もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。


風呂を点てている間、幸は座敷で斎藤さんに何事かを報告してた。
私が外で風呂を焚きつけているのを意識してか、彼女の声は普段よりボリュームを落としている気がしたので、きっと私が聞いちゃいけない類のこと。

焚口に薪をくべているとぽかぽかと暖かくて、気持ち良くてそんなことはどうでも良かったけど。
午後に入ってからは風も無くなってて、小春日和と言っても良いぐらいなお天気だったし。

洗い物で出た飯粒を庭に撒いて置いたので雀が来てた。
それを狙ってフクチョーが例の如く、梅の古木に上っては飛び降りて、それでも一向に捕まえられる気配も無く逃げられっぱなしなのが見てて可笑しかった。
顔面着地しなくなったのが唯一の救いかな?(笑)。

しばらくすると、

「そうしてると、ちゃんと家事に精出してるように見えるから不思議~」

幸が縁側から話しかけて来た。
業務報告を終えて、姉さん被りをからかう余裕が出来たってことか。
雪融けの地面を歩きまわった足のまま縁側から上がろうとするフクチョーを捕まえ、雑巾で泥汚れを拭ってやっている。

「藤堂さん、大丈夫だったの?沖田さんに失礼なこと言ったりしなかった?」

訊くまでも無く、彼女の様子からしてそんなことは無かったと思えた。

そして案の定、自分は不意の来客を恐れて玄関口に居たので詳しくは聞いてない、と断わりつつ・・・。

どちらからも恨み言はひとつも無く、ただ感謝されたばかり、と。
沖田さんも嬉しそうだった、と話す幸の声が明るかった。

藤堂さんが沖田さんに言うには、どこからおかしくなってしまったのか、と。
今はまるで憑き物が落ちたようだ、と。
おかげで新選組に入る以前の自分に戻って、もう一度やり直せる、と。
「また元のゴロツキに戻るんですか?」と沖田さんが冗談を言った、と。

幸は満足げだった。

「あの男も少しは大人になったようだな」

と斎藤さん。
行李の中から着物を見繕ってる。
匂いを嗅ぎに寄って行ったフクチョーの鼻先に指を遊ばせながら、

「藤堂に感謝されたのならば沖田さんもあの夜の自分の行いを良しとするだろう。そもそもあの人の気落ちは己の見込みの甘さを悔やんでのことだろうから・・・」

と幸を見、

「お前が気に病む話ではないはずだ」

そうだよね。
幸って真面目すぎるっていうか、何にでも責任感じちゃって自分で自分を追い込むようなところがあるもんね。
指摘されて言葉に詰まる、ということは図星ってことで。
うつむいて目をぱちぱちさせ恐れ入っている体の幸に助け舟。

「まあ、何にしろ良かったじゃん」

立ちあがって前垂れや着物に付いた灰を掃う。
それから、行李から鼠色の袴を持ち上げて思案している斎藤さんへ、

「そろそろお風呂入れるよ。その間にそれ、火熨斗掛けといてあげる」

詰め込んであったためか、裾の辺りが縒れていた。
すると、彼の視線がこちらに向いたタイミングですかさず幸が、

「私がアテますから大丈夫です」

どういう意味だよそれ。私じゃ駄目なのか。
失礼しちゃう。



斎藤さんがお風呂を使う間、塩豆をつまみにお茶しました。

「そういえばアンタ、今朝なんか言ってたよね?納豆がどうとか」

もちろん、斎藤さんの袴に火熨斗をかけているのは幸ですv
ミルクパンみたいのに炭火を入れて、手拭で当て布して。

「そうそう。あれから調べてみたんだけどさ。って言っても知り合いのお豆腐屋さんに聞いただけだけど。大昔には京都にも納豆売りが居たんだって話聞いちゃって。びっくりでしょ?」

そう言う幸の声が明るくて、今朝までのシリアスな空気は微塵も無く。
ああ良かった~って、そればっかり思って上の空で聞いてた。

「で、なんと!納豆は季節ものだったらしい。冬場の食べ物なんだって。町場で食べる人が居なくなった今でも、京都の北の山奥の方じゃまだ食べられてるみたいなんだよね。郷土食って言うの?そういうヤツみたい」

あああ幸ちゃん饒舌v
楽しそうだ。

「だから自家製で作って食べてるんだって。お正月とかに食べるらしいよ」

「へー。お正月に納豆?ってお正月料理ってこと?」

「なのかな?納豆餅とかあるらしいし」

「納豆餅?!」

なんか閃いたぞ!

「なるほど!それいいね!よし、決まった」

ポンと手を打つと、幸が火熨斗の手を止めて怪訝な目線を寄こす。

「何が?」

「次の遊びは納豆作りで決まり!」

「はあ?」

「斎藤さんと何して遊ぶか考えててさ」

顔をしかめられるのなんかいつものこと。
完全スルー。

「幸ちゃんお願い!その知り合いのお豆腐屋さんから大豆分けてもらって来てよ」

「ええ?なにそれマジで?藤堂先生も居なくなったのに?」

死ぬ前に納豆が食べたいと言ってたのは藤堂さんだ。
でも、

「アタシ等だって食べたいでしょ?納豆。斎藤さんだってきっと食べるよ。納豆って大豆茹でて藁苞に入れれば出来るんでしょ?簡単じゃん!って、ちょっとホラ焦げるってば火熨斗!」

「大丈夫。焦がしませんから。だけど・・・そんな簡単に出来るのかなぁ納豆って」

火熨斗を手あぶりの五徳に預けて衣装盆の上に袴を畳み、次は縞の長着の袂から。

固絞りの手拭を膝元に置いて、キュキュッと火熨斗のお尻を拭いて温度を調節してから仕事を始めるのが、

「手慣れてるねぇ」

からかい口調がバレて睨まれた。

「おのれと一緒にすんな」

「どーもすいません」




アイロン掛けした着物に手を通すことなく、斎藤さんは納戸で仮眠に入った。
いい加減ぐっすり寝てもらいたくて、幸が居るうちにと二人でなんとか説得したのだった。

そんな訳で、順番に風呂を使った後は夕餉の支度。
まだちょっと早い気がするけど、冬の日は短くてもう陽は傾き始めてたし、斎藤さんが目覚めたらすぐにでも幸を帰したかったし。
だから先に夕飯済ましておこうかとも思って。

いや、斎藤さんが目覚める前でも、夕飯が済んだら幸は帰さないとな。

そう思いながら、かまどの焚口の前にしゃがみ込んで髪を乾かしながらご飯炊きしてた。

赤々と燃える炎を見ているのは割と好きだ。
暖かいのはもちろん(ていうか顔が熱いんだよ)ぱちぱちと薪の爆ぜる音に癒される気がする。

「結局休めなかったね」

幸を見上げる。
そちらも洗い髪のまま、手拭を肩にかけて髪を拭き拭き調理中だった。

今日は顔出さなくて良いから沖田さんに付いていて、と言っちゃた割には、一日中ウチの用事で煩わす結果になり、しかも今、斎藤さんを休ませている分帰りも遅くなることが予想され、彼女は余計に割を食うはめになった。

「いいよ。こうして動いてる方が気が楽だし。どうせ醒ケ井に居たって昼間から寝てるわけにも行かないし気は休まらないしね」

そうか・・・。
だろうな。

と、さぞかし大変であろう彼女の看病生活を思いやろうと・・・するのを嫌ってか、

「アンタのおかげで藤堂さんも斎藤先生も元気になったんだし、私だけ休んじゃいられないよ」

と頬笑む。

そう言ってくれるのは嬉しかったけど、ちょっと困惑した。
幸にまでお世辞を言われることはないと思って。

「アタシ何もしてないよ?あの人たち勝手に話して勝手に考え直して勝手に元気になったんだもん。私、全然休んじゃってるよ?」

すると彼女はますます笑って、

「だからさー。アンタは何もしなくて良いんだってば。普通にしてて。あの今にも死にそうな顔した藤堂さんに、普通に爆笑しながら話ができるアンタの能力って凄いと思うよ」

え?

「能力というか威力というか魔力?(笑)。アンタは勝手にそうなったと思ってるかもしれないけど、他の人間じゃそうはいかない。それって才能だと思う」

は?
何言ってんの?
今にも死にそうな顔した藤堂さんに爆笑しながら話ができる・・・って(←唐揚げ食べさせた時のことを思い出し中・爆)。
それってただただ鈍感ってことで、つまりバカって言うのと同じじゃないの!

「そりゃまたドーモアリガトーゴザイマス」(←凹んでマス)。


幸さんは丼をボウル代わりに、豆腐とネギとニンジン(下ゆで済)を細切れにしたのをぐちゃぐちゃと混ぜている。
醤油と砂糖で味付けして、それを油揚げを二つに切って袋にしたのに詰める模様。

「で、どうなの?実際、別のところで苦労したんじゃない?」

作業しながら、幸は納戸の方をチラ見してニタニタ。

「斎藤先生に惚れられるなんて、普通だったら喜んで良いところじゃないの?」

あああ、そっち方面ね。

「そりゃ普通だったらそうかもしれないけど」

「お?自ら普通じゃないと認めたか」

「失礼な。そういう意味じゃありませんー」

お釜の蓋の隙間からブクブクと泡が吹いて来たのを合図に、手早く髪を手拭でまとめてターバンみたいに頭に巻いて、火かき棒で火加減の調節を始める。
薪が真っ赤に燃えたまま粉々に砕けて、かまどの中に火の粉が上がるのが綺麗。
ご飯炊きって、吹き過ぎず冷めさせず温度をキープするのが難しいのよね。
細く割った薪をちょっとずつ足して。

作業に集中したいのに、

「そっか。アンタって好きな人には自分から行くタイプだもんね」

そんなもんいつ見たんだよオマエ(疲)。

相手から迫られるのは苦手なタイプ、と言いたいらしい。
幸がこんな話を振るのは珍しいので乗ってはあげたいんだけど(笑)、自分的には不本意な話なのでとりあえず黙ってたら、

「そりゃあ向こうからいくら言い寄られても気が向かなきゃしょうがないよな。ちぇっ。贅沢だよな~」

気にかけてた沖田さんのことが解決し、胸のつかえが取れて機嫌が良いのか、ひとりで盛り上がってます。

ちなみに渦中の人は納戸を閉め切って寝て居るのでお喋りの音量を絞る必要はありません。

「嫌いなわけじゃないんだけどさー。ていうか好きではあるけどさ。でも愛とか恋とかそういう意味の「好き」じゃないんだよね」

「判る判る。まあ無理矢理相手に合わせることもないんじゃない?斎藤先生だってそんなのは嫌だと思うし」

「そうかな?」

「男のプライドの問題だろうけどね。この時代はね。でも斎藤先生優しいから。無理強いは本意じゃないと思うよ」

油揚げの口を楊枝で止めながら、うんうんと頷いて見せる。

まあ確かに無理強いはされてないけども。
意外と素直に(あからさまに?)好意を示されて(「可愛い」口撃とか)扱いに困るってのはあるな(--;

「でもなんか良く判んないのよねー。最初はシリアスに「連れて逃げたい」とか言われたり、でもだんだん諦めた風なことも言ってたり。なのに私のことをあの人から託されて嬉しいとか・・・また言ってみたり」

勤めておどけた調子で話し始めたのに最後には溜息が出る。

「託されて嬉しいってのは、副長の信頼に対してってことじゃないのかな?・・・まあアンタは自分のしたいようにすればいいと思うよ。いつも通り。そうすればまた自然に良い方向に向くよきっと」

気休めは言わない奴なはずだけど(持て余してるのかも)。
言いたいことは判るけど、でも・・・。

私のしたいように・・・って?


なんだか胸が重苦しい。
すっきりしない。
昨日の、あの騒ぎの後の胸苦しさが蘇って来る。

「あの人、・・・私が要らなくなったのかな?私は用無しなのかしら」

あの人・・・。

土方さん。

「だれかもっと使いやすい後釜でも見つかったのかな?だから私が要らなくなったのか・・・」

「そんなことはないと思うよ。アンタを使う用が無くなったって、今更お払い箱にはしないはずだ」

「なんでよ?」

「なんでよ・・・って・・・」

油を引いた鉄鍋を隣の焚口に置き、十能でこちらの焚口から火のついた木端を持って行きながら苦笑している。
けど、その笑いの意味が判らない。
幸はそんな私のために言葉を選びながら、

「新選組の副長のプライベート情報をみすみす外に出すなんて考えられないもん」

「そういうもん?」

「そういうもん」

薪に火が付いて行くのを確認しながらまた笑う。
幸にとっては笑えるほど判り切ったことが、私には判らない。

「ていうか、アタシそんな情報知らないよ?」

「アンタはそのつもりでもさ、他の人にとっては貴重な情報かもしんないじゃん?」

うーん、納得行かない。

「貴重な?なんだろ?冬場はどてらじゃないと寝付き悪いとか?」

「なにそれ・・・!」

「イヤミ言うのに眉毛釣り上げるときはいっつも左眉!とか?」

ウケ狙いで言ってるわけじゃないんだけど。
幸さん爆笑中。

「でしょ?そんなどうでも情報、聞いてどうする!みたいな・・・」

「そりゃそうだけど。でも他人にとってはもしかしたらすごい情報かもしんないじゃない?」

と言いつつ馬鹿馬鹿しさに笑ってる。
油揚げの袋を鍋に乗っける。
ジューと音がする。

やっぱ納得行かない。

「じゃあなんだろう?あ!もしかしておゆうさんに振られちゃったのかしら?だからもうカモフラージュ役は要らないとか?」

「だーかーらー、たとえそうなったとしてもアンタを首にはしないって。理由は同じ」

「情報漏洩防止ってこと?じゃあどうして斎藤さんに私を連れ出させようと仕向けるわけ?」

「んー。それは単純に斎藤先生がアンタに気があると判って気を利かしたつもりなのかなぁ。斎藤先生が新選組に戻る気が無いと思って、ってことかな?例えばアンタを退職金代わりにくれてやったとしても、だ、斎藤先生の側に置くなら新選組の情報漏洩云々は心配無い訳だしね」

それは昨夜の斎藤さんの読みと同じだった。

「結局そうなのか・・・」

何か他の理由があるかと思ったんだけど。


いや、どんな理由があるにしろ、昨日あんなこと言ってあの人を傷つけちゃったからには、私はもうここに居られない・・・気がする。
居る資格が無い気がする。

ていうか居辛い・・・。

斎藤さんは藤堂さんが仇を取りに来るまで何処へも行かずに待ってるって言ってたし、それって新選組に戻るってことなわけだし。
だったら私はやっぱり一人ででもここを出なきゃいけないってことで・・・。

「ごめん」

幸の声に我に返る。
油揚げの焼ける良い匂いがしてる。
彼女は、くれてやるのやらないのと勝手に決められかけてる私にたぶん気を使って、

「でも、この時代じゃ有り得なくはない考え方だし、そう人非人でもないよ。なにしろ斎藤先生は副長に比べれば若いしさ。人格も立派だし。女には多少だらしない・・・優し過ぎるきらいもあるけど・・・他はキッチリしてるから、アンタをくれてやるには丁度良いと思ったんじゃない?」

箸で一つ一つ油揚げの袋をかえしながら、変な慰め方をした。
今度はこっちが苦笑する。

「女にだらしなくて他はキッチリってどういう性格よ~」

このツッコミには幸も笑って、

「さあそこまでは。私、こう見えても男じゃないから判りましぇ~ん。それにしたって他は全部手を切ってアンタ一人に絞ったんだから。誠意ある対応って言えるんじゃないの?アンタが本命ってことでしょ?」

薄色の目がいたずらっぽくこちらに向いた。
栗色がかった細い髪は、煮炊きの炎に煽られてもう乾きかけてる。

誠意ある・・・って。
それは相対値だろ?(爆)。

・・・まあ、言いたいことは判るけど。

斎藤さんもあの人も、この時代の常識から言えば当たり前かそれ以上の対応をしてくれてるってことだよね。
それを理解しない私が常識外れってことで・・・。

やっぱり私、ここを出た方がいいのかな。








さすがに疲れが溜まって居たのだろう、斎藤さんが目覚めたのは夜もだいぶ更けてからだった。
幸は既に帰した後だったので、なぜ起こさなかったと叱られたけど気にしない。

「幸は残るって言ったんだけど私が無理矢理帰しました」

と言ったらしぶしぶ納得した。
ていうか納得するしかないもんねv

取り置きしておいた油揚げの豆腐詰めと、これも幸が買って来て居た蒲鉾を板わさにして、お櫃と五合徳利と両方つけて、

「あとは勝手にして。ごめん。寝る」

話したいことは有ったけど、幸が帰った後、ひとりで起きてるの辛かったんだ~。

「うむ」

未だ眠そうな声で返事をして、縞の長着を着流した斎藤さんは、早速お櫃の蓋を開けて自分でご飯をよそっている。
酒呑みだからご飯は余計かと思ったけど、寝起きだしお腹は減ってるんだもんね(笑)。

納戸に寝るのは嫌だったので、寝床は座敷に引っ張って来て。
斎藤さんがご飯食べてるのが見える距離。
男の人の使った布団に寝るのはちょっと抵抗があったけど(使える布団は一組しか無いんだよね)、さっきまで人の寝ていた寝床って温かいの~v。

横になりながら話そうと思っていたのに、うっかり寝付きが良かったのはそんなわけ(^^;


気が付いたら朝で、雨戸が開けられ戸障子もすべて開け放たれている模様。
寝床の中で伸びをしているところへいきなり話しかけられた。

「コイツ等はなぜ火に飛び込むんだろうな?燃えて死ぬのが判らないのか・・」

見ると、斎藤さんは行灯から何か小さなものを火箸でつまんで火鉢にくべているようだ。

ぽうっと、小さく炎が燃え上がる。

「何?虫?こんな冬場に?」

時々あるんだよね。
行灯の油に小さな虫が落ちて死んでることが。

「雪虫だな」

行灯の油を補給してくれていたらしい。
置行灯に油を差していて、油皿の中に見つけたのらしい。

「もう雪降ったのにね」

という返答をどう捉えたのか、ふっと鼻で笑われた。

「だって、雪虫って雪が降る前に飛ぶんでしょ?」

あくびが出る。

「雪が降る前に飛んで、落ちて、見つけたのが今ってわけだな」

だいぶ前から虫が入ってたのに掃除しないで放っておいた・・・と言いたいわけだな?
くそ。

「飛んで火に居る・・・冬の虫なんて居ないと思ったしー」

そこで話は終わったものだと思い、寝巻の上に木綿の常着を重ね、綿入れの引っ張りを羽織って台所に立ちながら頭の中で朝食の算段し始めたのに、

「夏冬関係ないってことか」

まだ言ってる。

長く下ろしたままだった髪をざっくり三つ編みにしながら、虫は光に集まる習性があるとか言って理解出来るのか江戸時代人は?と疑問に思う。
仕方ないので、

「きっと好きだからじゃな~い?」

足元に纏わりついてきたフクチョーをいなし、

「灯りに虫が飛びこむって、明るいのが好きだからでしょ?」

「好きだから・・・だけで自ら死にに来るような真似を?」

斎藤さんっていちいち考えることがシリアスだわ(^^;

「あー、えーと、うん。そうだよ。たぶん理由なんてないと思うよ。っていうか、全部が全部死ぬわけでもないじゃん?要領悪けりゃ燃えちゃったり油に落っこちたりするかもしれないけどー」

こっちは適当に話に付き合ってるんですけどね。
台所に片づけられたお櫃や食器を見て、斎藤さんってやっぱキチンとしてるわーとか、お櫃のご飯は全部食べちゃったのね?とか。

「それでも好きなら来ちゃうんじゃない?何も考えずに」

早いとこご飯炊かないとフクチョーに猫マンマあげられないわ!とか。
みそ汁はネギだけじゃ駄目かな?とか(豆腐は昨日全部食べちゃった)。

「何も・・?」

だからどうでもいいことをいちいち突っ込むなって。
面倒くさ。

「っていうか虫だしー。逆に何か考えてたらコワイしー」

自分で言って自分で笑っちゃう。
飛んで火に入る虫の気持ちなんて判って堪るか。

斎藤さんは火鉢の畔にしゃがんだまま、何か感心したようにこちらを見て微笑んでいる。

「なに?」

おさんどんの邪魔にならないよう三つ編みを着物の襟足に突っ込んでるのにコメントでもあるかと思ったら、

「アンタは凄いな」

は?

何をしてそう思うのか、問い質そうとしたけど・・・やめた。
あんまりニコニコしてるのでなんだか萎えた(爆)。

「あのさー、虫のやることにいちいち理由なんて考えてる暇に鰹節でも削ってよ~」

すると、

「!」

声無き声を発し、鰹節を削れと言われたのは生まれて初めてだったらしい、と、見てすぐ判るような顔をされて、・・可笑しくて吹き出しちゃった。

吹き出した勢いで、半分開けてた台所と茶の間の境の障子戸のヘリを掴んじゃって、障子紙破けちゃった。



「だからって斎藤先生に障子貼りさせるな~~!!」

朝っぱらからまた怒られた。
豆腐屋さんから大豆を調達して来たらしい幸ちゃんは朝が早かったので。
見られたのがマズかったな。

「だって朝ごはんの支度で忙しかったんだも~ん」

「だからってアンタは!」

「だって斎藤さんがやってくれるって言うしー」

「だからって・・・!」

エンドレスになりそうだったので、

「斎藤さん、味見てよ~」

助けを求める(笑)。

糊の皿と刷毛を幸にひったくられて、茶の間への上がりっ端に正座したまま固まっていた斎藤さんは、目をパチクリさせながら、差し出した味見用の小皿を受け取って匂いをかいでる。

「自分で削った鰹出汁の味噌汁よ。良い香りでしょ?」

あ!言っちゃった。やべ。
隣で幸が息を飲む気配を無視し、

「塩加減どうかな?もうちょっと濃い目がいい?飲んでみて」

冷や汗かきながら味見を勧める。
斎藤さんは一口に飲んで。

「・・・うまい」

表情が変わらないのはいつものことなので気にせず。

「良かった」

空になった小皿を受け取って思わずにっこりしたら、幸が口を開けて見ているのが目に入り・・・。

「何?」

「アンタ達・・・新婚さんみたい」

ぎゃあああ!

瞬間、斎藤さんがすっくと立ち上がってその場を離れた。
顔が赤くなってる。

「ちょっと!何言うのよもう!」

私だってきっと傍から見たら赤面してたに違いない。

恥ずかしさのあまりぎゃいのぎゃいの騒ぎ過ぎて、玉子焼きと蒲鉾の残りで朝ご飯にする頃にはげっそり疲れてお互い喋る気力も無し(笑)。


スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

COMMENT FORM

以下のフォームからコメントを投稿してください