もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

いやいや、打ちのめされている場合ではない。

気を取り直し、副長の後を追って島田さんが事務室に入って行くのを確認してから本館を出る。

玄関前には箱館奉行永井様の供回りの役人や下人が脚絆姿で(武装と言うにはちょっと軽装?)手持ち無沙汰にうろうろしていて(病院の建物を眺めたり窓から中を覗き込んだり)、会釈しながら脇を通るのもなんだか居心地が悪かった。

ともあれ小夜に知らせなくちゃ。
副長が来てるって。
後またいつ顔が見れるか判らないもんね。

と、本人が希望しているか否かは頭に無く。
井戸端に人影は無かったので炊事場に居るのかと思い、取り敢えず下げて来た食器を流しに置いてー、と入って行った私の姿を見咎めた手伝いのオバチャン達が一斉に、

「ああアンタ!今さっき2階の若い人等が大声出して喧嘩になってさ、小夜ちゃん飛んで行ったけど大丈夫かね?」
「早く見て来な!アタシ等怖くて行けないし頼むよ」

えー!なんて驚いてる場合じゃない!
凌雲先生の(血まみれの)作務衣を洗濯場に放って、病棟の階段を1段抜かしで駆け上がる。

2階の若い人等って昨日入って来た回天艦の乗員の入ってるとこだ。
小夜がお局感全開で脅しつけてたけど、いくら怪我人でも本気になったら勝ってっこ無い。
焦りまくって階段を上り切った時、廊下の向こう側、病棟の反対側の階段を下りて行く小夜の姿がチラっと見えて、

「小夜!」

「大丈夫!良い事思いついたから事務長さんに相談してみるぅー!」

階段を下りて行きながら声だけ聞こえる。
そのまま渡り廊下を本館へ向かう気だ。

マズイ!あの調子で事務室へ行く気だ!副長と鉢合わせになる!
ってか永井様が来てるのにドタバタしたら副長のカミナリが!
止めないと!

「待って!」

副長が来てる!とこの場で叫ぶのは憚られた。
でもおそらくその名を出さなければ小夜は止まらず(焦)。
走りゆく小夜をもう一度呼び止めようと、上ったばかりの階段を下りようとした時、

「おい!誰も居らんのか!」

件の部屋から声が掛かった。
んもうこんな時に!とは思ったけどまさか無視も出来ずに、

「どうしましたかー?(看護師風)」

覗いてみて驚いた。
部屋の真ん中の通路に人が落ちてるわ布団があちこち飛んでぐちゃぐちゃだわ・・・。
でもなんか皆呆然としてる感じなのは小夜さんに叱られたからかも(笑)。
ソロソロと寝床直したり足を引きずりながら片付けに入ってる者も居るし。

「医者を呼べ!怪我人が出たんだぞ!」

訴える声に促されて見れば(全員怪我人なので新たな怪我人が何処か判らない)、床に寝転がって髪の毛がめちゃくちゃになったダンブクロ姿の若いのが自分の腕をさすってアピールしてる。
膝下に手拭巻いているのが本来の(=入院している)怪我の模様。

「ちょっと見せて下さい」

一目で怪我という程のものではないだろう(せいぜい打ち身でしょ)とは思ったけど一応ね。
するといきなり、

「お前じゃ判らん!医者を呼べ!」

差し伸べた手を払いのける勢いで怒鳴って来る。
喧嘩の興奮が収まらないのか知れないけど、たまに居るよねこういう困ったヤツ。
周りの怪我人達も宥めようとしてくれてたけど、ますます調子に乗って騒ぎ立てる始末で。

私も普段なら極力宥めて収めるんだけど生憎この時は急いでいた。
面倒なヤツの相手などしてられない。
これ幸いと、

「判りました!院長先生が戻ってらっしゃるので呼んで来ます!」&脱兎。

院長の名を出したからか狼狽えて呼び戻す声多数だったけど知らんがな。

ていうかヤバイ!
小夜の奴もう事務室行っちゃったかな?
来客中だからって止められてると良いんだけど。



病院の廊下は走っちゃダメ!ってのは重々承知だけど新館と渡り廊下は走りましたよスミマセン。
本館前に屯していた供回りの皆さんのビックリ顔を愛想笑いでやり過ごし、玄関を入ってからは静々と・・・。

「・・・だって歩くことさえ出来ればみんな出て行くんですよ?なんとかなりませんかね松葉杖」

って廊下まで声が聞こえてるぅ!
ノックするのももどかしくドアを開けたら、

「今だって狭い病室にギュウギュウ詰めでストレス・・・じゃなくて鬱憤溜めて喧嘩になってるし」

事務方の男性に詰め寄る小夜の後ろ姿が。

「ちょっと待って!後にして下さい。今は・・・」

と小声で必死に宥めすかす相手に、

「どうせまた怪我人いっぱい来るんでしょ?今のうちに部屋空けないと。寝かすとこさえ無くな・・・」

いつものあっけらかんとした喋り口調に、小夜!とこちらも小声で宥めようとした時だ、

「うるせぇ!静かにしろ!」

院長室のドアを蹴破りそうな勢いで副長登場!

小夜さん大口あんぐり!
そのまま首を巡らせこちらを向いて、めちゃくちゃな顔でナンカ訴えてる。
(この人が居るってなんで教えてくれなかったの~!)
と言ってると思われ(汗)。

その顔が面白過ぎてちょっと笑いそうになったけど、とんでもない事態にこちらも半泣きになりながら、
(んなこと言ったってそんな暇無かったんだから仕方ないでしょ~!)
と心の中で訴えてみたけど伝わったかは判らない。

どうしよう。
小夜の話は全部院長室に聞こえちゃってたらしい。
副長のカミナリ落ちそう!
この2人また喧嘩になったらどうすんの?

と焦りまくって小夜を抑えようと後から抱える体勢に入ってたら、

「まあまあ土方さん。アンタは中で話を続けて」

事務長さんが顔を出した。

もっと何か怒鳴りそうに(でもきっと場所が場所だけに我慢して)こちらを睨んでいた副長を院長室に押し戻し、ドアを閉めて、

「やれやれ。病室で何か有ったかね?」

胡麻塩結髪の月代をポリポリ掻いて大きな溜息を吐いた。

さすがの副長もこの人(会津松平家の元公用人小野様)の言う事は聞くんだなと感心したり可笑しかったり。




「松葉杖ですよ松葉杖!それさえあれば軽傷者は退院させれます。なんとかなりませんか?」

小夜の言うには、病室での喧嘩の原因は、刀を杖に五稜郭まで歩いて戻ろうと言い出した若い者に年長者が「刀を杖代わりにするなどもっての外」とたしなめたからだそうだ。
それが議論になって掴み合いにまでなった由。

「何だって?マツバヅエ?」

事務長さんに訊き返されて小夜とふたり一瞬固まる。
もしかして、この時代って松葉杖無いの?

「こういうんですよこういうの!松葉を逆さにしたみたいな。それを怪我してる足の側の脇の下にこうして体重支えて歩くヤツ」

小夜が身振り手振りで形を示すも、その場に居た江戸時代人ふたりの反応イマイチ。
なので打開策を提示してみた。

「あのー、もっと単純な杖にしたら簡単に作れるし短時間に揃えられるかもしれません」

松葉杖を知らないならいっそ普通の杖でも良いんじゃないか?と思って。
すると、

「そんなんで五稜郭まで歩けんの?」

って小夜からツッコミ。

「だって刀を杖にして歩けるぐらいなら普通に棒で良いんじゃない?彼等怪我人つっても体力も腕力もあるわけだし」

「そっか。でも棒切れじゃあやっぱ疲れそうだからせめてT字にするとか。ステッキみたいに」

「体格も関係するかもね。体重とか。ステッキだと短くて長距離歩くのは疲れるでしょ。長さは長い方が楽な気はする」

「まあ待ちなさい」

ふたりで勝手に話が進んで行くのを事務長に止められた。

「杖を用意するのは良いが材料はどうするね?裏山の木々は灌木ばかりで役には立たんよ?」

自席に座って腕を組む姿は威厳が有って校長先生風。

そうだな。材料問題か。
すると小夜は自信有り気に、

「箱館山にだって杉林が有るじゃないですかー」

確かに杉が植林されてる場所もある。
だがあれは勝手に使って良いものじゃない。
と思ったのをすかさず事務長が代弁してくれる。

「あれはそれぞれ持ち主が居る。寺社に役所に大店と。勝手には伐採出来んよ」

「ていうか、伐採からだと大変だから、お役所で修繕用にキープ・・・保管してある建材を回して貰ったら?地蔵町の材木置き場に置いてある船材とか。柱材1本あれば加工も楽だし結構な本数取れそうだしー」

とんでもなく勝手な事言ってるなコイツ!とは私も思ったけど。
事務長絶句。
呆れてモノが言えなくなってるのを何と解釈したのか、

「だって元気なのに脚の怪我で動けない人多いですもん。杖さえ有ればすぐにでも2、30人は退院させられますし。そうすれば病室は空くし。次の戦闘でまた何十人も怪我人が出るんだから今のうちに何とかしないと病院として機能しなくないですか?」

そこまでは不躾ではあるけれどもまだまともな物言いだった、が。

「それと食料!今日明日にでも底を突きそうだし、避難して空き家になってる近所の家から置いてある食料貰って来ちゃダメかなと思うんですけど。杖の件と食料の件、お奉行様に許可貰って頂けないでしょうか」

なんてこと言い出すんだろ(呆)。
それって空き巣許可証取って来いって言ってんのと同じじゃん。

「ちょっと小夜!」

小声でたしなめようとするのに被せて再び院長室のドアが開いて、

「おい!黙らんか!」

副長再参戦!
たぶんきっとこっちの会話が丸聞こえだったと思われ、額に青筋立てて凄い形相(怖)。

しかしさっきと違って小夜は驚きもせずジロリとそちらに視線を向け、

「そもそも人間の体は食べ物で出来てるの。食べる物が無ければ治る傷も治らないの。薬も無い医師も包帯も寝床も賄いや雑用をする人手も足りない上、食べ物すら無いならもはや病院とは言えないじゃん」

「いい加減にせんか!口が過ぎる!」

事務長に対して(院長室の面々に対しても)メンツを潰すような事言ったんだから副長の怒りが加速するのも無理は無い。
小夜の胸倉を掴む勢いで詰め寄り、そのまま廊下へ押し出そうという勢いで迫って来る。

咄嗟に止めに入った事務長が、

「まあまあそう手荒な事はせんでも。土方さん!」

「小夜さんは私が連れて行きますから土方先生はどうぞお戻りください」

いつの間にか島田さんも出て来ていて、副長の魔の手?から小夜の体を引き剥がそうと取り付いていた私も入れて総勢5人で(事務方の人は恐れおののいて部屋の隅に逃げてた)押しくら饅頭状態に!

そんな状態で事務室のドアから廊下へ押し出される間にも小夜は喋り続け、

「・・・だからもう患者の受け入れは止めた方が良いと思うんだけどそれを決めるのは私じゃないのでせめて何か対策を打ってほしいなぁと思っただけです!以上!」

言うだけ言ってドアの外へ転がり出た。
一緒に出て来た島田さんが後ろ手に閉めたドアを更に背中で塞いでるのは、

「島田ぁ!退け!ここを開けろ!」

怒り狂った副長が未だドアの向こうで吠えているから。

「やれやれ、さすが小夜さん。蝦夷が島に来てからこっち土方先生がこれ程怒るのも初めてやないかな」

「申し訳ありません。今度は島田さんが叱られちゃいますね」

あの勢いで叱られるのは可哀想。

島田さんは笑いながら首を振り、懐から手拭を出して月代に浮いた汗を拭いながら、

「あの人があんなに怒れば、もうこれ以上小夜さんを責める人は居ないでしょう。皆小夜さんに同情こそすれ、です。そういう事です。そういうお人なんですよ」

そうか。そういう事か。
小夜は俺が叱るからお前等は(絶対)口出すなってことか。
なーるーほーどー!
ああ見えて小夜の事がっちりガードしてるって事ね?
副長優しーv

ってニヤけてたら小夜がキモイ物見るような目をこっちに向けて、

「あんた等、アレが何でそういう解釈になるのよ。オカシイでしょ」

それに被せて「このクソガキがー!」って叫び声が島田さんの後から聞こえて来るのが可笑しい。

それでなんか思い出しちゃった。
小夜が副長を殴った時の事。
あの時も大騒ぎで皆でもみくちゃになって・・・。

小夜と副長が言い争うのを見てビビってた島田さんも今は余裕で平気になってるし。
背中に副長の怒声を聞きながら嬉しそうに私等と喋ってる。

「さて、私はしばらくここに詰めているのが良さそうだ」

と、門番宣言して目尻に皺を寄せたのがやっぱり嬉しそうだった。



「ていうかさー、幸ってばなんでアイツがここに居るって教えてくれなかったのよ!ヒドーイ!」

新館に戻ろうとその場を離れつつお喋り。

「教えようとしたんだってば!けどアンタが新館の2階通ってこっちへ来たから行き違いになったんだよ。仕方ないでしょ。ていうか玄関前にお役人さん達屯してるんだもの、お偉いさんが来てるって気づかないアンタもどうなのさ」

小夜が驚いて立ち止まる。

「え?うそ。そんなの居たっけ?」

目に入ってなかったんかい!

「箱館奉行の永井様の供回りの人達が居たでしょ!今も居るし」

玄関ドアを差してそう言うと、

「え!箱館奉行?って、お奉行様?中に居た?!」

溜息しか出ない。

「居ますぅ。院長先生を訪ねて永井様と副長と連れ立ってお越しになりました。供回りの姿を見ればいくらアンタだって二の足踏むと思ったけど・・・」

「やっば!全部聞かれてたかも」

さすがの小夜もちょっとはビビった様子。

「聞かれるも何も院長室にも聞こえるように殊更デカイ声で喋ったんでしょーが。今更遅いわ」

副長が怒って出て来た意味も理解出来たかな?

「やだーもうホント、幸ちゃん早く止めてよ~」

私のせいか!

「だーかーらー、気付いてすぐ追いかけたんだってば。でも途中で・・・あーっ!!」

いけね!忘れてた!てかおっきな声出しちゃって慌てて自分の口を塞ぐ。

何事かと目を丸くしている小夜に、

「ちょちょちょっとごめん!喧嘩の怪我人の報告するの忘れてた!」

今の騒ぎですっかり忘れていた。
同じく目を丸くしている島田さんにちょっと避けて貰い、ドアに耳を付けて中の様子を窺うとひっそりとしている。
副長、諦めて院長室に戻ったかな?

「小夜、アンタは居ない方が良いから先に戻ってて」

小声でそう言うと、不服そうな顔をこちらに向けてから玄関を出て行った。

「皆様お役目ご苦労様でーす」

ドア越しに御愛想たっぷりに挨拶する小夜の声が聞こえて、島田さんと顔を見合わせ苦笑。


よっぽど迷ってノックをせずにそろそろと事務室のドアを開けて様子を窺うと、すぐ横の机で先程の事務方の男性(きっと受付兼務)が出納帳?を前に算盤を弾いていた。

「すいません。報告し忘れたんですけど」

声をかけるとビビりながらも中に入れてくれた。

「手を止めてしまってすみません。先程軽症者の病室で小競り合いが有ったようで、怪我人が出たんです。あ、私が見た感じでは打ち身程度で大した怪我ではないと思うんですが、お前じゃダメだ医者呼んで来いの一点張りで騒いでまして・・・」

若干盛って報告しちゃった。

「そんな奴は放って置いて構わないよ。騒ぎ立てる元気は有るんだろ?医師は皆出払っていると言ってくれ」

事務方が忙しいのは承知していたし初めからそう言われるだろうとは思っていたので、そうですよね、と言いかけた時、

「誰だねその聞き分けの無いヤツは」

院長室のドアが開いて高松院長のお出まし。

てか、これくらいの話し声でも聞こえるなら先程の小夜の声など丸聞こえではないかー!と今更肝を冷しながら、

「一昨日から昨日にかけて足を負傷して入院した回天艦の人方で。刀を杖代わりにすればなんとか歩いて五稜郭まで行けると言い出した者が居て、刀で地面を突いて歩くのは良くないと主張する者と言い争い始めて・・・」

「刀を杖代わりになどもっての外・・・」

院長室から洩れた言葉は事務長さんのものだったかお奉行様か。

まあ、背に腹は代えられんから切羽詰まれば仕方ないと思うけどね。とは思いつつ、

「そうなんです。それで揉め始めたみたいで。急ぎではありませんが騒ぎが大きくなると面倒かと思いまして報告に参ったんでした」

私では、否、女では騒ぎは収められないであろうことは確か。
それが伝わったのか、

「どれ私が行こう」

院長自ら喧嘩を納めに行くと言う。

「あの、お話は宜しいので?」

三者会談は終わったのか。

「ああ。私の分はもう終わり」

とウインクして見せる。
それにも驚いたが、

「陸兵ならば土方さんを頼んだ方が良いかもしれんが、海兵はヘリクツ捏ねる輩が多いからね。ウッカリ首を飛ばされても可哀想だ。せっかく手当したのが無駄になる。私が行くよ」

ブッと吹き出しそうになって焦る。
ドアを開けたままの院長室でガタっと椅子が鳴ったのが更に可笑しくて。



島田さんはもう背中でドアを押さえては居なかった(笑)。

廊下に出て事務室のドアを閉める時、

「副長が帰られる時お声掛け願えますか」

と小声で耳打ちすると、

「わかりました」

たぶんその意味も解ってくれているように思えて、島田さんが居てくれる有難さにしみじみ。

・・・としている間も無くドアが閉まるのを待って院長が(小声で)開口一番、

「それにしてもあの子はスゴイな。あの土方さんを相手にあそこまで言い募るとは」

そりゃまー長い付き合いなんで。
とは言えない。

「病院の看板下ろせは痛かったが」

言われてドッキリ!
冷汗びっしょり!
言葉使いは違っても、確かに小夜の言ってた事はそういう事だ。

「申し訳ありません!でもあれはあくまでも食料や物資の提供を受ける為にわざと言ったと思うんです」

声が大きかったか院長が口の前に指を立てて見せる。
小声で続ける。

「彼女も私も、病院の医師や事務方の人達が毎日ゆっくり寝ることも出来なくて、献身的ではあるけれど皆働き過ぎだと思って居ます。薬も足りない中で患者を診るのも精神的に大変だと思うし、食べれていないのは患者だけではないし。こんな状態を何とかしたいと思っているだけなんです。アイツ、口が悪くてあんな言い方になってしまっただけで。申し訳ありませんでした」

焦って早口になる私を宥めようと、院長は両手を広げて待ったをかけ、

「ごめんごめん。判っているよ。私等の分まで怒ってくれたっていう事だろう?」

それから再び(洋行帰りらしく)ウインクして見せ、

「君は友達思いだね」

ポンポンと私の背中を叩いた。



院長はおそらく騒ぎの中心人物に心当たりがあったのだろう。
問題の病室を案内するまでも無くさっさと先に立って歩き、既に複数の病室がざわついている中、新館の2階の角部屋に行き着いた。

部屋に入るなり、

「諸君、静かにし給え」

と言ったものの、そこから言葉が続かない。

横から覗いて見ると先程とは打って変わって部屋の中が片付いている。
皆きちんと床を延べて布団に納まっている。
さては院長を連れて来ると言ったのでビビッて証拠隠滅図ったな。
小学生か!(笑)。

ていうか小夜の姿が見えない。
院長がこれからなんて説教するのか興味が有ったけど、また行き違いになってはせっかくの副長との邂逅を無下にしてしまう。

その場を離れ、他の病室を覗いて見るがみつからず。
1階の炊事場でお茶を・・・ではなく白湯を用意しているのをみつけた。

私の顔を見るなり、

「院長室には何人居るの?」

ついさっきあんな事が有った後だというのに実にあっけらかんとした表情。

「お奉行様と事務長さんと副長。あと島田さんにも持ってって。てかアンタそれ持って行ける?(あんな事やらかした後で)」

「ヤダ」

即答(笑)。

だろうなとは思ったけど、

「小夜、アンタ知らなかったとはいえあそこであの言動は流石に失礼だったでしょ?謝らなくて良いの?」

「だァれがあんなヤツになんか」

鼻で笑いながら、両手で重そうに錫の薬缶から湯呑に湯を注いでる。
まあそこまでは想定内。

「じゃあ、お奉行様には?」

「うー」

流石にそこはマズいと思って居るらしい。
湯呑から目を離さないまましかめっ面をした。

「凌雲先生にも」

「うーー」

今度は困ったように眉を寄せて口を尖らせる。

「先生は今、例の病室でガキンチョどもを宥めてるから良いけどさ。さっきの事も気に留めてないみたいだし」

それを聞いた途端何か思いついたように明るい顔になって、

「お奉行様だって私みたいな手伝い女の暴言なんか屁としか思ってないんじゃないの?小娘がただ文句言って喚いてただけだもん」

湯を注ぎ終わった薬缶を竈に置き、鍋掴みに使った単衣の袖を直しながらニッと笑って見せる。

うーん。
小夜の理屈を認めて甘やかすのもどうかと思うけど、私が厳しく言える立場でも無いかー。

諦めて湯呑をお盆に乗せながら、

「判った。私が代わりに謝って来る」

と言ったのが、小夜にどう響いたのか判らないけど、

「なんで私の代わりに幸が謝るのよ!判りましたぁ。ちゃんと自分で謝れば良いんでしょー?」

お!その気になったか!と思ったのに、

「お奉行様だーけーにー謝れば良いんでしょー?」

ペロッと舌を出す。
あ!コイツは!

そこで揉めていると中庭越しに声が聞こえた。
島田さんの声。

「えっ?早っ!」

白湯どころの騒ぎじゃない。
小夜の腕を掴んで洗濯物で満艦飾になった中庭を突っ切り本館へ走る。

お奉行の永井様が玄関を出る所で、見送りに出ていた事務長さんが体を折るようにして頭を下げて居るのが印象的だった。

私等が走り寄ったのを見て永井様が足を止めてくれた。

「先程は御無礼仕りまして申し訳ございません」

頭を下げ、肘で隣を小突くと、小夜も頭を下げながら、

「お奉行様がいらっしゃるとは知らぬ事とて失礼致しました。無作法な口の利き方をしてしまい申し訳ありません。御不快になられたならお許し下さい」

彼女にしては神妙な言葉使いだったが、

「御不快に決まってんだろ。気を付けろ!」

永井様の後に控えていた副長の声が降って来て、小夜は下を向いたままむくれっ面。

「まあまあ」

と永井様がその場をとりなして・・・と思いきや、

「私が居ると思わなかったという事は、アレは皆土方君に言ったという事かな?」

わぁぁ!
そこは突っ込まないで~!という所をストレートに突っ込まれて滝汗。
小夜も隣で冷汗かいてる(たぶん。そっち見れないし)。
と思ったらへへっと小さく笑い声が聞こえた(眩暈)。

「そうかそうか。元気な事だ」

うふふと笑って永井様退場。
それを見届けて事務長さんも足早に本館へ引っ込んで行った。

その間も頭を下げ続けていて視界の端に黒ブーツが見えていたのだが、何故か動く気配が無いので永井様を先に行かせて副長は残る模様(汗)。
島田さんも先に行ってろとか言われてるし。
怖くて顔が上げられない(泣)。

「はぁーあ」

とか溜息吐きながら顔を上げた小夜が、声無き悲鳴を上げてちょっと飛退いたのが可笑しくて吹きそうになる。

「粗忽者とは承知して居たがこれ程とはな」

小夜が無言なのでそっと顔を上げて見たら、ツンとした顔でソッポ向いてる。

「供回りの者が居っただろうが。それでも気付かぬとは・・・」

「幸と同じこと言わないで!」

って返しは面白過ぎだろ!
再び吹き出しそうになって睨まれた。

「何してんの?お奉行様もう行ったわよ?アンタもついて行かなくて良いの?」

小夜さんイライラ。副長をアンタ呼ばわり。
慌てて、

「ちょっと!小夜!」

そりゃあさっき怒鳴り合ったばっかりだから仕方ないのかもしれないけど、それは小夜のためでもあったんだと理解してくれたと思ったんだけどな。

そんな私のたしなめなど聞かず、

「好きで戦争やってるヤツ等なんかと喋ってるヒマ無いし」

副長と目を合わせないまま炊事場に戻ろうとする。

なんでそんなに機嫌が悪いのか困惑した。
この間、萬屋さんのお店の前で名残惜しそうに副長の後ろ姿を見送っていたのは何だったのか。
せっかくその人の顔が見れたというのに迷惑そうな口ぶりなのは何故なんだ。

そんな小夜の失礼な態度を咎める事もせず、副長はゆっくりと門の方へ歩き出しながら、

「奉行所の食料をこちらに回す事になった。米味噌醤油、無論全部という訳には行かないが。本来なら全て弁天台場に運び込む事になっていたのだがな」

え!と副長の顔を見る。
たぶん小夜も。

「言ってみるもんだ」

ふっと笑った伏し目がちの横顔の優しかったこと。

思わず後を追いかけながら、

「それって、永井様が?」

返事は無かったが答えるまでも無い事だった。

「高松さんも言い出しかねて居たんだろ。今後益々兵站もキツくなって来るからな。ソイツが力んで乗り込んで来なきゃこの話も無かったろう」

ソイツとは、今少し間を空けて後ろから付いて来ている小夜の事。
副長に褒められたその顔を見てみたいが、照れて怒って居なくなってしまいそうだからそっとしておく(小動物か)。

「奉行所はもう閉めてしまうという事ですか?」

「あそこは存外守り難い。海から丸見えだしな。敵さんが船から箱館のど真ん中に大砲を撃ちかけるとも思えんが、万が一という事もある。それに何しろ兵が足りん。五稜郭、津軽陣屋、弁天台場、他の台場にも配置せねばならん。それに」

病院の門を出た所に島田さんが待って居た。
こちらを見つけると会釈をしつつ、合流することなく先に立って歩いて行く。
席を外しているつもりで距離を空けているのかも。
体格の良さと反比例しているような心の細やかさはさすが元監察方。

「箱館の街を守るならば奉行所ではなく箱館山に兵を敷いた方が戦の様子が良く判るし身を隠せる。奉行所一つを守っても孤立して終いだしな」

なるほどなーと思った時、副長が足を止めて振り返り、

「そういう事だから、もうここへは誰も助けに来ない。お前等も覚悟しておけ」

えー!
箱館の街が敵の手に落ちたら助けに来るって言ったじゃないですかー。箱館市中取締役を見くびるなって!
と一瞬思ったけど、小夜の手前言わない方が良いかと逡巡した。

その隙に小夜が口を開いた。

「ふーん。ここって捨てられたんだ。そうよね。ここに居る人達って皆非戦闘員だもんね。脚を怪我してすぐに復帰はムリとなれば歩兵には使えないし。どうせ使い物にならないからわざわざ助けることも無い、と」

何を言い出すのかと、いくら何でも酷い言い様だと振り返ると、射るような目でまっすぐ副長を睨み私の側まで歩み寄りながら、

「そうか。だからか。だからあの人達騒ぎ出したんだ。捨てられたくないから。だから何が何でも五稜郭に戻りたいって事なのね?そこまでしてまだ戦争続けたいのかしら。アホくさ。それってもう自殺志願者じゃないの?」

「小夜っ!」

止める声がデカくなってしまった。
小夜は一瞬バツが悪そうな表情を見せたが、

「そうも言いたくなるでしょ!勝手に戦争して勝手に死んで。それだけならまだしも、街の人達に迷惑ばっかかけて。その上これからまた街の中めちゃくちゃにしようって言うんでしょ?何のために?勝つため?勝ったらどうなんの?死んだ人が生き返るとでも言うの?つか勝てんの?勝てると思っ・・・!」

興奮して止まらない小夜の口を無理やり塞いで黙らせる。

辺りはシンと静まり返ってる。

病院の敷地より一段下がった路の上。
すぐ脇に2階建ての本館が立っては居るが幸いにして会話に聞き耳を立てるような元気な入院患者は居らず、中高生の群れような軽傷者の入院している新館は本館と中庭を隔てた山側に建って居る。

「やめて!いい加減にしないと私だって怒るよ!」

そう言って手を離すが、小夜は目を合わせようともしない。

「ごめんなさい」

謝ったと思ったら深呼吸をひとつして、

「そうよね。こんな事言っても無駄よね。時間のムダだった。聞く耳を持たない人に何言ってもムダだもの。壁に向かって訴えてるようなもんだよね」

すると、今まで何を言われても何も言い返さず顔色さえ変えなかった副長が「おや?」とばかりに小夜を見たのに気が付いた。

「私の言う事なんて雑音でしか無いもんね」

と小夜が首をすくめ、

「もう行くわ」

踵を返して戻ろうとするのを副長が呼び止めた。

「待て」

小夜の背中に緊張が走った(ように見えた)。
が、

「何も話す事はありません。何も聞きたくも無いし」

どうしたんだ小夜。なんでこんなことになってんの?
と焦ってたら、

「あ、そうだ。この間は命を助けて頂いてありがとうございました。おかげ様でムダに命を捨てずに済みました」

慇懃無礼にそう言ってその時だけこちらに向き直って頭を下げたが、またすぐ背中を向けて歩き出しながら今度はぞんざいな口調で、

「危うくバカみたいな事で死ぬとこだったわ」

ひとり言に装ってはいたが聞こえるように言ったと思う。

呆気に取られている私のすぐ横から、副長の手が伸びて小夜の腕を掴んだ。

いつの間にか副長がすぐ側に来ていた事にも驚いたが、そんな(彼らしくない)行動に出るとは思いもかけず、思わず顔を見ると、目を見張って怒ったように何か言わんとする体で。

腕を掴まれ驚いて振り向いた小夜も目を見張って副長を見ている。
相手が何か言うのか何か言われるのか構えている様に見えた。

そのままたっぷり3秒程も見合っていたが、何か言いたげに見えた副長の目から激しさが抜け行き、思い直したようにゆっくりと小夜の腕から手を離した。

小夜の目にうっすらと浮かんだ(ように見えた)涙が副長の手が離れるにつれ消えて行き、唇を引き結び憮然とした表情に戻って。

言い争いになりそうなのを避けたのか、副長はさっと目を逸らしてそのまま病院脇の坂道に歩き出て行った。

「小夜ってば!副長、行っちゃうよ?」

声をかけたが動かない。

仕方無く自分だけ見送りに追いかけて行くと、急坂を少し下った辺りに島田さんが待って居た。
坂の下の神明社を左に折れて更に下れば弁天台場だ。

下りだし徒歩でも近いけど、副長、足の傷痕には響かないかな。
ちょっと心配になったので、

「お気をつけて」

と手を振って居たら、病院の横道から小夜がスタスタと坂道に出て来て仁王立ちになり、

「だいたいさー、1日に60人とか怪我人出して寄こさないでよ!そんな人数捌けると思ってんの!寝かすベッドも無いのに!食べ物だってすぐ無くなるし!バカじゃないの!」

うわぁ!そんな大きな声で!
ていうか昨日の60人は副長の管轄じゃないし(ほとんど海兵だ)。

元々歩きの早いその人はもうかなり坂を下ってる。
日差しが暑かったのか、ジャケットを左手に持って肩に担ぐように掛けている。

並んで歩いていた島田さんが小夜の声に驚いて振り返った。
副長も足を止め、

「今更何言ってんだ。何人でも助けてくれるんだろ?お前が言ったんだぜ?60人が100人でも何とかしろ」

声が笑って居るように聞こえた。
あれ?副長、からかい口調?と思って横を見たら、小夜が頬を紅潮させながら、

「めちゃくちゃ言うなバカー!!」

あーあ、もうそんな馬鹿デカい声出しちゃって。
世間様に隠しようも無いよ。どうすんの(溜息)。

聞こえなかったはずはないのに、副長は気にも留めていない様子で。

「歩兵達にはもうダメだと思ったら病院に逃げ込めと言ってある。お前の望み通りにな」

え?と隣を見た。

小夜の顔色が変わった。
驚いたような困惑したような。
それから酷く・・・悲し気な。

「頼んだぞ」

の声にまたそちらを見ると、私たちに向け右手を上げ、笑って、それからまた坂道を少し下って神明社の角を左に消えて行った。

梅雨晴れの空の下、上げた右手のシャツの袖が白く眩しかった。










何年経っても忘れ得ない、





それが私達の見た副長の最後の姿となった。











                     つづく




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