もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
人声がして、ふと目が覚める。
枕元に置いてある欅の手あぶりの、ぶつけて凹んだ角のシルエットまで良く見えるから、夜は明けたのかもしれない。
・・・。
寒い。
鼻の頭が冷たくなってら。
もうちょっと寝ようと布団を目深に引き被ろうとした時だ、パチっと静かに火鉢が鳴った。
・・・あれ?爆ぜてる?
まさか。
昨夜の燃え残りが?
と不思議に思ったのが頭を覚醒させたのか、それまでノイズとして耳に捉えているだけだった物音が、急にストンと頭の中に降って来た。
「・・・御苦労」
外で誰かの話声。
・・・っていうか、この声は!
がば!と起き上がって枕屏風の向こうを覗くと、・・・居ない!
寝床が空だ!(っていうか畳んであるし)。
手あぶりには・・・新しく炭が継いであった!
やられた!
急いで窓を開けてみた。
蒲団の上に広げておいたひっぱりに袖を通しながらガタガタと建てつけの悪い雨戸を開けて表をみれば・・・。
「しまった。起きちまいやがった。おい!モタモタするな」
朝靄の中に部下を叱りつける黒いシルエットが。
「ちょっと!何してんのよ!逃げる気?」
言うが早いか階段を下り、土間に出しっ放しの履物をつっかけて表に出てみると。
宿にしていた荒物屋から目と鼻の先の船着き場に渡し舟を待たせて、土方さんが大男となにやら揉めている様子。
外の冷え込みに今更気付いて、自分自身を抱きしめながら近づくうちに、先を急ぐ土方さんを島田さんが押し留めているのだと判り(いや、シルエットだけでも判るんだけどね・爆)。
「私は後から参りますからどうか舟にはお二人で」
とかなんとか。
自分はもっと上流の渡し場まで歩いてから渡るとか。
対して土方さんは、ふざけんな!とか。
下手に出てる割には頑として言うことを聞かない島田さんに業を煮やして、
「オヤジ、早く舟を出さんか」
と、乗っても居ないうちから渡し舟の船頭さんを脅かしてみたり。
そんなに私を置いて行きたいのかよ(--メ
「へー、そうなんだー」
と、冷や冷やする二の腕をさすりさすり温めながら近寄って行ったら、
「来るな。お前が起きて来るこたぁ無ぇ」
って。御挨拶。
彼らは徳川脱走軍の本陣(幹部詰所?)のある対岸へ行こうというのだろう。
幹部の多くはそちらに宿陣しているようだし。
あるいは島田さんは迎えに来たのかもしれない。
小舟に3人(船頭入れて4人。しかも島田さんは大男v)は乗れないと思ったのか、自分は遠慮しているという図。のようだ。
「あたしも行くー」
って言ったらこれ以上は無いというしかめっ面が返って来て。
「お前が来てどーすんだ!ゆっくり朝寝してろ」
辟易っぷりが炸裂。
昨夜の、人が変わったような様子はどこへやら。
島田さんが傍にいるから繕ったのかな?とは後から思ったんだけど。
「そのうち江戸行きの船を探しといてやる」
と、最後には嘲笑って、
なに~!
と、こっちのテンションも上がっちゃったり(←条件反射デス)。
「アタシに江戸へ帰れっていうの?自分はどうすんのよ?」
島田さんは過去に私とこの人がまともに喧嘩するところを見たことがある。
なのでたぶん、慌てて宥めにかかった。
「まあまあ小夜さん。その姿では風邪を引きます。土方先生は私がお留めしておりますから、今一度宿へ戻ってお寒くないよう支度をなさっては・・・」
裸足に下駄を突っかけただけだったので、宿で借りたつんつるてんの浴衣から突き出た足が寒いのなんの。
じっとしていられなくて片足立ちでそわそわと足を擦り合わせて居たのを見かねて言ってくれたのだ。
「お前ぇ、余計な口出しを・・・」
「うん!お願い。絶対絶対待たせといて。5分で戻る!」
「5分」が通じたかどうかは判らない。
返事を聞かずに取って返し、昨夜寝るときに土方さんが着た朽ち葉色子持ち縞の丹前を羽織り、手拭を帯代わりに、櫛だけ持って(昨夜、洗い髪のまま寝た)荒物屋のおばさんに改めて下駄を借り、バタバタと走って戻ると、
「早く乗れ!行くぞと言うのが判らんのか!ええもう、乗らんのなら放さんか!」
上司の乗った小舟の船端を、船着き場の島田さんが掴んで放さないの図(笑)。
「お待たせー!」
しゃがみこんだ島田さんの脇をすり抜け、ガコン!と下駄を鳴らして船に乗り込む。
「あ、アタシ舳先が良いな」
と座り込むタイミングで島田さんが手を放し様、その怪力で舟の艫を水面に押しだした。
何か文句を言いかけた土方さんが思わず船べりにつかまり、船頭さんまでがよろけて、手にした櫓でなんとかバランスを取ってたぐらい。
乗ってみたら舟の上は意外と広くて、7、8人は乗れそうな感じで。
「あら?島田さんも乗れたんじゃ・・・」
すかさず舌打ちされた。
「ばか。遠慮したんだろ」
「え?あ、そうか・・・」
「だからお前は馬鹿だと言うんだ」
気の回らないのを指摘されて、ぶーと膨れかけたら、船着き場に立って見送る島田さんの姿が目に入り。
「ごめんねー!また後でね!」
手を振ったら、つられて手を上げかけて、それから慌てたように手をひっこめ大きな体をちぢこめるように会釈した。
それが可笑しくてふふっと笑いかけたのに、むっつりした仏頂面が視界を遮る。
「お前、面も洗っとらんのか。女子のくせにみっともねぇ」
「しょうがないでしょ急いでたんだから。これから洗うんだから良いんだもん」
「?」
きょとんとした、顔が無駄にきれいな気に障るオヤジは置いといて。
「ねー?川の水きれいですもんね?顔洗っても平気ですもんね?」
オヤジの後ろに立って櫓を操る船頭さんに訊く。
手拭を無造作に被って、尻端折りに股引の船頭さんはリズミカルに櫓を漕ぎながら、
「へい。この辺りでは皆、川で濯ぎ使いますんで」
もう岸壁からだいぶ進んでいた。
船端からおっかなびっくり水に手を入れてみると、思ったほど冷たくない。
っていうか、さっきから朝靄だと思っていたのは、川面から水蒸気が立ち上って居たんだと、この時気が付いた。
もやもやと盛んに湧いて来て、まるで川面が湧き立っているように見える。
「相変わらずだな」
川の水でジャボジャボ顔を洗うのを言われたのかと思ったら。
腰に結んでいた手拭を外し、顔を拭いてそちらを見たら、その視線が追っていたのは腰紐を外されて打掛みたいになった丹前の方で。
「だって綿入れの着物なんて無いしー」
長旅の持ち物は辛うじて袷まで。
今出て来る時とっさに防寒着として代用出来そうなのはこれだけだったんだから。
京を出る時着て出た綿入れを、江戸で綿を抜いて袷に戻した。
抜いた綿で小座布団を作って、沖田さんの床ずれ防止の腰当てにした・・・。
冷たくなった指先に息を吹きかけながら、やつれた沖田さんが力無く笑ったのを思い出しそうになり・・・。
櫛に水を付けて髪を梳く。
川面の霧は濃く、ほんの100メートルほど先の対岸に居並ぶ千石船の群れが時折見えなってしまうほど。
小舟は白霧を切り裂いて進み、顔に当たる微細な水の粒子が湿っぽく冷や冷やした。
ギイギイと櫓を漕ぐ音。
チャプチャプと水が船べりを叩く音。
バサバサっと、水鳥の飛び立つ・・・これも音だけ。姿は見えない。
なんか、不思議な感覚。
静か。
いや、鳥の声とか起き出した町中からの人声とかが僅かに聞こえては居るけれど。
でも、なんか静か。
癒される。
不意に、中洲の舳先の石積みの岸壁がふわっと現れ、舟の横をすーっと過ぎて行った。
てことは、もう半分来た。
もう少しゆっくり漕いでくれても良いのに、と一瞬思って、ちょっとだけ現実に引き戻され、髪をガシガシ梳いてたら。
「いっ!・・てー」
後ろ頭が寝ぐせでくしゃくしゃになってたのが櫛に引っかかる。
昨夜、生乾きのまま寝ちゃったからね。
もつれた所を手探りで解こうとしてたら、
「貸せ」
すぐ後ろから声がして、不覚にもびっくりする。
「貸してみろ」
視界の横から目の前に掌が突き出された。
ぎょっとした。
でも、ドキドキしてしまったのを悟られたくなくて、前を向いたまま黙って櫛を手渡してしまう。
指が長かったり爪の形が良かったり、男の人にしては結構綺麗な手だった気がしてたのに、掌は皮が硬そうだったな。
あれってもしかしてタコなのかしら?タコだらけ?
とか思ってたら。
「簪はあるか?」
もつれた個所を解いて、櫛で梳く合間に訊いて来た。
「無いよ。櫛も簪ももう無い」
思えばウチの納戸に置いてあった小間物屋用の小箪笥の中には結構高価な櫛や笄が納めて有ったな。
ちょくちょく内緒で使わせてもらったv
派手ではないけど、夏には夏の、冬には冬の、意匠も細工も凝ってて、見てるだけでも楽しかった。
自分用にもいくつか用意してもらって。
でもしょっちゅうあちこち落っことして、時には無くして、良く怒られたっけ。
京を出る時していたのは、黒漆塗りに蒔絵であっさりと梅の枝が描いてあった。
梅の蕾には珊瑚の欠片が埋め込まれてて、割と気に入ってたんだけど。
でも、今手元にあるのは実用一点張りの、ツゲの両歯の梳き櫛だけ。
「みんなお金に換えちゃったー」
「・・・」
叱られるかと思ったら無言で返された。
そうすると、何か自分の言葉が妙に哀れっぽく聞こえてしまって、
「この何ヶ月か、まともに髪なんて結って無いし、有ったって邪魔だしね」
へへっと横を向いて笑って見せる。
言い訳めいてた?
でも実際、三つ編みにしたり、それを頭に巻くとかするだけなら、立派な櫛も簪も必要無い。
お団子にするには簪は有った方が良いかもしれないけどね。
土方さんはさも煩げに、前を向いてろと促して、
「伸びたな」
結うにしても、という意味だろう。
腰までどころかお尻まであるもんねv
ていうか確かに他人に髪を梳いてもらうには長過ぎかも。
丹前の背中を上から下に掻いて行く櫛の動きがちょっとくすぐったい。
「手拭を貸せ」
「え?」
と、振り返ろうとした時、目の端に強烈な光を感じて思わず片目を瞑る。
今、後にして来た左岸の家々の切れたところ、川下の海へ続く水平線の東の端から、朝日が今まさに顔を出した所だった。
立ち込めた川霧が一瞬にして金色に輝いて、対流する水蒸気の粒子がキラキラと渦を巻くのが良く見える。
「わー」
と思う間に透明度を増し、今まで隠れていた周りの景色を眼前に浮かび上がらせた。
岸壁の石積みがドキッとするほど間近に有り、ほとんど隙無く川岸に着けられている千石船の列にこちらの舟が突っ込んで行く形。
え?大丈夫?
と思う間も無く、見上げるような太い水押(舳先)の間を潜るようにして舟は旋回し、岸壁に切った石段に横付けになる。
さすが船頭さん。上手いv
綿入れ半纏に股引姿のただの小柄なおじちゃんだと思っちゃっててごめん。
「着きました」
石積みに打たれた杭に、輪っかに結んだ舫い綱を掛け、慣れた足の動きで舟を岸に押しつけて居てくれる。
「ほれ」
と後の声に促されて、先に舟を下りる。
気付けば、持っていたはずの手拭が無く、後から下りて来た土方さんの手には自分の刀のみ。
あれ?っと舟の上を見回しても見当たらなくて・・・。
首周りがスースーするので気付いた。
いつの間にかアップになってる!
触って見たら、手拭でまとめてある模様。
「弄るな。油っ気の無ぇ髪に櫛で引っかけただけだ。すぐに崩れるぞ」
刀を腰の晒しに差しながら(晒木綿をベルトのように腰に巻いてる訳はこういう用途だったのね!)、彼は辺りを見回して居る。
そろそろ町が起き出す時間だ。
すぐ傍には積荷を待つ体の千石船が幾隻も繋留してあるし。
なので人目を気にしてるのだろう。
軍の幹部が朝帰りじゃね~(^^;
丹前の裾を持ち上げ、よっこらせと段差の高い石段を上って道路に出たら、覆いの無くなった首周りに冷えた空気が殊更厳しく、
「寒っぶ~。舟に乗ってた方が暖かかった気がする~。なんで?」
右岸から下流に突き出した形の丘陵の陰に入って、朝日が当たらないのだった。
思わず足踏み。
びっしりと白く霜が降りている地面に二の字の跡が付く。
「で?お前はその格好でこれからどこへ行くつもりなんだ?」
ほとんど失笑しながら言われた。
痩せた目の下にちょっと皺が寄った。
私の格好=手拭で髪をまとめて、つんつるてんの浴衣に丹前を羽織って裸足に下駄履き。
人目を気にしてたのはこのためなのね?
「俺はお前の相手なんかしてられんからな。江戸行きの船が見つかったら知らせをやる。後は達者で暮らせ」
ダウンヘアをなびかせてスタスタ歩き出した。
痛めたと言ってた割には達者な足運び。
ちょっと大きめに見える羅紗のコートの、ぶっさき羽織の如くに開いたセンターベントから刀の鞘が突き出ているのが、妙にカッコイイ。
丈もちょうど羽織の丈で、且つ程良くフィットするフォルムが扱い易いのだろう、着こなしがこなれて見える。
手入れの行き届いた黒革のブーツもちょっと大きめには見えるけど、これから寒いところに行くのなら、中に厚手の靴下を履いたり出来るんだろう。
負傷した足を保護出来るから安心だね。
・・・て。
いやいやいや。
行かせてなるものか!
っていうか今「達者で暮らせ」って言っただろコラ!
「ちょっと待ってよ!私も行く」
「寄るな。そんな子守女もどきについて来られても困る」
子守女て(--;
確かに手拭で髪まとめて綿入れ着て、これで子供おぶってたら子守女そのものだわ(爆)。
上手いこと言う。
て、感心してる場合か>自分。
「逃げる気!」
「逃げてねぇ。邪魔なだけだ」
うわ!ムカつく!
「一緒に帰ってくれないなら全力で邪魔するもん。逃げる気なら追いかける。蝦夷地に行くなら私も行く!もう絶対離れない」
前のめりに歩いていた土方さんがハタと立ち止まり、すご~くしょっぱい顔をこちらに向けた。
・・・た、確かに微妙に恥ずかしい台詞だった(汗)。
「だ、だからぁ、私はあなたを連れ戻しに来たの!一人でなんか帰らない!・・・ていう意味よ~」
最後はしどろもどろ。
ふん、と鼻を鳴らして、土方さんは薄笑い。
「物騒だからな。女独りでなんぞ船には乗せんから安心しろ。人を頼む。とにかく手配が済むまでは宿に引っ込んでろ。んなみっともなねぇ格好でうろうろするな」
「急いで出て来たんだからしょうがないじゃない。そっちがすっぽかそうとするからでしょ!」
「すっぽかすたぁなんだ!」
と私に釣られて大きな声を出し、それからしまったと思ったんだろう、ギロギロと目だけ周りを見回しながら顔を寄せて来て、声をひそめて続けた。
「長旅の疲れもあろうから朝寝させておこうと思ったんじゃねぇかっ。有難ぇと思ったらどうなんだ」
「うそー。アタシが寝てるうちに姿をくらまして自分だけ蝦夷地に行こうっていうんだー」
半分ふざけて憎まれ口を続ける私に痺れを切らし、彼は長く大きな溜息をついた。
「やめろ。もういい。どうでも己の納得行くように考えれば良い。だが俺は忙しいんだ。お前に構ってる暇は無い。とにかく今は宿に戻れ。ついて来るな。判ったか」
低く抑えた声音。
隙無く固めたその顔は、昨夜の別人のような様子を思い起こさせて。
急激に気持ちが頑なになって行くのが、自分でも判る。
口がへの字になるのが。
視線を逸らし、
「やだ。アンタの命令なんか聞かない。私はあなたの部下じゃないし、もうお金で雇われてるのでもない。もう関係無いんだから私に命令しないで」
ただちょっと拗ねて見せただけだ。
それぐらい言っても良いだろうと・・・気を許しただけ。
なのに、
「関係無いなら何故付いて来る」
10センチも開けない、すぐ目の前の口が言った。
「纏わりつくな。失せろ」
眼の色に容赦が無かった。
首元に匕首を突きつけて来るような勢いで、こちらの逃げ道を断って来る。
「簡単なことだ。俺の命令など聞かずに済むぞ?」
余裕のうすら笑いを見せながら、・・・でも真っ当な返しだった。
関係無いなら纏わりつく道理は、・・・確かに無い。
返す言葉が見つからない。
恐くてその目を見返せない。
なんて意地悪なんだろう。と思う。
軋んでギイギイ鳴ってるのは岸に繋がれた船なのか。自分なのか。
なんとか言い返したくて、でも追いつめられて、心臓がどきどき言った。
息が詰まる。
汗が湧いて来る。
なんだか足元がグラグラする。
視界が歪んで来そうだった。
「何いじめてんです?」
不意に、土方さんの背後から声がした。
振り向く彼の肩越しに、目深に笠を被った旅姿の・・・。
っていうか声が!
「幸?!・・・幸なの?」
枕元に置いてある欅の手あぶりの、ぶつけて凹んだ角のシルエットまで良く見えるから、夜は明けたのかもしれない。
・・・。
寒い。
鼻の頭が冷たくなってら。
もうちょっと寝ようと布団を目深に引き被ろうとした時だ、パチっと静かに火鉢が鳴った。
・・・あれ?爆ぜてる?
まさか。
昨夜の燃え残りが?
と不思議に思ったのが頭を覚醒させたのか、それまでノイズとして耳に捉えているだけだった物音が、急にストンと頭の中に降って来た。
「・・・御苦労」
外で誰かの話声。
・・・っていうか、この声は!
がば!と起き上がって枕屏風の向こうを覗くと、・・・居ない!
寝床が空だ!(っていうか畳んであるし)。
手あぶりには・・・新しく炭が継いであった!
やられた!
急いで窓を開けてみた。
蒲団の上に広げておいたひっぱりに袖を通しながらガタガタと建てつけの悪い雨戸を開けて表をみれば・・・。
「しまった。起きちまいやがった。おい!モタモタするな」
朝靄の中に部下を叱りつける黒いシルエットが。
「ちょっと!何してんのよ!逃げる気?」
言うが早いか階段を下り、土間に出しっ放しの履物をつっかけて表に出てみると。
宿にしていた荒物屋から目と鼻の先の船着き場に渡し舟を待たせて、土方さんが大男となにやら揉めている様子。
外の冷え込みに今更気付いて、自分自身を抱きしめながら近づくうちに、先を急ぐ土方さんを島田さんが押し留めているのだと判り(いや、シルエットだけでも判るんだけどね・爆)。
「私は後から参りますからどうか舟にはお二人で」
とかなんとか。
自分はもっと上流の渡し場まで歩いてから渡るとか。
対して土方さんは、ふざけんな!とか。
下手に出てる割には頑として言うことを聞かない島田さんに業を煮やして、
「オヤジ、早く舟を出さんか」
と、乗っても居ないうちから渡し舟の船頭さんを脅かしてみたり。
そんなに私を置いて行きたいのかよ(--メ
「へー、そうなんだー」
と、冷や冷やする二の腕をさすりさすり温めながら近寄って行ったら、
「来るな。お前が起きて来るこたぁ無ぇ」
って。御挨拶。
彼らは徳川脱走軍の本陣(幹部詰所?)のある対岸へ行こうというのだろう。
幹部の多くはそちらに宿陣しているようだし。
あるいは島田さんは迎えに来たのかもしれない。
小舟に3人(船頭入れて4人。しかも島田さんは大男v)は乗れないと思ったのか、自分は遠慮しているという図。のようだ。
「あたしも行くー」
って言ったらこれ以上は無いというしかめっ面が返って来て。
「お前が来てどーすんだ!ゆっくり朝寝してろ」
辟易っぷりが炸裂。
昨夜の、人が変わったような様子はどこへやら。
島田さんが傍にいるから繕ったのかな?とは後から思ったんだけど。
「そのうち江戸行きの船を探しといてやる」
と、最後には嘲笑って、
なに~!
と、こっちのテンションも上がっちゃったり(←条件反射デス)。
「アタシに江戸へ帰れっていうの?自分はどうすんのよ?」
島田さんは過去に私とこの人がまともに喧嘩するところを見たことがある。
なのでたぶん、慌てて宥めにかかった。
「まあまあ小夜さん。その姿では風邪を引きます。土方先生は私がお留めしておりますから、今一度宿へ戻ってお寒くないよう支度をなさっては・・・」
裸足に下駄を突っかけただけだったので、宿で借りたつんつるてんの浴衣から突き出た足が寒いのなんの。
じっとしていられなくて片足立ちでそわそわと足を擦り合わせて居たのを見かねて言ってくれたのだ。
「お前ぇ、余計な口出しを・・・」
「うん!お願い。絶対絶対待たせといて。5分で戻る!」
「5分」が通じたかどうかは判らない。
返事を聞かずに取って返し、昨夜寝るときに土方さんが着た朽ち葉色子持ち縞の丹前を羽織り、手拭を帯代わりに、櫛だけ持って(昨夜、洗い髪のまま寝た)荒物屋のおばさんに改めて下駄を借り、バタバタと走って戻ると、
「早く乗れ!行くぞと言うのが判らんのか!ええもう、乗らんのなら放さんか!」
上司の乗った小舟の船端を、船着き場の島田さんが掴んで放さないの図(笑)。
「お待たせー!」
しゃがみこんだ島田さんの脇をすり抜け、ガコン!と下駄を鳴らして船に乗り込む。
「あ、アタシ舳先が良いな」
と座り込むタイミングで島田さんが手を放し様、その怪力で舟の艫を水面に押しだした。
何か文句を言いかけた土方さんが思わず船べりにつかまり、船頭さんまでがよろけて、手にした櫓でなんとかバランスを取ってたぐらい。
乗ってみたら舟の上は意外と広くて、7、8人は乗れそうな感じで。
「あら?島田さんも乗れたんじゃ・・・」
すかさず舌打ちされた。
「ばか。遠慮したんだろ」
「え?あ、そうか・・・」
「だからお前は馬鹿だと言うんだ」
気の回らないのを指摘されて、ぶーと膨れかけたら、船着き場に立って見送る島田さんの姿が目に入り。
「ごめんねー!また後でね!」
手を振ったら、つられて手を上げかけて、それから慌てたように手をひっこめ大きな体をちぢこめるように会釈した。
それが可笑しくてふふっと笑いかけたのに、むっつりした仏頂面が視界を遮る。
「お前、面も洗っとらんのか。女子のくせにみっともねぇ」
「しょうがないでしょ急いでたんだから。これから洗うんだから良いんだもん」
「?」
きょとんとした、顔が無駄にきれいな気に障るオヤジは置いといて。
「ねー?川の水きれいですもんね?顔洗っても平気ですもんね?」
オヤジの後ろに立って櫓を操る船頭さんに訊く。
手拭を無造作に被って、尻端折りに股引の船頭さんはリズミカルに櫓を漕ぎながら、
「へい。この辺りでは皆、川で濯ぎ使いますんで」
もう岸壁からだいぶ進んでいた。
船端からおっかなびっくり水に手を入れてみると、思ったほど冷たくない。
っていうか、さっきから朝靄だと思っていたのは、川面から水蒸気が立ち上って居たんだと、この時気が付いた。
もやもやと盛んに湧いて来て、まるで川面が湧き立っているように見える。
「相変わらずだな」
川の水でジャボジャボ顔を洗うのを言われたのかと思ったら。
腰に結んでいた手拭を外し、顔を拭いてそちらを見たら、その視線が追っていたのは腰紐を外されて打掛みたいになった丹前の方で。
「だって綿入れの着物なんて無いしー」
長旅の持ち物は辛うじて袷まで。
今出て来る時とっさに防寒着として代用出来そうなのはこれだけだったんだから。
京を出る時着て出た綿入れを、江戸で綿を抜いて袷に戻した。
抜いた綿で小座布団を作って、沖田さんの床ずれ防止の腰当てにした・・・。
冷たくなった指先に息を吹きかけながら、やつれた沖田さんが力無く笑ったのを思い出しそうになり・・・。
櫛に水を付けて髪を梳く。
川面の霧は濃く、ほんの100メートルほど先の対岸に居並ぶ千石船の群れが時折見えなってしまうほど。
小舟は白霧を切り裂いて進み、顔に当たる微細な水の粒子が湿っぽく冷や冷やした。
ギイギイと櫓を漕ぐ音。
チャプチャプと水が船べりを叩く音。
バサバサっと、水鳥の飛び立つ・・・これも音だけ。姿は見えない。
なんか、不思議な感覚。
静か。
いや、鳥の声とか起き出した町中からの人声とかが僅かに聞こえては居るけれど。
でも、なんか静か。
癒される。
不意に、中洲の舳先の石積みの岸壁がふわっと現れ、舟の横をすーっと過ぎて行った。
てことは、もう半分来た。
もう少しゆっくり漕いでくれても良いのに、と一瞬思って、ちょっとだけ現実に引き戻され、髪をガシガシ梳いてたら。
「いっ!・・てー」
後ろ頭が寝ぐせでくしゃくしゃになってたのが櫛に引っかかる。
昨夜、生乾きのまま寝ちゃったからね。
もつれた所を手探りで解こうとしてたら、
「貸せ」
すぐ後ろから声がして、不覚にもびっくりする。
「貸してみろ」
視界の横から目の前に掌が突き出された。
ぎょっとした。
でも、ドキドキしてしまったのを悟られたくなくて、前を向いたまま黙って櫛を手渡してしまう。
指が長かったり爪の形が良かったり、男の人にしては結構綺麗な手だった気がしてたのに、掌は皮が硬そうだったな。
あれってもしかしてタコなのかしら?タコだらけ?
とか思ってたら。
「簪はあるか?」
もつれた個所を解いて、櫛で梳く合間に訊いて来た。
「無いよ。櫛も簪ももう無い」
思えばウチの納戸に置いてあった小間物屋用の小箪笥の中には結構高価な櫛や笄が納めて有ったな。
ちょくちょく内緒で使わせてもらったv
派手ではないけど、夏には夏の、冬には冬の、意匠も細工も凝ってて、見てるだけでも楽しかった。
自分用にもいくつか用意してもらって。
でもしょっちゅうあちこち落っことして、時には無くして、良く怒られたっけ。
京を出る時していたのは、黒漆塗りに蒔絵であっさりと梅の枝が描いてあった。
梅の蕾には珊瑚の欠片が埋め込まれてて、割と気に入ってたんだけど。
でも、今手元にあるのは実用一点張りの、ツゲの両歯の梳き櫛だけ。
「みんなお金に換えちゃったー」
「・・・」
叱られるかと思ったら無言で返された。
そうすると、何か自分の言葉が妙に哀れっぽく聞こえてしまって、
「この何ヶ月か、まともに髪なんて結って無いし、有ったって邪魔だしね」
へへっと横を向いて笑って見せる。
言い訳めいてた?
でも実際、三つ編みにしたり、それを頭に巻くとかするだけなら、立派な櫛も簪も必要無い。
お団子にするには簪は有った方が良いかもしれないけどね。
土方さんはさも煩げに、前を向いてろと促して、
「伸びたな」
結うにしても、という意味だろう。
腰までどころかお尻まであるもんねv
ていうか確かに他人に髪を梳いてもらうには長過ぎかも。
丹前の背中を上から下に掻いて行く櫛の動きがちょっとくすぐったい。
「手拭を貸せ」
「え?」
と、振り返ろうとした時、目の端に強烈な光を感じて思わず片目を瞑る。
今、後にして来た左岸の家々の切れたところ、川下の海へ続く水平線の東の端から、朝日が今まさに顔を出した所だった。
立ち込めた川霧が一瞬にして金色に輝いて、対流する水蒸気の粒子がキラキラと渦を巻くのが良く見える。
「わー」
と思う間に透明度を増し、今まで隠れていた周りの景色を眼前に浮かび上がらせた。
岸壁の石積みがドキッとするほど間近に有り、ほとんど隙無く川岸に着けられている千石船の列にこちらの舟が突っ込んで行く形。
え?大丈夫?
と思う間も無く、見上げるような太い水押(舳先)の間を潜るようにして舟は旋回し、岸壁に切った石段に横付けになる。
さすが船頭さん。上手いv
綿入れ半纏に股引姿のただの小柄なおじちゃんだと思っちゃっててごめん。
「着きました」
石積みに打たれた杭に、輪っかに結んだ舫い綱を掛け、慣れた足の動きで舟を岸に押しつけて居てくれる。
「ほれ」
と後の声に促されて、先に舟を下りる。
気付けば、持っていたはずの手拭が無く、後から下りて来た土方さんの手には自分の刀のみ。
あれ?っと舟の上を見回しても見当たらなくて・・・。
首周りがスースーするので気付いた。
いつの間にかアップになってる!
触って見たら、手拭でまとめてある模様。
「弄るな。油っ気の無ぇ髪に櫛で引っかけただけだ。すぐに崩れるぞ」
刀を腰の晒しに差しながら(晒木綿をベルトのように腰に巻いてる訳はこういう用途だったのね!)、彼は辺りを見回して居る。
そろそろ町が起き出す時間だ。
すぐ傍には積荷を待つ体の千石船が幾隻も繋留してあるし。
なので人目を気にしてるのだろう。
軍の幹部が朝帰りじゃね~(^^;
丹前の裾を持ち上げ、よっこらせと段差の高い石段を上って道路に出たら、覆いの無くなった首周りに冷えた空気が殊更厳しく、
「寒っぶ~。舟に乗ってた方が暖かかった気がする~。なんで?」
右岸から下流に突き出した形の丘陵の陰に入って、朝日が当たらないのだった。
思わず足踏み。
びっしりと白く霜が降りている地面に二の字の跡が付く。
「で?お前はその格好でこれからどこへ行くつもりなんだ?」
ほとんど失笑しながら言われた。
痩せた目の下にちょっと皺が寄った。
私の格好=手拭で髪をまとめて、つんつるてんの浴衣に丹前を羽織って裸足に下駄履き。
人目を気にしてたのはこのためなのね?
「俺はお前の相手なんかしてられんからな。江戸行きの船が見つかったら知らせをやる。後は達者で暮らせ」
ダウンヘアをなびかせてスタスタ歩き出した。
痛めたと言ってた割には達者な足運び。
ちょっと大きめに見える羅紗のコートの、ぶっさき羽織の如くに開いたセンターベントから刀の鞘が突き出ているのが、妙にカッコイイ。
丈もちょうど羽織の丈で、且つ程良くフィットするフォルムが扱い易いのだろう、着こなしがこなれて見える。
手入れの行き届いた黒革のブーツもちょっと大きめには見えるけど、これから寒いところに行くのなら、中に厚手の靴下を履いたり出来るんだろう。
負傷した足を保護出来るから安心だね。
・・・て。
いやいやいや。
行かせてなるものか!
っていうか今「達者で暮らせ」って言っただろコラ!
「ちょっと待ってよ!私も行く」
「寄るな。そんな子守女もどきについて来られても困る」
子守女て(--;
確かに手拭で髪まとめて綿入れ着て、これで子供おぶってたら子守女そのものだわ(爆)。
上手いこと言う。
て、感心してる場合か>自分。
「逃げる気!」
「逃げてねぇ。邪魔なだけだ」
うわ!ムカつく!
「一緒に帰ってくれないなら全力で邪魔するもん。逃げる気なら追いかける。蝦夷地に行くなら私も行く!もう絶対離れない」
前のめりに歩いていた土方さんがハタと立ち止まり、すご~くしょっぱい顔をこちらに向けた。
・・・た、確かに微妙に恥ずかしい台詞だった(汗)。
「だ、だからぁ、私はあなたを連れ戻しに来たの!一人でなんか帰らない!・・・ていう意味よ~」
最後はしどろもどろ。
ふん、と鼻を鳴らして、土方さんは薄笑い。
「物騒だからな。女独りでなんぞ船には乗せんから安心しろ。人を頼む。とにかく手配が済むまでは宿に引っ込んでろ。んなみっともなねぇ格好でうろうろするな」
「急いで出て来たんだからしょうがないじゃない。そっちがすっぽかそうとするからでしょ!」
「すっぽかすたぁなんだ!」
と私に釣られて大きな声を出し、それからしまったと思ったんだろう、ギロギロと目だけ周りを見回しながら顔を寄せて来て、声をひそめて続けた。
「長旅の疲れもあろうから朝寝させておこうと思ったんじゃねぇかっ。有難ぇと思ったらどうなんだ」
「うそー。アタシが寝てるうちに姿をくらまして自分だけ蝦夷地に行こうっていうんだー」
半分ふざけて憎まれ口を続ける私に痺れを切らし、彼は長く大きな溜息をついた。
「やめろ。もういい。どうでも己の納得行くように考えれば良い。だが俺は忙しいんだ。お前に構ってる暇は無い。とにかく今は宿に戻れ。ついて来るな。判ったか」
低く抑えた声音。
隙無く固めたその顔は、昨夜の別人のような様子を思い起こさせて。
急激に気持ちが頑なになって行くのが、自分でも判る。
口がへの字になるのが。
視線を逸らし、
「やだ。アンタの命令なんか聞かない。私はあなたの部下じゃないし、もうお金で雇われてるのでもない。もう関係無いんだから私に命令しないで」
ただちょっと拗ねて見せただけだ。
それぐらい言っても良いだろうと・・・気を許しただけ。
なのに、
「関係無いなら何故付いて来る」
10センチも開けない、すぐ目の前の口が言った。
「纏わりつくな。失せろ」
眼の色に容赦が無かった。
首元に匕首を突きつけて来るような勢いで、こちらの逃げ道を断って来る。
「簡単なことだ。俺の命令など聞かずに済むぞ?」
余裕のうすら笑いを見せながら、・・・でも真っ当な返しだった。
関係無いなら纏わりつく道理は、・・・確かに無い。
返す言葉が見つからない。
恐くてその目を見返せない。
なんて意地悪なんだろう。と思う。
軋んでギイギイ鳴ってるのは岸に繋がれた船なのか。自分なのか。
なんとか言い返したくて、でも追いつめられて、心臓がどきどき言った。
息が詰まる。
汗が湧いて来る。
なんだか足元がグラグラする。
視界が歪んで来そうだった。
「何いじめてんです?」
不意に、土方さんの背後から声がした。
振り向く彼の肩越しに、目深に笠を被った旅姿の・・・。
っていうか声が!
「幸?!・・・幸なの?」
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