もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
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灯りを落とした納戸は本来真っ暗な場所だ。
僅かに、天窓の隙間から明かりが漏れるぐらいで。
でも今、私が開けた戸口から差す真昼の光の中で、病臥するその人はひっそりと息をしていた。
「おはよー。目が覚めた?」
昼なんだけどさ。
目が覚めた時の挨拶はおはようじゃないかってことで。
返事は返らず(それも予測はしていたけど)、彼は納戸の隅の薄暗闇を見ている。
視線の先には、彼の黒紋付の長着が丸めて置かれたまま。
背紋の蔦は主人の流した血を吸って、赤黒く染まっていた。
「赤くなったら散るのが理・・・」
ぼんやりと発せられた言葉は、聞く相手を想定しては居なかったようで。
言った側から光の中へ霧散して行く。
何を言い出すかと思えば・・。
と、刀に切り裂かれ、血糊と一緒にひと塊に固まった紋付を見る。
確かに、蔦の紋所は紅葉も進み、落ちなんばかりの色には見えた。
溜息が出た。
キャラ違いの気弱な言動に、ちょっとうんざりもして。
・・・つーか、感傷に浸りたいのは判るんだけどさー、こちらに向いた後頭部に切り残しの髪がザンバラになっちゃってて。
本人はまだ気付いていないわけだから、こっちは笑いを堪えるのが大変なんだよね。
「こんなになっちゃったらもう捨てるしか無いでしょー?上等な紋付なのに。あー勿体無い」
誤魔化しついでに、わっさり掴んで戸口へ放ったら、
「あ!お前!・・・何すんだ」
意外としっかりした反応だったが。
こちらに顔を向けた拍子に背中に力が入ったのか、また一声呻いた。
額から、半ば乾いた手拭がポロリと落ちる。
額の古傷が白く顕わになった。
「蔦だからって落葉するとは限んないんじゃないのー?」
熱は下がったのだろうか?
手拭を絞り直すついでに額に手をあてがってみる。
その手を振り払うように、彼はそっぽを向きながら、
「ばか。何言ってんだ。蔦は枯れて落ちるに決まってんだろ!」
まだ平熱とはいかないけれど、朝よりは下がった感じ。
頓服が効いたのかな。
絞った手拭をもとの通りに置きながら、
「そうだけどさ。でも、枯れない蔦があったっていいじゃん?」
そんなのあるかい、と悪たれるぐらい元気はあるようだ。
「それより、ねぇ、お腹空いてない?ご飯食べれる?」
拒絶されると思ったのに、
「ああ。・・・美味そうな匂いで目が覚めた」
素直な返答が微笑ましくて可笑しい。
藤堂さんらしいや。
「そう。良かった。じゃあ今、持って来るから」
「あ!・・っと、待てよ」
呼び止められて、戸口で先程の長着を拾い上げながら振り返る。
「腹を切る時、中に残ってちゃみっともねぇから飯は小盛りでな」
・・・へ?
なに?
言ってる意味が理解できるまで時間がかかった。
それから次の瞬間、ぶはーっ!っと盛大に吹き出してしまう。
ゲラゲラと、座敷へ転げ出ながら笑いが止まらなくて大変だった。
「なっ・・お前、なに笑ってんだよぅ!」
「だって・・・!切腹してお腹から竜田揚げ出て来るって・・キモ~イ!可笑しい!饅頭とかお団子とか、縮緬山椒とかいもぼうとか食べてたらみんな出て来ちゃう?・・・オムライスとかスパゲティーとか?」
ぎゃははは!
なんてシュールなんだ!
可笑しい!可笑し過ぎるっ!
ダメだ、想像しちゃうー!
体から力が抜けて立ってられずに襖に取り付き、イヒヒヒと涙をこぼして笑ってるのを、斎藤さんと幸が動きを止めて見ているのに気付いた。
「お腹からこぼれるといけないから、ご飯は小盛りだってさー!もう、信じらんない!」
笑いすぎて畳にへたり込んでいるのを、・・・気味悪そうに見ている視線にようやく気付く。
怪訝そうに。
・・・不快そうに?
「なに?」
どうかしたのか?
「あんたって時々凄いと思うわ」
竜田揚げに箸を伸ばした姿のまま、首だけこっちを向いて幸の口が言う。
眉が微妙に強張って、呆れて居るんだとは判る。
「は?」
言葉の意味を測りかねていると、
「ばかやろー!笑ってねぇで早く飯持って来いよっ!腹切る前に死んじまうだろ!」
藤堂さんの悪態が聞こえて来る。
その声はしっかりとして半笑いでもあり、まるで病人のようじゃない。
「まったくだな・・」
幸の隣で斎藤さんも、身動きを止めたまま呟く。
彼の場合、表情は読めない。
でも・・・いったいどういう意味?
その疑問を察してか、
「無茶をやるのは得意技だよね」
幸が溜息をつく。
ああ、そういう意味か。
藤堂さんの髷を切った経緯、斎藤さんに聞いたんだね。
でもそれだけかと思ったら、今度はくすっと笑って、
「気を削ぐのは天才的だし」
って。
・・・また意味判んねぇ。
「おーい!火鉢が冷てぇぞ。消えてるんじゃねぇか?小夜ちゃん早く見てくれよ~」
再び納戸から喚き声(ていうか半分ベソかいてる)がして、考えてる暇も無いし。
「今度は腹切る前に風邪引くってか?」
とボヤいたら、斎藤さんがふふっと笑って、
「ヤツはまだ気付かないのか?」
髪を切ったことを言う。
「まだ。結構元気だけど、まだいくらか熱が有るし、今バラすのもどうかと思って。バレりゃ仕方ないけどね。でもどこまで気付かないで居るか見てるのも・・面白いでしょ?」
そう答えながら、箸で竜田揚げを二個三個と突き刺す私の手を、斎藤さんの目が追う。
「面白がるのもいいけど、ちゃんと納得させられんの?相手は命がけなんだから・・・っていうかあんた何してンの?」
と訊いたのは幸の方。
「とりあえず、あのうるさい口を塞いで来る」
団子状に竜田揚げを突き刺したのを持って、納戸に取って返す。
呆れ気味に視線を遣す幸に、首をすくめて。
床に臥したまま竜田揚げ棒(違)と塩むすびを3個も平らげて(どこが半ライスだって?爆)満腹になった藤堂さんに薬を飲ませて寝かしつけ、ようやく昼飯にありつくと、もういけない。
今度こそ寝床に潜り込んで昼寝しちゃった。
夕方までぐっすりと。
斎藤さんもたぶん仮眠してたんだとは思うけど。
彼は未だ警戒態勢を解いてなくて、納戸に居る藤堂さんとも話すことも顔を合わせることも無くて。
幸とだって、私の行状を面白おかしく話してはいたんだろうけど、夕べからの経緯全部を話したわけでもないみたいだし・・・。
なんだかこう、すっきりしなかったんだよね。
溜め込んでるものが沢山ある気がして。
それに触れられぬよう、隙無く身構えてる感じがあって。
更にそんな斎藤さんを幸が気にして居るのも、私には判ったけど。
何をどうしたらいいのかは判らない。
見当もつかない。
だから。
とりあえず眠いので寝た(爆)。
目が覚めたのは、幸と斎藤さんの話し声でだ。
「・・・局長から差し入れです」
と、最後にそこだけはっきり聞こえたんだ。
起き上がって声の方を見れば、岡持ちを手にした幸が後ろ手に縁側の障子を閉めていて。
斎藤さんが行灯に火を入れてた。
一瞬、付け木の火を消すのも忘れたように、傍らで幸が首巻きを解くのを黙って見ていた。
一時、互いに無言で、それからおもむろに斎藤さんが付け木の始末をし、幸が私に気付いて声をかけてきた。
「ごめん、起こしちゃった?夕飯持って来たんだよ。今日は夜も豪勢だぜー。鰻だもんね」
幸は昼の片付けが終わった後、また醒ヶ井に戻っていた。
でも、ここがこんな状態だから、なし崩しにデリバリ係にでもさせられたんだろう。
沖田さんの世話とこっちと、彼女も休む暇が無いな。
「局長の差し入れって?」
「聞こえてた?藤堂先生が思いのほか回復が早いんで、滋養をつけるのにね」
なるほど。
それで鰻なわけか。
幸が私の寝床の側に岡持ちを持って来て、にこにこしながら蓋を開けて見せた。
「うぎょ~!なんだこれ?」
岡持ちの中にびっしりと・・・うな重?!
岡持ちって普通、料理の入った器を運ぶもんだろう?
なのに岡持ちに直接ご飯と鰻が詰まってるよ!
「桶鰻、あんた食べたこと無かったっけ?」
桶鰻・・・って。
ぷるぷる首を振る。
「そうか。良かったじゃん。じゃあ藤堂先生さまさまだな」
一緒に寝ていたはずのフクチョーが匂いを嗅ぎに出てきて、ペロリと桶の縁を舐める。
が、幸の手がそれを遮り、
「起きたんならもう食べちゃえば?温かいうちにさ。今、吸い物作るから。あ、そのままじゃ寒いから何か羽織らないとダメだってば。も~、あんた風邪ぶり返さないでよ?」
普段のように甲斐甲斐しくは居たけれど、先程、斎藤さんと見合った「間」は何だったろう。
と、頭に浮かんだのも一瞬のこと。
あくびと一緒に消えてしまう。
熱はほとんど下がったけど、傷が痛んで起き上がれない病人は、寝てただけだったのに一日立ち働いたかの如く腹を空かせていて、
「こりゃあ、回復早いわ」
幸をして感嘆せしめるほどの喰いっぷり(笑)。
彼には局長からの差し入れだとは伝えておらず、それも食が進んだ一因かもしれない。
病人への見舞いなんだからホントはちゃんと送り主を教えるべきなんだろうけど、それを知ったら食べないだろうから今はまだ黙ってろって、・・・斎藤さんが言ったんだ。
もちろん、給仕には私が付いた。
自分がついたら彼は拗ねて食べてくれないだろうと、今度は幸が言ったんで。
組み敷かれたのを未だ気に病んで居るだろうとの・・・これは全員の見解だったしね(爆)。
幸はその間に風呂を使って、また沖田さんのところへ戻って行く。
すっかり暗くなった庭に送って出たのは、無意識のうちに二人だけで話をしたかったからかも。
狭い家の中では誰より幸が、斎藤さんに気を使って話せなくなる。
その夜もだいぶ冷え込んでいて、風が無い分、冷気が凝る気配があった。
余程寒いのは、幸の洗い髪のてっぺんから微かに湯気が立ち上るので判った。
「何事も無ければ明日も朝から来てみるよ」
空になった岡持ちを持って、空いた手は懐に収めて。
顔の下半分を覆った首巻きから白く息を吐く。
月は東の空にあって、行灯頼りの家の中より余程明るい。
「りょうかい。ご飯炊いとく」
「大丈夫?」
「何が?」
「斎藤先生とふたりで・・」
あらぬ心配をしているようだ。
でもま、私のことで気を揉ませるのも申し訳ないから(彼女には沖田さんの看病に集中して欲しいんだ)、余計なことは言わないで置く。
「大丈夫でしょ?藤堂さんも居ることだし・・」
コート代わりに着て出たどてらの裾を引き上げながら言うと、
「そうだけど・・」
言い澱んだ。
冷気が入り込まないように、襟の打合せを直してて、私はその時ちょっとだけ上の空だった。
「・・小夜」
「うん?」
なので、聞き間違いかと思った。
「あんたさ、副長に義理立てすること無いからね」
・・・は?
と、幸の顔を見る。
下ろした髪と一緒に顔の下半分は首巻きに隠れて見えないけれど。
唯一顕わになった白い額の質感が、まるでビスクドールのようで。
「私等、お金で雇われてるだけなんだから。いつだって辞められるんだからね」
月明かりに照らされ、白く光る長い睫毛に隠され、その表情は読めなかったけど。
急に何を言うんだろうと思った。
「でも、それとも・・・」
と続けようとするのと、
「そんなの当然でしょ?」
と答えるのが一緒で。
幸が苦笑した。
「そうだよね。ならいいんだけどさ」
意外なほどあっさりと、言いかけたことを引っ込める。
あれはいったい何を言おうとしたのか。
でもその時は、どうして今そんなことを言い出すのか?ということの方が疑問だったが。
その後に続く言葉がさらに意外なもので、私に考えることを許してくれなかった。
「ごめん、変なこと言っちゃって。湯冷めしないうちに帰るわ。じゃ、斎藤先生を頼むね」
おやすみ、と覆面の目だけ笑って、身を翻そうとする。
危うく聞き流しそうだった。
「ちょちょっと、なにそれ?頼むって藤堂さんじゃなくて斎藤さんのこと?」
あ、と幸が歩みを止めた。
そのままこちらに向き直って、
「ごめん。あんたに任せるから、よろしく頼むよ。」
斎藤さんとどうにかなれ、と言われてるのかと思ったら。
「元気付けてあげて。斎藤先生、いろんなことに責任感じてて・・・。すごい凹んでるっていうか、・・・悩んでるみたいだし」
なるほどそういう意味か。
でも。
「アタシに任せられたって・・・困るんだけど・・・(--;」
幸の心配事は見当がついてた。
斎藤さんが新選組に戻るのを渋っているのが気になってるんだ。
何か鬱々と考えてる様子なのも。
それはたぶん、伊東派(御陵衛士だっけ?)と新選組という二つの派閥の間に立ってどっちつかずで悩んでいるってことなんだろうけれど。
今のところ新選組の方に肩入れしている格好なわけだけど、でもその実、御陵衛士の方に気が行ってる様子でもあり。
あんなことが有った後で無理も無いけど。
藤堂さんの存在が余計そうさせているのも事実で。
「そんなの、私にどうしろって言うのよー」
事情に疎い私に何ができるというのか。
部外者に解決できる問題なのか。
そんな私の不安など一向気にせず、幸のヤツってば、
「あんたは普通にしてればいいよ。それできっと大丈夫」
無責任なことを言う。
「なにそれテキトー」
困惑している私に、彼女はこう続けたんだ。
「大丈夫。だってあんた魔法使いだもん。ここは魔法使いの家だもん」
は?
面喰った。
普段そんなメルヘンチックな比喩を使うヤツじゃないだけに。
そんな私を置いてきぼりにして、ユキはいたずらっぽく目を細め、
「寒いからもう家に入ったら?私も頭凍らないうちに帰らないと・・」
フフフと笑って煙に巻く。
バイバイと手を振りながら、駆けて行った。
息が白く尾を引いた。
む~ん・・・(--)。
まあ、・・幸には沖田さんが居るからな。
斎藤さんの事までは手が回らないだろうし。
それだけに心配なのは判るけど。
とはいえ、私に期待されてもなぁ・・・。
つーか、魔法使いって・・・どうよ?(爆)。
それについての説明は無しってのは?
雨戸を開けて縁側から家に上がると、火鉢の匂いがふんわり迎えてくれる。
こんな家でも外よりはマシか・・。
後ろ手に障子を閉めるのを待っていたように、
「昼間は聞きそびれたが・・・」
燗鍋を傍らに置いて納戸の板戸の前に陣取った斎藤さんが、行灯の届かぬ薄暗闇から訊いて来た。
こっちはとりあえず温まりたかったので、どてらの裾を払って長火鉢にあたる。
なので顔は見えていないわけなのだが、手酌で杯(湯呑みだよ・笑)を重ねる気配は判る。
「あんたのその髪、なんで娘のままなんだ?」
なんだか予想もしていなかった質問で、思わずそちらに顔を向けた。
襖は開け放たれているが、私の座っている所から彼の姿は見えない。
口調もしっかりしていて、酔ってはいなそうだけど・・。
藤堂さんの番犬を勤めている(らしい)割には、緊張感の無い話題だね。
長火鉢に背中を押し付けて、長々と気持ち良さそうに寝そべっていたフクチョーを膝に抱き上げ、
「そりゃ若いから(笑)・・・ってウソ。良く判んない。あの人の趣味じゃないの?私は髪型なんて良く知らないもん」
良くは知らないが、自分の髪型が主婦や妾のそれと違うらしいことは知っていた。
上方のそれと違うのは言うに及ばず。
なので、単に趣味の問題じゃないかと・・・私自身そう思っていたのだ。
「妙だな。愛妾にしては」
うおっ!やめてくれっ!
今更そういうからかい方(怒)。
「眉剃ったり鉄漿つけたりするの、御免だしー」
ってことにして。
鉄瓶から茶を淹れる。
自分の分だけ。
酒を飲んでいる人に茶を勧めるほど意地悪でもないんで。
「土方さんとは諦めているのか?放って置かれて平気というのはそういうことだろう?」
はぁ?
何を突然?
ていうか、またそういう話か。
「あのさー、なんで話がそこまで飛ぶのか判んないんですけどー」
幸と言い、この人と言い、いったい何の謎掛けよ?
「手掛けの髷が島田のままってのは、娘姿を愛でるつもりか、さもなくば・・・」
ああ、なるほどね。
「髪型なんてどうでもいいと思われてるってこと?そんなこと無いわよ。髪はお夏さんにお任せだもん。これでみっともないと思えば三ツ輪とか両輪とか、それなりに結うはずでしょ?だからやっぱり、島田とか銀杏返しばっかりってのは主人の指定なのよ」
たぶんね。
「そうかな」
混ぜっ返した。
それは何の含みなのか知らないが。
たぶん私は虫の居所が悪かったんだと思う。
思わせぶり、なんてのは大概面倒くさくて。
「文句があるなら主人に直接言いなさいよ。私は知らない」
むくれ気味でお茶を啜っていたら、
「文句は無いさ。良く似合っている。そんな拵えにしておきたい気持ちは判る」
・・・ん?
なんか、妙な言い回しだな。
「余程あんたが可愛いと見える。手もつけずに囲って置こうなど、常人には考えもつかないが」
あ?
「ちょっと待ってよ。何言ってんの?斎藤さん、酔ってる?」
これまでずっと、私のことを「主人に放って置かれている可哀想な女」、という認識で居たはずの彼が、どこでどう間違ったのか言ってることが180度方向変換して来ているではないか。
座った体勢から四つん這いに座敷を覗いてみた。
膝から転げそうになったフクチョーが冷えた畳に下りるのを嫌って、器用に私の体を登って首の後(衣紋の上ね)に乗っかって来た。
斎藤さんは冷たい畳の上に座布団も敷かず腰をおろし、杯を傾けている。
珍しく足は崩して。
脇に大刀が置かれているのが辛うじて見える。
覗かれた気配に視線を上げた。
「幸いあんたはそれに気付いてないらしい」
おいおい、ちょっと待て。
「ナニ勝手に話作ってんのよ~!ひとりで納得しないでくれる?」
畳に突いた手が冷たい。
その場に座りなおしてフクチョーを胸に抱く間に、
「そりゃそうだろう。俺も騙されかけたからな。相手は一筋縄では行かぬ御仁だ」
話は勝手に進んで行き、終いには一息に急所を突いて来る。
「あんた、副長とは何も無いだろ?」
・・・う(--;
そ、それって・・・。
一瞬怯んだのが顔に出たかも。
気取られたかと思う程にじんわり汗が吹く。
「そうなんだな?あの人は、あんたに手をつけて無いんだな?」
うーん、バレる。
やばい。
やばいけど。
相手の目の中に勝ち誇ったような笑みが浮かぶのを見るにつけ、その確信を覆すことこそ一筋縄では行かぬと思いやられ・・・。
・・・っていうかそんなことより、手をつけるだのつけないだのって、その言い方がそもそも嫌~!
「だからどうしたってのよ」
言っちゃった(汗)。
しょ、しょうがないじゃんか。
むかっ腹が立ったんだい!
一つ家に寝泊りしたからって、そーゆー関係になったって決め付ける方が安直過ぎるだろー!
いやらしい!
その考え方が腹立つんだよ、ばかやろー!
その時の斎藤さんの顔といったら、可笑しくて楽しくて仕方ないといった風で。
思い切りガキンチョみたいな顔になった。
彼のこんな顔、後にも先にもこの時しか見た事が無い。
それもなんだか居たたまれないほど恥ずかしかったんだ。
「い、いいじゃん別に~!だって、もともとここは普通の妾宅じゃないんだしっ!私はそんなところへ雇われただけだしっ!斎藤さんだってそんなカラクリ知ってたでしょう?そ、それに私はあんなオッサン好きじゃないし!妾宅に居るからってホントにそんなことになんなくたって別にいいじゃん!」
必死に弁解するほどに・・・斎藤さんが笑う・・・。
「なに笑ってんのよ!」
「あんた、可愛いな」
一瞬にして耳まで熱くなった。
なんだコイツは。
いったいどういうタイミングでそんな言葉が出るんだよ!
昨日から何度目なんだ!
顔から火が出そうな心持になった時、彼はふいに優しい目になって、
「あんたには見えてなかったろうが、納戸で平助にあんたを持って行かれそうになった時、あんたの旦那、鬼のような顔してたぜ?」
な、なんだよそれ。
そんなこと言って、私の何を試そうっていうのか。
「残念でした。私じゃなくたってきっとそうだよ。あの人、自分の物を他人に取られるなんて、死ぬほど嫌いだもの」
あの人にとって私は金を払ってこの家に拘束しているだけの、ただの所有物なんだからさ。
すると彼はニッと目だけで笑い、
「確かに。だが、あの人のあんな切羽詰った顔色はなかなか見れたもんじゃない。いいもの見せてもらったさ」
杯を干す。
満足そうに言うのが面白くなくて、憎まれ口で応酬しようと思ったのに、
「小夜ちゃ~ん・・・」
地獄の底からお呼び出し(爆)。
そういえば夕飯食べてからこっち、大人しかったな。
っていうか、昼間私が寝ている間はどうだったんだろう?
まさか・・・斎藤さんが世話してた?
ふたりの微妙な関係もあって、口には出せぬまま、病人を見舞う。
「どうした?」
納戸の板戸を開けると、暗闇から恨みがましい声が。
「お前~、俺のこと忘れてたろぉ~~」
う。
図星かも(^^;
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