もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
ご笑覧下されば幸いです。
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秋の陽射しがまぶしいくらい。
すっかり刈り取りの終わった田んぼの中の一本道を振り返ると、本願寺の土塀や伽藍の屋根まで見通せる。
そんなのどかな田んぼの真ん中にぐるりと築地塀を巡らせた色里へ、大門と呼ばれる、割と質素な木の門を潜って入る。
「ほんとに入ってっちゃっていいんですか?」
女の来る場所ではないことは、私にだって判っている。
でも、見たことの無いものほど興味をそそる、と相場は決まっているんだな。
「大丈夫ですよぉ。入るのは平気です。誰でも入れます。でも出る時が大変ですねぇー、女の人は」
勿体つけて、楽しそうだな沖田さんってば。
「簡単には出られないってこと?」
言いながら、初めて見る町並みを見渡す。
通りの両側に軒の低い、瀟洒な雰囲気の建物が軒を連ねている。
ひしめき合っていると言った方が当たってるかな。
瀟洒だけれど町並みは古く、同じトーンで飴色に染まっているようにも見える。
町全体がひとつの大きな建物のようにも見えるのだ。
道行く女性達は玄人っぽい雰囲気ではあるけれど、京都って素人の女の人も結構化粧とか髪型とかケバいし着物も華やかだから、あんまり見分けがつかない気がする。
昼間だからまだ勝負服とかじゃないのかもしれないし。
会話がちょっと上の空になったところへ、
「出られますよぉ。身元と用向きがはっきりしていれば廓の女の人でも簡単に出られます。ここに木札を置いて。ね?びっくりするでしょ?島原ってそういうとこ緩いんですよねー。吉原じゃこうは行きませんよぉ。さすが都だ。大様じゃありませんか」
喋りながら何をしているのかと思えば、大門口の番人小屋の軒先で、何か書かせられている。
「何してんの?」
「何・・って、あなたの身元を書かなくちゃ。出られなくなったら困るでしょ?もっとも、あなたのご主人なら無理矢理にでも奪還しに来るかもしれないけど」
その姿を想像でもしたのか、急に笑い転げて番屋のオジサンに怪訝そうな顔をされてる。
「そんときゃ私が露払いでもしますかねぇ。でも、そんなことになってオヤジさんの首と胴体が離れ離れになっちゃぁかわいそうだからねー。ちゃんとしとかないとね」
番屋のオジサンにまで愛想を振りまくのを忘れない。
『女 一』
と書かれた、紐のついた木札を受け取って、首にかけてくれる。
「これがあれば例え迷子になっても外には出られます。でも盗まれないように気をつけて下さいね。出入りが緩いとはいえ、これを欲しがる人は沢山居るから」
首から下げた木札を襟元に仕舞えという仕草。
促された通りにすると、ニッコリ笑って頷いた。
ここまで屈託なく笑って見せる若いお武家というものを他に見たことは無いってことに、この時初めて気がついた。
お武家って、いかめしいのがステイタス・シンボルって思ってるようなところがあるじゃん?
歯を見せて笑わないとかさー、無愛想で横柄で取り澄ましたような・・・ってそれはウチのクソオヤジのことだけど(爆)。
でもこの人はそういうところが微塵もなくていいやね。
体育会系の荒っぽさはあるけどね。
それも男の子っぽくていい。
「なんであの子はああですかねぇ」
島原の大門を潜ってすぐ、出口の茶屋という所で豆大福を堪能しながら幸の到着を待つ。
私が島原に行くとういう不測の事態(笑)が気がかりで、どうしても用事を済ませに行けない様子の幸に、沖田さんから妥協案が提示されたのだ。
「出口茶屋で待ってるから早く行って来い」
嬉しそうに返事をして飛び跳ねて行く幸ってば、子犬みたいだったよ。
結局、自分も行きたかったって事じゃないか(笑)。
「師匠がいけないんじゃありませんかねぇ。頭が固いところまで受け継いじゃったんですね」
そう言って、沖田さんは豆大福に一口かぶりついた。丈夫そうな白い歯の両側に餅が糸を引いた。
「頭が固い上に心配性じゃないですか?」
すると沖田さんは吹き出して、
「アイツが心配性なのは小夜さんと居るからでしょぅ・・・?」
大福にまぶされた片栗粉にむせてゲホゲホと咳をした。
背中をさすったりお茶を飲ませたりして介抱し、ようやく咳が収まって来たところに、
「斎藤さんって女癖悪いんですか?」
追い討ちかけちゃった(^^;
彼は飲みかけたお茶を吹いて、危うく袴を汚すところ。
「なにやってんですか、もう!」
「あなたがさせてるんでしょ!」
またひとしきり大騒ぎだ(笑)。
「女癖が悪いという言い方はちょっとかわいそうだなぁ。幸のヤツも厳しいこと言うね。まあ無理もない気もするけど」
と、淹れ直してもらった茶をすすり、沖田さんは大門から出入りする人達の姿をとりとめも無く目で追い始める。
午後も遅い島原。
担い荷物の物売りや岡持ち下げた前垂れ姿の出前持ちなど、業者の出入りが多いみたいだ。
「あの人はね、女の人に優しすぎるんですよねぇー。何て言えば良いのかなぁ、断れないんです。私を落籍て(ひいて)ちょうだい!なんて言われるとね、すぐにお金出しちゃうんですよねぇー。困った人ですねぇー」
会話の途中で女の人の口真似するのが可笑しいんですけど(^^;
でも本人は真面目な様子。
「それはそれでまあ良いんですけどね、あまり深く考えてないんですよ。他にも落籍した女(ひと)が居るにも係わらず、頼まれると断れない」
難しそうに顔をしかめてみせるのが芝居がかって見えたり。
言ってることは結構問題含みなんだけどさ。
そう聞こえないところが沖田流なのかな?
なので、ちょっと問題点抽出。
「でもそうやって結果的に何人も囲ってるなんて、女の側にしてみれば馬鹿にすんな!ですよね?」
すると彼は渋い表情を作ったままこちらを見、
「そうなんですよ。でもね、女も悪い。斎藤さんがそういう人だと判ってやってる。惚れたはれたというより金目当て」
「それは斎藤さんの方がかわいそう」
彼は頷き、
「そうでしょう?でもね、斎藤先生も良くなーい!」
なんだか子供に話すみたいに口調が大げさだ。
普段は「あの人」とか「斎藤さん」とか言うのに、わざと斎藤先生って言った(笑)。
「なんで?」
「あの人も利用されてるのを判ってやってる」
・・・は?何だそれ(--;
私の呆れ顔が可笑しかったのか、沖田さんは笑い出して、
「よく判らないでしょう?そういう人なんですよ。人助けと勘違いしてるんですかねぇ。苦界から出してやろうっていう・・・でもそんな奇特な人にも見えないんだが」
なにげに失礼な発言(笑)。
「だって、相変わらずいろんな店に馴染みは居るんですよ。おまけに玄人ばっかりじゃなく町方にまで手を出して、あちこち・・・あわわ」
今更慌てるなよ。
そこまで喋っといて。
「小夜さん相手にするような話じゃありませんでしたね」
眉を下げて、剃りたての月代を掻いた。
沖田さんはモテる。
今居る出口の茶屋というのは水茶屋なんだけれど、昼間だと言うのに、店の奥に女郎さん達が手持ち無沙汰にゴロゴロしていて、お客に話しかけてくるのね。
もちろんそこで意気投合すればそのままお仕事(笑)に突入するらしいんだけど、この時は何せ私という異色な(自分で言うな・笑)存在が彼女等を寄せ付けなかったらしい。
でも、それも始めのうち。
そのうち慣れてくると側に寄って来て、
「沖田センセェ、お連れはん、どなたですのぉ?」
名前を知っているからには顔馴染みなのだ。
なので喋り始まったら手空きの女の人が全員集まって来ちゃった。
脂粉の香りが凄まじい。
まさか本当の素性も明かせないらしく、
「この人ですか?このお人はですねぇ・・・えーと」
女性に囲まれてニヤニヤするのは普通の男。
でもこの人のこの笑みはちょっと違った。
喋り出す瞬間に気付いちゃった。
小声だったのだ。
「さる大藩の家老のお嬢さんで、今日はお忍びで島原見物にいらしたんです。私はその護衛を仰せつかりまして・・・」
ぎゃはは!
ホラ吹いてるよ!
でもそう紹介されたからには笑っても居られない。
反射的に会釈しちゃったよ(^^;
ザザッと、周りを取り囲んだ姐さん方の居住まいを正す音に、良心の呵責を感じる(笑)。
「そんなお方がなんでここに?」
ごもっともです。
その質問になんて答えるかと思ったら、
「主家の姫君が近く輿入れすることになったんですがね、そのお相手と言うのが女好きの殿様で。もう、島原だ~い好きv」
きゃー、と歓声が上がった。
沖田さん嬉しそう。
ダ、ダメだ。
笑っちまう。
「そんな女好きのバカ殿に、手塩にかけて育てた姫を輿入れさせるのかと、行く末を案ずるご家老がご自分の娘御を潜入させたと言う訳でして・・・」
「なんで娘さんが来なならんの?ご家老はんやったらご自分でも御家来衆でも来やはったらええのやないの?殿御やし」
そうだそうだ、その通りだ。
良い突っ込みだ(笑)。
さてどうする沖田さん(わくわく)。
「甘い!みなさん何をおっしゃる」
おおっとぉ、手振り付きだよ。
大仰だなぁ。
鼻の穴おっ広げちゃって。
「ここは天下の遊里島原ですよぅ?どんな堅物でも、大門を潜れば忽ちお姐さん方の色香に骨抜きになっちまうじゃござんせんかぁ。そうでしょう?そんなわけでこちらのお嬢さんが大役を担うことになったってぇわけなんですねぇ」
すごい。
ウケてる(笑)。
あからさまなリップサービスにやんやの大喝采だ。
これでは茶屋中の女の人に名前を覚えられてるのもすんなり納得(^^;
私の背の高さを指摘され、今度は『家老の娘 出生の秘密編』(笑)が始まりそうだったので、気を利かして(だって本人を目の前にして秘密は明かせないでしょ?)その場を離れ、表の床机に腰をかけて往来を眺めていると、幸が大門を潜ってやって来る姿を見つけた。
おーい!と手を振っていると、
「どうもー」
なんて番人小屋に向かって会釈をし、そのまま入って来るではないか。
・・・え?
「アンタまさか顔パス?」
出口の茶屋の店先で、小夜が手を上げたまま固まっている。
スモールサイズの家並みをバックに、二の腕も顕わににょっきりと差し上げられた手は、軒の瓦の鍾馗様にまで届きそうだけど、ぽかんと口を開けて驚いている顔は結構かわいい。
「そうだよ」
と答えると、辺りを見回し小声になって、
「もしかして、女だってこと内緒にしてんの?」
「ぜんぜん。番屋のオヤジさんも、みんな知ってるよ。別に隠してないもん」
すると今度は不満げに顔をしかめ、
「なのに木札無し?」
「しょっちゅう出入りしてるからね。新選組関係者だってことはみんな知ってる。木札は必要無し」
「とんでもねぇヤツ。・・・ていうかズルいよそんなの」
膨れた(笑)。
とんでもねぇヤツはお互い様だよ。
・・・とは言わない。
正直、ちょっと優越感も有ったりするし。
でもこの優越感が後々仇になるとは予想だにしなかったけど・・・。
状況を説明する間も無く、幸は出口茶屋の暖簾を潜ってパンパン手を鳴らしながら、
「はいはいはい。盛り上がっているところをすいませんねぇ。沖田先生、お時間でございますよ。お話はそれぐらいで。皆さんお待ちのようですから」
慣れた口調で、にわか講談の閉会を促す。
「ええっ?何だお前、もう来たのか。早いなぁ。今いいとこなんだよぉう?異人の血を引くご家老の娘御が悪漢に襲われてさぁ・・・」
・・・なるほど。話はそんな風に転がって行っちゃってるのね?(笑)。
するとそれを聞いた幸がため息をつきながら後を続けるではないか。
「かどわかされて危機一髪のところで生き別れた双子の姉に助けられたんでしょ?あれ?ハトコだったかな?幼馴染の江戸留守居の娘でしたっけか?」
それを聞いた沖田さん、
「そうやってお前はいつも余計なことを言う。それは私がこれから話すところだったんだ。山場だったんだぞぉ」
ひょっとこみたいにひょうきんに口を突き出して拗ねて見せる。
「いいじゃないですか。続きはこの次ってことで。早いとこお願いしますよ」
幸は沖田さんを立たせてから、ちょいと盛り下がってしまったギャラリーに向け、
「実はその留守居の娘ってのが私のことでして。血がつながってるだけに背丈も同じでしょー?」
冗談を言った。
場が沸く。
「幸さーん!」と名前を呼ぶ者も居たりして。
沖田さんと同じく、彼女も顔が売れているらしい。
半分照れつつ半分はノリノリで、お姐さん方に手を振りつつ退場。
結構楽しんでる。
「なんだよお前は。後から来て全部持ってっちゃうのか。嫌なヤツだね」
自分に向けられたものよりも大きな歓声を耳にした沖田さん、ボヤく。
それにしてもホラ話を強引に中断させ、将棋大会会場へ連行する幸、強い。
この二人の力関係、どうなってるんだか良く判らない。
島原って『胴筋』と呼ばれる大通り沿いが良い店らしい。
良い店、というのは格式があって作りも立派で、・・・早い話が値段が高い店ってこと。
中でも最高級の店は、胴筋の奥の揚屋町ってとこに固まっているんだって。
なので、サラリーの低い平隊士を含む大人数が交代で連泊できるような店は、胴筋を横道を入ったようなところにあるんだな。
私達がそこに到着したのは、ようやく辺りの店々の暖簾が出るような時分。
リーズナブルな店だとは言え、表には『籬(まがき)』と呼ばれる格子が切ってあり、玄関口を入った土間から続く帳場も広く、結構な店構えだった。
帳場の奥の刀掛けには、使い込んだ跡の見える武骨な刀がズラーリと。
開け放たれた二階の部屋から野太い話声が漏れているので、目指す場所の見当がついてしまう。
出迎えた店の若い衆に大刀を手渡しながら、沖田さんが落ち着き無く辺りを見回している。
彼はこの店は初めてだと言う。
先頭切ってここまで歩いてきた幸が、こちらも大刀を外しながら、
「そうですか?私は何度か来たことがあります。永倉先生の組の皆さんが良く使ってるみたいで」
それを聞いた沖田さんがすかさず突っ込んだ。
「お前ホントに仕事で来てるのかい?詳しすぎやしないかい?」
「・・・どういう意味ですか。私が仕事以外にこんな所に何しに来るって言うんです?」
幸が睨み返す。
可笑しい。
沖田さん、一旦笑ってしまってから、
「この人、ホントに女なんでしょうかねぇ?」
私に聞くな(笑)。
仕方無いのでこっちも笑ってしまいながら、
「大丈夫ですよ。私お風呂でちゃんと見ましたから。女でしたよ」
するとどうだ、
「!」
どういう驚きだったのか、沖田さんが声にならない声を上げ、赤くなって咳込みながらそそくさと階段を上って行ったじゃないの。
何だろな(--;
「ヘンな事言わないでよ、もう!」
幸にまで怒られちゃった。
変な事じゃないだろうよ!普通だろ?
アンタ等がおかしいんだよ。
こんなアダルト産業の一大集約地とも言える町に毎日のように出入りして、その道のプロのお姐さん達とは平気で冗談言い合うのに、私が幸の裸を見たと聞いて(ほんとは見てないけど)何でうろたえなくちゃいけないんだよ?
そんなのおかしいよ!
納得いかずにぶつぶつ言いながら、階段を登って行く幸を追う。
店の奥から見世、つまり籬のある表のショールームに向かう、引きずり姿の姐さん方とすれ違った。
それほど豪華な拵えではないけれど、大きめに結った髪も流れるような髪飾りも、鮮やかな色合わせの着物も、華やかで見とれちゃう。
舞妓さんや芸妓さんとはまた違う美しさだ。
物珍しさに気をとられて、先程の文句も忘れてしまった。
二階の、通りに面した二間続きの部屋からいろんな声と匂いが漂って来ていた。
華奢な塗りの障子戸を開け放した低い鴨居を潜って沖田さんが一足先に部屋に入ると、うおお!という静かな歓声(低周波・笑)。
続く幸の姿を認めたと思われる、お!とか、あ!とかという、驚いてはいるけど見知った同志の気軽な挨拶のような声。
それじゃあ私が行ったらどうなるの?と、さすがに躊躇。
それってヤバイんじゃないの?
私の正体バレるじゃん?
原田さんが居るんじゃさあ・・・。
なーんて・・・今更思い当たるわけだな(--;
思い当たってももうどうしようもないし、幸も沖田さんも気にしていない様子なので、ま、いいか。
「どうも遅くなりまして」
「遅い。遅いぞ、総司ィ。勝負が楽過ぎてアシは眠気が差すくらいじゃ」
あ、原田さんだー。
イントネーションが微妙に訛る。
西の方の訛りだと思う。
訛りの違いなんて良く判らないし、どこの訛りとも知らないけれど。
「あ、幸か。嫌なヤツがお出でだねぇ。お前が来たってぇことは・・・」
「ああ、大丈夫ですよ。今日は見学に来ました」
隊士の招集に来たと相手が勘違いしたと思ったのだろう、幸はそう返事をしたのだが、
「うんにゃあ、やっぱりまずい。総司が軍監付きで来たってぇことはこっちの不利じゃ。こちらにゃろくなもんが居りゃせん」
幸って将棋上手いのかな?
そういう言い方だよね?
「そういうことなら原田さんにも参謀を紹介しましょう」
これは沖田さんの声。
私のことか。
出て来いというのだろう。
「参謀?ヤツは尾張に御出張じゃねぇのかえ?」
「嫌だなぁ、伊東先生じゃありませんよ。冗談ですったら」
そんなやり取りの間に、沖田さんの代わりに将棋を差していた店のオジサンが部屋から出てきて、障子戸の陰に隠れていた私を見つけ、どうぞと促される。
すっかり刈り取りの終わった田んぼの中の一本道を振り返ると、本願寺の土塀や伽藍の屋根まで見通せる。
そんなのどかな田んぼの真ん中にぐるりと築地塀を巡らせた色里へ、大門と呼ばれる、割と質素な木の門を潜って入る。
「ほんとに入ってっちゃっていいんですか?」
女の来る場所ではないことは、私にだって判っている。
でも、見たことの無いものほど興味をそそる、と相場は決まっているんだな。
「大丈夫ですよぉ。入るのは平気です。誰でも入れます。でも出る時が大変ですねぇー、女の人は」
勿体つけて、楽しそうだな沖田さんってば。
「簡単には出られないってこと?」
言いながら、初めて見る町並みを見渡す。
通りの両側に軒の低い、瀟洒な雰囲気の建物が軒を連ねている。
ひしめき合っていると言った方が当たってるかな。
瀟洒だけれど町並みは古く、同じトーンで飴色に染まっているようにも見える。
町全体がひとつの大きな建物のようにも見えるのだ。
道行く女性達は玄人っぽい雰囲気ではあるけれど、京都って素人の女の人も結構化粧とか髪型とかケバいし着物も華やかだから、あんまり見分けがつかない気がする。
昼間だからまだ勝負服とかじゃないのかもしれないし。
会話がちょっと上の空になったところへ、
「出られますよぉ。身元と用向きがはっきりしていれば廓の女の人でも簡単に出られます。ここに木札を置いて。ね?びっくりするでしょ?島原ってそういうとこ緩いんですよねー。吉原じゃこうは行きませんよぉ。さすが都だ。大様じゃありませんか」
喋りながら何をしているのかと思えば、大門口の番人小屋の軒先で、何か書かせられている。
「何してんの?」
「何・・って、あなたの身元を書かなくちゃ。出られなくなったら困るでしょ?もっとも、あなたのご主人なら無理矢理にでも奪還しに来るかもしれないけど」
その姿を想像でもしたのか、急に笑い転げて番屋のオジサンに怪訝そうな顔をされてる。
「そんときゃ私が露払いでもしますかねぇ。でも、そんなことになってオヤジさんの首と胴体が離れ離れになっちゃぁかわいそうだからねー。ちゃんとしとかないとね」
番屋のオジサンにまで愛想を振りまくのを忘れない。
『女 一』
と書かれた、紐のついた木札を受け取って、首にかけてくれる。
「これがあれば例え迷子になっても外には出られます。でも盗まれないように気をつけて下さいね。出入りが緩いとはいえ、これを欲しがる人は沢山居るから」
首から下げた木札を襟元に仕舞えという仕草。
促された通りにすると、ニッコリ笑って頷いた。
ここまで屈託なく笑って見せる若いお武家というものを他に見たことは無いってことに、この時初めて気がついた。
お武家って、いかめしいのがステイタス・シンボルって思ってるようなところがあるじゃん?
歯を見せて笑わないとかさー、無愛想で横柄で取り澄ましたような・・・ってそれはウチのクソオヤジのことだけど(爆)。
でもこの人はそういうところが微塵もなくていいやね。
体育会系の荒っぽさはあるけどね。
それも男の子っぽくていい。
「なんであの子はああですかねぇ」
島原の大門を潜ってすぐ、出口の茶屋という所で豆大福を堪能しながら幸の到着を待つ。
私が島原に行くとういう不測の事態(笑)が気がかりで、どうしても用事を済ませに行けない様子の幸に、沖田さんから妥協案が提示されたのだ。
「出口茶屋で待ってるから早く行って来い」
嬉しそうに返事をして飛び跳ねて行く幸ってば、子犬みたいだったよ。
結局、自分も行きたかったって事じゃないか(笑)。
「師匠がいけないんじゃありませんかねぇ。頭が固いところまで受け継いじゃったんですね」
そう言って、沖田さんは豆大福に一口かぶりついた。丈夫そうな白い歯の両側に餅が糸を引いた。
「頭が固い上に心配性じゃないですか?」
すると沖田さんは吹き出して、
「アイツが心配性なのは小夜さんと居るからでしょぅ・・・?」
大福にまぶされた片栗粉にむせてゲホゲホと咳をした。
背中をさすったりお茶を飲ませたりして介抱し、ようやく咳が収まって来たところに、
「斎藤さんって女癖悪いんですか?」
追い討ちかけちゃった(^^;
彼は飲みかけたお茶を吹いて、危うく袴を汚すところ。
「なにやってんですか、もう!」
「あなたがさせてるんでしょ!」
またひとしきり大騒ぎだ(笑)。
「女癖が悪いという言い方はちょっとかわいそうだなぁ。幸のヤツも厳しいこと言うね。まあ無理もない気もするけど」
と、淹れ直してもらった茶をすすり、沖田さんは大門から出入りする人達の姿をとりとめも無く目で追い始める。
午後も遅い島原。
担い荷物の物売りや岡持ち下げた前垂れ姿の出前持ちなど、業者の出入りが多いみたいだ。
「あの人はね、女の人に優しすぎるんですよねぇー。何て言えば良いのかなぁ、断れないんです。私を落籍て(ひいて)ちょうだい!なんて言われるとね、すぐにお金出しちゃうんですよねぇー。困った人ですねぇー」
会話の途中で女の人の口真似するのが可笑しいんですけど(^^;
でも本人は真面目な様子。
「それはそれでまあ良いんですけどね、あまり深く考えてないんですよ。他にも落籍した女(ひと)が居るにも係わらず、頼まれると断れない」
難しそうに顔をしかめてみせるのが芝居がかって見えたり。
言ってることは結構問題含みなんだけどさ。
そう聞こえないところが沖田流なのかな?
なので、ちょっと問題点抽出。
「でもそうやって結果的に何人も囲ってるなんて、女の側にしてみれば馬鹿にすんな!ですよね?」
すると彼は渋い表情を作ったままこちらを見、
「そうなんですよ。でもね、女も悪い。斎藤さんがそういう人だと判ってやってる。惚れたはれたというより金目当て」
「それは斎藤さんの方がかわいそう」
彼は頷き、
「そうでしょう?でもね、斎藤先生も良くなーい!」
なんだか子供に話すみたいに口調が大げさだ。
普段は「あの人」とか「斎藤さん」とか言うのに、わざと斎藤先生って言った(笑)。
「なんで?」
「あの人も利用されてるのを判ってやってる」
・・・は?何だそれ(--;
私の呆れ顔が可笑しかったのか、沖田さんは笑い出して、
「よく判らないでしょう?そういう人なんですよ。人助けと勘違いしてるんですかねぇ。苦界から出してやろうっていう・・・でもそんな奇特な人にも見えないんだが」
なにげに失礼な発言(笑)。
「だって、相変わらずいろんな店に馴染みは居るんですよ。おまけに玄人ばっかりじゃなく町方にまで手を出して、あちこち・・・あわわ」
今更慌てるなよ。
そこまで喋っといて。
「小夜さん相手にするような話じゃありませんでしたね」
眉を下げて、剃りたての月代を掻いた。
沖田さんはモテる。
今居る出口の茶屋というのは水茶屋なんだけれど、昼間だと言うのに、店の奥に女郎さん達が手持ち無沙汰にゴロゴロしていて、お客に話しかけてくるのね。
もちろんそこで意気投合すればそのままお仕事(笑)に突入するらしいんだけど、この時は何せ私という異色な(自分で言うな・笑)存在が彼女等を寄せ付けなかったらしい。
でも、それも始めのうち。
そのうち慣れてくると側に寄って来て、
「沖田センセェ、お連れはん、どなたですのぉ?」
名前を知っているからには顔馴染みなのだ。
なので喋り始まったら手空きの女の人が全員集まって来ちゃった。
脂粉の香りが凄まじい。
まさか本当の素性も明かせないらしく、
「この人ですか?このお人はですねぇ・・・えーと」
女性に囲まれてニヤニヤするのは普通の男。
でもこの人のこの笑みはちょっと違った。
喋り出す瞬間に気付いちゃった。
小声だったのだ。
「さる大藩の家老のお嬢さんで、今日はお忍びで島原見物にいらしたんです。私はその護衛を仰せつかりまして・・・」
ぎゃはは!
ホラ吹いてるよ!
でもそう紹介されたからには笑っても居られない。
反射的に会釈しちゃったよ(^^;
ザザッと、周りを取り囲んだ姐さん方の居住まいを正す音に、良心の呵責を感じる(笑)。
「そんなお方がなんでここに?」
ごもっともです。
その質問になんて答えるかと思ったら、
「主家の姫君が近く輿入れすることになったんですがね、そのお相手と言うのが女好きの殿様で。もう、島原だ~い好きv」
きゃー、と歓声が上がった。
沖田さん嬉しそう。
ダ、ダメだ。
笑っちまう。
「そんな女好きのバカ殿に、手塩にかけて育てた姫を輿入れさせるのかと、行く末を案ずるご家老がご自分の娘御を潜入させたと言う訳でして・・・」
「なんで娘さんが来なならんの?ご家老はんやったらご自分でも御家来衆でも来やはったらええのやないの?殿御やし」
そうだそうだ、その通りだ。
良い突っ込みだ(笑)。
さてどうする沖田さん(わくわく)。
「甘い!みなさん何をおっしゃる」
おおっとぉ、手振り付きだよ。
大仰だなぁ。
鼻の穴おっ広げちゃって。
「ここは天下の遊里島原ですよぅ?どんな堅物でも、大門を潜れば忽ちお姐さん方の色香に骨抜きになっちまうじゃござんせんかぁ。そうでしょう?そんなわけでこちらのお嬢さんが大役を担うことになったってぇわけなんですねぇ」
すごい。
ウケてる(笑)。
あからさまなリップサービスにやんやの大喝采だ。
これでは茶屋中の女の人に名前を覚えられてるのもすんなり納得(^^;
私の背の高さを指摘され、今度は『家老の娘 出生の秘密編』(笑)が始まりそうだったので、気を利かして(だって本人を目の前にして秘密は明かせないでしょ?)その場を離れ、表の床机に腰をかけて往来を眺めていると、幸が大門を潜ってやって来る姿を見つけた。
おーい!と手を振っていると、
「どうもー」
なんて番人小屋に向かって会釈をし、そのまま入って来るではないか。
・・・え?
「アンタまさか顔パス?」
出口の茶屋の店先で、小夜が手を上げたまま固まっている。
スモールサイズの家並みをバックに、二の腕も顕わににょっきりと差し上げられた手は、軒の瓦の鍾馗様にまで届きそうだけど、ぽかんと口を開けて驚いている顔は結構かわいい。
「そうだよ」
と答えると、辺りを見回し小声になって、
「もしかして、女だってこと内緒にしてんの?」
「ぜんぜん。番屋のオヤジさんも、みんな知ってるよ。別に隠してないもん」
すると今度は不満げに顔をしかめ、
「なのに木札無し?」
「しょっちゅう出入りしてるからね。新選組関係者だってことはみんな知ってる。木札は必要無し」
「とんでもねぇヤツ。・・・ていうかズルいよそんなの」
膨れた(笑)。
とんでもねぇヤツはお互い様だよ。
・・・とは言わない。
正直、ちょっと優越感も有ったりするし。
でもこの優越感が後々仇になるとは予想だにしなかったけど・・・。
状況を説明する間も無く、幸は出口茶屋の暖簾を潜ってパンパン手を鳴らしながら、
「はいはいはい。盛り上がっているところをすいませんねぇ。沖田先生、お時間でございますよ。お話はそれぐらいで。皆さんお待ちのようですから」
慣れた口調で、にわか講談の閉会を促す。
「ええっ?何だお前、もう来たのか。早いなぁ。今いいとこなんだよぉう?異人の血を引くご家老の娘御が悪漢に襲われてさぁ・・・」
・・・なるほど。話はそんな風に転がって行っちゃってるのね?(笑)。
するとそれを聞いた幸がため息をつきながら後を続けるではないか。
「かどわかされて危機一髪のところで生き別れた双子の姉に助けられたんでしょ?あれ?ハトコだったかな?幼馴染の江戸留守居の娘でしたっけか?」
それを聞いた沖田さん、
「そうやってお前はいつも余計なことを言う。それは私がこれから話すところだったんだ。山場だったんだぞぉ」
ひょっとこみたいにひょうきんに口を突き出して拗ねて見せる。
「いいじゃないですか。続きはこの次ってことで。早いとこお願いしますよ」
幸は沖田さんを立たせてから、ちょいと盛り下がってしまったギャラリーに向け、
「実はその留守居の娘ってのが私のことでして。血がつながってるだけに背丈も同じでしょー?」
冗談を言った。
場が沸く。
「幸さーん!」と名前を呼ぶ者も居たりして。
沖田さんと同じく、彼女も顔が売れているらしい。
半分照れつつ半分はノリノリで、お姐さん方に手を振りつつ退場。
結構楽しんでる。
「なんだよお前は。後から来て全部持ってっちゃうのか。嫌なヤツだね」
自分に向けられたものよりも大きな歓声を耳にした沖田さん、ボヤく。
それにしてもホラ話を強引に中断させ、将棋大会会場へ連行する幸、強い。
この二人の力関係、どうなってるんだか良く判らない。
島原って『胴筋』と呼ばれる大通り沿いが良い店らしい。
良い店、というのは格式があって作りも立派で、・・・早い話が値段が高い店ってこと。
中でも最高級の店は、胴筋の奥の揚屋町ってとこに固まっているんだって。
なので、サラリーの低い平隊士を含む大人数が交代で連泊できるような店は、胴筋を横道を入ったようなところにあるんだな。
私達がそこに到着したのは、ようやく辺りの店々の暖簾が出るような時分。
リーズナブルな店だとは言え、表には『籬(まがき)』と呼ばれる格子が切ってあり、玄関口を入った土間から続く帳場も広く、結構な店構えだった。
帳場の奥の刀掛けには、使い込んだ跡の見える武骨な刀がズラーリと。
開け放たれた二階の部屋から野太い話声が漏れているので、目指す場所の見当がついてしまう。
出迎えた店の若い衆に大刀を手渡しながら、沖田さんが落ち着き無く辺りを見回している。
彼はこの店は初めてだと言う。
先頭切ってここまで歩いてきた幸が、こちらも大刀を外しながら、
「そうですか?私は何度か来たことがあります。永倉先生の組の皆さんが良く使ってるみたいで」
それを聞いた沖田さんがすかさず突っ込んだ。
「お前ホントに仕事で来てるのかい?詳しすぎやしないかい?」
「・・・どういう意味ですか。私が仕事以外にこんな所に何しに来るって言うんです?」
幸が睨み返す。
可笑しい。
沖田さん、一旦笑ってしまってから、
「この人、ホントに女なんでしょうかねぇ?」
私に聞くな(笑)。
仕方無いのでこっちも笑ってしまいながら、
「大丈夫ですよ。私お風呂でちゃんと見ましたから。女でしたよ」
するとどうだ、
「!」
どういう驚きだったのか、沖田さんが声にならない声を上げ、赤くなって咳込みながらそそくさと階段を上って行ったじゃないの。
何だろな(--;
「ヘンな事言わないでよ、もう!」
幸にまで怒られちゃった。
変な事じゃないだろうよ!普通だろ?
アンタ等がおかしいんだよ。
こんなアダルト産業の一大集約地とも言える町に毎日のように出入りして、その道のプロのお姐さん達とは平気で冗談言い合うのに、私が幸の裸を見たと聞いて(ほんとは見てないけど)何でうろたえなくちゃいけないんだよ?
そんなのおかしいよ!
納得いかずにぶつぶつ言いながら、階段を登って行く幸を追う。
店の奥から見世、つまり籬のある表のショールームに向かう、引きずり姿の姐さん方とすれ違った。
それほど豪華な拵えではないけれど、大きめに結った髪も流れるような髪飾りも、鮮やかな色合わせの着物も、華やかで見とれちゃう。
舞妓さんや芸妓さんとはまた違う美しさだ。
物珍しさに気をとられて、先程の文句も忘れてしまった。
二階の、通りに面した二間続きの部屋からいろんな声と匂いが漂って来ていた。
華奢な塗りの障子戸を開け放した低い鴨居を潜って沖田さんが一足先に部屋に入ると、うおお!という静かな歓声(低周波・笑)。
続く幸の姿を認めたと思われる、お!とか、あ!とかという、驚いてはいるけど見知った同志の気軽な挨拶のような声。
それじゃあ私が行ったらどうなるの?と、さすがに躊躇。
それってヤバイんじゃないの?
私の正体バレるじゃん?
原田さんが居るんじゃさあ・・・。
なーんて・・・今更思い当たるわけだな(--;
思い当たってももうどうしようもないし、幸も沖田さんも気にしていない様子なので、ま、いいか。
「どうも遅くなりまして」
「遅い。遅いぞ、総司ィ。勝負が楽過ぎてアシは眠気が差すくらいじゃ」
あ、原田さんだー。
イントネーションが微妙に訛る。
西の方の訛りだと思う。
訛りの違いなんて良く判らないし、どこの訛りとも知らないけれど。
「あ、幸か。嫌なヤツがお出でだねぇ。お前が来たってぇことは・・・」
「ああ、大丈夫ですよ。今日は見学に来ました」
隊士の招集に来たと相手が勘違いしたと思ったのだろう、幸はそう返事をしたのだが、
「うんにゃあ、やっぱりまずい。総司が軍監付きで来たってぇことはこっちの不利じゃ。こちらにゃろくなもんが居りゃせん」
幸って将棋上手いのかな?
そういう言い方だよね?
「そういうことなら原田さんにも参謀を紹介しましょう」
これは沖田さんの声。
私のことか。
出て来いというのだろう。
「参謀?ヤツは尾張に御出張じゃねぇのかえ?」
「嫌だなぁ、伊東先生じゃありませんよ。冗談ですったら」
そんなやり取りの間に、沖田さんの代わりに将棋を差していた店のオジサンが部屋から出てきて、障子戸の陰に隠れていた私を見つけ、どうぞと促される。
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