もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
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「おい、何が無いって?」
小声でつんつん肩を突いてくる、沖田さんもお気楽だよね。
この場の状況を何だと思っているのか・・・。
仕方ないので、
「無神経って意味ですよ」
副長の耳には入らぬよう、極々小声で耳打ち。
「どこの言葉だよ?」
どうでもいいじゃないか、そんなこと。
子供みたいな人だな。
「方言でしょ」
そう誤魔化すしかないじゃないか。
英語とは言えない。
相手は尊皇攘夷集団、新選組の構成員なのだ。
どこから覚えて来た、などと突っ込まれちゃ困る。
「だからどこの?」
え?
えーとえーと・・・、
「不思議な言葉ですからねぇ・・・沖ノ鳥島辺りですかねぇ?」
超適当(笑)。
つーか、そこって人住んでるのか?(笑)
自分で言って自分で可笑しくなった。
「何を笑ってるんだ馬鹿者。そんな暇あったら早くこの鬱陶しいガキを連れて行け」
副長は余程腹立ちを抑えていると見え、島田さんが控えている前で小夜をはっきり「ガキ」と呼んだ。
「フリでも仲の良さそうな演技なんて出来ない」宣言?(^^;
これ以上もめないうちに退散しなくては。
と、立ち上がりかけた時、
「いや、幸が聞いて来た話だというなら丁度いい。皆さんお揃いのところでお話しましょう。あちこち言い訳するのも面倒だ」
沖田さんの明るい声。
副長は言ってる意味を計りかねたか、イライラに火がついたらしい、
「言い訳だと?貴様、言い訳が通るとでも思ってるのか」
副長のこの、腹の底から声を出す感じ!
大きい声じゃないし、重低音でもない、強いて言えばソフトな低い声なんだけど、妙にドスが効いてるんだよねぇ。
これを効くと大概みんなびびるんだよねぇ。
私も思わず背筋が伸びるし。
あっけらかんと口撃をかわせるのはこの人ぐらいだな。
「なんですかねぇ。どうしてそこまで思い込めるものかなぁ。言い訳じゃありませんって。もともとの話が違うんですったら。私の話も聞いてくださいよ」
沖田さんはにこやかで普段通りで・・・緊張感が無い。
それも面白くないのか副長は憮然としたまま、
「それはコイツが聞いて来た話が間違っているということか?それとも間違った報告をしたとでも言うのか?」
ええ!?私が?
そんなぁ!
疑われて、焦りまくって弁解しようとするより先に、沖田さんが苦笑した。
「そんなことは言ってませんよ。幸が聞いて来た話はそのままそっくりその通りなんでしょう。コイツはそのまま報告したはずだ。幸にその話をした者が、話の途中までしか知らなかっただけですよ」
そこで終われば良かった。
だってそこまでは普段と変わらぬ調子だったのだから。
でもこの時、周りの誰も気付いてはいなかった、あるいは本人も気付いてはいなかったのかもしれないが、やはり彼自身も気が立っていたのだ。
普段なら胸の内に仕舞っておくはずの言葉を口にした。
「あなたは自分が選んだ間者を疑うんですか?」
変わらぬ口調で続けたので、というよりは、目上に対して直接こんなきつい指摘をするような人ではないと思っていたので、何を言ったのかすぐには理解できなかった。
「なんだと?」
と、副長が顔色を変えたので、事の重大さに気が付いた。
「部下を疑うのは良くないな。命じられた仕事をこなした挙句に疑われたのではたまりませんからね」
笑顔を浮かべてはいたが、冷静なだけに言葉尻がきつい。
「それは俺に意見しているのかね?」
副長の言い回しも他人行儀だ。
眼光が鋭い。
空気がぴりぴり言ってるみたいだった。
このままでは喧嘩になりそうだ。
やばいよ。
私を弁護してくれているせいでマジ喧嘩なんてやめてくれよ~。
まずい流れになっちゃってるよ~。
「あ、あの、私はこんな未熟者ですから、疑われたとしても・・・」
自分が叱られて治まるのならその方が気が楽だ。
なのに、沖田さんがそれを遮る。
「お前は黙ってろ。お前の話じゃないんだ」
「ほお?なら誰の話だというんだぇ?」
余計シリアスな流れになっちゃって。
目を細め、口を歪めるようにして笑う副長は、自虐的な雰囲気さえ見えて、怖いというよりなんだか嫌な顔つきだった。
「ちょっと待ってよ。あのさぁ、論点がずれてるんだよね。今は身請けの話でしょ?本当のところはどうなのかって話でしょ?ちゃんと話を聞こうじゃないの」
こんな緊迫した場面を吹き飛ばすような、場の空気を読めない小夜のいつものケロリとした言い回し(ワザと?)。
でも、
「お前がそれを聞いてどうする」
あんな顔して沖田さんを追い詰めていた副長が、あっさりと攻撃のターゲットを変えた。
小夜の行動には面白いように反応するんだよね。
これって何だろうな?
「私が聞いて何が悪いのよぉ。どうせ隣の部屋に居たって聞こえてるんだからいいじゃない。私だって話を半分聞かせられたまんまじゃ気になるわよ」
「余計な口を出すな!これはお前には関係の無い・・・」
イラついた副長は大きな声になったのだが、それよりもっと大きな声を出してそれを遮る命知らずが・・・。
「うるさいなぁ!ちょっと黙っててくれる?私は沖田さんの話を聞きたいの!」
天下の鬼副長をなんとも思わない輩がここにも居たよ(--;
鋭い眼光もドスの聞いた声も蹴散らされてます。
無敵です(汗)。
副長、顔が赤い!
怒り爆発寸前なのか?
それとも怒鳴り返されてショックなのか?(笑)
沖田さんは・・おおっと、笑い出しました!
下を向いて堪えながらも吹き出すのを抑えられません!
あっ・・・下座では島田さんが、タヌキの置物のようになってます!(笑)。
「笑ってないでさ、幸の話と違うとこってどこ?早く言い訳ってヤツを聞きたいんだけど」
周りの反応全く無視の小夜、強い!絶対に強い!
向かうところ敵無しです!(爆)。
このクソオヤジがいちいち突っかかるから話が進まないんだよね。
ヒヤヒヤ顔で袖を引く幸をまあまあと抑えつつ、話を促すと、
「そもそも私が島原の遊女を請出すなんてことはないです」
いつもの笑みで、彼は答えてくれた。
「でも・・・」
と幸が言いかけたのを、手を上げて遮って、
「確かに、店の主人には話はしたんですよ。だから幸はその話を・・・どっかで聞いたんだろ?」
語尾は幸に向けて。
幸が頷く。
「請出そうとは思ったってこと?それを断念した?」
畳み込んで訊ねるのは土方さんに口を挟む隙を与えないため。
また話がややこしくなるからね。
「まあ、そういうことです」
沖田さんは照れて思い出し笑いをする。
笑えば結構大きな口なのに、口元に力を入れて堪えてる。
「なんで?」
「カネが無い」
へ?と、そこに居る誰もがツッコミモード。
遊女を身請けしようと店に話まで持ちかけたという人間が、カネが無いって?
「そりゃ私だって頑張れば百両ぐらいは何とかなると思ったんですよ。でも話を聞いたらそんなんじゃとても・・・」
「いくらだって?」
「銀で三十貫。五百両です」
ええーっ!!!とみんなで合唱。
「随分とふっかけられたもんだな。死にぞこないの女郎に五百両だと?」
土方さんが素でツッコミを入れた。
照葉さんという人の状態を知っているだけに、「死にぞこない」という言葉がキツくて耳障りだ。
沖田さんはわりと平気みたいだけど、それはたぶんこの時代の人には聞きなれた形容詞だから。
「もともとの借金はそれほどじゃないみたいなんですがね、なにしろ天神まで行った人なので、仕入れにカネがかかったみたいで。天神として出てからすぐ病に倒れて贔屓筋が手を引いたのも借金が膨れた理由だし、あとは医者代とか薬代とか・・・」
仕入れというのは養育費や教育費のこと。
それから身の回りの消耗品。
高級な遊女はお稽古事を沢山こなして教養を身につけるものらしいし、着るものや使うものもそれなりにしなくちゃいけないってことなんだろう。
衣服や宝飾品は贔屓の客に貢いでもらうみたいだけど。
「それにしてもバカ高くない?」
相場がどんなもんかは知らないけどさ。
「そうですねぇ、本当にぼったくられてる、というか嫌われてるだけかもしれないなぁ」
笑ってたけど、凹んでる感じもした。
本人には話してないというからには店側の判断なんだろうけど、それにしてもちょっとかわいそう。
「せっかく身請けしようと思ったのにね」
と言った瞬間、ハンッ!と鼻で笑う憎たらしいオヤジがひとり(怒)。
視線を移せば、先ほどまでとは打って変わってご機嫌そうな顔。
「それは残念なことだったな。労咳で稼げなくなった女郎なんざ身包み剥がされて追い出されてもおかしくは無ぇ。百両積まれたら大喜びで送り出すはずだ。大層嫌われたもんだ。気の毒なことだな」
本人を目の前に、なんて言い草だ~!
ムカツク~!
後からガッチリと幸に肩を掴まれた。
気付けば握り拳で前傾姿勢(^^;
「言っておきますけど、嫌われてるのは私じゃありません」
沖田さん本人はどこまでも冷静だった。
「新選組です。顔には出さないけれど、皆、心の底では嫌っている。ひとりひとりは受け入れてくれても、新選組という集団は嫌われているんです」
「それがどうかしたか。そんなことを俺が知らんとでも?」
土方さんは眉を吊り上げて挑戦的な表情。
喧嘩なら受けて立つといった雰囲気。
でも沖田さんは違った。
一度視線を外した。
何か考えている風だった。
諦めた風でもあった。
それからもう一度、まっすぐ相手を見て、
「そうですか。それなら良かった」
ふう・・っと、柔らかく微笑んだのだ。
勢いを外されて、土方さんが面食らっている。
見守っていた我々も力が抜けた。
なのに再び、
「でも、そんなわけだから島原通いをやめるつもりはありません」
真顔になった。
こんな時の沖田さんの顔、ふざけて喋ってる時とは全然別人。
決然とした表情が・・・かっこいいぞ!
「なんだと?」
土方さんは今日何度目のこの台詞?(爆)。
「毎日通うつもりです。空いた時間に自分のカネで通うんだ、文句はありませんよね?」
うおお!強気だぁ!
いいぞ!そう来なきゃ!
恋してるんだもんv身請けできなきゃ毎日通うさ、そりゃ!
土方さんが言葉に詰まっている。
歯噛みをしている。
「逃げも隠れもしませんから、私の身辺を探らせるのはやめてください。言いたいことは私に直接言ったらいい」
沖田さん、男らしい!
惚れそう。
脇に置いていた大刀を掴み、立ち上がりかけた。
談判は決裂かと思われた。
しかし、
「待て」
皆の動きが止まった。
見れば土方さんは腕組みをし、憮然として前方の畳の目を読んでいる。
「お前は労咳で死にたいのか。そんなところに日参すりゃあ、いくらなんでもただでは済むまい」
・・・ああそうだった。
それがあったか。
それが理由で怒っていたんだ。
むやみに反対してるわけじゃなかったんだな。
たぶんそれを、沖田さんは判っていたんだ。
「大丈夫ですよ。私には伝染らない」
まただ。
沖田さん、また同じこと言ってる。
あの時と同じ口調で、同じ響きで。
ものすごく優しい・・・。
「そんな夢物語が在ってたまるかこの大馬鹿者!」
「カミナリが落ちる」とはよくも言ったものだ。
思わず眼をつぶっちゃうぐらいの勢いだった。
オヤジ、キレまくり。
色白のこめかみの辺りがみるみる紅潮してくるのが鬼のよう。
「女の毒気に当たったか!てめぇのカネで上がるなら文句は無ぇだ?空いた時間なら構わねぇだと?ふざけるな!お前がそう言うなら今日から島原へは出入り禁止にしてやる!」
理屈もへったくれも無い、感情任せの憎まれ口。
これにはさすがに沖田さんも不快感を隠さず、
「そんな無理が通るならやってごらんなさい。隊士達が騒ぎ出しますよ」
「それがどうした。騒ぎを収められないで副長が務まるか」
売り言葉に買い言葉、良く考えれば子供の喧嘩とレベルは同じなのだが、こんな時のこの人は本当に憎たらしい。
私でさえそう思うのだ、男である沖田さんがどれだけ自分を抑えて話をしているか、想像に難くなかった。
こんなイヤミのひとつも言いたくなることだって・・・。
「なんなら私の首を刎ねたらどうです?それなら効果はてきめん・・・」
首を刎ねたら・・という言葉に反応して、それまで正座を続けていた土方さんが打たれるように立ち上がった。
立ち上がるというより、そのまま前に飛び出そうという勢いだ。
殴る気だ!と思った。
それは一瞬の出来事だった。
後から本人に聞いたらば、案の定、良く覚えていないって(--;
沖田さんが殴られると思ったんだってぇー。
止めなくちゃって思ったんだってぇー。
お前がやらなくてもあの場には野郎が三人も居たんだぞ!(あ、自分も「野郎」に入れちゃった)。
そんな気配は沖田さんだって判ってたし、島田さんだって私だって臨戦態勢に入ってたんだ。
なのにコイツは!
私は口から心臓が飛び出るかというぐらい驚いた。
沖田さんの挑発的な言葉に反応した副長の動きは素早かった。
だが、それを察知した小夜の動きの方が早かった。
動きではなくて察知が早かったというべきか。
立ち上がろうとした副長が、正座した状態から幾分前傾姿勢になった瞬間、横に座っていた小夜が突如、覆いかぶさった(ように見えた)のだ。
たぶん蹴倒そうとしたんだと思う(汗)。
実際にはタイミングがずれてしまったらしく、こともあろうに背中に乗っかっちゃったんだよ(滝汗)。
一瞬だけどそのまま副長の背中の上に立ち上がりかけたんだもの(眩暈)。
さすがの副長もふいを突かれて、たまらず体勢を崩し畳に手を突いたのだが、無様にべったりと倒れこんだりしないところはやはりさすが!
すぐにぐいっと体を捻り、自分に無礼な真似をした相手が転げ落ちたのへ飛びかかる、その身のこなしと運動能力の高さには舌を巻いた。
キャッと声を上げて、小夜は彼の背中から転げ落ちた。
まさに転げる感じで、後ろ向きに頭から落ちて一回転して畳の上に仰向いた(汗)。
マンガみたいに両足が高々と天上を向いて転げ落ちる絵面が今も目に焼きついていて、いくらでも思い出し笑いが出来るくらいだ。
いや、笑えるのは後から思い出すからであって、その時は全身から冷汗が流れたもんだが。
もう副長を静める術は見当たらなかった。
怒りの頂点に達したところを、更に足蹴にされたんだもの。
治まるわけがないよ。
「貴様ッ!」
副長は猛然と小夜の胸倉を掴んで引きずり起こした。
髷の落ちた髪から櫛やら簪やらがバラバラと音をたてて畳の上に散らばる。
今度はこっちがやられると思った。
右手が振りあがった瞬間、必死に取り付く。
本当に必死だった。
それが無礼であろうがなんだろうが、こんな太い腕でこんな勢いで殴られたりしたら、
「やめてください!副長に殴られたら小夜が壊れちゃいますって!」
右腕にぶら下がる勢いで、なんとか初手は押さえたが、
「放せ!邪魔をするな!・・・この恥知らずが!ぶち殺してくれる!」
こめかみにくっきりと青筋が立ってる(怖)。
猛烈に怒っていて、気を緩めたら振り飛ばされそうだった。
島田さんが、小夜の襟を掴んでいる副長の左手を押し戻そうとしていた。
沖田さんは、倒れた小夜の上に覆いかぶさるような形で殴りかかろうとしていた副長を、後ろから羽交い絞めにして引き剥がそうとしていたようだった。
何しろもみくちゃになってエライ騒ぎで、誰がどうとは正確に覚えていない。
そんな状態が何秒間続いたんだろう。
たぶん一瞬のことではあったのだろうが、力の均衡状態がしばらく続いた気がした。
放せ!とか、落ち着いてください!とか、副長!とか土方さん!とか、皆の叫びが被さって聞き取れない中で、
「放せ!バカ!クソオヤジ!・・・」
大の男相手にこんな騒ぎになっても怖気の欠片もない、紛れもない小夜の声。
見れば、胸倉をつかまれ引き寄せられているのを突き放そうとでも思っているのか、足で(!)副長のアゴの下辺りをぐいぐい押しやっているではないか!
歯を食いしばりアゴを引いてそれを耐えながら、物凄い形相で副長が小夜を睨んでいる。
こめかみに青筋も立つよそりゃあ!
副長の怒りのパワーが落ちないのはそのせいだ!
あっけにとられたその瞬間、何故かふいに天井の桟が見えた。
体が浮いてる?!(汗)。
次の瞬間、右側頭部を床柱にしたたかぶつけて、冗談抜きでチカチカと眼から火花が飛んだっけ。
副長の右腕の力が凄くて、振り飛ばされたのだった。
ゴキッと恐ろしげな音がして、軽く脳しんとうを起こしかけた。
そんなわけで。
「・・だぁ~っ!」
痛む頭を抱えて転げていたので「その瞬間」を見たわけではなかった。
「幸!」
と、小夜の声がした後、ペキッ!と何か果物でももぐような音がして、もみ合っていた男達の動きが何故かピタッと止まった。
「え・・っ!?」
と呟いたのは沖田さんだったか。
それで、タンコブの膨れてきた頭を押さえながら、慌ててそちらを見たんだ。
殴ろうとしていた副長の腕を放してしまったんだもの。
まさか!と思ったんだよ。
島田さんも沖田さんも呆然としている。
まさか・・・。
殴られたのか?
「幸に何すんのよっ!」
・・・殴られた割にはイキのいい声だな。
胸倉を取られたまま、もう足は下に下りてるし。
沖田さんは副長を羽交い絞めにしてるし、私が放してしまった腕も、島田さんがしっかり押さえていて。
・・・ん?
左手で小夜の胸倉をつかんで、空いてる右手を押さえられてる?
あれほど怒り狂っていた副長も呆然と目を見張っていて・・・。
ま、まさか・・・。
ここからじゃ良く見えないけど、彼の半開きの唇が赤くなってる・・・ような。
・・・。
まさかまさかまさかっ!
小夜のヤツ、副長を・・・殴ったぁ?!
「あんた等、体を鍛えるとか稽古とか言っちゃって普段何やってるんだか知らないけど、アタシの目の前で幸にあんなことしたら許さないんだからねっ!!」
げぇぇっ!なんてことを・・・!
ていうか、握り拳をかざして、男三人を睨み付けてるし(グーで殴ったのかい・汗)。
「お前・・・よくも・・・」
副長、顔色が青いよ。
震えている気もする。
怒り心頭?
それとも殴られたショックなのか(怖)。
「何がよくもよ!あんたが横暴なんでしょう?身請けがダメなら通うのもダメなんて、沖田さんがかわいそうじゃない!よくもそんな意地悪が言えるわね!」
おおお、小夜のヤツ、髪振り乱して喰い付いてるよぉ。
殴っただけじゃ足りないのか。
「そもそもなんであなたが口を出さなきゃならないの?沖田さんはちゃんと考えて行動してるじゃない!子供じゃないんだからあんたが指図することなんて無いのよ!何よ!人の不幸を喜ぶようなことばっかり言っちゃって。感じ悪いわよ!横暴よ!」
「笑わせるな!意地悪だ?感じ悪い?横暴?そんな言葉で俺が怯むとでも思ってるのか馬鹿者!」
副長は再び小夜の胸倉を引き寄せた。
他の二人が喧嘩の勢いに飲まれている隙に、もみ合い再開の気配。
「ふん!アタシだってあんたがそんなしおらしい人間だとは思っちゃいないわよ!あんたみたいなヤツの言うことなんて聞くもんかって言ってンのぉぉっ!」
鼻が摺り合うぐらいの距離で怒鳴りあってるんですけど・・・(--;
「なんだと!このクソガキが!」
「なんですってぇ!アタシがクソガキならあんたな・・んか・・・!」
負けじと小夜が相手の胸倉を掴みかかった時だった、唐突に彼女の言葉が途切れた。
驚いたような顔をして自分の手を見た。
副長を(グーで)殴った右手を見てる。
あれっ?なんか表情が・・・すごい顔になったぞ?
と思ったら突然、
「イタイタイタイタイ!痛ぁーい!」
物凄い勢いで泣き出したではないか!
涙が下まぶたに溢れてこぼれるのが私のところからもはっきり見えた。
手首を押さえてへなへなと座り込み、足をバタバタさせながら、
「痛~い!骨折れたぁあああ~っ!!」
「ぇえええええーっっ!!!?」(←大合唱)
そこから先はもう・・・大騒ぎでした(--;
はい。
それはもう。
・・・・(T-T)
小声でつんつん肩を突いてくる、沖田さんもお気楽だよね。
この場の状況を何だと思っているのか・・・。
仕方ないので、
「無神経って意味ですよ」
副長の耳には入らぬよう、極々小声で耳打ち。
「どこの言葉だよ?」
どうでもいいじゃないか、そんなこと。
子供みたいな人だな。
「方言でしょ」
そう誤魔化すしかないじゃないか。
英語とは言えない。
相手は尊皇攘夷集団、新選組の構成員なのだ。
どこから覚えて来た、などと突っ込まれちゃ困る。
「だからどこの?」
え?
えーとえーと・・・、
「不思議な言葉ですからねぇ・・・沖ノ鳥島辺りですかねぇ?」
超適当(笑)。
つーか、そこって人住んでるのか?(笑)
自分で言って自分で可笑しくなった。
「何を笑ってるんだ馬鹿者。そんな暇あったら早くこの鬱陶しいガキを連れて行け」
副長は余程腹立ちを抑えていると見え、島田さんが控えている前で小夜をはっきり「ガキ」と呼んだ。
「フリでも仲の良さそうな演技なんて出来ない」宣言?(^^;
これ以上もめないうちに退散しなくては。
と、立ち上がりかけた時、
「いや、幸が聞いて来た話だというなら丁度いい。皆さんお揃いのところでお話しましょう。あちこち言い訳するのも面倒だ」
沖田さんの明るい声。
副長は言ってる意味を計りかねたか、イライラに火がついたらしい、
「言い訳だと?貴様、言い訳が通るとでも思ってるのか」
副長のこの、腹の底から声を出す感じ!
大きい声じゃないし、重低音でもない、強いて言えばソフトな低い声なんだけど、妙にドスが効いてるんだよねぇ。
これを効くと大概みんなびびるんだよねぇ。
私も思わず背筋が伸びるし。
あっけらかんと口撃をかわせるのはこの人ぐらいだな。
「なんですかねぇ。どうしてそこまで思い込めるものかなぁ。言い訳じゃありませんって。もともとの話が違うんですったら。私の話も聞いてくださいよ」
沖田さんはにこやかで普段通りで・・・緊張感が無い。
それも面白くないのか副長は憮然としたまま、
「それはコイツが聞いて来た話が間違っているということか?それとも間違った報告をしたとでも言うのか?」
ええ!?私が?
そんなぁ!
疑われて、焦りまくって弁解しようとするより先に、沖田さんが苦笑した。
「そんなことは言ってませんよ。幸が聞いて来た話はそのままそっくりその通りなんでしょう。コイツはそのまま報告したはずだ。幸にその話をした者が、話の途中までしか知らなかっただけですよ」
そこで終われば良かった。
だってそこまでは普段と変わらぬ調子だったのだから。
でもこの時、周りの誰も気付いてはいなかった、あるいは本人も気付いてはいなかったのかもしれないが、やはり彼自身も気が立っていたのだ。
普段なら胸の内に仕舞っておくはずの言葉を口にした。
「あなたは自分が選んだ間者を疑うんですか?」
変わらぬ口調で続けたので、というよりは、目上に対して直接こんなきつい指摘をするような人ではないと思っていたので、何を言ったのかすぐには理解できなかった。
「なんだと?」
と、副長が顔色を変えたので、事の重大さに気が付いた。
「部下を疑うのは良くないな。命じられた仕事をこなした挙句に疑われたのではたまりませんからね」
笑顔を浮かべてはいたが、冷静なだけに言葉尻がきつい。
「それは俺に意見しているのかね?」
副長の言い回しも他人行儀だ。
眼光が鋭い。
空気がぴりぴり言ってるみたいだった。
このままでは喧嘩になりそうだ。
やばいよ。
私を弁護してくれているせいでマジ喧嘩なんてやめてくれよ~。
まずい流れになっちゃってるよ~。
「あ、あの、私はこんな未熟者ですから、疑われたとしても・・・」
自分が叱られて治まるのならその方が気が楽だ。
なのに、沖田さんがそれを遮る。
「お前は黙ってろ。お前の話じゃないんだ」
「ほお?なら誰の話だというんだぇ?」
余計シリアスな流れになっちゃって。
目を細め、口を歪めるようにして笑う副長は、自虐的な雰囲気さえ見えて、怖いというよりなんだか嫌な顔つきだった。
「ちょっと待ってよ。あのさぁ、論点がずれてるんだよね。今は身請けの話でしょ?本当のところはどうなのかって話でしょ?ちゃんと話を聞こうじゃないの」
こんな緊迫した場面を吹き飛ばすような、場の空気を読めない小夜のいつものケロリとした言い回し(ワザと?)。
でも、
「お前がそれを聞いてどうする」
あんな顔して沖田さんを追い詰めていた副長が、あっさりと攻撃のターゲットを変えた。
小夜の行動には面白いように反応するんだよね。
これって何だろうな?
「私が聞いて何が悪いのよぉ。どうせ隣の部屋に居たって聞こえてるんだからいいじゃない。私だって話を半分聞かせられたまんまじゃ気になるわよ」
「余計な口を出すな!これはお前には関係の無い・・・」
イラついた副長は大きな声になったのだが、それよりもっと大きな声を出してそれを遮る命知らずが・・・。
「うるさいなぁ!ちょっと黙っててくれる?私は沖田さんの話を聞きたいの!」
天下の鬼副長をなんとも思わない輩がここにも居たよ(--;
鋭い眼光もドスの聞いた声も蹴散らされてます。
無敵です(汗)。
副長、顔が赤い!
怒り爆発寸前なのか?
それとも怒鳴り返されてショックなのか?(笑)
沖田さんは・・おおっと、笑い出しました!
下を向いて堪えながらも吹き出すのを抑えられません!
あっ・・・下座では島田さんが、タヌキの置物のようになってます!(笑)。
「笑ってないでさ、幸の話と違うとこってどこ?早く言い訳ってヤツを聞きたいんだけど」
周りの反応全く無視の小夜、強い!絶対に強い!
向かうところ敵無しです!(爆)。
このクソオヤジがいちいち突っかかるから話が進まないんだよね。
ヒヤヒヤ顔で袖を引く幸をまあまあと抑えつつ、話を促すと、
「そもそも私が島原の遊女を請出すなんてことはないです」
いつもの笑みで、彼は答えてくれた。
「でも・・・」
と幸が言いかけたのを、手を上げて遮って、
「確かに、店の主人には話はしたんですよ。だから幸はその話を・・・どっかで聞いたんだろ?」
語尾は幸に向けて。
幸が頷く。
「請出そうとは思ったってこと?それを断念した?」
畳み込んで訊ねるのは土方さんに口を挟む隙を与えないため。
また話がややこしくなるからね。
「まあ、そういうことです」
沖田さんは照れて思い出し笑いをする。
笑えば結構大きな口なのに、口元に力を入れて堪えてる。
「なんで?」
「カネが無い」
へ?と、そこに居る誰もがツッコミモード。
遊女を身請けしようと店に話まで持ちかけたという人間が、カネが無いって?
「そりゃ私だって頑張れば百両ぐらいは何とかなると思ったんですよ。でも話を聞いたらそんなんじゃとても・・・」
「いくらだって?」
「銀で三十貫。五百両です」
ええーっ!!!とみんなで合唱。
「随分とふっかけられたもんだな。死にぞこないの女郎に五百両だと?」
土方さんが素でツッコミを入れた。
照葉さんという人の状態を知っているだけに、「死にぞこない」という言葉がキツくて耳障りだ。
沖田さんはわりと平気みたいだけど、それはたぶんこの時代の人には聞きなれた形容詞だから。
「もともとの借金はそれほどじゃないみたいなんですがね、なにしろ天神まで行った人なので、仕入れにカネがかかったみたいで。天神として出てからすぐ病に倒れて贔屓筋が手を引いたのも借金が膨れた理由だし、あとは医者代とか薬代とか・・・」
仕入れというのは養育費や教育費のこと。
それから身の回りの消耗品。
高級な遊女はお稽古事を沢山こなして教養を身につけるものらしいし、着るものや使うものもそれなりにしなくちゃいけないってことなんだろう。
衣服や宝飾品は贔屓の客に貢いでもらうみたいだけど。
「それにしてもバカ高くない?」
相場がどんなもんかは知らないけどさ。
「そうですねぇ、本当にぼったくられてる、というか嫌われてるだけかもしれないなぁ」
笑ってたけど、凹んでる感じもした。
本人には話してないというからには店側の判断なんだろうけど、それにしてもちょっとかわいそう。
「せっかく身請けしようと思ったのにね」
と言った瞬間、ハンッ!と鼻で笑う憎たらしいオヤジがひとり(怒)。
視線を移せば、先ほどまでとは打って変わってご機嫌そうな顔。
「それは残念なことだったな。労咳で稼げなくなった女郎なんざ身包み剥がされて追い出されてもおかしくは無ぇ。百両積まれたら大喜びで送り出すはずだ。大層嫌われたもんだ。気の毒なことだな」
本人を目の前に、なんて言い草だ~!
ムカツク~!
後からガッチリと幸に肩を掴まれた。
気付けば握り拳で前傾姿勢(^^;
「言っておきますけど、嫌われてるのは私じゃありません」
沖田さん本人はどこまでも冷静だった。
「新選組です。顔には出さないけれど、皆、心の底では嫌っている。ひとりひとりは受け入れてくれても、新選組という集団は嫌われているんです」
「それがどうかしたか。そんなことを俺が知らんとでも?」
土方さんは眉を吊り上げて挑戦的な表情。
喧嘩なら受けて立つといった雰囲気。
でも沖田さんは違った。
一度視線を外した。
何か考えている風だった。
諦めた風でもあった。
それからもう一度、まっすぐ相手を見て、
「そうですか。それなら良かった」
ふう・・っと、柔らかく微笑んだのだ。
勢いを外されて、土方さんが面食らっている。
見守っていた我々も力が抜けた。
なのに再び、
「でも、そんなわけだから島原通いをやめるつもりはありません」
真顔になった。
こんな時の沖田さんの顔、ふざけて喋ってる時とは全然別人。
決然とした表情が・・・かっこいいぞ!
「なんだと?」
土方さんは今日何度目のこの台詞?(爆)。
「毎日通うつもりです。空いた時間に自分のカネで通うんだ、文句はありませんよね?」
うおお!強気だぁ!
いいぞ!そう来なきゃ!
恋してるんだもんv身請けできなきゃ毎日通うさ、そりゃ!
土方さんが言葉に詰まっている。
歯噛みをしている。
「逃げも隠れもしませんから、私の身辺を探らせるのはやめてください。言いたいことは私に直接言ったらいい」
沖田さん、男らしい!
惚れそう。
脇に置いていた大刀を掴み、立ち上がりかけた。
談判は決裂かと思われた。
しかし、
「待て」
皆の動きが止まった。
見れば土方さんは腕組みをし、憮然として前方の畳の目を読んでいる。
「お前は労咳で死にたいのか。そんなところに日参すりゃあ、いくらなんでもただでは済むまい」
・・・ああそうだった。
それがあったか。
それが理由で怒っていたんだ。
むやみに反対してるわけじゃなかったんだな。
たぶんそれを、沖田さんは判っていたんだ。
「大丈夫ですよ。私には伝染らない」
まただ。
沖田さん、また同じこと言ってる。
あの時と同じ口調で、同じ響きで。
ものすごく優しい・・・。
「そんな夢物語が在ってたまるかこの大馬鹿者!」
「カミナリが落ちる」とはよくも言ったものだ。
思わず眼をつぶっちゃうぐらいの勢いだった。
オヤジ、キレまくり。
色白のこめかみの辺りがみるみる紅潮してくるのが鬼のよう。
「女の毒気に当たったか!てめぇのカネで上がるなら文句は無ぇだ?空いた時間なら構わねぇだと?ふざけるな!お前がそう言うなら今日から島原へは出入り禁止にしてやる!」
理屈もへったくれも無い、感情任せの憎まれ口。
これにはさすがに沖田さんも不快感を隠さず、
「そんな無理が通るならやってごらんなさい。隊士達が騒ぎ出しますよ」
「それがどうした。騒ぎを収められないで副長が務まるか」
売り言葉に買い言葉、良く考えれば子供の喧嘩とレベルは同じなのだが、こんな時のこの人は本当に憎たらしい。
私でさえそう思うのだ、男である沖田さんがどれだけ自分を抑えて話をしているか、想像に難くなかった。
こんなイヤミのひとつも言いたくなることだって・・・。
「なんなら私の首を刎ねたらどうです?それなら効果はてきめん・・・」
首を刎ねたら・・という言葉に反応して、それまで正座を続けていた土方さんが打たれるように立ち上がった。
立ち上がるというより、そのまま前に飛び出そうという勢いだ。
殴る気だ!と思った。
それは一瞬の出来事だった。
後から本人に聞いたらば、案の定、良く覚えていないって(--;
沖田さんが殴られると思ったんだってぇー。
止めなくちゃって思ったんだってぇー。
お前がやらなくてもあの場には野郎が三人も居たんだぞ!(あ、自分も「野郎」に入れちゃった)。
そんな気配は沖田さんだって判ってたし、島田さんだって私だって臨戦態勢に入ってたんだ。
なのにコイツは!
私は口から心臓が飛び出るかというぐらい驚いた。
沖田さんの挑発的な言葉に反応した副長の動きは素早かった。
だが、それを察知した小夜の動きの方が早かった。
動きではなくて察知が早かったというべきか。
立ち上がろうとした副長が、正座した状態から幾分前傾姿勢になった瞬間、横に座っていた小夜が突如、覆いかぶさった(ように見えた)のだ。
たぶん蹴倒そうとしたんだと思う(汗)。
実際にはタイミングがずれてしまったらしく、こともあろうに背中に乗っかっちゃったんだよ(滝汗)。
一瞬だけどそのまま副長の背中の上に立ち上がりかけたんだもの(眩暈)。
さすがの副長もふいを突かれて、たまらず体勢を崩し畳に手を突いたのだが、無様にべったりと倒れこんだりしないところはやはりさすが!
すぐにぐいっと体を捻り、自分に無礼な真似をした相手が転げ落ちたのへ飛びかかる、その身のこなしと運動能力の高さには舌を巻いた。
キャッと声を上げて、小夜は彼の背中から転げ落ちた。
まさに転げる感じで、後ろ向きに頭から落ちて一回転して畳の上に仰向いた(汗)。
マンガみたいに両足が高々と天上を向いて転げ落ちる絵面が今も目に焼きついていて、いくらでも思い出し笑いが出来るくらいだ。
いや、笑えるのは後から思い出すからであって、その時は全身から冷汗が流れたもんだが。
もう副長を静める術は見当たらなかった。
怒りの頂点に達したところを、更に足蹴にされたんだもの。
治まるわけがないよ。
「貴様ッ!」
副長は猛然と小夜の胸倉を掴んで引きずり起こした。
髷の落ちた髪から櫛やら簪やらがバラバラと音をたてて畳の上に散らばる。
今度はこっちがやられると思った。
右手が振りあがった瞬間、必死に取り付く。
本当に必死だった。
それが無礼であろうがなんだろうが、こんな太い腕でこんな勢いで殴られたりしたら、
「やめてください!副長に殴られたら小夜が壊れちゃいますって!」
右腕にぶら下がる勢いで、なんとか初手は押さえたが、
「放せ!邪魔をするな!・・・この恥知らずが!ぶち殺してくれる!」
こめかみにくっきりと青筋が立ってる(怖)。
猛烈に怒っていて、気を緩めたら振り飛ばされそうだった。
島田さんが、小夜の襟を掴んでいる副長の左手を押し戻そうとしていた。
沖田さんは、倒れた小夜の上に覆いかぶさるような形で殴りかかろうとしていた副長を、後ろから羽交い絞めにして引き剥がそうとしていたようだった。
何しろもみくちゃになってエライ騒ぎで、誰がどうとは正確に覚えていない。
そんな状態が何秒間続いたんだろう。
たぶん一瞬のことではあったのだろうが、力の均衡状態がしばらく続いた気がした。
放せ!とか、落ち着いてください!とか、副長!とか土方さん!とか、皆の叫びが被さって聞き取れない中で、
「放せ!バカ!クソオヤジ!・・・」
大の男相手にこんな騒ぎになっても怖気の欠片もない、紛れもない小夜の声。
見れば、胸倉をつかまれ引き寄せられているのを突き放そうとでも思っているのか、足で(!)副長のアゴの下辺りをぐいぐい押しやっているではないか!
歯を食いしばりアゴを引いてそれを耐えながら、物凄い形相で副長が小夜を睨んでいる。
こめかみに青筋も立つよそりゃあ!
副長の怒りのパワーが落ちないのはそのせいだ!
あっけにとられたその瞬間、何故かふいに天井の桟が見えた。
体が浮いてる?!(汗)。
次の瞬間、右側頭部を床柱にしたたかぶつけて、冗談抜きでチカチカと眼から火花が飛んだっけ。
副長の右腕の力が凄くて、振り飛ばされたのだった。
ゴキッと恐ろしげな音がして、軽く脳しんとうを起こしかけた。
そんなわけで。
「・・だぁ~っ!」
痛む頭を抱えて転げていたので「その瞬間」を見たわけではなかった。
「幸!」
と、小夜の声がした後、ペキッ!と何か果物でももぐような音がして、もみ合っていた男達の動きが何故かピタッと止まった。
「え・・っ!?」
と呟いたのは沖田さんだったか。
それで、タンコブの膨れてきた頭を押さえながら、慌ててそちらを見たんだ。
殴ろうとしていた副長の腕を放してしまったんだもの。
まさか!と思ったんだよ。
島田さんも沖田さんも呆然としている。
まさか・・・。
殴られたのか?
「幸に何すんのよっ!」
・・・殴られた割にはイキのいい声だな。
胸倉を取られたまま、もう足は下に下りてるし。
沖田さんは副長を羽交い絞めにしてるし、私が放してしまった腕も、島田さんがしっかり押さえていて。
・・・ん?
左手で小夜の胸倉をつかんで、空いてる右手を押さえられてる?
あれほど怒り狂っていた副長も呆然と目を見張っていて・・・。
ま、まさか・・・。
ここからじゃ良く見えないけど、彼の半開きの唇が赤くなってる・・・ような。
・・・。
まさかまさかまさかっ!
小夜のヤツ、副長を・・・殴ったぁ?!
「あんた等、体を鍛えるとか稽古とか言っちゃって普段何やってるんだか知らないけど、アタシの目の前で幸にあんなことしたら許さないんだからねっ!!」
げぇぇっ!なんてことを・・・!
ていうか、握り拳をかざして、男三人を睨み付けてるし(グーで殴ったのかい・汗)。
「お前・・・よくも・・・」
副長、顔色が青いよ。
震えている気もする。
怒り心頭?
それとも殴られたショックなのか(怖)。
「何がよくもよ!あんたが横暴なんでしょう?身請けがダメなら通うのもダメなんて、沖田さんがかわいそうじゃない!よくもそんな意地悪が言えるわね!」
おおお、小夜のヤツ、髪振り乱して喰い付いてるよぉ。
殴っただけじゃ足りないのか。
「そもそもなんであなたが口を出さなきゃならないの?沖田さんはちゃんと考えて行動してるじゃない!子供じゃないんだからあんたが指図することなんて無いのよ!何よ!人の不幸を喜ぶようなことばっかり言っちゃって。感じ悪いわよ!横暴よ!」
「笑わせるな!意地悪だ?感じ悪い?横暴?そんな言葉で俺が怯むとでも思ってるのか馬鹿者!」
副長は再び小夜の胸倉を引き寄せた。
他の二人が喧嘩の勢いに飲まれている隙に、もみ合い再開の気配。
「ふん!アタシだってあんたがそんなしおらしい人間だとは思っちゃいないわよ!あんたみたいなヤツの言うことなんて聞くもんかって言ってンのぉぉっ!」
鼻が摺り合うぐらいの距離で怒鳴りあってるんですけど・・・(--;
「なんだと!このクソガキが!」
「なんですってぇ!アタシがクソガキならあんたな・・んか・・・!」
負けじと小夜が相手の胸倉を掴みかかった時だった、唐突に彼女の言葉が途切れた。
驚いたような顔をして自分の手を見た。
副長を(グーで)殴った右手を見てる。
あれっ?なんか表情が・・・すごい顔になったぞ?
と思ったら突然、
「イタイタイタイタイ!痛ぁーい!」
物凄い勢いで泣き出したではないか!
涙が下まぶたに溢れてこぼれるのが私のところからもはっきり見えた。
手首を押さえてへなへなと座り込み、足をバタバタさせながら、
「痛~い!骨折れたぁあああ~っ!!」
「ぇえええええーっっ!!!?」(←大合唱)
そこから先はもう・・・大騒ぎでした(--;
はい。
それはもう。
・・・・(T-T)
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