もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
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「あんた、名は?」

と尋ねられ、思わず「望月小夜子」と口にしたら相手は思い切り眉をひそめながら、聞き返した。

「なんだすて?」

それで時代劇みたいに言わなくちゃいけないんだと気づく。

「え?・・・ああ、小夜でいいです」



付いて来いと言われて歩く道々、次から次へと繰り出される質問にしどろもどろになりながら、私はいつしか記憶喪失のみなしごに成り果てていた。

だって、説明のしようが無いんだもん。
どこから来たかなんて下手に答えて突っ込まれたら答えようがないし、どうやって来たかなんてこっちが知りたいくらいだし、どうしてそんな格好してるかとか、なんで髪を結わないんだとか、その履物(ごく普通のスニーカーだってのに!)はどこの国の履物かとか、そんな訛り聞いたことが無いとか、持ってた千円札見せたらどこの「ハンサツ」かとかさー・・。
果てはなんでそんなにデカイのかとか、ほんとに日本人かとか。

まったく勘弁してよー。
それでなくともこの蒸暑さ。とてつもなく足の速い連れに置いて行かれそうになりながら徒歩1時間!

・・倒れそう。

と、思った頃に道は田舎道となり、やがて大きなお屋敷の前。
やーっと水分補給できると思ったのに、・・・門前に置き去りにされた。

歩きつかれて門柱を背に座り込む。
どこかでセミがジーワジーワ言ってる。
目の前は田んぼ。
稲の緑が濃い。


お兄さんの言う通り、どうやらここは江戸時代らしい。

街中ですれ違う人々はほとんど私より頭ひとつ背が低かったし、みんなちゃんと自分の髪でチョンマゲ結って着物着て。
足元は下駄とか草履とか。・・草鞋も初めて見たし。
裸同然の人も見たなぁ。
電車や自動車はおろか自転車も見なかったし、舗装された道路も見ない。
高い建物も見当たらなくて、だだっ広い空がどこまでも広がっている。

見慣れない世界がなんだか不気味で、最初に知り合った商人のお兄さんの大きな荷物にすがるようにして歩いてきたのだ。

ここが京都というのも、あながち嘘でもないらしい。
周りはみんな関西弁だったし、祭囃子らしきものがそこここで聞こえていたので尋ねたら、祇園囃子の練習なんだって。


あーあ、こんなことになっちゃって、いったいどうしろって言うんだろう。
誰か「ビックリカメラでした~!!」とか言ってカンバン持って出て来てくれないかしら。

と、ぼーっとしてたら、ぬっと視界の横から湯呑み茶碗。
水が滴っている。

「ありがと~」

言うが早いか喉を鳴らして一気飲み。
思ったより冷たくて旨い。
ぐはぁ、脱力~。

するといきなり、

「小夜さんって言うんですって?」

しゃがみ込んでこちらを覗き込んできたのは、日に焼けてニヤニヤと白い歯ばかりが目立つ若い男の人。
てっきり先程のお兄さんだとばかり思っていたので、驚いて立ち上がってしまう。

すると嬉しそうに、

「ほんとだ。デカイや。女半鐘ドロボーだ」

笑い出しながら自分も立ち上がる。
なんの、私より背が高い。
たぶん、江戸時代に来て初めて私より背の高い人を見た。

“半鐘泥棒”が背が高いことの比喩とは知らずに

「私は泥棒なんかしてません!」

と弁解したら、

「ああっ、しゃべった。やっぱり東国の人なんですね?でも、面白いなぁ。面白い格好だ。鳶みたいですな」

と言いながら腹を抱えて笑い出した。

「蓬髪の女鳶だ!」

・・・爆笑している。
なんだよコイツ。
頭おかしいのか?トビって何よ?

そこへようやく、

「沖田センセ、そうからかわんといてください」

騒ぎを聞きつけてか、お兄さんが戻ってきた。
先生だって。
今、先生って言ったよね?何の先生?
すごく若いんだけど。

「ああ、申し訳ない。東国の女の人みたいだって聞いたもんだから」

ポリポリと頭を掻いている。
頭の真ん中の剃った所がお兄さんのより狭くて、チョンマゲも結った先を後ろに垂らしている。

刀を差しているからきっと侍なんだろけど。
その割には愛嬌のある笑顔で、威厳のカケラも無い。
袴もフレアスカートみたいになってるし。

「訳は話しておきましたさかい。あんたは今日からこちらさんにお世話んならはって・・」

見たことも無いくらい大きな家だった。

たぶん勝手口から通されて台所の土間。
薄暗いけど、甘くて煤けたような、なんだか懐かしい匂いがした。

黒光りした板の間に、ここの奥さんという人が座っていた。
・・・正直、ここが江戸時代だってことを嫌でも納得したのはこの時だった。

だって、眉の無い顔とつややかなお歯黒の笑顔が・・・マジ怖えぇよ!

やさしい言葉をかけてくれているのはかろうじて耳に入ってはいたが、不気味な顔に視線が張り付いてしまって説明の内容に注意が行かない。
えへへと愛想笑いはしていたつもりだが、たぶん引きつってただろうな。

あ、でも、彼女の名誉のために言っておきますが、後で見慣れたら割と若くてきれいな人でした(大汗)。

そうそう、私のことをこのインパクト抜群な若奥様に押し付けて、逃げるように帰って行った商人のお兄さんは山崎屋さんと言うんだって。
さっきの沖田って人が言ってた。
もっとも、その当人も山崎屋さんに引きずられるようにして退場したんだけど。


と、周りのことを観察する余裕があったのはここまで。
そこから先はもう、初体験の連続。
何から何まで判らないこと尽くしで、私も必死だったけど、今思えば回りも大変だったと思う。
なにせ着替えも一人じゃできなかったんだから。


ここ、八木さんという、庄屋さんみたいなお侍みたいな、良くわからないお屋敷のお手伝いさん(女中という)としてやっかいになることになり、最初の3日くらいは覚えることがいっぱいあって、何がなんだかわからないまま過ぎて行ったかんじ。

先輩の使用人達(10人以上いるのよ!名前も覚えきれないっ!)にたくさん叱られたような気もするけど、京都弁なのでさほどシリアスに聞こえない。
あんまり何もできないので、あきれて小言を言う気も起きなかったのかもしれないし。

・・・っていうか、私なんかが仕事しなくても手は足りていたってことだな(苦笑)。



そんな、江戸時代4日目の昼下がり。

はっきり言って毎日ダイエット食で、朝は早いし夜は蚊に襲われそうで眠れないし蒸し暑いしで、もうバテバテ。
なので、子守と称して近くのお寺で昼寝でもしようと八木さんちの小さな男の子を探していたらなんだか外が騒がしい。

事情は全然知らないけれど、お向かいの前川さんの屋敷は「新選組」っていう、お侍の居候に乗っ取られているらしく(沖田さんもその一人らしい)、しかもウチの八木さんちの敷地内に道場があるので毎日、のべつ、人が出入りしている。
人数も多くて、前川屋敷だけでは収容しきれずに八木邸の離れにも寝泊りしてる人達がいるので、騒がしいのはいつものことなんだけど、この日は格別だった。

なんだろうと思って道場の方に回ろうとしたら、

「お前の仲間が来たぞ」

稽古着を着た若い衆が塊になって行く手を阻んだ。
ニコニコと私のコメントを待っている。

八木さんちの女中の中でも、新入りでデカくて人目を引く私は有名人らしく、知らぬ顔から「お前」呼ばわりはしょっちゅうだ。
でもこの場合、意味を測りかねた。

「仲間?」

と聞き返す間に、

「すいません、着替えさせてもらえませんか?」

人垣をかき分けて顔を見せた人物は、アポロキャップを目深に被り、白いTシャツにジーンズ姿!!!
日に焼けてそばかすの出た鼻の頭に汗が浮いている。

「!!!!!」

心臓がバクバク言って、ほんとに「仲間」だと名乗り出たいのは山々だったけれど、こんな人目のあるところで100年後の話などおちおちしていられない。

見れば剣道の防具を持っているようだ。
早くしろ!とあたりも騒がしい。
もしかして、

「に、入隊試験?」

「入隊、できればね」

うそー!そんなん有りか?だって

「女の子でしょ?」

女中部屋に通して、障子の外から聞いてみる。
中からしゅるしゅる衣づれの音。
大急ぎで着替えの最中。

「そうだけど。でも、男か女か聞かれなかったし」

笑い声。
んなこと言ってまさか男だとは思ってないでしょー?



人だかりになっている真新しい道場の中を覗くと、彼女が最後に面をつけているところ。

濃紺の防具の垂のところに白で名入れがしてあるんだけど、「鬼丸」っていう苗字なの!かっこいい!!
それで場内どよめいてます。

ついでに胴着の袖に高校名が入ってました。
当たり前なんだけど、なんか笑っちゃった。

相手は・・・沖田さんだ。ニコニコしてて・・防具もつけてないぞ。

「ねぇ、あんなんでいいの?」

誰とも無く尋ねたら

「そりゃあ沖田先生ですから」

誰とも無く答えた。

そうか。
先生ってこれのことだったのね。

上座と思しきあたりにエラそうなオヤジが数名腕を組んで座っている。
ギャラリーは数多。
相当なプレッシャーだろうと思う。

くぅ~!がんばれよー!なんだか私の方がドキドキするぅ!!



しかし、立会い、彼女が一声発したら、あたりは騒然となった。
もしかして、ここで初めて彼女が女だとわかったのかもしれない。

・・・ほんとかよ。

でもそうかも。
剣道の試合って見たことなくて知らなかったけど、しゃべっている時と違って気合はかなりトーンが高くてびっくり。
キャー!みたいな。ほとんど悲鳴。

するとどうだろう、上座に陣取っていた数名が立ち上がってぞろぞろと退出しようとするではないか。

なにそれ?どういうこと?
しっつれー!!
と、思い切りブーイング・・。

・・・したのは私一人だったぁ!!!どどどどどうしよう。
辺りは水を打ったよう。
退出者の先頭に立っていた一人がこちらを振り向いた。
っていうか、その場にいる全員の視線がこっちに集まってるんだけどぉ・・。
ひー!!!

そのまま黙っていれば良かったのに、みんなの注目を浴びて頭に血が上って正しい判断ができなかったっていうのがホントのところ。

「中座するなんて失礼でしょう?」

言っちゃったよ。
あはは・・。

先頭のオヤジがこちらに向き直った。
もう引っ込みはつかない。

ええい!こうなりゃヤケクソ!皆さんの期待に答えましょうとも!

「最後まで見なさいよ。途中で立つなら最初から来なければいいでしょ」

「可笑しなことを言う。女と知れたなら試合う必要は無かろう」

朗々とした声にビリビリと辺りの空気が振れるようだ。

が、残念ながら、あからさまな男尊女卑を無視できるような大人じゃないんだな、私。
スイッチ・オン!だ。

「女と見抜けずに立ち会ったんでしょ?今更“女と知れた”なんて言い訳が通ると思ってるの?」

ゴクリと、喉が鳴るのがそこここから聞こえた。

・・・それって、“固唾を呑む”ってヤツ?もしかして私、とんでもないことしてる?

「お前、自分が誰にものを言ってるのか判っているのか」

オヤジが凄んだ。

それに答えようとした時、私とそいつのほぼ中間点に居た沖田さんが、おそらく助け舟を出してくれたのだ。

「すいません。私が責任取りますよ。この人が女だって、黙ってたのは私ですから」

ケロっと涼しい顔で(声で?)言ってのけた。
なにー?そうなの?と私も思ったが、

「沖田君!」

道場の向こう側から怒鳴って来ていたオヤジが真っ赤になった。

「お叱りはあとで受けます」

平然と言い放ち、立会いに戻る。
いいぞー!沖田さん、ちょっとかっこいいかも!


そいでもって入隊試験は5分ほど。
一瞬にして打ち込まれるってのを何度か繰り返して、あとは・・遊ばれてたカンジだったなー。素人目にも。
かわいそうだけど。

気の毒に、どれほど落ち込んでいるかと思ったら、

「面白かったー。嬉しー、幸せー」

だって。
伸びてるところに水をぶっかけられたのに、だよ?








「だってさー、あんな強い人とやりあったの初めてだったんだ」

炊き立てご飯をかき込みながら幸が言った。
なんだか嬉しそう。
この話をする時はいつも嬉しそうなんだけどね。

今夜のメインディッシュは玉子焼き。
幸が一緒なのでちょっとぜいたくぅ~。

「朝練帰りで自転車乗ってタイムスリップしちゃったおかげで、ちょっとは京都見物できたんだけど、あの乱闘に出会ったのはラッキーだったな」

と、幸が言ってるのは、乗ってた自転車を売ったお金で宿を借りつつうろうろしてたら、沖田さんの隊の巡邏に出くわして、しかも不逞浪士との小競り合いを、おだんご食べながら見てたっていう、とんでもない経緯のことだ。

それで沖田さんが彼女に興味を持ったらしい。

「乱闘しながらギャラリーにまで気を配ってたなんて、さすがに目がいいじゃん」

ナスの味噌炒め、もうちょっと濃い味にすりゃ良かったかな。
砂糖をケチり過ぎた。

「つーか、あんた同様目立ったろうからね」

と言いながら、幸は二杯目をよそっている。
結構食べるんだよね。毎日体動かしてる人は違います。

「あの格好で、短髪で、帽子被って、防具セット持ってて、だんご食ってたら・・目立つわなぁ」

想像してしまい、食べかけの味噌汁を噴きそうになる。

「でもまあ、そのおかげであんな展開になって、新選組にやっかいになってるんだから、やっぱラッキーだった」



あの入隊試験の後、沖田さんの計らいで幸は不思議なポジションに就けた。
『隊士扱い』っていうの。

ただ、やっぱり女だってことで行軍録には載せてもらえなくて、つまりどの隊にも所属していない。
必要な時だけ新選組の仕事をする。
仕事と言っても決まった仕事は無い。
たぶん給料も歩合制(笑)。

「つまり、パシリだな」

と、一応謙遜してるけど、そのくせまんざらでもない様子。
剣術の稽古をつけてもらえるのが嬉しいみたいなのだ。
このあたり、私には理解できないところなんだけどね。




そんなわけで、とりあえず楽しげに暮らしているので良かったなぁと思えている。
彼女的には部活の延長みたいなもんなんでしょ。
私の境遇に比べたらぜーんぜんおっけーですよ。はい。


え?私の境遇?それはまた別の機会に(笑)。


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