もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

その夜は暮れ方から雨になった。

明日の遠足は日延べしないといけないかも。
日延べはいいのだが、せっかくの紅葉狩り、紅葉が無くちゃどうしろっていうんだろ。
落ち葉狩りかねぇ。

それにしても、山崎さんに連絡は付いたんだろうか?
ちゃんと私の代わりの留守番は来てくれるんだろうな?

夜半に雨脚が強くなり、雨戸に叩きつけるような雨の音にふと目が覚めて、考え事をしながらうつらうつらしていたら、勝手口の戸がゴトゴト言っているのに気が付いた。

風が強く、家中がガタガタ言ってるカンジではあったのだけど、どうも風の吹き具合とリズムが違う。

そう思ったとき、雨音にまぎれてくぐもった男の声が聞こえた気がした。

飛び起きる。耳を澄ます。

「・・・・よ・・」

切れ切れに自分の名を呼ぶ声は、

「土方さん・・?」

勝手口に走りつっかえ棒を外すと、外から戸が開けられ、突風と共に雨飛沫。
着ていた浴衣の裾が袖が一気に煽られて、一瞬にして濡れ鼠。
しかし入ってきたこの家の主人はそれ以上だった。

後ろ手に閉めた戸に寄りかかり、肩で息をしている土方さんの袖先から袴の裾からぼたぼたと、いや、だぁーっと音を立てて水が滴り落ちている。

こりゃ水溜りになりそうな勢いだなと思い、

「ちょっと待って。今着替えもって来る。そこに居て」

土間から座敷に飛び上がったら、

「着替えは後で良い、晒しと灯りを持って来い」

振り返ると、彼は既に着物を脱ぎにかかっている。黒ずくめの羽織袴で、私用帰りではないらしい。

着替えは後ってどういうことだろう、と考える間が一瞬開いた。

「早くせんか」

答えの出ぬまま、イラ立っている主人に促され、箪笥の中をかき回して、手拭と真新しい晒しをひと巻きと、いつも枕元に置いている箱行灯を引っつかみ台所の土間に戻る。

箱行灯の蓋を開け、明るくなった中で帯を解くのを手伝う。
なぜって、ひとりで脱ぐのに手こずっていたためだ。
水を含んだ絹の着物はガバガバになって摩擦抵抗も大きく、脱ぐにはやっかいな代物だ。

あーあ、良い着物をこんなにしちゃって。絹の着物、濡れたらもうオシャカなんだぞ。

そう思っても口にしなかったのは、相手の緊張感が伝わっていたからかもしれない。

ずぶ濡れだという以上に、何かイライラしている。
息が上がっているのは、呼気が酒臭かったのと関係があるのかもしれない。

襦袢と一緒に着物をすとんと肩から落とすと、イライラの元が姿を現した。

白皙に、夜目にも鮮やかな赤い血の色。
右の肩先と、左の腿から足先までも赤い触手を伸ばしている。

台所の棚から自分で探し出したのだろう、焼酎を壺から直にかけて傷口を洗っている。
血の臭いが焼酎にかき消される。
狭い土間がむせる返るようだ。
痛むのだろう、首筋に血管が浮き、こめかみの筋肉が動くのが判った。

「何してるんだ。早くそいつを寄越しな」

はっとして、我に返る。
血の色に視線が貼り付いていたのだった。

晒しを手渡すと、どう対処すれば良いのだろうという私の不安をよそに、彼は自分でてきぱきと傷の手当てを済ませ、手拭で体を拭きながら、

「着替えはまだかぇ?」

・・・どうも、自分でもさっきからボヤボヤしていると思った。

刀傷というものを初めて見たので驚きと恐怖、つまりショックを受けているのかもしれない。
しっかりしなくちゃ。

下帯の替えと浴衣を揃えて渡し、着替え中の彼に、

「追っ手は?」

と尋ねてみる。

どういう事情かは判らないが、斬りかかられたからには相手がいるのだ。
それに、先程の様子では相手を成敗してきたというカンジではない。

「撒いてきたさ。だがどうかな。今夜は納戸で寝たほうが良さそうだ」

この人にしては弱気な返事。

「ヤダ。私、あすこで寝るなんてヤダよ」

「ばか。ネズミなんざ端から居ねぇのだ」

刀と帯を手にして、浴衣に袖を通しながら座敷に上がって来る。
傷が痛むらしくて、多少びっこを引いた。

私が寝ていた布団の上に腰を下ろして、大きく溜息をつく。

「お酒呑んでるの?」

「呑んだが悪りぃか?」

ジロリと横目で睨むところは普段と変わり無いのだが。

「屯所を開けるわけにはいかねぇが、夜が明けるまで少し横になる」

酔っているんだか疲れているのだか、あるいは眠いだけなのか、彼は溜息をつきながら気持ち良さそうに体を横たえた。

「あなたはここの主人なんだから、少しと言わずゆっくり休めば?」

横になるのが気持ち良いなど、きっと激務をこなしているからなのだろう。
ちょっと可哀相になってガラにもなく優しい言葉を言ってみたのに、

「いや、夜明け前には帰る」

「その傷で?」

「たいしたこたぁ無ぇ。お前ももう寝な。この布団は使わせてもらう。お前は納戸に寝ろ。中から錠かけて開かねぇようにしときな」

納戸は嫌だと抗議したのだが、ガミガミ叱られ、結局言うとおりにするしかなかった。
傷のせいで動くのも億劫そうな彼を怒らすのは可哀相だったし早く寝かせてもあげたかったので、私の方が折れてあげたってわけ。



雨が小降りになったのを見計らって、脱走計画を実行に移す。

土方さんの懸念通り、追っ手がこの辺りをうろついているのだとしたら、物騒で適わない。
たとえ今夜を無事に過ごせたとしても、この家の正体を知られたのでは後々困る。
しかも私が一番危険にさらされることになるのである。
そんなことが有ってたまるものか。
自分の身に降りかかる火の粉は自分で掃わなくちゃね。


私が今居るこの家の納戸は、新選組の監察方の倉庫代わりだ。
コスプレ(違)・・・変装用の衣服も履物も小道具も、全てそろっている。
戸口も分厚い板戸で、少しぐらい物音たてたって平気だし。
なんて好都合なのかしらん♪

オレンジ色の行灯の灯りを頼りに、変装開始。

始めに女物の普段着を着て、その上に男物の着物。袴の着方は知らないので、着流しでいいことにしよう。
刀は竹光。といっても私には結構な重さ。

差し方で迷っちゃいました。

昨日、斎藤さんと幸とのやりとりを見てて良かったー。
そうじゃなかったら天地逆にしそうだったよ(爆)。
脇差の差し方も・・・うん、結構様になったじゃん!
こりゃ斎藤先生サマサマだね。

髪はまさかお下げのままじゃあ怪しまれるので、解いてひとつにまとめ、その上に手拭で頬かむり。
雨除けと顔隠しの一石二鳥の笠を手に、雨合羽を羽織ってイザ出陣。

納戸の出入り口は座敷側ともうひとつ、玄関に面している。
音を立てないよう、気をつけて戸を開ける。
寝ている主人の様子を伺うと、座敷の方から低くいびきをかくのが聞こえている。

この間はいびきなどかかなかった。
余程疲れていたか、アルコールのせいかもしれなかった。

ま、この場合、いびきをかいている間は寝入っている証拠って事で、仕事をするには好都合。

めったに使わぬ玄関から男物の下駄を履いて・・・、おっと、私の下駄も懐に隠し持っていかないとな。
コソドロ宜しく家を出る。

雨足は土方さんが来た時程ではなかったが、まだかなり強い。
それも好都合。足音が気にならない。
大通りに出るところで、笠を被った。

さてと、どこを歩こうか。

背丈もそれ程変わらない私が男物の着物を着て、刀を差してこの近辺を歩き回れば、追っ手が勘違いするだろうと考えたのである。

歩き方を真似しなくっちゃ。
おしとやかに歩けというのは無理だけど、のっしのっしと歩くなら得意だし(コラコラ)。
顎を引いて姿勢を正して肩を張って。
たとえ歩き方が違っていたとて、この驟雨の中、笠に合羽を着ていれば男と女を見間違うのは無理でもない。



夜って・・・暗いのな(爆)。

当たり前だと思うなかれ。
街灯もネオンも自販機も無い。
家の明かりも外に漏れる程のものではない。
ほんとにまっくら!現代とは比べ物にならないくらい、暗いのだ。
雨なら尚更、月も無い。

足元に気をつけつつ(でないとドブに落っこちそうになるんだもん・泣)、時々辺りを見回して自分の居る場所を確かめながら何とか本国寺まで辿り着く。
っていうか、屯所方向にまっすぐ北上しただけなんだけどさ。

後をつけられてる様子もなく、自分の他に人影も見えず、作戦は空振りかな。
まぁ、それでもいいんだ。私の取り越し苦労であるならば、それに越したことは無いんだもの。

本国寺の敷地に入り込み、建物の濡れ縁の下で雨を凌ぎながら手探りで着替え。
濡れた着物はやはり脱ぎにくい。
冷たい雨に手はかじかんでいるし。

手間取っていると、雨音に混じってにわかに足音。複数だ。
それが追っ手のものであるかどうかは判らないが、この際じっと通り過ぎるのを待つのが無難だろう。

気配が消えたのを見計らって動き出した。

笠も合羽も竹光も男着物もその場に脱ぎ捨て、身軽な下女姿に頬かむり、顔を打つ雨をうつむいて避けながら家までひとっ走り。
が、途中、その夜初めての人影が向こうからやってくるのに気付いた。

初めて緊張する。

不審に思われぬよう、小走りのスピードを変えぬまますれ違おうとした時、呼び止められた。

「お女中、どちらへ行かれる」

二本差しだ。
暗闇の雨の中で相手の様子は全く見えないのだが、口調がそうだと判る。

「へぇ、病気やった家のもんがもうあかんようになりましたさかい・・」

危篤の家族のもとに駆けつけるふり。

「この夜更けの雨に傘も差さずに難儀なことだな」

そう言うそっちだって、傘も差さずに何してるんだかずぶ濡れだ。
やばいやばい。

ぺこりとお辞儀をして、また走り出す。
急用なのだから先を急いでも怪しまれまい。

カツカツと下駄の音をさせて東本願寺の角を曲がり、七条通りに出たところでほっと一息。
走るのをやめて後ろを確かめる。

ざぁざぁざぁと雨の音。誰も追っては来ない様子だ。
なんとかなったー、とゆっくり歩き始めたところで、いきなり羽交い絞め!

声を出そうにもゴツイ掌で顔の下半分をピッタリ塞がれ、あっという間に建物の影に引き込まれる。

「ん″~~!!!」

それでも思い切り唸りながら、抱えられて宙に浮いた(!)足だけでもじたばた抗っていると、

「静かにしねぇか!」

耳元で鋭く囁いた声は土方さんだった。

ぎょっとして、唯一動かせる目を向けると、彼は両の目をギラつかせて辺りを窺っている。
私もつられて息を詰め、今来た道を見やった。

するとどうだ、1、2、3と数えるうちに先程すれ違った男のものらしい人影が私の後を追って駆けて来たではないか。
きょろきょろと辺りを見回して、すぐに居なくなる。

ほっとして、押さえ付けていたゴツイ腕を解きにかかると、

「しっ!」

まだOKが出ない。

後から抱きこまれて、びしょ濡れの体が密着し、相手の体温が伝わってくる。
雨で冷えた体に暖かさが気持ち・・・良いわけないでしょうっ!

どういう状況にしろ、オヤジの腕に抱かれてじっとしていろだなんて!
私だって女の子なんですからね!
失礼しちゃうわ、全くこのクソオヤジったら。
どうせならもっと若い男の人がいいんだけどー!!
と、頭の中はややパニくり気味。

しかしそれも束の間、二人三人と人影は現れては消え、追っ手の人数の多さにさすがにびびる。

「バカな真似しやがって。戻ったらただ置かねぇからそのつもりでいろ」

耳元で独り言のように言う。
お酒が臭った。

「何よ、エラソーに。酔っ払い~」

非難の言葉に相手が何かコメントしようとした時だ、

「おい!着物が脱ぎ捨ててあるぞ!」

と声がして、追っ手はもと来た道をバラバラと取って返し始めた。



「走るぞ。転ぶなよ」

こちらも様子を見計らって走り出したが、怪我人とは思われぬほど足が速い。
雨に濡れた着物が足に絡んで思うように身動きが取れぬのに、手首を掴まれたまま引っ張られて、最後はほとんど飛んでいるみたいだった。




勝手口を閉めたまま来たのか、彼は雨戸を開けるなり、落ち縁にどうと倒れこんだ。

「履物を中に入れろ。雨戸を立てておけよ」

息が上がっている。ごろりと仰向けになり、

「・・・ちくしょう、血が足りねぇ。俺ァもう動けんぞ。あとはもうどうでも手前で始末しろ」

浴衣の張り付いた胸がせわしなく上下している。

こちらも日頃の運動不足がたたって、しゃべるどころの騒ぎではない。
やっとの思いで雨戸を閉め思わず座り込むと、体中から雨水が伝って、まるでお漏らしでもしたみたいにお尻の周りに水溜りが広がった。

縁側が洪水になりかかっている。

とりあえず怪我人を何とかしなければならないが、びしょ濡れで畳に上がっても行けないので、その場で襦袢まで脱ぐ。
裸になるわけにはいかない。
乾いた手拭をありったけ、家の中をかき集めていると、縁側でうめき声。

どきっとした。
見れば、濡れた浴衣を脱ごうとしている。

「大丈夫?無理しないでよ」

手を貸して脱がせると、傷口を縛った晒しが血に染まっている。濡れたままでは出血が止まらないのかもしれない。

ああもう、何から手を付けりゃいいのだ。

とにかく一つづつこなすしかない。
苛立つ自分をなだめながら、とりあえず怪我人の体を拭いてやり、手を貸して布団の上に移動させる。

アルコールが入っている以上に体温が高い気がする。
ほの暗い行灯の元では顔色は見て取れないが、熱があるのか。
乾いた浴衣はもう無い。裸で寝せるしかない。
大丈夫だろうか。

「下帯は自分でなんとかしなさいよ」

と、替えを投げてやったら、晒しを用意する間に、なんとかした模様(笑)。



傷も手当てしなおしたが、はて、結局布団も濡れてしまっていた。
仕方ないので、納戸に敷いてあった布団を引っ張り出して、再びそちらに怪我人を移す。

動きが悪い。手を貸すが、重いったらない。

「いてて・・ばか!そっとしねえか」

口だけはまだ元気だな。
が、やはり体が熱い。

「熱があるんじゃないですか?」

額に手を当て、

「ほら、やっぱり熱が・・」

有るといいかけて、いきなりクシャミを3連発したのは私の方だった。

「手前の心配した方が良かねぇかぇ?いい加減に着替えたらどうだ。風邪引くぞ」

怪我人の世話に必死で、自分のことを忘れていた。
濡れた肌襦袢一枚で居たので冷え切ってしまっている。

火鉢の灰の中から熾き火を掻き出して炭を注ぎ、手を焙り焙り着替える。

確かに寒い!
ガタガタ震えながら、水瓶から桶に水を汲んで病人(怪我人から病人へ変更)の額に濡れ手拭をあてがってから、火鉢に抱きついて温まっていると、

「まだ夜は明けねぇかぇ?」

先程から目を閉じているので寝入ったと思ってたら、まだそんなことを言っている。

「その体で屯所に戻るなんて無理ですよ。雨は上がってきたみたいだけど」

雨音がしなくなっている。

火鉢の暖かさが気持ち良くて、急激に眠気が襲ってきた。が、寝るわけにはいかない。
ここで私が眠ったら、さっきとは逆に彼の方が脱走してしまいそうだった。
アクビをかみ殺していると、

「屯所を開けるわけにはいかねぇのだ」

そりゃ局長不在なら副長が居なきゃいけないのだろうけど、風邪引いちゃったんだし、怪我もしてるんだし、一日くらい休めないものなんだろうか?

日頃強気でエラソーで癪に障るヤツではあるけど、こうして熱に浮かされてうわ言のように言われると、妙に悲壮感が漂って・・・なんか可哀想な気がしてくる。

「夜が明けるまで待ってよ。そうすれば幸が来るはずだし、山崎さんと連絡とって相談してみる」

火鉢、暖かーい。ほっぺもスリスリしちゃう。

「何をだぇ?」

「あなたが屯所に居ないのを誤魔化す方法」

すると彼は笑い出した。
それからすぐ傷の痛みに閉口した様子で溜息をついた。

「そんな馬鹿な真似ができると思うのか?」

閉じていた目を開ける。

「やってみなきゃ判らない」

と、答えたら、仰向けになったまま目だけ動かし、こちらを見た。

疲労と熱で目は落ち窪み、元結は雨に濡れて解けてしまいダウンヘアになっちゃってるし、熱で潤んだ目で見つめられてちょっとドキドキものだった。
が、それも一瞬のこと。

「遊びじゃねぇのだぞ」

「へ?」

と、額の上の手拭を絞りなおす。

何を言われているのか判らないわけではないが、とぼけたつもり。
しかし相手が悪い。
誤魔化しが効かない。

「手前はいったい何様になったつもりで居やがるのだ。もう二度とさっきのような真似はするな。俺がこんなでなかったら・・」

「お叱りは後で受けますから、少し寝たら?」

「生意気な口を利くな!」

口ばっかりは元気なオッサン。

へいへいと返事をして、台所に退散する。
追いかけては来られまい。
側に居ると私を叱る気にばかりなって、大人しく眠ってくれない。

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