もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。




その時、ゴトッと納戸で物音がした。

やばい!

それでなくともドキドキ言ってた心臓が止まりそうになる。
藤堂さんが目を覚ましたのだと思った。
最悪の事態だ!

思わず戸口を背にして立ちはだかった。
下ろしていた髪がバサリと顔の前に下りて、

「それみたことか」

と睨む土方さんの眼光が髪の間に垣間見える。

「えーと・・あの、その・・っ!」

髪を掻上げ、毛先を片寄せながら言い訳を考えるが思いつかない。

どうしよう。
誤魔化せないよ!

「ごめんなさい!あの、えっと、なんだっけほら、あれ、そうだ!まおとこ!間男しましたっ!」

咄嗟に出ちゃった(^^;

ていうかそもそもこの人は私等が納戸に人を隠してると確信して来たんだ。
中を見せろと言うに決まってる。
それを拒む術は無い。

ならば最初から手の内を見せた方がいいと思ったんだ。

「ええ~っ!」

言うに事欠いて!と、後方の二人はどん引き。

だってさー、下世話なところに話を持って行けば、隠している人物が藤堂さんとは思わないだろうと思ったんだよ。
不愉快な相手なら、顔を見ずに始末だけ言いつけて帰るかも・・・って。
可能性、無くは無いでしょ?

でもやっぱり甘かった!

「新選組の副長の手掛けが間男だと?それは斬らねば治まるまい。二人重ねて四つにな」

驚いた風も見せず、逆に余裕の笑みを見せながら、土方さんが大刀を掴んで立ち上がった。

「待ってください!」

と後から斎藤さんの声がかかった。
土方さんが動きを止めた。
振り向かぬまま、ギロリと目だけが横を向く。

慌てた。
きっと私のことを心配しての行動なんだろうけれど、それで斎藤さんに対して反感を持たれてはマズイではないか。
もともと微妙な関係(たぶん)が、決定的になっては困る。

「うそ!じゃあ・・えーとあのー・・、あ、そうだ。行き倒れを助けました!・・って、そういうことならどお?」

殊更おちゃらけて言ったのはそんなわけ。

「どけ!」

思惑通り、忌々しげな怒りの矛先は再びこちらに向いた。
目の前のオヤジは・・・思いのほか威圧感たっぷり!

な、なんだろこれ?(汗)。
身長なんて私とそれほど変わらないはずのに、なんでこんなに大きく見えるの?
今にも力づくで撤去されそう(汗)。

・・・と、足元に再び物音がした。

カリカリと、これは納戸の板戸を引っ掻く・・・。

フクチョーだ!
そうか!
今朝のバタバタの間に納戸に閉じ込めちゃってたんだ。

助かった!

「猫だ!そう!猫なのよ!」

藤堂さんが起き出したわけではないのなら、なんとか誤魔化せる。
地獄にホトケとはこのことだ。

「そんなに怒らなくてもさー。間男って猫のことなんだからぁ~。私の浮気相手は猫でしたーvv」

半歩と開けぬ所までにじり寄って来ていた仏頂面に作り笑いを向けながら、後ろ手に板戸をちょっとばかし開けて(目の前のオヤジに中を覗き込まれては困るので)猫を出そうとした。
が。

あれ?出て来ない。

仕方ないので作り笑顔をキープしたまま、その場に屈んで納戸の板の間を手探り。

先程、幸が放り込んで置いた血染めの鎖帷子に手が触れてしまう。

ぎえ~!キモい!

「どうした?」

土方さんが不審な表情を崩さぬまま、見下ろしている。

首をすくめ、何でもない、と返そうとした時だった、納戸に差し入れていた右手に何か温かいものが触れた。

フクチョーかと思いきや、がっちりと手首を掴まれる。
掴んだ手の熱さと異様な力にゾッとして、冷たい汗が吹き出た。
声も出ない。

否。
出そうと思った瞬間には、既に納戸に引きずり込まれていた。

手を引っ張られるまま、床にうつ伏せに倒れこんでしまっていて・・・。

というか、

「ぐえ・・。おっ・・重・・っ」

気がついたら誰かが上に乗っかってた!(爆)。
逃げていくフクチョーに頭踏んづけられたし(--;

「貴様・・・っ!」

頭の上で憎々しげに呻いた声の主は土方さんだった。

そういえば、納戸に引き入れられる瞬間、それまで忌々しげだった表情が急に真顔になって・・・。
体当たり?されたような記憶もある(汗)。
ていうか組み付かれたっていうか首ッ玉抱えられたっていうか・・。
引きづり込まれるのを取り押さえようとしてくれたのかもしれないけど・・。

・・・にしても、この体勢はナニ?

頼みもしないのに一緒になって納戸に半身を倒れ込ませている。
しかも何の躊躇もなく私の体を下敷きにして!

つか、髪、敷いてるんだけどーっ!

「痛い!いたたたた!」

最初、髪が引っ張られるのが痛くて叫んだのだ。
それを土方さんが誤解した。

「放せ!」

怒声にびっくりして良く見たら。

どんな風にもがいたものか、布団巻きから半分這い出して、下帯ひとつに晒しを巻いた姿の藤堂さんが私の手首を掴んでいた。
背中を覆った晒し木綿は所々黒く汚れていて、たぶん血が滲んでいるんだろう。
納戸の奥は薄暗くてよく見えないが。

髷はすっかり落ちて、顔色は不十分な止血のためか血の気がなく、それでも熱のためか目は充血していて、およそ人相が変わって見えた。

それでも。
鼻が擦りそうなぐらい間近でまさかの対面を遂げた気分はどんなものだったろう。

「平助、お前・・・」

搾り出すように呻いた土方さんの声に、心臓を素手で握られたような心持がして、ちょっと呼吸困難に・・・・・っていうのは気のせいで、うつ伏せに床に伸びてる上からオヤジの体重が乗っかってるからなのか~!

目の前の藤堂さんは肩で息をしていた。
手首に感じる体温はかなり高そうだ。

「へっ。こりゃとんだ大漁だったな。大物が食いついて来やがった」

かすれた声で憎まれ口を利いた。
戸口から差す外の光に汗ばんだ肌をテカらせ、目がギラついている。
崩れた鬢の髪が頬に張り付いている。

不敵な憎まれ口を浴びて、ようやく土方さんも我に帰ったのか、

「これは・・・見たような顔だ」

あざ笑った気配がした。
既に声は平静に戻っている。

なにせ、横向きに寝そべっている彼の脇の下から、私の首から上と、右腕が出てるという体勢なのだ(まるでアメフトかラグビーで小脇にボールを抱えたままインゴールにタッチダウンをキメた体勢にそっくりだ。ちなみにその場合のボールってのは私のアタマだ・爆)。
なので顔の表情は見えない。

「安心したぜ。道理で今さっき見たホトケはやけに体格が良かったわけだ。俺はまた、伊東さんとこで余程食い物が良いと見えて、貴様今頃背が伸びたかと・・・」

新選組でも彼は小兵のうち。
これは笑いどころだ。

・・・こんな状況でさえなければ。

「黙れ!」

やはり相手は逆上した。

それを見て、土方さんは持っていた刀を、足元=納戸の外へ放る。
この場で刃傷沙汰になるのを避けたのだろう。

と、思ったのも束の間。

「いたた!ちょっと放して!」

掴んだ手を思い切り引っぱられて、僅かに体が板目を滑る。

「おい!やめろ!放さんか!」

私の身柄を確保するためにクッション代わりに敷いていた(爆)土方さんも、負けじと体重をかける。

「お、重っ!」

その上私の手首を掴んで(つまり手首の関節を挟んで手先を藤堂さん、腕側を土方さんが掴んでいるわけだ・泣)あろうことか、引っ張り合いを始めた。

「ちょ、ちょっとやめて!痛いったら!」

私はオヤジに言ってるんだけど・・。

「貴様!放せコノヤロ・・!」

オヤジは藤堂さんに怒ってるんだな(--;


相手は丸腰だった。
それどころか、熱の高さにまともに腰も立たないらしい。
寝床から這い出たままの状態で、腕だけで私を引き寄せようとしていた。
でもそれだけに、渾身の力だった。

右手首は以前捻挫した経験もあって、外れそうで怖い。
痛い以上に恐さが先に立つ。
悲鳴が出た。

土方さんもそれが頭にあったらしい、

「お前・・・!どうして晒を外した!ばかもの!」

掌の火傷を覆っていた晒があれば、それを掴むなり外すなりして、手首に力がかかるのを避けられたと言いたいらしい。

「んなこと言ったって・・・!」

藤堂さんの傷口を洗うのに晒しなんて邪魔だったし、火傷だってもう治ってたんだい!

メキ!っと微かに関節が鳴った。

「ぎゃ~!」

叫ぶと、ふいに力が緩んだ。
藤堂さんが笑う。

「どうした、そっちが放せば済むことだろう?」

口元を歪めてはいるが、息が上がっている。
長期戦が不利なのは判っているらしい。
余裕の無さが言葉に表れた。

「それとも、このままこの細っこい手首をへし折っても構わないってのか」

ぎえ~!

「やだ!助けてぇぇ!」

思わず足をジタバタさせた。

その音に足音を忍ばせて、藤堂さんからは死角になった納戸の外に人影が立った。

それが斎藤さんだと気付いて・・・ゾっとした。

まさか・・・。

「やめてっ!」

叫んだが間に合わない!

ギラリと光るものが空を切った。
私の直ぐ目の前、藤堂さんの頭上に振り下ろされた・・・!


・・・その瞬間に、目を瞑るのがやっとだった。

目を開けたら、真っ赤に広がる血の海・・・。


「どうした。何故斬らぬ」

落ち着いた声が聞こえ、それが斬られたはずの人のものだと気付いて、おそるおそる目を開ける。
目の前は朱に染まっては居なかった。

床にうつ伏せになって、私の手首を掴んだ体勢のまま、藤堂さんは戸口に立った人物の方を見上げている。
額に横皺が寄って、眉間の刀傷の白く引きつったのを目立たせている。

まるでその傷跡に狙いを定めて居るかのように、一寸と開けない目の前に刀の切っ先。
寸止めの白刃を下げている斎藤さんの見下ろすその目は、感情を映していないかのようだったが、

「斬られれば、本望なのか?」

抑揚を抑えた声音が何故か悲しげに聞こえる。
この時は何を言ってるのか判らなかったけど、後で気付いた。
この時、藤堂さんの気持ちを一番良く判っていたのは、やっぱりこの人だったんだ。

でも、藤堂さんはそんなことは知る由もなくて、

「そんなものに驚いて、俺がこの手を離すとでも思ったか」

露骨に嫌悪感を漲らせた。
斎藤さんは無言。

「斬れよ。斬らねばこの手を折るぞ?それでもいいのか」

自分を斬れと言うのは、それはいったい何?
何の負い目?

身じろぎもせず、張り付いたように、斎藤さんはそんな藤堂さんの様子を見下ろして居る。

「貴様、この俺を脅すつもりか」

と言ったのは土方さんの方だった。

殊更下卑た口調で、藤堂さんが返した。

「へっ。さしもの鬼副長も妾の命は惜しいと見える」

違う。
そんなんじゃない。
命が惜しいとか何とか、何言ってんだろこの人、大げさな。

ていうか、なんでこんな場面で手をこまねいているのだろう。
藤堂さんはなんら武器を持ってはいないではないか。
私の身柄を預けたところで、何の危険もないはずだ。
相手は怪我人で、しかも熱出してるんだぞ!
握る手が熱いのだ。

「馬鹿な真似はやめろ。放さねば・・・斬る」

斎藤さんまで、何熱くなってるんだ。

「やめてよ!何言ってるの!」

「お前に俺が斬れるのか?」

刀を突き付けられながら、丸腰の藤堂さんが薄ら笑った。
斬れと言っておきながら矛盾した言葉にも聞こえたが、

「いや、心配することでもねぇか。よくも騙してくれたよなぁ。大した役者ぶりだった。お前の伊東先生への心酔ぶりが全て嘘だったとはな。あれだけ世話になったのに、それを平気で裏切るとは呆れ果てる。お前に良心の呵責なんぞ、望む方が間違ってるんだよな?俺のこともさぞや虫けらの如く斬って捨ててくれるんだろうさ」

挑発だとは判った。
でもそれ以上に斎藤さんには聞かせたくないものだった。

「やめて!」

「やめろ!捨て置け」

斎藤さんを抑える土方さんの声が被った。
見れば斎藤さんの顔が微妙に強張り、刀の切っ先が震えている。

「ここは私の家よ!人殺しなんて許さない。そんなの絶対許さないからね!」

だが、それを打ち消すように藤堂さんは挑発をやめない。

「何してんだ、斬れよ。それでこの騒ぎも治まるんだぜ?この人の手、へし折ってもいいのか?」

「やめろ!」

今度は男二人の声が被った。
斎藤さんが刀を捨て、掴みかかろうとした。
が、直ぐに藤堂さんの手が私の手首を捻り上げ、悲鳴をあげさせて、誰も近づけないようにする。

「おおっと、悪いが取っ組み合いはまっぴら御免だ。ご覧の通り、こちらにはもうそんなこたする力は無ぇや。やるならバッサリ、一息に願いたい」

遊び半分のようなべらんめぇが憎々しい。

「くそっ!・・・こんなろくでもないものを。どうやって連れ込んだっ!」

土方さんが歯噛みをしながら当り散らした。
禍ものを身中に引き入れた愚を責めている。


・・・つか、アンタが私の手を離せば、いいんじゃん?
さっきからシリアスに立て込んでますが。
そうすれば私はこんな痛い思いをしなくて済むし。
実際、納戸の板目が冷たくて、もうオヤジの尻に・・・じゃなく、下敷きになってるのも我慢の限界なんですけど。
そこら辺、考えてくれてないよね?この人達。

「ねぇ、もう放してよ」

三方睨み合いで静まり返った中で声が妙に浮いちゃって、我ながら可笑しかった。

「アンタに言ってるんだよ?」

土方さんに言っている。
聞いているのか返事をしない。
体中からイライラ光線出っ放しだし(笑)。

「あんた達さっきから何やってんの?この人、何も持ってないんだよ?何脅されてんのよ。二人がかりでやっつけられないの?」

ぷっ・・と素でなのか、挑発的な意味なのか、藤堂さんが吹いた。

「ちょっとどいて」

と、もがき出した私を殊更床に押し付けて、

「何する気だ」

イラついた声が降る。

「投降」

「なに・・?」

「投降するの!私がそっち行ったって、別に何もされやしないでしょー?この人、刀持ってるわけじゃなし・・・」

皆まで言わぬうちに、鋭く舌打ちが聞こえた。

「ばか!判らんのか。お前一人など素手でも殺せるのだ」

・・・え。

驚いて藤堂さんを見る。
にんまりと、口元が笑っていた。

「悪いな小夜ちゃん。そういうことだ」

なにィ~?
ホントにそういうことなのかぁ?

「本気で私を殺そうっていうの?自分を成敗して欲しいがために?」

藤堂さんは薄青く月代の伸び始めた落ち武者頭に、下卑た笑顔を張り付かせている。

荒んだ顔だと思った。
新選組幹部の中では一番若くて、良くも悪くも子供っぽい人だったのに。

「呆れたー。ほんっと、ろくでもないわね」

今頃状況を把握したか、と言わぬばかりの溜息が聞こえたが、

「でもま、いいわ。とりあえずそっち行く」

「なにっ!」

頭上から怒声。

「いいからどいてってば!」

「やめろ!どういうつもりだ!」

上半身は身動き取れなかったけど、足は自由だった。
私を拘束しようとグイグイ体重を乗せてくるクソオヤジが憎らしかったので、

「重いったら!放せこら!」

エビ反りでオヤジの脚をひと蹴り。

「・・あ」

後方で幸の驚く声が聞こえた。
てっきり土方さんを足蹴にしたからだと思ってたら・・・、後で聞いたら着物の裾が割れてきわどかったんだってー(--;

さすがのクソオヤジも蹴られて腹に据えかねたのか、

「やめろ!このクソガキが!いったいどういう了見だ!殺されてぇのか!」

「どういう了見も何も、こうやってたって誰も何も出来ないからでしょ!武器も持ってない怪我人相手に手も脚も出ないなんて!まったく。外野も、眺めてる暇があったら取り押さえたらどうなのよ!」

私を心配して手を出せないでいる斎藤さんに逆に罵声を浴びせるような真似をして、叱られないわけが無い。

「そうさな。全く、お前の腕1本犠牲にすれば済む話だ」

腹立たしげに言った言葉のトゲを、

「土方さん!」

斎藤さんが非難した。
普段なら忽ち機嫌をそこねそうな場面だったのに、

「ホレみろ。ヤツはそんなつもりは無いらしいぜ」

ふふん、と何故か半分満足げに、でも半分は呆れて嘲笑った。
でもその意味を考える余裕は、その時の私には無かった。

「だーかーらー!私は腕折られるのなんて痛いから嫌。藤堂さんの好きにしていいから。そっち行かせてよー」

藤堂さんは、私を痛めつけて見せることで、自分を殺させようと(あるいは切腹するのを認めさせようと)いう妙な脅迫をしている。
ここで私がまんまと人質になれば、彼は自分の目的を達成するために、私を殺そうとするだろう。
私が殺されるか、藤堂さんを殺すかの選択肢しか無くなる・・・と土方さんたちは読んでいるわけで。

でも、藤堂さんは熱が高かった。
手を握られている私には判る。
息も上がっている。
出血が酷かったであろう体に、更に高熱だ。
長時間は持たない。
今はまだ、気が高ぶっているから持っているようなもんだろうが、じきに倒れるに決まってる。
こんな大騒ぎしなくたって、私に危害など加えられる状態じゃないのだ。

「こうしてる限り、永遠に何も解決しないわよ?いつまで睨みあってりゃ気が済むの?新選組の副長さんがいつまでも仕事に穴開けちゃって良いの?」

土方さんが黙った。
膠着状態にキレ加減なのはこの人も同じのはずだった。

「つーかァ、床が冷たくてアタシ、風邪ぶり返しそうなんだけど?もう!いつまで乗っかってるつもりよ!どいてったら!」

重いんだよこのオヤジ!
私の髪、敷いてるし。

「それとも何?交代で私の上に乗っかるつもり?あなたの次が幸で、夜勤は斎藤さん・・・とか言わないよねぇ?」

相手は病人なんだからさ。
追い込まれたら逆に何をやらかすか判らないじゃないか。


ふと、体が軽くなった。

引き寄せられるまま、藤堂さんに身を預ける。

というか、手首を引かれるまま近付くと、彼はゼイゼイ言いながら私の体にすがるようにして体を起こした。
ようやく、布団の上に座り込む。

それだけの動作にどれだけ消耗するのだろう、長い溜息をついた。
寒気がしている様子はない。
もう通り越したのか、寒さを感じぬほど火照っているのか。

晒しひとつでほとんど裸な背中に掛け布団を羽織らせる。
思った通り、体に巻いた晒しも、布団も、あちこち血で汚れていた。

「これでどう?」

「悪いな小夜ちゃん。物分りがいい」

言いながら、空いた手を今度は私の首へあてがって、

「さあ、どうする?一捻りで殺せるが」

親指が、喉仏の辺りにかかって、咳が出そう。

・・って、あ!そういえば今朝は咳が止まってるよ!
夢中になってて気が付かなかったわ。
もう風邪、完治か?

納戸の戸口に立ったままだった斎藤さんが、低く呻くのが聞こえたが、こちらは俄然テンションアップ。

「ひとひねり・・って、ニワトリを絞めるみたいに言わないでよ」

ようやく解放された手首の、赤く手痕の付いたのをさすりながらおどけたら、

「見くびるなよ。俺は本気なんだ。俺を生かしておいたら何するか判らんぞ」

汗でテカッた顔を歪めて笑う。
人相が変わったように見えても、こんな時は昔の通り目に愛嬌があった。

「ふん。形勢は変わらんな」

と土方さんが苦々しげに鼻を鳴らすのが聞こえる。
が、もとよりそんなことは百も承知だ。

「ま、いいわ。好きにしてよ。そんなことより・・・幸!」

納戸の外で心配しているであろう幸を呼ぶ。

「悪いけど水汲んで来て。あと、手拭。この人凄い熱なの。冷やさなきゃ」

「了解!」

「おい・・」

と、藤堂さんが聞き咎めた。

「まぁいいからアンタはそっちと話してなさいよ。私は勝手にするから。逃げなきゃ文句無いんでしょ?」

首を掴まれているのが多少鬱陶しいけど、仕方ない。
両手が自由になった分だけ、且つ、オヤジの下敷きになっているよりは楽だ。
幸も心得たもので、側に来て水で絞った手拭を手渡ししてくれるし。

汗と、夕べからのホコリやら拭い損ねた血飛沫やらで汚れていた顔を拭いてやり、それをまた幸に手渡しし、漱いで絞り直してもらって、今度は額にあてがう。

その間、藤堂さんは私のされるがまま。
こちらのテンションについて来れてないみたい。
ポカンとこちらを見て居る窪んだ目がかわいい。

「あのさー。藤堂さん、横になる気は・・・無いよね?」

一応訊いてみた。

「無い」

やっぱり。


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