もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
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「・・・インプリント」

と、幸が呟いた。

「?」

縁側でとうもろこしを頬張りながら見やると、彼女は夕陽の差し始めた真新しい畳の上、座布団も敷かずに正座して抜き身に打ち粉を置いているところ。

刀身から目を離さない。

「刷り込み。生まれて最初に見たものを母親だと思い込むってヤツ。そこで捕まっちゃったんだ、山崎さん。災難~~」

「災難?山崎さんが?そうかなぁ?あたしに比べたらかわいいもんじゃない?」

「そりゃそうだけどさ」

今度は懐紙で丁寧に拭き上げている。

師匠に教わったばかりのテクニックを試し始めたばかりで、会話もちょっとうわの空。
暇なのは私だけ。

この時代にタイムスリップして来たときの経緯は、お互いもう何度か話してはいるのだが、暇になるとつい、年寄りの繰言のようにいつも何故だかこの話題に行き着いてしまう。

・・・この話題、この話のそもそもの始まり。
思い返せば、遠い昔のことのような気がするし、ついこの間のことのような気もする。





梅雨明けの蒸し暑い午後、私は何をしようとしてたんだっけ?
試験前の一夜漬けの後遺症も手伝って、私の意識はいささか朦朧としており、スニーカーの下の灼けたアスファルトが、埃の噴いた土の地面に変わったことにも気づかずにいた。

ゴン!と何か盛大な物にぶつかって正気に帰ったのだ。
その衝撃に驚くよりも先に、

「わぁっ!」

盛大な悲鳴に驚いた。ぶつかったのは物ではなく、人だった。
いや、正確に言えば人が背負っていた巨大な風呂敷包みにぶつかってしまったらしい。
今どき風呂敷包みかよ、とは思いつつ、

「ごめんなさい。大丈夫でした?」

荷物の下敷きになった(らしい)その人に声をかける。
するとその男の人はヤドカリが殻から出てくるみたいに体を起こし、着物の裾に付いた砂埃を払いながら、

「あいたたたぁ・・。どこ見て歩いてんねん、ったく。商売道具ほかしたらどないするんじゃ!」

・・・え?着物?とは思った。関西弁?とも思った。
それに大きな風呂敷包み。
・・・着物屋さんかぁ・・と思った瞬間、相手が振り向いて・・。

絶句。

チョンマゲだ!!

「うそー!!」

「嘘て、あんた・・・」

今度は向こうが絶句した。
だって、そのオジサン私の肩ぐらいしか無いんだもん。
何がって、身長が。

「エライ体格のええ姐さんやな」

・・女には見えたらしい。

つーか、自分が小さくねぇ?

それを言おうとした時だ、物凄いことに気づいてしまった。
目の前(いや、下だ)にあるチョンマゲ、地毛だ!
赤銅色に日焼けして、小皺の寄った頭皮に皮の剥けた様な痕がある!

「!!!!!」

奇声を上げそうになった自分の口を必死に押さえる。
なにこの人!信じらんない!へんなオヤジ!

思わず後ずさりして、さらにとんでもないことに気づく。

回りの景色が変わっていたんである。
私達のすぐ脇の建物は木造!軒下に暖簾!

・・え?

通りは土の地面!見渡す限り大きな建物は皆無!

・・え?

行き来する人々すべてが着物!チョンマゲ!日本髪!

ええーーー!!!!!

「なに?なんで?ここどこよー!!!」

とうとう暑さで頭をやられたのかもしれない・・・。
だって私は近所のコンビニまで買い物に出ただけで・・。
家の近くにこんな時代劇のセットなんかあるわけないし、いったいここはどこなのだ?

パニクッてめまいがしそうになっていると、地毛でチョンマゲを結ったプロ根性旺盛なエキストラさんが、

「あんたどっから来はったんや?その格好(なり)、見世物小屋からでん抜けて来たんちゃうかー?」

そのなりって・・・Tシャツにジーンズのどこが?
仮にも私はビジターだぞ。
エキストラじゃないんだから時代劇の格好してなくたって仕方ないじゃん。

「失礼~。確かに暑くてボーっとしてたけど?蹴飛ばしたのは悪かったわ。だけど見世物小屋はひどいんじゃない?そんなことより出口がどこだか早く教えてよ。いつからこんなセットができたわけ?テレビでCMとかやってたっけ?」

試験勉強でここ2、3日はテレビもろくに見てなかったもんなぁ。
でも、それにしてもクラスの誰もこんな時代劇のセットのことなんか言ってなかったぞ。

「わかった!撮影してるの、秘密なのね?ねぇ、主役は誰なの?どんなストーリー?誰にも言わないから教えてよ。ねっ!」

お兄さんは(良く見たらオジサンというほどの年ではなかった)大きな荷物を揺すり上げながら怪訝そうな顔。

割りとハンサムで、“俳優志願だったけど、あいにく芽が出ず大部屋止まり”ってカンジではある。

「なんやって?わけのわからんお人やなぁ。あんた、暑気あたりと違うんか?ほれ、そこいらで川風にあたらはったら?」

くいっとあごをしゃくって見せる。
見れば背後に橋の欄干。
下に川。

・・・え?こんな川、あったっけ?

橋の上の往来は混雑していて、しかも皆時代劇の装束。
撮影スタッフの姿はない。
撮影もしていないのにエキストラたちは間断なく演技を続けているように見える。

・・・気味が悪くなってきた。

「あのう、私、迷子になったみたいなんですけど、インフォメーションってどこにあります?」

下手に出てみた。

「いん・・???」

「インフォ・・・案内所のことです。帰り道がわからなくて・・」

「案内?帰り道がわからん?そら立派な迷子やな」

だから迷子になったって言ってるだろーが!と言いたいのをグっと抑えて、

「道順、教えて頂けると助かるんだけど・・」+愛想笑い。

「ほんなら簡単や。ここらは京でも一番判り易い所やさかい。ほれ、その目の前に流れておるんが鴨川や・・・」

・・・・え?今、なんて言った?
淡々と説明を続けるお兄さんを遮り、

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい。今、なんて言いました?ここ何処ですって?」

「ここか?ここは四条河原町や」

それってそれって・・ちょ、ちょっと待て。

「京って言いました?すすすすいません、もう一度聞きます。ここは何処ですって?」

既に心臓が飛び出そうになってるっていうのに、

「京の都の大通り、天下の四条河原町や。こんな判り易いとこで迷子にならはるなんて、余程の田舎モンか、いや、ひょっとして深窓のお姫さんかもわからんなぁ」

・・・笑い出した。

からかわれているのは判っている。
現在地が何処なのか判らないことをからかわれているのは判っているのだ。

が、あまりに信じがたい事実を突き付けられて、ノリの軽い会話について行けるまでに立ち直ることが出来ない。

いや待てよ、ほんとにからかわれているのかもしれないぞ。

「う、うそ言わないで下さいよ。そんなの有り得ない。ここが京都だとしたら・・・」

私は無意識のうちに何百キロ歩いて来たというのだ。
そんなことがあってたまるか。

と、思う一方で、京都なら映画村があっておかしくはない、などと考えてしまう。

・・・うそだろー。そんなはずは無い!絶対無い!

頭の中で仮説と突っ込みを繰り返す。これを「パニクる」と言う。

きっと、私の顔つきが硬くなったので、引いちゃったんだと思う。

「ほんなら、あては他のお店まわらなあかんよって・・」

そいじゃ、と背中を向けた。
その四角い大きな風呂敷包みに抱きつく。

「こ、こら!アンタなにすんねん!離さんかい!」

抱きつくと言うよりは、引っ張る形になってしまったので、おそらく彼は荷物の向こうで尻餅をついていた。

「ごめんなさいごめんなさい。待ってよ、お願い!行かないでー」

彼の態度からだけでなく、周りの空気が私の存在を拒んでいるのが判るんだもん。

遠巻きにこちらを伺っているのが判る。
少なくとも見渡す限りの世界の中で、私一人が異分子なのだ。
こんなとこで置き去りは嫌だ!この人を逃したらあとは誰に頼ればいいんだー!

「見捨てないでー!私をここから出してー!お願いしますぅ!!」




「なんとか山崎さんに喰いついてさー、働き口紹介してもらったのはいいけど、まさかこういう展開になるとはねー」

行けども行けども時代劇の町の中。
タイムスリップとはっきり自覚はしていなくとも、もとの世界に帰れないことだけは判った。

さすがの私も心細さに泣きそうになったっけ。
とりあえず生きていく道を、インプリントのお兄さんに探してもらって・・・。

「でもさぁ、そんなわけの判らない大女のあんたを見捨てないで世話してくれたってだけでもスゴイよね?彼氏」

幸の物言いはいつも褒めてるんだか茶化してるんだかわかりゃしない。
夕陽を映して、鋼の人斬り道具はぴっかぴか。

「きっと向こうもなんか感じたんだな」

と続けてニンマリと破顔った。
心なしか嬉しそうなのは、会話の中身に反応してだか、自分の仕事に満足してだか判らない。

「なんかってなによ?」

「なんかこう・・・ビビビってさ」

「んなわけないじゃん。人手が要ったのよ。あたし等がここに落っこちて来た時期ってさぁ、ほら、新撰組が大所帯になって、八木さんちでも何かと雑用が増えちゃって大変な時だったのよ」

「そう?それだけかなぁ?」

「そうよ。だって私みたいな何にもできない人間でも喜んで雇ってくれたもん」

「まぁ、ここまで何もできないとは思わなかったんじゃないの?」


む。

・・・サイコーに失礼。
“そんなことないよ”くらい言えよな。

でもまぁ、この時代の人の何もできないレベルと、私らの何もできないレベルが天と地ほども差が有るってことは否めない事実だし、着物の着方から教えてはもらいましたけどね。

「お蔭さんで一人でご飯が炊けるようになった、と思ったら出された」

「まあそうブーたれなさんなって。出されたわけじゃないでしょ。いい身分になったじゃない、下働きから比べたらさ」

油を含ませた布で刀身に薄く油をなじませ、作業終了の様子。
刀を鞘に納め、ふう、とため息をついた。
それから肩をグリグリと回し、

「あーっ、肩凝った」

なかなか伸びない前髪が結髪からパラパラ解けて、広い額を隠して揺れた。

「緊張する?」

「お蔭様でとうもろこしをボリボリ喰い散らかしながら見てるヤツが傍にいると、緊張感もどっかへ吹っ飛んで行っちゃうね。」

「あら、ごめんなさい。でももうこれでおしまい。全部食べちゃった。残しときゃ良かったわね」

そういう意味じゃなくて、と苦笑しながら呟くのが聞こえたが、構わずお茶にする。

「そろそろ熱いお茶もどうにか飲める陽気になってきたわねぇ」




タイムスリップから3ヶ月半。
ようやくと言うかとりあえずと言うか、ともかくこの時代の生活にもなんとか慣れ、住むところも食べていく術も決まって、落ち着いた気はするんだけれど、もとの世界に帰る術は未だ見当も付かず、“早いとこ帰ってフライドチキンを腹いっぱい食べたい”というのが今現在の切実な願いであったりするわけだ。

まぁ、住んでいるのが新選組(警察みたいな機動隊みたいなもん)の副長の休息所で、肩書が「妾」ってのが16になったばかりの女の子としては頗る異議の有るところではあるのだけれど。

だって相手はほとんど倍の年だよ!信じられる?

それでも“こんなご時世に三食昼寝付きなんだから我慢しなさい”と我が相棒の幸は言うんだけどね。

こんなご時世がどんなご時世か知らないけど、学級委員長肌の幸が言うんだから間違ってはいないんだろう。


あ、幸の話はまた次回に。
これがまたとんでもないんだ。そんなんありかよ!みたいな(笑)。


それではまた。

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