゃないもん。
でも大福食べてニコニコしてるんだけどねv

「で、いつ蝦夷ヶ島に出発するの?敵は迫って来てるんでしょ?」

この隙に訊いてみた。

島田さんは御茶を吹きそうになりながら、

「い、いつとは、私には・・・。私の口からは・・・」

「決まってるわけじゃないの?」

「ま、まあそういう・・・」

手拭で吹きかけたお茶と冷や汗を一緒くたに拭っている。

「じゃあさ」

と声をひそめて、

「あの人も行かないとまずい?誰か代役居ないの?」

と二階を指差し訊いてみる。

「アタシ、あの人連れて帰りたいんだけど。蝦夷地なんか行かせたくないんだけど」

島田さんは一瞬驚いた顔をし、でもすぐ、ゆっくりと表情を緩め、

「お気持ちは判りますが、・・・無理でしょうな」

笑顔だ。
私の言うことが戯言だと思ってる。
確かに、今この急場にあの人をさらって逃げるなんてどう考えたって出来っこない。

「じゃじゃじゃあ、逆にだよ?私も連れてってもらえないかな?」

喰いついて離れなければチャンスはある。・・と思う。

島田さんは笑顔を崩さないまま、

「無理です。軍艦には女子は乗せられません」

「軍艦じゃなくてもさぁ、他の船で付いてっちゃダメ~?」

彼はしばらくニコニコと私の顔を見、

「それは私に訊くことではないのでは?」

至極真っ当なことを言った。

・・・なんだよそれ。

真っ当過ぎてつまんない。
ふくれっ面になってしまう。

「じゃあ聞くけどさ、島田さんはどうなの?このまま蝦夷地ってとこに行ってさ、薩長と戦を続けるとかさ、それについてはどう思うの?今もう冬だけど?蝦夷地ってもう雪が積もってると思うんだけど?いつまでかかると思う?来年?再来年?男だらけで何年過ごすつもりなの?戦を止めて家に帰ろうとか思わないの?」

島田さんて奥さん居たんじゃなかったっけ?

ふふって声に出して笑いながら、同時に溜息もして、

「私は土方先生に付いて行くだけです。この先もずっと」

・・・。

うー。

あー。

やだやだ。

訊いたアタシが馬鹿だった。

「あああもう!」

堪らず立ち上がる。
その勢いで外に出た。


なんでさー、みんな奥さんや子供が二の次なの?
平気で置いて行けるの?
そんなに戦が大事なの?

判んねぇ!

置いて行かれる女の人の方だってさー、まるでそうされるのが当たり前みたいに。
じっと家で待ってるとか・・・!

有り得ねぇ!

いや・・・。
おゆうさんを悪く言うつもりは無い。
無いけどでも・・・。

お夏さんだって、山崎さんが戦死したって聞いたって、・・・動かなかったし。
他の人達だって、誰の家族も追いかけて来ている様子はないし・・・。

なんなのー!!

そりゃあ、女の人が楽に長旅が出来る環境じゃないってことは判ってる。
そういう時代だってことは。

でも。
でもさ。

なんでそれだけのことでみんながみんな諦められるのか判んない~!

「ああー!イライラするっ!」

びくぅ!と、若い新選組隊士(と思われる)が身を引くように、私との間に距離を取った。

小柄だ(この時代の男性はだいたい私より小柄だ)。
可愛い顔してて、まだ少年っぽい(でも前髪は無い)。

「あなた、年はいくつ?」

「えっ?」

「新選組なんでしょ?」

面喰って、彼はあらぬ方向へ視線を逸らした。

「は・・・はぁ」

「私が土方歳三の妾だって知ってるんでしょ?」

とたんにスゴイ顔が返って来て、それまで勢いでツンケン詰問していたのに笑い出しそうになって困った。
あんまり面白かったので、

「あ、違った。元妾だったー」

って言い直したら、目を白黒させてまたあらぬ方向へ・・・。

って、・・・違う!
私が今出て来た荒物屋の方向へ顔を向け、・・・店の奥から島田さんの送るブロックサインを見てたんだった・・・!

きっと、私に構うなとか相手にするなとか指示してんのね~?
くそぉ~!
オマエは少年野球の監督か~!

アタマ来たので詰問続行(--メ

「アンタも彼女置いて来たくち?」

「は?」

「親は?家に帰ろうとは思わない?」

「いえ、あの・・・」

しどろもどろな返答が可哀想だと思ったらもうダメだった。
絡むのに飽きてしまう。

「もういいわ」

勝手に絡んで勝手に飽きて。
私、何やってるんだろうか。


厚い雲が空を覆い、風が出て来て寒かったけど、あの人の居る宿に戻るのが嫌でずっと外に居た。

餅屋のオジサンを冷やかしたり、ひとりで川に向かて水切りして遊んでるのを、さっきの若い新選組隊士が気の毒そうな目でこっちを見てるのがウザかった(--;
無視したけど。

夕方にはまだちょっと間があると言う頃、土方さんは部下を従え新選組の駐屯地へ帰って行った。
川とは逆方向の、海岸通りを東へ。


そしてそれを見透かしたように、今度は細谷さんがやって来た。
ていうか絶対、タイミングを計ってた。

「ようやく居なくなったか」

って二階に上がって来たんだもの。



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