もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

「そおですよ。先に痛い思いをなさっておられるからと違いますか。それはあなた様もお判りのはずや」

あなた様・・・(--;って、もしかして三年前の事件がトラウマってこと?

マジかよ。
信じられないんだけど。

「じゃあもう一つ。近藤先生と協議の末ってことはさ、今回の件はその二人の考えで行われたってことでいいのね?」

すると彼は日に焼けた月代をぽりぽり掻いて、

「う~ん。むつかしなぁ。そればっかりはよう言わん」

「ずるい」

「ずるいてあんた・・・。ここまで教えただけでも土方センセに知れたらえらいことや。どこにも言わんといて下さいよ」

う~。
納得できない。

睨む私に溜息を返す。

「かなんなぁ。土方センセお一人のお考えやない、いうだけでは足らんのかいな?」

「足りない」

口が尖っちゃう。

「あんなぁ小夜はん、世の中には判らんでええことも仰山おますのや。一つのことを知るために、多くのもんを失うことも珍しうない。私かてそうや」

そう言われて、目の前の人懐こい笑顔の裏の、・・・・失ったものの多くを思いやる。

そんな風に諭されると弱いよね。

「この家に入るとき教えたこと、覚えておいでですか?何も知らんのが一等危なげ無いんでっせ?土方センセはな、あんたはんのこと危ないめェに遭わせたないんですわ。それを一番嫌がります」

山崎さんに物知り顔で言われると、一瞬信じそうになるけどね。
でもやっぱ白々しい。
だって・・・。

残党狩りの餌にはしてもか。
熱いお茶をぶっかけてもか。
藤堂さんに「殺していい」と言ったのに、か。

「もういい、山崎さん。俺が話す。散々危ない目に遭って来てるんだ。今更そんな話でこの人は納得しない」

襖の陰から、斎藤さんが姿を見せた。

にこりともしないのは、屯所ではいつものことらしいので気にしなくて良いのだろうが、山崎さんに反感があるように見えるのが傍目からは危なっかしくて、なんだか冷やりとする。

(・・・さっきからさんざん突っかかっている自分のことは棚に上げ(^^;)

山崎さんは斎藤さんに会釈を返し、長火鉢の前からついと下がって、

「判りました。では、これだけは言っておきましょう」

畳に落とした視線を上げることなく続けた。

「副長には虫の居所が悪かったんですな。何しろ、不本意ではあれ自身の練った作戦が失敗に終わったんですからね。蟻の這い出る隙無く固めたはずの包囲網から四人抜けられ、挙句に、仕留めたと思った南部与七郎は・・・よりによって己の休息所に匿われてあったんですよ?」

あ!と改めて気付く。
藤堂さんを見逃してくれたことしか考えてなかったけど、あの人の立場からすればそういうことになるのか。

「しかも助け出したのが沖田先生だったとあれば、それは近藤、土方両先生にとっては謀反と同じではないですか?」

ああっ!
そうか・・・。
そういうことになっちゃうんだ・・・。

息を呑んだ私の様子を見て満足したのか、山崎さんの口元にようやく微笑が見えたのだったが。

笑顔の瞳の奥が笑っていない。
そのシリアスな眼の色が、この人の立ち位置と、それに伴うこの事件への評価を物語っているように思える。
つまりは、彼は藤堂さんを助けたことを良く思っては居ないのだと・・・。

「違います」

と、口を開いたのは幸だった。
皆の視線がいっせいにそちらを向く。

「謀反では有りません」

言い切った。
山崎さんの言葉をピシリと否定し、それから幾分、視線が惑った。

「諌めようとしてたんです。それも、命がけでした・・・」

その言葉を、病気で体力の無くなっている体に鞭打って、冬の夜中に長時間外に居たことを言っているのだと・・・たぶん、その場に居る皆が皆、思ってた。
そう思って、そして彼女の言う通りだと、皆納得したんだ。

もの言う瞳を、伏せた睫毛の奥に隠して、人知れず苦しんでいるとは誰も思いもしなかった。





山崎さんの帰って行った後、いつものように順番に風呂を使う。
幸は斎藤さんの月代を当たってから、最後に。

朝に落ち込みモードだった藤堂さんは、昼には幾分回復した様子で顔を見せてたんだけど、再び納戸に引き篭もっちゃってて。

昼寝してるだけならいいけど、先程の土方さんの大砲ぶち込み計画(ポシャッたけど)を聞いて、また恨み再燃ってことなのかしら?
と心配してたら、

「それはないだろ。仲間の屍骸でおびき出されるより、大筒ぶち込まれた方が戦らしい。正々堂々正面から雌雄を決するわけだからな。いっそ恨むことも無いだろう。あいつの性分には合ってるだろうさ」

そう言いながらも、納戸の戸を眺めやる斎藤さんの表情は、どこか思案顔でもあり。
懐手をした胸元から手を出して、顎の髭剃り跡を撫でている。


天気は良かったが、午後を回るともう冷え込んで来て、庭の物干し竿にかけた洗濯物から盛大に湯気が上がっている。
お風呂を新しくたてたついでに、お湯で洗ったせいもあるけど。

なので、開け放してあった縁側の障子戸を閉め、いつものようにどてらを被って火鉢に戻ると、

「昼間から閉めっきりでは薄暗いだろう。寒がりだな、あんた」

呆れたように言う。

江戸時代人と現代人じゃ、寒さに対する(否、何に対しても)体の耐久性が違うんだい!

「そっちこそ、この寒いのに足袋も履かずに良く居られるわね。見てるほうが寒いわ、まったく」

それでなくとも月代が青々と寒そうなのに。
ブルッと身震いして見せたらクスクス笑う。

「俺は内風呂焚いてるからな」

彼、昼間っから酒飲んでます(^^;
全く持ってお茶代わり。
しかも冷酒。
手間だから燗つけなくて良いって言うので、五合徳利ごと宛がってみた(爆)。

なので自分の分だけお茶を淹れていると、

「これは俺の憶測に過ぎないかもしれんが」

と断ってから、今回のことは近藤さんが考えたことだろう、と話し始めたのだ。

土方さんが真相を明かさないのはそのためであろうと。
山崎さんがそれを言わなかったのは、あの時は藤堂さんが聞いていたからだと。
彼がそれを知れば、仇を討たねば収まらなくなると見込んでいるのだろうと。

「そうなったらあの人はまた、藤堂を討たねばならなくなる」

と、斎藤さんは言った。
あの人とは土方さんのことだ。
そうしたくないから言えないんだろう、とも。

そういう見方をするなんて、この人はやっぱり優しいんだと思う。
土方さんに反感が有ったんじゃなかったのか?
なのでなんかちょっと甘い気がして。

「さっきあんなに怒ってたのに、今更庇うの?」

お茶を啜りながら茶々を入れる。

「間を空けずに山崎さんが様子を見に来たんでな。あれでいろいろ腑に落ちた」

苦笑した。

「土方さんは、あんたの口から近藤さんの名前を聞きたくなかったんだと思う。あの人は近藤さんを悪く言われるのが一番堪えるのだ。盟友だからな。それは昔からそうなんだが・・・」

ふと言葉を切り、ちょっと言い淀んでから、手にした湯呑み茶碗に視線を落とした。

「きっと近藤さんの悪口を聞いてしまったら、あんたのことが許せなくなる。それが嫌だったんだろ」

どうだかね。
それもなんだか甘々フィルターが掛かってるような気がしないでもないんだけどー。

「悪口なんて言ってないよ」

「でも言いそうになっただろう?だからあの人、聞く前に爆発したんだ」

そうだったかしら?と、こちらはちょっと鼻白む。
そんな細かいとこまでツッコミ入れられても覚えてないし。

「言わないって。私はあの時、近藤先生がそんな汚いことするわけ無い、って言おうとしたのー。そしたらその前にアイツが興奮してバーッてさ。もうびっくり」

先程お茶に汚れた着物はシミになっちゃったので、風呂に入ったついでに着替えた。
ちょっと他所行きのお召し。
海老色の着物に、黒地の帯じゃ玄人っぽかったかな?

「でも、・・・あれしきのことでなんで泣いちゃったんだか自分でも良く判らないんだけどさー・・・」

またちょっと落ち込んでしまう。
溜息が出た。

塩昆布をつまみながら斎藤さんは微笑って、

「近藤さんがそんな汚いことする訳無い、とアンタは言いたかった。でもそれで実際にやったのが近藤さんだったとしたら、汚いのは近藤さんだということになってしまう」

「あ・・・」

はっとした。

「だから、・・・そう、つまり、近藤さんなのさ。分相応、至極当たり前の話だ。だがそれをアンタに指摘されて、あの土方さんがカッとして手を上げたってことは・・・」

はっとして、言葉が無かった。
急に、全部が腑に落ちた気がしたからだ。


私、酷いこと言っちゃったんだ・・・と思った。

愕然とした。

熱いお茶を浴びせられて涙が出たのは、・・・自分が傷付いたからじゃない。
私が傷つけたから・・・。
私があの人を傷つけたからだ。

そうだ、逆だよ!
私があの人を傷つけてしまったんだ。
だから・・・涙が出たんじゃないか。
あの人がとっさに自分を抑えられなくなってしまうほど酷いこと言っちゃったから・・・。

どうしよう・・・。

傷ついたのは・・・私じゃなかった。



「私、・・・もう用済みなんだろか?もう、ここに居る必要は無い・・・のかな?」

論旨が飛んだのに自分で気付いてなかった。
自分の頭の中では話が繋がってた。

あんなに傷つけてしまったんだもの。
私の顔なんか見たくないだろうし、もうここには居ない方が良いのかも。
どっかへ消えて無くなった方が・・・。

ひとり言のつもりだったのに(ていうか言葉にしてしまうつもりも無かったのに)、

「そういうことじゃないだろ?あんた、人の話ちゃんと聞いてるのか?」

盛大に溜息を吐かれ、我に返った。

「あの人は多分、ここが戦場になると思ってる。近いうちに戦になると思ってるんだな」

へ?何の話?
そういう話・・・してたんだっけ?

えーと・・・。

「戦・・・ってどこと?」

「島津家中。薩摩だな」

藤堂さんの仲間の逃げた先だ。

「それと・・・毛利。長州だ。ヤツラは既に手を組んでる。戦になれば、ここは屯所に近いから巻き添えを食うのは必至。危ないと思ってるんだろ。無論この近辺だけじゃなく、下手したら都が全部戦場になると踏んでるんだろうし。先の大火のように焼け野原になるとな」

手酌をしながら、こちらを見た。

「それであんたを都から落としたいんじゃないのか?」

ほとんど表情は動かぬのに、その目と言ったら先程の笑顔の山崎さんのそれとは間逆。
優しいことこの上ない。

「幸も付けて、と考えていたとは思う。でも、そこにたまたま俺の問題があったんだな」

徳利を置き、湯呑みから一口飲んで、物憂げに溜息をついた。

「屯所に戻すにも簡単には行かんし、・・・俺自身の迷いも見えてたんだろう。どうせこのまま新選組に戻らぬのであれば、俺にあんたを娶わせれば一度に問題を解決できると目論んだ。無論、俺の気持ちも見透かされていたんだろう。情けないが、一つ屋根の下に置いておけば自然、目論見通りに運ぶだろうと企んだ。・・・そうは思わぬか?」

自虐を込めて微笑う。

娶わせる・・・て。
なに勝手に考えてんだよ!
目論んだり企んだり、どんだけ腹黒いんだ!

「白羽の矢を立てられて、それはいっそ光栄だが・・・・」

光栄なのかよ!

と密かにツッコミまくりだったけど(傷つけたと思って後悔して損した気分(--メ)、

「だから敢えて訊く。俺と一緒になるかどうかは別としてだ、あんたはここを出る気が有るのか?もしその気があるなら、俺はいつでもあんたを連れて京師を出る心積もりで居る」

真っ直ぐこちらを見る、穏やかで誠実そうな目。

「上方でも江戸でも良い、あんたの行きたい場所まで送って行こう。生活が落ち着くまで見届けよう。だがもし出る気が無いのなら・・・」

真顔でそこまで言って、それから不意に眉を下げ、

「そんな報告をしたら、あの人はどんな顔をするのかな。不甲斐無いとでも怒鳴られるのが関の山か」

苦笑する。

正直、戸惑った。
この人の心の内が判らない。

私のことを好きだと・・・この間そう言われたからそれは判るけど・・・。

だからきっと私も一緒にここを出ると言えば・・・悦ぶのかな?
でもなんだか、そんな単純なカンジでもないみたいだし・・・。

そうする間にも、彼は気を取り直すように湯呑みから一口飲み、

「あんた、ここを出る気は無いんだろ?」

・・・決め打ちして来た。
ちょっと驚いた。

それって・・・諦めたってこと?

なんと答えて良いものか判らなかったけど、実際そんなことなんて真剣に考えたことは無かったので、

「・・・判んない。別に今は・・・自分としては特別出たいとは思わないけど・・・」

でもあの人(=土方さん)の思惑もあるわけだし・・・。

出た方が・・・いいのか?

「駆け落ちするほど、好きなわけじゃないんだもんな」

酒を口にしながらサラリと言った。

・・・聞いてたんだ、夕べの愚痴(^^;

それでも彼は不機嫌になるでもなく、むしろ妙にまんざらでもない様子で、

「でも俺はあの人にあんたを託されちまって・・・正直嬉しいのが情けないが、・・・途中で投げ出すわけにも行かぬ」

途中で投げ出すわけに行かないってことは・・・諦めないってことで・・・。

ええ?それってどっちよ?
私はどうすりゃいいの?
なんて答えれば?

ややこしくてワケが判らなかったけど、とりあえず私がハッキリしないと斎藤さんまで落ち着かないってことではあって・・・。
私のために、彼に面倒をかけてるってことではある。

「斎藤さんはどうなの?新選組にはもう戻る気は無いの?」

訊いちゃった。
自分のことを優先に考えて欲しくて気が揉めたんだ。
なのでそう言ったら、

「さあそれだ。今更戻れるとも思わんが」

意外にサバサバした物言いだった。
投げやりな風でもあって、ちょっと不安になる。

「でも、出てみて判ったんでしょ?」

古巣の方がよっぽど良いって。

「まあ・・。土方さんの思惑通り、近々戦が始まるというなら薩長側に付くのは気が進まん。一度見切りをつけたとはいえ、新選組と敵対するつもりはもともと無い」

「で、侍を捨てる気も無いんでしょ?」

そんなことを藤堂さんに言ってたよね?

「まあな」

時々、ふっと優しげに笑いかけて来る。
そのタイミングが読めなくて、喋っててちょっとドキドキしちゃう。

「土方さんには戻れって言われてるんでしょ?」

「ああ。名前を変えて戻れと・・・」

「え?」

「新選組を離脱している間に新しく入った隊士も多い。名前を変えれば、俺のことを御陵衛士として分派した斎藤一とは思わぬだろうと・・・」

姑息!
そんなのすぐ知れ渡るに決まってるじゃん!

・・・でもまあ、彼の経緯を知らない新参隊士を部下に付ければ、当面はなんとか居心地の悪いことも無いってことなのか?

「だからもう、実のところ名前は変わってるのだ。伊東さんのところから出た時から変えてある」

え?初耳!

「なんて?」

「山口二郎」

「・・・」

「一」の次は「二」か。
順番に行くのか(^^;
・・・ネタみたいだな(笑)。

っていうか斎藤さん、簡単な名前が好き?(爆)。

ヘビーな話に飽きていたこともあり、一気に楽しくなっちゃって、

「当ててみようか?次に名前変える時は、木村三郎とか言うんでしょ?だいたい画数少ない系で数字の名前!」

斎藤さん、失笑。

「でもそれじゃ殺風景だから花の名前ぐらい入れてみようよ。桜木四郎とか藤田五郎、菊川六郎ってのはどお?」

ウケてるvv

嬉しくなっちゃってどんどんエスカレート。

「次がえーと、7番目だから立花七郎太とか。名前の最後をちょっと変えて。8番目は松浦八十八(やそはち)とか、9番目は竹内九十九(つくも)とか。で、最後に梅原百太郎(ももたろう)で上がり!な~んて」

「松竹梅か、めでたいな」

そこまで喋った時、背後で物音がした。
風呂上りの幸が勝手口から入って来たと判ったので、

「ねぇ!斎藤さん、名前変えたんだって!」

勢い込んで報告したらば。

「知ってる」

知ってんのかよ!
だったらなんで今まで教えてくれないんだ~!
と、瞬間思って、それからその声の力の無さに、おやっ?と思った。

斎藤さんも気付いたらしい。

「お前、沖田さんと何かあったか?」

と訊いたのは、何か心当たりでもあったのか。

答えが、一瞬遅れて、それが図星だと判る。

「特には・・・」

と一度答えてから、

「実はあれから熱が下がらなくて。あまり食べて下さらないので・・・」

開いた障子戸の向こうで、それまで洗い髪を拭いてた手拭を手元にくしゃくしゃ握りしめた。

どきっとした。

「熱が下がらない・・って、じゃあ毎日こんなとこに来てる場合じゃなかったんじゃ・・」

「いいんだ。昼間はお孝さんが居てくれるし。実際、枕元に付いてたって何もすることは無いし」

思い直したように、襟にかかる髪を拭き絞りながら茶の間に上がって来る。

濡れた前髪が被さってて表情が見えない。
というか、たぶん、見せない。

しまった、と思った。
野郎二人にかかりきりで、彼女の苦労に思い至らなかった。
心労が思いやられた。

「夜通し起きてついてるの?寝てないんじゃないの?」

俄に心配になってそう言うと、

「大丈夫だよ。そこまでじゃないから。ちゃんと寝てるから心配しないで。夜中でも発作が起きれば判るし、その都度起きれば・・・」

気を使って殊更平静に答えているのだろうと思った。
そういうヤツだった。
こちらが気を使えばそれ以上に気を使う。

だから。

「あんたさぁ、あっちじゃ遠慮して台所立てないんじゃない?ここで何か作って持って行けば?沖田さんの食べれそうなもの、何か・・・」




どてらを脱ぎ、台所に下りて、そこからずっと夕方まで過ごした。
座敷の暗がりの奥で、斎藤さんは寝床に横になってた。

レンコンのハンバーグと、蕪とつくねの煮物と、鶏肉ごぼう巻きと、厚焼き玉子と、鳥引肉入りひろうすを重箱に詰めて、幸はようやく元気になって帰って行った。
たいした料理人だ(私はほとんど何もしてない・爆)。

鶏肉や玉子系ばかりになったのは、精進系(笑)の惣菜はお孝さんが用意してくれるからだそう。
いくらか余分に作ったので、

「食料は充分あるし、明日は来なくて良いからね。こっちには気を使わなくて良いから、その分沖田さんに付いててあげてよ。あんたも休んでさ」

「ありがと。恩に着るよ」

自分で調達してきた食材を使って自分で料理したのに、そう礼を言って駆けていく。

二十日の月が煌々と照り出して、生乾きの頭から微かに湯気が立ち上るのが見える程。

凍てついた空気が肌に痛かった。





「小夜ちゃん、俺、江戸に帰るわ」

と、藤堂さんが爆弾発言してくれたのはそれから間もなく。

ずっと放っておいてマズかったかしら?と、座敷で寝ている斎藤さんをそのままにして、先に納戸へ夕飯を運んだんだ。

暗かったから行灯の芯を切って、火鉢に炭を足して。
昼からずっと閉め切りだったから、戸は開け放して。
レンコンバーグを照り焼きにして。

「今起こすから待っててね」

と覗き込んだらイキナリだった。

「納豆ご飯喰いてぇ。だから江戸に帰る」

って・・・。

「えええ?!」

「死ぬ前にどうしても納豆が喰いてぇもの。だから江戸に帰る」

そんな理由で?
頭がおかしくなったのかと一度は疑ったが。

「ずっと考えててさ。どうせ一度死んだのなら、また新しく何か始めればいいって、お前言ったろ?」

夕べあの騒ぎの中で・・・確かに言ったが。
やっぱりこっちにも聞こえてたらしい(--;

「いくら考えたってここに、・・・京師に俺の居場所は無ぇ。今更腹を切るのも間が抜けている。仲間を追って島津に加担するのも気が進まねぇ。伊東先生の遺志を継ぐには・・・俺は非力に過ぎ、事情も変わっちまった」

天井を向いたままの目は潤んでいたと思う。

「お前の旦那に恨みが無いわけじゃない。だが・・・。斎藤の言う通り、近藤さんにも土方さんにも確かに世話にはなった。こんな言い方をしちゃお前にゃ申し訳無ぇが、あの人を殺したとて事情が変わるわけでもねぇ。俺はここに居る意味が無ぇ」

「意味が無いなんてそんな・・・」

「南部与七郎は死んだんだ、小夜ちゃん。居なくてもいいのさ。俺はもとの藤堂平助に戻って、・・・新選組に居場所は無くなったが、お江戸に戻りゃあまた面白可笑しく暮らせるってわけだ」

薄く笑う。


「そうか」

戸口に斎藤さんが立っていた。
相変わらず気配を消すのが上手い。

藤堂さんはいささか武張った声音に取り繕って、

「言っておくが諦めた訳じゃねぇからな。多少は恩が有るから今回は見逃してやるってだけだ。次に遭った時にはそうは行かぬ。貴様もその時は己の寿命と観念するんだな」

憎まれ口は照れ隠しだ。

強がっているとはいえ、きかん気が戻ってきたのは嬉しかった。
それは斎藤さんも同じだったようで、ともすれば笑い声になりそうなのを抑えながら、

「それはこっちの台詞だな。手負いを幸い返り討ちにしたと言われては心外だから、今は見逃してやるってだけさ」

珍しく憎まれ口で応酬した。

それから、

「逃げずに居るからいつか必ず仇を討ちに来い。待ってるぞ」

優しい物言いに胸が詰まった。
居場所が無くなったと嘆く藤堂さんに帰る場所を作ってあげる、その心遣いに。








スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。