もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

凍える空気の中に佇む影が、右手で笠を持ち上げ、左手で顔を覆っていた手拭を引き下げて、

「ごめん。遅くなった」

はにかんだ笑顔が露わになる。
ぱっちりとした大きな目が人見知りするみたいに怖じけているのが、遠目にも判る。

締め付けられるほど懐かしかった。

「幸!」

意地悪オヤジなんかうっちゃって、半年ぶりに会う友のもとへ駆け寄る。

長旅を思わせる大荷物を背負って、手甲脚絆に足袋草鞋。
でも見慣れた二本差しの侍姿。
見事に女っ気を消した見目が相変わらずで、頼もしくて嬉しくて。

飛び付かんばかりに抱きついて、しばし物が言えない。

「でも間にあって良かった。ここで会えなかったらまた探すのが大変だった」

あー。
アルト声が耳に心地良い。

「会いたかった」

会いたかったけれども・・・。

彼女がここに居ると言うことは。



沖田さんはもうこの世には居ないということ・・・。



首っ玉に抱きついたまま、そのまま顔が上げられない。


「私も。独りは意外とつまんなかったよ。手のかかるヤツが居なくて気楽かと思ったけど」

幸は私と違って独りで何でもこなせる奴だ。
だからここまで来るにもきっと、連れが無い分、何の問題も無く快適な旅が出来たであろうと思ったのに。

「アンタが居ないとつまんない。緊張感も娯楽も無くてサ」

「なにそれ」

あはは、と笑う声に安心して、うふふと笑い返す。

こうして笑えているということは、彼女はもう、沖田さんのことはふっきれて、それを乗り越えてここに来たんだと思えて。
安心した。

「小夜こそ独りで大丈夫だったの?アンタのことだからもしや旅の途中で山犬にでも喰われてやしないかって、ずっと心配してたんだ」

山賊に・・・、とか言わないところが幸ちゃんの気ぃ使いなところv

「大丈夫だった!なんとかなったよスゴイでしょ?自分でもびっくりしてんの。ここまで来るのに結構時間はかかったけどねー」

「アンタのその「なんとかなる」力ってのがスゴイよね。感心するわ」


・・・と、そこまで高かったテンションが、ふと静かになった。

視線が私を離れて前を向く。

ハグしていた腕が離れて、私を置いて一歩前に出た。
土方さんが傍に来ていた。

「ご苦労だったな」

静かな声だった。

幸が手際良く菅笠を外し、顔を覆っていた藍染の手拭を取って深呼吸ひとつ。

「報告が遅くなって申し訳ありません。もうお知らせは他から届いておられるかもしれませんが、沖田先生は去る五月の晦日、千駄ヶ谷の植木屋平五郎様の私邸にて御他界なされました」

静かな落ち着いた声ではっきりと。
冷たく湿った朝の空気が、一時しんと澄んだ気がした。

これを言いに来たのか。

追いかけるとも何とも約束してはいなかったから、こんなところで会えるとも思って無かったけど。

そうか。
幸はこれを言いにここまで来たんだ。


「そうか」

と、土方さんは受けた。

驚いては居なかった。

幸の言う通り、既に他の誰かから知らせを受けていたのかも知れず、もうずっと以前から覚悟していたことなのかもしれなかった。
少しの動揺も見えなかった。
ただ真っすぐ幸を見ていた。

笑うわけでなく、怒っても悲しんでもいるようには見えなかったが、その静かな視線の中には沖田さんの最期を見届けた幸への労いがあるように思えた。

「亡くなったのは夏だったのに、こんなに時間がかかってしまって・・・申し訳ありません」

頭を下げたまま、幸は顔を上げようとしない。
いや、顔は上げたけど、目は伏せたまま。

「そんなことを謝るな。お前はアイツの最期を診取ってくれたんだ。俺や近藤さんがしてやりたかったことをしてくれた。亡き局長になり代わり礼を言う。無論俺からも」

そう言われて、幸は長い睫毛を震わせ、何か言い淀んでいるように見える。
が、引き結ばれた唇から言葉は出ない。

「そもそも報告しに来いとまでは頼んでない。気に病むことは無い」

土方さんはほんのりと笑みを浮かべ、相手が目を上げるのを待っている。

思いつめた様子だった幸が、言われて何か思い出す風に、

「報告・・・と言うか、副長にお渡ししたい物があって来ました」

背負った荷物をその場に下ろし、一番上に別布で括って乗せていた小さめの行李を取り出す。

「沖田先生の御遺骸は元麻布の専称寺へ葬られ、戒名はこちらに・・」

行李を開け、紙片を取りだす。
受け取った土方さんの唇が、

「賢光院仁誉明道居士・・・」

一字一字ゆっくりと読み上げ、

「総司の奴、あの世で照れてやしねぇか」

ふっと、頬を緩ませた。

ああ、と私は何か急に腑に落ちた気がして、その笑顔が見れなくなる。

昨夜からの人が変わったような、掴みどころのない感じ。
その意味が掴めた気がして。

「葬儀一切、植甚の御主人が差配し用立てて下さいました。沖田先生のお手持ちの金子はそのまま御遺族に残すようにと仰って」

静かに落ち着いた口調で報告をする幸のポニーテールが長く伸び加減で、旅の長さを思わせる。

「そうか。有難いことだ。手数をかけさせてしまったな」

と、土方さんが戒名の書かれた紙片をジャケットの内ポケットに仕舞うのを目で追いながら、

「残された金子と御遺髪と白木の位牌、佩刀二太刀は私が御姉君に届けました」

意外な言葉に、土方さんが訝しげに眉根を寄せて聞き返す。

「何?おみつさんのところへか?お前が?」

「はい。出羽庄内は鶴岡湯田川の新徴組宿営地まで。それからこちらへ参じましたので。遅くなってしまったのはそういう次第です」

土方さんが目を丸くした。
私も驚いた。

「途中、戦次第、百姓一揆、代官所焼き討ち等の混乱もあり、藩境に臨時の番所も増え、長雨による川止めも数カ所あり、街道筋は至るところ滞り、迂回迂回で思いのほか時間がかかりました」

淡々と表情も変えず言ってのける。

唖然と聞いていた土方さんがようやっと我に帰り、

「魂消たな。それは難儀なことだったろう。良くぞ足を運んでくれた。おみつさんは達者だったか。林太郎さんは?」

すると幸の口元が一旦キュッと絞まって、

「おみつ様は慣れない田舎暮らしに戸惑ってらっしゃる御様子で。御主人と御長男は共に周辺諸国との戦で長く御出張なされておいでで。二人のお嬢様方とおみつ様と三人、女所帯ではありましたが、他の新徴組の方々の御家族も隣り合って暮らして居りましたので左程心細いことは無いように見受けました。ただ、しきりに江戸へ帰りたいと仰っておいでで・・・。しかもそんなところへ私が沖田先生の遺品を持ってあがったので・・・」

思い出しては唇を噛み、

「余りにお寂しそうで。沖田先生の生前の話も聞きたがって居られたので、御主人の留守宅ではありましたが、女の私なら問題無かろうと思い、実はひと月程も厄介になってしまいました。それも遅れた理由のひとつです」

言いながら、蓋の開いた行李を土方さんに差し出した。
中に詰まっていたのは、黒い羅紗布の、・・・これは洋服?
畳まれているので全体像は判らないが、襟の部分は今土方さんが着ているのと同じ形に見える。

一瞥して、土方さんが幸の顔を見た。

「何だ?」

とは言いながら、中身が何かすぐに察したようではあった。
それを差し出す意味を問うている。

「他のものは納めて頂けましたが、これはお返しすると。副長が沖田先生にと誂えて下さった戎服です」

幸がチラッとだけこちらを見た。
私に判るようにあえて中身の正体を口にしたんだと思う。
てか「じゅうふく」って?

「一度も袖を通すことなく亡くなってしまわれたわけですし。・・・遺品とは言えない。高価なものだけに頂いて無駄にしてしまうのは勿体ない。新選組のどなたかに着てもらった方が良いのでは?・・・とのことで」

一瞬、羅紗服を見る土方さんの目が虚ろに見えたのは、明るく上って来た朝日の加減だったろうか。

「お前にやる」

「えっ?」

幸がうっかり素に答える。

「取っておけ」

「で、でも・・・副長・・・!」

彼女はたぶん、土方さんが着るだろうと思って持って来たんだと思うんだよね。
沖田さんのお姉さんもそう考えてたんだと思うんだ。
だから大事に行李の内と外、二重に油紙に巻いて・・・。

「要らんなら金に換えても構わんぞ。ここまで報告に来てくれた手間賃だ。お前にやる」

「そんな・・・」

後から知ったけど、羅紗の洋服ってびっくりするくらい高いらしい。
中古を売っても結構なお金になるみたい。

戸惑う幸を置き去りにして、土方さんがその場を離れた。

「悪いが話はまた後だ。今はとりあえずその妙ちくりんな格好したガキを宿に連れて帰ってくれんか。纏わりつかれて難儀していたところだ。頼むぞ」

言いながら幹部宿舎のある川上の方向へ歩き出してる。

逃げちゃう!

「妙ちくりんて何よー!こんな頭にしたのはアンタでしょ?」

歩みを止めぬまま土方さんがギッと首だけ振り返って睨むのと、幸に腕を引かれるのとは同時。

「しっ!もう!みんな見てるから~」

と言われて、もう一声悪態をつこうとしたのを引っ込める。
敵も一瞥をくれただけでもう怒鳴り返すことはせず、早足に去って行った。


小さくなっていく後ろ姿を寸の間眺めて、

「副長、足引きづってる?」

さすが幸ちゃんv
私が見てもどこも何ともなさそうに見えるのに。

「宇都宮で負傷したって聞いた。本人が言うにはもうブーツは履けるってさ。何か悪いもの引きずってるってワケじゃないよん」

足袋はぴっちりしているからまだ無理・・・ってか長時間はしんどいのかも。

「左足?」

「うん。足先みたい。でももう治ったって」

「・・・」

心配症を発揮して目を離せずに居る幸の様子がなんだか懐かしくて、

「もう店仕舞いしたら?っていうかさ、みんな見てるってどこよ?誰も居ないじゃん」

指摘され、はっとした様子で手にした行李を包み直しながら、

「見てるって」

川沿いに連なる家々の二階に視線を走らせた。
同時に複数の家の窓がサッと閉まったのが私にも判った。

「ね?しょうがないよ。朝っぱらから余所者が外で大騒ぎしてんだもん。この時間ならみんな起きてるはずだし。きっとみんな様子を窺って出て来なかったんだよ」

あらヤダ恥ずかしい。



荷物をもとのようにパッキングし、頬被りの上に菅笠を被って旅姿に戻った幸に、

「ねぇ、お腹減んない?アタシ朝ご飯まだなんだー」

食べ物屋さんとか近場に有るなら何か食べたいと思ったのに、

「ああー。そのいでたちから察するに、起き抜けでここまで来たね?私は朝飯食べたばかりだからなー」

「え?食べたって、どこで?」

「どこって、宿に決まってるでしょ?今さっき出て来たばっかりだもん。昨日遅くに石巻に着いてさ、今日はアンタ等を探しに川向うに行こうと思って出て来たんだ。新選組の宿営地がそっちだって聞いたから」

荷物を背負い直し、

「昼用に宿で握り飯握ってもらって来たんだけど。食べる?探し歩く手間が省けて、もう用無しだし」

袂に手を引っ込め、懐から竹皮の包みを取り出した。

「はいどうぞー。温めときましたー」

「うわ。ラッキーv」

ほんわり海苔の香りがする。
お腹がギュルルと鳴る。


幸に会ったら土方さんを追っかけることなんてどうでも良くなって(こら)、着替えをしに宿に戻ることに。
だって素足に下駄で足が冷たくて風邪引きそうなんだもの。

帆を下ろした大小の和船が並ぶ川岸を引き返すと、渡し舟の船着き場で島田さんに会った。
別の渡し場に行ったんじゃなかったのか。

「あ!さっきはごめんなさい。ていうか、一緒に乗って来ても良かったのに」

「アンタと副長じゃ・・・誰でも遠慮したいですよねー」

私とのノリのまま後半は島田さんに言いかけた幸の笑顔が、中途半端に仕舞い込まれた。

黒っぽい陣羽織に半袴姿の島田さんが、大きな体を屈ませて、

「ご苦労様です。御無事でなにより・・・」

と、形式張った挨拶をしたからだ。
もともと余り笑ったりふざけたりはしない人だけど、この時は殊更表情が硬かった気がする。

「いえ、とんでもありません。御無沙汰しておりました」

とだけ返して、幸は目を伏せたまま渡し舟に乗り込んだ。

彼女だとて普段は島田さんにこんなよそよそしくは振る舞わない。
島田さんの生真面目さを恨めしく思った。
何故って、幸に頭を下げる訳は彼の敬愛する上司と親しいから・・・ではなく。

幸の存在が沖田さんの死亡通知のようになってしまってる、と思ったからだ。

私自身ついさっき彼女の顔を見た時、沖田さんの死を確信したのは事実だし、そういう反応が仕方のない事とは思う。
だから島田さんを責めるというのじゃないけど。

でも、イヤな感じだった。
幸自身、傍からどう見えるか自覚が有って、それを諦めてるみたいに見えるのが凄く嫌だった。
でも、慰めるにはどうすればいいのか、私には見当もつかず。

再び舳先に乗り込んで、舟が動き出すのを待って、

「ねえ、昨夜の宿はチェックアウトして来たんでしょ?今日からアタシの泊まってるとこに一緒に泊まれば?」

もう、誰にも会わせたくなかった。
新選組の誰にも。

「積もる話もあるし、泊まれるんならそうするつもり。副長には早速アンタのこと頼まれちゃったしね」

湿気寒い日陰から朝焼けの只中に漕ぎだした舟の上で、荷物に寄りかかりながら幸が苦笑する。
眩しげに細めた目に睫毛の長さが目立つ。

良かった笑ってる、と安心したらもう堪え切れず竹皮の包みを早速開いて、ぴっちり隙間なく海苔の巻かれた丸いおにぎりに齧り付く。

「いっただっきま~すv」

幸も、その後ろに立って櫓を漕ぐ船頭さんまでにこにこしてる。

「あ、これって筋子?うまーv」

う~ん、塩加減が絶妙~v

とか味わってたら、吹きつける風に身震いが出た。

「さっぶ!」

なんで?
さっき来る時は無風で、むしろ暖かかったのに。
ていうか、いつの間にかすっかり霧が消えて、川風の寒いのなんの。
朝日の暖か味も負ける勢い。

髪を上げているせいで首周りが超寒い!と気付いて、手に残っているおにぎりを急いで口に詰め込んで、髪を束ねていた手拭を外して首に巻こうとした。

「!」

櫛を差していたのを忘れてた。

手拭を引っ張ったはずみに髪の中から転げ出て、コンと船端に当たったと思う間も無くポチャン!と川へ。

「ああ!」

船頭さんが声を上げるのと、幸が身を乗り出して川面から櫛を拾い上げるのとは同時。

「あっぶな~」

目を見開いて驚く幸と顔を見合わせて、・・・何故か笑う。
何故か可笑しい。

「ごめ~ん」

こみあげて来る笑いを抑えきれずに、二人してゲラゲラ笑っちゃった。
なんだろ?幸と会えて嬉しいのが今頃じわじわ来た?(笑)。

「梳いてあげるよ。前向いてて」

「うん」

いろいろ報告したいこともしなきゃいけないこともあったけど、思いがけずぽっかりと出現したこの、まるで家に居る時のような安心感に包まれた空気を壊すのが嫌で、舟を下りるまでは面倒くさいことは考えないでおこうと思った。

「わー、小夜の髪だー」

幸も笑ってるし。

「弄りたくなるんだよなーこの髪。相変わらずボリューム半端無ぇー」

楽しそう。

「随分伸びたね。油っ気無しのサラサラヘアーで。結ってなかったんだ?」

「うん。三つ編みにしてまとめてたことが多かったかな?髪結い賃の節約で」

残りのおにぎりを頬張りながら答える。
中身は焼き鮭。

「ずっと三つ編みで通したの?そりゃまた目立つことを」

くすくす笑って髪を梳いてた手が、ふと止まった。

「?」

しばしの無言の後、

「・・・これ」

「何?」

後ろ髪を幸の手に預けたまま、首を巡らして後ろを見る。
幸は更にその後ろで櫓を操る船頭のオジサンと顔を見合わせてる??
しかもオジサンがこっくりと頷いて見せて・・・?

「何よ?どしたの?」

「小夜、さっきの手拭でまとめたのってさぁ・・・」

「ああ、アレはあの人がやったのよ。あんなの、私が出来る訳無いでしょ」

構わずおにぎりを食し中。

「・・・」

幸の表情が硬くなってる。

「やだ。何?何かした?」

食べ終えて、手についた海苔を舐めながら答えると、

「これ」

後ろ頭が引っ張られる感じで、幸が手にした髪のひと房をこちらに回して見せようとしてる。
でも、私の視界には届かず、止むなく実況。

「切れてるんだけど・・」

げ!

「ええー?なにそれ?知らないよ。あ!そうだ。寝癖でもつれてたから・・・」

あんにゃろー!
本人に了承も得ずに切り取るとは!

と口にしないまでも顔には出たらしい。

「あああ、まあ、切れてるって言ったってほんの10本ぐらいだし、髪を結うには支障は無いよ」

「だからって女の髪を勝手に切るって、何なのよそれ!ちょっと、オジサン見えてたんでしょ?何で止めてくれないのよ~~!!」

話を振られ、船頭さんは頬かむりの上から頭を掻いてる。
幸が見かねて弁護した。

「無理だよ。副長がそうしようと思ってやったのなら止める隙は無いもの。後ろ向きで手元が見えなかったかもしれないし」

小柄で迷わずぷっつりと・・・か。

わ~ん!きっとそうだぁ~!
櫛を貸せとか言いながら。
櫛を使う意味なんか無いじゃんばかー!
悔しい~!

「すんません」

船頭さんがぺこっと頭を下げ、櫓を漕ぐのを止める。
舟は岸に着いていた。

ブーブー言いながら舟を下りる。
が、幸には下りる気配が無い。
傍らの荷物を背負う様子も無く、

「ごめん。私、やっぱもう一度副長に会って来る」

手にしていた梳き櫛を差しだした。

「え?」

受け取りながら、朝日の中でまじまじと見る幸の顔。
痩せたのか疲れているのか、やつれて見える。
難しい顔をしている。

引き返して行って、また誰かに会ったらどうするんだ。
もう弔い飛脚の真似なんかさせるものか。
ていうか、たかが髪の毛10本で大騒ぎして、久しぶりの友達との楽しい時間が潰れるなんて、そんなの嫌だし。

「いいよー。何もそこまでしなくとも。どうせあの人また来るでしょ。あとでまた、幸の話を聞きに来るって言ってたじゃん。上がって待ってれば良いもん」

なので私も今日は追いかけるのを止めたんだし。

「髪なんてもうどうでもいいよ。上がってゆっくり話そうよ。お茶でもしながらさ」

思いつめたような目をして困ったような眉つきで、それでも、私が差し出した手を握って幸は舟を下りた。

髪梳きで冷たく凍えてしまった彼女の手を放したくなくて、繋いだまま、岸壁の石段を引っ張るように上る。
そんな私の子供っぽい振る舞いを可笑しがって、幸はようやくいつもの笑顔になった。

「わかったわかった。今日はオフ日になったことだし。ゆっくりお喋りしよう」

「長くなるよ~。たっぷり半年分」

良いことも。

悪いことも。

私にとって、そしてきっと幸にとっても、これまでで一番濃く凝縮した半年間を。


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