もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
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結論から言えば、小夜の手首は折れてなんかいなかった。


ねんざ(失笑)。

捻挫です。
日頃鍛えてもいない、そもそも力仕事だってしたことのない小夜のへなちょこな拳で、勢いに任せて、江戸時代人の頑強なアゴ(きれいな顔でもアゴは頑強・笑)を殴りつけたんだもの。
殴った方のダメージが大きかったってわけ。
それにしたって骨折するような強さでもなかったわけだ。

診断したのは・・・副長です(:;)。
あんなに小夜に散々に言われ、足蹴にされ、仕舞いには横っ面をグーで殴られた、気の毒な副長でございます。

大した怪我ではなかったにせよ、自分の歯と相手の拳につぶされた唇は紫色に腫れ、血も滲んでいてかなり痛々しい。

痛い痛いと、この世の終わりのように泣きわめく小夜を沖田さんたちに押さえつけさせ、既に腫れてきた彼女の手首を触ったり動かさせたりして怪我の具合を診るのもまたひと騒動で・・・。

桶に水を汲み、絞った手拭を渡すと大きなため息をついた。

「すぐに冷やせ。動かさんようにな。後はうどん粉に酢と卵の白身を混ぜて湿布。時々取り替えて・・・」

不機嫌そうにそう言って、手拭をうっ血した唇、左の口角に押し当てた。

小夜の手首を冷やすのかと持って来たんだけど・・・。
ま、いいか(^^;。

痛むのか片目を細め、

「石田散薬も忘れるな。腫れが引けばそのうち治る」

「はい」

こっちもタンコブを冷やしながら返事をする。

くくくく、と沖田さんが小夜をなだめながら必死に笑いを堪えていた。

「笑っている場合なのかお前は・・!」

とは言うものの、この騒ぎにすっかり気を削がれていて、副長の言葉にもイマイチ勢いが無い。

「はいっ・・・すいませ・・っ」

沖田さんも、もうそれしか言えないし。
しかも最後はすっかり笑いコケながらだし。



この二人の危機を収めたという意味では、小夜はいい仕事したのか・・・な?
収めたっつーか、睨み合いに爆弾ぶち込んで一時的に蹴散らしたみたいなカンジだけどな(疲)。

まあ、確かに小夜は危険物には違いないってことだ(--;




「三方傷み分けでなんとか収まりましたねぇ」

麩まんじゅうを手土産に沖田さんが来ていた。

あれから毎日、彼はウチに通って来ている。
どうやら私の怪我を見舞っているということなのらしい。

でもホントのところは禁足くらっているからなのだと思うんだけどね。

禁足と言っても島原へだけ。
この間の騒ぎの後、そう決まったみたい。

彼だけじゃなくて新選組の隊士は皆、島原への泊まりは禁止になったそう。

そんなことをして、近頃は隊士も増えて屯所は寝る場所も無いくらいだと聞いていたのに大丈夫なんだろか?

西本願寺の寺領を提供させて、不動堂村に新しい屯所を建て始めているとはいえ、まだいつできるか判らないのにね。


ま、新選組のことはどうだっていい。



「その三方に何で私が入らなくちゃいけないんですかね?」

洗濯物を竿に掛けていた幸がツッコミを入れた。
縁側でそれを見ていた沖田さんがゲラゲラ笑いながら、

「そりゃあお前、副長の命令とはいえ師匠の私をつけ回していたんだからなぁ。バチがあたったんだ。タンコブぐらいで済んで良かったよぉ?ありがたく思いなさいよぅ」

カラリとしたものだ。
軽く揶揄して笑い飛ばしている。

優しい人なんだよね。

幸はきっと照れたのかもしれない。
そんな時だけ師匠かよ、と明後日の方角にボヤくのが聞こえ、

「私、食料仕入れてくるから。沖田先生、ちょっとお願いしますね」

今日はまだ野菜売りの声も聞かないから、昼以降の食材が心配になったんだろう。

井戸端にタライを立てかけ、襷掛していた居住まいを直し、大刀を腰に差して、買出し用のショルダーバッグ(きのこ取り用の籠に布のストラップをつけました)を斜め掛けして、木戸を出て行く幸の様子を、飽きずに笑いながら見ていた沖田さんが、

「面白いなぁ。ここに居るとホント、面白い・・・」

涙目になってるよ。
幸の格好が余程面白かったと見える。

そう言われりゃ、二本差しでショルダーバッグ斜め掛けだもんね。
あんまり見ないスタイルだ(笑)。

私が利き手を痛めてしまったので、家事一切&私の身の回りの世話まで、彼女はやってくれている。

ありがたいです。
申し訳ないです。
あんな騒ぎを起こしてしまったので、大人しくお説教は聞きました(T-T)

私の右手は手首に湿布(小麦粉と酢を玉子の白身で練ったペースト状のもの)を縫って、動かないように経木で(!)巻いて晒しで縛ってある。

それをついつい、いつもお釈迦様みたいに持ち上げてしまう(^^;
肩から吊っても良かったんだけど不便だし。
でも下に下げてると腫れが引かないし、ぶつけそうで怖いので。

麩まんじゅうから笹の葉を外すのは片手では無理なので、沖田さんが代わりにやってくれて、

「はい、どうぞ」

黒文字に差した麩まんじゅうを手渡してくれる。
指の長い骨っぽい手。

晴れた空の下を渡って来る秋の風が気持ち良かった

「ありがとう」

この人は、こういうことを苦にせず自然にできる人なのね。
この時代じゃ珍しい人種だよね。
と思ってたら、

「小夜さんって、こういうのを人にやってもらうの、苦にならない人ですよね」

笑われちゃってた。

「ありがとうって言い慣れてますもんねぇ。人から何か「してもらう」立場が自然ですよね?」

何が言いたいんだよ。
頭が高いってかぁ?

「どうせ私は気が利かない性質ですからねー。そこまで言うんだったら、お茶も自分で淹れてよね」

幸が居ないんじゃそうしてもらうしかないからね。

好物の麩まんじゅうは一口で胃の中へ。
こしあんが上品v

「そうじゃなくて・・・。怒らないで下さいよー。なんだか育ちがいいんだなぁって、そう思っただけですよ」

「育ちがいい?」

ほんとかよ。

「爺やとか婆やとか、使用人に世話されて育った感じですよ。なんて言うんだろう、意外とおっとりしてますよね?」

意外と・・・って(--;。
えーと、

「あのさー、私のことを何と誤解しようとあなたの勝手だけど、おっとりしている人間は新選組の副長さんを殴ったり蹴ったりしないと思うよ」

沖田さん爆笑。

口デカイよ。
奥歯の一番奥まで見えてるって(--;
麩まんじゅうの残骸が左上の奥歯に引っ付いてるのがはっきり見えた。

縁側にひっくり返るように笑い出した勢いで、側で昼寝していたフクチョーが驚いて座敷の奥に逃げてっちゃった。

私は麩まんじゅうがもう一個食べたかったので、彼が笑い終えるのを待っていた。
庭の垣根の根元に秋明菊がひと群れ、風に蕾を揺らしているのをぼーっと見ていた。

「あの時はびっくりしたなぁ」

ようよう、彼は体を起こした。
でも笑い声のままだ。
いっひっひと笑いながら喋るので声のキーが高くなってる。

「いや、・・・小夜さんってすごい人だなぁと思いましたよ。土方さんが・・・副長が殴られるなんてこと・・・」



笑って喋れなくなったんだろうと思っていた。

咳き込み出した。

笑い過ぎで咳き込むことは良くあることだ。
なので最初は気にも留めてなかった。

ちょっと続いたけど、それもまんじゅうを食べながら笑ったのでむせたんだろうと思っていた。

「ちょっとぉ、大丈夫?」

声はかけたけれど、言葉程には心配なんてしてなかった。
咳はまだ続いている。

長いな。

苦しそうな顔を隠すように、沖田さんが顔を背けた。
それでも、夏からの風邪が抜けてないんだろうと思っていた。
ひどい咳だなぁ・・と。

「お水飲んだら?」

台所の水瓶から湯呑みに水を汲んで戻っても、まだ収まらない。
背中を丸め、縁側に倒れこむようにして、一心に咳をしている。


湯呑みを置いて、背中をさすろうと左手を伸ばした時、初めてこれは尋常じゃないと気付いた。

背中が汗に濡れていた。

もちろん、そんな季節ではない。

見れば首筋や月代に汗が玉になって、湯気が立ち上りそうなほどだった。
体を二つに折るように、全身で咳をしている。

そういえば咳の音も。
痰の絡んだようなゲホゲホという音からコンコンという音に変わってきている。

大きく広げた紺地の手拭で、まるで顔全体を覆うようにして咳き込む沖田さんの苦しそうな表情が、止まる気配のない咳が、私を不安の底に突き落とした。


もしかして。

あれは・・・嘘?

方便などという方が、真実を誤魔化すための嘘だったのか・・・。


ゴシゴシと、彼の背中をさすりながら、涙がこみ上げて来る。

私に心配をかけるまいとしたのか。
私なら・・・騙せると思ったのか!

「何やってんのよ・・・!」

チクショウ!と自分を罵るしかない。
まんまと騙された私が馬鹿だ。

「何、嘘ついてんのよ・・・っ!」

これは沖田さんに言ったのだ。
頼りにされていない自分が情けない分、頼りにしてくれない相手にも腹が立った。

そうする間も、一向に止まらない咳に不安が募る。
どうしよう、医者を呼ばなくちゃ!と幾分冷静になりかけたとき、ようやく、

「・・・ごめんなさい。大丈夫ですから」

手拭で口を押さえたまま沖田さんが言った。
肩で息をしている。

「喋らないで」

咳はまだ断続的に続いている。

「もう・・・治まりましたから。心配させてすみません。夏風邪こじらしちゃって・・・咳がしつこくて」

手拭を掌の中に握り込み、笑顔を作ってこちらを見た。

「まだそんな嘘つくの?」

「嘘?そんなんじゃありませんよ。あれ?嫌だなぁ、何泣いてんですか。大げさですねぇ」

ため息をついて座りなおした。
息が上がっている。
目が充血している。
それでも笑顔を崩さない。

小面憎いとはこのことか。

「拭き残してるわよ」

悔しいからそう言ってやった。

はっとして、彼は口元に手をやった。
そのまま拭った自分の手を見、それからゆっくりとこちらを向いて、

「・・・カマかけましたね?」

笑顔を繕っている暇はなかったらしい。

殺気のようなものも拭い残していたのかもしれない。
厳しさを、わずかだけ残した顔だった。
見たこともない顔でもあった。

「カマぐらいかけたって何よ!この大嘘つき・・・。誰かに話したの?幸には?土方さんには?」

こちらも負けずに厳しい顔をしているつもりが、どうしてもただのむくれっ面になってしまう。

でもそれで、彼はようやく自分の顔を作る余裕ができたらしい。
私の問いに、照れたような笑顔で首を横に振った。

汗まみれで、一生懸命笑顔を作って。

それから先は、涙でぐちゃぐちゃになってしまい・・・。
取り乱して沖田さんに迷惑をかけたと思う。

「何よぉ!何やってんのよ!方便なんて嘘ついて。馬鹿にすんじゃないわよ!そんなんで私を騙して、ひとりでどうするつもりだったの?隠し通してどうするつもりだったのよ。気付かないみんなを馬鹿だと思って。ひとりで死のうとでも思ってたの?ひどいよそんなの。周りの人間を何だと思ってるのよ。ばかっ!」

憎らしくて思わず上げた右手は、痛くないように肘の上を掴まれた。
悔しくて上げた左手も、可笑しいくらい簡単に捕まった。

「泣かないでくださいよ。私のためになんか・・・」

目の前の表情はいつもとひとつも変わらない。
眉をさげて大きめの口を横に広げて、この人は笑顔がデフォルト。

どうしてそんなに落ち着いていられるのだろう。
命の先が見えるのに?

「だって・・・嫌だよぉ。こんなの嫌だ・・ひどいよ・・」

うわーんと泣き声が出た。
沖田さんの腕の力が緩んだ。

「泣かないでくださいよ。頼みますよ。自分のためにそんなに泣かれたら、うっかり惚れたくなるでしょう?」

ばかやろー。
こんな時までおちゃらけ言いやがって。

泣き崩れ、抱きしめた沖田さんの、汗に湿った肩が痩せてる。
背の高い人なので、もっとガッチリしているかと思った。

「死んじゃダメだよ沖田さん」

「私も死にたいわけじゃないんですけどね」

くすくす笑っている。
彼の声が、首に押し付けた頬から直に響いて来る。

背中にそうっと、腕が回った。

思えばとんでもなく失礼なことをしちゃってたのに、彼は子供に抱き付かれてでもいるように、私の好きにさせてくれてた。

「でも、丈夫で居たっていつどこで死ぬか判りませんから。肺病か否かなんてそんなに大したことじゃないんですよ」

大したことじゃないなんて、大した強がりじゃないか。

「ホントにそう思うの?」

「明日誰かに斬られて死ぬかもしれないのに、病を怖がってどうします?」

ああ・・・そういうことか。
と思ってから、なんだかひどく感心した。

そういうものなのか。
武士というものは。

今更ながらに呆れてしまう。

とんでもない人種だな。


悲壮な覚悟だなぁと思ったら、滑稽さが先に立って少しだけ涙が収まった。

「お医者には診てもらったの?薬は?」

「一番最初、もう半年ぐらい前になりますか。町医に一度、診てはもらいました。薬は家伝薬を」

「もしかして虚労散ってやつ?」

「そう。それです」

くすくすと笑い声が頬にくすぐったい。

「お医者にはそれっきり?」

「最近まではね。実は照葉さんのところへ来ている医者に、一緒に診てもらっていて・・・」

何だって?

「じゃあ、禁足くらってちゃダメじゃん!」

ガバッと顔を上げると、

「もう収まりました?」

え?
何のこと?

「私の手拭、汚しちゃったから・・・」

手を伸ばして頬の涙を拭ってくれる。
温かい手。

拭いながら、

「そんなにしょっちゅう診てもらっても大して病状は変わらないので別にいいんですけどねー・・・」

照れたような顔でへへっと笑った。
はにかむ様子は少年のよう。

「でも、誰にも気付かれずに医者に診てもらえるので重宝してたんですけどね」

下を向いた。

誰にも知らせずに居たいその気持ちは、周りを心配させたくない一心からなんだろう。
しどろもどろに言い訳をした。

「それでもいつかはバレるから。最後まで隠しおおせるわけじゃない。でも・・・だから、できるだけ長いこと黙っていようと思って。・・・だって、四六時中心配されてるのって・・・嫌じゃないですか。心配してくれる人には悪いんだけど・・・」

「鬱陶しい?」

「う・・ん、まあ・・・。申し訳ないけど。恐縮しちゃって・・・疲れるでしょ?病人扱いされるの、嫌だし」

自分のことを何か「してもらう」のは苦手な人なのだっけ。

「いいよ。私は誰にも言わない」

もう一度、ぎゅうっと抱きしめてあげる。

「でも・・・バレたらごめん」

私のことだからポカをやる可能性は充分にあるんだ。


すると、抱きしめた体が小刻みに震え出したではないか。

・・・笑ってるよ(--;

「何ですかそれ。当てにならない人だなぁ~」

「笑うなぁぁっ。そう思っても黙っていろ~。それが礼儀というものだ~」

言いながら自分でも笑っちゃったけど。



「そういえばさ、沖田さんって照葉さんのこと諦めたの?」

座り直して訊ねると、沖田さん、急に話が変わったので目をぱちくり。
もう汗は引いていて、いつもの日焼け顔にキョロリとした目がファニー。

「諦めたって言うか・・・諦めざるを得ないでしょう。向こうが要求する金額を用意できないんじゃあ、こちらとしてはお手上げだもの」

眉を下げた。
それは本音なのだろうか。

「通いも禁じられて、それでどうするつもりなの?もう逢えなくていいの?」

彼は答えに詰まり、天井を仰いで溜息をついた。

「うーん、仕方無いですねぇ。とりあえず禁足が解かれるまでは・・・」


・・・なんだこの男は。
好きな女より上司の言うことを聞くのか(怒)。

「何言ってんの?照葉さんに会いたいとは思わないの?」

「だってそんなことしたら殺されますよ~。またあんな騒ぎになるんですよぉ?」

肺病で死ぬのは怖くないくせに上司に殺されるのが怖いのかコイツは(--メ

「そんなコワイ顔したって無理ですよ。私が法度を破るわけにはいかないでしょー」

冷たいと思われるのは心外なのか、唇を尖らせて不満げな表情。

・・・まあ、責任感ってことなんだろうけどね。
判るよそりゃあ。
こんな人でも組長だしな(ひどい(^^;)。

「でも、あなたには照葉さんが必要だわ」

医者の診療を受けるためにも。

できれば通いじゃなくて、ちゃんと家を持たせた方がこの人自身のためにもなるし、相手の照葉さんだってあんなところじゃ病気が悪くなるだけのような気がするし。

「なんとか身請けできないものかしら?」

「五百両ですよぅ?」

だから、ひょっとこみたいな顔はよせ(爆)。
こっちは真面目なんだ(そっちもそうだろうけど)。

「いくらなんでもふっかけ過ぎよ。意地悪よ。だってあのまま彼女が死んじゃったら一両だって回収できないのよ?商売人のやることじゃないわ」

「あれ?土方先生のようなことを仰いますねー?」

イタズラっぽい目をくりくりさせてこちらを覗き込んでくる。
人が真面目に考えているってのに。

「失礼ねぇ。一緒にしないでくれる?」

彼の懐に半ば抱え込まれていたのに気付いて、離れて座り直す。
なんか良い方法無いかなぁ、と思いながら・・・。


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