もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

いつものように速歩で前を歩いていた副長が不意に足を止めたので、後に突っ張らかった大刀を膝頭で蹴り上げそうになって肝を冷やした。

「小夜?」

と、怪訝そうな声音に前を見ると、目を見張って蒼白の顔色をした小夜が離れの庭先に棒立ちになっているのが、紋服の肩越しに見えた。




早朝からランニングがてら河原町から薩摩藩邸前を抜けるルートで散歩に出かけ、帰りに馴染みの豆腐屋に寄って、取っておいて貰っていた豆乳を朝飯代わりに頂いて、とりあえず屯所に出勤。

副長から用事を頼まれ(プライベートなので詳細は勘弁)、それをこなして小夜んちに戻ったら本人は居らず。

代わりに副長が山崎さんとミーティング中だったので、空になった湯呑みにお茶を淹れ直したりしてたんだ。

先日離隊して出て行った伊東参謀の居所が変わったという話だったと思う。
それに伴って、潜入させた間者との連絡方法の確認と。

どうやら私もそのメンバーに入れられちゃったみたいで。
小夜には内緒にしとけと言われてしまった。
また隠し事ができちゃうな。

それから療養中の沖田さんの話になって・・・。

その場に居辛かった。

今の仕事はもう無理だとか、監察に異動させてデスクワークを手伝わせるとか、いっそ休職させて転地療養させたらとか、それで復帰はできそうかとか、そんな話ばかりで。

沖田さんの様子を見に行くと言い出したのは、たぶんそういう話の流れから。
照葉さんのところへ顔を出すなんて副長は初めてだったし、照れ臭さもあったんだろう、私に供をしろと言い出した。

「でもそれではここが無人になってしまいます」

山崎さんだって暇ではないのだから留守番に置くわけにも行かないだろう。

「構わんさ。今日はもうここへは誰も来ん。・・だろ?」

ふふん、と鼻を鳴らして副長が一瞥すると、山崎さんはゆったりと微笑んで会釈を返した。

ああなんかもう、このオヤジどもはツーカー過ぎてある意味キモイ(((^^;



「斎藤に聞いたぜ。お前、かなり使えるようになったってな」

威風堂々黒紋付を薫風に翻し、前を行く副長は後ろを見ない。
風に流れて声が笑っている。

「そうですか?・・・何見てそう思うんでしょうね?」

敵とまともに刀を合わせたことも無いのに、と、師匠の買被りに溜息が出た。
いや、単にからかわれているだけかもしれない。

・・・きっとそうだな(凹)。

「そうかぇ?お前にはもう師匠は要らぬと言ってたぜ?」

・・・なんだよそれ。
私は見捨てられたのか?(苦笑)。

「斎藤流実戦剣術の・・切り紙ぐらいにはなったと言ってた。後は自分で鍛錬せぇとさ。えらいもんだな、女だてらに」

・・・はいはい(←まともに返事をするのが馬鹿馬鹿しくなっている)。

「総司も・・沖田も剣術指南はもう無理だ。お前を鍛えるヤツは居らん」

言い切った。

だがそれよりも、急に声がトーンダウンしたことの方が気になる。
相変わらず前を見据えたままだ。
何を考えて居るのか。

しばらく黙って歩いていたが、

「実際のところどれだけの腕になったのか知りたいところだ。今度手合わせ願おうか。こちらは近頃めっきり鈍っちまって・・」

と唐突に続け、歩きながらグリグリと首を回した。
諸事に忙殺される毎日が窺われる。

「お前ぐらいが相手で丁度さ」

ちらっと後を振り向いて、口の端でにっと笑って見せた。
慰めてくれているらしい。

「ご謙遜ですね。まあ、肩をほぐすぐらいの相手にはなれるかもしれませんけど。でもその時は是非竹刀でお願いします。私もまだ死にたくないですから」

「ふふ。ご謙遜、ご謙遜」

ふっと微笑って身を翻す風情のカッコイイこと。
私でさえそう思うんだから世の婦女子達は何をか況やだな(^^;

でも、そういう人間の妾に納まってるのに何も感じない小夜ってヤツも、ある意味最強だよね(笑)。



晩春の明るい陽射しの中を、そんなことを考えながらのほほんと歩いて来たのに。

緊張に強張った白い顔は、それだけで何か危急の事態が彼女を襲ったのだと窺わせた。

それだけではない、緊張しているのに呆けている感じなのだ。
放心状態で立ち尽くしていた。

足元に桶が転がっている。
胸騒ぎがした。

ようやくこちらの存在に気付いた小夜の顔が、見る見る歪んで、くしゃくしゃと子供のような泣き顔になっていく。
駆け出す足元がおぼつかない。

一瞬、え?と副長が身構えるのが判った。

まるで体当たりでもするように胸に飛び込んで来た小夜の行動に戸惑っている。

だがそれについて感慨を持つ間は無かった。
彼女の体から、ねっとりとした血の匂いが爆風のように襲って来たのだ。

「まさか・・」

と、呟いた副長と目が合う。
私はたまらず走り出していた。



庭の植え込みを回ると、開け放たれた縁側から中が一望できた。
背中を見せて座っているのは、

「沖田先生!」

こちらを振り向く腕に、照葉さんが抱かれているのが判った。

一歩中に踏み込んで暗さに目が慣れると、部屋の様子に息を飲んだ。

まるで斬り合いでもしたかのよう。
血の匂いが充満している。

鮮やかな血の赤に、踏み散らかされた千代紙の鶴が皮肉なほど綺麗に見えた。

「幸か。助かった。手を貸してくれないか」

くぼんだ目でこちらを見上げる沖田さんの腕の中で、照葉さんがぐったりと目を閉じている。

「とりあえず生きてはいる。突然血を吐いてこの有様だ」

と、彼は拭い残した鮮血を頬に散らしたまま溜息をついた。

照葉さんの寝床は血の海だった。
本人も、抱えた沖田さんも、ほとんど半身を血に濡らしている。
大喀血だ。

「医者を・・・」

と言いかけた私を制して、

「無駄だ。この状態で医者なぞ呼んでも役には立たない。それよりすまんが着替えを手伝ってくれないか。私ひとりでは身動きが取れん。それが終わったら寝床の始末と。血に慣れない者にやらせるのは酷だからな。そっちで腰を抜かしているバアサンには新しい寝床の手配をさせて・・・」

良かった。
沖田さんの喋りは明晰だ。

「お前、小夜さんに会わなかったかい?」

「あ、はい。表に居ます」

あまりの光景に外の二人を失念していた。

「無事だったか?」

と訊かれて、小夜の取り乱した様子を改めて思いやる。
それを見透かしたような沖田さんの言葉だった。
言いたいことはすぐに判った。

「帰します」

「そうしてくれ。ここを手伝わせるのは気の毒だ」

眉を寄せて再び溜息をつき、

「どうもあの人には地獄を見せてしまうな・・・」

それから少し咳をした。



戻ってきた私に、副長は気付かなかったようだ。
先程と同じ場所で身じろぎもせず、首っ玉に小夜を抱きつかせたままで居た。

伏し目がちのその目にはもう戸惑いの色は無かったが、一心にしがみつく小夜の背を抱き寄せそうでそうしない、中空で止まったままの右手が何故だかひどく優しげに見えたっけ。

「沖田先生は無事です」

そんな、普段のイメージにそぐわない少年のような仕草を見ているのが気恥ずかしくて、沈黙を破ってしまう。

「照葉さんも喀血が酷かったようですが持ち堪えたようです。医者は必要無いと沖田先生が仰ってます」

こちらを見た目は落ち着いていた。
いつもと変わらぬ威圧感ではあるが、険が無い。
その視線だけで事が了承されたと判る。

ゆっくりと右手が動いて小夜の背を支え、

「連れて帰る」

とだけ言った。
腕の中で嗚咽している小夜に注意が行っているようだ。

「お前はどうする」

それでも一応、私のことも心配してくれるみたいだ。

「家の中が大変なことになっているので私は残ります。沖田先生だけでは難儀でしょうから。代わりに、小夜を頼みます」

後でよく考えたら、副長は小夜の旦那なんだから、頼みます、なんて私が言う言葉じゃなかったんだな。
きっと可笑しかったに違いない。

「ではここはお前に任せた。沖田を頼む」

そう答えた副長の口元に薄っすらと笑いが見えた。


あんな状態の小夜を連れ帰るのは難儀だったろう。
私もあの後、後始末が大変だったけど、それでも彼女を副長に任せて気は楽だった。

小夜が心に負った傷の大きさを考えると、私の手には負えないもののように思えたから。

沖田さんが地獄を見せてしまったと気に病むぐらいの修羅場に、彼女は居合わせたのだ。
血に慣れない者には酷だ、と気に病むぐらいの・・・。




それ以来、小夜は照葉さんのところへは足が向かなくなっていた。
二、三日は無理の無いことだと思ったが、それから何日経っても彼女は動く気配を見せなかった。

沖田さんが屯所に戻る頃になっても。
あの大喀血の後、消耗が酷くて喋るのもままならなかった照葉さんが、寝床で微笑んで見せるぐらいに回復しても。


私がチクったわけじゃない。
でも誰かが耳に入れたんだ。

副長に連れられて、小夜を誘いに来た。

誰も居ないところで昼寝をしたいからお前らは好きにして来い、と副長がお膳立てしてくれたのへ、

「もうあそこへは行かない」

小夜は頑なだった。

薄々気付いてはいたけれど、彼女のこんなネガティヴな言葉を聞くのはちょっとショックだった。
それだけ、傷ついているのだと判る。

私は何も言えなかった。
地獄を見たのは私ではないのだ。

だが、副長はそれを許さなかった。

「行かないだと?それはどういう意味だ」

絽の夏羽織を脱いだのを衣桁にかける。
小夜は庭を向いて座っている。
こちらに背を向けたまま、

「行きたくない。またあんな思いをするのは嫌」

にんにくを剥いたような白い耳たぶが鬢から覗いている。
うなだれた華奢な首筋に子供っぽさが残っている。

ふん、と副長は鼻を鳴らし、今度は袴を脱ぎながら、

「ふざけるのもいい加減にしろ。手前ぇが落籍(ひか)せた女じゃねぇか。手に負えないと判ったら放りっぱなしか。あの女を落籍せるのにどれだけ煩わされたと思ってんだ。」

それぐらいの理屈は小夜にも判っているはずだ。
唇を噛んで非難に堪えている様子。

「俺は言った筈だ、労咳は死病だとな。何れこうなることは判っていた筈だ。それを承知で無理を通したんだろう?血を見たぐれぇで今更怖気づきやがって」

着物の裾を直し、帯を結び直しながら、

「ガキの気まぐれに付き合わされたこっちこそいい面の皮だぜ」

ブツブツとぼやくのを、袴を畳みながら聞いた。
小夜は反論しないのか。

畳んだ袴を衣装盆に置き、茶の仕度をするのに茶の間へ立つ頃になってようやく、

「だって、怖いんだもの」

独り言のように呟いた。

「あの時は沖田さんが居たからなんとか死なせずに済んだ。でも、居なかったらどうなったか判らない。もし私ひとりの時にまたあんなことになったら・・・私はあんな風にできないよ。逃げ出してしまう。死なせてしまう」

そうだよな、普通はパニクるよな、とあの時の情景を思った時、

「幸は怖くないの?」

振り返ると、見上げる小夜と目が合った。

頬が少し痩せた気がする。
そういえばあれからこっち、笑顔も見てないなと思った。




照れたように笑いながら、幸は肩をすくめ、

「どうかな。そりゃあ怖くないと言っちゃ嘘になるけど・・・」

めくら縞の武者袴を翻して、茶の間の長火鉢へ歩いて行く。

「アンタよりは血を見慣れてるってのもあるかもしれないけど。でも、だからって自分しか居ない時に目の前で死なれるのは嫌だと思うよ。そういうシチュエーションを想像しちゃうと怖い」

テキパキとお茶の仕度をしながら、

「何もしてあげられないからね。それが嫌だよね。逃げ出したくなるかもね。目の前で死んで行くのを手をこまねいて見ていなくちゃいけないなんて・・。きっとたまらないよね」

急須から湯呑みにお茶を注ぐ間だけちょっと口をつぐんで、

「無理ないよ。あんな大変な思いをしたんだもの。怖くて無理はないと思う。だからあんたは無理すること無いから。私が行くから。テルちゃんには適当に言っとくから」

土方さんに責められて一言も無い情け無い私を、幸は庇ってくれたのだったが。

最後の一言に、パコンと後頭を叩かれた気がした。

そうだった。
テルちゃんはどう思ってるんだろう。
あれほど毎日通っていたのに、この一週間ほど姿を見せない私のことを彼女はどう思っているのか。

お茶を淹れた湯呑みを私の手に持たせ、幸は縁側から下駄を履いて出かけようとしている。

「私もそんなことになったらどうしようかと思うけど。何もできずに死なせてしまうかもしれないけど。でも、誰も居ないところで死なせるよりはいいかと思ってさ」

・・・あ!と思った。

「こんな役立たずでも、居ないよりはましかと思って」

それからへへっと笑って、

「ていうか自分の居ないところで知らないうちに死なれるなんて、もっとたまらないもの」

大刀を腰に手挟んで、行って来ます!と笑顔で出て行った。


頭の中の整理がつかず呆然と見送っていると、

「水を開けられたな」

茶を啜りながら土方さんが言った。
口の端を歪めるようにして笑っている。

そう言われてもまだ、自分のこの気持ちが何なのかピンと来てない私に、彼はこう続けたんだ。

「『友達』なんだろ?」

って。

「お前は俺に言ったではねぇか。せっかく友達になれたのに離れるのは嫌だと」

ああ・・。
そうだった。

「そのためにお前はあの時、俺に何とかしてくれろと談判しに来たのではねぇのか。思い通りになったってぇのに、相手はまだ死んでもいねぇのに、何だお前のそのザマは」

あああ・・!

ホントだ。
何やってるんだろ私ったら。
時間が無いと大騒ぎしたくせに。
・・・一週間も無駄にした!

もういつ会えなくなるか判らないのに!
時間は止められないのに!
会いに行きたくないなんて、いったい何馬鹿なこと言ってるんだ>私ぃ~っ!!!


そうと気がつけば一分たりとも惜しかった。

「私、行って来る」

そのまま縁側から飛び出した。




「幸ぃ~!待ってぇ~!」

表通りでようやく追いついて手を振ると、彼女は嬉しそうに振り返り、

「お!行く気になった?」

うんうん。
息が切れて喋れない。

「二人で行くなら怖くないでしょ?一緒に行けばいいんだよね」

うんうん。

幸は優しい。
ずっと明るい調子でいてくれるのも身に沁みた。

「テルちゃん、アンタのこと心配してたんだ。だからきっと、アンタの顔見たら悦ぶよ」

うんうん。

それを聞いて、自分の至らなさに泣けてきた。
自分のことで手一杯で、病人の気持ちにさえ思い到らなかった。
それに気を使って、今まで彼女のことを黙っていた幸の思いやりにも。

「小夜ってば、泣かなくていいから。それより履物替えて来れば?つーか、アンタそれ何持ってんの?」

え?
指摘されて足元を見ると、履いていたのは庭下駄と土方さんの雪駄、一個ずつ(汗)。
手には・・・空っぽの湯呑み(--;
握り締めて走って来ちゃった。
中身は・・・どっか行っちゃってる(爆)。

「ああっ!」

慌てて引き返す背中に、幸の笑い声がくすぐったい。



バタバタと駆けて家に戻ると、既にフクチョーと一緒に座敷に横になっていた土方さんが、

「なんだ、どうした、もう戻ってきたのか」

不愉快そうに顔をしかめてその場に胡坐をかいた。
なので、

「ごめん。雪駄片っぽ履いてった。あと、これも」

言い訳しながら縁側に湯呑みを置き、急いで下駄を履き直していると、

「こっちは夕べほとんど寝てねぇんだ。夕方までゆっくり寝かして貰う。邪魔はするなよ。お前の声はやかましくて敵わんからな」

え?と顔を上げて見ると、明後日の方を向いてる。
膝の上のフクチョーの尻尾を弄んでる。

でも、言ってる意味は判った。
そんな言い方をするのも、こちらを見ないのも。

嬉しかった。
嬉しくて、はちきれそうに元気が出てきた。

「了解!ありがと!土方さんだ~い好き!」

庭から両手で投げキッス!

「な・・・!」

素っ頓狂な顔が可笑しくて笑っちゃう。

「うっそぴょ~ん!ぎゃはは!やだー!赤くなってるぅ!」

「やかましいっ!ふざけるな!」

立ち上がった。
怒ってる!

「このクソガキが!甘い顔すりゃ調子に乗りゃあがって!」

頭から湯気を立てる勢いで縁側に出て来る。
おっと危ない、こんなところで小言なんか食らってなるか。

「行ってきま~す!ゆっくり寝てていいからね!おやすみぃ~!」

手を振りながら走り出した。

「余計なお世話だ!コラ待て!小夜!戻って来いっ!」

うひょ~!
怒鳴り声が気持ちいい~♪

「やだよ~だ!」

飛び上がって、垣根の向こうにアカンべーをした。


気がつけば空は素晴らしく晴れ渡ってい、頭の上をツバメがスイスイ飛んでいる。
気分は絶好調!

角を曲がって、待っていてくれた幸にもう一度大きく手を振った。

・・・が。

振り返す幸の手が何故か止まる。

強張った顔つきに促されて後を振り返ると、形相の追っ手が駆けて来るではないか~っ!

「わぁぁっ!逃げろ!」




釣られて走り出したけど、良く考えたら私が一緒に逃げることはなかったんだよな、と後から幸が頭を掻いてた。
テルちゃんが笑って咳き込んで大変だった。





彼女が旅立ったのはそれから間も無く、梅雨の走りの、雨の朝のことだった。
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