もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
怒って良いのか歓んで良いのか、安心して良い場面なのか・・・確かに私は混乱中で。
「・・そ、それで、なんでここに呼ばれたんです?私のお守しろって言われたわけじゃないでしょう?」
むかっ腹は立っていた。
誰に対してか、何に対してか漠然とはしてたけど。
厭味っぽくなってしまった私の口調に反応してか、斎藤さんはニンマリと(多少わざとらしく)笑って見せ、
「まぁ、そう怒らずに。いいじゃないですか。こんな風に話せるのも久方振りだ」
わざとらしく謙った言い方が嫌~な感じだったし、作り笑いなのも判っていたけど・・・。
斎藤さんがこんな風に爽やかに(?)笑う顔ってめったに見れないんだよ!
きりっとした眉がさ、急にカッコ良く見えるんだよな。
普段はそんなじゃないのに!(って、こら!)
吊られてこっちも頬が緩んでしまうじゃないか!
ううう。
なんだこれ。
力技だな(爆)。
諸々気にしないで笑って済ませろってことか?
って、右脳は丸め込まれそう。
だが、もう一方の脳ミソはフル回転だ。
斎藤さんがここに居る意味は何?
「もう寝ろ」とかって、一晩中いるつもりだぞ。
なんで?
土方さんは今夜は来ないらしく、尚且つ私がひとりじゃまずいってことで・・・。
なのに来たのが幸じゃないってことは・・。
まさか、沖田さんに何かあったんじゃ・・・。
「百面相ですな」
こぽこぽと酒が注がれる音がした。
徳利一本開けたようだ。
音に反応して、無意識に手が伸びた。
「あっつ!」
火傷したばかりなのに私と来たら、また素手で熱くなった徳利の首をつまんでしまい・・・。
晒しから出た指先があっちい!と思った瞬間、ばっ!っと斎藤さんが私の腕を掴んだ。
火鉢の傍に丸くなっていたフクチョーが驚いて逃げて行ったぐらいの勢いだった。
びっくり。
私の手を取って、指先を穴の開くほど見つめてて。
・・・ちょっと引いた(こら)。
自分の取った行動に彼自身も驚いたらしく、
「す、すまん」
慌てて手を離し真っ赤になったのが可笑しかった。
だって斎藤さんって月代まで赤くなるんだよ(笑)。
それから弁解のように、
「あんたは副長の大事な人だからな・・」
・・なんじゃそりゃ(--;
彼はここがかりそめの妾宅と知っている人だ、今更そりゃ無いぞ?と思ったが、彼はそっぽを向いて、
「ここへは、・・・頼まれて来た」
もう全然笑っちゃいなかった。
赤い顔色もすぐ冷めたし。
小作りな口元に力が入り、こめかみが動くのが判った。
やっぱり不機嫌だったんだ、と思う。
それ以上は言葉を継がずに黙りこくってしまいそうだったので、
「ここに来てどうしろって?」
火傷しかけた手先を確かめながら訊いてみた。
ガタガタと、風が雨戸を鳴らしている。
障子戸がバタつく。
行灯の灯りが揺らぐ。
彼は視線を合わせないように、用心深くこちらの様子を窺いながら、燗のついた徳利を鉄瓶から引き上げた。
もうかなり熱くなっていただろうに、江戸時代の人って手先の神経が鈍いの?(驚)。
側に布巾が有るのに、懐から藍染の手拭を出して濡れた徳利の底を拭く。
拭いた手拭を膝元に置いた。
その仕草が斎藤さんだなぁと思う(正座した膝頭のラインと手拭の一辺がピッシリ揃ってるんだよ)。
「あんたをひとりで置いとけないってことだろ。そんな様子じゃな」
独酌を再開した。
ちらりとこちらを見る。
洗い髪で、浴衣にどてらを羽織って、利き手に晒しを巻いている私をね(^^;
「でもだからって斎藤さんが留守番に来るなんて。かくまわれてた人を呼び出してまで・・」
咳き込みながらそこまで言っても、何も説明はしてくれない様子。
先程からの疑問を投げかけてみる。
「まさか、沖田さんに何か有ったわけじゃないでしょう?」
「沖田さんはそんなに悪いのか?」
逆に質問されちゃった。
素の反応だった。
「知らなかったの?」
不躾に指摘したのが気に障ったのか、真っ直ぐ見返した目の力が一瞬間、年相応な向こう気の強さを伺わせたが、すぐに視線が外される。
なかなか心の内を見せてはくれない。
「そこまでは。屯所とは連絡を取り合っていたが、仕事の事だけで精一杯だったからな」
さもありなん。
溜息が出た。
「悪いっていうか、波があるの。良い時は散歩できるぐらい元気だったり。ひどい時は寝たっきりでひと月ぐらい過ごしたことも。それもついこの間。だからまたそうなのかなって。この三日、幸も顔を見せてないし」
「幸がついてるのか」
「うん」
「アイツも因果だな」
フゥと鼻で溜息を吐いた。
単に運が悪いという意味なのか、他に何か含みがあるものか、私には判らない。
それを訊き出すのも無遠慮な気がしたし、何より、重くなった話題を変えたかった。
「でも斎藤さんが帰って来たって知ったら幸、悦ぶよ。ずっとひとりで稽古してたから。ウチの庭で木刀振って。『千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす』って。アレ、斎藤さんが教えた?」
すると彼は、おや?というような顔つきをし、
「ああ。『五輪書』だな」
と言ってようやく笑顔を見せたんだ。
それがなんとも嬉しそうで。
手にした猪口を弄び、記憶を手繰っているような面持ちで。
伏せた目元がなんとも優しくて無防備で。
師弟の間に入り込むなど考えもしないけれど、でもちょっとだけ幸が羨ましくなったり。
優しい雰囲気にほっとして、「ごりんのしょ」とは何か訊ねようとしたのに、咳が出て喋れなくなる。
ちょっと長く喋るとすぐ咳が出るんだから嫌になる。
お茶で喉を湿らせようと、急須にお茶の葉を入れていると、
「だが俺が戻っても、ヤツが悦ぶようなことになるかどうかは判らんさ」
?
「戻るかどうかも・・・判らん」
笑顔は消えていた。
また、押し殺したような無表情に戻っている。
中空に、視線が泳いでいる。
何か決意が有るようでもあり、獏とした何かに囚われているようでもある。
「斎藤さん・・・」
どういうことなのか訊ねようとした。
その時。
不意に外で怒鳴り声がした。
余りに突然のことで、飛び上がるほど驚いて悲鳴が出ちゃった。
長火鉢にしがみつきながら耳を澄まして、表通りで誰かが大声で叫んでいるのだとようやく判る。
斎藤さんは?と見ると、既に大刀を手にし、障子を開け、雨戸に張り付いていた。
縁側にわだかまっていた寒気が畳を這って、鉄瓶の湯気をたなびかせた。
「何?何なの?」
まるで私の声など聞こえていないかのように、彼は何も答えず外の気配を窺っている。
耳をそばだて目の動きもせわしない。
行灯の灯りの遠くなった闇の中に、キラリと目を射る光があり、大刀の鯉口を切っているらしいのが判る。
外では先ほどからの怒声が入れ替わり立ち替わり複数人数、聞こえている。
これはちょっと危ないかも。
と、すぐにそう思って、それから次に、
着替えなきゃ。
と思ったのは・・・なんでだろ?
そそくさとどてらを脱ぎ始めた私に、斎藤さんの怪訝そうな顔が向いた。
そこで初めて、自分の行動の滑稽さに気付いたんだ。
えーとえーと、とそのわけを自分の脳ミソの中から捻り出す。
「逃げる用意、しといた方がいいんでしょ?」
なんだか判らないが、今夜は物騒なことが起こるらしいのだ。
外の人声で得心が行った。
ここは新選組の屯所に程近い。
声はそちらからして来るのである。
新選組が騒いでいる、ということは何らかの事件が起きたということではないか。
しかも、・・・どうやら予定通りに。
だから幸ではなくてわざわざ斎藤さんが呼ばれて来たのだ。
それも事前に。
幸の手には負えないから。
土方さんが来れないから。
多分、監察の人達や他の誰も。
つまり、私の体調がすぐれないのを知った土方さんが急遽斎藤さんを駆り出した・・・とは考えられないだろうか?
伊東派から脱走して、おそらくは追っ手がかかっているはずの斎藤さんに危険な思いをさせてまで召集をかけるなんて、
「何があるの?」
依然答えは返らない。
いいさ、そっちがその気ならこっちだって。
時間がないので浴衣の上に綿入れの着物を着る。
普段なら着るのに三分もかからないのだが、晒しを巻いた手を庇う分時間がかかる。
行灯の灯りは既に斎藤さんが消していた。
いつの間にか羽織を脱いで、腿立ち襷掛けになっている。
ちょっとうんざりした。
ここが戦場になるとでもいうのか。
なので、
「いざとなったらここに籠もるという手も有るよ」
半分冗談のつもりで納戸の戸を開けながら言うと、
「俺も一緒に御籠りしろと?」
暗くなった中から声が返った。
箱行灯にも覆いを被せて、家の中は僅かに火鉢の炭火の灯りのみ。
「だってその方が危ないまねしなくていいじゃん」
「それが危ないまねだとは思わんのか」
「?」
なんだか笑い声みたいだった。
表情は見えない。
「どういうこと?だってここはそういう目的で作られた部屋でしょ?」
この家の造作は彼も周知のものだ。
引越しの手伝いに来てたくらいだもの。
「そうではなくて・・」
と、言いかけて、唐突に口をつぐんだ。
外の様子を窺うようだ。
つられて聞き耳を立てると、外は静かになっている。
溜息をひとつ、つくぐらいの間を置いて、
「どうやらその必要は無くなったようだな」
ふん、と皮肉っぽく鼻で笑ったのはどういう意味だったのか。
警戒を解いても良いと判断したのだろう、衣擦れの音がし、真田紐を外して腿立ちも下ろす様子。
ふわっと、座敷の灯りが戻った。
箱行灯の覆いは斎藤さんの羽織だった。
「寒いだろう?そこは」
確かに。
冷蔵庫を開けたみたいだ。
くしゃみが出る。
二つ三つ。
最後は咳に変わって。
うう~。
足が凍死しそう。
そう思いながら両袖で顔を覆い咳をしていると、何か大きな温かいものが、肩を包んだ。
「あんた、布団に入った方が良くは無いか?」
斎藤さんだ。
布団の足元に行火(あんか)が仕込んであるのを知っている。
そう言うからには、今夜はもう心配無いということか。
っていうか、どうでも良いんだけどさ、火鉢の元へ誘導してくれながら耳元で話す息が酒臭いんだけど・・・(^^;
なので、
「じゃあ、斎藤さんの分も布団敷くわ」
酔客を置いてきぼりにして、自分ばかり寝ては居られないだろう。
そっちこそ寝せなきゃ。
と思ったのに、
「隣にか!」
素っ頓狂な声にびっくりして、それからそれが意外な人の口から出たことの可笑しさに堪え切れなくて笑っちゃう。
「隣の部屋によっ!何バカ言ってんの?斎藤さん、酔ってる?」
とたんに、肩にかけた手がぱっと離れて行った。
「ああ・・・すまん。そうだな。バカなことを言った。俺は朝まで起きているつもりだから、あんたは寝るといい」
こちらを見ない。
あ・・れ?
ふざけて言ったつもりだったんだけどなぁ。
ていうか斎藤さんもそうだと思ってたんだけど。
茶の間の行灯の灯は落とされたまま。
薄暗いままの火鉢の脇に座り、徳利に残った酒を猪口に注ぐ様子。
もしかして凹んでる?
まさか、ね?
なーんか、変なの、斎藤さんてば。
「ごめんね、気に障った?斎藤さんみたいな人でも冗談言うのかと思ってさー。嬉しくて笑っちゃった」
言いながら、フクチョーがとぐろを巻いていたのを蹴散らして(酷)、掛け布団ごと行火を移動。
んしょんしょと火鉢の脇に持って来たら、
「あんた何やってんだ」
咎められた。
「だって足温めようと思って」
「寝たらいいだろう?」
うんざりしたようにそう言って、思い切り溜息つくんですけど。何それ。
それって何?余計なことすんなってこと?
「だって私ばっかり寝てらんないよ。斎藤さんだって寒いでしょ?ここに持って来りゃ二人であたれるでしょ?」
「俺は構わんから・・」
「やだよ。私も起きてる。何があるか判らないんだもん。教えてくれないんだからさー」
・・・黙った。
結構判り易い人?(^^;
「ねぇ、何があるの?」
「あんたさっき言いたくないことは言わなくていいと言ったぞ」
そうでした(^^;
速攻、釘を差されたな。
ま、言わなきゃいけなくなったら言うんでしょうから。
空になった徳利を台所に持って行って酒の補充。
こういう時、いちいち箱行灯を持って歩かなくちゃいけないのが難儀だよね。
板戸が左程鳴らなくなっていた。
風が止んできたのかな?
「あんた、土方さんには可愛がられているのか?相変わらずひとりで置かれてるようだが」
茶の間から訊いて来る。
急に何を言い出すんだろう。
片口から徳利に酒を移すのに忙しかったので無視。
「先程は訊きそびれたからな。あの人、他に女でも居るのか?」
茶の間に戻りながら憮然と睨んだのを察したのか、長火鉢の向こうから覗き込むように顔を寄せて来る。
行灯に灯が戻っている。
十センチも開けない目の前に、斎藤さんの顔。
太い眉。
一重の目に濃い睫毛。
目力がある。
徳利を鉄瓶のお湯に浸しながら、こちらも横目で睨み返す。
まだ徳利二本弱。
酔ってるんだか素面なのか私には判らない。
「髪を洗ってもらったぐらいじゃ判らんぞ。幾日ぶりかで来たんだろう?放っておいた罪滅ぼしかもしれんな。だがやはり長居せずに帰って行った・・・と」
余計なお世話だ。
つーか、なんでそんな詳細を知ってるのか。
言い訳すればムキになったように取られるだけ。
不愉快な質問に返答は諦めろ、と念じて睨む。
それでも通じたようだ。
「部屋の中を見れば判るさ。煙草盆が出ていない。あの人だけじゃない、ここにはもう誰も来なくなってる。そうだろ?」
そうか、しまった。
煙草盆ね。
そこまで考えなかったわ。
っていうか、
「そんなことどうでもいいでしょ?斎藤さんには関係ないでしょー?私はねぇ・・・別にひとりだって平気なの」
まさか、そうしょっちゅうあの人に来られちゃ迷惑なんだ!とも言えない。
「ひとりで勝手気ままに暮らせる方が良いんだもの」
「強がったとて空しいだけだぞ」
溜息を付いて見せる。
眉根を寄せて、諭すような口調がちょっとムカついた(お酒の匂いにもね)。
「別に強がってるワケじゃないわ。他に女が居たって良いし。私は自分の居場所があればそれでいいの」
まさか、おゆうさんの存在を知られちゃいないだろうな、とは考えた。
彼が言ってるのは一般論だよね?
「自分の居場所・・・か」
と、再び彼が溜息をついたのを、左程とも思わず聞き流した。
話題を変えるのに気が行ってた。
「つーかさ、斎藤さん、人のこと言えるの?聞いてるわよー、あちこちに女の人囲ってるって。そんなに沢山居たら、全部回るの大変よねー?自分だって放ったらかしにしてるんじゃないの?人のこと心配する前に自分の方こそなんとかしたらどう?」
我ながら意地悪だがやり込めるには仕方無い。
攻撃は最大の防御であるからして。
が、彼は余裕だった。
「俺はそんなことは無いな」
突き出していた顔を引っ込め、元のように座り直した。
顔が笑っている。
ちょっと憎らしい気もしたので、咳き込みそうな息を飲み込んで、
「へー。まめなんだね」
茶化してみた。
「女どもには暇をくれた」
え?
「新選組を出る前に。多少金は要ったが、みな、未練も無さげに離れて行ったさ」
あらまあ。
そんな一度に関係者(笑)全員切っちゃうなんて・・。
大胆な人。
女につけ入れられて囲うはめになる・・って以前沖田さんが言ってたけど、違うんだな。
結構割り切って付き合ってたのかも。
片頬で不敵に笑って見せ、杯を重ねる。
黒の紋服で端座して、物腰も静かで。
渋く決めてるつもりなのか。
でも、取り澄ましたってボロは出てるぞ。
「うっそぉー」
おどけた声に、彼は興醒めたような顔をこちらに向けた。
「私見たもん。ついこないだ、夜に女の人と揉めてたじゃない。あれって別れ話のもつれじゃないのー?やっぱりそう格好良くはいかないんでしょ?」
怯むかと思われた目が・・・見開かれた。
怪訝そうな顔がやがて確信を孕み、眉が険しい角度になった。
え?
私、なんかまずいこと・・・
「あんた、あそこに居たのか?」
うへ!
そうだった!
知られちゃまずかったよぅ(←ばか)。
「あんな夜中に何してたんだ!あれか、あの踊りか?ええじゃないかとか言う・・」
ぎゃー!やばーい!
「そんなの知らなーい!何にも見てなーい!」
「今更そんな見え透いた言い訳するな。それ以外に俺を見かける術があるか」
・・・だよね。
でへへー、と笑うしかないな(^^;
「なにやってんだあんた。こんな物騒なご時世に女のくせに夜遊びとは。ひとりだったのか。幸も一緒か。土方さんは知らないんだな?」
うわ来た!小言だ!
小言小言!
女のくせに!だって!
「あんた、あの騒ぎがどんなものか知ってるのか。素人が遊びではまるなんて。いや、素人ならまだいい。仮にもあんたは・・」
「いいじゃん、もう!何も無かったんだからー。もうしないからさー。終わったことをくどくど言わないで。別にあなたに迷惑かけたわけじゃないでしょ」
ぶー、と脹れて見せたら、
「それで風邪引いてこんな事になってるんじゃないのか」
ああ・・っ。そうでした。
お見通しですね(てへ)。
ええい!そんなツッコミはどうでもヨシ!
「なによー、誤魔化さないでよ。女の人と揉めてたじゃんって言ってんのー!」
誤魔化してるわけじゃないだろう、と彼は口の中でごもごもぼやいてから、
「別れ話で揉めてたわけじゃない」
「じゃあ何よ!」
「金の話だ」
腹立たしげにそう言った。
鬼の首を取ったように責め立てた自分の浅はかさが居たたまれなくて、謝ってしまおうと思ったぐらいシリアスな表情。
「相応の、いや、充分な金を払って切れたはずだった。納得ずくだったのに・・・後になって文句を言って来た」
・・・って結局別れ話じゃん(--;
「ごねている、と聞いたんでな。俺の方から訪ねて行って・・・」
そこまで言ってから、はっとしたように言葉を切って、
「かくまわれているところを抜け出したんだ。これは人に話してもらっては困る」
なるほど。
そういうことか。
それなら、とすかさず、
「じゃあ取引しましょ。私が夜遊びに出たのも内緒ね?」
人差し指を口の前に立てて見せたら、不意にニィっと笑って、
「あんた、可愛いな」
なに言ってんだー!
急にテンション変えるなっ!
しかもひとつも表情を変えずに言う。
ホントびびるから、それ。
言葉に詰まって咳が出た。
それからなんだか顔が熱くなってきちゃって、
「・・あ、ほら、もう燗ついたんじゃないの?早く上げないと」
誤魔化した。
・・つもり。
すると、存外あっさり、というか素直に興味の対象をすり替え、彼は自分で燗徳利を引き上げた。
その様子がいかにも酒好きに見えたので、・・・安心し過ぎた。
「あんたみたいなのをひとりで置いとく気が知れんな。危なっかしくて見てられん」
独酌で、猪口で三杯、いや、四杯、立て続けにぐいぐい行く。
徳利を手にしたまま下に置く気配も無い。
「別に見なきゃいいじゃん」
と憎まれ口を利きながら、ホントは気が気じゃなかったさ。
「お酌しようか?」
と言ったのもそんなわけ。
いくらかスピードが落ちるかと思って。
目だけこちらを向く。
睫毛が真っ直ぐだ。
私と同じだね。
「心配せんでいいよ。これしきの酒では酔わん。だが、これではいかにもまどろっこしいな」
なので猪口を湯呑みに替えましたー。
ちなみに、徳利も燗鍋に(^^;
直に火にかけた方が早く燗がつくからって。
飲むペースに燗が追いつかないんだよぉ~!
この大酒呑みっ!(笑)。
スポンサードリンク