もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

こういう時、割りを食うのは大概融通の利く人間、つまりは私ってことになる。

まあでも仕方ないや。
予測はしてたし。
予測していて加担したんだから仕方ない。

それにしてもキビシイな。
詰めの甘さがもう出て来た(^^;

沖田さんは非番の昼間しか来れないし、小夜も夜は無理だろうし、昼間だって四六時中は来れない。
私だとてまるっきり屯所に顔を出さないわけにも行かない。
お夏さんにはもう手を引いてもらいたいし・・・。

実はこの時、山崎さんがそろそろ帰って来るという情報があった。
誰にも言ってはいなかったけど。
でもそんなことになったらいよいよヤバイ。
あの人の目からこの企みを隠しきるなんて至難の業だ(汗)。

どうすんだ小夜?
何か策はあるのか?
このままじゃこの計画、破綻は時間の問題だぞ。




沖田さんの用意した家は七条通りから程近い農家の離れだった。
幸い、小夜の家から歩いて十分もかからない。

ということは島原からだって屯所からだって近過ぎなんである。
灯台下暗し、という言葉はあるけれども、それにしたってこんなところにかくまっておいて見つからないかヒヤヒヤではあった。


最初から、無理のある計画だとは思っていた。
でも、頭から否定したくは無かったってのも確かにあった。
頑張れば何とかなるんじゃないか、と楽観した・・・小夜の思い入れを信じたかったってのも。

そんな予感の通りに、始めのうちはなんとか上手く行っていた。
楽しかった。
小夜なんか、はしゃいでいると言った方がいいくらい。

本名をお照さんと言う照葉さんのことを小夜が「テルちゃん」と呼び始めたのは、我々と同い年だと判ってから。

起こり得るあらゆる悲劇をほとんどやり終えてしまったような大人びた瞳の、目の前の女性が数えで十九と聞いて、アゴを外さんばかりに驚いた小夜が、

「なに?タメじゃん!じゃあもう私等、テルちゃんって呼んでいいよね?」

有無を言わせぬ勢いに本人も笑い出し、その後しばらく咳が治まらずに焦ったっけ。

それでも、我々と同い年で死病と呼ばれる病に取り付かれるなんてと、私なら沈み込んでしまうところを、小夜のおかげで救われたとは思った。


小夜は本当に楽しげに病人の世話に通いに来ていた。

冷たく湿った布団の上で、緊張に顔をこわばらせ、鈴を張った様な目を見開いていた照葉さんも、秋の陽射しに温まった縁側で髪をお下げに結ってもらっていると、痩せた頬も明るく見え、本当は幼顔の残る柔和な顔立ちだと判る。


あの夜、照葉さんの口数が少なかったのは、緊張していたのが半分と、咳き込まないようにするためが半分。
斎藤先生に捕まった小夜には構わず、西門を出た我々の足元を龕灯(がんどう)が照らし出して、

「こっちだ」

と声が聞こえた時、私の肩をつかむ手に力が入ったのが判った。

小夜に宣言した通り、そのまま一晩中でも走っていられるぐらい背中の荷物は軽かったが、

「沖田先生、照葉さんをお願いします」

想い人の胸に抱えられて、照葉さんはちょっとだけ咳き込んだ。
きっと必死に我慢していたんだと思う。


最初、彼女の容態はあまり良くなくて、時折激しく咳き込んで喀血するようなことがあった。
微熱も続いていた。
つい、どれほど永らえるのかと考えてしまうような状態だった。
片時も枕辺から離れられないような状態。

側についているとしきりに申し訳を言いそうにするんだけれど、喋ると咳が出るので喋らないように落ち着かせるのが大変だったな。

「何にも言わなくていいから。ね。気にしないで」

と覗き込むと、泣きそうな顔で手を合わせてこちらを拝むんだよ。
紙のように白い顔に閉じた瞼が蒼く透けるようで。

切なかったな。



そんな病状が日に日に改善されて行ったのは、やはり小夜の狙った通り環境の変化が大きかったのか。

小夜も私も、薬は「お守り」ぐらいにしか思っていなかった。
日向の匂いのする部屋で、毎日陽に当てたふかふかの布団に寝かせて、いい空気を吸って、ちゃんと栄養を摂ればきっと良くなる。
少なくとも今よりは。

そう思っていた。
そう思っていて、その通りになった。

始めのうちは。


食事の世話だけは用意してもらう手はずになっていたらしく、離れの縁側にいつも一食分、粗末な盆に乗せて置いてあった。
もともとここに住んでいたというお婆さんが、三度三度母屋から届けてくれるのだ。
だが、それ以上の世話をしてはくれない。

それは仕方無いことではあったのだろうが、悲しいことでもあったので、小夜はいつも手弁当下げて朝から通って来ていた。
始めのうち、私はほとんど泊まり込みであったので。

食が細い照葉さんのために、小夜は良くスープを作って来てたっけ。
中華風の玉子スープとか豆乳仕立ての青菜のスープとか。

自分達用に握り飯を持って来てたうちは良かったけど、お好み焼きとかチャーハンとか焼きうどんとかチヂミもどきとか、だんだんと、わけ判らん物を持ってくるようになったのは困り物だったな(--;
沖田さんがたまに料理屋から惣菜を折り詰めにして持って来てくれたりしたので助かったけど。


私は、朝に小夜が出勤して来ると交代で屯所の様子を見に行き、沖田さんと話すチャンスが有れば前の晩の経過報告をし、できる限り副長のスケジュールを探り(小夜の留守がばれて不審がられては困るからね)、また照葉さんのところへ戻るという生活がしばらく続いた。
なかなか綱渡りだったけど、充実してはいたな。

沖田さんが来る時には、我々は遠慮して普段の生活に戻るのが常で。

沖田さん自身は我々に一緒に居て欲しいようなことを言ってたけどね。
無視無視。
だってやっぱりテルちゃんが嬉しそうな顔してたもん(笑)。

「沖田はん・・・」

って涼やかな声で(私等とは違う・笑)言われて、鼻の下伸ばしながら心にも無く引きとめられてもなぁ。
そんなの無視だよな(笑)。


正直、沖田さんに照葉さんの病気が伝染るんじゃないかと心配はあったけれど、本人が承知の上で居るものを私が口出しできるわけも無い。
照葉奪取作戦に加担した時から、それは諦めていたことだった。

病気が伝染っても構わない、ということではない。
病気の心配よりも恋人同士を引き離しておくことの方が余程不自然なことだと思ったからだ。

それに、ふたりが逢える時間は限られていたし。

沖田さんが島原に入り浸っていたのは、照葉さんをお座敷に揚げて居たかったからだ。
あの薄暗い納戸から出してあげたいが為。
だから彼女を外に連れ出した今はもう入り浸る必要は無い。

行動を監視される中、逢いに来る機会は限られていたし、それにもともと仕事そっちのけで女に入れ揚げるような人でもないのだ。
照葉さんとの接触時間はそれほど多くは無い。

そう、自分に納得させていたのかもしれない。
それは希望的観測というものではあったけれど。


今思えば、我々は明らかに冷静さを欠いていたんだと判る。
でもそれは、当時の自分達には気付かぬことでもあった。


三人で過ごす日々は確かに楽しかったんだ。
病人の寝床を縁側まで引っ張って、秋の陽だまりの中、三人で遊んでた。
始めのうちは寝たきりだった照葉さんも、次第に起き上がれるようになり、咳も出ずに喋れるようになり・・・。

「小夜ちゃんのいつも唄うてはる変な鼻唄、何なん?」

きれいな顔して澄んだ声で、意外に鋭いツッコミをするようになった(笑)。
おそらく私達の会話を毎日聞かされてるうちにそうなったのかも。

「変な鼻唄って・・・」

心外だと言いたいところなのだろうが、鼻唄なんて意識して出るものではない。
洗濯物を干しながら、小夜が言いよどんだ。
自分が今、何を唄ってたんだか覚えていないらしい(^^;

「『もみじ』だよ。あ~きのゆうひ~に~♪」

と唄い出すとすぐに小夜も唄い出し、途中まで輪唱。
途中からハモる。

「変わった調子のお唄どすなぁ」

コメントに困った照葉さんの表情が可笑しくて笑ったっけ。

ちょうど秋は盛りで、離れの裏手の紅葉がきれいに色づき、ひと葉ふた葉と風に舞って庭に落ちて来ていた。

「落ち葉の季節になったら掃除ついでに焼き芋もいいね」

なんて笑いながら、調子に乗って知ってる歌を片っ端から唄う。
あるいは三人で綾取りをして過ごす。
お手製のトランプで照葉さんにポーカーを教える。

嫌なことを忘れていられるように、必死に楽しいことを探して、毎日面白可笑しく日が暮れて行くことばかり考えていた。

気負っているようにさえ見えた。
意地になっている風でもあった。
もちろんそれは小夜のことだ。

だから最初に破綻の兆しが見え出した時、一番慌てたのは彼女だった。




野外炊飯の計画を立てていたんだ。
テルちゃんの調子がだいぶ良くなって嬉しくて。
秋真っ盛りでお天気も良くて。
ツワブキの咲く庭に手頃な石でカマドを作って。
きっと楽しいはずだった。

豚肉が手に入ったら是非やろう!
とん汁もバーベキューもやっちゃうぞ!
と、いつものように縁側で騒いでいたら、見知らぬ男の人が生垣を回って門を入って来るのに気付いた。

母屋の方に向かっている。
母屋にはこの時間、年寄りしか残ってはいないはずだ。
みな畑に出ていてしんとしている。

その人は縞木綿を着流した上に紺色の半纏を着ていた。
きちんと結った髪型といい、身のこなしといい、お百姓というものとは明らかに違う。

とっさに、開け放していた障子を閉め、家の中に引っ込んだ。
が、その様子をたぶん見られていた。
足音が近付いて来るのを、幸と顔を見合わせながら聞き、

「ごめんやす」

障子に陰が映った。
月代に乗っかった髷の形まで良く判る。

捜されては困る、と思った。
障子戸を開けられただけでモロバレだ。
出て行くしかない。

「どちら様?」

幸にテルちゃんを託し、障子を開けてひとり出て行く。

男の着ている半纏を見て、後頭部から血が引くような気がしたものだ。
テルちゃんの店の印が入っている。

「島原の丁子屋の者どす。実は今、人捜しをしておりまして・・・」

腰を折り、俯き加減でそこまで言って、ぱっと顔を上げた瞬間、あ!と声を上げそうになった。
いや、声を上げなくとも、そちらもすぐに気が付いたようだった。
テルちゃんを誘拐しに行った夜、玄関口で私を引き止めた、あの時の若い衆だったんだもの。

やばい、どうしよう!
とっさに言葉が出て来ない。

若い衆と言っても、腰の低い物言いの丁寧な人だった。
年は沖田さんと同じぐらいか、たぶんちょっと上。

「これは先だっての・・。こちらは・・お住まいで?」

「え?ああ・・・ええ、そ、そうなんです。あの、最近借りたばかりで・・・」

立ったままで話しているとこちらが余りにも高いところから見下ろす形になるので、縁側に正座する。

脱ぎ捨てられた幸の下駄に気付いたのはその時だ。
相手も同時に気付いたようだが、

「ははぁ、なるほど・・・」

男物であったので、期待以上に勘ぐってくれたみたい。

「これは失礼を致しました」

野暮な質問をしたと恥じ入ったのか、ぺこりと頭を下げてから、事情を話し始めた。

「実は・・ウチの店の者が神隠しに遭うてしまいまして。ここいらを捜しておったんどす」

「神隠し?」

とぼけて見せるのは大得意。

「はあ。病がちの女ですさかいに、ひとりで出歩くなんぞ考えられへんことやし、さらわれたとも考えられん。もう客の相手もよう出来ひん、さらって行ったかて何の徳にもならんような女やのに・・・」

途方に暮れたように俯く表情に・・・心労が窺われた。

意外だった。

「それで、捜してらっしゃるの?」

「はぁ。捜す言うても暇を見つけてぼちぼちどすわ。ほんまなら商売は置いといて、大人数で捜すのがええのかも判りまへんけど・・」

「じゃあ、ひとりで?」

「いえ、私の他にも居ります。居ななった子ォはもういくらも生きられへんような有様で。それやのに、どこぞで一人ぽっちでのたれ死んだりしたら、不憫で敵わんわぁいうのんが他にも居りまして。へえ。そんな訳でこうして暇を見ては手分けして捜し歩いとんのどすけど・・」


そんなことはひとつも考えていなかった。
自分の企んだことで誰かが苦痛を感じているなどとは・・・この時まで考えもしなかった。

そうですか、と適当な相槌を打つのがやっと。

自分のやったことがいけないことなのだと、うかつにもこの時初めて気が付いたのだ。


「おやかまっさんどしたな」

きっちりと、でもにこやかに頭を下げて辞そうとする背中へ、

「あの・・」

呼び止めてしまったのはそういう後ろめたさからだったかもしれない。

「お名前を教えて下さい。あの・・・何かあった時は連絡しますので・・・」

「そうどすか。そらありがたいことどすわ」

礼を言われるのが辛い。

松蔵さんと、その人は言った。
本人に聞かなくともテルちゃんなら判ったはずだ。

何度もお辞儀をして、門を出て行くのを待ちかねたように背後の障子が開き、テルちゃんの咳に被せて、

「どうするの?」

幸が聞いて来た。
私の動揺に気付いているんだろう。

「どうするって言ったって、もう隠しちゃったし・・・」

振り返れない。

どうすりゃいいんだろう。

私は悪いことをしているの?
私のせいで誰かが辛い思いをしているの?

庭の隅に群れて咲く小菊が、風にたわんで揺れている。
色づいた紅葉が、ひらひらと屋根から降って来る。

このまま時間が止まってくれたら良いのに・・・。


「照葉どすなぁ・・・」

唐突に、テルちゃんが呟いた。

寝床に起き上がって、幸に抱えられるように寄りかかったまま、何事も無かったかのような浮世離れした調子だった。

私も幸も、その意味が判らなかった。
それに気付いたのか、彼女はにっこりと笑って、

「ウチの名ぁどす。『てりは』言うたら、秋になって赤こなった葉っぱのことどっしゃろ?」

蔦柄の浴衣から伸びる首筋はまだ細過ぎて、笑うと余計痛々しい。

「テルちゃんって『てりは』さんだったの?」

とは幸。
羽織らせた綿入れ半纏の上から肩を抱いて、彼女の二の腕あたりを撫でている。
風が当たるのが気になっている。

「いいえぇ、ウチは『てるは』どすねんけどな。字ィは同じ・・・」

ケホケホと力の無い咳をして、

「きれぇに赤こなった後は、静かに散って行くだけや。ウチも同じや。名前と同じ。あとは散るだけ。散るのを待つだけなんどす」

え?と思った。
そんな風に思っているとは。

「幸ちゃんと小夜ちゃんと三人、楽しかったえ」

「何言ってるの?」

可愛らしく首を傾げながら、まるで別れのような言葉つきが嫌だった。
菩薩のような大人びた微笑みも見ていたくなかった。

「ウチな、もう充分や思うとるんどす。最後にこない楽しい思いさしてもろうて・・」

先ほどの縁側でのやり取りを聞いていたからか。
自分の知り合いが心配しているのを知ったからか。
私に遠慮して遠まわしに言っているのか。

帰りたいっていうことなのか。

私の力が及ばないということなのか。



「照葉ってさ」

幸が話し出したのは、私があまりにも追い詰められてたからじゃないかなぁって・・・今になってようやく思う。

「照葉樹のことじゃないの?私はそう思ってたけど」

「しょうよう・・・じゅ?」

そういう言葉はこの時代には無いのかもしれない。
幸は構わず私に向けて、

「ホラ、椿とかさ、あと何?榊とか?ブナとか?ああいう一年中青々してるヤツ。落葉はしない」

それから横を向いて、

「一年中葉が落ちない種類なんだよ、照葉樹って。だからテルちゃんもきっと大丈夫」

上手いな、とその時は思った。
その通りだと。

何のためにこの人を盗み出したと思ってるんだ。
あんな冷たく暗い所で死なせてなるものかと思ったからじゃないか。
沖田さんに逢えないまま、死んでしまうなんて悲しすぎると思ったからだ。

誰にも迷惑はかけていないはずだ。

第一、テルちゃんはこんなに回復したじゃないか。


そう、自分に言い聞かせはしたけれど、心配している人達が居るという事実までは否めない。
なんとかしなくちゃとは思いながら、胸の中にトゲは刺さったままだった。
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